その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ベッドに座り、向き合う二人は気まずそうな顔で会話をしていた。

 

「……つまり、ユーリは私が転移者だとは知らなかったが、地球から来た人間なのではないかと疑っていたのだな。それもそうか、ナポリタンは日本の創作料理だったな、忘れていた」

「君もあの──妙な女性と会話をしたのか? いや会話の成立はしなかったが」

「私と君は『地球からこちらに来た異世界人』という共通点はあるが、境遇や相手した『神』は全く違う相手だろう。どんな相手だった?」

 

 そうか……と言って、ユーリは自分が話をした相手の事をシルヴィアに伝える。

 額に皺を作って深くため息をつくと、顔を片手で覆いながら呻くように言った。

 

「……大変だったようだな」

「わかってくれるか」

「ああ。……しかし、死ぬ前後の記憶がない、というのはおかしい。

 大抵の場合は覚えているものだが……それほど凄惨な死に方をしたのか」

「覚えていたらトラウマにならないか?」

「なるような人間は異世界転移なんてイカれた選択肢は選ばんよ」

 

 あっけらかんと言い放つ。

 そんなものか? と呟くユーリの言葉を拾って、シルヴィアは静かに頷いた。

 

「どうやらユーリはこの手の──サブカルチャーを基にした知識は持ち合わせていないようだが、少なくとも、私は自分の意思で神の提案に乗ったのだよ。何せ当時の私は10代だったからな」

「今は何歳なんだ?」

「──忘れた」

「ふぅん」

 

 女性の年齢は聞くものではない、という話をどこかで聞いた気がしたユーリは、深く追求しようとしなかった。

 

「私のときはまだ2010年辺りだったが、今は何年なんだ?」

「2020年。年号も変わったよ」

「ほう、どんな年号に?」

「それは──」

 

 

 

 

 

 ──そんな会話をしてから数時間後、痛みが引いてきたユーリと共に一階に降りたシルヴィアは、受付嬢からの提案に疑問符を浮かべる。

 

「──療養を兼ねた観光、ですか」

「はい。王都の南に、海に隣接した商業都市があることはご存じでしょう」

 

 ……そうなのか? と呟いたシルヴィアに小さく頷き、ユーリは受付嬢に言葉を返す。

 

「まあ確かに体はいまだ軋んでいますが……良いんでしょうか。休暇の申請なんかは」

「これも指名手配されていた暗殺者を仕留めた報酬の1つとでもお考えください。

 こちらとしましても、怪我人を働かせるほど切羽詰まっておりませんので」

 

 体が資本故に、無茶をされては困る……ということだろう。そう納得して、ユーリは快諾した。ある種の旅行であるため、やや気分も昂る。

 

「となると……ルートの確認をしないとなぁ。ここから商業都市までを馬車で行くとしたら、間で休息を挟むとして──昼から出て途中にある村を経由して、1日休んで朝から出たら──うん、昼頃には着く……な」

「それで良いんじゃないか? とはいっても私は地理に詳しくないのでその辺は頼るぞ」

 

 地図を睨むように凝視するユーリの横で様子を眺めているシルヴィアは、視界の端から二人の男女が近付いてくるのを視認した。

 

「よう、ユーリ……と、シルヴィア」

「何してるのぉ?」

 

 ピクピクと頭頂部の三角錘を反応させる獣人の女性・エイミーと、焦げ茶の髪を揺らす男性・レイクが二人を見やる。

 

「怪我の療養も兼ねて、南の方に観光にでも行こうかと思ってさ」

「ふーん。南っつったら商業都市か。あそこは良いぞー……ああそうだ、金出すからあそこで売ってる干し肉買ってきてくれないか?」

「……なんで?」

「安いし旨いんだよ。それに海が近いからか、塩をケチらないしな」

「あとねぇ、色んな果物も干してるんだよねぇ。私もお金出すから買ってきて~?」

 

 懐から金銭の入った巾着袋を取り出して、レイクとエイミーはそれぞれをユーリに握らせる。金を出すだけましか、と短く思案して、ユーリは了承してコート状の影に袋を沈ませる。

 

「わかったわかった。もうこれ以上の注文は無いよな?」

「じゃあ、頼んだぜ」

「いってらっしゃーい」

「いや出るのは明日の予定……」

 

 締まらないな、と呟くシルヴィアと、呆れた顔で去って行く二人を見送るユーリ。

 

 それから数日、特に真新しい出来事が起こるでもなく、ユーリとシルヴィアを乗せた馬車が王都から出て南にある商業都市に到達する。滞在日数分の料金を門番に支払い門を潜った先で、二人は賑わった街並みを視界に納めた。

 

「これは……凄いな」

「──同感だ。なるほど、建物を壁にして潮風を防ぎ、内側で商売をしているのか」

 

 半分にしたバウムクーヘンとでも言えばいいのか。海に対して層のように建物が並び、その間で商売が行われていた。

 

 南の海側から北の草原側まで幾つもの層が出来ており、建物と建物の間にある『層』の出入口となっている大きな門をくぐると、その先でふと露店を目にする。

 

「……ぬいぐるみ?」

「狼種の魔物を模したものだな」

 

「──おっ、お目が高いねぇお二人さん。もしやカップルかい?」

 

「違う」

 

 シルヴィアが手短に否定し、店主だろう男に「フラれちまったねぇ」とからかわれる。

 否定するのも面倒だと考え、ユーリはぬいぐるみに関する情報を聞いた。

 

