終末ガラルで、ソーナンスと   作:すとらっぷ

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電車の旅と二人

ブラッシータウンのポケモンセンターにて。

 

「…医薬品あんまりないなぁ」

 

「ソーナンス…」

 

医薬品は水と食料の次くらいに大事なものだと思う。終末に病院は無い。自分で治すしかないわけだ。

 

「きずぐすりが2、3回分…あと…やけどなおしが少し…どくけしが欲しかったんだけど…無いなぁ」

 

どくけしの有用性は素晴らしい。いつの時代も食あたりは怖い。食べ物の衛生が保証されていない今、こういう道具にはポケモンの状態異常だけでは無く様々な使い道があるのだ。

 

「まあしょうがない。もしものときはモモンの実を探そう…」

 

「ソーナンス!」

 

ソウさんは医務室を探りに行っている。抗生物質なども備えておきたかったが芳しく無さそうだ。

 

昨日、一日中ブラッシータウンの研究所に籠もり本を読み漁った。理解出来た本は少なかったが役に立つ物も多かった。

 

ポケモンの生態についてはもちろんフィールドワークのための知識が乗っていたのはありがたい。

 

多少はサバイバル知識がついただろう。もちろんガラルで一番の魔境ワイルドエリアに行くつもりはないが、こういった知識は身につけておいて損はないだろう。

 

平時でさえワイルドエリアは危険な場所だった。高レベルで凶暴なポケモンが彷徨いていて、天気の変わり方も異常だ。消滅が起こる前であれば強力なトレーナーやレンジャーが常駐していてある程度の安全は確保されていた。しかし彼らはもういない。詰まるところ危険も危険、超危険ということになる。近づきたくねぇ。

 

計画としては線路を通り、ワイルドエリアを迂回しながらエンジンシティに向かう予定だ。

 

今日一日、ブラッシータウンの民家を漁っていたので外は紅く染まっている。夕日が綺麗だ。わざわざ暗い中で活動するのは非効率であるため、今のうちに寝る準備をする。

 

ポケモンセンターには大抵自家発電が可能な設備があるため、宿泊するならここが一番向いているのだが、ここの発電施設は壊れていた。どうやら当時の住民が自分の使いやすいように改造しようとしていたらしい。電気を引っ張りすぎて焼け焦げた跡がある。

 

「ソォォォナンス!」

 

電気は無いが屋根があるなら泊まるのはここで良いだろうと思い夕飯の準備を始めようとすると、ソウさんが何か見つけたようだ。手に持っているのはチラシのようである。

 

「何かあったか?」

 

「ソーナンス!」

 

「これは…駅弁屋?」

 

「ソォォォナンス!」

 

駅に併設されている売店のチラシだ。なるほど食料が残されているかもしれない。ここから近いし暗くなる前に到着するだろう。

 

「よし、ソウさん。駅に行ってみようか。夕飯を探しつつそこで一泊しよう」

 

駅ならシャッターもあるだろうし三輪バイク―――トゥクトゥクと言うらしい―――も中に運べる。

 

「ソォォォナンス!」

 

早速ソウさんはトゥクトゥクに乗り込み、出発を待っている。

 

「食欲旺盛だなぁ…」

 

ソウさんは弁当のチラシを握りしめて上機嫌だ。

 

 

 

 

 

「…そぉぉぉなんすぅっ!」

 

不機嫌になった。すぐに不機嫌になった。

 

「そりゃそうだ、何年前のチラシだよ」

 

僕は弁当そのものには期待していなかった。食料品を取り扱っているなら他にも何かあるだろうと考えただけである。

 

しかしソウさんは駅弁が食べたかったらしい。

 

「そぉぉぉなんすぅぅぅ…」

 

ぶつくさ言いながら自販機の下を漁るソウさん。平べったい手がいい具合に隙間に入り小銭が取れる。

 

「…貨幣経済滅んでるから意味ないんだけどなぁ」

 

