強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』 作:サルスベリ
色々と考えたのですが、まあ要するに話を纏めていくと。
こうなった風味です。
衝撃は、予想と違って真っ直ぐに来た。
轟は氷結のために腕を振るいかけた途中で、弾き飛ばされた。弾丸、砲弾そんなものじゃない、ただの衝撃波だ。
何が起きたと視界を向ける先、『右手を振るった』彼がいた。
まさか、腕の一振りで。そんなことがありえるのかと疑問が脳裏をよぎる間にも、彼は距離を詰めてくる。
ゆっくりと、しかししっかりとした足取り。一歩一歩も踏みしめる足と同時に、迫ってくる巨大な鋼鉄の城。
まるで海に浮かぶ戦艦。人間の数倍の大きさを誇り、何者も寄せ付けない圧力を与える、巨大な獰猛な獣。
大地を進む彼の背中、荒波をものともしないで進む黒鋼の巨城が浮かび上がった。
あれが、『グリーン・シップ』。灰褐色の装甲には緑色の光が走る、三連装の主砲が幾つも浮かび、空には航空機が舞い踊る。
逃がさない、通さない、誰にも屈しない。無言で語る瞳に、轟は気圧されるよりも嬉しくなってきた。
ずっと憧れていた背中など見なくとも。
何度も夢を見ていた姿はただ自分を見つめている。
追いついたいと願った彼がそこにいる、理想と思った彼が目の前にいる。大勢を護っていた意思が、ただ轟・焦凍を倒すために向けられていることを、彼自身は怖さよりも嬉しさが込み上げてきた。
「ああ、そうだよな」
自然と笑顔になっていく。冷笑や凄味のある笑みじゃない、心の底から嬉しいと思って浮かべる笑顔だ。
理屈なんて知らない、この後のことなんてどうでもいい。優勝なんてもう意味がない、誰よりも正しくあるために勝つ、そんなことがどうでもよく感じられる。
ただ、勝ちたい。この人に、あの『ヒーロー』に。戦って、何度でも挑んで無様でも何度でも向かって行って。
そして勝てたら、どれだけいいか。
簡単な話じゃない。今も巨大な氷は、相手の腕の一振りで砕け散った、足元を覆うような氷結は、足の踏み込みで粉砕された。
打つ手がない、決め手に欠ける。それでもいい、それでこそ憧れた背中だ。
「そうだよな」
何度も繰り返す。馬鹿の一つ覚え、そう見えるかもしれない。通じないのに何度も氷を繰り出す自分が、周りにそう映っているかもしれない。
でも、それでもいい。愚直なまでに同じことを、何度も何度でもやってやる。通じるまで、『グリーン・シップ』に届くまで、何度だって。
「そうだよな、ああそうだ! ヒーローは諦めない! そうだったよな緑谷、いいや『グリーン・シップ』!」
密度を上げろ、精度を組み直せ。昔から使っていたことだ、あいつが嫌いだから炎を封印してから、何万回と使っていた氷結の能力。
それが、この程度のわけがない。母の姿が一瞬だけ脳裏を通り過ぎる。
あの人から受け継いだ能力だ、何度も使ってきた個性だ。
この程度、いいやもっとだ。冷たく、震えるほどに深く、不純物など一切ない、深く沈みこむように、広くすべてを捕らえるように。
そして、あらゆるものが停止するような『凍結』。
「爆豪、おまえの言うとおりだよ」
一瞬、ギャラリーにいる彼を見た。
『てめぇは半端だな』と言った彼を思い出す。最初は炎を使わないからかと思った。二つの能力の片方だけだからと、勝手に考えていた。
違う、彼が言いたかったのは『使っている能力を中途半端に振り回してる』だけ。極めることも、能力の幅を広げることもせず、子供のように拳を振り回すだけ。
「俺は半端者だ。だけどな、今ならできそうだ」
深く、広く、深淵のような闇の底。
絶対零度のさらにその先、雄英の校風のように『その先へ』。
「行くぜ、『グリーン・シップ』、これが俺の『氷』だ」
そう告げて、轟・焦凍は『振り切った』。
時刻は少しだけ戻る。
ギャラリーで見つめる爆豪は、『やっぱ半端野郎だ』と口の中で呟く。
先ほどから同じ攻撃しかしてない。
決意は見事だ、願いを叩きつけたこと、自分の内心を暴露したことはよくぞ言ったと褒めてやれるが、その後の攻撃はお粗末でしかない。
「なあ、爆豪、いいのかよ?」
「何がだ?」
隣にいた切島に言われ、小さく視線を向けた後、また試合会場へ戻す。
「だっておまえらの正体が」
「あそこでデクが出さなきゃ、俺が吹っ飛ばしてた」
「いや、だって秘密だろ?」
