とある男女は、ベランダで星を見ながら寄り添っていた。互いの手に持ったグラスを軽く当てると、笑顔で言った。
「メリークリスマス」
そうして、二人は、抱き合って顔を寄せ合った。
高層階のベランダから見える街並みは、イルミネーションがあちらこちらで輝き、聖夜を演出していた。
すると、女が何かに気付いて夜空を指差した。
「見て、流れ星!」
「本当だ」
二人は顔を見合わせた。
「そうだ、何か願い事しなきゃ」
「ずっと一緒にいたい……、でどう?」
「でも、もう消えちゃったかも」
二人は、抱き合ったまま、再び星を見上げた。
しかし、流れ星だと思っていたものは、ぐんぐんと大きくなっていた。
「え……?」
「何だ、あれは!」
その街が遊星爆弾によって消滅し、大きなクレーターのようになってしまったのは、その日のうちに、大きなニュースになっていた。
自宅のベッドでモニターに映るニュースの映像を見ていた二人も、恐怖に満ちた表情をしていた。カメラは、遠くから街並みを映しており、暗い夜を真っ赤に染めている。
血相を変えた男は、意を決したように女に言った。
「あの街には、友達が住んでるんだ! 確かめに行かなきゃ!」
ベッドから抜け出した守は、脇に散らばった自分の服を拾い集めた。
「この埋め合わせは、また今度!」
「あ! 古代くん、待って!」
「ごめん!」
守は、歩きながら器用に服を着ると、慌ただしく、薫の家を出ていった。
後に残された薫は、ベッドの脇に置いてあった眼鏡を手に取った。モニターに映る映像を凝視すると、独り毛布にくるまって震えた。彼女の眼鏡のレンズにも、赤い炎がちらちらと反射している。怯えた様子でニュースを伝えるアナウンサーの声だけが、部屋に響いていた。
「酷いよ、古代くん……」
薫は、そこで目を開けた。
椅子でうとうとしていたらしい。額に手を乗せると、じっとりと冷たい汗をかいていた。もう、何年の前の出来事だ。
薫は、ぼんやりとした意識をはっきりさせようと、デスクのキーボードの横にあったコーヒーカップを持ち上げた。そんな悪夢を何故見ていたのかを、冷静に自己分析してみると、ふと思い当たることがあった。
そう、つい先日ヤマトで地球に帰還してから、今日は初めてのクリスマスだった。
そこは、ヤマト艦内の技術科の研究室だった。先日まで、コスモリバースシステムの起動準備に追われ、起動が成功した今も、その結果の分析に忙殺されていた。
そう言えば、と彼女は、ふと思い出していた。結局、守の言った埋め合わせとやらは、守られることはなかったのだ。
薫は、寂しそうに、小さなため息をついた。
「どうかしたのかね?」
すぐ隣りのデスクにいた真田が、そんな彼女の気持ちなどお構いなしに、データの分析に勤しんでいる。
「いいえ、別に。何でもありません」
薫は、オムシスで用意した小さなケーキがあったのを思い出した。立ち上がって研究室の隅にあった試料の冷却用の棚からそれを取り出した。ゆっくりと席に戻ると、真田のいるデスクの端に、それをそっと置いた。
そして、椅子に腰掛けると、自分用に用意した分を、もそもそと食べ始めた。
一休みしようと椅子に寄りかかった真田は、そこでようやく、ケーキが置いてあることに気がついた。
「そうか。今日は、クリスマスだったね」
薫は、冗談めかして、意地悪く言った。
「あら。先生も、クリスマス、ご存知だったんですか?」
真田は、そのケーキの乗った皿を手に取り、もう片方の手でフォークを振りながら言った。
「もちろん。イエス・キリストの2199回目の誕生日だ」
あまりにも予想通りの回答に、薫は、聞くんじゃ無かったと、少し後悔した。しかし、それに続く彼の言葉は、薫のがっかりした気持ちを分かっていたかのようだった。
「しかし、今日はコスモリバースシステムで地球環境が回復してから最初のクリスマスだ。きっと、皆、特別な日になったに違いない」
彼は、感慨深げに、ケーキに手をつけている。
「古代もここにいて、一緒にこの日を祝えたらよかったんだが」
真田も、彼を思い出しているらしい。薫は、その言葉に息がつまり、急に泣きそうになっていた。
「そうですね……」
真田は、ケーキを食べ終えると、そっと皿とフォークを置いた。
「ご馳走さま。君のおかげでクリスマス気分を味わえた」
薫は、再びデスクの端末に向かおうとする真田の横顔を眺めた。何だか、彼をからかいたい気分だ。
「……そうだ、先生。埋め合わせしてくれません?」
真田は、きょとんとした表情をしている。
「埋め合わせとは、何のことかね?」
薫は、くすりと笑った。
「何でもありません。先生、良かったら、少し休憩して、星を見に行きません?」
真田は、手を止めて少し思案しているようだった。そして、彼女の方を向いた。
「構わないよ」
ヤマトは、既にほとんどの乗員が艦を降りていた。残っているのは、コスモリバースシステムのデータ分析を行っている技術科のクルーだけだ。
甲板までやって来た真田と薫は、巨大な主砲の脇を通り、艦首の方へ歩いていった。二人は、まるで恋人同士の様に横に並んで夜空を見上げた。そよ風が、薫の髪を揺らしている。
そして、そのまま黙ったまま、静かな時間が流れていく。
薫は、空に発見したものを見て、思わず子供のような叫び声をあげた。
「あっ、流れ星!」
そう言ってから、薫はその方角を指差した。真田も、その指の先を見つめている。
「……もしかして、少しは埋め合わせになったかね?」
驚いた薫は、彼の横顔をまじまじと見つめた。
そして、微笑した彼女は、彼に向かって言った。
「そうかも知れません。でも……。いいえ、何でもありません」
二人の距離は、それ以上縮まることも無く、ただ風だけが通り過ぎて行った。
注)クリスマスは、イエス・キリストの誕生日ではないそうです。キリストの誕生日は不明なのだとか。
注)pixivとハーメルン、及びブログにて同一作品を公開しています。