強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』   作:サルスベリ

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 というわけで、今回はギャグの要素が薄くなりますが、書きたくても書ききれない話となっています。

 どうしても、本編中には入れられなかった話。

 絶対に入れたら怒られる話。

 でも、未来だから大丈夫ってそんな風味です。










少し寂しいけれど、旅立ちってこんな感じになるのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めてお酒を飲んだ時のことをよく覚えている。

 

 苦くて不味くて、大人はこんなものをよく美味しいなんていえるなって、思った。二十歳になった僕、緑谷・出久がお酒を飲んだ時の感想は、そんなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に酒を飲んだことは、もう思い出したくねぇ。

 

 不味い、苦い、なんだありゃってのが感想だ。正直な、作っている連中の熱意は解る。俺だって理解はしてるけどな。

 

 あんなもん、好んで飲んでる奴らの気がしれねぇ。それが俺、爆豪・勝己が酒に抱いた印象だ。

 

 

 

 

 

 

  

 まあつまりだ、緑谷・出久と爆豪・勝己にとって、酒ってのは不味い苦い、口にしたくないってものだった。

 

 あの時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーとは、昔は『隠れ家』だった。

 

 重い扉の先、誰も入れないような雰囲気の中には、大人たちが思い思いに酒を飲んでいた。

 

 昔は、そこで取り締まるべき警官と、取り締まられるギャングが一緒のテーブルで飲んでいたこともあった。

 

 扉の外のことは中に持ち込まず、扉の中のことは外に持ち出さない。

 

 バーってところは、まさに隠れ家って言葉が似合う、そんな雰囲気のある場所だってこと。

 

 大人になったとき、最初に連れて行ってもらったバーは、そんな言葉がぴったりな場所だった。

 

 地下に降りる階段、重厚な扉、軽く押しただけじゃ開かなかった重さに、拒絶されているんじゃないかって不安になって、それでも先に立って入っていく先輩の背中を追って入って行ったら、店内は暗くて照明は控え目、人の顔が上手く見えないのに、カウンターの中に佇むバーテンダーさんの顔と、皆が飲んでいるカクテルだけはよく見えた。

 

「一郎さん、いいんですか?」

 

「ええ、黒霧も俺は駄目だって?」

 

「いえそんなことは」

 

 ちょっと昔を思い出してグラスを傾けていると、目の前にいる黒幕真っ青な外見のバーテンダーが口を挟んできた。

 

「私は皆さんの『本当の年齢を知っています』から」

 

 グラスを磨く黒霧の目線は、俺の後ろのテーブル席に向けられていた。

 

 入口からもっとも奥に、今は他の席から見えないようにされた場所で、ちょっと秘密の飲み会が開催中。

 

「バーロ、たまには飲みたいんだよ、悪いかよ」

 

「そうですよ」

 

 テーブル席からした、よく聞いたことある声に、俺は笑ってしまう。

 

 そりゃ、他で飲んだら怒られるじゃ済まないよな。あいつら、二十年以上も生きているのに、外見が変わらないんだもんなぁ。

 

「・・・・犯罪臭がするなぁ」

 

「てめぇ、マスター」

 

「一郎さん、僕らの楽しい時間を邪魔するんですか?」

 

「悔しかったら、成長してみろよ」

 

 途端に背後からの声がやんで、何やら呪文のような声がしてきた。

 

「嫌われろ離婚しちまえ」

 

「ヒミコさんに愛想尽かされて、追い出されればいいんだ」

 

「あいつ、なんで飲んでんだよ。奥さんと子供を放っておいて」

 

「まったく夫の風上にもおけない馬鹿ですね。子供が夜泣きしたら、奥さんが大変なんだから帰れ」

 

 へっへっへ、負け犬の遠吠えが聞こえるなぁ。

 

 大丈夫、今日はヒミコちゃんの許可もらったから、本当に大丈夫。それに今はエンタープライズと電がお泊りだから、カグヤが夜泣きしても大丈夫。

 

「・・・・なんでヒミコちゃんの宣言通り、女の子が生まれたんだろう?」

 

「ええ、本当に」

 

「未来予知だろ、あんなん」

 

「本当にどうやったんでしょうね?」

 

 俺の言葉に、三人からため息が出てきた。

 

 マジで当てるなんて、うちの奥さんは何者なんだろう。

 

