「ソォォォォォナンスッ!!」
ソウさんが巨大なカボチャを2つ抱えて乱舞する。麦わら帽子を被るソウさんの姿はまるで農家のおばちゃんだ。僕も鍋をかき混ぜながら高らかに歌う。牧草ロールを転がすヤローさんの背後にはウールーの大群が転がっていた。
今日は収穫祭だ。ターフタウンは珍しく賑やかになる。
今日はジムに保管されていたバイオ燃料を盛大に使い発電機を回す。その恩恵を受けたスピーカーはご機嫌な音楽を奏で、場を盛り上げる。
しかし参加者が少ない祭りは面白くない。なら集めようじゃないか。ヤローさんの作った野菜やきのみ、民家から集めた具材やスパイスを大鍋で煮込む。そう、カレー作りだ。
巨大な鍋が放つ香りは周囲に生息するポケモンを呼び寄せた。
「ほら食べろ食べろ!」
カレーを盛った皿を、足元に来た野生のラクライとイーブイの前に置く。
「ブイッー!」
「そうかそうか美味いか」
野生の彼らもご満悦のようだ。
ふとソウさんを見るとカボチャと間違えてバケッチャを収穫していた。振り回されすぎたバケッチャは目が回り、ぐったりとしている。ゴーストタイプが苦手なソウさんの貴重な勝利シーンかもしれない。
空にはフワンテが飛び回り、祭りの空を彩る。そのうちの数匹はアドバルーンのように垂れ幕が吊り下げられていた。力強い筆書きで「ターフタウン 収穫祭 開催中」と書かれている。
「ヤローさんの野菜、大好評ですよー!」
引き続きポケモン達にカレーを振る舞いながらヤローさんを見る。きのみが満載のリアカーを引き、ポケモン達と戯れていた。荷台にはホシガリスが陣取ってきのみに齧り付いている。
「当たり前じゃあ!僕が丹精込めて育てた野菜が不味いわけ無いんだわ!!」
野生のポケモン達はお行儀良くカレーを受け取り、食している。
和気あいあいとした風景、平和そのものである。
「…ソォォォォォナンスッ!!?」
突然、その平穏を打ち破るかのようにソウさんが驚愕の声を上げる。その視線の先に居るのは…。
「マズいキテルグマは危険だ!!」
カレーの匂いに呼び寄せられたのかキテルグマが全速力で鍋に向かって突進してきている!
「……………ッ!!!」
無言で真顔の全力ダッシュ。恐ろしいことこの上ない。
「ソォォォォォォォ!!!」
ソウさんがカウンターで受け止めようとするも…
「ソォォォォォナンスッ!!?」
ソウさんが突進をもろに受け、吹き飛ぶ!
「ソォォォォォナンスッ!!!?」
顔から畑に突っ込んでジタバタしている。命に別状は無さそうだ。
「ソウさんじゃキテルグマは止められない。頼れるのは…」
同じく巨体のあの人に頼る他ない。期待の眼差しをヤローさんに向ける。
「僕でも無理じゃ」
ヤローさんは首を横に振り両手を上げた。無慈悲。
そうこうしている間にもキテルグマは鍋に近づく。こうなったら鍋守りの僕が止めるしか…。カレーを混ぜていた棒を構える。
「やっぱ無理だ逃げる!!」
やはり一切合切勝てる気がしない。あまりの迫力に逃げ出そうとするが脚がもつれて転んだ。不味い、襲われて死ぬ。
その姿を見たキテルグマは右腕を振りかぶり、渾身の右フックを叩き込む……
かと思いきや何かをカレーに叩き込んだ。僅かに甘い香りがする。
「…ミツハニーのあまいミツ?」
「…グマッ」
キテルグマは僕の混ぜ帽を強引に奪い取り混ぜ始める。
「グマー」
気づけば僕の足元にはヌイコグマの兄弟がいる。…母熊が料理をしに来たようだ。子持ちのキテルグマは気が立っていて警戒しろと聞いたが…。
ちなみにあまいミツ入りのカレーは非常に美味しかった。
「…でも僕の仕事無くなっちゃったんだけど」
母キテルグマが鍋から離れないせいですることが無くなってしまった。なんてことを…。
