終末ガラルで、ソーナンスと   作:すとらっぷ

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前回の続きです。


歴史と小さな写真家と二人

改めて見ると見事な城だ。翼のような構造物の役割は全くわからないが。ナックルシティの城塞を下から眺めながらそんなことを考える。

 

歴史には疎いので断言は出来ないだろうが、おそらくこの城は平和な時期に建てられたのだろう。本来城というものは防衛の為の要塞である。戦いの為に機能的な構造を目指すだろう。ならあの構造物の意味はなんだろうか。恐らく、影響力や威圧感、城の主の力を示すものだろう。古来より巨大な翼というものには強い力を示すものであった。

 

「…その力を示す相手も、いないけどね」

 

僕たちはボートに揺られ、その城を目指している。いつも通り僕とソウさん、そしてこのボートを動かすロトムがいる。

 

ふと見た急な階段では水車が回っていた。小規模な水力発電だ。最近まで人間が住んでいたのだろうか。

 

ちゃぽんと、コイキングが跳ねた。昔のポケモントレーナーは釣り竿でポケモンを釣っていたそうだが、ここでなら入れ食いな気がする。釣りをする理由もないのでやらないが。

 

ソウさんは船尾でギターを奏でている。上機嫌なようだ。

 

美容室、喫茶店、ブティック、沈んだ店の横を通り過ぎる。エンジンシティの喫茶店を思い出す。また、コーヒーが飲みたくなった。後でこの光景を眺めながらコーヒーでも淹れよう。せっかくこれだけ綺麗な水があるんだ、きっと美味しいコーヒーが出来るだろう。

 

そうこう考えているうちに、気がつけば城の目の前だ。ロトムのモーターが力強く唸りを上げた。

 

「ソォ!?」

 

急加速に驚き、ソウさんが転んだ。ボートは流れに逆らって城の内部へと進んでいく。止まることなく場内から流れる地下水だが、急流という訳ではない、流れに逆らって進むのはさほど難しいものでは無さそうだ。

 

城門を抜け、城の内部に侵入する。石造りで良かった。木造ならばこのあたりはとっくに腐り落ちていただろう。

 

流れが安定した。水源は思ったより城の手前だったのだろう。

 

ガリリリ、と船底が鳴る。手頃な柱にもやい綱を結び、ボートを固定した。奥は暗くなっているため、トゥクトゥクからランプを取り出しておく。

 

ソウさんはライト付きのヘルメットを被っていた。暗闇で暮らすソーナンスにライトが必要なのかは甚だ疑問だが、恐らく本人は雰囲気で付けているのだろう。

 

モーターからロトムが飛び出し、先導してくれるようだ。バチバチと纏うプラズマが僅かに辺りを照らす。光源には困らなそうだ。

 

薄く水が広がった床に降りる。

 

「よし、このあたりから物資を見ていこうか」

 

「ソーナンス!!」

 

この城は元はジムだ、併設されていた店もあるだろう。その予想が当たり、早速缶詰を一つ見つけた。腐食も膨らみも見られない、問題なさそうだ。

 

「ソォォォナンス!」

 

ソウさんが何か騒いでいる。抱えているのは一斗缶のようだ。バイオ燃料だ、ありがたい。ロープを使ってソウさんに背負わせておこう。

 

そうこうしていると、ロトムが目の前でバチバチとスパークを起こしてきた。早くついてこいという意味だろうか。

 

『ジジジジ…』

 

「先にロトムの目的を果たせと…言いたげだな」

 

『ジジ…!』

 

正解のようだ。

 

「ソウさん、取り敢えずロトムについていこうか」

 

「ソーナンス!」

 

しかし油をロトムに近づけると爆発する恐れがあるため一度トゥクトゥクに戻って缶だけ置いてきた。ロトムはさらにバチバチとしていたが、無視した。

 

『ジジジジ…』

 

「悪かったって…」

 

平謝りしながらロトムに付いていく。ソウさんは道中見つけたビスケットを齧っていた。カビでも生えていないか心配である。

 

『ジジジジ…』

 

