1.
ずっと同じ声が聞こえる。
誰かに助けを求める叫びが。
此処から連れ出してくれと願う声が。
他人の声など聞いたことが無いのに、何故か聞き覚えがある様な気がする。
その人を助けなければならない。それが今ある私の全てだから。
けれども、周りには誰も見当たらず、暗く、冷たい黒い霧が絶え間無く吹いているだけ。
今日もまた、見つけられないものを探し続けている。
••••••••••••••••••••••••••••••
光輝「30階層辺りで事件?」
メルド「あぁ、どうもその階層にいないはずの魔物が出てきたそうだ。それも数えきれん程のな。」
宿場町【ホルアド】、光輝達勇者一行は、その町の常用している宿でメルド団長含めた騎士達と打合せをしていた。
クラスメイトのトラウマとなっていたベヒモスを倒し、前人未到の階層を攻略していた頃、【オルクス大迷宮】の上層にて事件が起きた。
陣乗ではない量の魔物が溢れかえり、迷宮を次々に埋め尽くしているようだ。近くの階層を攻略していた冒険者達はその波に飲み込まれ、多くはないが既に犠牲者も出ている。このままでは魔物が迷宮の入口にまで侵攻し、町が滅ぼされ、魑魅魍魎で埋め尽くされるかもしれない。
その報告を聞き、【ホルアド】のギルド支部長は緊急の依頼を勇者一行に申し出た。金ランクの冒険者が出払っている今、彼らの実力ならこの事件を解決できると信じて。
雫「魔物の種類や規模は判明しているんですか?」
メルド「辛うじて脱出して来た冒険者によると、どうやら虫型の魔物が大半のようだな。あとはブルタールや狼型のものが少々といったところか。だが問題は数だな。聞いた限りでも数百単位入るだろう。」
打合せに参加している者達の間に戦慄が走る。当然だ。下手をすれば自分達と同じレベル以上の魔物が相手となるのだ。それも今まで戦って来た規模のものとは比べ物にならない数が。
香織「そんな数の群体か一体何処から...?」
龍太郎「オイオイ、シャレになんねぇぞ...。」
生徒達か動揺する中、勇者か立ち上がり皆を鼓舞する。
光輝「皆、大丈夫だ!ベヒモスを倒して、前人未到の階層を突破した俺達なら誰が相手だろうと負けはしない。力を合わせて、事件を終わらせよう!」
龍太郎「ヘッ、光輝の言う通りだな。それに雑魚がいくら集まろうがオレ達の敵じゃねえぜ。」
雫「簡単に言うわね......。まぁでも、どちらにしろやらなきゃ大変な事になる。」
香織「そうだね。せめて出来る限り数を減らさないと。その前に魔力回復薬とか、消耗品の補充だね。」
光輝の言葉に、一行は気力を取り戻していく。こんな時でも彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。
メルド「よし、まずは作戦を練って、物資の用意が整い次第出発するぞ。連中が迷宮の入口に到達するまであまり時間が無い。」
メルドの声に皆が頷く。勇者一行による殲滅作戦が、始まった。
••••••••••••••••••••••••••••••
翌日、準備が整った勇者一行は事件のあった階層に進んで行った。メルド達騎士団は万が一、魔物が迷宮から湧き出した時に備えて入口で待機している。
光輝「万象切り裂く光 吹きすさぶ断絶の風 舞い散る百花の如く渦巻き 光嵐となりて敵を刻め! “天翔裂破”!」
【オルクス大迷宮】の30階層。普段なら中堅の冒険者達が実力を伸ばす為、或いは大金を稼ぐ為に駆け回る所に、勇者一行はいた。だが今、その階層は普段のそれとは違う。ブルタール、狼、蟻、蟷螂、蜘蛛、様々な魔物が勇者一行に襲いかかっていた。
龍太郎「チクショウ、全然減りゃしねぇなこいつら!」
光輝「諦めるな!今の所は俺達で充分相手に出来るレベルの奴らしかいない。前衛! カウント、十!」
「「「了解!」」」
しかし、彼等はその程度の連中に遅れを取ることはない。光輝は高速で聖剣を振り、自分を中心に光の刃を無数に放つ。射線上にいた虫達が、次々に細切れにされ地に伏せていく。
鈴「守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る“天絶”!」
結界師の鈴が後衛組の前にシールドを貼る。突然現れた防壁に対応できず。蟋蟀型の魔物は衝突し、後続の者達に押し潰されていく。
――ギイイイィィィィィィ!!
