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牢屋の格子をねじ曲げて、ミカエルは外に出ながら体の調子を確かめる。グッグッと握りこぶしを作り、それからポツリと呟く。
「よし、治った」
「ではルーラーを止めに行きましょうか……と言いたいところでしたが」
ミカエルに追従して外に出た上位存在──ゼムは、視線を向けた先に立つ、大量の服を着たマネキンのような存在を見た。それらは手に長剣やメイスを握り、目や口の無い顔で二人を見るや、ぞろぞろと歩きこちらへと近づいてくる。
「……天使か。私と違って識別する
「私たちが止めに来ると分かっているんでしょうね。魔王が立花遊理さんを殺すまでの時間稼ぎのつもりで配置しているのかと」
「──ま、あんなのは雑魚だ」
その言葉を皮切りに、最前線の天使二人が駆け出し、それぞれが長剣を振りかぶる。
ゼムを庇うように一歩前に出たミカエルは、一人目の攻撃を避けてから顎に該当する部分を殴り首をゴキリとへし折り、長剣を奪って二人目の剣を弾いてがら空きの胴体を両断した。
「一体一体はどうにでもなるが、見渡す限り天使天使天使、全員の相手は骨が折れるな。さっきまで物理的に折れてたわけだが」
「反応しづらいジョークはですね……」
「そういえば、あんたは戦えんのか? 上位存在はデスクワーク専門ってイメージだけど」
「ああ、ええまあ、自衛程度なら」
そう言って、ゼムはミカエルの後ろで虚空の『無』から一振りの杖を取り出す。
木製のそれには蔓が巻き付き、先端のコブの部分には花が咲いていた。
「なんだそれ」
「ホウジョウ──神器の一種です、能力は植物の操作。魔力を通して、草木を操れます」
──こんな風に。と続けて、懐から取り出した種を空中に放り、落ちてきたそれをホウジョウをバットのように振るって種を叩く。
野球かよとツッコミを入れるミカエルを余所に、叩かれた種は、急速に成長すると、空中で無数の根を生やして天使に迫る。
「…………うわ」
「……すいませんやり過ぎました」
ちょっとした木と言われても納得するほどの太さになった根っ子は、無数の天使を無差別に刺し貫き、牢屋の外である廊下を埋め尽くす。
魔力の供給を止めて枯れるのを待ちながら、二人は無個性の天使からは血が出ないことが救いとなっている、ホラー映画のワンシーンのような光景を前に立ち尽くしていた。
──魔王・クロエの魔力を固めて作った漆黒の長剣を七剣天星で受け止めるユーリは、焦りから表情を歪めて猛攻を凌いでいた。
「精細さが欠けているぞ」
「……っ、うるせえ……!」
「本来であれば、セラとシルヴィア辺りと数人掛かりで私と戦うつもりだったんだろう」
「────」
返事の代わりにぶわりと背後に展開した六本の分身剣を殺到させるユーリだが、それらをクロエはバックステップしながら流れるような動きで舞い、切り払う。
「っ」
「まあ、貴様らの中で一番強いのはあの黒髪のメイドだろうがな。奴と殴り合うのも一興か、貴様を殺して魂を奪ったら次は奴──」
クロエがそう言いながら視線を逸らした瞬間、指を銃口に見立てた嵐の弾丸が迫る。
密度が上がりすぎて内側に光が届いていない黒い嵐を、クロエは手に同じく黒い魔力を纏い、手の甲でバチィ! と音を立てて弾く。
「──誰にも手は出させない……っ」
「今のはいいぞっ! ……なるほどそうか、貴様は焦っているのか。
「……」
「不安が重なりすぎて、
ユーリは胸の内を覗かれているかのように言い当てられて目尻をピクリと痙攣させる。
