強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』   作:サルスベリ

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 はたして見ていたのは、現実か、それとも泡沫の夢か、という風味です。






胡蝶の夢

 

 

 

 

 

 夢から覚める瞬間を自覚することがある。

 

 今が夢なんだと思い知り、これが覚めた時は自分がどうなっているかを、僅かな時間に思い描く。

 

 強くあれたか、優しくあれたか、それとも弱くて冷たいものだったか。

 

 何度も見つめる、現実のことを思い出すように、整理するように。

 

 苦渋を舐めた。悲しみを刻まれた。辛い思いをしている誰かを、眺めるだけだった時もあった。自由に生きられない人々の嘆きを知った。

 

 絶望を知った、怒りを感じた、それでも立ち向かう人たちの背中を見送った。

 

 辛いと悲しいと嘆くこともできずに、ただ頭を下げる人たちがいた。

 

 辛かった、苦しかった、なにもできずに嘆き悲しむだけ。

 

 何とかしたいと願って立ち向かっても、相手はとても大きくて強くて。望んだものは手の隙間からこぼれ、理想はすでに風化していた。

 

 ああ、自分はなんて愚かでちっぽけで、小さな存在なのだろう。もっと強ければ、もっと速ければ、もっとと願っても辿り着けない。

 

 自分一人では無理だった、もっと仲間が必要だった。それでも、勝てない相手はいる、国家を相手にしたら勝てるわけがない。

 

 だから力を欲した、誰もが手を出せないほどの力を、自分らしく生きられない人たちのために、その願いをかなえる希望であるために。

 

 他者の能力を奪う。それは悪だ、許されない罪だろう。しかし、その能力こそが、現在の世界を生み出した元凶。

 

 原罪だ、人が楽園から弾かれ、自分の自由を得られない、束縛された世界に産み落とされた理由。

 

 自由に、自分の心のままに生きることが悪いことで、誰かに合わせて、誰かの決めたルールに従って、我慢して耐えて、心を偽って、自分に嘘を言い聞かせて生きる。

 

 そんな世界が正しいわけがあるか。正義のため、多くの人のためと大義名分を掲げて、一部の人たちが苦しんでいるのを見て見ぬふりして、それで世界が平穏だ平和だと。

 

 ふざけるなと叫ぶ。デタラメだと吼える。許せないと全身で訴える。

 

 間違っている、世界はこんなものじゃない。生きている人たちが、肩身の狭い思いをして、ジッと我慢して生き続けるなどあっていいはずがない。

 

 平等であれと告げた者達が、その平等を壊しているのが解らないのか。誰もが選ぶ権利があると教えながら、その権利を実行する手段を教えないことが無意味だと誰も気づかないのか。

 

 ならば、教えよう。世界の真理を、誰もが自由であるべきだと伝えてやるべきだ。

 

「そうか、私はそうだったのか」

 

 フッと笑いながら歩く彼から、静かに『何か』が外れていった。

 

 神秘的な道具、科学的な器具、そういったものが落ちた後、彼は久しぶりに仮面を外した。

 

「ああ、空はこんなにも高く広いものだったのだな」

 

 小さく彼は笑い、そして再び仮面をつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 季節が過ぎるのは早いっていうけど、本当だなぁと実感する今日この頃です、どうも田中・一郎です。

 

「体育祭?」

 

「雄英の一大イベントですよ」

 

 デク君が報告に来てくれて、俺はそんなものもがあるんだって知った。え、体育祭って秋じゃないの、今なの。 

 

 雄英って変わっているって思ったけど、そんなところまで変わっているのか。

 

 いや待った、俺が知っている知識が違うのかな。 

 

「文化祭もあったりする?」

 

「一郎さん、知っていたんですか?」

 

 爆豪君が驚いた顔しているけど、そうなんだ。へぇ~~夏前に体育祭で、秋に文化祭か。 

 

 そうなんだ。そっか。

 

 え? 雄英ってイベント目白押しじゃない、そんな一年で大丈夫、ねぇ。

 