 次も女の子ですって、笑顔で宣言されたんだけど、三人目も産むつもりなのね。あれ、今日は飲んできていいって、『そういうこと』をするから自由にしていいよってこと。 

 

「フ、黒霧よ。我にお代りを頼む」

 

「はい、ギル。今日は随分と甘いカクテルばかりですね」

 

「砂糖が多い日なのでな」

 

 あれ、いたのギル? なんで普段は豪華とかゴージャスって感じなのに、バーではひっそりと飲んでいるんだろ、こいつ。

 

「マスターよ、バーではひそやかに楽しむのが礼儀というもの。絢爛豪華な酒が飲みたいなら、オーセンティック・バーではなく、フレア・バーにでも行くがいい」

 

「ああ、酒びんとかシェイカーとかが踊る。俺はちょっと苦手なんだよ」

 

「ならばのんびりと楽しむがいい。今日は」

 

 ギルが手元の皿に目を落とした。

 

「弔のつまみもあるのでな」

 

「へぇ~作って行ったんだ」

 

「はい、今日は奥様とデートだとか」

 

 キュッと黒霧が磨くグラスが鳴った気がした。

 

「あいつが結婚するなんて、俺は想像できなかったよ」

 

「あ奴も大人になった、ということだろう。マスターよ、祝ってやるがいい」

 

「いや祝ったけど、祝ったんだけど」

 

 ちょっと怖いくらい、思い出したくない。

 

「あれは決戦だったな」

 

「久しぶりに弔さんが怖く見えました」

 

 コナンとエルも、そう思うか。そうだよな。

 

 『いいから、百をよこせ、あいつは俺の嫁だ』なんて弔が言うんだから、よっぽどのことがあったんだろうな。

 

「あの子さ、『まさに計画通りですわ!』とか言っていたけど」

 

 ソープ、おまえそれ何処で聞いた。

 

「え? 弔と婚姻届を出しに行った後、店で言っていたよ。顔が真っ赤で弔が呆れた顔していたから、口から出まかせかな?」

 

「だろうなぁ。あの百ちゃんが、そんな計画を建てられるわけないって」

 

 家に呼び戻されたとき、ガチ泣きだったからな。

 

「フ、女の涙は我が『エア』に勝るな」

 

「計算通りじゃなく、『必死な願い』はあったけどな」

 

 ギルとコナンは、お見通しだったわけね。

 

「はぁ。黒霧、何かない?」

 

「では、『ブラッディ・マリー』はいかがですか?」

 

「・・・・・・・・あ、はい」

 

 え、それって血関連の個性を持った奥さんがいる、俺に対しての厭味か当てつけですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カランとグラスの中で氷が音を立てた気がした。実際はそう思えるだけで氷の音は響いてこない。

 

 ただ、その音を聞き逃さない職業の人はいるらしい。

 

「お次は何を?」

 

「ウィスキーをロックで」

 

「はい」

 

 短く答える男は、手元のつまみの一つ、生チョコを手に取り口に入れる。

 

「自家製か。死柄木少年も随分と手広くやるようになったな」

 

「それは、奥様の方ですね」

 

 意外な製作者に、彼は驚いた顔を黒霧に向ける。

 

「なるほど、八百万少女も・・・・と、しまったな。私は何時までもあの二人が子どものつもりらしい」

 

 小さな謝罪を口にしたオールマイトに、黒霧はお代りを出しながら告げた。

 

「先達にとって、後輩や教え子は何時までも子供です。自分が限界を超えて年をとったと思わない限りはね」

 

「なるほど、では私もまだまだ現役ということか」

 

「ええ、オールマイト。貴方はまだまだナンバーワンの風格を持っていますよ」

 

「煽ててくれる。しかし、悪い気はしないな」

 

 出されたウィスキーを喉へ流し、再び生チョコに手を伸ばし、口へと運ぶ。

 

「美味い味わいだ。死柄木夫人も料理が上手くなったようだ」

 

「夫に負けたくないそうですから」

 

「なるほど」

 

 変われば変わるものだ、とオールマイトが昔の教え子の成長を感じていると、扉につけられた鈴が来客を知らせた。

 

「すまない、遅くなった」

 

「いや、いいんだ」

 

 男はゆっくりとした動きでオールマイトの隣に座り、黒霧に注文を伝える。

 

「同じものを」

 

「はい、では同じウィスキーをロックでおだししますね」

 