今までで経験したことのない状況、更には自分の負けが許されないのに魔王が相手では負けるかもしれないという嫌な確信が脳裏を過り、思考はネガティブな方向に逸れ、頭の中の歯車はいつものように切り替わってくれない。
「実力はある、魔法と能力を含めた戦闘経験はこの世界で学んだ。でも上手くパフォーマンスを発揮できない。なぜだと思う」
「さあな……教えてくれよ、先輩」
自虐気味に疲れたような顔をするユーリに、クロエはあっけらかんと答える。
「──簡単だろう、貴様は考えすぎだ」
「誰のせいだと……」
たんっと前に跳躍して踏み込むクロエが、肉薄と同時に長剣を振るう。七剣天星で受け止め鍔迫り合いに持ち込むと、黒いメッシュ混じりの金髪を揺らすクロエに鼻先がぶつかるほど顔を近付けられながら会話を交わした。
「くっ」
「ああだのこうだのと、異世界の知識が無いとはいえ、貴様は考えすぎている」
「づ、あぁっ!!」
押し退けるように七剣天星を乱雑に振るい、クロエを遠ざけ、逆に自分から踏み込んで分身剣を再度展開。ユーリとの剣の打ち合いをしながら四方八方から飛んでくる分身剣に対し、一度ユーリを拘束したときのような魔力の帯を体から伸ばして、彼女は分身剣の刀身を横合いから貫いて破壊する。
「っ、はっ、はあっ、はっ……」
「ポテンシャルは高いのに、肝心の中身が優しすぎたな。おそらく、平和な世界で生きてきた貴様にはこの世界での命のやり取りが辛いのだろう。その性格は美点だが、致命的だな」
「づ……っ!」
不意打ちで撃たれた嵐を避けつつ、返す刀で刀身に魔力を流して横凪ぎに振るう。
反射的に屈んで避けたユーリの頭上を漆黒の斬撃が駆け抜け、背後に建っていた広い空間を支えるように伸びる柱に深い傷を入れた。
「どうしてそう、俺に親身に助言なんかするんだ。余裕のつもりか?」
「余裕なのは事実だがな……こうも歯応えがない奴から一方的に魂を奪って殺すというのは、正直萎える。悩みを超えろ。私は全身全霊全力を絞り出した貴様と戦いたいんだ」
「……勝手だな」
ぜえはあと息を吐くユーリ。肉体的にはまだまだ余裕であるにも関わらず、精神的な疲労からか、頭が酸素を求めて呼吸が荒くなる。
しかして、思考を回さなければならない。今はまだ
勝たなければならない。だが勝つビジョンが見えない。シルヴィアたちは無事だろうか。投げ飛ばされたアイリーンとヴァレンティナは。オズワルドと戦ってるだろうアダムと桃源は。縁と戦っているリンは。思考が回り、纏まらない。
「どうした、私を見ろ」
「────!」
クロエは横凪ぎに放った斬撃を、今度は縦に振るってユーリを狙う。横に跳んで避けてからユーリは分身剣を作るが、クロエの攻撃が途中で軌道を変えて横向きに切り替わる。
分身剣のうち四本で四角を作り簡素な魔法陣として盾を形成し、残りの二本を七剣天星そのものに束ねて、魔力解放の出力を上げた。
「300%……!!」
「ほう」
盾が破られるのを見越し、その上から、分身剣四本の盾を破壊せんとガリガリ削ってくる斬撃を叩き壊す。一瞬、感嘆の表情を浮かべたクロエは、その顔を戻して長剣を構え直し──
【立花遊理】
「…………?」
「──ちっ」
おもむろに虚空から響く声に動きを止める。
嫌そうな顔をするクロエを見て、ユーリも名前を呼ばれて念のためにと警戒した。
「誰だ?」
【そうだな、
ルーラーと名乗る声の出してきた情報に、ユーリは目を見開く。
首謀者であると公言したルーラーは、更にユーリを
【なあ、立花遊理。私が──半年前にお前と仲の良かった子供たちが死ぬように仕組んだ張本人だと言ったら、どうする?】
「…………は?」