「ヒーロー科が実力を見せるいい機会が体育祭で、他の学科がアピールできる機会が文化祭だな。どちらも雄英にとって、特別なイベントだぞ、マスター」

 

「コナン、サンキュ。そっか、そうだよな。雄英ってヒーロー科が注目されがちだけど、他の学科もあるんだよな」 

 

「どの学科も、将来の職場に直結するから、頑張っていますよ」

 

「大抵の奴が雄英はヒーロー科が一番だって考えるけどな、俺は他の学科の奴らのほうがすげぇと思う。裏方でヒーローを支えるって半端な覚悟じゃできないからな」

 

 うん、うん。デク君も爆豪君も、自分達だけじゃなく他の人達のこと、よく見えるようになったね。

 

 特に爆豪君の言っていること、俺はよく解るよ。元々、裏方の存在だったからね。現場のほうが大変だ、最前線が一番の苦労するってよく言われるけど、実際にやってみると、裏方って大変なんだよね。

 

 現場が動けるように人員を配置したり、資材を用意したり。現場の人たちが困らないように情報を集めて、正確かつ的確な情報を瞬時に精査して、現場に指示を出すっていうのは、凄い大変だからね。

 

「だよな~~」

 

「はい、そうですね」

 

「うんうん、そうだね」

 

 おい、こら、そこで頷いている馬鹿二人。コナンはいいよ、コナンは。俺のために裏方をすべて仕切ってくれているから、その苦労を語るのはいいさ。

 

 でも! エルは駄目だろ! おまえは何時だって俺達の苦労を吹き飛ばすじゃないか! 

 

「エル、何か言ったか?」

 

「はい! ということは、デク君と爆豪君のためにカメラ一式を持っていけばいいって話ですね?!」

 

 チィ! こいつ、自分が不利だって考えて、話題を反らしやがった。

 

「フフフ、エルも考えるようになってね」

 

「ソープ、お前ね。時々、一緒に裏方の苦労を吹き飛ばすおまえが、言えることじゃないんだけどさ?」 

 

「僕はそうだね、楽しんでおちゃらけて、それで何時も通りさ」

 

「うわぁ~~こいつの笑顔、今はムカつく」

 

 なんか、すっきりした顔で言っているけど、ソープも暴走する時は必ず資材を吹き飛ばすんだよな。

 

 はぁ、ギルが前に使った資材、ようやく戻せたって感じなのに。

 

 あいつの蔵に頼らずにやってやったぜ。 

 

「それで、二人とも雄英の体育祭がどうしたんだよ?」 

 

「ぜひ、来てくださいって招待状を預かってきました」

 

「なんかVIP待遇で対応するってオールマイトが言っていました」

 

 え、なのその怖い話。

 

 恐る恐ると俺はデク君が差し出した手紙を受け取った。爆豪君、そんな『当然だ』って顔しないでよ。

 

「こ、これって断ったらダメかな?」 

 

 怖い、本当に何が書いてあるんだろう。

 

 まさか、『来ないと殺す』とか書いてないよね。俺は一般人、平穏を愛する一般人で雄英に何かなんてしないよ。 

 

 俺の知り合いとかは一般人枠じゃないだろうけど、俺の戦闘能力ってそんなにないからね。根津校長やオールマイトは知っているはず。

 

 あれ、俺の個性、『手のひら鎮守府』の話はしたことあったけど、俺自身の戦い方とかって話してないような。

 

「マスター、開けないのか?」

 

 ニヤニヤと笑うコナンに、俺は半眼を向けた。こいつ、解っていて言っているな。クッソ、おまえは何がそんなに面白いんだよ。

 

「あけるぞ」

 

 逃げても仕方ない、ここは立ち向かおう。後ろでヒミコちゃんがキラキラした眼をしているからじゃない。隣で弔が当然だって顔をしているからじゃない。俺は俺自身を裏切らないし裏切ろうなんてしない。立ち向かってやろうじゃないか。

 

 いざ!!

