終末ガラルで、ソーナンスと   作:すとらっぷ

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前回の続きです


狂人と二人

狩りの必要性は、まあ認めよう。生き物は少なからず他の生き物を犠牲にして生きるものだ。

 

だが、あの矢は違う。生きるための矢じゃない、殺すためだけの矢だ。

 

古代人が矢毒を得る際、大抵使われるものは麻痺毒だ。高い効果を発揮しながら自分が食べるときの処理が容易である。ポケモンから抽出していたらしい。

 

対してあの矢に使われていた毒、間違いなく糞だろう。人間が最古から使っていた毒だ。傷口から入る雑菌により感染症や破傷風を引き起こす。通常、狩猟目的の毒ではない。

 

恐らく狩りではない、殺すために矢を撃つ人間がいる。そして恐らく、その標的には人間が含まれている。

 

僕にできることはとにかくソウさんを連れてこの場を離れることだ。危険を排除するより、危険を避けることが重要、僕はヒーローじゃない。

 

そしていま一番怖いのはトゥクトゥクを奪われることだ。急いで車両に戻り、林を抜ける。

 

「ソウさん、ここから離れるぞ。立てるな」

 

「ソーナンス…」

 

ソウさんもかなり消耗している。今は林を抜けよう。

 

「インテレオン、じゃあ僕は行くから」

 

警戒しつつ小屋を出る。ゴリランダーもインテレオンもこちらを引き留めようとする意志はない。

 

消滅が始まってから何だかんだ器用に生きてきたため、多少は生きるための知識を得てきたつもりではあるが、流石に狙撃対策の知識はない。

 

せめて姿勢を低くして、なるだけ急ぐ。後は精々よく耳を澄ませることだ。

 

追跡の気配は無い、取りあえず。

 

木の間からトゥクトゥクを発見した。動かされた形跡はない。良かった。

 

さっさとこの林を脱出するために駆け寄る…

 

 

 

シュパッ!

 

 

 

何かが顔を掠めた。頬に鈍い痛みを感じる。

 

「ソウさん隠れろ!!」

 

僕は足を止めずに走る。スライディングしてトゥクトゥクの陰に隠れた。

 

待ち伏せだ。相手はトゥクトゥクを発見し、またここに戻ってくることを想定していた。

 

左手で頬を触り、出血を確認する。

 

鈍い刃物で切られたような痛み、恐らく石鏃だ。矢の製法も同じ、エースバーンを撃った奴と同一犯と見て間違いないだろう。

 

ボストンバッグから水とミツハニーのミツを取り出す。バッグは前に抱えて、矢避けに使う。何も無いよりは前に抱えたほうが怪我が少なくなるだろう。傷口を水で洗い流しベッタリとミツを塗っておく。

 

ここは森の中、地面には葉っぱと生木の枝…。環境的に褒められたことでは無いけど、策はある。やってみるしかない。

 

カバンで自分の体を隠しながらトゥクトゥクに載せておいた燃料缶を降ろす。矢が飛んでくるが外れた。頭を引っ込めて、ボストンバッグから瓶をいくつか出す。……落ち着いて、燃料を瓶に移す。漏斗や吸い上げポンプは無いため、零さないように慎重に…。

 

ガンッ!!

 

威嚇だろうか、トゥクトゥクに矢が飛来する。しかしフレームに穴を開けることは出来なかったようだ。威力を見るに相手が使っているのは手製の簡素な弓だろう。金属の車体を貫通できる威力はない。それでも人体に対しては十分驚異ではあるが。

 

何とか燃料を瓶に移し終わると、先程包帯代わりに使ったシャツの切れ端を瓶に詰め、導火線とする。見ての通り、火炎瓶だ。

 

マッチで火を付け、おそらく相手がいるだろう方向に放り投げる。とはいえこれで直接攻撃しようという訳ではない。狙撃犯の場所はわからないし、弓に投擲で対抗出来るほど僕の肩は強くない。

 

放物線を描いて地面に叩きつけられた火炎瓶は粉々に割れ、中の燃料は上手く引火し、燃え上がる。地面には木の葉や生木。木の葉は燃え、生木を燻すと慣れていない人には信じられないくらいの煙が出る。

 

連投して三本の火炎瓶が炎上、濃い煙のカーテンが出来上がった。即席の煙幕だ。

 

「ソウさん!来い!」

 

「ソーナンス!」

 

煙幕に紛れるようにしてソウさんが走り出す。

 

シュパッ!

