その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「ォォォオオオッらぁ!!!」

 

 天井に穴の空いた謁見の間にて、掛け声と共に振り抜かれた拳を横に跳ぶようにして避けるアダム。拳の先で遅れてボンッと空気が弾け、背後の壁に亀裂を走らせた。

 

「相っ変わらずの馬鹿力だな……!」

 

 そのまま両手で続けてきたワンツーを捌き、アダムはがら空きの脇腹に拳をねじ込み、そこからフックに繋げて顔に一発入れる。

 更に膝蹴りを腹に入れ、瞬間的に腕の魔力を活性させて強化。土属性の『硬い』という要素で右手を文字通り岩のように固くさせてアッパーを打ち、たたらを踏ませて後退させた。

 

「ぐ、ぶ、いいパンチしてやがる」

 

 アダムに殴られていた老人──不死身の暗殺者・オズワルドは、切れた口の端の傷や殴られた跡を即座に完治させながら言う。

 

「机仕事で鈍ってると思って心配したぜ」

「はっ、今くらいがハンデにちょうどいい」

「へっへ、言ってやがれ」

 

 言葉を投げ合い、拳を握りファイティングポーズを取る二人。そこに、横でじっと見ていた三人目──桃源が口を開いた。

 

「おーい、そろそろいいか」

「……おっと、(わり)いなゲン、ついアダムと()りあうのに熱中しちまってた」

「さすがに初っぱなから刀で混ざるのは無粋だと思ったから黙って見てたが、こっちも国を巻き込んだ一大事を片付けなきゃならねえ」

「ああ、ああ。わぁってらあ」

 

 すらりと刀を抜いて、桃源はアダムの横に歩く。彼の言葉を噛み砕いて理解したオズワルドは、一線を越え、もう戻れないことを悟った。

 

「──へっへ、自分(てめえ)で選んだ道だろうがよ」

「あん?」

「なんでもねえよ」

 

 自虐気味に呟いて、アダムの声にかぶりを振る。自ら敵として立ち塞がることを選んだクセに、今さら感傷ぶるのかと独りごちつつ。

 

「……二対一か。昔からお前らと喧嘩するとなったらこの並びだったよな」

「オズが馬鹿力で暴れるからだろ」

「そうだったかァ?」

「俺としてはやりづらい相手だ」

 

 アダムが指摘し、とぼけるオズワルドに桃源はぼやくように呟く。

 ──そんじゃあ、と言ったオズワルドは、二人を相手に深く腰を落とすと言った。

 

「纏めてかかってこい、今日で勝ち越す」

「あとで言い訳すんなよッ!!」

 

 アダムの怒号を合図に駆け出し、桃源は刀を右手に半円状に脇へと走る。

 桃源がそう動いたのは、二人掛かりという利点を活かしてオズワルドの意識を左右に割きつつ、アダムをなるべく刀の範囲に入れない為だ。

 

「ユーリ、お前の小手先を真似(かり)るぜ」

 

 桃源は左の手首をスナップさせ、袖の中から二本のナイフを取り出して投げる。

 

「──ん!? ……ぶえ」

 

 視界の端から飛んできたなにかに対し、反射的に左腕を盾にしたオズワルドは、腕に走る痛みに一瞬顔をしかめる。そこにねじ込まれたパンチを顔面で受け、折れた鼻から血がこぼれた。

 

 ペキペキと音を鳴らして鼻の骨が再生するオズワルドは左腕に刺さったナイフを抜こうとするが、その手を横合いから伸びた刀身に切り落とされ、右の膝をアダムの蹴りで崩される。

 

「ぐうっ」

「オズワルド、お前の対策は40年前からとっくに出来ちまってるんだよ」

「お前の体は異物が挟まると再生を阻害され、再生する度にかなりの魔力を浪費する。オズ、お前は厳密には不死身じゃねえ」

「魔力を削りきれれば俺達の勝ちだ」

 

