強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』 作:サルスベリ
ヴィラン連合とヒーロー達の戦闘、本当にそう思っていましたか?
空間に静寂が満ちた。
誰もが信じられない顔をしながらも、顔を背けるように周囲を見回してしまう中で、彼は突き出した拳をゆっくりと下ろした。
「まったく本当に失望させてくれる。君たちは僕の何を聞いていたのか」
静かに語る男は、ただそこにいる。
凄まじい気配を放っているわけでもなければ、殺気を滲ませているわけでもない。ただ、そこに立っているだけなのに、妙な圧力を感じる。
闇のように、何処までも揺るぐことなく立つ姿は、まさにこの世の深淵のように深く暗い。
「何時、僕が君たちに『ついてこい』といった?」
溜息交じりに振り返る彼の視線が、ゆっくりと勢いにのまれていた集団を見回した。
「僕は君たちに共に行こうなどといったかな?」
手首を軽く回し、続いて体の向きを変えた男は、間違いなくヒーロー達に背中を向けていた。
無防備な背中、倒すべき敵がこちらを見ていないことに、ヒーロー達は気づいていた。今なら攻撃できる、倒せると理性が言っているのに、体は本能が縛って動かせない。
今、攻撃したら確実に『死ぬ』。
「僕はそんなこと言ってないよね。ただ僕は、皆の絶望を集めているだけだ。他の誰でもない、僕だけ」
そこでふと、彼は言葉を止めて、溜息をついた。
「いや失礼、興奮しすぎておかしくなっていたようだ」
軽い苦笑が流れ、男は深く呼吸を繰り返す。
「さて」
そして、全員が感じた。
深い闇だと思っていたものが、実は薄闇でしかなかったことを。
「私を怒らせるのは、君たちの趣味かね?」
広がるように、深く染みわたるような何かがヴィラン連合を襲う。睨みつけるような眼など見えないはずなのに、全身を切り刻まれたような錯覚を感じて、誰もが足を止めて、ゆっくりと下げた。
「世界で私だけがすべてを集める、他の誰でもない、私だけだ。君たちの手を借りて、世界を君たちと共に支配する? そんな夢想を抱いたのかね?」
一歩、一歩と彼は足を進めた。両手を広げ、まるで天を仰ぐようにして。
「今なら自分達の望みのままに? いいね、実にいい話だ。君たちのその願いを私は否定しない」
「じゃ、じゃあ」
誰かが圧力を縫うように声を出した。
今までヒーロー達のために、動けなかったから。こうありたい、こうしたいと願いつつもできなかったことが、今ならできる。
ヒーロー達を倒して、自分達の好きなように生きられる世界が、ようやく手に入ると思っていた。
だから、誰もが動いた。ヴィランと呼ばれ、世間から『お前らは違う』といわれ続けた者達が、今度こそ『自分の心のままに生きる』と決めて決起したはずなのに。
「しかしだ」
願って伸ばした手は、彼によって消された。
「私は、それを認めない。お前たちと一緒に? 冗談ではない。欲望のままに生きることを否定しないさ。私もそうだからね。しかし、だ」
彼が足を踏みしめた。轟音と共に床が砕け散り、破片が周囲に吹き荒れる。
「世界の中心であり頂点は私だけだ。君たちを連れて成し遂げても、いずれは私を倒して誰かが変わるだろう。そんなものは、私の願いではないからね。世界の誰もが恐れる存在、それこそが『
気配が膨れ上がった。先ほどまでの彼は本気じゃなかった、今の彼こそが本気のラスボス。
警察であっても軍隊であっても、あるいは神でさえも彼を倒せない、そんな感情が誰の心にもわき上がる。
「だから俺達を倒すっていうのかよ?! おまえだけが好きに生きたいからってふざけんな!」
恐怖が怒気に押されて消えた。
「そうだ! おまえだけってなんだよ?!」
誰かが叫んだ一言に釣られるように、次々とヴィラン連合から声が上がる。
「あんたの理屈はうんざりだ!」
