強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』 作:サルスベリ
MADで見て、アニメで確認して、いつかやろうと考えていたのだけれど。
できるかどうか自信がなくて、でもやりたいって思った末に。
どうにか形になったかぁって風味です。
雄英体育祭、開幕。
多くの想いと願いを込めて、毎年に行われた体育祭は、今回は特別な意味を持って行われた。
噂が流れていたから。未登録のヒーロー、誰も正体を知らないが誰もが今では知っている二人のヒーローが、実は雄英にいるかもしれない。
ある事件の時に、その二人が雄英の訓練場にいた、という話が世間に流れてしまい、今年の体育祭は過去最大の来客数を記録した。
見てみたい期待と、今の世界の不安を忘れるために楽しみたい気持ちと、何より『ヒーロー』に縋りたい希望が渦巻く中、雄英体育祭は激動の始まりを見せた。
『誰が予想した?! 誰もが予想しなかったって?! いいや予想していたけどまさかだよな?!』
プレゼント・マイクの叫び声が響き渡る。
誰もが注目する運動場の中、二つの影が走り抜ける。誰も寄せ付けない、誰も近づけさせない。
『ウソだろおまえら! 本当に一年生か?! なっって速度でクリアーしやがるかな! 過去最高記録だぞ!』
観客席は歓声を上げ続けた。新入生なんてまだ高校生になったばかりで、個性が上手く使えずに右往左往するに決まっているのに、今年に入った新入生が飛び抜けた実力を持っているとしても、これは予想さえしなかった。
『ゴール! おまえら本当に一年か?!』
他を大きく引き離し、二人は同時にゴールを決めて、お互いの拳をぶつけあった。
「まずは、一つ目だな」
ゴールした姿を遠くから見たA組の誰もが、信じられない顔をしていた。知っていた、実力があるのは解っていた、あの二人ならやるだろうと。
「うん、一つ目、だね」
あの姿の二人なら圧倒的な実力を見せてくれるって、そんな憧れのようなものを持っていたのに。
二人はそんな思いを簡単に裏切ってくれた。あの姿にならなくても、単純な身体能力だけで、彼らは他の個性を使った誰もを圧倒していた。
「示してやろうぜ」
爆豪・勝己と。
「うん、証明しよう」
緑谷・出久は。
「俺/僕にかけたのは間違いじゃないって」
汗一つ見せずに、悠然と歩いていた。
それは体育祭が始まる直前のこと。
デクと爆豪は、根津校長に呼び出された。
「実は渡すものがあるんだ」
「僕たちにですか?」
「何かあったんですか?」
校長室にはオールマイトと、相澤先生もいた。二人とも渋い顔をしていたが、何処か納得したような雰囲気を見せていた。
「うん、実はね、ヒーロー公安委員の会長からこれを渡すように言われたんだ」
机の上に置かれたのは、二つのカード。見覚えのないカードに二人が視線を向けて、その瞬間に気づいた。
「ヒーロー活動許可証だよ」
当然のように告げる根津の言葉が、世間話のように言われた声が、とてつもない重さを持って二人の肩にのしかかる。
多くのヒーロー志望の生徒が、このために努力を続けている。何倍もの関門を越えて、幾度となく努力して必死に耐えて頑張って、限界を超えても届かない人もいた。
たった一枚のカードのために。
この僅かな証明書のためだけに、人生を潰した人だっていた。家族を失うような瀬戸際に落とされた人もいた。
どんなに頑張っても、手に出来なくて失意の底に落ちた人もいた。
それが、今、簡単に目の前にあるなんて。
「ただし、これは『緑谷・出久』と『爆豪・勝己』にじゃない」
根津は二人を見つめながら、声に力を込める。
「これはね、『グリーン・シップ』と『シンガー・ボマー』の許可証だよ」
重さが、今までとは違うものになった。
今までのが潰されそうな重圧なら、これは人々の願いの重さだ。悲しいと叫んだ人がいて、苦しくて泣いた人がいて、辛くて死にそうになった人がいて、多くの苦難を味わった人たちが、『助けて』と小さく呟く声に確かに答えるための証明書。
これを受け取った後は、今までのような中途半端は許されない。今までも全力だった、一部の隙もなく全身全霊で臨んでいた。救えない命があるのが許せない、助けられないことがあってはならない。
決意を持って臨んで、絶対に取りこぼさないと誓ったものが、これからは『最低限』になる。
