その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ──氷が飛び、ナイフが跳ね、長剣を振り、刀が打ち払う。立ち位置を入れ替え、絶えず動き刀剣を振るうリンと(えにし)は、十数分もの間、一切の休憩を挟まず剣戟に興じていた。

 

 呼吸を、まばたきを最低限に、視界の端や死角からの不意打ちを僅かな気配の察知で避け、誰も使っていない教会の備品を破壊して行く。

 

「──ふっ」

「せいッ!」

 

 リンと縁の振るった刀身の切っ先が、それぞれの顔と着物を掠める。

 左頬から左眉までを縦に薄く裂き、着物の一部を斬って奥の肌を覗かせた。

 

「……くっ」

「は、は、はっ!」

 

 顔に縦一文字の線を刻まれ、リンは反射的に顔を仰け反らせる。ぶわりと撒き散らした冷気で近寄れなくしながら、左手で顔を押さえて傷を確かめるが、痛みがあるだけで目まで斬られたわけではないと分かり、指先でなぞりながら冷やして簡素な応急処置をした。

 

「おお、おお。剣士っぽくなったな」

「うるせえな……」

「そればかりだな。もう少しこう、コミュニケーションを取ろうとは思わないのか?」

「はっ、()()()()()()

「────!」

 

 閉じたまぶた越しにでも相手が見える状態の左目が、心底楽しそうに笑みを浮かべる縁を見た。獰猛な笑みのまま、縁は草履で床を踏み砕かん勢いで踏み込み、刀を片手で握り反対の手で杭のような細長いナイフを数本掴む。

 

「今日ッ! ここが! お前か私の命日となる! 私は今──ここでお前を殺したいッ!!」

「……!」

 

 ナイフ全てを投擲し、改めて刀を両手で握り込む縁。飛んできたそれをスウェーでかわし、刀身を取り替えた氷の長剣で受け止める。

 ギャリリッと擦れる不愉快な音が響き、数度の打ち合いを経て足元から割り込ませた氷の柱で縁を一歩下がらせ、刀身の半ばから切っ先がぶつかる程度まで距離を取った。

 

「剣で戦いながら魔法という『三つ目の手』が横合いから飛んでくる……未知の戦闘はこれだから心が躍る──なぁッ!!」

「──っ」

 

 伸びた氷柱を絶ち斬り、縁は再度肉薄。リンもまたバックステップしながら魔法の発射の準備をし──縁が粉末を目の前に撒くのを見る。

 ここにきてまだされたことのない行動にほんの一瞬思考が止まり、それから即座にその黒い粉末が何かを理解する。東国で()()を使って引き起こした現象を思い出し、更に一歩下がった。

 

 直後、チッと刀が粉末を掠め、僅かに散った火花と引火して爆発。熱気と衝撃に体幹を煽られ体がぐらつき、リンは床に氷剣を突き刺して倒れないようにする。そうしていたリンの耳に、明確な殺意の伴った低い声が届く。

 

「──血纏(けってん)、起動」

「────」

 

 いつぞやに聞いた()()の言葉。リンはずっと縁の意識を逸らし、あわよくば当たってくれたらと思いながら放っていた氷柱を足元に展開し天井すれすれまで自身を跳ね飛ばす。

 

「────シィィィッ!!」

 

 火薬の爆発で舞っていた煙を払うように振るわれた、血液を纏った斬撃。

 空気を破裂させる音と共に放たれるそれは、つい先程までリンの居た場所を切り刻み教会の壁を破壊し、出入口である扉をバラバラにする。

 

「後ろかっ」

「あ、っぶねぇ!」

 

 宙を飛んで背後に回るように着地したリンは、振り返り様に振るわれたウォーターカッターのような血液の『線』を屈んで避ける。

 

オズワルド(あのオッサン)が生き返るときに血液も生成するからとストックしていた血を全部使ってこれか。つくづく天性の戦闘センスだな」

 

 血纏を起動されたことで距離を取ろうとしたリンだったが、ふと湧いた疑問によって、今は敢えて懐に飛び込む。振るった氷剣を受け止めて鍔迫り合いに持ち込んだリンは、斬撃が飛んでこない状況を前に、確信を口にした。

 

「おいエニシ……もしかしてその剣、()()()()()血を飛ばせないんじゃないか?」

「────」

「それこそ物に付着した水気を取るように、思い切り振らないと、纏った血を『刃』として扱うことが出来ない。違うか?」

 