コーヒー2杯分ってところだろうか。ちょっとしたお小遣いだ。

 

「ソーナンス…」

 

お小遣いをくれるおばあちゃんみたいな笑顔で小銭をくれた。いやだからお金使えないんだって…。

 

「取り敢えず貰うよ…」

 

ポケットに突っ込んでおいた。一応金属だし何かしら使い道があるかもしれない。靴下の中に小銭を入れて振り回す武器もあることだし。

 

 

 

「…ここは…駅員室だな」

 

小銭の使い道を考えていると駅員室の扉を見つけた。何かあるといいんだが。

 

「…ソォーナンス!」

 

ソウさんが率先して扉を開ける。

 

複雑なダイヤがあるわけではないようで中身はシンプルだ。事務仕事のための机がいくつかと、ロッカー、棚、スケジュールが書かれた黒板。奥にはちょっとした給湯室があった。

 

当然のように無人だ。ソウさんは駅員帽を見つけて被っている。元々被っていたキャップは尻尾に引っ掛けているようだ。

 

 

 

「…旅行のパンフレットがいっぱいだな」

 

運行予定やよくわからない数字が書いてあるファイルばかりだがこれなら僕でも理解できる。

 

『全部ユキノオーのせいだ。GR SKISKI』

 

『そうだ、ジョウトに行こう』

 

『青春10きっぷ』

 

 

 

「……全部昔見たことあるな」

 

古い鉄道会社の旅行パックだ。今の僕くらいの齢の男女がスキーをするCMを思い出す。

 

「消滅なんて起こらなければ、僕もこんなことしてたのかなぁ」

 

ゲレンデでユキノオーに抱きつく美女の笑顔を見ながらため息をつく。キルクスタウン近くの山にスキー場があった気がする。もし近くに行くことがあれば行ってみようか。美女はいないだろうけど。

 

「…誰だっけこの女の人」

 

消滅前はかなり有名だったモデルだと思う。健康的な褐色肌が雪に映えている。

 

 

 

 

「ソウさーん…あれ、どこいった」

 

少し目を離した隙にソウさんがいなくなっていた。どこに行ったのだろう。

 

「部屋の奥か…?」 

 

給湯室近くに行ったがソウさんの姿はない。ついでにそこに残っていたカップ麺を拝借する。賞味期限はとっくに切れているが食べられないことはないだろう。

 

「…ん?ああ、仮眠室があったのか」

 

気づかなかったが給湯室の奥にもう一部屋、運転手用の仮眠室があった。

 

「お邪魔します…」

 

 

 

二段ベッドが一つと小さな机が置かれた、簡素な仮眠室だった。ベットはホコリを被っており長年使われていないことがわかる。

 

「……多分、ここで誰かが生活してたな」

 

かなり生活感がある。ゴミ箱の中には缶詰や保存食などのゴミが未だに残っていた。

 

「…なんだこのファイル」

 

広げてみると…どうやら電車の運行ダイヤだ。全て手書きで書かれている。

 

「…仕事熱心だねぇ………いや、なんかおかしいな」

 

知らない路線…いや、存在しない路線のダイヤが書かれている。存在しない駅も…。

 

「…ああ、これ全部妄想のダイヤだ」

 

ダイヤも、駅も、路線も。実在するのはこのガラル鉄道一つで、他は全て架空だ。

 

「…ここにいた人は…多分駅員を辞められなかったんだな。人がいなくなって鉄道が要らなくなっても認めたくなかった。せめて妄想の世界で…電車を走らせてた…のかもしれない」

 

もちろんただの趣味という可能性もある。でも、このファイルからはどこか執念のようなものを感じた。趣味ではない、本気の執念を感じた。

 

ページが進むに連れ、妄想電鉄の本数が減ってくる。駅も減ってくる。

 

そして最後にはダイヤは何も書かれていなかった。

 

 

 

ただ一言だけ、

 

 

『最後にもう一度、みんなを乗せて旅したかった』   

 

 

 

「運転手だったのかな…」

 

