強個性であり、万能的で無敵でもある。ただし、ストレス耐性と胃薬が必要である『完結』   作:サルスベリ

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 書きたかった話、その二です。

 反論怖いけど、死柄木・弔を始めて見た時に思ったことを、ギュッとつめてみました。

 ヴィランである彼は、もしかしてちょっとしたすれ違いとか、出会いがあったら、こうなっていたんじゃないかなって。

 妄想たんまり風味のお話です。






ヒーローの条件

 

 

 年が過ぎ去って、新しい年が世界に広がって行った。

 

「弔、どうした?」

 

「何でもない」

 

 珍しく携帯電話を握りしめ、睨むように画面を見ていた彼に、一郎は問いかけるが、答えは素っ気なくて少しの拒絶があった。

 

「何でもないならいいけど」

 

「ああ、一郎、今日は店を休みにしたい」

 

「はい?」

 

 『え、おまえ何言ってんの、熱でも有るの』と顔中で語る一郎に、弔は悪いと小さく呟いて店を出ていく。

 

「看板、だしておいてくれ」

 

「解った、遅くなる前に帰れよ」

 

 背後から聞こえる一郎の声に、弔は小さく手を上げた。

 

 何事もないように、何時もと変わらない様子で手を振りながら、弔は真っ直ぐに前を睨みつける。

 

 おまえを今度こそ、殺してやる、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 懐かしいというべきか、あるいはもう二度と会いたくないというべきか。

 

 死柄木・弔にとって、彼は恩人であると同時に、復讐の対象でもあった。

 

 自分に名を与えてくれた人、自分に能力の自覚をくれた人、自分に憤りを植え付けた人。

 

 そして、自分の最大の理解者であり、道しるべを殺しかけた奴。

 

「先生」

 

 小さく名を呟き、弔は路地裏に入りこむ。

 

「やあ、死柄木・弔、会いたかったよ」

 

 闇を払うように、彼はゆっくりと歩いてくる。身に纏うのは、漆黒の鎧のような何か。前に会ったとき、一郎の個性『手のひら鎮守府』の総戦力を食らったにしては、随分と元気に歩くものだ。

 

「これかね? いやまったく、彼の個性には困ったものだ。最初に会ったときの巨大な機械の恐竜だけかと思ったら、隠し玉まであるとは」

 

 ガチャガチャと音がする。機械仕掛けの鎧は、あいつの声で動き続ける。まるで生きているように。

 

 弔は小さく睨みながら、ブレスレットを外す。同時に胸ポケットの『魔法鞄』から『それ』を取り出す。

 

 人の手を模した仮面。平べったいものではなく、人の手そのものといったそれを持ち、ゆっくりと顔につけていく。

 

「懐かしいね、それは私が最初に上げたものじゃないか」

 

「黙れ。おまえの気持ち悪いあれと一緒にするな」

 

 弔は一括で斬り捨てる。誰がおまえの道具など持つものか、これはあの後にエルとソープが作ってくれた、人の認識を阻害する道具だ。

 

 正体がバレてもいい、自分が犯した罪は自覚している、自分がどうなってもいい。弔は心の底からそう思っている、罪は裁かれてこそ世界は平穏でいられる。 

 

 けれど、今じゃない。今はまだその時じゃない、自分が犯した罪に対しての罰を受けるのは、もっと先の話でなければならない。

 

 これをつけるのは一郎に迷惑をかけないため。正体がバレて自分だけじゃなく、一郎にまで被害が及んでしまったら、弔はとても自分を保てそうにないから。

 

「つれないね。一時期は私の庇護下にあった、同士じゃないか」

 

「黙れよ、貴様。同士は否定しない、俺は一郎に『依存』している。おまえみたいにな」

 

「ふふふ、確かに私は彼の個性が欲しい。英雄王、名探偵、希代の発明家に、天照。艦娘もそうだ、あの魔王も欲しい。すべてが詰まった一つの世界、それが彼の個性なのだからな」

 

 うっとりとして語るあいつに、心の何処で同意してしまう。

 

 一郎の個性は、一つの世界だ。科学的な戦力、魔法的な戦力、あるいは超常的な戦力と十分にそろっているが、それが脅威ではない。確かに戦う力はあったほうがいいだろうが、彼の個性の強さはそこじゃない。

 

 彼の個性は、『補充がきく』こと。ミサイルや爆弾を使っても、一郎本人の体力が削られることはない。魔法を実行したとしても、一郎の精神力が削られることはない。

 

 すべてが、独立している。ギルが、コナンが、ソープが、エルが、アインズが、艦娘達が、それぞれに力を使ったとしても、一郎本人に影響はない。

 