「そんな話なんて解らねぇよ!」
「俺達は俺達で好きにやらせてもらうぜ!」
声は、次々に派生して、彼一人が出していた圧力を霧散させていく。大勢が放つ熱は、たった一人が出せる気配を大きく上回り、今までのうっ憤を晴らすように大きな波となって会場を揺らした。
しかし、彼らは忘れている。目の前の男が誰だったか、多くにヒーローを、多くの個性をもった人たちを、世界さえも敵に回して戦ってきた男だということを。
「そうか。ならば、私はこう告げよう」
フッと彼は、笑ったように見えた。
「お前たちが気に入らないから、潰そう」
小さな声だった、けれどそれは誰よりも大きな音となってヴィラン連合を揺さぶった。
昔、一騎当千という言葉があった。
たった一人が千もの人間に匹敵する。同じ人間とは思えないほどの武力と、何者も寄せ付けない力を見せられ、味方は士気を上げる、敵には畏怖を与えて動けなくさせる。
敵としてまみえたなら、これほどの恐怖はない。何もせずに味方が吹き飛び、気づけば誰もいなくなった戦場で、ただ怯えて震えるだけ。
味方ならば、これほど頼もしいものはない。被害などでず、ただ彼の背中を見つめて追いかければ戦場の恐怖とは無縁で、生き残ることができる。
では、どちらでもないとしたら。
オールマイトは、体の震えを自覚した。
一人、二人と倒していくのではない、一撃で数人が吹き飛び、個性を使えば数十人が消し飛ばされる。
「行くぞオールマイト!」
「え、エンデヴァー?」
ハッとして隣を見れば、彼は震えるような気配さえなく、ただ前を睨んでいた。
「今ならヴィラン連合を潰せる! ヒーローとしてヴィランを倒すぞ!」
「しかし」
「人々の平穏のためなら俺はヴィランだろうと利用してやる! 今なら奴の矛先はヴィラン連合に向いている!」
「それは、そうだが」
オールマイトは、拳を握り再び彼を見つめた。
無防備な背中、今もヴィラン連合を叩き伏せていく彼は、こちらを見ようとしない。攻撃してくれと言っているようなものだが、かといって攻撃して通じるかと言われたら自信がないというしかない。
以前なら、倒せるといえた。
彼がどんなに巨大でも、必ず叩き伏せてやると。ヴィランならばヒーローとして必ず倒すといいきれたのに。
今の彼はなんだ、あいつは何なんだといいたい。
前に会った時のふざけた態度も、コメディアンみたいな態度の時の彼も、今のあいつとはまったく違う。圧力も気配も、何よりその纏う力の濃さもまったく違う。
今まで会ったヴィランとは、比べ者にならないほどの気配。勝てないなど思いたくない、戦っても無理だと考えたくもないのに、全身のあらゆるものが叫んでいる。
戦うな、と。
「何を尻込みしている?!」
ドンっと背中が押された。ハッとして隣を見れば、怒気を浮かべたエンデヴァーがこちらを見ていた。
「ナンバーワンだろうが! 貴様はヒーローのトップではないのか?!」
グッと再び背中を押された。そうだ、とオールマイトは奮い立つ。自分はナンバーワン、誰よりも前にいて、誰よりも先に進む者だ。
自分がためらってどうする、チラリと背後を振り返ればヒーロー達が自分を見ていた。誰もが怖い中、誰もが震えている中、前に進む勇気に火を灯してくれた仲間と、その勇気の火を炎と燃やして前に進んでくれたヒーロー達のためにも、オールマイトとして退くことはあり得ない。
いいや、そんなことは絶対に許されない。
震えていた心に、火が灯る。まさか、自分が怖じ気づくことがあるなんて、とオールマイトは内心で苦笑しながらもエンデヴァーの肩を叩いた。
「行くぞ!」
しかし、返答はない。何がと隣を見たオールマイトの顔に、溜息をつくエンデヴァーの表情が入りこむ。
「見ろ、貴様のせいで先を越されたぞ」
「え?」
「まったく、これではどちらがヒーローか解らんな」