「轟は願いを見せた。戦いてぇって本気で願った、その願いに答えなきゃ俺はあいつをぶっ飛ばしていた」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ」
切島は不安なのかもしれない。なおも食いついてくる物言いに、爆豪は小さくため息をつく。
「俺とあいつの名前は、多くの人の願いで出来ている。願って名付けられて、俺達はあの姿になれた。だからな、誰かの願いを無碍にしたら、その瞬間から俺達はあの姿でいる『
穏やかにゆっくりと語る彼の声に、並大抵じゃない覚悟が宿っていた。
自分だけの能力じゃないから、例え自分が死ぬことになっても自分のためには使わない。どんな状況に追い込まれても、絶望的な何かが迫っても、自分のためなんか使わない。
あの時、あの場所で決めた。
「そんなことあるわけ」
「あるんだよ。力は、ただ力でしかねぇ。それは麻薬みたいに持った奴を狂わせる。無自覚で振るったら、誰かを助けるつもりが、誰かを傷つけることはよくある話だ」
「そりゃ、そうかもしれないけどな」
切島は口の中で呟く、彼はまだ納得できていないのか。
周りをチラリと爆豪は見回す。A組の誰もが聞き入っているようだが、聞かれて困る話じゃない。
「だから、俺とデクは決めた。あの力は、誰かを助けるため、誰かの願いのためにってな。特にデクの艤装は、その願いの純度が高いからな」
「なんだよそれ?」
質問に、爆豪は言葉に詰まる。
あの人達のことを言ってもいいものか、けれどここまで語って言わないわけにいかないだろう。
どうするかと考えて、彼は口を開く。
「かつてな、救いたい人たちを救えずに沈んだ人たち、その人たちの『今度こそ』って願いを込められたのが、あの艤装だ。二度はない、二度とこぼさないって決意の証なんだよ」
ギュッと拳を握る。解っていると爆豪は思う、これは嫉妬だ。同じ場所で訓練して、同じ人に師事してもらっても、同じものは与えられないように、爆豪と緑谷の能力としてのスタートラインは、まったく違う。
爆豪・勝己の能力が両親の願いから始まり、『祈りが込められた』コスチュームを得て、多くの願いを集めて『シンガー・ボマー』になった。
緑谷・出久は両親の悲しみから始まって、艦娘達の嘆きと決意の艤装を得て、多くの願いを集めて『グリーン・シップ』になった。
どちらも、他者からの想いで始まったことだが、その方向性はまったく別方向からだ。
無個性だったから、緑谷は方向性など定まっていなかった。
個性があるから、その方向性しか選べなかった爆豪とは違う。
だから嫉妬する。無限の中から選べる自由を持つ緑谷を爆豪は嫉妬する。
同時に、緑谷は確固たる足場を持ち、揺るがない選択ができる爆豪に嫉妬している。
どちらも、自分にないものを羨んで、それで嫉妬を抱えながらも、それを糧にして願いを果たすために進んできた。
「俺もあいつも、同じだよな」
小さく呟いた言葉は、誰にも消えることなく流れた。
そして、爆豪は大きく眼を開く。
「やりやがった」
「爆豪?」
「あいつ、やりやがった。そうだよ、それでいいんだよ。おまえは氷が使える、氷結だろうが。だから、『凍らせる』ことができるのが、空気や水分とか物質だけって誰が決めた」
興奮したような爆豪の様子に、クラスメートたちは試合会場を見た。
そして、気づく。轟・焦凍の周囲に細かい吹雪が舞っていることに。
「やれよ、やってやれよ! 行けよ轟・焦凍! おまえはな、二分の一じゃねぇんだ! おまえは『二つの極み』を行けるんだよ! 俺達は一つで無限大になれる! ならおまえは二つ持って『最大限』になれるんだよ!」
「おい、爆豪!」
「いいから見てろ!」
戸惑う声を一括して、爆豪は立ち上がってさらに叫ぶ。
「理論上は不可能じゃねぇことを、あいつが証明するからよ!」
嬉しそうに叫んだ彼の声は、会場を駆け巡った。
緑谷・出久は感じていた。今までと明らかに違う、と。明らかに能力の深さが違う、密度が違う、そんな単純な言葉じゃない。
彼は振りきれた。
「クライン・フィールド全開」
小さな指示に妖精が親指を立てた。
くる、絶対に来る。あのアインズが一度だけ見せたことある、秘儀。絶対的な効果を持ち、決まればほぼすべてが『抵抗できずに終わる』。
エルにも説明を受け、ソープの解説も聞いている。
三次元において、逃れる術はない。