 あの時、機械の恐竜を使った時も。一郎は、『魔改造の鎮守府だったもの』とか、『デスザウラー凶悪版』とか呼んでいたが、あれを最大稼働しても一郎は平然としているだろう。

 

 万能的で全能、最強無比。一つの国家並の戦力を保持しながら、一郎の体力も精神力も削られない、世界で初めての強個性。

 

 『オール・フォー・ワン』が目をつけたのは、そこだ。個性を複数持っていても、所詮は人間の体。いくら改造を重ねて、個性で強化しても限界が来る。

 

 けれど、一郎の個性ならば。いくら戦っても、いくら戦力を出しても、限界は来ない。個性の持ち主はあくまで、『命令者』であって、『発現者』ではないから。 

 

「だからこそ、僕に相応しい。そう思わないか、弔?」

 

「思わない。あの個性は一郎だから使えている。おまえみたいな性格破綻者に渡したら、世界が混乱するだけだ」

 

「言うね」

 

 何処か楽しそうに、あいつは笑う。かつて先生と呼んだあいつは、歪んだ笑顔を浮かべながら機械の手を動かす。 

 

「そうそう、彼の恐竜はデスザウラーという『ゾイド』らしいね」

 

「だから、何だ?」

 

「ふふふふ、弔。私はね、彼に感謝しているよ。彼のおかげで、私は見つけることができた。知ることができた」

 

 何の話だ、どうでもいいか。あいつの言葉など聞いてやる必要はない、さっさと終わらせて戻ろう。

 

 弔が右手を開いて、姿勢を低くし体中に力を入れた瞬間だった。

 

「転生者を、ね」

 

 小さく呟いた言葉と同時に、弔は反射的に飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一郎は店の中でボーと時計を見ていた。

 

 なんだか今日は暇だ。店を休んだから、予定が狂ってやることがない。普段なら趣味だとか、話相手だとか、あるいは大騒ぎする連中がいるはずなのに。

 

「今日はなんで誰もいないんだ?」

 

 チラリと店の入り口を見ると、『トッティ』と『トルテ』が立っていた。今日は店を休むって伝えたのに、律儀に店先にいるとは。

 

 彼らもサービス業の精神が宿ったのか、それはとてもいいことだ。

 

「弔も帰りが遅くなるのかな? 連絡もよこさないで」

 

 携帯電話を見ると着信はなし、メールもない。

 

 珍しく、コナンとギルからもない。何時も、うるさいぐらいにメールを送ってくるのに。

 

「はぁ、こんな日を世はこともなしって言うのかな?」

 

 小さく呟き、一郎は立ち上がる。誰か本でも持っていたかな、と思いながら。

 

 彼がいる店の先、トッティとトルテは店の入り口で直立不動で立っていた。一歩も動かず、一ミリも揺れることなく。

 

 目の前の戦いを見続けていた。

 

「あいつ、まだ諦めてなかったのかよ」

 

 嘆息交じりに答えながら、コナンがサッカーボールをけった。閃光を放ちながら空中を突き進むサッカーボールが、隣のビルの屋上から降ってきた黒い物体を弾き飛ばす。

 

「あの雑種が諦めるなど、ありえぬな。どうした、コナン、もう疲れたか?」

 

 黄金の波紋を浮かべながら、ギルは不敵に笑う。降り注ぐ宝具の雨は、迫っていた黒い物体を貫いて散らす。

 

「バーロ、そんなわけあるか。ご近所迷惑だって言ってんだよ」

 

「ならば良かろう。今この場は、結界の中だからな」

 

「それは感謝だな」

 

 コナンが見つめる先、豪華なローブをまとったガイコツが、同じく豪華な杖を突き出して天を睨んでいる。

 

「覚えておいて良かった、ミッドチルダ式魔法だな。封鎖結界はこれでいいだろう。さて」

 

 彼は動きだす。全身から黒いオーラを纏わせながら、ゆっくりと、一歩一歩と黒い物体に迫る。

 

「脳無と言ったか? あいつも無粋なことをする」

 

 死の気配をまき散らしながら、オーバーロードは嗤う。

 

「おっかねぇ」

 

「フ、不死王の本気か。これは我も気合を入れねばならんな」

 

「おいおい」

 

 呆れながらため息をついたコナンは、ハッとして身をひるがえす。先ほど吹き飛ばした脳無が、何事もなくそこにいた。

 

「おい、どういうことだ?」

 

「確かに奇妙だな」

 

 見れば、宝具に貫かれて消えてはずの脳無まで、その場に復活していた。

 