 彼が準備のために背を向けると、入ってきた男は小さく謝罪した。

 

「すまない、オールマイト。今日は焦凍の奴が、『どうしてもできない』と言ってきてな」

 

「いいことじゃないか。彼もヒーローとして第一線で活躍中だ。君も鼻が高いんじゃないか、エンデヴァー。いやエン」

 

「まだまだあいつは炎の扱いがなってない。氷だけでヒーローやっているようなものだ、トシ」

 

 お互いに相手の名前を呼んでいると、黒霧がグラスを差し出してきた。

 

「さて、まずは一杯目といこう、乾杯でもするかい?」

 

「そうだな。では、『かつて、平穏を支えたヒーロー』に」

 

 エンがグラスを差し出すと、トシはちょっと驚いた顔をした後、別の言葉を口にした。

 

「『今も人々の自由を護るヒーロー達』に」

 

 乾杯、とグラス同士が合わさり、ガラスの小さな音が零れた。

 

「最近はどうだい? 皆は頑張っているかな?」

 

「おまえの教え子は、誰もがタフで粘り強い。イレイザーヘッドの教えも、おまえの教えも、全部を持っているからな。どんな絶望的状況でも絶対に退かない」

 

「それはそうだろう。誰もが緑谷少年や爆豪少年の背中を追い掛けて、二人を追い越そうと頑張っていたからね」

 

「さすが、雄英の黄金世代だな」

 

 懐かしそうに遠い眼をするトシの横顔を見つめたエンは、世間で言われている言葉を口にした。

 

 絶対に折れない、絶対に退かない、不屈の黄金世代。

 

 あの時、オール・フォー・ワンとの決戦を見ていた彼ら・彼女らは、誰もがどんな状況でも絶対に折れず逃げない、そんな強靭な精神を持つようになった。

 

「あの時、私が引退したことに、誰もが『いやだ』とは言わなかった。その代り、『絶対に追い抜く』と宣言されたものさ」

 

「おまえの背中は、人を魅了する。誰もがお前の背中を見て振るい立って追いかけたのだろう」

 

「君の背中もそうじゃないか。エンデヴァーの燃えるような背中に、誰もが魂を燃やして奮い立ったものだ」

 

「俺は、そんなに大層なものじゃない。ただ、あいつらの前に立つ以上は、情けない姿を見せられない、そう思っただけだ」

 

 グラスを傾け、あの時の気持ちを思い出すエン。

 

 後のことなど考えなかった。ただ前に進もうと思っていた。以前に英雄王から言われたことを胸に刻み、息子が見ている前で以前のような嫉妬だけの自分ではなく、護るべきものを護れるヒーローの背中を、父として揺るぎない信念を見せたかっただけだ。

 

「子供にいいカッコしたい、そういう男でしかない」

 

「いいじゃないか、いい父親とはそういうものだろう?」

 

 慰めるように肩を叩くトシに、エンはフッと笑った。

 

「子供のいないお前に言われたくないな」

 

「シット! それを持ち出すのは反則じゃないか?」

 

「言われたくなければおまえも結婚すればいい」

 

 ニヤリと笑うエンに釣られるように、トシも笑顔を浮かべて酒を煽った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十歳を超えたから、ヒーロー活動も順調なようだから。

 

 そんな理由で呼び出されたデクと爆豪は、食事会のつもりでいた。呼び出した相手、オールマイトには『酒がまずい』と言ってあるから、お酒が出ないだろうと思っていたのに。

 

 最初の待ち合わせは弔の店。彼が振るう料理に二人は、久し振りに美味しい食事だなと喜んでいた。

 

 考えてみれば、最近はヒーロー活動ばかりで碌に食事していなかったな、と。一郎からも『休みは必要』と言われても、助けての声が聞こえれば動かないわけにいかないから。

 

 美味しい食事が終わり、解散か考えていた二人に、オールマイトは笑顔で指をさした。

 

「では次に行こう」

 

 指をさした場所は、黒霧の店。

 

 場所を聞いた二人は思わず顔をしかめて、断ろうかと考えていたのだが、せっかくのオールマイトのお誘いだからと来ることにした。

 

「さあ、二人とも座った座った」

 

 勝手知ったるなんとやら。重い扉や雰囲気などものともせずに入ったオールマイトは、当然のようにカウンター席に座った。

 

 彼の左右にデクと爆豪が座ると、黒霧は注文も聞かずにカクテルを差し出した。

 