 

 『来ないと殺す』。

 

「え? マジ?」

 

 予想が当たったよ。え、これ誰の字、え、ハートマークが乱舞している便箋に、血文字で書いてあるんだけど、誰の仕業。

 

「女の人の字?」

 

「ヒ?! ひ、ヒミコちゃん?」

 

「一郎君に、女の人の手紙、あれは確実にラブレター。しかも、可愛い血文字でハートマークが乱舞しているなんて、これは確実に『愛しています』の意味、そんな私の知らないところで、ライバルがいたなんて。そんなことあるわけがない、私の知らない一郎君の友好関係なんてないはずなのに。何時の間に、そんなに親しい女性が、ひょっとして私の警戒網を潜り抜けた猛者がいる? いいえ、ヒミコ待つのよ。そんなことはない、一郎君が何処で何をしているか把握しているのは私だけのはず。ならこの手紙は誰からの、雄英の招待状って言っていたけど、これは確実の恋文。まさか、誰かの偽造? 探しましょう」

 

 こ、怖い。うちの嫁さん、普段は可愛いのに、どうしてスイッチが入ると、殺人鬼も真っ青な殺気を放つのかな。

 

 おい、コナン、エル、ソープ、逃げるなよ。デク君、爆豪君もそっと顔を反らすなよ。

 

「ヒミコ、俺も付き合おう」

 

「ありがとう、弔君」

 

「弔?! え、待って、なんでおまえまで?!」

 

「当たり前だ。父親の浮気は許してはおけない」

 

「そうですね、当然です」

 

「待って二人とも! なにその気合!? 待って待って! とりあえず、包丁をおこうか二人とも!」

 

「命拾いをしたな、身の程知らず」

 

「今回は見逃しますよ、泥棒猫」

 

 うわ~~なんだろ、これ。最近、弔とヒミコちゃんの行動が、ぶっ飛んでいる気がするんだけど。

 

 普段は優しい二人なのに、こうスイッチが入ると、もう止まれない暴走特急って気がする。

 

 あ、胃が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず、雄英の手紙は二枚目に『ごめん、おちゃめ』って書いてあったので弔とヒミコちゃんの殺気は消えました。

 

 え、女の子からの手紙じゃなければ殺すって書いてあっても、気にしないのね、それっていいのか、いいか。

 

 まあ、平和が一番だ(混乱)。

 

 とりあえず、デク君と爆豪君には必ず行くと伝えました。二人は嬉しそうだったけど、何かあったかな。まさか、俺がいくだけで嬉しくなったなんて、そんなことはないよな。

 

「マスター、ひょっとして気づいてないのか?」

 

「なんだよ、コナン?」

 

「あのな、二人にとってはおまえは恩人だ。その恩人に活躍しているところを見てもらえるって喜んでるんだよ」

 

「はっはっはっは! まさかぁ! コナンも嘘が上手くなったな、え、名探偵のスキルに嘘ってあるのか?」

 

「おいおい」

 

 呆れた顔しても、演技だって解るぜ。何年の付き合いだと思っているんだよ、おまえの仕草で俺の解らないことはないぜ。

 

「こいつ、普段は鋭い癖に、ポンコツな時は徹底的にポンコツだな」

 

「仕方ありません。一郎さんはポンコツですから」

 

「うん、確かにポンコツだね」

 

「おいこら、そこの馬鹿二人。おまえらのポンコツ呼ばわりされたくない。俺がポンコツなら、お前らはなんだ?」

 

 そんなことを言うと、エルとソープはお互いを見合った後に、自分自身を指差して笑顔で告げた。

 

「ロボットを愛しロボットのために生きる凄腕のエンジニア。ちょっとお茶目で資材を吹き飛ばす風雲児」

 

「技術のためなら山越え海超え資材超え。不可能なんてない、『こんなこともあろうかと』を目指す技術者」

 

 え、マジでいってるの。

 

「だから資材くらいもっとください!」

 

「二人してハモって何を言ってるんすかねぇ?!」

 

