その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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【なあ、立花遊理。私が──半年前にお前と仲の良かった子供たちが死ぬように仕組んだ張本人だと言ったら、どうする?】

「…………は?」

 

 ガツンと頭を殴られたような衝撃が、ユーリの心を大きく揺さぶる。

 

【私は手駒……ああ、お前たちがシルヴィアと呼んでいる転移者だな。奴を追いかけてここまできたのだが──立花遊理、不思議に思ったことはないか? 『あまりにも自分の周りで都合の悪いことが都合よく起きすぎている』と】

 

「……それ、は」

 

 正にそんな感覚を覚えたまま戦ってきたユーリは、言葉をつまらせた。

 虚空から響く声──ルーラーは、さらにユーリを追い詰めるように言葉を選ぶ。

 

【この世界でのお前たちの動きは、私が操作してきた。どこで、どうやって、誰と出会い、どんな戦いを経て、どんな結果になり、どこに向かうか、その全てをな。

 当然だが立花遊理、お前が元の世界で死んでからこの世界でなにをするかも私がコントロールしていた。例えば、そう……子供を保護するシスターと仲を深め、その結果子供たちが命を落とすことになったのは──どうしてだと思う?】

 

「────」

 

【全ては、その場に誘導した立花遊理(おまえ)を確実に殺すためだ。地球で殺されたのも、この世界に送り込まれたのも、全てはこの時のため。

 可哀想になあ。シスターが傷ついたのも、子供が死んだのも、お前がこの世界に来なければ起きなかった出来事だ。すなわち私のせいであり、お前のせいである】

 

「──は、っ、ぁ」

 

 ぐわん、ぐわんと頭の中が揺れるような感覚と、視界の端が収縮する嫌悪感。

 バクバクと心臓が早鐘を打ち、無意識に七剣天星を握る右手に力が入り、左手で胸元を強く掴む。そして、すがるようにクロエを見た。

 

「……知っていたのか?」

「ああ。事のあらましは、だが」

「そう、か」

「言い訳になるが、全てを見て、聞いたわけじゃない。『最終的にここで戦うまでの流れを作る』と言われていただけだ」

 

 クロエはそう言って、幾つも伸びている柱の一つに背中を預けて視線を逸らす。

 

「……同情はする」

「……、…………。──ああ」

 

 ユーリの中で、ガラガラとなにかが崩れる気がした。敵でありながらも優しい声色で言われたその言葉が、トドメとなった。

 

 今までずっと、自責の念から知り合った子供たちが死んだのは自分のせいだと思ってきたが、それでもなお、明確に『自身が居なければこうはならなかった』と知らされてしまえば、一般的な感性で生きている大人の心は折れる。

 

 ──ガランと、ユーリの右手から、七剣天星がこぼれ落ちて床を傷付けていた。

 

 

 

 

 

 ──十数分前、ルーラーを止めるために動いているミカエルとゼムは、無個性の天使の群れを撫で斬りにしながら長い廊下を駆けていた。

 

「なんか、妙に……長くないか? この空間こんなに廊下長かったか?」

「一時的にルーラーに空間の支配権を奪われてるのでしょう。私たちを近づかせたくないのか……時間稼ぎも兼ねているのかと」

「めんどくせえなぁ」

 

 首を傾げる動きで突き出された槍の穂先を避けて、返す刀でメイスを頭に叩き込みながらそう言うミカエルは、頭部を叩き潰したメイスを捨てて手から槍を奪い取り長剣を腰に吊るす。

 

 自身の実力が劣っていることを理解している上位存在──ゼムは、大人しくその後ろを追従し、背後の通路に種を巻いて杖で叩いて根を張り巡らせて蓋をしていた。

 

「──おっ」

 

 それからしばらくし、先頭を走っていたミカエルが声をあげ、ブレーキを掛ける。後ろから顔を覗かせたゼムは見慣れた作業部屋にたどり着き、ポツンと立っているルーラーを見つけた。

 

「おや、ミカエルにゼム。思ったよりは早かったな。どちらにせよ間に合ってはいないが」

「あ?」

「──! 立花遊理さん……!」

 

 ぼんやりと何かを見ていたルーラーが顔を動かさずにそう言い、二人もそちらに目を向ける。空中に浮かんだ画面(ウィンドウ)のような『窓』の向こうに、ユーリとクロエの姿が映っていた。

 

「あいつ、様子が変だぞ」

「ルーラー……あなた、何を」

「いやなに、立花遊理に真実を話してあげただけだ。この世界に来なければ、お前と仲良くなった子供が死ぬことはなかったのに──とね」

「子供? ────!!」

 

 眉をひそめるゼムが、世界の管理者としての権限を使い脳裏に数ヵ月前の死人の情報を読み返す。そして、ユーリに関わっていた三人の子供が亡くなっていることを思い返し、その遠回しな原因がルーラーであることを理解した。

 

「そうまでして、『世界』を管理していた頃に戻りたいのですか」

「当然」

「人間の命を、人生を歪ませてまで?」

「ああ、そうだ」

 

 ゼムの問いに断言するルーラー。彼女を見て、ミカエルは苦い表情で声を投げ掛ける。

 

「お前、そこまで残酷な真似ができる奴だったか? こんなことになる前までは、もう少し……神様らしい振る舞いはできてただろ」

「世界を管理していた頃の私も、今の私も、どちらも私さ。演技ではないよ」

 