彼の旅はどんなものだったのだろう。毎日同じ場所を行ったり来たり。でも、彼にとってその旅は輝かしいものだったのだろう。多くの旅仲間を車両に乗せて、彼は毎日冒険した。その旅に同乗出来たならそれはどれほど素晴らしかっただろうか。

 

「…ソーナンス?」

 

いつの間にかソウさんが横にいた。

 

「…この路線図だとさ、ナックルシティから地下鉄でキルクスタウンまで行けてさ、そこから登山鉄道があるんだ。雪山を駆け抜ける登山鉄道…」

 

「ソーナンス?」

 

「行ってみたいな、電車に乗ってスキー旅行」

 

でもそれは叶わない夢、電車もなければ、今となってはスキー場も無いだろう。でも…

 

 

 

「ソウさん、今日は車両に泊まってみないか?」

 

 

 

 

外はもう真っ暗だった。旅人は夜中は行動しないと相場決まっているが、僕は旅人初心者だ、多少のルール違反は仕方がないだろう。

 

ブラッシータウン駅から線路を伝って数分、予想通り放置された車両を見つけた。動く気配は無いし、ところどころ錆びているが立派な車両だった。

 

対面式の座席に座り、頬杖を付きながら車窓から外を眺める。丸い月が僕たちを見下ろしていた。

 

「ナーンス?」

 

駅員の帽子を被ったソウさんが車両の後ろからやってくる。

 

「ソーナンス!」

 

「切符かな?」

 

流石に切符は持っていないので先程受け取った硬貨を差し出す。

 

「ナンス!」

 

満足した様子で硬貨を受け取ったソウさんは座席を通り過ぎ、車両の前の方まで行って、返ってきた。

 

ソウさんは僕の前に座る。

 

「それじゃ、飯にしようか」

 

「ナーンス」

 

バックの中からあるものを取り出す。

 

プラスチックの四角い弁当箱だった。

 

「…駅弁。入れ物は売店で拾ったそれっぽい箱だけど、中身は流石に保存食な」

 

せっかくの電車の旅だ、豪勢に行こう。

 

「ソォォォナンス!!」

 

気に入ったようで何よりだ。さて、僕も食べよう。弁当箱は一つしか無かったのでナナの実の葉を皿にして食事する。

 

 

 

 

月光に照らされて、電車が動き出す。座席は満員だ。皆パンフレット片手に行き先について楽しげに話している。

後ろの席に座る老夫婦はキルクスタウンの温泉に行くようだ。

 

「ソーナンス?」

 

僕らはどこに行くのかって?…そうだなぁ。やっぱスキーじゃないかな

 

夜行列車は夢を載せて走り出す。彼の書いたダイヤの通り、時間通りに。

 

 

 

「もちろん、妄想だけどさ」

 

実際には電車は動かないし、他に客もいない。でも、確かに僕はあのファイルを作った運転手の旅に同乗している。

 

彼の旅に、僕らは居る。




研究所でのお話は多分終盤に登場します。忘れてたらごめんなさい。

JRのパロディ、本当は行くぜ東北使いたかったんですけどまだ東北がモデルの地方出てないんですよねぇ…

追記
ポケモンレンジャー バトナージに登場するフィオレ地方には青森をモデルにした地域が登場するそうです。めっちゃ砂漠ですけど。

在りし日のガラル
ガラル鉄道について
ゲーム本編では主人公とホップ君が向かい合ってスマホロトムで遊んでいる姿が印象的でしたね。終末ナンスでは遺棄された同型の車両でソウさんとカイさんが駅弁を食べているという設定です。

ガラル地方の大きい駅にはレストランらしきお店がありますがブラッシータウンにはレストランが無いので、代わりに弁当屋があればいいなぁと思って登場させました。まあ食べてたのは保存食詰め合わせ弁当ですが。

原作ゲームでそらをとぶタクシーばかり使っている皆様もたまには鉄道に乗って、働いているだろう運転手さんの夢に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

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