「いいじゃないですか、技術の発展とロボットのためには資材が必要なんですから、ケチケチしないでください!」

 

「そうだそうだ! 最近の一郎はケチくさい、結婚して財布のひもでも握られたの!?」

 

「握られてるか?! そもそもだな!」

 

「なんですか?!」

 

「何?!」

 

「俺の財布はコナンが管理してるだろうが!」

 

 その瞬間、誰もが沈黙した。

 

 全員の視線が、ゆっくりと動く。俺もそうだろう、まるで錆ついたロボットのようにゆっくりと動いた目線は、カウンターに腰掛ける小学生、の皮を被った英霊に注がれていた。

 

「おいおい、おまえら。なんだよ?」

 

「え、まさか、嘘ですよね。コナンが管理しているんですか?」

 

 エル、なんで震えているんだよ? そんなに怖いことないだろ、昔からコナンは俺達の財政担当だったじゃないか。

 

「へ、へ~~そうだったんだ。てっきり一郎が管理しているって思っていたけど、コナンがしていたんだ」

 

 ソープ、目が泳いでいるぞ、何を怖がっているんだ、神様だろ、おまえ。怖いものなんてないだろ。

 

「フ、そうだな、俺がしているぜ」

 

 俯いて告げるコナンに、俺も何故か怖くなった。メガネが反射して目が見えないから、何を考えているか解らない。

 

 でもひたすらに怖いのは解る。なんだか全身の震えが止まらないくらいに、怖い何かがそこにいた。

 

「どうした? そんなに怖いことはないだろ? なぁ、エル、ソープ」

 

「ひぃぃぃ?!」

 

 え、どうしたの、あれ?

 

 なんでエルとソープは土下座しているのかな。

 

「今後、無駄遣いしません」

 

「解ればいんだよ、解ればな」

 

 あれぇ~~これってコナンがトップって気がしませんかね。あ、そっか、英霊って知名度によって能力が上がるっていうし、この中で『異世界での知名度』で言えば、コナンがトップか。

 

 うん、そうだよな、さすが俺の最大の協力者。

 

 ビシ!!

 

 あれ、何か音がした。

 

「マスター、悪い、ちょっと出かけてもいいか?」

 

「コナン、どうしたんだ? あれ、その手に持っている機械って」

 

 あれ確か、『今ここオール・フォー・ワン』じゃなかったか?

 

「ああ、ちょっと修理と調整してくるぜ、すぐに戻るからさ」

 

「別にいいけど」

 

 なんか、雰囲気が違くないか。

 コナンもエルもソープも、なんか張り詰めているような。

 

 何かあったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄闇に似た空を見上げ、彼は薄く笑う。

 

「まさかって思ったけど、本当なんだな」

 

 背後からかけられた声に、振り返る。予想通り、そこにいたのは小学生の姿をした彼だった。

 

「やあ、速かったね。もう少し時間がかかると思っていたよ」

 

「お生憎様。俺達はおまえに油断はしてないんでね」

 

 肩を竦める彼の隣には、黄金の王が腕組みしていた。

 

「フ、よもや我の宝具も外すとはな。よほど惨たらしく死にたいらしい。我が寛大であっても、此度の無礼を許すつもりはないぞ?」

 

「フフフ、これはこれは英雄王。やはり、君たちは素早いねぇ。でも、何処までも傲慢だ、自分達が絶対だと疑っていないようだね?」

 

 嘲るように告げる彼に、二人の目線が鋭くなる。

 

「前まで遊んでいた奴のせりふじゃないな。あのコメディアンのようなおまえは、それを外すための演技だったのか?」

 

「いや、あれも私だったよ、久し振りに楽しい時間だった。これは嘘ではない、本当さ」

 

 本当に心の底から楽しかった、敵も味方も主義も主張も関係なく、笑える話にただ純粋に笑っていた。

 

 笑えていた、と思う。久しぶりに人間らしい感情を持てた。だから、思い出した。

 

 自分が望んでいたものを、理想とした答えと現実の夢を。

 

