強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』 作:サルスベリ
ふと思いついた話。
こんな話があってもいいかな、というものです。
本編まったく関係なし。
面白おかしいかなっと思った風味です。
とある町のとあるバー。そこのカウンターに男が二人。
「はぁ、まったくどう思う?」
「ふむ、今日の一件かね?」
「当たり前だ」
男は憤慨した様子でカクテルを煽る。喉を通る液体が、おいしいはずなのに苦々しく感じる。
「なんだ、あの不抜けは? 覇気がない、気合いがない、まったくもって腹立たしい」
「私もそう思うが・・・」
もう一人の男は言葉に詰まる。
確かに、今日の『彼』は何処か元気がなかった。何時も通りのポーズに何時も通りの名乗りだったのに、何時も通りの『気合』が入っていなかった。
「あいつは! あいつは解っていない!! 自分が何かを!」
声が上がっていく。無念とか悔しさとか、あるいは彼にかけた思いがそうさせるのか。
「まあ、まあ、落ち着きなよ」
「落ち着けるか! あいつはナンバーワン『役』なんだぞ!! ヒーローのナンバーワンが強くあらねば! 貴様だって張り合いがなかろう!」
グッと肩を掴まれ、言葉に詰まる。言われていることは解るのだが、彼と自分たちでは年季が違う。
彼は今年、卒業したばかりの新米。対して、二人は十年以上の経験を積んだベテラン。
「私達の昔も、そんなものじゃなかったかい?」
今度はもう一人が黙る番だった。
確かに、昔の自分達はがむしゃらであっても、『スキル』があったわけじゃない。毎日、苦悩しながら、何度も読み合わせをして、鏡の前で演技の練習をして、今のように『この役ならば』といわれるようになった。
「しかしだ!」
「まあまあ、『エンデヴァー』、少し落ち着きなよ」
「しかしだな、『オール・フォー・ワン』。あいつは、主役なんだぞ!」
「主役でも、新人さ。だから、僕らフォローしていい作品に仕上げる。そうじゃないか?」
「むぅ」
穏やかに背中を叩くオール・フォー・ワンに、エンデヴァーも何も言えずに口を閉ざす。
新人の頃、演技について先輩から怒られた。気合を入れろとか、もっと作品の心を知れとか、意味が解らないことも言われた。
反発もした、やってられるかと投げ出しかけたこともあった。
でも、どうにかやり遂げたら、『よくやった』と褒めてくれた。出来上がった作品を見て、主役とか脇役とかどうでもよくなった。
ただ、嬉しかった。
「今回の作品は、彼がナンバーワンになるまでの物語。僕が巨悪として彼の前に立ち、君は彼を追いかけるナンバーツーとして、同じ側のヒーローの壁としてだっただろ?」
「確かにそうだが、あいつの気合いが足りん」
「人間、そう簡単に成長しないさ」
再びポンポンっと背中を叩かれ、エンデヴァーは再びカクテルを煽った。
重圧というのは、何時の世も付いて回る。
「はぁ」
彼はスマフォの画面を見ながら、溜息をついた。
最初に話を貰った時、純粋に嬉しかった。
ベテランばかりの中の新人一人、大抜擢だと友人たちも祝福し、それだけの実力があると自分自身も信じて、そして自分自身の浅はかさを実感した。
何が大抜擢だ。実力も経験もない新人が、主役を張るには重すぎた。何度も撮影を繰り返し、その度に注意しては周囲のベテランからアドバイスをもらって、それでも上手くできない。
どうして、どうやって、何度も自問して練習しても理想とする姿から、遠ざかってしまう。どうやればいい、どうすればいいと何度も繰り返す。
上手くいかない、上手く出来る自信がない。その結果、今日はベテランで今まで支えてくれた二人から、盛大に説教を貰った。
『そんなふぬけた態度なら辞めてしまえ』と、激怒されてしまった。
「はぁ」
スマフォの画面に再び目を落として、どうしようと考えてしまう。
行ったほうがいいのか、それとも用事があるとお断りした方がいいのか。もう十分も悩んでいるのに、答えが出ずに立ち尽くしていた。
『待ってるよ、ここね』とのメール。末尾にハートマークとかついているとか、あの人らしいと笑うべきか、それともこんなにフレンドリーなのに、役に入ると見事な悪役になるのは、どういうカラクリなのか。
いや、あれがベテランか。役を与えられたら、どのような役でも十全以上に演じてみせる。
いつか自分もああなるのか。まったく自信がない、そうなれるなんて自信もないのに。
「行かない方がいいよな」
結論を出し、断りのメールを送ろうとしたとき、再びメールが入ってきた。
『待ってるよ、僕らのナンバーワン』。
グッと指が止まり、続いてふっと笑ってしまう。まったくあの人は、人を乗せるが上手い。どんな役でも千変万化に演じてみせる、大ベテラン。一たび役に入りこめば、それを十全以上に演じてみせる、多重人格を疑われた大俳優。
彼が誘うなら、彼がそう望むならば彼に相対するような存在になろう。
そうだ、自分が何者か、思い出した。
悩むことなんてない、悩みなんて些細なことを笑ってやろう。
自分は、ナンバーワン。その役を与えられた、『オールマイト』なのだから。
「行くか」
颯爽と笑って歩きだした。
そして、ドアを開ける。重厚で入る人を阻むような扉、それがバーの扉であること。昔のバーは、秘密の場所だった。そこでのことは、決して外に漏れない。
昔、バーの中では警察と強盗が一緒に飲んでいたらしい。
そんな話を思い出し、フッと笑ってしまう。今まさに、ここではヒーローとヴィランが一緒に飲もうとしているのだから。
