「これは…なんというか凄いな」
「ソーナンス…」
ここはナックルシティ、中世の城壁を活かした歴史ある街。しかしその堅牢さに面影は無い。
城の内部から水が溢れ、その水は街へと注がれる。城を囲む堀からは既に水が溢れていた。石畳の歩道はもはや水路のようにも見える。
サラサラと溢れ出る水はそのままワイルドエリアへと流れていった。僕達は流れと深い水たまりを避けつつトゥクトゥク(屋根付き三輪バイク)を走らせている。僅かばかりに残る道を探して走らねばならない。
「走る場所を考えないといけないな…」
街の一部は完全に水没しているように見える。進めない場所も多い。
「洪水…?いや、違うな。この近くに氾濫するような川はないはず」
ジャバジャバと巨大な水溜りを走りながらポケモンセンター跡地へと進む。
特徴的な屋根が見えた。しかしその建物の入り口も半分が水に浸かっている。少し離れた場所にある城壁の上にトゥクトゥクを停め、水を掻き分けながらポケモンセンターに侵入した。
「…ここまで水が来てるのか。これじゃ機械類は全滅だな。期待はしてなかったけど」
ポケモンセンター内は膝上くらいまで水が溜まっている。動きにくい。奥から壊れたモンスターボールが流れてきた。
「…ソーナンス」
ソウさんも水浸しの帽子を掴んでガッカリしているようだ。
「比較的綺麗な水なのが救いか…汚水だったら目も当てられない…」
「…ソォナンス!?」
ソウさんがコケに足を取られて派手に転んだ。バシャンと水が弾ける。
「…この街じゃ飲水には困らなそうだね」
適度に苔の生える水は飲める。
ボケモンセンター内の食料品は全滅していたが医薬品は少し残っていた。いいきずぐすりが数回分、抗生物質も手に入った。
しかしここでは休息出来そうもない、どこかに水の侵入していない休める場所はないだろうか。
街の中心には先程見た特徴的な城がある。かつての城を改装したジムであるそうだ。開け放たれた門から水が湧き出ているようだ。
「なんでそんな場所から水が」
「ソーナンス!」
水の流れを眺めているとソウさんがなにかに気づいたようだ。
「…そっちは水が少なそうか。わかった」
街の中心部が際も水が多い。この辺りに長居するのは得策でないだろう。ひとまず西のエリアに移動することにした。
「…まるで水の都だな」
昔テレビで見たが、ジョウト地方にはアルマトーレという街があるらしい。別名水の都と呼ばれており、街中に水路が張り巡らされているそうだ。
このナックルシティは水路があるわけではなく単に水没しているようであるが、雰囲気は似ていなくもない。太陽に反射する流水は美しい。
塀の上でトゥクトゥクを走らせながら、新たな水の都の景色を楽しむ。水中ではコイキングやサカシマスが泳ぎ回っている。
かつて人の往来であっただろう石畳の道路は今や水ポケモンの往来だ。人は道の橋を少し使わせてもらうことしか出来ない。人の街なんてもうどこにも存在しないのだ。
「ソーナンス!」
ソウさんの手を指す先にはまたポケモンセンターがあった。
「流石大きい街なだけある、ポケモンセンター2軒目だ」
しかもこの辺りには水も少ない。トゥクトゥクを停め、本日二回目のスカベンジだ。
「お邪魔しますー」
こちらのポケモンセンターに水没の気配はない。
「…おお、凄いぞソウさん!電気が通っている!」
「ソーナンス!」
ポケモンセンターに備え付けのパソコンが緑色のランプを灯している。これは今までに見られなかった光景だ。
「…凄いな、この水で水車を回して発電しているんだ」
道中、水路に手作りの木製水車があった。おそらく消滅後にこの街の住民が作ったのだろう。小規模な水力発電だ。
『…ロト?』
突然パソコンが起動する。
「ソーナンス!?」
「ロトムだな、パソコンの中で寝てたみたいだ」
「ソーナンス?」
パソコン画面からロトムが出現し、体表のスパークで暗い室内を照らす。
「あー、気に触ったなら出ていく、寝てるところを邪魔してごめんな」
『気にしちゃいないロト。久々の人だロト』
「ソーナンス!?」
「このロトムは話せるのか!凄いな」
ロトムが入り込む機械の一部には会話機能を組み込んでいるものがある。ロトム図鑑やロトムスマホなどには会話機能が実装されているようだ。
「えーと、ここにある物資を分けてもらってもいいかな?」
『好きにするといいロト。でもなーんにも残っちゃいないロト』
