その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 城内を歩くユーリたちは、謁見の間の方から歩いてくる老人と合流する。

 老人──アダム・アースガーデンは、ユーリたちのうち、自身と同年代の老人こと山田源に視線を向けると口を開いた。

 

「思ったより早い再会だなぁ、()()よ」

「はっ、かつての親友が恋しかったか?」

「かつてだぁ? 今も、の間違いだろ」

「はっはっは、(ちげ)ぇねえ」

「……んん?」

 

 カラカラと笑い、二人はバンバンと互いの肩を叩き合う。数十年以来の再会をひとしきり楽しみ、それから即座に意識が切り替わる。

 

「で、だ。今は手が足りん。うちのアホ娘も数に入れて、王都に侵入した魔物の殲滅をしないといけない。手伝ってもらうぞ」

「いまアホって言った?」

「無論、そのために来た。俺たちはどこに向かって何をすればいい」

「ねえいま娘をアホって」

「はいはいさっさと歩け」

「いや今アホって、ちょっ、リンちゃん!」

「ちゃん付けすんな」

 

 アダムと源の会話に茶々を入れるアイリーンだが、リンに背中を押されて歩みを急かされる。眼前を歩くアダムたちを見て、それからおもむろにアイリーンを見ると、ふと問いかけた。

 

「……お前もしかして、王女殿下なのか?」

「え、今さら!?」

「へぇ~……こんなのがか」

「──私の知り合いで態度が正しいのってユーリくんだけなんじゃ……」

 

 眉間を指で押さえるアイリーンは、ため息混じりにそう呟いてユーリをちらりと見る。

 視線に気づかないままのユーリは、彼女の前でアダムたちに歩みより声をかけた。

 

「あの、すみません陛下」

「ユーリ。どうした」

「いえ、こんなときに聞くことでもないのですが、源さんの名前について」

「俺の名前がなんだ?」

「先ほど、『桃源』と呼ばれてましたよね」

「ああ、そのことか」

 

 ユーリにそう聞かれた源は、歩きながらあっけらかんとした顔で口を開く。

 

「山田源ってのは本名を削ったある種の……偽名、でいいのか? まあそんな感じだ。本当の名前は桃山田(ももやまだ) 桃源(とうげん)。諸説あるが、『鬼』という怪物を斬ったとされる剣豪の末裔らしい」

「…………あぁ~~、はぁ、なるほど」

「これを(えにし)に話したら何故か爆笑されたんだが、やはり桃は女っぽい名前なのか」

「笑った理由はそこじゃないかと……」

「もういいか? さっさと作戦会議をしたいし、上の個室に急ごう」

「はい、ありがとうございます」

 

 軽く会釈してから歩く速度を遅くし、後ろを歩いていたシルヴィアとセラの二人に歩幅を合わせるユーリは、困惑しながらも言った。

 

「──だそうです」

「あいつ桃太郎の子孫かよ」

「道理でやたらと強いわけだな、怪物が住む島に乗り込んで殲滅して帰ってくるような奴の末裔が弱いわけがない。この異世界に日本文化もどきが根付いているのにも、なんというかこう、妙な説得力が生まれてしまっていて面白いな」

「縁……って確か東国でシルヴィアたちが戦ったあの女の子だよね、名前を聞いて笑ったってことはあの子も俺たちと同じ?」

「ああ、奴は日本出身だ」

 

 などと会話していると、アダムに付いていっていたユーリたちは、廊下を歩き階段を上がり、三階にある広めの個室に通された。

 

「ここでいいか」

「陛下、なぜわざわざこんなところに」

「今回の一件、王都に魔物が大量に侵入してくるという現象があまりにも異常すぎる。()()()()()()()()()()()()んだろ? だから盗み聞きされない場所を用意したってわけだ」

「────」

「出せる情報を全部話せ、これは国を預かる人間からの頼みだと心得ろよ」

 