 

ソウさんの頭上僅か数センチを矢が通り抜ける。

 

「ナンスッ!?」

 

ソウさんは怯えつつも足を止めない。何とかトゥクトゥクの陰まで辿り着いた。

 

「ここからどうにか脱出しないと…。火炎瓶もっと作って煙を炊く…?」

 

これ以上は大規模な森林火災になりそうだが、どうすべきか。

 

すると…

 

 

 

バシュウッ!!!

 

 

 

「あぐぁッ!!」

 

弓とは比べ物にならない発射音が森に響く。

 

それに男の悲鳴とドサリと何かが落ちる音。

 

それきり矢が飛んでくることはない。

 

「さっきの音、インテレオンの『ねらいうち』かな」

 

「…ソーナンス」

 

したたかなポケモンだ。恐らく僕達を囮にして狙撃手の場所を特定したのだろう。射点を観察し、狙撃仕返したと言う訳だ。

 

一応僕達、彼らの仲間の恩人と言われても過言じゃないと思うんだが、無言で命の危険に晒された。…なんというか、釈然としない。

 

インテレオンが大きな何かを引きずりながらこちらにやってくる。

 

引きずられているのは薄汚れたコートの小柄な男だ。使っていたであろう粗製の弓は無残に折られている。

 

濁った目の男だ。意識はあるようだが足は折れているように見える。

 

「…いやはや、まさか獣に撃ち返されるとはねぇ」

 

目の濁った男はこちらに焦点を合わさず話しかけてきた。

 

「これは君の手持ちかい?」

 

「いや、無関係」

 

これが先程まで僕の命を狙っていた人間か。あまりにも弱々しい。

 

「…純粋な興味で聞くけど、なんで僕を狙った?」

 

弓の他に武器を持っている気配は無い。

 

「さあ?強いて言うなら狙えたから狙った、かな?」

 

あまりにも無邪気、嘘をついている気配は無い。

 

「狂人だね」

 

「狂人?違うね、狂ってたのは消えていった連中さ」

 

「狂ってるやつほど自分は狂ってないって言うもんだ」

 

「消滅前は皆バカみたいに平和だった。甘っちょろいバカしかいなかった。おもしろいよな、犯罪組織ですらポケモンバトルして負けると引き下がるんだ」

 

「…」

 

この男はきっと、僕に話していない。狂気の中に見出した何かに話している。

 

「おかしいんだよ、みんなバカみたいに善人しかいないんだ、少しはみ出したことをするとすぐに白い目でみる」

 

「…」

 

「特にガラルは最悪だ。悪人やはみ出し者が行き着く場所もないんだ。じゃあ俺はどこに行けばいい?どうしようもなく悪人の俺はどこに行けばいい。多様性だろ?」

 

「…やめればいいんじゃないのか、悪事」

 

「…ソーナンス」

 

「ハハハ、君は悪を切り離せると思っているのかい?人の心は悪さから出来てるんだ。君だって心当たりはあるだろう?君の使っている道具は全て自分のものかい?そのバイクは元の持ち主から正式に譲り受けたものかい?」

 

「…今は僕のだ」

 

「窃盗だねぇ!でもこの世界には咎めるものは誰もいない。だから君はそのバイクを使うんだろう?他にも他人の家に侵入して食料を食らい、勝手に道具を持ち出す。ああそうさ誰にも迷惑はかかっていない、だって迷惑がかかる人間がもういないからねぇ!」

 

「…咎めるものもいないし、迷惑もかからないから殺す?僕にとっては大迷惑なんだけど」

 

「え?俺に迷惑かからないけど?」

 

まさに狂人の戯言、話していると気分が悪くなる。多分、この男には初めから倫理観などは無いのだろう。もしくは、どこかで失ったか。そして、そのまま狂った。

 

