終末ガラルで、ソーナンスと   作:すとらっぷ

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バーとカフェと二人

かつて人の往来であったであろう道も、今となっては無人だ。道は整備されず石畳の隙間から疎らに雑草が生える。

人工物に溢れながらそこには一切の人間がいない。不気味ながらそれはもはや日常の一場面に過ぎない、ありふれた光景だ。

 

 

「ソウ、人の気配はするか?」

 

「…ソー……ナンス…」

 

廃れた往来に一輌のトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)が通りかかった。運転をするのは薄汚れたコートを羽織る青年、後部座席には大きな荷物とソーナンスが一匹。

 

ソウと呼ばれたのが肩をすくめて首を横に降るソーナンス。その頭にはちょこんとニット帽が被せられていた。

 

「この辺も無人かぁ」

 

運転する青年の顔には疲れの色が色濃く残っていた。

 

「いい加減風呂入りたいよなぁ」

 

「ソーナンス…」

 

やれやれといった雰囲気で景色を眺める。

 

「この時期に川で水浴びってのは辛かったよなぁ…寒い寒い。」

 

一昨日、流石の不潔さに痺れを切らし、近くの川で寒中水泳に挑んだ二人であったが、その数秒後にこの世の地獄を感じた。

 

「生きてるボイラー、あるといいなぁ。もしくは丁度いいドラム缶。」

 

「ナンス?」

 

「知らないか?ゴエモン風呂。ゴエモンってのが何を指す言葉なのかは知らないけど、巨大な鍋やら壺やらを火にかけて風呂にするらしい。」

 

朽ちて倒れた看板には『エンジンシティ 蒸気機関を利用して近代化を遂げた工業都市』と書かれている。ここならば生きているボイラーの1つや2つあるだろう。

 

「ソー………?ソォォォナンッス!」

 

「お、何かに気づいたか?」

 

突如叫んだソーナンスの視線の先にあったのは小さなバーのようであった。

 

「バーか…。食料品が残ってりゃいいけど。」

 

「ナンス!ナンス!」

 

「ま、見てみるか。」

 

トゥクトゥクを店の前に停め、リュックを背負う。まだ早朝な為心配はないと思うが、一応ロトム避けにアルミシートを被せておこう。

 

「おじゃましまーす。」

 

「ソォォナンス!」

 

古ぼけたドアはカランカランとお客の来店を告げる。そのドアベルの音に返事はない。

 

「そりゃ無人だよね。」

 

綺麗に整えられた店内だが全て埃を被っていて、ここ数年は使われた形跡はない。

 

「缶詰の1つや2つくらい残ってりゃいいけど…」

 

手早くカウンター裏に周り、そこまで期待せずに開けた冷蔵庫には案の定何も入っていなかった。

 

ふと見上げるとカウンターの上に棚がある。しめた、缶詰だ。

 

「…デボン製の合成肉スープか。」

 

なんというか、個性的なお味がする代物だ。ただし栄養バランスはバッチリである。タンパク質が不足するこの旅路には非常にありがたい。味はともかくとして。

 

「貰っていこう。3つある。」

 

ポイポイとリュックに放り込んだ。あとの成果は湿気たタバコが5本と、塩が少し、錆びていない包丁が一本手に入った。後で研いでおこう。

 

そして何より砂糖が手に入った。どうやらここはバー兼カフェだったらしい。何処かにコーヒー豆でもあれば旅の彩りになるといったところだが…。

 

「ソウさんー?首尾はどうだ?」

 

「ソォォォォォォォ…ナンス!」

 

「…随分声が響いてるな…何処に行ったんだアイツ。」

 

ソウさんの声はカウンター横のドアから聞こえる。奥は倉庫か事務所だろうか。

 

正解、倉庫だった。しかし目につくものは無い。もう2、3袋くらい塩が欲しいんだけど…。残っているのは紙のカップやナプキンなどで食料品は見当たらない。工具か何かも期待したがそれらしい物は見当たらなかった。

 

「ソウさーん?どこだー」 

 

「ソーナンスッ!」

 

棚の裏でしゃがみ込んでいるソウさんを発見。

 

「ナンスッ!」

 

「そこに何かあったのか?」

 

覗き込んでも特に変わった感じはない。ただの床だ。…いや、確かに怪しい。ほんの少しだが、この部分だけ汚れが少ない。

 