ロトムが止まる。その先にあるのは扉だ。スタジアムの控室だろうか。

 

『ジジジジ…』

 

「ここに入れってこと?」

 

『ジジ』

 

恐らく、この扉を開けるために僕をここへ連れてきたのだろう。ロトムはゴーストポケモンであるため、壁ならすり抜けられるように思われるが、彼らの本質は幽霊ではなく電気だ。電気を通さないものはすり抜けることができない。

 

「だからロトムだけじゃ入れなかったって訳か」

 

『ジジ…』

 

そのようだ。僕は扉に手をかける。ごく普通のドアだ。ロトムは機械を取りに行くと言っていたが、この部屋には何があるんだろうか。

 

ガチャリ、とごく普通にドアは開く。部屋の中もごく普通の部屋だ。

 

「お邪魔します…」

 

「ソーナンス」

 

普通のイス、普通の机、普通のロッカー。ごく普通の控室。

 

ただ一つ目についたのは、机の上に置かれたスマートフォンだった。

 

 

 

手に取ろうとすると、ロトムがそのスマホに入り込み起動させる。

 

「それが目当ての機械?」

 

『…そうだロト』

 

スマホに入り込んだロトムは机から少し浮遊し、目を瞑る。

 

『ご主人様の…スマホだロト』

 

「…そうか」

 

きっとロトムにとって大事なものだろう、あまり踏み込むのも良くない。そう考え、ソウさんと共に物資を漁ろうと振り返った。

 

『待つロト、お前にもこれを見て欲しいロト。きっとご主人様もそれを望んているロト』

 

ふよよ、とロトムが付いてくる。そのまますっぽりと僕の手のひらに収まった。使い込まれた感触だ。手に馴染むような感覚がある。

 

画面を覗くと自動で画面が映る。写真フォルダのようだ。最初に映ったのは、自撮りだろうか。オレンジ色のバンダナが似合う、褐色肌の青年だ。悔しそうな、無理やり作ったような笑顔が見て取れる。

 

ガラルでは有名人だ、ぼくでも知っている。ジムリーダーのキバナだ。

 

数枚スクロールしていくが、どれも悔しそうな表情をしている。隣に写っているのもどこか悔しそうなポケモンだ。ボロボロのフライゴンがカメラ目線で倒れている。

 

「負けたときの…自撮り?」

 

「ソーナンス」

 

いつの間にかソウさんも横から覗き込んでいた。

 

何枚かスクロールしていくと、ポケモンたちとともに写った写真も増える。こちらはとびきりの笑顔だ。ポケモン達もどこか嬉しそうだ。フライゴンに抱えられて空を飛び、キョダイマックスしたジュラルドンと自撮りしている。中々高度な技術だ。きっとバトルの後に撮影したのだろう。

 

途中からはオシャレな姿での自撮り、トレーニング中の自撮りが増えてくる。時々砂嵐しか見えない写真もあったが、ギリギリピースサインをする指先だけ見えた。もちろんバトル後やバトル中の写真も数多くある。

 

その後も笑顔の写真が多く続く。

 

「楽しそうだね」

 

「ソーナンス!」

 

そして、写真と共に表示される日付が、その日に近づく。10年前のあの日、消滅が起こった日。

 

その日の写真は無かった。次の写真は最後の笑顔の写真から何日か経った後の写真だった。映っていたのは、深刻なキバナの顔と子供の後ろ姿だった。

 

その次の日は、無理やり笑ったような笑顔だった。無理やり笑ったキバナと、その隣にいるのはきっと住民たちだろう。

 

一日も欠かすことのない自撮りが続く。そのどれもが、他の誰かと写った自撮りだった。

 

『みんな、この街の住民たちだロト』

 

溢れ出る水と住民たち、子供は水遊びをしている。その水に流される瞬間を切り取った一枚、救出される瞬間を切り取った一枚、水浸しになった状態を切り取った一枚。

 

みんな笑っている。楽しそうに遊んでいる。

 