 アダムに真っ直ぐ顔を見られ、さしものユーリは視線を外せない。現状の事態の緊急性は理解しつつも、全てを話すのはリスキー過ぎると思案し、深呼吸を挟んでから言葉を返した。

 

「話せないことはあります。それは意図的に伏せますが、そのうえで俺たちの説明を聞いてくれると約束していただけませんか」

「する。さっさと話せ」

「……シルヴィア、あとセラも」

「うい」

「俺もか」

 

 手招きされた二人がユーリに近寄り、アダムの眼光に睨まれる。そうして威圧感に気圧されそうになりながらも、この事態の原因を説明した。

 

 

 

 

 

 ──アダム、アイリーン、リン、ヴァレンティナ、桃源の五人は、ユーリたちの説明に困惑、疑問、納得などの三者三様の反応を見せる。

 

「魔王を名乗る女が魔物を引き連れ王都を襲ったと。その理由はお前たちを殺すためで、つまり俺の国はお前らのゴタゴタに巻き込まれたってことだな。そうだろ?」

「はい」

「……、──。────、まあ、いい、お前らを裁く必要はない。今はその魔王とやらをぶちのめさないといけねぇからな」

 

 アダムは長い思考を挟みつつ、重苦しいため息ののちにユーリたちにそう告げた。

 

「それより厄介なのは魔王だけじゃねえぞ、こういうお祭り騒ぎになれば、アイツが必ず混ざりに来ると考えていい」

「アイツ?」

「オズ……不死身のオズワルドだ」

 

 その言葉に、ユーリは脳裏にシルヴィアと出会ってすぐの頃に戦闘した荒々しく暴れてきた老人の姿を思い浮かべ、ポツリと呟く。

 

「俺たちが戦ったあの爺さんか……もしかして桃源さんたちの知り合いだった……?」

「40年くらい前までは馬鹿騒ぎする仲だったな。今じゃ暗殺者紛いの犯罪者になってるが。それと……確か縁もリンを狙ってたな」

「なんで?」

 

 桃源の言葉にユーリが返し、最後の一言にアイリーンが反応する。ああ、と言って、リンは彼女に面倒くさそうに答えた。

 

「なんか知らねえが気に入られて命を狙われてる。この事態までにあたしらが関わった問題が全て繋がってるって言うなら、間違いなく騒ぎに乗じて来るだろうな」

 

 チャリチャリと腰に提げた十字の形をした剣の柄部分を指で弄りながらそう言うリン。

 彼女を横目に、シルヴィアが全員に聞こえるように話しかけた。

 

「──とにかく、これからやつらと戦うとなれば、誰が誰の相手をするかになるんだが……少なくとも魔王の相手は私とユーリ、それとセラでやる。残りをあなた方に割り振る形になるな」

「じゃあ私はそのエニシって人をぶっ飛ばす」

「あたしも相手しないといけないんだよな」

 

 パシッと拳を手のひらにぶつけるアイリーンがヤル気満々で言い、逆に嫌そうにリンが続く。それを見て、ではとヴァレンティナが挙手をしながらおもむろに口を開く。

 

「ではわたくしはオズワルド様を」

「俺もオズ担当だな、アダムは王だし一番参加しちゃいけねえだろうよ」

「お前も人のこと言えた義理かよ」

「ああ全くだ、王は迂闊に行動できん」

「だよなあ、だからこそガキの頃は好きに動けて楽しかったもん……だが……」

 

 はた、と気づく。()()()()()()()と。

 桃源が声の方に視線を向けると、それは窓を背に、足を組んで椅子に座っていた。

 

「その点、魔王はいいぞ、行動を縛るものは誰も何もおらん。だからこうして敵拠点に直接入り込むことすら造作もない」

「────敵襲!!」

「全員呆けるな!!」

 

 ──瞬間、ユーリとシルヴィアが叫び、ユーリの指先から放たれた圧縮した嵐の弾丸とシルヴィアの槍の投擲が魔王クロエに迫った。

 片手間で弾丸を弾き、伸ばした指一本で槍の穂先を斜めに逸らして立ち上がる。

 