 ──しかし怪力は弱まらないため、二人はがむしゃらにナイフの刺さったままの左腕を振り回すオズワルドから距離を取る。

 右腕の断面から骨が伸び、神経や血管、筋肉を纏い皮膚で蓋をする光景を見送り、それから左腕のナイフを引き抜き傷が塞がった。

 

「──へっへ、んなこた分かってんだ。だから……こっからは、好きに暴れるぜ」

 

 口角を吊り上げて笑うオズワルドを前に、ピリッと空気が切り替わる感覚。

 アダムと桃源は迷い無く仕留めようと足に力を入れ──オズワルドが床に指を突き刺す動きを見て嫌な予感を覚える。桃源が眉を潜め、アダムがやろうとしていることを察して声を荒らげた。

 

「……まさか」

「不味ッ……オズを止めろ!!」

「ふんッッッ……ォォォッ、るァアア!!」

 

 ──ミシミシ、ビキ、バキッと床に亀裂が入り、やがて床の一部が割れて剥がれ、重量のあるそれがオズワルドの両手で持ち上げられる。

 

「嘘だろ」

「おいちょっと待っ」

 

 ニヤリと笑うオズワルドがそれを二人に向けて放り投げるのは、当然の動きであった。

 

 

 

 

 

 ──同時刻、東区域の廃教会にて、氷の長剣と刀がぶつかる。

 牽制で振り上げた左手に沿って放たれる氷の礫を上体を逸らして避ける(えにし)は、氷をばら蒔かれて冷えた教会の中で白い息を吐く。

 

「くっ、はははは。良いぞ、最高だ」

「うるせえな……」

 

 東国で一戦交えた頃よりも氷の練度、速度、威力が上がり、強くなっている事実に縁は笑う。げんなりとしながらも言葉少なに返すリンは、欠けてきた刀身を柄から外して再生成した。

 

「あの胡散臭い金髪に付いてきて正解だったな。ここが私の絶頂期と言える」

「……勝手に盛り上がってるところ悪いが、さっさと終わらせたいんだがな。あいつらに手を貸さないといけねえんだ」

「いけずめ。私との逢瀬に集中してくれよ」

「知るか」

 

 短く返して、リンは剣を構える──振りをしながら、足から壁に魔力を通して既に凍っている部分からトゲを伸ばす。縁はピクリと反応し、視線をそれぞれに向け、一歩下がり右から迫る氷のトゲを避けて左からのトゲ諸とも抜刀しながらの一閃と返しの振り下ろしで輪切りにした。

 

「ふぅん、さっきから辺りに氷をばら蒔いていたかと思ったら……起点作りか」

「なんで避けられるんだよ」

「この世界に来てから、どうにもその手の気配に敏感になったらしくて、なぁッ!」

 

 その言葉の証明のように、リンが無言で腕を振り放った氷の礫や壁と床から伸びるトゲを再度避け、縁は最短ルートを進むために数回刀を振るって道を作り真っ直ぐ飛び込んでくる。

 

「……ちぃっ」

 

 刀身を削るような叩きつける動きで刀を向ける縁の剣戟を裁き、カン、カッ、カン! と金属で固いものを叩いたような音を奏でる剣で鍔迫り合いに持ち込む。顔を近づける縁にリンは言った。

 

「ユーリたちの発言も怪しかったが……テメェの言い分と合わせて察するに、どうやらこことは違う、別の世界とやらもあるらしいな」

「ほう、文明レベルの低い世界の住人にしては頭がいい奴も居るらしいな」

「馬鹿にされてんのはわかる、ぞっ!!」

 

 ぐっと押し退けるようにして突き放し、間の空間に下から氷柱を伸ばす。

 着物のまま器用にバク転で避ける縁を前に、伸ばした氷柱を砕くように解除して、リンは刀身を取り換えながら姿勢を低く屈める。

 

 それからチリチリと敵意をぶつけるリンに、縁の心底楽しそうな声が返って来た。

 