「あのまま道化を演じておけばよかったものを。貴様は王自ら引導を渡してやろう」

 

「なるほど、君たちはそうやって他人を見下すのだね。しかし、いいのかな?」

 

 両手を広げると、視界に黄金の波紋が浮かぶのが見えた。

 

 ああ、やはり彼らは『そういった存在か』と確信した。

 

「何がだ?」

 

「君たちがやろうとしていることは、『あの時の私と同じ』ではないかね?」

 

 名探偵が驚きを浮かべ、金色の王は僅かに目を細めた。

 

 やはり、そこが彼らの『線引き』か。彼らは個性を持った普通の存在ではない、彼らは誰かに『決定権』を預けている居候だ。この世界に純粋に生まれたものではないから、この世界に生を受けたものではないから。

 

 だから、この世界の住人を自らの意思で害することはできない。ただ一つ、彼らの『決定権を持つ人物』に危害が加わる場合のみ、その能力を使える。

 

 そういった他者依存型の能力者だ。

 

「おまえ」

 

「フフフ、私はこの世界の人間だよ、名探偵。かつて、君たちは私を襲撃し倒しかけた。けれど、最後の最後に見逃した。何故と考えたが、答えは実にシンプルだった。君たちに『私を倒すことができない』。どれほどの巨大な力を持とうともね、君たちはイレギュラー。この世界に本来はいない存在、それ故にこの世界の人間を殺すことはできない。そのタブーを犯せば、君たちの存在は何かによって消される。違うかな?」

 

「ご高説、どうもと答えてやるよ。本当に俺達がおまえを倒せないって思っているんだったら、大間違えだ」

 

「ではやってみたまえ」

 

 名探偵の呆れ顔が固まる。黄金の王は波紋を浮かべたまま、黙ったままだ。やはり、そう言うことか。

 

 彼は確信していたが、コナン達が止まった理由は違う。

 

「それとも、君たちが『個性の一部』だから、出来ないのということか?」

 

「おまえ」

 

 鋭く名探偵が見つめてきた。正解はこちらだったか。

 

 転生者がいるから神がいる、その存在が世界のルールを決めて、そのルールに抵触するから彼らが動けないと思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 考えてみれば当たり前のことだ。彼らは『田中・一郎の個性』。彼らに意思があり、彼らが独自に動いたとしても、最終的な決定権はあくまで『田中・一郎』にある。

 

 彼自身に危険が及んでいるならいくらでも力を使えるが、彼には被害が出ないならそれは『自己防衛』の範囲外、彼らが力を使える『規定以外』になる。

 

「不便なものだね。もし、君たちが普通に生まれ、この世界に生誕していたとしたら、今頃、私は消されているだろうね」

 

「そうかよ」

 

 名探偵が肩を竦める。

 

 ああ、そうだ、不便だ。世界はこんなにも理不尽で不便で、不自由なものでしかない。

 

 だから、自分は立つ。

 

「幸運に感謝するべきだろうね。君たちが彼の個性であったことに感謝しよう。個性か、そうだったね、個性といえば疑問に思わないかね?」

 

「何をだよ?」

 

「何故、『個性』なんだろうね?」

 

 その言葉に、彼らは大きく眼を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界において、能力を個性と呼ぶ。

 

 その人だけの、他にない能力。誰もが持てない、個人個人に違う個性を持ちながら、お互いに違う能力を当たり前に使っている。

 

「個性は発現する年齢が決まっている。おおよそで何歳までに、と。何故、その後に発生しない? 何故、子供の時、生まれた時に発生しない? 何故、個性と呼ぶ? 疑問を感じなかったかね?」

 

 彼は語る、大きく手を広げ、まるで星を抱きしめるように。

 

「人を巻き戻す能力、それを使えば個性は消える。誰の個性でもだよ。これはおかしいよね? 発生する前に戻るなら、それは時間と共に再び戻るはずなのに、一度でも消えた個性は消失して二度と戻らない」

 

「何を言ってるんだよ、てめぇ?」

 