出来て当たり前。救えて当然のこと。それが、ヒーローだから。
「これを渡した時、会長は言っていたよ」
二人が感じている重圧を知りながらも、根津校長は言葉をつづけた。もしかしたら、二人にはもっと重荷になるかもしれない。潰れてしまうかもしれない。
二度と立てなくなるかもしれない。
けれど、言っておきたい。あの時の彼女の顔を見て、あの二人に許可証を渡してもらえるかしらといった彼女の、その言葉に込められた想いを伝えるために。
きっと、立てる。きっと、二人なら重荷を背負いながらも、足を止めることなく進んでくれるだろう。
「これは、『グリーン・シップ』と『シンガー・ボマー』への、ヒーロー公安委員会からの希望を託すって意味だよ」
同時に、自分達からも。
どうか耐えてほしい、そう願いながら根津が告げると、二人の表情が晴れていく。
ああ、やっぱりこの二人はヒーローだ。誰かの苦しみに敏感に気づき、誰かの苦しみに答えて、絶望の中にいる誰かを救うために真っ先に駆けつける。
自分達がどんな苦境でも、どんな不利な状況でも、助けてと言われた真っ先に動いてしまう、心の底からヒーローになっている。
「今の時代、ヒーローは職業だからね。裏側を知っているヒーロー公安委員は、迂闊に言えないからさ。助けてと言ってしまったら、ヒーローは動く。ヒーローが動いたら、もう後には戻れないからね」
静かに語る根津の視線は二人を見続ける。
真っ直ぐに見つめ返す二人は、真顔でありながらも少しだけ微笑んでいた。
真面目に聞いていながらも、相手を安心させるように笑う。とても大事で当たり前のことだ、実際の犯罪現場にいた時に何人のヒーローが実践できるだろう。
実際の災害現場に辿り着いたヒーローが、相手に安心を与えるために笑顔を向けられることが、出来るだろうか。
二人はそれを自然としている、少しに不安を感じ取って『大丈夫』と全身で語るように微笑んでいてくれる。
「敵ヴィランの実力と駆け付けたヒーローの実力、周辺の被害、あるいはその後の補填、もしかしてヒーローが殉職したら、家族へはどういえばいい。色々と考えてしまうとね、素直に言えないんだよ」
裏側を知っているから、制度を司っているからこそ、言えるわけがない。助けてなんて、ヒーローを呼ぶなんてできるわけがない。
絶望的な状況でも、苦しくて泣きそうで、必死に耐えて救いを求めようとして手を伸ばしかけて、無理やりに抱きしめるように手を隠す。
「君たちには酷い話かもしれないけど」
「構わねぇよ」
当然のように、爆豪は『シンガー・ボマー』の許可証を手に取った。
「大丈夫です」
デクも自然と『グリーン・シップ』の許可証を受け取る。
「俺達はもうヒーローだから、誰であっても助けてって言うなら助けるさ」
「だから、遠慮なく言ってください。僕達の全力で助けます」
「世界中のどこだろうとな」
「取りこぼすことなく、助けだします」
真っ直ぐに笑顔を浮かべたまま、二人はそう告げた。
半端な覚悟じゃない、全身全霊だけじゃ足りない。自分の未来さえかけて、この許可証に相応しいヒーローになってやると、決意を新しくして。
「ありがとう。君たちに出会えたことは、僕の人生で一番の幸運だったよ」
「大げさなんだよ。これからだろ?」
「これからですよ」
まだまだ先に行くから、見ていてください。二人の宣言を受けて、根津は深くイスに座り直した。
二人が退室してしばらくして、オールマイトと相澤は根津に詰め寄った。
「反対です」
「私もです」
「解っているよ。あの二人が、『燃え尽きないか』不安なんだね?」
大きく頷くオールマイトと相澤に、根津は同意を示した。
「僕もだよ。でもね、僕は賭けてみたいんだ」
「何を、ですか?」
相澤が不審そうな顔で見つめる中、根津はゆっくりと微笑んだ。
「二人のヒーローとしての資質にね。どんな状況でも誰かを救うためには、どんな状況からも生還するのが最低条件だからね。多くの人を救う、誰も取りこぼさない、二人の決意が本物なら、ずっとこの先も『グリーン・シップ』と『シンガー・ボマー』は消えることなく走り続けてくれるさ」
「希望的すぎます!」
オールマイトは激しく机を叩く。それに対して、根津は怒ることなく大丈夫と口にした。
「そのために、僕らがいるから。二人しっかりと教えておこう、大丈夫さ。まだ学生生活は始まったばかりだからね」