「なるほど、ソウさんお手柄かもな」

 

「ナンスぅ〜」

 

よく見ると確かに床に隙間がある。流石は一応エスパータイプのソウさん、カンが鋭い。

 

ウエストポーチからお手製ナイフ(ハサミをバラして持ち手にテープを巻いただけ)を取り出し、床の隙間に突き立てる。

 

「よいしょぉっと!」

 

僅かに突き刺さったナイフに体重を掛け、更に深くに差し込んだ。

 

そのままテコの原理で床を持ち上げる。結構硬い。僅かに床が浮き上がったところでナイフがボッキリ折れた。

 

「流石に元がハサミじゃそろそろ限界だったか…仕方ないね。」

 

折れたナイフは手を切らないように回収、後で何かに使うか処分するか決める。

 

浮いた板を素手で持ち上げてみると、そこは地下への階段になっていた。

 

「わーお、隠し部屋?」

 

「ソーナンスッ!」

 

侵入された形跡はない。1階は物資が少なかった為、誰かしらが漁った後だっただろうが、こちらは完全に手付かずだ。

 

「よし、行ってみようか」

 

「ソーナンス!」

 

 

 

 

照明の無い薄暗い階段をおっかなびっくり下る。ラジオ付きランプの明かりだけが頼りだ。

 

降りてみるとそこそこ広い空間のようだ。電車一輌分くらいの奥行きがある。

 

「はあ、なるほどワインセラーか」

 

「ソーナンス!」

 

「コーヒー豆も一緒に保存してあるな。これは中々…」

 

酒には詳しくないが、お高そうなワインの瓶がいくつかある。それにワイン樽もいくつか。ここの家主は相当な酒好きであったことが伺える。

 

「ナンスッ!!」

 

ソウさんが何か見つけたようだ。導かれるようにワインセラーの奥に進む。

 

「これは…机かね?こんなところに」

 

ワインセラー兼書斎といったところだろう。中々趣味がいい。壁際には控えめな本棚がいくつかある。お酒の図鑑やコーヒーについて語られている本、後はほんの少し文庫本の小説があった。

 

机の上にはノートと写真立て。床に落ちているのは壊れたインスタントカメラだ。

 

「ソー…」

 

「ここの主人、だろうな」

 

写真に映るのは真新しいこの店と、ペロッパフとマホミルだろうか。開店祝いのようで皆笑顔で記念撮影している。

 

「このノートは日記…じゃ無さそうだな。」

 

初めは日記のようだったがこの店主はどうも三日坊主だったようだ。3日目の日記のあとに美味しいコーヒーの淹れ方が書いてある。次のページからは…落書きだ。どうやらポケモン達のイタズラのようである。

 

「…幸せそうだね」

 

「ナンスッ」

 

これ以上個人の思い出をのぞき見するのも悪いと思い、ノートを閉じようとすると、最後のページに何か書いてあることに気づいた。

 

 

 

最初の日記と同じ筆跡だった。

 

『おめでとう、このノートはこの店の全品無料クーポンになっている。私達からのプレゼントだ。心のこもった接客が出来ないのは残念だがね。』

 

『カフェバー イチロウのダイダンエンだ。受け取ってくれ。』

 

 

 

挟み込まれていたのはインスタントカメラで撮られた小さな写真。ペロリームとマホイップと、先程の写真より少し髪の薄くなった店主だった。

 

美しい笑顔だった。

 

 

 

「…ダイダンエン、か。幸せ、だったのかな」

 

「ソーナンスッ!」

 

ソウさんが肯定する。

 

ノートを元に戻し、床のカメラを机に置いた。

 

このペロリームとマホイップは何処に行ったんだんだろうか。何処かに去っていったのか、死んだのか、それとも主人とともに消滅したのか。

 

それは誰にもわからない。でもきっと、それが彼らにとって一番幸せな最後だったのだろう。

 

ついこの間旅を始めたばかりだが、何度か人の消滅の痕を見てきた。その度に思う。死と消滅、どちらが残酷で、どちらが美しいんだろう。

 

答えはまだわからない。今はまだ。それがわかる日まで生きて、世界を見よう。

 

 

 

 

「でも、僕が消えるときはもっと見晴らしのいいところがいいなぁ。」

 

趣味のいい場所ではあるが、正直息が詰まる。

 

