終末ガラルで、ソーナンスと   作:すとらっぷ

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旅立ちの前のお話です。


母と一人

ある日突然、人間が消えた。全員が一気に消えた訳じゃない。でも着実に、そして急速に人が消えていった。結局何人が消えたのかもよくわかっていない。統計すら取れないほど人間が減っているのだ。

 

僕はこの現象をシンプルに『消滅』と呼んでいる。

 

僕が初めて消滅を目の当たりにしたのは10歳を過ぎた頃だっただろうか。

 

些細なことで喧嘩をしていたと思う。僕が泣いて目を瞑ったとき、音もなく忽然と消えた。消滅の瞬間は見ていない。目を瞑り、目を開けたら消えていた。

 

あのとき僕は何故、父と喧嘩していたんだろうか。

 

あの日父を失い、それから友人を失い、そして今日、最後の一人を失う。

 

 

 

 

 

 

ガラル地方南部に位置する田舎町、ハロンタウン。住民僅か2名の超限界集落、そこが僕の故郷だった。

 

「母さん、例の行商人、最後に来たのはいつだっけ?」

 

『…一週間前くらい、でしたっけね』

 

床に臥すのは初老の女性。僕の母だ。ハロンタウン最後の住民の片割れ。痩せ細けたその体つきは否応なく彼女の先の無さを感じさせる。

 

「…消えたかな」

 

『…そうかもしれませんね。』

 

商売人という生き物は人間の中で最も逞しい生き物だと思っていた。何せ世界が終わろうとも商売をやめないのだ。金がこの世にある限り不滅だと、本人もそう言っていたが消滅には抗えなかったのだろうか。それとも消滅の先に金を見出したのか。

 

『歩けなくなったのが半年前、薬が切れたのが三ヶ月前、まあ長く生きたもんですねぇ』

 

「母さん…案外ボクはアンタが死ぬ様が全く想像出来ないんだ」

 

『そりゃねぇ、カイが産まれてから超低空飛行で安定して生きながらえてるからねぇ』

 

これまでも彼女は死ななかった。今にも死にそうな身体でありながらも、彼女はその命を灯し続けた。

 

最後の肉親が死のうとしているのに僕の目からは涙の一粒も出ない。覚悟とはこんなにも残酷なものだったのだろうか、それとも僕はもう泣けないのだろうか。どちらにしても残酷であることに変わりはない。

 

『カイ、消滅が始まってから、わたしはあなたに迷惑ばかりかけて来ました。働きもしないのに食料を消費し、水を飲み、あなたの時間を奪いました』

 

「…うん」

 

『私はそれについて、感謝はすれど、これっぽっちも悪いと思っていません』

 

「うん」 

 

『あなたも何とも思っていないのでしょう?』

 

「そうだね」

 

この質問はどっちの意味なんだろう。母の世話のことなのか、母が死ぬことについてなのか。

 

『母は誰よりも自分勝手に生きています。いやー、楽しい楽しい愉悦愉悦』

 

「ひどい母親だ」

 

冗談めかして言った。

 

『そう、ひどい母親です』

 

母は弱弱しくもニヤける。

 

「母さん、今更無理に悪人ぶらなくていいんだよ」

 

『…悪人ですよ、わたしは。私が生きる為に色んなものを犠牲にした』

 

「いいよ、今更。人間なんて多かれ少なかれ迷惑かけながら生きてるんだ。迷惑かかってる分他の奴よりはマシだよ、僕は生きてるんだもん」

 

『生きてるだけマシ、案外この時代を生きる上で重要かもしれないですね』

 

ふと窓の外を眺めると心配そうにスボミー達が張り付いていた。

 

「「「キュルゥゥゥ!」」」

 

窓を開けると庭にいたスボミーとロゼリアがなだれ込んでくる。ここまでポケモン達に愛される人間が悪人を名乗るというのもおかしな話だ。

 

『思えば、今の時代にあなた達に見守られて死ねるというのは幸せなのかもしれないですね』

 

父はなんの前触れもなく、誰かに見守られることも無く消えていった。満足に弔うことも出来なかった。

 

「消滅と死、どっちが幸せなんだろうな」

 

『それは貴方自身の答えを見つけなさい。少なくとも私はなんの因果か消滅を免れ、今死のうとしている。きっと何処かで、私が選んだのかもしれないね』

 

母の顔色がまた少し悪くなった気がする。

 

「…そろそろ時間か」

 

『ええ、少し眠くなってきました』

 

スボミー達が母に心配そうに寄り添う。

 

『私はこれでも自由に生きてきた。貴方も自由に生きなさい。』

 

 

 

 

『母は貴方と出会えて、貴方に見守られて、貴方達と共に生きて、最高に幸せでした』

 

 

 

その言葉を最後に母は息を引き取った。美しい、綺麗な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

「ロトム、ありがとう。助かったよ。もう大丈夫だ」

 

『ロト……』

 

数分間、ただただ沈黙を続けた後、ロトムに声をかける。

 

母はもはや発声すらままならないほど衰弱していた。ロトムが母の視線から通訳してくれなければ最後まで会話なんて出来なかっただろう。

 

視線読み取り用のカメラから抜け出したロトムは母の顔を覗き込み、しばらくその周りを漂っていた。

 

スボミー達は泣きじゃくり、母にしがみついている。

 

そして、僕は…何故かこの期に及んで涙一つ流せなかった。なんて残酷で薄情なのか。

 

しかし、涙の代わりに母の残した言葉が頭の中で反響していた。

 

 

 

『母は貴方と出会えて、貴方に見守られて、貴方達と共に生きて、最高に幸せでした』

 

『思えば、今の時代にあなた達に見守られて死ねるというのは幸せなのかもしれないですね』

 

 

 

『私はこれでも自由に生きてきた。貴方も自由に生きなさい。』

 

 

 

「幸せって、なんなんだろうな」

 

 

 

この疑問に対する答えは、ここには無かった。

 

 

 

『私はこれでも自由に生きてきた。貴方も自由に生きなさい。』

 

 

 

自由に生きてみよう。

 

遅かれ早かれ、僕はこの世界からいなくなる。消滅だろうが死だろうが、形はどうであれこの世界から消えるんだ。なら、思いっきり自由に生きてみよう。自由に生きて、世界を見に行こう。

 

 

答えを見つけに行こう、幸せを探しに行こう。

 

 

 

 

 

 

僕の名前はカイ。

 

ただの田舎町の青年で、たった一人の住民だ。

 

そして今日から、僕は旅人になった。




次回は出会いと旅立ちのお話です。

軽トラで旅をするかトゥクトゥクにするかでかなり迷いました。

追記
終末ガラルメモ

母の病気にはモデルはありませんが、カメラを使ったロトムによる視線翻訳には元ネタがあります。脳性マヒや筋ジストロフィー、ALSなど体の自由が効かなくなってしまう難病患者がコミュニケーションを取るために開発された視線キーボードです。時々ニュースで取り上げられるので皆様もご存知では無いでしょうか。

その視線をロトムが読み取り出力することで従来より素早く正確に会話ができるというのが今回の視線翻訳ロトムです。

医療現場にポケモンがいれば様々な事が改善するのにと思う今日この頃。やはりロトムの可能性は無限大。

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