「──元の世界ではこんな戦いは出来なかった。良くも悪くも平和ボケていたし、魔物なんて居ない。魔法もなければ、お前のような強い人間も居なかったものだ」

「へえ」

「私はただ自分よりも強い奴を斬りたいだけだった。殺されるなら自分よりも強い奴に殺されたかった。()()()()()()()()()()()()()なのに、まったく国家権力の犬どもめ……」

「そうか」

 

 握りこぶしを作り悔しそうな表情をする縁に、リンは聞き流す方向に思考を切り替える。

 

「まあ、結局逃げてる途中で車に撥ねられて気づいたらこっちに居たんだがな。はっはっは、流石に大型車を斬ることは出来なかったか」

「言ってることの殆どは理解できなかったが、全面的にお前が悪いのだけはわかった」

 

 ──なに言ってんだこいつは。と、目尻を細めて、奇妙な感情が芽生えてきていることを自覚しながら、リンは氷剣を構えていた。

 

 

 

 

 

 ──ドンッ、ドンッ、ドンッ!! という断続的な爆発。

『窓』を通ってどこか遠くの採石場のような場所に飛ばされたシルヴィアは、両手に槍と長剣を握り、背後に複数の武器を浮かべて走る。

 

「少しは怯めよ、くそったれめ……!」

 

 振り返りつつ槍を真上にヒュンと投げ、背後から迫る能面のような無表情のセラに、片手の長剣を数回振るう。刀身の動きに沿って放たれた線の斬撃がセラの頭部を斜めに切り落とし、脳を溢れさせるが、瞬く間に再生して元に戻る。

 

 お返しとばかりに刀から放たれた火炎を背後に浮かばせていた一本の剣を盾にして吸収させてから、遅れて降ってきた『必中必殺の神器』のレプリカである槍が、限りなく近い能力を発揮してうなじから股ぐらを貫いて地面に縫い止めた。

 

「──聖剣、解放……ッ!!」

 

 がくんと動きを止めたセラに、シルヴィアは一切のためらいもなく大技を解き放つ。

 ストックしていた聖剣の内の一つを上段に構え、刀身から爆発的に魔力を吹き荒れさせ、それを振り下ろしてセラへと叩きつける。

 

 ()()()()()()()()()()()()()と分かりきっているからこそ、遠慮なく消し飛ばす勢いの攻撃を放てる。既に何度も同じような攻撃をしているシルヴィアは、光に包まれ立っていた場所が大爆発したセラの行く末を見守り──無傷で爆炎から出てくる様子にため息をつく。

 

「………………めんっっっどくさいな」

 

 恥も外聞も投げ捨てて『クソゲーがよ……』と吐き捨てるシルヴィアは、何度目かのため息を交えて独り言を始める。

 

「オズワルドとこいつでこの世界での不死身の相手は二人目、地下深くに埋めるか太陽にでも沈めるか……オズワルドはただの人間だ、それでどうにかなるだろう。だがこいつは人間ではない、かといって()使()()()()()

 だから面倒なんだよなぁ……この野郎、よりにもよって一番厄介な存在だったのだからな」

 

 頭の中の情報を纏めるために人に話しかけるようなトーンで口を開くシルヴィアが、無反応のセラを見て声を投げ掛けた。

 

「なあ、セラ。お前は天使じゃあない。どちらかと言えば……本来の意味の神様に近い存在だ。人が『それ』の意味を理解するという信仰が、お前を形作っている」

 

 ぴたりと、おもむろにセラの動きが止まる。操られていながらも雰囲気の変わったシルヴィアに警戒しているのか、あるいは。

 

「お前は恐らく、特定の概念が人の形をしている。だから魔王に『概念情報体』と言われていたのだろう。私もようやく気づいたよ」

 

 面倒くささと疲れで垂れてきた汗を拭いながら、シルヴィアは言う。

 

 

 

「セラ、お前は『再生という概念』が人の姿をした存在だ。知性あるモノがその言葉を知り、その概念の意味を理解している限り、お前を殺すことは、誰一人として出来はしない」

 

 眼前に立つ無表情の男から、推理の返答が来ることは無かった。

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