ターフタウンでバイオ燃料を分けてもらい、僕らのトゥクトゥクは快調だ。最悪天ぷら油でも走ると言われる優秀なエンジンだが、やはり高オクタン価の燃料は良い。音が違う。第一天ぷら油でも走るは走るけどエンジンが弱る。
バウタウンへの道は開けており、比較的運転しやすい。人がいないため整備はされてはいないが、今通っている巨大な石橋は相当丈夫に作られたらしく機能に問題はない。
「この下がワイルドエリアか…」
遥か遠くに巨大な建物が見える。あれはナックルシティだろうか。ワイルドエリアの先にある街だ。…もし行くなら今度こそワイルドエリアを避けて線路沿いに進みたい…。
「ソーナンス…」
トゥクトゥクを停め、橋からワイルドエリアを覗き込む。懐かしきワイルドエリア…本当は懐かしいなんて言うほど前の話ではないが。
「戻りたくはないなぁ…」
覗き込んだ橋の下ではカビゴンの寝相が悪すぎて環境を破壊し尽くしている。寝返りで巨木が倒れた。この橋が丈夫なのも納得だ。生半可な橋ならばポケモンの攻撃を食らって崩れるだろう。
「よし、行こうか」
「ソーナンス!」
再びトゥクトゥクに乗り込み、エンジンを吹かす。次の目的地、バウタウンはもう目の前だ。
トンネルを抜けた先は港町だった。
朽ちて倒れた看板にはこう書かれている。『バウタウン 市場やレストランに多くの人が集まる港町』、皮肉にも代名詞だった多くの人はどこにもいない。無人だ。音一つない、寂しい街だ。
「丁度すぐそこにポケモンセンターがあるから、そこを漁ってから街を見に行こう。その後、おつかいをこなそう」
「ソーナンス!」
トゥクトゥクをポケモンセンターに停め、ロトム避けのシートを被せる。大きい街だけあって、この時間でも数匹ロトムが飛んでいる。夜になれば更に増えるだろう。
ポケモンセンターのドアを開けようとするとビリビリと強い静電気を感じた。痛い。背後ではケタケタとロトムが笑っている。コイツの仕業か。
「久々の人間でイタズラしたいのか…」
ソウさんもビリビリ痺れていた。大抵、野良ロトムは三種類に分かれる。人間と共に過ごしてきて、非常に友好的な個体、人間に興味の無い無関心な個体、消滅前に人間達に酷使され強い恨みを持つ個体だ。前に立ち寄ったエンジンシティの野良ロトムの群れは無関心な個体ばかりだった。今寄ってきたロトムは恐らく友好的なタイプだろう。
ちなみにどの個体であっても機械類には気をつけなければならない。友好的だろうが無関心だろうが機械類が大好きであることに代わりはないので、悪気はなくとも大事な機械を容赦なく破壊されたり持っていかれたりする。ロトム対策は必須だ。
電気で髪を逆立てながらポケモンセンターの中に入るが、あまり収穫は無いように見える。荒れるどころではなく、もぬけの殻だ。何も残っていない。
「酷いな、補給は見込めないか」
例のごとく医療機器は軒並み壊れている。医薬品類も残ってはいなさそうだ。
「フレンドリィショップの方も…まあ何も残ってないよね」
ターフタウンとはワケが違う。人口が違えば混乱も増えるだろう。
「ソーナンス!」
ふと見たソウさんは何故か残っていたナース帽を被っていた。
「ソウさん…それ被って怪我でも治してくれるのかな?」
「ソォナンスゥ…」
やたらあくどい顔で手をワナワナしている。なるほど、コンセプトは無免許の闇医者ならぬ闇ナースか。
「収穫は無いし、ジムにいこうか」
ヤローさんからのお使いを頼まれているのだ。
「ソーナンスッ!」
ソウさんは被っていたナース帽をカウンターに優しく置いてから着いてくる。
案の定、といったところだろうか。ジムは無人だった。かつてはジムチャレンジャーへの試練として使われただろう数々の配管も、錆に覆われている。このジムは大量の水を使った仕掛けが有名だったが、この様子ではもう水も通っていないだろう。
特に難なくスタジアムまで辿り着いた。もちろん無人だ。ヤローさんはジムに種を送ってほしいと言っていたが、誰もいない場合は置いておけば良いのだろうか。
取り敢えず種を取り出そうとバックを下ろし、袋を取り出す。
その瞬間目の前にオレンジ色の残像が映り、次の瞬間バックが消えていた。
「…泥棒かっ!?」
視界の端に見た姿は体表をスパークさせるオレンジ色の浮遊物体、恐らく何かの電化製品に入り込んだロトムだ。
『イシシシシシシシ!』
オレンジ色の箱のような姿をしたロトムだ。形だけならフロストロトムに見えなくもないが、おそらく違う。あの色と顔はロトムに違いない。
「ソウさん逃がすなッ!!」
「ソォォォォナンスッ!!!」
ソウさんの特性は『かげふみ』。相手は逃げることが出来ない!