「オーマジオウの力は素晴らしかったよ。この世界じゃない『私の記憶』を得られた。だからこそ確信し、思い出した」

 

 あれは素晴らしい力だ。並行世界の自分を、可能性の先の自分を見られた。違う未来を夢想し、どう行動すればどうなるか、それを現実のものとして認識し記憶できた。

 

 とても素晴らしい能力だ。だからこそ、エリの個性を奪うと決めた。

 

「世界を歪め、人々の自由を奪っているのは、『個性』だとね」

 

 確信した。あれがあるからこそ、人は平等でいられない。自由に自分らしく生きられない。

 

「個性は誰かが人間に植え付けた『束縛』だ。そうあれと最初に決めてしまう、そうでしかないと誰かを押しつける。無個性だと差別し、他者を見下す。個性があっても、それが使えないと蔑む。個性など、存在しない方がいい」

 

「おまえ本気で言っているのか? 今の世の中で個性を消したらどうなるか考えたのかよ?」

 

「考えたさ。何度も試した、何度も考えた。混乱と恐怖の社会だった。だからこそだよ、だからこそ、支配者が必要だ。誰もが自由に過ごせる、誰もが他者を憎まず妬まずに生きられる世界を」

 

「不可能だ! そんなことは誰も実現できなかった!」

 

「ああ、だからこそ、『巨悪』が必要なのだよ。誰もが恐れ蔑み、個人では勝てない存在がね。多くの負の感情を向けられる存在が君臨しているなら、誰もが他者を妬まず恨まずに生きられる」

 

「おまえ、それは・・・・・その考えは」

 

「私が救うんだよ、名探偵。誰もが悩み戸惑い、悲しみと絶望に身を焦がす世界から、楽園に導く。人が自由に生きられる世界へ」

 

「その考えは、英雄のものだ。人を救うってヒーローじゃないか」

 

 絞り出すような名探偵の声に、彼は首を振った。

 

「違う、私は悪だ。他者の個性を奪い、その人物に絶望を刻む人物がヒーローであるはずがない。私は巨悪であり、ラスボスだ。世界の闇そのもの、憎悪の対象だ。故に私が立つ、すべての存在の上に立ち、そして世界に平等を示す」

 

 彼は、オール・フォー・ワンは真っ直ぐに見詰めていた。

 

 狂っている雰囲気もなく、激昂することもなく、ただ穏やかに。

 

 そこにあるのは、確固たる意志。二度と退かない覚悟。

 

「私以外のすべてが同じ存在であり、全員が団結しなければ私に殺される。ならばそこにあるのは他者を労わり、慈しみ、支え合う世界、誰もが自分を自由に生きる世界だ」

 

「雑種、貴様は本気でそう考えているのか?」

 

 静かに目を閉じ、黄金の王は問いかける。口調に怒りはなく、穏やかだ。

 

「本気だとも英雄王。人類の裁定者として貴方に告げよう、私はこの方法でこの世界のすべての人を救ってみせる、と」

 

「そうか、ならば我の答えは解っているだろう?」

 

「無論だとも。英雄王ギルガメッシュとしては静観、しかし『田中・一郎』のサーヴァントとしては、彼の決定次第。違うかな?」

 

 問いに対しての答えはない。だが、彼は背を向けて姿を消していく。

 

「本当にやるつもりなのか?」

 

「ああ、もちろんだとも。名探偵、楽しかったと伝えておこう」

 

「自己犠牲の果ての平和は長く続かない。それは歴史が証明している」

 

「今までの歴史は私がいなかった。それが答えだ」

 

 名探偵は何も告げずに姿を消した。

 

「さて、始めよう。私の『理想のために』」

 

 彼はそう告げて、歩きだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


 主人公サイドが逆境になって教訓を得て、成長する物語があるなら、ラスボスが最初に倒されて悔しさをばねに強くなる物語があってもいい、そんなことを考えていたらこんな話になった。

 どうしよう、暴走し過ぎた気がする風味です。





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