「フム、二人ともしばらく様子を見てくれないか? これはひょっとすると厄介事かもしれん」

 

 アインズが考え込み、杖を突き付ける。

 

 探査魔法開始。精密調査を。

 

「アインズ!」

 

 叫び声に、彼は空を仰ぐように振り返った。その視界に、腕を振り上げた脳無の姿が映る。

 

 そして、衝撃がガイコツを吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕が鋭く刃のようになった脳無の一撃を避ける。僅かに避け損ねて洋服を斬られたが、気にせずに前に進む。

 

 右手へ触れる。刃に指先が切れたが、触れた以上は終わりだ。崩壊していく脳無は、やがて崩れ落ちて行った。

 

「昔と変わらないな。こんなもので俺を止められると思っているのか?」

 

「思っていないさ」

 

「じゃ、なん・・・・」

 

 弔はほとんど反射的に飛び退いた。脳無がまた出たか、今度も同じ両腕が刃のような形をした個性持ち。

 

 同じ手をと、弔が考えて掴んだ脳無は崩壊していく。その途中で、『戻った』。

 

「な?!」

 

「そうそう、言い忘れていたよ。その脳無は特別製でね。『DG細胞』というのを使っている」

 

「何だそれは?!」

 

 叫びながらも脳無の攻撃を回避しつつ、相手に触れて崩壊させていく。確かに崩れるが、崩れる速度が遅い。先ほどより明らかに、弔の個性が効いていない。

 

「『自己進化』『自己増殖』『自己再生』を持ったある機械の細胞だよ」

 

「機械がこんなにも再生するものか」 

 

 冷静に相手を観察する、あいつも視界に入れながら警戒して、周辺を観察していく。

 

 脳無の反応はある、複数の脳無がいる。けれど、それらはこっちに向かっていない。目的地は、別の場所。一郎の方じゃない、あちらではなく。

 

「デビル・ガンダムという機械の細胞を使ってみたんだがね、どういうわけかこちらの制御を受け付けなくてね」

 

「・・・・・・?!」

 

 瞬間、弔は『オール・フォー・ワン』を無視して走り出した。

 

「人を無差別に襲うようになっているんだよ」 

 

 背中に叩きつけられた言葉に、弔は答えなかった。全力で走る、前を塞ぐ物体は申し訳ないが崩壊させて移動ルートを確保した。

 

 急げ、急げ、もっと速く動け。全身で叫びながら、弔は走る。必死に走って、懸命に駆け抜けた先、市街地には『悲鳴が舞っていた』。

 

「おまえらぁぁぁぁ!!」

 

 街を破壊する脳無の一匹に食らいつき、全力で『崩壊』を使う。一瞬で崩れた脳無が、足元に崩れた原子レベルの細胞が、次第に蠢いて結合していく。

 

「崩れてろ!」

 

 細胞ごと崩壊させればいい。咄嗟に思いついたことに、能力の比重を重くする。さらに細く深く、もっと細かい場所に届くように伝播させた。

 

 脳無は再生途中で鳴動して、そのまま消え去った。

 

 これなら何とかなる。なんとかなるが、こちらの消耗が激しい。一体にこれだけの能力を使っていたら、時間が足りないのではないか。すべて倒すのに、どれだけの時間がかかる。

 

 無理じゃないか。心の何処かで思ったことを、弔は振り払うように走りだす。 

 

「うわぁぁぁぁ?!」

 

「なんだこいつら?!」

 

 悲鳴が聞こえる。そっちへ行けば脳無がいる、悲鳴が敵の位置を教えてくれるならば、悲鳴を追いかけていけばいい。

 

「邪魔だ!」

 

 通行人の男女に襲いかかろうとした脳無に右手を伸ばせたが、反対に攻撃を受けた。グサリと突き刺さる刃を崩壊させ、そのままこちらの能力を使う。個性の『崩壊』を徹底的に流して原子レベルで粉砕した後に、さらに追加も叩きつけた。

 

「お、おい、あんた」

 

「逃げろ」

 

 呼びかける声に、振り返ることなく告げる。右腹に突き刺さった刃は崩壊させたが、血が止まらない。足もとがふらつく、痛みで足が止まりそうになる。

 

 もう無理じゃないか、必死にやったじゃないか。一人が出来ることなんて、ここまでだ。

 

 弔はそう告げてくる自分を自覚し、足を止めかけた。

 

「誰か助けて!」

 

 足が動いた。理屈じゃない、理論なんて知ったことか。動く足がある、使える腕がある。個性もまだまだ使用可能だ。

 

 なら止まる理由はない、止まらない理由なら十分にある。

 

 悲鳴を追え、その先に元凶がいるのだから。

 