何がと目線を前に向けたオールマイトの視界に、いくつかの影が躍った。
「君たちは」
オールマイトは呆れながらも、何処か眩しそうに彼らを見つめた。
彼らが出た瞬間、緑谷・出久と爆豪・勝己はすでに動き出していた。
艤装を纏っていた緑谷は真っ先に、一般人とヴィラン連合の間に降り立ち、爆豪はギャラリーから飛び上がり、コスチュームを身に纏う。
「デク!」
「偵察機発艦! 周辺状況を確認! 催涙弾とトリモチ弾を搭載した艦載機も発艦!」
「よぉぉし! 行くぞ!」
爆豪の右手に槍が握ら、そのまま振るわれる。爆炎が二つの集団を隔てる、ヴィラン連合と一般人の間に爆炎の壁が降り立ち、その外側に爆豪は降り立った。
「さぁて、聞かせてやるぜ。おまえらを沈める歌をなぁ!!」
怒声に負けない、爆音に負けない歌が響き渡る。誰よりも速く、誰よりも強く、誰にも絶望を見させない絶唱。
『シンガー・ボマー』の名に相応しい歌声に、会場が揺れ動く。人も、空気も、そこに渦巻く感情さえも、彼の声に答えるように奮い立つ。
「この先は、誰も行かせない。もう止めるんだ」
聳え立つように、鋼鉄の壁が進む。何も通さない圧倒的な山のような、見た者を震えさせるほどの圧迫感を持った戦艦が、ゆっくりと前へと進んで行く。
二人はヴィラン連合に向かいながらも、何度も視線を別方向へ。
前だけを見てヴィランを倒し続ける『オール・フォー・ワン』を見ては、再び前を向いてただヴィランの無力化を続けていく。
普通なら、彼を真っ先に倒すべきだ。一番の障害、最も倒すべき敵なのだから、多くの人を絶望に落とした、たくさんの人を泣かしてきた相手だから、願いの塊の二人ならば、真っ先に倒すべきなのに。
今は、こちらが先だ。絶望を払うために、最高のヒーローを目指すために、やるべきことを間違えてはいけない。
最優先は、現在において悲しみに包まれている人たちの救助、及びその原因の排除。
ラスボスはその後だ。
「いい判断だ」
声と同時に、銀色の影が降り立つ。
特徴的な艤装を持ち、弓を構えた女性は、二人をチラリとみた後に弓を構える。
「エンタープライズ、エンゲージ」
静かに彼女は告げて矢を放った。
「ちょ!? エンタープライズさん?!」
「マジかよ!?」
「フフフ、まさか二人と同じ戦場に立つ日が来るとはな」
彼女は振り返り、眩しそうに二人を見つめた。
「ありがとう、まずはそう言おう。とても素晴らしいものを見せてもらった」
「え、あの」
「どうも」
戦いの最中だというのに、飛びきりの笑顔を見せられて、思春期の二人は顔を赤らめて固まってしまった。
「貴方は少し、自分の魅力を自覚してください」
「すまない」
呆れた顔の吹雪が降り立ち、逆手に持ったナイフを振るう。それだけでヴィラン連合の何人かが崩れ落ちた。
「えげつねぇ。なんで十メートル以上も離れてるのに、気絶させられるんだよ」
爆豪、顔面蒼白で呻く。前に一度、訓練中に食らったことがある。とても理不尽で、滅茶苦茶な一撃だったのでよく覚えている。
「は、はははは、悪夢だよね」
緑谷、空を仰いで嘆いた。
初めての時は、説明を求めて何度も吹雪を呼びとめた。
『え、なんとなくできそうだなぁって』なんて答えを受けて、理系の緑谷は世の中の理不尽さを身にしみて学んだ。
「では、改めて」
吹雪は小さく告げて、周りを見回す。彼女の隣でエンタープライズは小さく頷き、道を譲るように小さく頭を下げた。
「これより我が鎮守府は提督の命令により、ヴィラン連合への攻撃を開始します」
彼女の宣言と同時に、爆炎の壁の外側に艦娘達が降り立った。
戦況はすでに混乱ではなく終息へ。
ヒーロー達対ヴィラン連合から、第三勢力『鎮守府』の介入により、勢力図は一気にヴィラン連合不利に傾いていた。
