その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 小気味良い爆発と電気の炸裂音が氷壁の外から聞こえてくる光景を余所に、シルヴィアとユーリはセラの暴れっぷりを想像して顔をしかめた。

 

「俺と源さんと別れて行動することになってたが、森林破壊はするなって言うべきだったか」

「まあ度を超えて破壊されていたら私がどうにかするから問題ない」

「そんなことまで出来るの?」

「錬金術の等価交換の応用で……と言ってもわからんか、ともかく、今は魔物退治だ」

「そうだな」

 

 槍をヒュンと振ってから肩に担ぎ、あちこちから聞こえてくる戦闘音を耳にするシルヴィア。それに頷いて返したユーリは、ふと視界の端で屋根の上に立っている人影を捉える。

 

「ん? ……あれは」

「──ヴァレンティナ氏か?」

「ヴァレンティナさん、なんか投げてるな」

 

 メイド服のまま投擲のフォームに入った人影──ヴァレンティナの姿を捉え、そのまま投げたものを目で追う二人。その投げられた何かは、空中で別の魔物を足で掴んでいた鳥型魔物に接触して、その体躯を包む爆発を起こした。

 

「えぇ……なにやってるんだあの人……」

「魔物が落ちてくる頻度が減っていたとは思っていたが、相変わらずのデタラメさだな」

 

 とはいえ、一人だけで対空迎撃をしていてもその全てを撃ち落とせるわけでもなく、ヴァレンティナの投擲と投擲の間に別の鳥型魔物が掴んでいた魔物を投げ落としてくる。

 

「──【聖域化】とやらの発動までの時間稼ぎ兼人助けだ。やるぞ、シルヴィア」

「ああ。新生ユーリの実力に期待しよう」

「俺の、というか剣の力だけどね……七剣天星」

 

 名前と同一の術式名を唱え、六本の分身剣を生成するユーリは、そう言いながらそれらを魔物の方へと殺到させた。

 

 

 

 

 

 ──数分後、謁見の間で騎士数人と共に雪崩れ込む魔物の群れを捌いていたアダムは、ピクリと()()の修正を感じ取る。

 王都という巨大な魔法陣の一角に生じていたズレが修正され、力の流れが均一化し、『今ならやれる』という確信が生まれた。

 

「【聖域化】を起動する、騎士団、2秒──」

 

 ──時間を稼げ、と続ける間もなく攻撃を止めて剣の切っ先を下に向けて振り上げる。

 緩んだ攻撃の隙間に滑り込んだ中型の狼のような魔物がアダムに迫るが、騎士の一人が鎧を着こんだ腕を盾にして牙による噛みつきを防ぐ。

 バキバキバキと鉄ごと骨を砕く音が響くも──騎士は悲鳴を上げすらせず耐え抜く。

 

「よくやった」

 

 直後、背後で剣を床に突き立てる音が鳴り、カッとその場を中心に光が溢れた。

 アダムの声に続いてその光が床に流れ、独りでに文字列と幾何学模様を描いて行く。

 

 その光を浴びた魔物たちは、一拍置いて、まるで毒を飲み込んだかのように苦しみ出す。

 騎士の一人の骨を噛み砕いていた魔物も、噛む力を失ったようにずるりと床に落ちた。

 

「……【聖域化】の起動に成功。死後消滅する未知の魔物にも効果ありと判断。──ザック! 騎士団を筆頭に人員を纏め、王都中に散らばった魔物の処理に向かえ!」

「はっ!」

「怪我人の手当てもしておけ、魔物の相手は念のため数で囲むことを優先しろ」

 

 騎士の纏め役を担う青年──ザックにそう指示を飛ばし、別の騎士に盾になった怪我人を担がせる。一先ずの苦難は去るだろうと判断し、謁見の間に残った弱り悶えている魔物の首を剣で撥ねながら、アダムは割れた窓の外を見た。

 

「さて……えらく統率の取れた知恵の回る魔物──指示出してる奴が居るな。……あいつが居りゃあ、もっと楽に終わったんだが」

 

 その脳裏に鮮やかな空色の髪を伸ばした()()の姿を想起して、ふと、アダムはしみじみと剣の腹を肩に置きながらため息をついた。

 

 

 

 

 

 ──魔物を片付けながら王城に向かっていたユーリとシルヴィアは、王都が突如として光に包まれ、その光を浴びた魔物たちが苦しみ始めた様子を確認する。

 

「これが聖域……すごいな、魔法の効力も、王都そのものを魔法陣として組み込むって発想自体も……普通じゃない気がする」

「ああ。発想力が少しばかり逸脱している。魔法の存在が当たり前の世界で、こんなことを思い付く人間が居るとは思えないが……」

 

 走りながらすれ違い様に悶え苦しむ魔物にとどめを刺す二人は、そう言って疑問を持つ。

 

「居るとしたら、我々と同じ異世界人か、あるいは……『この世界以外の世界もある』と気づいてしまえるような思考の人間が存在したか」

「どちらにせよ、こうして防衛機能として利用しているということは味方なんじゃないか?」

「だといいがな」

 