「来たな! ナンバーワン!」
「遅かったじゃないか」
「すみません」
小さく謝罪を口にしながら、二人の間、一つだけ空いている席に腰を下ろした。
「だからおまえは気合が足りん! もっと胸を張れ! もっと前を向け!」
「は、はい」
バシンバシンと何度も背中を叩かれて、もう何度も頷いているのに、彼は許してくれない。豪快に叫び、豪快に動いて、もう役通りの人柄だというのに、その表情は何処か子供っぽい。
ギャップ最高ーエンデヴァー、なんて世間で言われていることを彼は知らないのだろうか。もしかして、知っていながらやっているのか。それも俳優として必要なことなのかもしれない。
「ちなみに、彼は素だよ」
「なんですと?!」
不意に告げるオール・フォー・ワンの一言に、オールマイトは凄い勢いで叫んでしまった。
あれが、素。豪快に飲んで、人に話しかけ、酔っぱらって笑っているのに周りが迷惑って顔をしていない。それどころか、周囲の人を巻き込んで騒ぎは大きくなっていく。
見知らぬ相手に話しかけ、色々な話題を振って大笑いして、最後には肩を組んで酒を飲んでいる。
「な、なんたるコミュ力」
「あ、うん、彼はね、こう人当たりがいいというか、周りを巻き込まないといけない宿命を背負っているというか」
「あ、あの、どういう?」
「ライブ会場に突撃して、ライブしているバンドに混ざって、ボーカルと一緒に歌って一万人を動員したこともある」
「はい?」
何それとオールマイトが隣を見ると、闇を背負ったオール・フォー・ワンが項垂れていた。
「もうね、僕らは同期で一緒にやっているんだけどね、彼が馬鹿をやる度に連絡が来るのさ。はは、夜中の二時に『すみません、エンデヴァーがまたお祭りです』なんて言われて、僕はどうすればいいんだろうね。次の日、四時入りなんだよ、そんな中に二時に起こされてどうすればいいって言うのさ」
「お、オール・フォー・ワン先輩」
「いいかい、オールマイト、友人は選ぶべきだ」
鋭く、今までドラマの中で相対した時も見たことがない、マジな目線を向けられ、オールマイトは光速で頷いた。
「どうしたどうした?! 夜はこれからだぞ皆の衆!」
「皆の衆!?」
いきなり言ったエンデヴァーの古風な言い回しに、オールマイトが驚愕する。英語交じりの日本語を話していたのに、どうしてそんな言葉を選んだのか。
「彼、あの格好で、『時代劇志望』だからね」
「え?」
「侍になりたいから、が役者を目指した理由だよ」
意外な理由がオール・フォー・ワンの口から語られた。
え、あのヒール・ヒーローならばこの人以外にいないと言われる、エンデヴァーが時代劇志望、しかも侍になりたいからって理由はどうなのか。
「ちなみに、僕は刑事役になりたかった」
「え?」
「子供の頃には憧れたものさ、『タカとユージ』に」
「ええええ?!」
「何の因果だろうね、今じゃ『ラスボス、あるいは巨悪ならば』って、よく言われるんだよね。はぁ、一度でいいから刑事やってみたいなぁ」
まさかの内容を語られ、オールマイトは固まってしまう。どちらもベテラン、二人の機嫌を損ねたらプロデューサーの首どころか、制作会社のトップさえ変わるなんて言われているのに。
「飲んでるかオールマイト!!」
「は、はい」
いきなり肩を掴まれ、気がついたらジョッキを持っていた。信じられないほどの早業を繰り出すエンデヴァーに、オールマイトは驚愕した。
「行くぞ皆の衆! 今宵は任務を忘れて語り明かそうではないか?!」
「おー!!」
「え、は、あれ?」
「はぁ、今日もオールナイトか。明日、ドラマの撮影があるんだけどねぇ」
深々と溜息をつくオール・フォー・ワンは、ゆっくりと店内を見渡した後、カクテルを頼むのを止めた。
あ、これは一人は素面じゃないと、収拾がつかない、と。
そして目の前で思いっきり酒を飲まされているオールマイトに、暖かい目線を向ける。
彼、明日、主役の過去話の撮影があったはずなんだけどなぁと思いつつ。
『ハハハハハ!! 私が来たぁぁ!!』
とある日の撮影時、監督はオールマイトの姿に大きく頷いた。
「お、どうしたの彼? 今日はいいじゃない」
「色々ありまして」
「オール・フォー・ワン、何かしたの?」
「本当に、色々とありまして」
「ふ~~~ん、バーを一店、『飲み干した』って話、知っている?」
「色々と、あったんですよ、監督。お願いだから思い出させないでください」
深々と溜息をつき、頭を抱えるオール・フォー・ワンに監督は思う。
あ、またエンデヴァーがやらかしたな、と。
「まあいいじゃん、見事に『巨悪として主役を引き立てた』んだからさ」
「そうだといいのですが」
「間違いなしさ。オールマイト、これからすっごく立派になるよ」
「そうなれば、私もラスボスとして嬉しく思いますよ」
そこで二人は軽く笑った。
後日、公開されたこの作品は、興行収益のトップを走り続け、殿堂入りを果たしたのだった。
ただ、そのせいもあり、オール・フォー・ワンはその後も巨悪、ラスボス、の役ばかりが回ってきたという。
エンデヴァーも、ますます侍から遠のいたのでした。
そして、オールマイトは・・・・・・。
という、ドラマの裏側話。
NGシーンとか入れようかと考えても、今のサルスベリの実力では無理なので、こういった話となりました。
ドラマの中では巨悪で周囲に絶望を与えている存在が、ドラマ以外では周囲の混乱を収めているとか、楽しそうだなぁって思いました。
そんな、オール・フォー・ワンが苦労するって話風味でお送りしました。