しっかりと教え込んで、二人が生き急ぎすぎないようにしないと。
三人は決意を新たにしたのだが、まさかあんな事態になるとは思っていなかった。
大番狂わせとは、このことだろう。
何でも有りの障害物競争、ポイント争奪戦の騎馬戦。最初のほうは個人技だったから、二人の強さは際立っていた。
個性を使った様子もないのに、他の生徒を圧倒する速度でゴール。汗一つかかずに悠然と歩いていく姿に、観客席からは多くの声援が送られた。
続いての騎馬戦はチーム戦、いくら個人的な実力があったとしても、チームを率いているならば、多少の差は埋まるのではと考えていたのだが、多くの予想を裏切って、二人のチームはポイントを総取りをしてしまった。
きっちり二人でポイントを山分けしたように。
『おいおいおいおい!! 今年の一年の二人は化け物かよ?! 個人で強い上にチームを率いても強いなんてさ!』
プレゼント・マイクの言葉は、会場の全員の意見を代弁していた。観客はもちろん、参加している生徒達の気持も。
強すぎる。
圧倒的なんて言葉が霞むほどに、二人の実力は次元が違っていた。
「チ! 同点かよ」
「かっちゃん、相変わらず悩むと突撃するよね」
「おまえだって、攻めると守るじゃ、守るに傾くだろうが」
「まあ、それはね」
点数を見ながら、デクと爆豪は談笑していた。
「ね、いたの解った?」
「ああ、一郎さん、来てくれたんだな」
「弔さんと黒霧さんもいたね」
「エリと廻さん、動いていいのかよ」
「ギルさんとアインズさんもいたし、エルさんとソープさんもいたから。コナンさんもいたよね」
「勢ぞろいで応援か。気合入れなおさねぇとな」
「うん、まさか艦娘の皆さんも総出って、嬉しいよな」
「言うな、デク。俺は震えてきたぜ」
まさかまさかのオールスターでの応援なんて、これは下手をしたら再訓練にならないか。
ブルッと二人して震えが来た。
考えるのは止めよう、どちらともなく言い出して次の競技へと向かった。
次は個人戦、トーナメント戦だ。
うわぁ~~あの二人、マジでやっているよ。
どうも、田中・一郎です。いやいや、手加減って言葉知らないのかな。あ、でも手加減したら周りに失礼か。それにしても、艤装もコスチュームもなしに、他の生徒を圧倒しているよ。
「一郎君、これって体育祭ですよね?」
「それね、どうしたのヒミコちゃん?」
「ガチバトルって体育祭に必要なんですか?」
え、ガチバトル。えっと、あるの、そんなの?
「ギル、念のために宝具用意な」
「解っている、コナンこそ宝具を使う準備はいいな?」
「ああ、まさかなぁ」
「フ、青春とは眩しいものよな」
あれ、あっちでなんか凄い嫌な会話しているんだけど、嘘だよな。
「アインズ、結界用意して」
「よかろう」
「エルも魔法障壁準備ね」
え、あれ、なんだかトーナメントが進むにつれて、うちのメンツが騒がしくなってきたんだけど、なんで。
え、まさかそんなに大事になるの。え、まさかだよね。
先生の中にも防御が得意な人はいるから、その人に任せた方がいいんじゃないの。
「司令官、もしもの時は艤装を使ってもいいか?」
「エンタープライズまで、そんなこと言うってマジなのか?」
「ああ、ひょっとしたらな」
これはガチだなぁ。俺はちょっと苦笑いしつつ、許可を出すのでした。
トーナメントは、やはりというか圧倒的な二人が駆け上った。
見どころは確かにあった。二人に必死に挑んだ生徒達に、観客は惜しまない拍手をした。
負けたとしても、その姿は立派だったと。さすがヒーロー候補生だと、誰もが称賛を送った。
そして、次の対戦カードが開く。
緑谷・出久対轟・焦凍。
現在、圧倒的な実力を示す生徒と、前評判ナンバーワンの生徒の対決だった。
轟は一人、会場への道を歩く。様々な想いが内心で渦巻く、これから戦う相手は自分が憧れたヒーロー。
絶対防御、絶対保護の代名詞になりつつある『グリーン・シップ』。
戦いたい、あいつのようになりたいから、あいつに今の自分が何処まで通じるかを確かめたい。
震えるような体を抑え、グツグツと上がってくる何かに蓋をして、ゆっくりと歩いてく。
ふと、廊下の途中に誰かいた。誰だと顔を向けた瞬間、先ほどまであった体の中の何かが瞬時に冷めた。
「おまえはあいつと戦うつもりか?」
「関係あるか」
