その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「──まあ、遊理にナイフを埋め込んでいることは置いておくとしてですね」

「はい」

「それで、どうするんですか?」

「……どう、とは」

 

 奏に問われ、ユーリはおうむ返しする。わかっているからこそ、つい、目を逸らした。

 

「私は構いませんよ、貴方がここに残って命尽きる数秒までを穏やかに過ごしたって」

「────」

 

『勇者』という縁により、死に行くユーリの走馬灯と睡眠時の夢を接続した奏は、彼の行動を決めない。例え諦めたとしても、奏は絶対にユーリを責めることはしないだろう。

 

「でも、貴方はきっと、立ち上がろうとしている。けれどそれは私が決めるべきではありません、だから──聞きたいんです。貴方の心の中にある答えを、貴方の言葉で」

「…………俺は」

 

 ユーリは口をつぐみ、手元のコーヒーに顔を写す。ぐっとまぶたを閉じて、それからゆっくりと天井を見上げ、奏に顔を向ける。

 

「──見慣れた部屋、嗅ぎ慣れたコーヒーの香り、先生の姿。俺はずっと、この光景の中に居たかった。他には何も要らなかった」

 

 目尻を歪ませ、口角をひくつかせ、ユーリは胸の奥から絞り出すように声を発した。

 

「だけど、帰らなきゃ。向こうに皆を置いてきたんだ。俺だけが都合良く『いち抜けた』だなんて、そんなことが罷り通るわけがない」

「…………そうですか」

 

 がたりと席を立つユーリを見て、奏もまた席を立ち傍らに歩み寄る。

 側に立ち、ユーリの顔を見上げ、光の無い濁った目を向けて、彼女は寂しげに笑う。

 

「寂しくなりますね」

「先生……すみません。俺は──あいつらが好きなんです。あの世界で出会った、みんなのことが。だから戻らないといけない」

「わかっています。……ね、遊理。ちょっと顔を見せてくださいな」

 

 奏はユーリの頬に両手を伸ばし、手のひらでじっくりと顔の輪郭をなぞる。

 

「魔力を波状に飛ばして周囲の把握をすれば、なんでも見えた。たかが剣で斬られた程度の傷なんて、直ぐに治せる。でも私は、自分への戒めとしてこの目を治そうとはしなかった」

「そうだったんですか」

「ただまあ、今は……貴方の顔を直に見ることが出来ないのが残念です。なので──いつか、貴方が私に会いに戻ってくるその時の為に、この目を治して待つことにしますよ」

 

 名残惜しそうに頬を指で撫で、奏は手を下ろす。それから玄関の方に指差して、ユーリの背中を押しながら言葉を続けた。

 

「さあ、起きる時間です」

「先生」

「まずは、魔王──いや、亡霊との決着をつけるところからですよ。大丈夫、貴方は勝てる」

「勝てますかね」

「クロエは私の前の代の元勇者、貴方は私の次の代の予定だった者。もう既に一回私に負けてる相手に、なぜ貴方が負けるんですか?」

「…………なるほど、確かに……?」

 

 ──言われてみれば。と言いながら、ユーリは玄関に向かい扉を開ける。

 扉をくぐると、その先には何もない。ここが境界線か、と、そう思考したユーリの服装は、気づけば戦闘時の格好に戻っていた。

 

「────」

 

 走馬灯が終わり、夢と現実が途切れ始めている。それを理解して、ユーリは家を出ようとしたとき、おもむろに振り返って奏を見る。

 

「必ず帰ります。死んだ以上どうやって戻れば良いのかはわからないけど、絶対に、この家に──貴女の所に、一回だけでも帰ります」

「期待して待っていますよ」

「…………、先生! ……ああ、いや」

 

 今度は、奏を──育ての親を安心させるように、柔らかく笑って、ユーリは言った。

 

「行ってきます。……母さん」

「──はい、行ってらっしゃい」

 

 影のコートを纏い、ボロボロの体で、ユーリが扉を越えて空間から消える。その空間が終わる直前、奏は、何も見えない目の端から一滴の雫を垂らして、微笑を浮かべた。

 

「母さん、か。いいなあ、こういうの」

 

 

 

 

 

 ──倒れたユーリを見ながら柱に寄りかかる魔王クロエは、ピクリとも動かない彼を横目に手のひらに視線を向ける。

 

「──やつの魂を奪おうとしたとき、何かに引っ掛かって邪魔をされた。こいつが取り込んでいる魔導書かと思ったが……もっと強力な魔力によるものだったのは確か」

 

 もう一度、と残りの魂を奪うべく手のひらを翳す彼女は、ふと、長年感じたことの無かった本能的な恐怖に背筋をぞわりと反応させた。

 

「……!」

 

 ドクン、とユーリの体が跳ねたかと思いきや、胸元が鮮やかな金の光を放ち、何かが出てこようとしていた。クロエは反射的に魔力で固めて作った長剣に更に魔力を流して刀身を拡張し、ユーリを真っ二つにしようと振りかぶる。

 

 ユーリに長剣が叩きつけられようとした──直前、光の中から覚えのある黒い短剣が現れ、ひとりでに長剣を受け止め弾き返した。

 

「これは……あいつの使っていた──なるほど、保険に埋め込んでいたか……!」

 