 そんな風にあっけらかんと返すルーラーに、さらにゼムが続けて言った。

 

「……上位存在は、ただ世界を管理するためだけに存在しているに過ぎない」

「そうだな」

「我々は、かつてはただの力の塊でした。けれども世界を管理し、人々の文明が栄えた頃に、少しずつ姿かたちが変わっていった。力の塊は光に、植物に、動物に、そして今のような姿に」

 

 人々の信じる心、すなわち信仰。『神とはきっとこんな姿なのだろう』という想像が、ルーラーやゼムを含む管理者たちの姿を変えていった。──だからこそ、ルーラーはこうなってしまったのだと、ゼムは内心で独りごちる。

 

「あなたが何故このような行動に出たのか、それは簡単な話です。──ただ世界を管理するのではなく、手中に納めて明確に自分の所有物にしたくなったからでしょう」

「…………」

「人の影響で姿を変え、そして人の影響を受けて人間のような心が芽生えた。ルーラー、あなたは、()()()を得てしまったんですよ」

 

 ぴくりと反応し、ルーラーは視線だけを二人に向ける。片手に種を、片手に杖を持ち、ゼムは構えながら締めくくった。

 

「上位存在が持っていてはいけない感情を持ち、人の人生を歪め、命を弄び、そしてわざと傷つける言い回しをした。ルーラー、あなたを捕らえます。そしてこの世界から追い出します」

「ふうん。どうやって?」

「──! 下がれ!」

 

 余裕綽々の態度を取るルーラーを前にして、ミカエルがゼムを引っ張り下がらせる。

 その直後、真上からズズン……と2体の騎士のような西洋甲冑(プレートアーマー)が降ってきた。

 

「上位存在は死なないし殺せない。かといって普通に捕まったら逃げるのも容易ではない。そして私は魔王が立花遊理とシルヴィアを殺すまで逃げなければならない──さてどうするか?」

「……こいつら、私と同じか」

「そうとも。この2体は天使だ、記号(なまえ)は無いがね。ただ──ちょっと強化してある」

 

 ルーラーはそう言い終えると視線を画面に戻し、ミカエルもまた槍を捨てて腰の長剣を抜く。ちらりとルーラーの手元にある本を見てから、ゼムに向けて口を開いた。

 

「この甲冑どもを倒すとなると時間が掛かる。お前もあいつも()()()()()()()んだ、甲冑どもにぶった切られようが、意地でもあいつの手から本を引き剥がせ」

「痛いのは嫌なんですが……」

「覚悟決めろよ、お前の世界はお前が守れ」

 

 小声で嘆くゼムをよそに、ミカエルは踏み込む。甲冑とは思えない素早さで同時に踏み込んできた2体と衝突し、果たして戦いは始まった。

 

 

 

 

 

 ──うなだれて動かないユーリを前に、クロエはため息混じりに魔力を固めて作った漆黒の長剣を握ってカツカツと歩み寄る。

 

「同情はするが、それはそれだ。私とお前の戦いはまだ終わっていないぞ」

「────」

「剣を取れ! お前とて、曲がりなりにも勇者になるはずだった者だろう!」

 

 たんっと踏み込み、クロエは水平に剣を薙ぐ。茫然自失ながらも反射的にバックステップで避けたユーリは、床に嵐を発生させて落とした七剣天星を飛ばしてキャッチする。

 

「ぐっ……!」

 

 それでも分身剣を出す余裕は無く、断続的に剣が衝突しては火花が散り、ガキィンと金属音が辺りに響く。数歩後退りしながらクロエの剣を捌くユーリは、口角をひくつかせながら言った。

 

「どうして俺なんだ」

「──なに?」

「どうして、俺が次の勇者だったんだ。どうしてこの世界に居るのが俺だったんだ」

「…………」

 

 その声は震え、クロエへの問いは返ってこない。返答の代わりにクロエはユーリの体を押し込むと、長剣に魔力を充填して上段に構え、刀身を伸ばして振り下ろす。

 

「っ」

 

 咄嗟に七剣天星を横向きに構えて上からの斬撃を防ごうとしたユーリだが、それすらも無視して、魔力の刀身はその体を斬る。

 振り下ろされた長剣を構え直したクロエはそのまま右手を腰の左側に持って行き、抜刀するような動きで二撃目を叩き込んだ。

 

「────が」

「……せめて、痛み無く死ぬがよい」

 

 十字を刻むように体を切り裂かれ、ぐらりとよろめいたユーリは背中から床に倒れ込む。その瞳からは光が失われ、やがて呼吸も止まる。

 少しの間を置いて、クロエはおもむろにユーリの元へと歩き呟いた。

 

「もしも立ち上がれるのなら、貴様はきっと殻を破れる。けれどももし、もはや何もかもが辛いというのなら、そのまま永遠に眠れ」

 

 それはまるで、ユーリに立ち上がってほしいと言っているかのように。

 クロエは長剣の切っ先を床に突き刺し、倒れたユーリの足元に仁王立ちする。光が当たり、影が生まれ──クロエの影が、ユーリを覆う。

 

 

 

 少しずつ、しかして確実に。

 世界を──王都を、人と人との因縁を巻き込んだ戦いは、遂に佳境に入っていた。

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