「ソーナンス!?」
しかしその効果に反してロトムはものすごいスピードでソウさんの脇を通り抜ける。
「しまった!『ボルトチェンジ』だ!」
電流が流れる速さに等しい速度で移動するこの技はソーナンスの特性であっても捉えることが出来ない。
『イシシシシシシシ!』
僕の荷物を引っ掛けたロトムは笑い声を出しながらジムの外へと向かう。
「追うぞソウさん!」
「ソーナンス!!」
ロトムを追ってジムチャレンジの舞台を駆け戻る。ロトムはおちょくるように笑っている。あの姿はスピーカーに入り込んだ姿のようだ、笑い声がよく通る。
スピーカーロトムがジムから飛び出す。それを追って僕らも外に出た。
「ソウさん乗れ!」
「ソーナンス!」
脚ではあのロトムには追いつけない。トゥクトゥクで追う。静かな街に鳴り響くエンジン音。
「…駄目だあっちも加速してる!」
トゥクトゥクでも一向に距離が詰まらない。ワイルドエリアで追われることには慣れたが追う方には慣れていないのだ。足止めをしようにもソウさんは攻撃技を持たない。無論僕には運転以外何もできない。
しかし、トゥクトゥクでも追いつけないほど速いのなら、なぜ僕達を振り切らない?単純なイタズラだから?それとも…どこかに誘導しているから?
ロトムを追っていると灯台が見えてきた。そしてその下でロトムがピタリと止まる。
「おおおおおお!!?」
「ナンスッ!!?」
急に止まったためぶつかりそうになる。急ブレーキを踏みドリフト気味に停車した。
「危ない…」
ホッとしているのもつかの間、ロトムが急に浮上し、僕のバックを灯台の中腹、確実に手が届かない場所に置いて戻ってきた。
「迷惑な…。返してくれないか?」
ロトムはそれに答えるように視線を横に送る。置いてあるのは…楽器?
ロトムは再び浮遊すると、自分の身体と置かれていたエレキギターを接続する。
「…僕、ギターなんか弾けないぞ」
ギターには触れたこともない。旅の途中で時々歌う程度で音楽には全く詳しくない。
ロトムは弾いてみろと言わんばかりにエレキギターを差し出す。
「ソーナンス…」
そのギターを受け取ったのは、ソウさんだった。
「…ソウさん?」
いつもとは雰囲気が違う。まるでロックスターのような張り詰めていて、それでいて人を寄せ付けるような独特な緊張感
ギュイーーーン!!
素人でも一瞬でわかる、このほんの僅かな一音でわかる。弾き慣れている、この音は。
ソウさんは誘うような目付きで僕を見つめ、いつの間にかロトムに手渡されていたマイクを僕に投げつける。ロックな雰囲気を醸し出すガイコツマイクだ。
ソウさんがギターを掻き鳴らし始める。スピーカーロトムはソウさんの演奏を増幅すると共に、自ら音を合成し、ドラムやキーボードの音を奏でる。
そして僕は思う。ただ一つ思う。ソウさんはどこでギターを習ったのか、なぜ突然バンドみたいな事をし始めたのか、何故自然に僕がボーカルみたいなことになっているのか、そんなことは本当にどうでも良かった。
「ソウさん、その平べったい手でどうやってギターを演奏してるんだ…?」
それだけが気になった。
ロトムは歌が好きだった。このバウタウンで産まれて、人間と共に生活し、ある日ポケモン達のロックバンド、マキシマイザズに出会った。その彼らの演奏に感動し、彼らがバウタウンに来るたびに演奏を聞きに行った。
いつしかロトムはその演奏を覚え、スピーカーを使えば電子音で再現出来る程になった。その能力を買われて、ロトムはジム戦のBGMを流すスピーカーに入り込むことを許された。バトルの状況に応じて曲を変える、それに合わせて観客が盛り上がる。ロトムはそれが嬉しくて仕方がなかった。
そして、消滅が起こった。
消滅後の混乱で、誰もロトムの流す曲に耳を傾けなかった。誰にも余裕が無かった。
あのロックバンドのように、ロトムは住民たちの心を震わすことが出来なかった。そして、バウタウンから人間は消えた。
ロトムは考えた、何故彼らの心を響かすことが出来なかったのか。そして、思いついた。
そうだ、バンドじゃなかったからだ!