鈴「うぇぇ、気持ち悪いよぅ。」
恵理「泣き言言わないの、鈴。ほら、次が来るよ!」
香織「うぅ、でもこの光景はちょっとキツイかな...。」
女性陣が向かって来る虫の様子に怯える中、それでもめげずに着々と魔物の数を減らして行く。だが、魔物達もまた次から次へと湧いて出て来ていた。
光輝「後退!後衛、放て!」
「「「「「“炎天”」」」」」
号令と共に、前衛組が離れ、後ろから炎系上級攻撃魔法が放たれる。周囲一帯が炎に包まれ、魔物が焼き尽くされていく。勇者達がいる部屋の中の敵は全滅したが、それでも通路の奥から新たな魔物が入り込もうとしている。
鈴「刹那の嵐よ 見えざる盾よ 荒れ狂え 吹き抜けろ 渦巻いて 全てを阻め “爆嵐壁”!」
その前に、入口に攻勢防御魔法による空気の壁の様なものが現れる。魔物達は蹴破ろうと武器や魔法を当てていくが、空気の壁はたわむばかりで少しも破れない。
そして入口が虫で埋め尽くされた時、空気の壁が凄絶な衝撃とともに爆発した。集まっていた魔物は一気に後ろに吹き飛び、数を多く減らす。残党が尚も勇者一行に襲いかかろうと動き出すが、既に光輝の準備は終わっていた。
光輝「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」
真っ直ぐに突き出した聖剣から極光が迸る。放たれた光の刃は地面を削り飛ばしながら突き進む。入口から通路の奥まで駆け抜けて行き、まだ数多く残っていた魔物諸共消し飛ばした。
光輝「はぁ、はぁ、これで、全部かな....。」
龍太郎「だと良いけどなぁ。流石に切りがねぇぜ。」
魔力を殆ど使い果たし、光輝は荒くなった呼吸を整えようとする。この階層に到達するまでにも、多くの魔物達を倒し続けて来た。そのせいで皆疲労が溜まってきていた。次の戦闘が始まる前に休息が必要になるだろう。一行は魔物が侵入してこないように出入口を土壁や瓦礫で埋めて、即席のバリケードを作った後に休息に入った。
雫「でも、こんな大群が一体何処から来たのかしら?」
光輝「分からない。でも奴らはこの入口の奥からどんどん出て来ていた。若しかしたらこの先に、魔物の巣か何かがあるのかもしれない。」
休憩の最中、再びその疑問が持ち上がる。光輝の言う通り大群は必ず迷宮の奥、それも一方向からしか出て来なかった。他にも連絡口や通路があるにも関わらず、だ。
恵理「でも、この方向って...。」
鈴「確か、何かよく分からない魔法陣が描かれた床がある部屋だったよね?エリリンはあれが何なのか知ってる?」
その質問に、恵理は首を横に振る。後に分かることだが、それは70階層と30階層を繋ぐ転移陣と呼ばれるものだ。未だその階層に到達した者かいない為、その魔法陣は起動すらしておらず、唯の床の傷と化していた。
雫「どちらにしても、敵の出所らしき物は判明した事だし、一旦宿に戻って休んだ方が良いわね。皆体力も回復薬も殆ど使い切っているし、もうこれ以上の戦闘は厳しいわ。」
光輝「...そうだな、迷宮とは言え魔物も数日で増えたりはしないだろうし、休憩か終わったら宿に戻ろう。」
光輝の言葉に皆賛同し、出発の準備に取り掛かる。
そんな時だった。聞き覚えの無い、不快な声が響き渡ったのは。