 弔は走る、傷を負いながら、血を流しながらも、脳無を崩壊させていく。一体、二体、三体と倒しながら進む。

 

 いくら倒しただろうか、もう数えていないから解らない。ただ悲鳴が上がれば全力で駆けつけて脳無を倒すだけ。

 

 後どのくらいだ、どれだけ経った。

 

 疑問と疲労から足を止めて周りを見れば、街の中心街にいた。

 

「素晴らしい。君がここまでやれるとは思っていなかったよ」

 

「『オール・フォー・ワン』」

 

 視界が揺れるが、あいつの存在は見落とさない。

 

 機械の手で拍手しながら、歪む笑顔を向けてくる。

 

「あれだけの脳無を一人で倒すとは、個性が強くなったようだね」

 

「余計な御世話だ。今度こそ、おまえを倒す」

 

「そうか、君の望みだったね。ならば、倒してみるがいい。この『脳無』を倒してからね」

 

 あいつの影から今までの倍以上の脳無が躍り出た。全身を鎧で覆ったような、奇妙な脳無だ。

 

 今の状況では、倒せないか。弔が一瞬でそう判断し、場所を移そうと思考している中へ、冷水のように冷たい声が突き刺さる。

 

「さあ、皆殺しにしなさい」

 

 瞬間、そいつは雄たけびを上げて、『一般人のほうへ向かっていった』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はその背中を生涯、忘れなかった。

 

 傷だらけになりながら、必死に護る背中を。血を流し、ふらついた足で自らの三倍以上の敵に立ち向かう姿を、絶対に忘れなかった。

 

「どうしてそこまでするの?」

 

 呼びかける声は届かず、倒れて、殴られて、飛ばされても、足を止めることなく巨大な敵へと立ち向かっていく。

 

 小さな背中だった。ヴィランに比べたら、とても小さい背中。

 

 でも彼にとっては、とても大きな背中に見えた。

 

 言葉を話さない、無言でいる彼の背中は語る。

 

 目を合わせなかった、彼の顔は見えなくても、背中が吠える。

 

 『絶対に護り抜く』。

 

 無言の叫び声は、確かに彼らや彼女達に届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、驚いているよ。どうしてそこまでするのか、私には理解できないな」

 

 傷だらけで倒れている弔に、『オール・フォー・ワン』は語りかける。

 

「俺も解らない」

 

 体に力が入らない。でも弔は立ち上がる。もうとっくに体力の限界は通り越した、けど弔は立ち上がるのをやめない。

 

「君はヒーローを嫌っているはずではないか?」

 

「嫌ってはいないな。憧れてもいない」

 

 口調はしっかりとしていた。でも、視界は歪んで霞んでいる。

 

「ふむ、理解できないな。今の君はヒーローのようじゃないか。多くを護る、ヒーローに見える」

 

「俺はヒーローじゃない。そんな上等なものじゃない。俺は罪人だ、家族を殺した俺に、誰かを救うヒーローになんて慣れるわけがない」

 

「ではなぜだ?」

 

「助けたいって思ったからだ」

 

 弔は笑う、力なく虚ろな微笑みだったが、その瞳は力を失っていない。

 

「理屈じゃない、理論じゃない。ただ、俺が助けたと思った。どうしょうもない絶望の中で、俺は一郎に救われた。あいつに世界は冷たいだけじゃないって教えてもらった。コナン達にいろんなことを教えてもらった」

 

 世界を憎んで絶望してた自分に、『世界ってあんがい、悪いもんじゃないだろ』と教えてくれた人たちがいた。

 

 毎日を楽しく過ごせるようにしてくれた。人の冷たさを教えてくれた、人の優しさを教えてくれた。

 

 人の卑屈さを知った、人の温かさを知った、優しい世界もあって、酷い世界もあると知った。

 

「解らないな。それはヒーローの姿じゃないかね?」

 

「さあな、俺はヒーローじゃないから解らない。でもな、一郎が昔に言っていたことがある」

 

 憧れのヒーローと質問されたとき、一郎はちょっと困った顔をした後に、こう答えた。

 

 彼らは悲劇があれば風と共に駆けつけて、嵐のように去っていく。

 

 戦いがあれば何処へでも向かい、戦いが終われば誰にも知られることなく姿を消す。

 

 アニメみたいな話だ。でも、そんなアニメが好きで、自分の悲劇を救ってくれるヒーローに憧れて、それを生み出した人たちがいた。

 

 そして、そんなヒーローが現実で戦っている世界を見たことがある。

 

「正義とか悪じゃない。一郎が憧れたヒーロー達はな、『人間の自由のために戦っている』って言っていた」

 