「では最初はこれをどうぞ」

 

 グラスに入ったお酒は赤、添えられているのは輪切りにしたレモンだろうか。

 

「ありがてぇんだけどさ。俺らはちょっと」

 

「すみません、お酒は苦手で」

 

 出されたものに手をつけないのは礼儀に反するけど、お酒はどうしても最初に飲んだ『苦いまずい』のイメージがあるから飲みづらい。

 

「そうだったのか? ビールが最初かな?」

 

 オールマイトは気づいていながらも、大げさに知らない風に話を振る。

 

「ビールだな」

 

「二十歳になって成人式も終わったから、飲んでみようかなって。かっちゃんと一緒にね」

 

「ああ、ありゃ不味いもんだった」

 

 味を思い出したのか、二人の顔色が少し悪くなる。

 

「そうですか。それはそれは」

 

「なるほど、ビールか。田中青年の言葉を借りるなら、『ビールは魂を持ち上げる』だったかな?」

 

「ええ、その通りです」

 

 オールマイトの言葉に、黒霧は頷いてデクと爆豪へと交互に視線を向けた。

 

「日本酒は魂を燃やす、ワインは魂を潤す、焼酎は魂を活気立たせる、ウィスキーは魂を満たす、そう一郎さんは言っていましたね」

 

「一郎さん、そんなこと言ってんのか」

 

「そうなんですか」

 

 あの人がそんな洒落たことを言うなんて、よっぽどの酒好きなのかと二人が考えていると、黒霧は小さく首を振った。

 

「下戸ですが」

 

「下戸かよ?!」

 

「え、飲めないんですか?!」

 

「いいえ、飲めるのですが、あまり強くありません」

 

 ビール一杯で酔っ払います。立てないくらいにと黒霧が言うと、二人は呆れた顔をして固まってしまう。

 

「ウィスキーはザルだったような」

 

「日本酒とウィスキーはザルですね」

 

「あの人はどっか普通と違うところばっかりだな」

 

「一郎さんらしいですね」

 

 オールマイトの呆れと、黒霧の嘆息に、デクと爆豪は笑ってしまった。

 

 本当に見ていて飽きないというか、予想外なことしてくれるというべきか。

 

「どうぞ、その一郎さんでも飲めるものです」

 

 ならばと二人は手を伸ばし、ゆっくりと口に運んだ。

 

 本当だ、飲める。美味しいと笑顔を浮かべる二人に、黒霧は微笑みながら『それの意味』を伝えた。

 

「花に花言葉があるように、カクテルにも秘めた言葉があります。そのカクテル、『カリフォルニア・レモネード』に込められた意味は、『永遠の感謝』」

 

 飲んでいた二人が、ハッとしてグラスを置いた。

 

「ありがとう、助かったよ、とても嬉しい、答えてくれて感謝する。これは今まで多くの人を救ってきたヒーローへの、感謝の気持ちのカクテルです」

 

 語り終えた黒霧は、小さく頭を下げた。

 

 今まで多くの人を助けてきたヒーローの方々、今宵ばかりは助ける立場ではなく助けられる立場、感謝を受け取るところにいてお楽しみください。

 

 多くを語らず、黒霧は無言でそう伝え、にっこりとほほ笑んだ。

 

「ありがとう、そうさせてもらおう」

 

「楽しませてもらうぜ、黒霧さん」

 

「ありがとうございます」

 

 三人が笑顔を浮かべて答えるのを見て、黒霧はどうぞごゆっくりと伝えるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更けた深夜過ぎ。

 

 デクと爆豪はカクテルの楽しさに触れて、気持ちいい笑顔で店を後にした。

 

 オールマイトは、まだ少し飲みたいと店に残り、一人カクテルを煽る。

 

「隣、よろしいかな?」

 

「・・・・・好きにしたらどうだ、オール・フォー・ワン」

 

「つれないねぇ、オールマイト。それに今の私はフィクサーさ」

 

 声をかけた相手は見なくてもオールマイトには解った。纏う雰囲気と声を、忘れたことなど一度もない。

 

「おまえが『外へ出てくる』など、珍しいこともあるものだ。明日は世界の終わりか?」

 

「フフフ、柄にもないことをいうものではないよ。君がいる限り、そんなことは起きない、そうじゃないかね?」

 