?「いやはや素晴らしいではないか、勇者の実力というものはぁ。流石は神がもたらした奇跡の使徒達だぁ。他の有象無象とは格が違う。」
「「「!?」」」
他人を嘲る様な声が一行に掛けられた。全員が声の主が居る方向に振り返る。だがおかしい。出入口は全て塞いでいた筈だ。人が入って来る余地はない。にも関わらず、その人物はそこに居た。
棺を背負い、黒いローブを羽織った初老の男性、人差し指には奇妙な文字が掘られた、青白く輝く指輪をしている。その肌は浅黒く、耳は片方だけ僅に尖っていた。だが特徴的なのはその顔だろう。眼はひどく澱んでおり、左眼は瞳孔が開ききってあらぬ方向を向いている。顔中は別の人の肉を繋ぎ合わせたかのように、肌の色が違う皮が継ぎ接ぎだらけになっており、針を縫った痕が痛々しくのこっていた。
光輝「お前は...。」
キンドル「はじめまして勇者サマ。私はキンドル・ガーテン。種族は、言わなくても分かるね?」
香織「魔人族...ッ」
キンドル「大正解ぃ。頭の回転が早くてとても助かるよぉ。ご褒美に拍手を送ってあげよう。」
魔人族の男は背負っていた棺を地面に降ろし、挑発する様にワザとらしく手を叩く。拍手の音か部屋に響き渡る中、生徒達は我に返り、慌てて各々の武器を取り構える。だが男は両手を挙げ降参する様な姿勢をとる。
キンドル「おぉっと、待て待て。まだ戦いに来たわけじゃぁない。少しだけ取引がしたいだけさぁ。」
光輝「取引だと?いや、その前に質問に答えろ。何故ここに魔人族が居る!?どうやって入って来た!」
先程までの煽る様な行動に腹を立てたのか、光輝が怒声を上げる。その返答に男は光輝を一瞥した後、溜息を吐き呆れる様に首を振る。その動作が光輝をさらに苛立たせる。
キンドル「まぁまぁ落ち着きたまえよ勇者サマ。そんなに怒鳴らなくとも要求には答えるさ。答えは単純、最初からこの部屋にいたのさぁ。君達か来る前からねぇ。」
光輝「最初から...?馬鹿な、ここには魔物が大勢いて...!?」
男の言葉に生徒たちは息をのむ。これが嘘でなければこの男は魔物たちがひしめく中、襲われることもなくまるで友人と待ち合わせでもするかのように部屋の中で待っていたことになる。そして、教皇のイシュタル達信仰者から教わった座学の通りならば、魔人族は魔族を従える力を持っている。この事実が意味することはつまり――
光輝「まさか...。魔物があふれ出た原因は!」
キンドル「ご名答ぅ!全部私の仕業だぁ。ここにいた魔物共は全部、私の駒だったんだよぉ。考えるまでもない簡単な問題だっただろう?」
光輝「ふざけるな!態々その元凶が俺達の前に出てきて取引だと?犠牲者を出しておきながら、よくもそんなことが言えたな!だがもうお前の用意した魔物は全て倒した。お前に勝ち目はない!大人しく投降しろ!」
光輝は激しく憤り、キンドルに啖呵を切る。その言葉に反応し前衛組は再び武器を構え、後衛組は攻撃魔法の詠唱を始める。
自分の命はすでに相手に握られている。その光景を前にしてもキンドルは尚も勇者達を嘲るような眼を向けつつ、緩慢な動作で姿勢を変える。
キンドル「ハァ、人の話を聞かない坊主だねぇ、まあいいかぁ。どうせ帰り道の途中で寄っただけだしぃ。ちなみに、さっきの取引の内容なんだけどさぁ...。」