 かつてシルヴィアが理解した『血纏』のギミックを見抜き、リンはガリガリと刀身を押し込む。その言葉の通り、縁の刀は纏った血を振らないと引き伸ばせない。

 

 凄まじいリーチと威力と速度の斬撃で相手を切り裂く遠距離攻撃は、裏を返せば近づくだけで無力化できる。離れた位置から見極めて避けなければ──という慎重な動きを狩るための能力を、リンは半ば勘で攻略していた。

 

「────」

「…………」

 

 二人の動きが止まり、赤黒い血を纏った刀はリンの氷剣の水色と真逆の色合いを放つ。

 血纏起動のためのギミックである、伸ばした柄をカチリと戻した縁の足元に、纏っていた血液がバチャバチャと落ちて行く。

 

 無言となった二人は──示し合わせたように同時に動く。ぶつけ合っていた刀身をぐるりと回し、果たしてリンは縁の刀を宙に弾き飛ばす。

 

 巻き上げる形で上段に振り上げた氷剣を、今度は縁の左肩に目掛けて振り下ろすリンに対し、縁は偶然にも足元に転がっていたダートナイフを爪先で蹴りあげる。

 

「ォオオッ!!」

「ちぃっ……!」

 

 一瞬の静寂の後、リンが縁の左肩に氷剣を叩きつけるのと、縁が膝蹴りでリンの腹にナイフを押し込み突き刺すのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 ──同時刻、オズワルドは剥がした床を連続で投げつけ、無遠慮にドガン、ドガン、ドガン!! と壁を破壊する。

 

「──どぉ、ッラァアアア!!!」

 

 ほぼ人間の意思を持った猛獣と言っても差し支えない動きで跳躍したオズワルドが飛び蹴りの姿勢で降ってくると、アダムと桃源は左右にバラけるようにその場から離れた。

 刹那、二人の居た場所に足が突き刺さり、一拍遅れて衝撃が前方の窓ガラスを砕く。

 

「バケモンがよ……!」

「そりゃあ今さらだなァ!?」

 

 ぼやいたアダムに、オズワルドが振り返りながら答える。そのままサッカーのフォームのように足を後ろに反らせる動きで振り上げ──爪先で掘削するような勢いで床を蹴り砕いた。

 

「……っ、ふっ!」

 

 ざっとアダムの前に躍り出た桃源が、腰の刀に手を添えて、空気を割くように滑らかに抜刀し十字に飛び散る破片を斬った。払い落とされた破片以外が二人の脇を掠めて行き、アダムは桃源に隠れるように屈んで床に手のひらを当てる。

 

「相変わらずの剣術だな」

「オズワルド、お前まさか、このまま床一面引き剥がして丸坊主にする気か?」

「それもいいかもなァ……あん?」

 

 へらへらと笑い、オズワルドは()()()と鳴った床を踏む。ふと、下を向いて──

 

「金属……? ────やべ」

「おせぇよ」

 

 アダムの手のひらからパチリと電気が弾け、それが床を伝播してオズワルドの足元で光り、バキン! と甲高い音を立てて金属を変形させる。横にステップしようとしたオズワルドは、鋭利に伸びたそれを避けきれず、脇腹をえぐられた。

 

「ぁ、がっ!?」

「──ようやく致命打を一発か」

「侮るなよアダム、あいつはあの状態からでも動く──「ぅぎ、ィイイイッ!!」

 

 桃源の言葉を遮るようにして、オズワルドはブチブチと金属に貫かれた部位の肉をわざと千切り、体を自由にして踏み込む。

 

 床からズガガガ! と断続的に伸びてくるトゲを避け、伸びきったそれを足場に宙を駆け、枝分かれを繰り返すトゲに足を貫かれ、腕を千切り飛ばされ、胸に刺さった勢いで空中に縫い止められながらも、オズワルドは冷静に呟く。

 

「ごぼっ、金属操作……! そういやあ、お前は王国──混血国家の末裔だったな……っ、今のは……古いドワーフの力か」

「ああ。いつかお前と殺り合うために磨いてきた力だ、言っとくが、金属は床の下に張り巡らせてある。逃げ場はねえぞ」

「へっはっは、逃げ場ァ……? 誰が、逃げる、ってぇ!?」

 

 手足を再生させながら、オズワルドが腕力でトゲから体を引き抜いて落下する。だんっと着地すると、獰猛に笑って言葉を返した。

 

「まだまだ、全然、暴れ足りねえ! 俺の命を燃やし尽くすまで殺しに来い!!」

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