そして…。
ソウさんがギターを掻き鳴らす、背中合わせで僕が歌い、叫ぶ。まるで決闘のように、ぶつかり合うように、それでいてまるで一つの生命体のように、融合するかのように息を合わせて歌を奏でる。
その戦いを押し上げるかのようにスピーカーロトムが音を加速させる。
音に導かれて野良ロトムや野生のポケモンが集まる。
本来僕はこんなに激しく歌うようなタイプでは無い、しかし今僕は衝動そのままに声を発している。まさに心を震わされたとしか言いようがない。
ソウさんのギターが加速する。まるで鍔迫り合いのようにマイクスタンドをぶつけ、歌う。
歓声が上がる。静かで活気のない無人の街は、確かに熱気に包まれている。収まることを知らず、青天井に盛り上がる。
突然始まったこのコンサートは収まることを知らず深夜まで続いた。
翌日、喉を枯らし疲れた体を引きずりながら物資を漁った。残念ながら大した収穫は無かった。レストランがあったので食料にきたいしたが、どうやらこの店は新鮮な素材にこだわっていたらしく、長持ちしそうな物はなかった。残っているものは腐敗したものだけだ。
水が豊富な上に、昨日のライブのおかげかロトムが協力的だったため洗濯や風呂など衛生面では非常に助かった。また、ウォッシュロトムのおかげでトゥクトゥクが未だかつて無いくらいにピカピカである。
そして三日目、そろそろ旅立とうとしたとき、ロトムに囲まれた。
「どうしたどうした!?」
「ソーナンス!?」
すると突然、5匹のロトムが現れる。スピーカーロトムがセンターで、彼を中心に並んでいる。と、思えば突如演奏が始まった。
なるほど、前代未聞のバンドロトムだ。人間には何を言っているか聞き取れないが、スピーカーロトムは確かに歌っている。
他のロトム達も電子楽器に入り込み音を奏でる。まるで僕たちを送り出すような、元気が出る明るい曲だった。
演奏が終わると、スピーカーロトムはソウさんにギターケースを渡した。中に入っていたのは古いアコースティックギターだ。
「くれるのか?」
『キシシシシシシシ!!』
一昨日のお礼のようだ。ソウさんも気に入っているようである。旅に無駄な荷物を持ち歩くことはあまり褒められたものでは無いが…
「ソーナンス〜」
「…まあ、いいだろう」
たまには無駄も良いものだ。効率化し過ぎても人間らしくない。
ギターを積み込み、エンジンを吹かす。
「よし、行こうか」
「ソーナンス!」
ジャラーンと、優しいギターの音が答える。
昨日の激しい音とはうってかわり、柔らかな音色だ。
奏でるのは、ターフタウンで歌ったあの歌。激しいロックも好きだが、自分にはこっちのほうが合っている。
歌う旅人達のその歌は、きっとこの街でも歌い継がれるだろう。ロトム達もその歌に聴き惚れた。
スピーカーロトムもまた、この歌を聴く。優しい歌だ。そして、すっかり忘れていた思い出を思い出した。
消滅後、自分の曲に、誰も振り向いてくれなかったあの頃、一人だけちゃんと聞いてくれた人がいた。褐色の肌が映える、よく知る綺麗な女性だった。
あの優しい女性を思い出す、優しい歌だった。
それから少し経って…
ここはバウタウン、多くの人が集まる港町だった場所。今となっては無人であるが、それでも活気が失われるわけではなかった。
歌うロトムの街、それが今の街の姿だ。
灯台の下で、今日もライブが開催される。街中のポケモンたちが集まって、この歌に聴き惚れる。
そのステージは花で彩られていた。潮風に強いローズマリーの花。旅人たちが持ち込んだ種はウォッシュロトムが手入れをし、カットロトムがステージに仕上げた。
ローズマリーに守られるように、控えめにネモフィラが咲く。青く美しい花に、彼女の姿を思い出しながら、今日も歌う。
ネモフィラはルリナの名前の由来と言われてます。
本当はヒートアップし過ぎたスピーカーロトムがオーバーヒートして大爆発、ソウさんもカイさんもアフロヘアーになるみたいな展開もありましたがカットしました。
終末ガラルメモ
ギター
ソウさんが貰ったギターは原作のエンディングムービーで演奏をしているマキシマイザズの練習用という設定です。彼らは原作だとバウタウンの灯台の下で演奏をしています。終末ガラルでは彼らの代わりにロトム達が日々演奏しています。もしかしたらこの2つのポケモンバンドはいつか出会うかもしれません。
せっかくなのでカイさんソウさんにも何か歌ってもらおうと思ったのですが、ピッタリな曲が思いつかなかったので曲に具体的なモデルはありません。せっかく歌詞使用機能あるのに勿体無い。