すでに彼らが旗頭と仰いでいたオール・フォー・ワンが、ヴィラン連合を否定した瞬間から、勝ち目などなかったのかもしれないが、一度でも動き出した勢いは止められず、またあれだけ『馬鹿にされて』引き下がれるヴィランはいなかった。
結果、誰もが逃げることなく戦うしかなく、例え勝ち目がなくても突き進むしかなかった。
勝利を信じて、ただ自分達の希望のために、願いのために。
その願いを『グリーン・シップ』と『シンガー・ボマー』は感じ取ってた。誰だって自分らしく生きたい、誰かが否定しても、誰かに違うと言われても自分を曲げられない人たちが、不器用な生き方しかできなかった人たち、そういう風にヴィラン達が映っていた。
でも、その願いを二人は認めるわけにいかない。自分らしく生きたいとただ望んだ人たち、その願いは世界を混乱させて多くの絶望を生んでしまう。
願いだったとしても、二人は頷けないし肯定できない。
二人が目指している最高のヒーローは、そんな絶望を砕くために存在しているのだから。
「フフフ、君と背中を合わせることになるとは」
「黙れ、次は貴様だ、オール・フォー・ワン」
「いいとも、向かってきた前、オールマイト」
敵だった者同士が背中を合わせ、ヴィランを倒し続ける。
「あ、お久しぶりです、師匠」
「師匠?!」
「そういう言い方は止めてください、エンデヴァーさん」
「知りあいだったの?!」
「ああ、私に新しい生き方を教えてくれた、吹雪師匠だ」
意外なところで、意外な事実が出てきたりとか。
「この先に行くなら崩壊させるぞ」
「ケンカなら俺の出番だな」
悠然と歩く弔の横を、最近は考えるより体が動くと評判の『脳筋』野郎になった廻が走り抜けていく。
ヒーロー達はそんな存在に気付きつつも、ヴィランを倒すことを優先として手を出さなかった。
いや、出せなかったのかもしれない。
鎮守府と名乗った勢力、その頂点に君臨しているだろう、『黄金の王』の存在感によって。
「今、愉悦の気配が」
「止めろって。ギル、それは止めておけ」
「フ、よかろう、名探偵よ。ところで、マスターは何故そこで項垂れている?」
「武力介入かぁ」
何故か、命令を出したはずの田中・一郎は一般人のように扱われ、立っているだけのギルガメッシュがトップとして見られていた。
「いいわよ! 実にいいじゃない!! カメラを持ってきて良かったぁ! そこよ『グリーン・シップ』! もっと歌って『シンガー・ボマー』!! 生写真ゲットよぉ!」
なんだか、何時も違うハイテンションな会長らしく人物がいた、らしいが周囲の人達は見なかったことにしたため、誰にも知られることはなかった。
そして、戦闘はやがて当然のように終わった。
ヴィラン連合、壊滅。一人も残らずに逮捕されて連れて行かれる中、異様な静けさが試合会場を包んでいた。
「君達の決意に敬意を示そう」
胸に手を当てて黙とうするオール・フォー・ワンを、誰もが遠目に見ていた。
話しかけることも、攻撃することもせずに。
誰もが解っていた、自然と思いついてしまった。
彼を倒すのは、その資格がある者達だけだ、と。巨悪を、誰もが恐れる存在を倒すのはヒーローだ。
けれど、多くのヒーロー達は『自分たちじゃない』と確信していた。あのような存在を倒せるのは、もっと強くもっと理想を宿した存在。
「さて、始めようか」
オール・フォー・ワンが振り返る。その視線の先には四つの影が、揺るぐことなく立っていた。
「因縁を終えよう」
オールマイトが。
「貴様を倒す」
エンデヴァーが。
「今日のラスト・ナンバーだな」
『シンガー・ボマー』が。
「その航路は、ここで終わらせます」
『グリーン・シップ』が。
どれほど巨大で大きな影であっても、どんなに強い相手でも怖気づくことなく立ち向かえる、そういった存在。
本物のヒーローが、巨悪の前に立っていた。
自分の力量の低さを実感しつつ、頑張って書いては消して書いては消してとやった結果、こうなった風味です。