「このぬいぐるみはプレゼント用なんですか? なにか意味があったりします?」

「ああ。こいつぁな、元々は大昔の狩人が結婚したい相手に魔物の首を贈ったことが由来なんだ。『俺はこんな魔物にだって勝てる男なんだぞ!』ってアピールするためだな」

「そんなもの渡されて喜ぶのか……?」

 

 当時の価値観では嬉しかったのだろうか、と思考して、それからユーリがぬいぐるみを指差して店主に言う。

 

「それください。包んでくれますか」

「あいよぉ、誰に送るんで?」

「日頃世話になってる知り合いに」

 

 共通の知り合いの中に女性が二人ほどしか居ないシルヴィアは、受付嬢かエイミーのどちらかだろうと判断する。紙袋に包まれたぬいぐるみの代金を支払うと、ユーリはそれを抱え上げた。

 

「さて……このあとはどうする? 

 先に干し肉とドライフルーツを買って、王都行きの馬車に輸送してもらおうか」

「それが良い。頼まれたことはさっさと終わらせて、残りの期間で観光でもしよう」

 

 ぬいぐるみを買ったついでにそれぞれを買える場所を聞いて、二人は行動を開始する。

 

 

 

 

 

 ──王都行きの馬車に荷物の輸送を頼んでから数分、一段落ついた頃には、太陽が頂点から二人を見下ろしていた。

 

「……少し、疲れたな」

「そうだね。宿探して、観光は明日からにしようか。シルヴィアも休みたいだろう」

「ああ……なら、宿は私が探そう」

「えっ」

「暗殺者──オズワルドを仕留めた報酬は私も持っている。金の心配は要らんよ」

 

 いいのか、と聞くと、構わんと返ってくる。シルヴィアは気だるげに首の関節を鳴らして、疲れた様子でユーリを見上げて続けた。

 

「あまりこういう場所で、異世界人が固まって行動するべきではないのだよ。私が居ない間は、キミも面倒は起こすんじゃないぞ」

「これから俺が面倒を起こすみたいに言うね」

 

 からかい混じりの声色で問うと、シルヴィアはあっけらかんとした顔で返した。

 

「起こすさ。私やユーリといった『外』からの来訪者という『異物』は、否応なしに厄介なあれやこれやを引き込む。

 そういう風に出来てるのだよ。『主人公補正』と言っても、キミには理解できないだろうがね。兎に角この場を動くなよ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()らしく、半ば諦め気味にそう言葉を吐き出す。ではまた後で、と締めると、シルヴィアは陽光を反射する銀髪を揺らして人混みに紛れていった。

 

「……そういうものか」

 

 サブカルチ(そういうもの)ャーについてもう少し詳しく聞いた方が良さそうかもしれない。

 そう締めくくり、ぬいぐるみを入れた紙袋を抱えてシルヴィアを待とうとし──ちり、と脳裏に悪寒のような()()()が走る。

 

 なるほど引き込むとはこういうことを言うのかと、ユーリはシルヴィアの言いたかったことを理解する。辺りを見渡して、一旦その場から離れようと、層の向こう側に繋がる門とは別の通路となっている路地裏の方向に歩いて行く。

 

 悪寒から逃れるようにして路地裏の入口に立ったユーリは、奥の暗がりから、黄金色の光がバチリと弾けたのを見て──直後、マントのフードで顔を隠す何者かが走ってきた。

 

 避けようと半歩下がったユーリだったが、何者か──体格からして女だろう相手が突然ユーリにぶつかる方に体を向け、必然的に少女は真正面からドンとぶつかる。

 

「……大丈夫ですか?」

「──ええ、大丈夫。ただちょっと、助けてほしいのだけれど良いかしら。実はすっ……ごく恐ろしい人に追われているの」

 

 フードを取り、少女はやや早口で捲し立てる少女は、黄金色の腰まである髪を風で揺らし、ターコイズブルーの瞳で見上げてくる。

 覇気のある、と言えばいいのか、どこか自信があるような声色は寧ろ聞いていて心地よさすらある。故にこそ、追われているにしては余裕がある雰囲気に違和感を覚えた。

 

「恐ろしい、とはまた、自分のお目付け役に随分な物言いではありませんか」

「…………うげぇ」

「──貴女、は……」

 

 カツカツと、踵で石畳を踏み鳴らす音が路地裏の奥、少女が走ってきた方向から聞こえてくる。自分の後ろに隠れるようにして「うげぇ」等と言っている少女は、声の主を警戒していた。

 

 影から日差しの下に現れたのは、白と黒の珍しい衣服──いわゆる給仕服を身に纏い、ユーリ自身がこの数ヵ月で自分以外に見たことのない艶のある()()をショートで切り揃えた女性だった。

 

「帰りますよお嬢様、まだ勉学が指定した一定の範囲を終えておりませんでしょうに」

 

「い、や、よ! なんで別荘に遊びに来てまで勉強しないといけないのよ! やーだー!」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 黒髪の女性に目を奪われながらも、ユーリは冷静に会話を聞いていた。

 とどのつまり、黄金色の少女──お嬢様は、勉学に嫌気が差して逃げたのだ。

 

 厄介事ってそういうことかよ、と、ユーリは呆れた様子で小さくため息をついていた。

 少女に声をかけながら、その実黒髪の給仕服の女性が、自分の事を品定めするように観察していることについぞ気付かないまま。

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