 ユーリに出会うまでの500年で酸いも甘いも経験してきたシルヴィアは、彼の甘い考えが羨ましくなりつつも厳しく断じる。

 そのままユーリを連れて城の出入口に戻ると、ちょうどそこに、砲弾を全て投げ終えていたヴァレンティナが現れていた。

 

「ヴァレンティナ氏」

「シルヴィア様……タチバナ様も」

「ヴァレンティナさん、大丈夫ですか?」

「ええ。わたくしは平気です、そちらは……何かあったのですか?」

「まあ、色々とありまして」

 

 ユーリを視界に納めて表情を緩めるヴァレンティナと、それを見てむず痒そうに口角を緩めるユーリ。それらを見てシルヴィアがニヤついていることには気づかず、二人は話を続ける。

 

「ヴァレンティナさんが鳥の魔物を撃ち落としていたお陰で被害はかなり減っていたかと」

「そうだと良いのですが……しかし【聖域化】があっても、外から魔物が補充されれば結局はキリがないわけですし──」

「その必要はねぇよ」

「うおっ」

 

 にゅっ、と横合いから『窓』を開けてその場に現れたセラが、二振りの刀を両手に握ったまま入って(出て)きた。その流れで、別の『窓』を空中に開けると、そこから老人が降ってくる。

 

「おっと……おいセラ、足元に開けるんじゃねえ」

「うるせーな」

「セラ! 雑! 一応は源さん王様だからね!?」

「ゲン……?」

「お前いま一応はっつったか」

 

 ユーリの言葉に、ヴァレンティナと本人が反応する。彼女は源に視線を向け、その視線に反応した源が先んじて口を開いた。

 

「──と、【聖域化】が起動したってことは、アダムの野郎は居るんだよな。

 魔法陣にズレが見えたからぶっつけ本番だったが、こっちが修正してすぐ起動できる辺り、嫌でも阿吽の呼吸になっちまうな」

「はい、おりますが……」

「じゃ、行くか。門開けろ……いや手間だな、セラ、さっきのやつ」

 

 さらりと顎で使う源に、セラはちっと舌を打ちながらも言われた通りに城内に続く『窓』を開ける。ズンズンとその中に入って行く源を追って、開けたセラを筆頭にユーリとシルヴィア、ヴァレンティナもまた中へと入っていった。

 

 つい先ほどまで入口の前に居たにも関わらず、それを潜れば、もう既に城内の半ばまで到着していた。ヴァレンティナは南の街でのセラとのやり取りを思い返す。

 

「……あのとき突然背後に現れたのはこの能力を使っていたからでしたか」

「なんのことだか」

 

 (とぼ)けるセラに苦笑を溢すヴァレンティナだったが──二人は何か轟音が迫ってくる音を拾い、ユーリたちもそれを認識する。

 

「なんだ、まさかまだ元気に暴れてる魔物が残っていたか……」

「──ゥおらァい!!」

 

 シルヴィアが呟いた刹那、眼前の壁が掛け声と共に破壊され、その向こうから、【聖域化】で弱っていた魔物が吹っ飛んできて反対の壁に激突し、即死したのか消滅する。

 魔物が飛んできた方に顔を覗かせたユーリたち五人は、土煙の向こうに──二人の少女と女性が立っているのを視界に納めた。

 

「お前すげぇな」

「ふふふふ、そうでしょうとも」

「あ、お嬢様。リンも居る」

「あらユーリくん、帰ってきてたの」

 

 やっほー、と呑気に手を振る少女──アイリーンが、褒めながらもやや気だるげなリンを連れて壁の外から城内に入ってきた。

 

「リン、元気そうでなによりだ。どうやら私の薬が効いたようだな」

「あん? ……ああ、こいつに聞いたがなんか飲まされたらしいな。氷で王都を囲ったときは魔力もすっからかんだったが、今は寧ろ全身に張り詰めすぎてて逆にダルいくらいだ」

 

 シルヴィアにそう問われ、リンは答える。するとシルヴィアは、あっけらかんと返す。

 

「薄めて使うやつの原液を飲ませたからな」

「おい」

「君の魔力はそれほどまでに膨大なのだよ」

 

 あっはっは、と時折見せるわざとらしい笑い声に青筋を立てながらも、リンはため息混じりにアイリーンに顔を向ける。

 

「そういやお前、気絶してるあたしにどうやって薬? とやらを飲ませたんだ?」

「え」

「いや、普通に考えて寝てるやつに液体飲ませたらむせて飲めないだろ」

「え」

 

 ピシリと固まるアイリーンに、リンは疑問符を浮かべながら首をかしげる。

 それから一拍置いて、リンの顔を見ると、その流れで自分の顔を逸らして言った。

 

「気にしないで」

「はぁ?」

「気にしないで」

「はあ、まあ、別にいいが……なんでさっきから顔を赤くしてるんだよ」

「……気にしないで」

 

 その光景を見ていたシルヴィアは『からかい甲斐がありそうだ』とでも言いたげな表情でニヤリと口角を歪めていたが、ゴンとユーリに頭頂部を叩かれていた。

 

「あだっ」

「野暮だぞ」

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