エンデヴァーは、静かに壁に背を向けたままこちらを見ようとしない。前からそうだ、何時の頃から彼は自分を見ようとしない。
当たり前か、お互いに嫌っている。どうしょうもないほど、家族でありながら溝が出来てしまった。
「実力差は解っているはずだ」
「黙れ」
「それでも戦うのか? 負けると解っていてもか?」
「黙れ」
「・・・・今の貴様は、かつての俺だ。ナンバーワンになりたくて、無様に足掻くだけあがいた、愚か者のな」
「黙れと言っている!!」
叫んで睨みつけると、エンデヴァーも轟をみつめた。
「今の貴様は、かつての俺だな」
「ふざけるな、お前みたいにならない。俺は」
「ヒーローの顔じゃない。今のおまえは、『何のために戦っている』?」
「お前が言うか、おまえが!!」
「そうだな、俺が壊してしまったものだ。だから」
エンデヴァーは顔を背けた。何処を見ていると轟が視線をたどった先、試合会場の上に立つ彼と目があった。
「すまない、俺の我儘と『願い』をおまえに託す」
ポツリと呟いた言葉は、轟の耳には届かずに風に乗って消えた。
けれど、彼は頷いた。聞こえるはずないのに、緑谷・出久は大きく頷いていた。
何が言いたいと轟はグルグルと考える頭のままで、足を進めていく。今更、父親面がしたかったのか、アドバイスでもくれたのだろうか、それともみじめに負ける自分の姿が見たかったのか。
何度も考え、何度も答えを出そうとして出せずに、そして彼は。
「考え事? 余裕だね?」
ハッとした、気づいた時には目の前にいて、デクは拳を握っていた。
不味い、あのパワーを直に受けたらとても立っていられない。間合いの内側に入られた、どうすればいい。
瞬間、轟は全力で『氷結』を振るった。
訓練場が凍りつく。巨大な氷柱が吹きあがり、観客席も覆うような氷が壁のようにそびえ立つ。
しまった、全力過ぎた。体が凍りつく、運動機能が低下してしまう。
「轟君は、追い込まれると氷で薙ぎ払おうとするよね?」
声はとても穏やかに、そして衝撃は容赦なく氷を消し飛ばした。
「氷結は確かに強力だよ。氷はそれだけで武器になるし、壁に使えば相手の攻撃を防げる、密度を上げれば大抵の攻撃は防げるね。でもその反面で」
デクの指がゆっくりと上がり、轟をさした。その凍ってしまった半身を。
「あまりに強すぎる凍結能力は、君自身の行動を制限してしまう。訓練の時に指摘したはずだよ」
「ああ、そうだな」
「なんで炎を使わないの?」
「あいつの力なんてなくてもな」
再びの氷、密度を上げた氷結が壁をなしてデクに迫る。
しかし彼は、左手の一撃で粉砕して見せた。さすがに無理か。あのパワーの前には氷だけじゃ勝てるわけがない。
まだあいつは全力じゃない、まだあいつはあの姿になっていないのに。焦った顔一つ浮かべず、汗一つかいていないのに、こちらは体の半分が鈍くて全身の動きが阻害され始めた。
「あいつの力? 誰の力だって言うんだ?」
「エンデヴァーの力なんてなくても、俺は一番になってやる。おまえにだって負けないように」
「轟君」
そうだ、負けない。絶対に負けてはいけない、負けたらあいつが正しいと証明してしまう。そんなことは絶対に許せない、あの母の姿を見た時に、あの父の顔を見たときに、許せないって誓ったじゃないか。
「君は何と戦っているのさ?」
「なにいってんだ?」
「僕らはヒーローを目指しているんだ。ヒーローが戦う相手は、決まっている」
「ヴィランだって言うのかよ」
当たり前のことを、言って動揺させるつもりか、それとも策略か。轟が身構える前で、デクはゆっくりと言葉を紡いだ。
「ヒーローが戦うのは、自分自身の『弱さ』だよ」
言葉に思考が止まった。
「助けられない、負けるかもしれない、情けない姿を見せたくない。そんな自分自身と戦うんだ。ヴィランじゃない、周りの何かじゃない、ましてや両親じゃない」
「おまえ!!」
思わず怒りを燃やして轟は叫んだ。
「両親を憎んで、父親を否定して、母親を怖がって、それで能力を制限して一番になる? 轟君、君はさ」
「なんだよ?! おまえに何が解るんだよ?!」
何を言うつもりか、何を否定するつもりか。どんなことを言われても納得なんてできるわけがない。轟は怒りをにじませてデクを睨みつけ、そして突きつけられた。
「今まで必死に頑張ってきたヒーロー達を、馬鹿にしているの?」
