今夜はよく星が見える。少し肌寒いがそれだけに焚き火の炎が暖かい。
「よし、こんなもんでいいですかね」
火にかけた鍋を外す。中身はワインだ。
鍋にワイン、砂糖、ワイルドエリアで見つけたスパイスセットを入れ、イアの実を絞る。それを沸騰しない程度に煮ればホットワインの完成だ。
「…はいどうぞ」
アルミのコップに注ぎ、ヤローさんに渡す。そしてソウさんにも。
旧ポケモンセンター前、焚き火を囲むのは3人。ソウさんとヤローさん、そして僕だ。
「ありがとう…」
ヤローさんはコップに口を付け一息つく。僕も飲もう。
それにしても贅沢なものだ。ワインには詳しくないが、中々高級ワインをホットワインにすることは無いだろう。
自分のコップにもワインを注ぎ、味見をする。うん、我ながら良く出来てる。適度に甘く、口当たりも良い。イアの果汁も爽やかだ。ソウさんもチビチビと飲み始めた。…ポケモンがアルコールを摂取して問題が無いのか甚だ疑問だが、本人が飲めると言うのだから仕方がない。熱しているのでアルコールもある程度飛んでいるだろう。
全員が少しずつワインに口をつけ、しばしの無言。
「今朝は、見苦しいものを見せたね」
はじめに口を開いたのはヤローさんだった。
「…いえ、そんなことは。」
あの表情のことを言っているのだろう。
湿った木がパチリと弾ける。
「今朝、ぼくは逃げ出したウールー達を追いかけていただろう?」
「ええ」
また一口コップに口をつける。
「わざと逃してるんだ、あれ。しかも…毎日、毎日…」
「…」
「昔、消滅が起こる前はさ、ウールー達を追いかけると、町のみんながついてきてくれたりしたんだ。町の名物だなんて言われていた」
なるほど、彼がウールー達の奥に見ていたものは住民達だったのだ。
「未だに思うんだ。ウールー達を追っていれば、町のみんなが追いかけてきてくれんじゃないかって」
「…」
「自分でもおかしいとは思ってるんだよ。意味が無いとわかってるんだよ……。でもさ、やめられないんだわ」
ウールー達が妙に統制が取れていたのはそのためか。何度も決められたコースの脱走を繰り返す。もはやただの散歩だ。
それだけ、ウールー達が決められたコースを逸れることなく走り回るまで繰り返したのだ。何度も、何度も。
「もちろん、住民は誰一人帰ってこなかったよ。当たり前だ、消えてしまったからね」
「ええ」
消えた人間が帰ってくることは無い。死んだ人間が生き返らないように、形は違えど生命の終わりは依然として変わらないのだ。
「ごめんね、こんな湿っぽい話をして」
「…むしろもっと話してください。ヤローさんの話を聞ける人間は…多分あまり残っていません」
「…どれだけ減ったんだろうね」
ヤローさんの巨体は、今夜ばかりはとても小さく見えた。自身の無力さを思い知らされた、小さな男の姿だった。
「消滅が始まってすぐの頃を覚えてる?」
ヤローさんは2杯目のワインを注ぎながら訊ねる。
「…はい。始めて消滅を目の当たりにしたのは、父でした」
「消滅は初めに人が一気に消えた。数えた人がいるわけじゃ無いけど、恐らくその時点で人口の大半は消えただろうね」
最初の消滅の時点でガラルは完全に停止した。通信は途絶え、他地方の情報も一切途絶えた。
「そしてそこから少しずつ消えていった。初めの消滅が起こった時点で、既にターフタウンに残った住民は…10人に満たなかった」
この規模の町で10人。機能維持できる筈もない。
「でも、ぼくはリーダーだったから。皆を不安にさせる訳にはいかなかった。まあ、無理だったけどね」
自嘲するような口調、自分の無力さを嘆き嘲笑う。しかし、誰がそれを責めようと言うのか。
「何とか自分を騙して、その10人で頑張ろうと思った。まだ皆の死を確認した訳じゃないからってね。」
「…でも、人は消えた」
「ああ、消えたよ。さっきまで話していた人が、振り返るともういないんだわ」
僕の父と同じだ。
「それから、眠るのが怖くなった。目が覚めたら誰かが消えているんだ。周りに人がいると眠れない。最後まで一緒にいた子は…ぼくの腕の中で消えたよ。眠らないように、目を離さないように、お互い抱きしめ合いながら。それでも最後には眠ってしまった。温もりだけが残った感覚は…今でも忘れられない」
ヤローさんはワインを飲み干す。
「消滅というのは残酷だよ。最後を看取ってやることすら許してくれないんだわ」
誰も消滅の瞬間を見た者はいない。突然、気がつけば消えているのだ。最後の言葉も無く、ただ消える。
彼はそれを残酷と言った。
そのとき、僕はどう感じるだろうか。
ひとしきり、ヤローさんが話したとき、既にソウさんは眠っていた。
「君のポケモンは自由でいいな」
「ソウさんには人間の事情なんて関係ないので」
こんなところで寝ると風邪を引くので毛布を掛けておく。幸せそうな寝顔だ。
「なあ、カイ君。明日一日、ぼくに付き合ってくれないか?」
焚き火の片付けをしているとヤローさんが声をかけてきた。
「収穫祭をやりたいんだ。ターフタウン最後の収穫祭を。」
終末ガラルメモ
ヤローと住民達の関係は彼のリーグカードから考えました。ウールー達を追いかけるヤローを追いかける住民達。もしその住民達が消えたら彼はどうなるのか、それを想像しました。心優しい彼が負う傷は深いものだったでしょう。
ちなみにヤローと最後まで一緒にいた子はゲーム本編で地上絵を見る広場の石碑の近くにいる女の子です。