「ソウさん、折角だからコーヒーご馳走になっていこうか。」

 

「ナンスッ!」

 

コーヒー豆の袋を手に取り、地上に上がる。あまり専門的なことはわからないが、コーヒーの淹れ方くらいはわかる。

 

「臨時店員ってことでよろしく頼むよ」

 

カウンターの小さなコンロに火を灯す。ガスが生きている。

 

コーヒーミルで豆を砕き、コーヒーフィルターに適量入れる。良い匂いが香った。

 

沸騰しない程度に沸かしたお湯を上から注ぎ入れる。腕は良くないが、丁寧に。

 

フィルターから落ちるコーヒーの雫を眺める。焦らず眺める。

 

「はい、ソウさんお待たせ」

 

カップを2つ取り出し、コーヒーを注ぎ、カウンターに出す。ソウさんの前に一つ、その横に一つ。

 

自分は本来店員じゃない。コーヒーは客として、席で楽しむべきだろう。

 

「美味しいな」

 

「ソーナンスー」

 

二人並んでコーヒーを啜る。モーモーミルクが腐っていたので砂糖だけ少し入れた。ソウさんはブラック派か。

 

「いい店だ」

 

埃を被った店内も、何故か輝かしく見える。

 

店には客が溢れ、美味しいコーヒーとスイーツに舌鼓を打つ。夜になるとオシャレなおつまみと共にグラスを傾ける。もしかしたら酔っぱらいとケンカになってポケモンバトルしていたかも知れない。そんな光景に苦笑いしながら、カウンター越しに店主が小さな飴細工をくれた。

 

そんな光景が、確かに見えた。

 

 

 

「さて、そろそろ行くか!」

 

「ソーナンスッ!!」

 

席から立ち上がり、カップを返しておく。

 

「無料とは言われたけど、一応お礼ね。」

 

今や価値もないだろうが、コーヒー代分の小銭を置いておく。こういうのは気分だ。

 

 

 

 

カランカランとドアが鳴る。お客様がお帰りだ。

 

店主が消えた幸せな店は、こうして再び眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、まだまだ時間もあるし、もう少しこの街を見て回ろうか」

 

「ソーナンスッ!」

 

ロトム避けのシートを外し、店から拝借した物資を積み込む。

 

「…ソウさん、何だその巨大な荷物」

 

「ナンスッ」

 

空のワイン樽のようだった。そんな大きな物をしれっと持ってくるとは…。

 

「何に使うんだそれ…」

 

「ナーンス!」

 

「………ああ、風呂桶のつもりか!」

 

「ソォォナンスッ!」

 

「……持ち運べないから、先にボイラーを見つけような」

 

「…ナンスッ」

 

 




登場人物

カイ 人間 19歳 ♂
旅人
田舎町ハロンタウン出身の青年。体の悪い母を介護しながら生活していたが、母が消失(死亡?)。それを機に旅を始める。
ポケモントレーナーでは無いためモンスターボールは未所持。
ブラッシータウンで発見したトゥクトゥクと道中で出会ったソーナンスのソウと共に北を目指す。

無人だったダンテの生家からキャンプセットとトゥクトゥクを拝借。

ソウ ソーナンス ♂
相棒
トゥクトゥクが保存されていたガレージの暗闇に一人で住んでいたソーナンス。成り行きでカイと共に旅をするも基本的にサバイバルでは役に立たない。霊感が強い。

どうやらかなりレベルは高いらしく道中時々襲ってくるポケモンは返り討ちに出来る。

本当に信頼出来る相手だけにしっぽを触らせる。



書きたいエピソードを優先して書くため、多少時系列の前後が見られます。ご注意下さい。


追記
在りし日のガラル
今回登場した『カフェバー イチロウ』の元ネタはエンジンシティのスタジアムに続く中央通りに店を構えるバトルカフェです。店主はマスターのイチロウ。手持ちポケモンはミツハニー、もしくはマホミルとペロッパフ。

彼らはあのお店をスカベンジしていました。ゲーム内では入れない扉の向こうに秘密の地下室があったら素敵だなと思った次第です。実際にはバー設定はありませんがバータイムってロマンですやん。地下室もワインセラーもワインセラーの中にある書斎もロマンですやん。

そんなロマンに思いを馳せて今一度エンジンシティのバトルカフェを訪ねてみては如何でしょうか。




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