 ゆっくりとオールマイトの隣のイスに座ったフィクサーは、棚を見回した後に小さく注文を口にした。

 

 黒霧はそれに頷き、カクテルを作り始める。

 

「二人を見たよ。もう立派なヒーローの顔をしていた」

 

「当たり前だ。あの時とはまったく違う、あの時おまえを倒した時よりも成長している」

 

「そのようだね。背丈も歩く姿も、その瞳の意思も、僕を倒した時よりもとても強くなっていた」

 

 注文したカクテルが届き、フィクサーは口へと運ぶ。

 

 実においしい、これだけで黒霧のバーテンダーとしての腕前がよく解る。 

 

「貴様は何をしに来た?」

 

「君と酒が飲みたくなった。それでは駄目かな?」

 

「ふざけるなよ。おまえは」

 

 オールマイトが鋭く視線を向けたが、すぐに顔を正面に戻した。 

 ここはバーだ。ケンカをするところではないから。

 

「おまえがしたことは消えない」

 

「当然だ、私がしたことを消させはしない。永遠に私が背負っていくものだ。誰でもない、私が私の意思でしたことを、誰かに否定させるつもりはない」

 

「ならば解っているだろう、貴様を恨んでいる人は世間に五万といる」

 

「解っているさ」

 

「ならば」

 

 オールマイトの手に力がこもる。こいつがやってきたことは許せない、倒されたとしても、個性を失ったとしても、罪を償ったわけではないのだから。

 

「私を刑務所に入れたい、そう思っているなら私は捕まらないよ」

 

「貴様、何が望みだ?」

 

「そうだね。次の世代のヒーローの背中、と言っておこう」

 

「馬鹿にしているのか?」

 

 憤怒が込められたオールマイトの声に、フィクサーは答えずにカクテルを飲み干した。

 

「馬鹿にはしていない。私は負けた、敗者には語る権利はない。しかし、勝者を称え、その道筋を見守ることはできる」

 

「彼らをどうするつもりだ?」

 

「その背を見守るさ。私はもう表に立つことはない、だからこそ『フィクサー』と名乗っているのさ、オールマイト」

 

 御代わりと頼む彼は、注文を聞き返した黒霧にこう答えた。

 

 『XYZ』と。

 

 これで終わり、また明日は頑張ろう、そういう意味のカクテルを。

 

「恨み続けることだ、オールマイト。私を忘れず、私がしたことを決して許すな」

 

「何を当然のことを」

 

 鋭く睨むオールマイトの視界に、グラスを掲げたフィクサーが映った。

 

「私がした大罪を忘れるなよ、オールマイト。これが悪だ、これがラスボスだ。そして、これを知っているなら、人は誰もが忘れずに進める」

 

 オールマイトはその言葉で気づいた。

 

 彼は、悪の指標をやろうとしているのか、と。誰もがそうならないように、誰もが他者を虐げないように。

 

 負けた後でも、『こうなるな』と示すために。

 

「オールマイト、これからも頼むよ」

 

「貴様に言われるまでもない」

 

 差し出されたグラスに、もう一つのグラスが当てられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーは隠れ家、その中でのことは外に持ち出さない。 

 

「それにしても」

 

 誰もいなくなった店内を掃除していた黒霧は、ポツリと呟いた。

 

「私の店も、随分と賑やかになったといいますか、楽しくなりましたね」

 

 すべてを掃除し終えた彼は、カウンターの奥にあるガラスでできたグラスに向き合う。

 

「今日も、私のカクテルは誰かの魂を癒せたでしょうか?」

 

 かつてバーテンダーの修行をした師匠が、店を出したいといった時にくれたグラス。

 

 イーデンホールの幸運が宿ったグラスに、黒霧は語りかける。今日も自分は師匠が教えてくれたように、傷ついた魂を癒せるカクテルを出せただろうか。

 

 グラスは答えず、僅かな光を反射するのみ。

 

 黒霧は最後に一礼して、扉のプレートを反転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 






 お酒を飲む場面があるから、学生時代には無理でした、でもどうしても入れたかった話なんだけど、断念したのですが、番外編的な扱いならいいかな、と。

 お酒が好きな人も嫌いな人も、飲める年齢じゃない人も、楽しめたらなぁと思って頑張って書いてみました。

 ギャグがない、そんなバカな。いやバーの話でギャグってそんなの。

 つくづく、文章力の高い人たちってすげぇって思います風味でした。





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