けれど、緑谷は怖さよりも嬉しさが勝る。何度も訓練してもできなかったことが、こんな大舞台で出来るようになるなんて。
「轟君、君は凄いよ。僕が、『グリーン・シップ』が認めるよ」
圧力が高まった、ついに来るかと身構える緑谷の視界に、轟の顔が入りこんだ。
とてもいい笑顔で笑う彼の口が動く。
『緑谷、ありがとうな』と。
「それは僕の方だよ」
微笑みを浮かべた彼の周囲に、『空間凍結』が降り注いだ。
物質じゃない、時間さえも凍らせる『氷結能力の最上位』。
『マジか?!』と田中・一郎が観客席で叫んだ、今までアインズしか成功させたことがない絶対能力は、こうして轟・焦凍の手によって世間に知らしめられた。
「やりやがった! マジでやりやがったぞあいつ!」
ギャラリーで爆豪が大騒ぎで喜んでいるのが聞こえる。少しは心配してほしいな、なんて思う緑谷だったが、気持ち的には同じだ。
凄いなと思いながらも、彼は『勇気の結晶』に勇気を注ぐ。全身の力が増す、艤装に走る緑色の光が増していき、装甲全体が緑色の光を宿す。
「ミラーリング・システム」
瞬間、空間凍結が弾け飛んだ。幾重にも重なり、砕け散って流れていく欠片は、まるでスターダストのように周囲を照らし続けた。
「凄いよ、轟君、さすがだね」
「簡単に破っておいて、よく言うぜ。もう、俺はなんも出ないからな」
床に座りこみ、そのまま大の字で倒れる彼に、にっこりとほほ笑んだ。
まさかミラーリング・システムまで使うことになるなんて。油断できないな、少しでも油断していたら追い抜かれてしまいそうだ、今まで圧倒的な実力差を示していたなんて、余裕を持つなんてことはできない。
この会場の誰もが、この学園の誰もが、自分達を追い抜く可能性がある。
『グリーン・シップ』を、『シンガー・ボマー』を、あるいはオールマイトさえも、追い抜いてナンバーワンになるかもしれない。
「楽しみだよ」
追い抜かれるかもしれない怖さはある、けれど楽しみでもある。誰が自分達を追い抜いて、もっと強いヒーローになってくれるか。
誰もが憧れる、誰もが挑もうとする最高のヒーローになってくれるかもしれない。
それが緑谷には、とても嬉しかった。
パチパチと小さな拍手が聞こえてきた。きっと、今の彼に対しての称賛だ、と緑谷が音の元へと顔を向けていき、凍りついた。
「見事、やはり学生とはいえヒーローを目指す子は、素晴らしいね」
闇のような漆黒の姿、鎧を纏った怪物。そんな印象を受ける相手のことを、彼は何度か見たことはある。
しかし、相対したのは初めてだ。
怖いと感じる、まるで周囲すべてが何も見えない闇に覆われたような、奇妙な圧迫を与えながらも、彼は世間話でもするように歩いてきた。
「素晴らしいね、君は今の僕と相対しても折れることはない。やはり、君とあちらの彼は、間違いなく違うね」
ゆっくりとそいつは、爆豪に手を向ける。
爆豪もそいつを真っ直ぐに見つめ、ブレスレットを握り締めていた。
「名乗るのが遅れたね、『オール・フォー・ワン』だ。つまり、君たちの倒すべき『
嬉しそうに語る彼に答えるように、大歓声をあげて『とある集団』が雄英体育祭の会場に出現した。
ここに雄英史上でも最悪かつ最大の、ヴィラン連合迎撃戦が始まったのだった。
「ヒャッハー! いいぜいいぜ!」
「殺せ殺せぇぇ!」
「示してやるぜヒーローども!」
大勢の声がする、観客席の一番上から出現したヴィラン達に、観客達はパニックを起こしたように逃げ惑う。その姿をニヤニヤしながら見つめるヴィラン連合に、ヒーロー達は動きだしかけて足を止めた。
誰も彼もが手配書で見たことがある顔ぶれだ。殺人罪、重犯罪、中にはヒーローを何人も殺してるような顔まである。
勝てない。無理だ、いくらヒーローとはいえ、正義を語り無謀にも突撃する者達ばかりじゃない。
仕事だから、ヒーロー資格を持っているからと戦っている人たちもいる。普段から困った人の手助けをしていて、戦うなんて滅多にないヒーローに、今から戦えなんて言えない。
一人、一人と足を止めて、足が下がる。誰もが周りを見回し、同じように蒼白になった仲間を見て、無理だと視線を下げてしまう。
助けたいと思う、救いたいって気持ちはある。でも、怖い。殺気を受けて体が震えて仕方がない。
逃げてもいいんじゃないか。
そう、誰かが呟いて泣きそうな顔で背中を向けかけた。
「逃げるなぁぁぁぁぁ!!!!」