カレー騒ぎも一段落し、僕も落ち着いてカレーを楽しむ。娯楽の少ないこの世界で食事は大きな楽しみだ。
「美味いうまい」
「ソォーナンス!」
ソウさんも満足なようである。二人でしばらくカレーを食べているとヤローさんが近づいてきた。
「ありがとう、急な話だったのに色々手伝ってもらって」
「いえいえ、僕も楽しませて貰ってます」
まあ先程仕事は奪われたが。
「収穫祭のメインイベントがあるんだが、協力してもらっていい?」
「え、はい、出来ることなら」
「ソーナンスと一緒にジムに来てくれ」
それだけ言うとヤローさんはジムの中に消えていった。
その表情は少し険しいような印象を受ける。一体…祭りのメインイベントとはなんだろうか。
ジムに入ってすぐの所でヤローさんが待ち構えていた。
「ソーナンス?」
ジムにはほとんどの場合フレンドリィショップが併設されている。普段なら商品など殆ど揃っていないが、この店は十分すぎるほどの物資が入っていた。そのほとんどがきずぐすりなどの医薬品だ。
ユニフォーム姿のヤローさんが僕の目を見る。
「この収穫祭のメインイベントはジムチャレンジじゃ。もちろん、君がトレーナーでは無いことは知っている。だからこれは僕の勝手なワガママ」
彼の目を、どこかで見たような気がする。
「勝負させて欲しい。」
ああ、通りで。誰よりも優しくて、誰よりも美しくて、誰よりも自由だった、悪人の目。
「ぼくを、ジムリーダーとして終わらせてくれ」
母と同じ目だ。
僕はジムのフィールドに立つ。人生で初めてだ。トレーナーとして戦うのも初めてだ。
第一僕はソウさんをトレーニングしたことなど一度たりともない。
それでも今の僕はトレーナーだ。
「君はトレーナーでは無いと言っていたけど、今まで見てきたトレーナーの中でもトップクラスにポケモンのことを理解している。こりゃあ手強い勝負になる。試すような真似は出来ないわな!」
「お手柔らかに…」
勝負は一対一。
かつては超満員になっただろうスタジアムにはただの一人の観客もいない。
「ぼくはターフタウン最後のジムリーダー!草の使い手、ヤロー!」
人類最後のジムチャレンジャーとして、僕も気合を入れるのが礼儀というものだろう。
「ソウさん、頼むよ」
「ソォォォォォォォナンス!」
気合十分、ソウさんはフィールドに躍り出る。
▼ジムリーダーのヤローが勝負をしかけてきた!
「いけっ!タルップル!!」
「グバァァァァァァァァ!!」
鈍重な亀とも恐竜とも言えるような出で立ち。ジムチャレンジ用の手加減したポケモンでは無い。正真正銘、ヤローさんの切り札。本気ならば更にここから…。
ヤローさんは一度タルップルをボールに戻した。ヤローさんの右腕に赤い粒子が集まる。手首につけた腕輪から光の管がボールに集中し、その大きさを二倍、三倍へと膨れ上がらせる。
「さあキョダイマックスだ!根こそぎ刈り取ってやる!!」
膨れ上がったボールを愛おしそうに撫でると片手で放り投げる!
「ガグァァァァァァ!!!」
巨大なリンゴから顔を出す竜、先程までとは大きさと姿どちらも違う。そして、これまでとは比べ物にならないエネルギーを感じる。
僕はねがいぼしを持っていないし、たとえ持っていてもダイマックスしたところでソウさんの強みは生かせない。ならばこちらに戦略はない。ただあの巨体から繰り出される攻撃を受け、跳ね返すのみ。
「タルップル!キョダイカンロッ!!」
「ソウさん!ミラーコートッ!!」
緑色のエネルギーの奔流がソウさんに炸裂する!
「ソォォォォォォォ…ナンスッ!!」
絶大な威力、誇りあるジムリーダーの一撃。ヤローさんの持つ癒しと厳しさ、その両方を体現したような一撃。
それを受け止め、お返しを叩き込む!!