「で?」

「貴様が魔王か、少女の身で『魔の王』とは大層な肩書きを名乗っている」

「そういう貴様はこの国の国王だな。いや、すまないな、目的のためとはいえ無関係の人間を巻き込むことになっている」

「……詫びの一つでも欲しいところだ」

 

 クロエが言葉を発する度に、ズンと重圧がのし掛かってくるかのような錯覚に陥る。

 アダムはそれでも気丈に振る舞い会話を試みるが──そうだな、と呟いてから、彼女は指をパチンと鳴らすと口角を緩めた。

 

「お詫びに旧友との交流でも楽しむといい」

「は──「アダムゥゥゥッ!!!」

 

 ブンと羽音のような音が鳴り、アダムの傍らに漆黒の『窓』が現れる。その向こうから、怒号と共に、獅子を思わせる赤髪を揺らす老人が飛び出してきて、その勢いでアダムを殴り付けた。

 

「ぐ、おっ!?」

「会いたかったぜぇ、オイ!」

 

 拳を更に押し込み、咄嗟に防御を挟んだアダムの腕を体ごと後方に吹き飛ばす。

 壁に背中をぶつけたアダムに続けて蹴りを叩き込むと、その壁を粉砕して、老人──オズワルドはアダムと共に階下に落下していった。

 

「……クソッ、あっちは俺が追いかける! ここは任せるぞ!」

「──戦力の分断が目的か、不味い」

「気づくまでが遅い」

「なん──ぐっ!?」

 

 クロエの言葉に反応したユーリは、足元から伸びてきた黒い魔力の塊に巻き付かれる。凄まじい勢いで締め上げるそれに全身をミシミシと軋ませながら、彼はその場に縫い付けられた。

 

「私の目的はお前だけ、他は邪魔だ」

「ぐ、ぎ、ぎぎっ」

「気合い入れて耐えろよ、気を抜くとあっという間にぺしゃんこになるぞ」

 

 淡々と言葉を紡ぐクロエに、残ったセラたちが武器を抜きながら殺意を滾らせて歩み寄る。

 

「おっと、ゲストはもう一人居るぞ」

「──リン! 縁が来るぞ!」

「その、通りッ!!」

「テメェ……マジで来やがったな!?」

 

 ハッとしたユーリにそう言われて、リンは即座に腰から抜いた柄に魔力を流して氷の刀身を作り出す。チリ、と走った殺気に従い構えた方向から、声と共に刀が迫りガキィッと音を奏でた。

 

「約束通りその首を貰いに来たぞ……!」

 

 歯を剥き出しにする笑みを浮かべ、刀で氷の剣と鍔迫り合いする少女──縁は、リンを見据えてカリカリと刀身同士を擦らせる。

 

「約束なんかしてねえ……! おいユーリ! この辺りで人気(ひとけ)の無い場所はないか!?」

「うぐ、ごっ、いきなり聞かれても──」

 

 大蛇もかくやと言わんばかりの魔力の帯に締め上げられているユーリは、そんなことを質問され、逡巡してからセラに言葉を繋ぐ。

 

「──! 東区域の教会は誰も使ってない!」

「……リン、()()()からそいつ持ってけ!」

「おう、あとは任せろ……っ!」

 

 セラがクロエのモノとは違う黄色い枠の『窓』をリンの近くに展開し、リンは縁をそちらに弾いて蹴り飛ばす。腕でそれを受け止めながらも、縁はリンとの一対一が出来るならと、素直に『窓』の奥にバックステップするように入って行く。

 

『窓』が閉じられると同時に、クロエの両側にアイリーンとヴァレンティナが立ち塞がる。

 アイリーンは足を振り上げ、ヴァレンティナは拳を振りかぶる。腕を上げようとしたクロエは、それから意趣返しのように体を縛られた。

 

「一瞬でも動けなくすれば当たる、お嬢! ヴァレンティナ氏!」

「手加減は出来ませんよ」

「私たちのこと忘れてない?」

「いいや、眼中に無いのさ」

 