 聖剣を打ち直し造った短剣は、クロエの長剣を弾き終えると、その身を魔力に分解してユーリの体に溶け込むように消える。

 そのついでとばかりに傷を完治させたのか、ユーリは一拍置いてまぶたを開いた。

 

「──クロエ」

「ユーリ……」

「都合が良くて悪いな、第2ラウンドだ」

「はっはっ、いいさ、これぐらいがちょうどいいハンデにもなる」

 

 右手に七剣天星を持ち、ユーリはクロエを見据えた。クロエもまた七剣天星を真似て形作った長剣を構え、名乗りを挙げる。

 

「──魔王、クロード・エヴァンス」

「──人間、立花遊理」

 

 ユーリの迷いは消え、クロエも同情を止める。ここに居るのは、勝つか負けるか、生き残るか死ぬかを懸けた者だけ。

 果たして、開戦の合図とばかりに魔力を開放し、力を纏った刀身を叩きつけ合う。

 

「人生を、戦いを楽しめよ、ユーリッ!」

「どうかな、検討しておくよ……魔王!」

 

 双方の間で生じた爆発が服をはためかせ、髪を揺らす。──ようやく誰の邪魔も入らない『戦い』を行えるのかと、クロエは静かに、内心で戦意という炎を燻らせるのだった。

 

 

 

 

 

 ──ミカエルとゼムは、ルーラーが用意した特注の天使2体の猛攻を凌いでいた。

 甲冑とは思えない機敏さにより長剣を高速で振るい、二人の長剣と杖と打ち合う。

 

 その内の1体に壁まで押しやられたゼムだったが、彼女はそのまま長剣を腹に突き刺され、壁に縫い止められて激痛に呻く。

 

「う゛、ぐっ、あぁァアっ」

「ゼム!」

「ふっ……上位存在は死なない。だが見た目が人間と同じだから痛覚も再現してしまっている。死ねない分、余計に痛むだろう」

 

 ルーラーは神器である脚本を手に、離れた位置で同情するように言う。

 

「同じ上位存在(カミ)のよしみだ、それ以上抵抗はするのはオススメせん」

「ふ、ぐ、ぅうう゛っ」

「立花遊理の方も……あれだけ心を折ってやったのにまだ立ち上がるとは、解せんな」

 

 ちらりと視線を動かし、虚空に浮かぶディスプレイのような『窓』越しに複数の場所で行われている戦闘を眺めてルーラーは続けて言った。

 

「ぶ、ぐぶ、っ、ふ、ふふ」

「……狂ったか?」

「まさか──これで、1体封じ込めた!」

 

 懐からぱらぱらと落とした種を、杖の底でガンと叩く。刹那、足元から発生した大量の根が絡まり、甲冑の天使はゼムを長剣で刺し貫いたままの姿勢で拘束される。

 

 続けて杖をルーラーの方へと向けて、余った種から伸ばした根を殺到させる──が、それは狙いが逸れ、作業机の上のフルーツバスケットを貫いて終わった。

 

「……特注天使を封じたのは見事。だが狙いが甘かったな、大外れだぞ?」

「そう、でしょうか……?」

 

 長剣が腹に刺さったまま動けないゼムは、杖をルーラーに向けたまま肩で息をする。

 ──この土壇場で意味の無いことはしないか。というルーラーの慎重さは、ゼムの判断の意味を探る。彼女の能力は杖などで魔力を通した種を成長させ根を発生させるなどの力があった。

 

 それが自分(ルーラー)から外れてフルーツバスケットを破壊した意味とは? ──そこまで思考して、ふと、一つの結論にたどり着く。

 

「…………!! まずっ」

 

 ゼムから種、種から根、そこから更にフルーツバスケット──()()()()()()()()()()へと魔力が伝わり、伸びた根が避けようとしたルーラーの体を押し退け、その手から脚本を弾き飛ばす。

 

「ミカエル!!」

「よくやった!」

「しま──よせ!」

 

 もう1体の特注天使を鍔迫り合いから押し込んで蹴り飛ばし、膝をつかせて足場にするミカエルは、肩を踏んで跳躍する。根の下から這い出したルーラーは、長剣を空中の脚本へと振り抜いたミカエルに止まるように声を荒らげた。

 

「これで、あいつらは自由だ……!」

「な、なんてことを……してくれたんだ」

 

 ──ザン、と。脚本は真っ二つになり、着地したミカエルの後ろに遅れてバサバサと落下した。ルーラーは、彼女の行動に怒りを露にする。

 

「その本は魔王の力も抑え込んでいたんだぞ!? メインキャラクター全員の力をなるべくイーブンにするためにも描写を考えていたのに……それを破壊するとは……!」

「──そうかよ」

 

 ひゅん、と長剣を振って、それから床に突き刺し戦う気はないと言わんばかりの行動を取ったミカエルは、一拍遅れて続けた。

 

「だとしたら、アレはどう説明するんだ」

「アレ? …………っ!」

 

 くい、と親指を向けた先に視線を辿らせるルーラーは、驚愕の表情に顔を歪める。

 ユーリたちの戦いをモニターしている『窓』の向こうで、彼らは戦闘を継続していた。

 

 ──そう、()()()()

 

 ルーラーの危惧していた、魔王の解放による蹂躙。それが起きていない。少なくとも、今のユーリは、彼女と互角に戦えていたのだ。

 

「──どう、いう、ことだ……」

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