しかし、これだけ何もかもが消えた世界で、倫理を守る意味とは何だろうか。犯罪を犯さないということが倫理を守るということならば、僕はとっくに破っている。それに、人の法が倫理?それも何か違う気がする。

 

自由とは何だろうか。想像してみた。この狂人の自由を。

 

「この世界は最高に自由だ。咎めるものはいない、何をしても。何をしてもいい。最高の時代だ。俺の王国だ!」

 

狂人は笑う。まるでこの世を謳歌するように。

 

命を奪うという行為はそれほどまでに快楽となるのだろうか。無差別に命を奪う。僕にはその力がある。やりようはいくらでもある。人間の知識があればその程度の力なんてどうにでもなる。

 

「君はそれを許されている。誰も咎めやしないさ」

 

試してみたって誰も困らない。毒を試すのもいいだろう、凶悪な返しのついた槍や矢もいい、上手く行けば銃だって使えるかもしれない。ついでだ、ソイツの肉を喰らうのも悪くない。

 

 

 

ただ…

 

 

「…ソーナンス」

 

ソウさんは何故か、尻尾を僕にこすりつける。服の上からなのに、強くぬくもりを感じた。

 

その目はとても、悲しそうな目をしていた。

 

 

 

 

 

ただ…僕はきっと、たとえ誰に許されていても、そんな事はしないだろう。この青くて不思議な生物、僕の相棒はそのとき、今よりもずっと悲しい顔をする。

 

 

 

そんな顔は見たくないと、心から思った。

 

 

 

「結局は戯言だよ。僕は僕の自由を見つける」

 

踵を返す。もう用はない。あの男の処遇はこの林の住民が考えるだろう。部外者の僕がなにかする話じゃない。

 

 

 

ドゴンと一発、大きな音が鳴った。水が弾ける音も、共に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

「ギュリルル…」

 

トゥクトゥクに乗り込み、出発をしようとしていると、インテレオンがやってきた。

 

その手には小さなリュックと薄汚れたコートがある。あの男の持ち物だろう。

 

それらに血の痕は無い。確かに水弾は放たれたのだろうが。

 

「消えたのか、逃したのか?」

 

インテレオンは答えない。ただもう、会うことはないだろう。なんとなくそう思った。

 

「ギリリル…」

 

その荷物を僕らに差し出す。お詫びの品のつもりだろうか。

 

そのコートは、中々高級なものに見える。汚れているが機能性としてはかなり優秀なものだろう。思えばだいぶ肌寒くなってきた。羽織ってみるとサイズは案外ピッタリと合う。

 

「…まあ、これからの季節必要だろうね」

 

僕はこのコートを彼から奪うことにした。貰うのではなく、借りるのではなく、奪った。彼のように。…あまり気分の良いものではなかった。

 

その姿を見ると、インテレオンはどこかに消えていった。

 

ソウさんが後席に座って出発を促す。

 

僕も運転席に座る。

 

「僕もまた、悪人だよ。でも、アンタとは違う」

 

薄汚れたコートをたなびかせながら、僕らは林を抜けていく。

 

 

 

 




終末ガラルの終末が北斗の拳的な終末だったらカイ君も彼と同じだったかもしれません。

この世界で生きてる人もみんないい人じゃないよってのを書きたかったけど、あんまりちゃんと書けなかった気がします。


在りし日のガラル
悪の組織について。

剣盾の舞台、ガラル地方にはこれまでのシリーズと違ってわかりやすい悪の組織というものは登場しませんでした。一応エール団がその立ち位置ではありますが彼らは応援団兼ジムトレーナーであり悪の組織ではありません。マクロコスモスも悪の組織としては微妙ですし。

過去の悪の組織として、ロケット団やスカル団ははみ出し者の居場所として描かれることがありました。有名な台詞で「悪には悪の救世主が必要なんだよ」もいう言葉がありますが、この組織はまさに救世主だったのかもしれません。

犯罪組織を養護するわけではありませんが、ガラルのはみ出し者の居場所ってどこにあるんですかね、と思った次第です。

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