 腕を巻き込むようにして体に這われた鎖で身動きの取れないクロエは、しかして余裕を一切崩さない。挑発とも取れる言動に敢えて乗ったアイリーンは、全力で全身に電気を流して一人だけが動ける超高速の領域に突入する。

 

 それに合わせて当てられるように、ヴァレンティナもまた、能力で拳を振りかぶってから当てるまでの『あいだ』の時間をカット。

 間違いなく当たる。それを確信したアイリーンだったが──ふと、違和感を覚える。

 

 加速して、全てが止まったかのように錯覚する速度で動いているにも関わらず、魔王が──自分の動きを()()()()()()()のだ。ぶわりと汗が噴き出て、まずいと直感したが既に遅く。

 

「残念、魔力由来の力なら()()できる」

 

 その言葉を皮切りに、クロエを中心に魔力の波長が放たれ、アイリーンの加速とヴァレンティナの時間のカットが()()()()()終わる。

 

「──づっ、ぁっ!?」

「やば──あがっ」

 

 速度が目で追える程までに落ちたアイリーンの足とヴァレンティナの拳を()()()受け止めると、まずヴァレンティナを残像が生まれる程の速度で天井に投げ、アイリーンを床と壁に叩きつけてから窓側から見て向かいの扉に投げ付ける。

 

「馬鹿な、拘束していた筈っ」

「あれを拘束とは片腹痛い」

 

 扉を巻き込んで廊下に投げ出されたアイリーンはピクリとも動かず、ヴァレンティナは天井にめり込んだまま。そして拘束されたままのユーリが動けないことを確認してから、両手に刀を二本握るセラに手のひらをかざした。

 

「さて、概念情報体は干渉しやすくて助かる」

「──てめえ、俺の正体知ってるのかよ」

「……概念……? ──!」

 

 ニヤリと笑うクロエに、セラは苦虫を噛み潰したような顔を向ける。二人の言葉に何か察したように表情を変えたシルヴィアは、確信を口にしようとしたその顔を、眼前に開けられた『窓』の奥から放たれた蹴りに中断される。

 

「ぶ、ぁっ!?」

「神の遣いよ、シルヴィアを殺して魔力球を奪ってこい」

「クソ、体の、制御が──」

「一回操れたんだから二回目だってあるさ」

「セラ! シルヴィア!」

「ぐ、私は、平気だ」

 

 ギギギギ、とぎこちなく動くセラが振り上げた刀を槍で受け止めるシルヴィアは、そう言ってからユーリに顔を向ける。

 

「そっちは、魔王を倒してこい」

「……ぐ、ぎぃっ、意識、までっ」

「私はセラを止める」

 

 なんとか食い縛るも、健闘虚しく、セラは意識を途切れさせる。完全な操り人形にされながらも精密な動きを始めた彼に追い詰められ後退りするシルヴィアは、背後に開けられた『窓』の向こうへとセラと共に姿を消した。

 

「意外と楽勝だったな」

「…………そんな」

「人間共は因縁の相手と戦い、恐らく貴様よりは強いだろう小娘たちも動けない、頼みの綱のシルヴィアはセラと戦闘。独りになってしまったなあ、なあ? ユーリよ」

 

 クロエは同情するように目尻を細めて、ユーリを拘束していた魔力をほどく。そして自身の真横に等身大の黒い『窓』を生み出すと、くいっと顎でそちらを指して言った。

 

「決戦の時だ。この世界で生きたくば、この魔王クロエを倒すしかないぞ」

「────そうかよ」

「中へ入れ、誰の邪魔も入らないフィールドを用意してやろう」

 

 クロエが先んじて中へと入り、ユーリも同じように七剣天星を右手に握りながら入る。

 果たして、アダムと桃源とオズワルド、リンと縁、シルヴィアとセラ、ユーリとクロエの4つの決戦が、同時に開催されていた。

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