事実何も残っていなかった。ボロ布一枚も残らないすっからかんである。
『水に沈んでる街の中央ならまだ何か残ってるかもしれないロト』
「中央は…難しそうだな」
どこもかしこも水に沈み、トゥクトゥクでは移動できそうにない。探索するには生身で泳ぐしかないが、それほどの長時間泳ぎ続ける事ができる自信はない。
「ソウさんは泳げる?」
「…ソーナンス」
顔を横に振っている。何となく水に浮きそうな体なのでソウさんを浮袋代わりにしてやろうと考えたが無理そうだ。
「そもそもなんでこんなに水が溢れているんだ?」
『地下水だロト。ジムの地下から湧き出ているんだロト。人間がいた頃は毎日汲み出していたけど、人が消えてからは溢れているんだロト』
「ジムの地下…」
『機能停止したエネルギープラントがあったロト』
「…まあどっちにしても中央まで探索に行くのはちょっと厳しいな」
『しょうがないロト。取引ロト』
「取引?」
『そのバイクを載せられるボートがあるロト。それを使わせてやる代わりに、ジム内にある機械を取りに行くのを手伝うロト』
ロトムはパソコンから接続を切るとふよふよと外に飛んでいった。それを追いかける。
パソコンが切れるとロトムの声も消えた。
「ああ、そうか。ロトム自身には会話機能無いから、パソコンが無いと話せないのか」
「ソーナンス」
ソウさんは既にトゥクトゥクに乗り込み後部座席で準備をしていた。僕も運転席に乗りロトムの後を追う。
数分間走ったところで、ロトムが止まる。街の中央に近い地点だ。水の量も多い。
一度トゥクトゥクを停める。ロトムは浮遊しながら半分が水に沈んだ小屋の前で待っている。あの中にボートがあるようだ。
「ソウさんはトゥクトゥクで待ってて。ちょっと行ってくる」
ズボンを捲って水に入る。尖ったものを踏むのは怖いので靴は脱がない。
「おお、冷たい冷たい」
寒さ深まってくるこの時期にこの水温は辛い。早くボートを出そう。
『ビリリリ…』
「このシャッターを開ければいいんだな」
水中でシャッターを掴み、持ち上げる。
「お……もっ!」
少しだけ持ち上げ、足で瓦礫を挟み込ませる。もうひと踏ん張りだ。腰を落とし、一気に持ち上げる。
「よいしょぉっ…とおばばばば!」
シャッターを開ききった途端、急に水が流てきた。
「痛っ!」
そして船が流されて僕にぶつかった。
「いてて…」
「ソーナンスー!?」
遠くからソウさんが僕の事を心配するような声を上げる。
「大丈夫、ちょっと頭ぶつけただけ!」
頭をさすりながらボートを見る。バイクなら3台くらい余裕で積めそうに見える。
小屋に取り付けられていたハシゴを登り、ボートに乗る。なるほど、船首は上陸とともにパタンと倒れるタイプだ、そのまま桟橋になるためトゥクトゥクなら容易に積み込めるだろう。
ボート後方に積まれたモーターが動き出す。ロトムが入り込んだようだ。僕はおそらく舵を操作するであろうレバーを掴んだ。
ババババとモーターが唸り、船が動く。快速な動き出し。
「ソウさんー!」
「ソーナンス!!」
ガリガリと波打ち際に乗り上げる。そのままパタリと船首が倒れた。予想通りの働きだ。
船首の桟橋を渡り、トゥクトゥクを動かす。エンジンを掛け、ゆっくりとボートに載せる。
「…ふー。これでオッケーだ」
ソウさんと二人で桟橋を引っ張り上げ、波打ち際を蹴飛ばす。ガリガリと耳障りな音を出しながら、船が動き出した。
すこし水深の深いところで船首の方向が反転する。ロトムのモーターも再び唸り始める。
時刻は昼下がり、太陽の光が水面に反射する。タマンタが跳ねる、ソウさんは船の縁に腰掛け、ギターを取り出した。
巨大な城が見える、これから目指す場所だ、迷いようがない。
波間を揺蕩うようなメロディ、アコースティックギターの音色と波音が心地良い。
「まあ、ゆっくり行こうか」
無人の水没都市を進む船が一隻、舟歌は、誰一人として聞くものはいない。
僕らと、歌と、水だけの世界だった。
終末ガラルメモ
地下水
ニューヨークの地下鉄では毎日ポンプで地下水を吸い上げているらしいです。もし人類が滅亡すればニューヨークの地下鉄は2日で水没するとか。同じく地下にぽっかり穴が空いているナックルシティも地下水に悩まされているのではないかなと妄想し、ナックルシティは水に沈みました。あの地下はエネルギープラントになっているので平時は冷却水にでも使っているんじゃないかなーって思います。