感情が、止められた。
何を言われたか頭が理解できず、内容から目を反らして、心が蓋を閉じた轟は呆けてしまった。
「みんな、必死だったよ。全力で戦った、理不尽な暴力からみんなを護るために、傷だらけになって懸命に戦った。仕事だからって線引きした人もいたかもしれない。でもね、誰もが人を救うために全力全開で頑張っていた。なのに、君は半分の力で一番になるって?」
淡々と語っていたデクの表情が歪む。初めて見せたのは、明確な怒り。
「君はヒーローを馬鹿にしているの? 全力でやっているヒーロー達の、今まで努力を嘲笑うのか、個人の事情とか関係ない、君もヒーローになるなら全力で来い!!」
荒波のように容赦なく叩きつけられた激情が、轟を大きく揺さぶった。
「お、俺は」
「君の何かを知っているわけじゃない! だって君は語らなかった! 事情を話さなかった! なのに理解してくれ?! 君は傲慢だ!! 誰だって事情がある、誰だって苦しいことの一つや二つはある。でも、君は誰かの事情を理解しようとした? 自分は相手を理解しようとしないのに、自分の事情は理解しろなんて、そんなひどい話はない」
「俺は!!」
「全力でやらない奴が、全力で頑張っているヒーローになんてなれるわけがないだろ!!」
「ならおまえは全力なのかよ?!」
思わず言いかえす。
「俺だってそう思うさ! でもな!! どうしても考えちまうんだよ! この力が母さんを追い込んだ! 親父の昔の姿が眼の浮かぶ! どうしろっていうんだよ! もうグチャグチャなんだよ!」
「だったら! だったら来いよ! 頭がぐちゃぐちゃなら全力で来いよ! 僕が全部、受け止めてやる! 何があっても受け止めてやるから!!」
両手を広げ声を張り上げるデクに、轟は何かを言おうとして言葉に詰まった。
そうだよな、と変わりに出てきた言葉は今までの思い出の中で、もっとも鮮明なもの。
過去のすべてが脳裏をよぎる、もう何も考えられない中で、鮮明に思い出せるのはあの背中。
『絶対に護る』と語ってくれた、大きな偉大なヒーローの背中だった。
轟・焦凍は、ゆっくりと顔を上げた。
「俺は、お前みたいになりたい」
「うん」
「俺は、あんなヒーローになりたい」
彼が顔をあげて見つめる先で、デクは気づく。彼が見ているのは自分であって、自分ではない存在。
「だから、戦いたい。俺がもし、『あの人』みたいになれるなら。だから、戦ってみたい。俺が、俺らしく、俺でもヒーローになっていいって」
「そっか」
言葉が乱れていることに、気づきながらも大きく頷いた。
これは、願いだ。彼の心の底からの願い、小さくて今にも消えてしまいそうなほどの本音が、ゆっくりと胸の底に届く。
「俺は、『グリーン・シップ』みたいなヒーローになりたい。誰かを護れる背中をみせる、あんな凄いヒーローに。だから、俺はおまえと戦いたい」
「うん、解った」
「無茶なこと言っているって解ってる。でもな、この気持ちだけは嘘じゃない。全力のおまえと全力で戦ってみたい」
グツグツと煮えるような何かと、体の心から震えるような何かが、轟の体の中を駆け巡る。
母のことも、父のことも、頭から消えていた。怒りも憎しみもなく、ただ前を向いて願いを届ける。
「悪いな、緑谷。ありがとう」
不可能だろうな、と轟は思って顔を背けた。こんな状況じゃ、戦えないから棄権するかと背を向けた瞬間、轟音と閃光が会場を揺らした。
「何処に行くのさ?」
声に導かれるように、轟はゆっくりと振り返る。
「まだ『僕達の試合』は終わってないよ」
ああ、と轟は涙を流して前を向いた。
「君の願い、確かに受け取った。『グリーン・シップ』だ、君の全力に答えて、僕の全力で相手するよ」
轟からは憧れた背中は見えない、けれど彼は満足していた。
こうなりたいと願ったヒーローが、大勢ではなく、たった一人を見ていた。
轟・焦凍を、『グリーン・シップ』は見つめて『戦おう』と言ってくれたから。
長くなったので、ここで切りました。
なんてことはありません、この先で迷ったのでここまでです。
さあってと、どうしよう風味です。
没タイトル、『冷たく燃える、彼の願い』。
ゼロ度の炎みたいだなぁって思ったら、轟=グリスって話でも面白いかなぁって思ったりして。
「震える火、震火を燃やしておまえを倒す」
とか、焦凍が言ったら面白かったりして。