「――なるほど、記憶を失って彷徨っていたか……つまり君はベクタの迷い子というやつだね」
「よく分からないが、そういうものらしい」
自身が目覚めた時に顔を覗き込んでいた青年ユージオに状況の説明を受けたキリトは、あまりこちらから質問せずに聞かれるがまま全ての問いにイエスと返事を返した。
それは長年のプレイヤーとしての勘か、それとも見ず知らずの相手に尻込みしているからか、心の奥にあるものは分からない。
ただこの世界が夢というには現実味がありすぎて、ゲームというにはやはり現実味がありすぎた。
―花吹雪の舞う黄色い平原。遠くに聳え立つ幾何学的な紋章を秒刻みで変化させる壁のようなもの―
…だからと言って現実というには、幻想的すぎる。
目覚める前の最後の記憶が生死の境を彷徨うような状態であったこともあり、見た目ほどキリトは冷静ではない。もし目の前の青年が天使や閻魔様だと言うのなら自分はあの時に死んでしまったのだと信じたかもしれないぐらい憔悴しきっていた。
(…だとするとここは天国なのかな)
されるがままというのは、頭が可笑しくなりそうな中でひねくり出した苦肉の策だったのだ。
「……大丈夫。突然のことで気が動転しているのだろう。僕が君を街まで送り届けるよ」
それを知ってかユージオはとても親切にキリトを気遣った。
気分が優れないようならもう少しここに腰かけているといいなどと、昼食用に取っていたお茶とパンまで分けられた時には彼のヨーロッパ系の顔立ちもあってイギリスの紳士と話しているようだと感じた。
「…………」
「…………」
どれぐらい経ったであろうか。
ゴーン、ゴーン、ゴーンと三度鐘が鳴る。
「…………あ」
「……もうすぐ日が沈んでしまう。残念だけどこれ以上君をここに止まらせて置くことは出来ない。あまりに危険な事だからね」
少しだけ怖い顔をしてユージオは言う。何だかんだと自分や彼に言い訳をして三時間ぐらい居座ったキリトだが、これ以上駄々をこねれれば引きずってでも街とやらに向かわさそうな雰囲気だ。
別に街に行くことに拒否感はなかった。
ここが傷付いた心を癒すには十分過ぎるほど満ち足りていたから、つい離れたくないと思ってしまっていただけで、流石に夜中に一人残ってまで居ようとは思わない。
手を差し出されて、その手を握る。
「……ぅ?」
「どうかしたかい?」
「いや、なんでもない」
同じぐらいの背丈だと思っていたが、握り返された手があまりに大きかったものだから少しだけ驚いた。それだけの事だった。
……まるで、男と女ぐらいの差。
キリトは少しだけ違和感を感じだが、今は他に注意を割く精神的余裕はなかった。
ヒント・GGOメルタル