 正義の味方と呼ばれ、悪と戦い続けた人たち。時に人に知られずに世界を救って、時に世界中から恨まれようとも人々のために戦った人たち。

 

 誰からも称賛なんてされなくても、誰からも尊敬されなくても。

 

「誰かの『助けて』に答える。その人が絶望に囚われているなら、悲劇に束縛されているなら、その人の自由のために戦う。そんな人たちに憧れた一郎に」

 

 弔は足に力を入れ、全身の力を振り絞り、立ち上がった。

 

「そんなあいつに憧れた俺が、人々の自由が脅かされているのに、倒れるわけにいかないだろ?」

 

 不敵に笑う、おまえなんて敵じゃない。もしもこの人たちに何かしたいなら、先に倒すべきは自分だと告げるように。

 

「そうか、弔。君は染まってしまっているんだね、可哀そうに。殺せ、脳無」

 

 脅威が迫る。今まで以上の力を込めた脳無が、満身創痍の弔へ一撃を叩きこむために。

 

 人々の悲鳴が上がる。もうダメだ、逃げろと叫ぶ中に、小さな声が一つ。

 

「負けるな!」

 

 ピクリと弔の手が動いた。

 

「ヒーロー!!」

 

 轟音が周辺を揺らす。

 

「・・・・・・・ハ。俺も憧れていたんだな。たった一声でいい」

 

 脳無が崩れ落ちる、細胞が再生し増殖する中、さらに崩壊は脳無の全身を包み込む。

 

「大勢じゃなくていい、たった一声で立ちあがる、そんな存在に」

 

 霧が晴れるように、脳無は消えていく。

 

「そうか、俺はヒーローになりたかったのか」

 

 グッと手を天へと突き出す。

 

 そして歓声が彼を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、助勢は必要なかったか」

 

「そうだな。アインズ、盛大に飛ばされたみたいだったけど、大丈夫なのか?」

 

「私の物理防御は、レベル10に上がっている。あの程度、ダメージはない」

 

 興味なさそうに彼は足元に転がっている『脳無』だったものを見ていた。

 

 ダメージを与えたつもりが、自分がダメージを受けていたなんて、滑稽な話もあったものだ、と。

 

「コナン、全部、終わったよ」

 

 ソープが背後に立つ。栗色の髪が銀髪になっていて、纏う雰囲気が普段と違うが誰も気にしない。

 

「私のワープで全員が帰還済みです」

 

 黒霧の報告に、コナンはポケットに手を入れて歩きだした。

 

「事件解決だ。俺達をなめ過ぎなんだよ、『オール・フォー・ワン』」

 

 見下ろす先、彼は姿を消していた。

 

「追いかけないんですか?」

 

 エルの問いかけに、コナンは首を振った。

 

「俺達の『事件』じゃないからな。こっから先はオールマイトの事件だ。他人の事件に首を突っ込むのは、探偵にとって野暮だからな」

 

 そう告げて、コナンは最後に全員に伝える。

 

 撤収、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで弔は傷だらけで戻ってきたんだよ?」

 

「転んだ」

 

「いや明らかに刃物による傷じゃないか」

 

「包丁持って転んだ」

 

「お~~~い、それで俺が騙されるって思ってるのかよ?」

 

「俺はおまえを信じている」

 

「馬鹿にしてませんか弔クン!」

 

 何時も通りの家のリビングで、包帯塗れの弔に対して、一郎は盛大に溜息をついた。

 

「まったくさ」

 

「一郎、俺は解った気がする」

 

「何がだよ?」

 

「ヒーローが何かを」

 

 はいと一郎は顔を上げて弔を見つめた。

 

 彼は普段と変わらず、晴れやかな笑顔で笑っている。

 

 そっか、なら良かったな。一郎は無言で語りかけながら、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、民衆の間でとある噂が流れた。

 

 嵐のように訪れて、悲劇を砕き絶望を払って、嵐のように去っていくヒーローがいると。 

 

 プロ・ヒーロー達は『そんな奴は見たことない』という。都市伝説だとネットで騒がれて、多くの人が『嘘やねつ造だ』と言い始める中。

 

 彼を知っている人たちは、その存在を信じ続けた。

 

 その名は、彼がしていた人の手のような仮面に因んで、『ザ・ハンズマン』。

 

 あるいは、

 

 

 

 

 

 

 

『傷だらけのヒーロー』

 

  

 

 




 

書きたかった話は以上です。真面目にやるのも今回限り。

 次回からまたはちゃめちゃな話に戻ります。

 ではこのあたりで。

 真面目にヒーローについて考えた、風味な話でした。





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