次の写真は、僕がこの目で見たナックルシティの姿だ。水の都と化した街とそれを眺める住民たち。住民たちは愕然としているが、キバナはどこか楽しげだ。

 

引っ越し、水車作り、発電。ここに残っているのはこの街の歴史だった。消滅と、その恐怖の中で強く生きる、この街そのものの姿でのだった。

 

「…強いね、彼らは」

 

「ソーナンス」

 

人の力は繋がりの強さだ。だが、その繋がりを自ら絶ってしまうのも人だ。だが彼らは最後まで繋がりを保ち続けた。キバナを中心として、彼らは消滅と戦った。だからこその社会性、技術だろう。美しく、逞しい人々の姿だ。

 

しかし、消滅は平等に訪れる。自撮りからは住民の人数が減ってくる。それでも、彼は一日も自撮りを欠かさなかった。必ず誰かと共に証を残した。

 

そして、最後の一枚。彼の目元は腫れていた。それでも、一連の写真の中で彼は一度も涙を見せなかった。最後の一枚まで決して涙は見せなかった。

 

場所は、ここだ。この場所だ。

 

正真正銘、最後の、笑顔だった。彼はきっと、ある意味消滅に勝ったのだろう。消滅が奪うのは人だけではない。繋がりすら奪う。彼はそれを繋ぎ止めた。繋ぎ続けて、彼は生きた。それは勝利だったと、僕は思いたい。

 

 

 

 

 

『一度も、ご主人様は涙を見せなかった。ボクにも一度も。最後の瞬間もボクは別の場所にいたロト。きっと、そんな姿を見せたくなった…んだと思うロト』

 

「…立派だよ」

 

『…ご主人様のことを…この街のことを…ただ覚えていて欲しいロト。誰よりも優しくて強かったこの街のことを』

 

スマホから手を話す。

 

「わかった」

 

そして、あるものを探す。ここは控室だ。すぐに見つかる。

 

そして、それを手に取った。

 

「でも、まだこの街の歴史に写らなきゃいけないやつが残ってるからさ」

 

不思議そうにふよふよ浮かぶロトムの前に、僕とソウさんが並ぶ。

 

『ああ、お前たちも撮らなきゃロト』

 

「それもそうだけど、まだ足りないよ」

 

そうして、今見つけた手鏡をスマホのカメラに向ける。そこに写ったのは、この街を見つめ続けたオレンジ色のスマートフォンだった。

 

 

 

「この街の歴史は君の歴史だろう?」

 

 

 

 

 

写真フォルダに、久々に自撮りが追加された。薄汚れた格好の青年とソーナンス、そしてその真ん中には、この街を見守る、小さな写真家が写っていた。そして、これからもきっと続いていく。この街と、小さな機械の写真家の風変わりな自撮りは、続いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一通りの補給を終え、城を出るとき、僕は怪しい輝きを見た。

 

「なんだろ、アレ」

 

ボートを停め、水を掻き分け、水に流されるそれを拾う。

 

「骨…にしては綺麗な色だな」

 

薄く輝く、紫色の物体だ。骨のようにも爪のようにも見える。何か不思議なエネルギーを感じた。

 

「…研いだらナイフになりそうだな。拾っておこう」

 

服で水気を拭き取り、バッグに入れておく。

 

「さて、ソウさん。この街は3つの道に分かれている。東西南北どこにでも繫がっている」

 

再び、太陽の元に僕らは出た。

 

僕らもまた、歴史を紡ぐ。個人的な、旅を続けていく。

 

「さあ、明日はどこに行こうか」

 

「ソォォォォォナンス!!」




エネルギープラントが沈んでるならアイツも沈んでるんですかね。

終末ガラルメモ
キバナについて
終末ガラルを生きたジムリーダー二人目です。彼のトレーナーカードから着想を得て今回のエピソードが生まれました。ガラルに何が起こっても、彼は自撮りを続けてくれる。それがみんなの希望になってほしいと思います。

そしてこの作品何かとロトムが出てきますが、ロトムを出すなら彼のロトムも出したいなと思ったのもこの話を考えた理由の一つです。


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