怒声がヒーロー達の『何か』を吹き飛ばす。
ハッと顔を向けた先、ヴィラン連合との最前線に彼は立っていた。
筋肉で覆われた長身。誰かがオールマイトと呟くが、彼は違う。
オールマイトは、教師達の中からその背中を見つめていた。
燃え上がる炎、決して揺るぐことなくただ立つ背中が、昔とはまったく違ったように見える。
「逃げるな、そこで逃げてどうする? 貴様たちは何者だ?」
振り返る視線にヒーロー達は顔を背けた。
だって、なんでとか口に呟く彼らを見つめた男は、フッと笑った。
「人間だからな、逃げたくなる気持ちもわからんでもない。俺も色々と間違えた、ヴィランだと言われたこともある」
苦笑するように語る男は、自分の昔を語りながら振り返る。
「逃げて、どうする?」
衝撃が走った、ヒーロー達は動かしかけた足を止めて、顔を上げる。
「逃げて、ヒーローといえるのか? 逃げた先に何があるのか解っているのか。俺達はヒーローだ。ヒーローが逃げて、その後に待っていることが解らないのか?」
穏やかに語る彼は、今までとは違っていた。怒りと憎しみで歪んでいた顔は、今はすっきりと穏やかで、燃え上がる炎はただ赤く力強い。
「俺達が下がった後に何がある? 俺達の背中に誰がいる?」
彼は一通り、全員を見回した後、再びヴィラン連合に向き合った。
「守るべき民間人を見捨てた者が、『プロ・ヒーロー』など名乗れると思うか?!」
叫び声が、再び会場を揺らす。逃げかけた足が止まり、震えていた彼だが、別の震えに襲われた。
「俺たちはヒーローだ! 逃げて見捨ててその先でヒーローを名乗れるものか?! 逃げるな! 迷うな! 真っ直ぐに敵を見つめろ! その背中を見せつけろ! 護るべき者達に、我々がここにいるぞ!と叫び続けろ!」
彼は右手を掲げた、燃える炎が天を焦がすようにわき上がる。
「逃げるな! 我らヒーローに退避も後退も敗北も許されない! 俺たちが負けたら逃げたら! 力なき者達が絶望に染まるだけだ! そんなことでいいのか?! そんなことを見て仕方がないというつもりか!」
熱が伝わる、誰もが震えている。これは恐怖じゃない、体の底から震えるほどに全身を貫くのはもっと違うものだ。
「否だ! 断じて否と叫ぶぞ! ヒーローが逃げるわけにいかない! ヒーローは絶対に退かないものだ! もしも貴様らが無理だと思うならば!」
そこで彼は、エンデヴァーは振り返ってにやりと笑った。
「俺を呼べ。この炎で貴様らの魂を燃やしてやる。震えているな、それは怖さじゃないだろう」
問いかけじゃなく、決まったことのように話す彼に、ヒーロー達は大きく頷いた。
「それは武者震いだ、貴様らの魂が燃えている証拠だ」
彼は全身から炎をだして、魂の奥底から叫んだ。
「ならば後は前に進むだけだ! 行くぞ! ヒーローたちよ! 今こそ見せてやる! ヴィランどもに、この世界に貴様たちの『悪事』が挟む余地はないとな!!」
「おおおおおおおお!!!」
気合の掛け声が、会場を揺らす。
誰もが不安そうに見ていた、一般人は怖さで震えていたのが、今では誰もが安心した顔で見ていた。
多くのヒーロー達を、その先にいる彼を。
「エンデヴァー、君は」
彼の隣に降り立ったオールマイトは、今までと全く違う彼を穏やかに見詰めた。
「貴様に比べたら、拙いものだが、今は許せ」
「いや、そんなことはない。私以上に、今の君は『ナンバー・ワン』だ」
「そうか」
悪くないなと思いながら、エンデヴァーは視線を試合会場に向けた。
「焦凍、見ていろ。今までの私ではない、今の私を。これが貴様に見せる、
轟・焦凍は困惑したように彼を見つめていた。
「さあ、行くぞ! オールマイト!」
「ああエンデヴァー! 今の君となら誰にも負けなさそうだ!」
「当たり前だ!」
気合を込めて二人は突き進む。それに従うヒーロー達。
相対するは、オール・フォー・ワン率いるヴィラン連合。
今こそ、激突の時。
「まったく」
そこで、オール・フォー・ワンは小さくため息をついた。
「君たちは本当に、僕を失望させてくれるよね」
彼はそう呟いて、『後ろから走ってきたヴィラン連合の一人』を叩き潰した。
考えて、色々と思って、ヴィラン連合が出てこないのは、弔とかが味方にいても、おかしいって考えて。
でも、最近のオール・フォー・ワンの考えとは合わないかなって思い。
つい暴走したって言い訳で終わる風味です。