「ソォォォォォォォォォォナンス!!!!」
キョダイカンロを受けたソウさんは全身を緑色に光らせる。そのエネルギーは前方に集まり…
「ソォォォォォォォーーーナンスッ!!!」
放つ!!
「…やっぱり…強い!」
麦わら帽子から覗くヤローさんは、確かに笑っていた。
勝負は、決した。
「もう、行くのかい?」
「はい、まだまだ旅を続けるので」
収穫祭の翌日、早朝。ターフタウンはすっかり普段の静けさを取り戻していた。
「ソーナンス!」
ソウさんの体調も良好。タルップルから少なからず受けたダメージはもう見られない。やはりきずぐすりって凄い。
「そうだ、昨日これを渡していなかった。受け取ってくれ」
手渡されたのは小さなバッチ。
「本来なら8つ集めて組み合わせると一つの大きなバッチになるんだけど、流石に今ジムチャレンジは開催されてないからただの記念品」
辞退する理由もない。せっかくのプレゼントだ、受け取っておこう。
「それと、これもワガママな頼みで悪いんだけど。これも渡したい」
小さな袋だった。中身は…植物の種だろうか。
「ウチの野菜の種。もしバウタウンに寄ることがあるならこの種をそこのジムまで届けてほしいんじゃ」
「種を届ける?次はバウタウンを目指してましたし、良いですけど…。他にも生存者が?」
「…さあね。多分もういないだろう」
懐かしむような目、バウに誰か知り合いがいたのだろうか。
「自称僕のライバルがね。まあ…一種の供養みたいなものだわ」
種をバックにしまう。明確な行き先を決めていない旅だ、こういうのも悪くない。
「…それでは」
「良い旅を」
ヤローさんに見送られ、トゥクトゥクが走り出す。
走り出して、少し経って、
「ソーー?」
「ソウさん、振り向いちゃ駄目だよ」
「…ソーナンス」
「ぼくは、またジムリーダーになれたかな」
何となく持ってきてしまったカジッチュの置物を見ながら呟く。
収穫祭は鎮魂祭だった。この町の住民が何より楽しみにしていた祭り。もし消滅が彼らの魂までは奪わないのであれば、この想いは彼らに届いたのだろうか。
この置物をくれた相手を思い出してみる。共に過ごした期間は短かったが楽しかった。
彼女はぼくと同じく責任ある立場だったから、最後の時間を共に過ごすことは出来なかった。でも、それで良いのかもしれない。
あれから…この町の住民を失ってから、ぼくはただ生きているだけだった。ただ生きて消えるだけだっただろう。
あの不思議な旅人が現れて、作った作物を一緒に食べて、僕は最後に農家になれた。最後に彼と戦えて、僕は最後にジムリーダーになれた。
そして何より、僕は最後に人間になれた。生きているだけの何者かじゃなくて、好きに生きることができる、人間になれた。
誰もいない芝生に、静かに腰を下ろす。
「…ありがとう」
風が吹いた。誰かの麦わら帽子が吹き飛ぶ。
持ち主は既にいなかった。
大きな橋を渡りながら、僕は高らかに歌う。収穫祭で歌った歌だ。ソウさんもそれに合わせ手拍子をする。
「せっかく歌うなら、何か楽器が欲しいなぁ」
「ソーナンス!」
旅人は生きる。消えゆく世界でその旅に意味があるのかはわからない。ただ生きる。
その胸には控えめにきらめく、小さなバッチがあった。
在りし日のガラル
カジッチュの置物
原作では片思いの相手にカジッチュを送ると恋が成就するというおまじないが登場しました。しかし一般人がカジッチュをゲットするのは中々難易度が高いと思われます。すると企業はカジッチュグッズを作るのではないかなと妄想して出来上がりました。
本編でヤローにカジッチュの置物を送った相手は誰なんでしょうね。想定ではかなり具体的に誰かわかるシーンを書こうと思ったんですけど具体的に誰かわからないほうが良いかなと。そのほうが妄想に優しい。
原作でもトーナメントで戦うヤローの切り札はアップリューかタルップルですが、彼らの進化元になったカジッチュは誰かから貰ったものだったりするんですかね。誰かにもらったカジッチュが彼のエースになったとか妄想すると、なんかこう、いいですよね。