男は構えも詠唱もせずに、手ぶらで話し続ける。
キンドル「『命は助けてやるから、大人しく捕まって私の軍勢の為の実験体になれ』ってところなんだけどぉ、どうだい?今からでもこの提案に乗り換えないかい?」
それは提案と呼ぶには余りにも過激な内容だった。脅しともとれる横暴な台詞に、勇者達は一瞬呆けた表情をする。だが言葉を理解していくとともに、光輝の目が吊り上がっていき、キンドルを睨みつける。
光輝「いい加減にしろ!!実験体だと!?大事な仲間をそんな酷い目に合わせてたまるか!聞いていた通りお前達魔人族は邪悪な存在だ!ここでお前を倒してこの事件を終わらせてやる!覚悟しろ!」
光輝は聖剣に膨大な魔力をつぎ込み、キンドルに刃先を突き付ける。それでも相手の余裕な態度と表情は変わらない。
キンドル「ふぅん。君がそう言うなら仕方がないねぇ。じゃあ――」
「くたばれ」
その合図とともに、この部屋で倒した魔物の死体が瞬く間に蘇り、勇者達へ一斉に襲いかかった。
光輝「何!?」
光輝達は、自分達の手で確実に仕留めて来た敵が、時間を巻き戻すかの様に再生していく光景に目を剥く。否、ただ蘇っているだけでは無い。肉体がより強固なものに変質し、倒す前よりも更に魔力も威圧感も増している。
――シャアアアア!!
その内の一体、巨大な百足の魔物が圧倒的な質量をもって、光輝に突っ込んでくる。
「「“剛力”!」」
永山と坂上が膂力を上げる魔法を使い、猛進する百足を受け止めようとする。しかし障害物など無かったかの様に、立ち塞がった二人まとめて生徒達を吹き飛ばす。
光輝「......ッつぅ!!”天翔閃”!」
雫「“絶断”!」
辛うじて突進を回避した二人は予め詠唱していた魔法を使い、後衛陣が体制を立て直す時間を稼ぐ為に湧き出す魔物を減らそうとする。
しかし、四つ目の狼だけは攻撃を全てかわし、死角を突いて前衛組を翻弄してくる。狼に対応している内にも、他の魔物が次々に生徒達を追い詰めていく。
龍太郎「何だってんだコイツら!?さっきより無茶苦茶強ぇぞ!?」
恵理「皆伏せて!”炎浪”!」
全員が押し負ける中、恵理が全方位に向けて炎系攻撃魔法を放つ。魔物達は回避の為に後退するが、すぐさま進撃を開始する。
鈴「守護の光は重なりて 意志ある限り蘇る“天絶”!」
その前に、生徒達全員を覆う様に光の壁が立ちはだかる。魔物達が押し当たる。数に物を言わせ、障壁を破ろうとする。
香織「天恵よ 神秘をここに “譲天”」
他者の魔力を回復させる魔法を使い、”天絶”の効力を底上げする。それでも物量故か、段々と壁にヒビが入っていく。
光輝「”神威”」
だが、時間は稼いだ。光輝の最大火力の魔法が障壁を抜け、魔物を消し飛ばしながらキンドルに向かっていく。光輝の十八番は障害物を突き抜いたにも関わらず威力を落とさずに向かっていく。人一人始末するには十分過ぎる火力だ。
キンドルは少しも動かずに尚も変わらず嘲笑を浮かべる。そして”神威”かキンドルに到達しようとした時――
光り輝く膜の様なものが現れ、”神威”を飲み込み、あらぬ方向から生徒達に向かって”神威”が放たれた。
「うわぁああ!?」
「きゃぁああ!!」
光の奔流が味方を次々に薙ぎ払う。圧倒的な火力が生徒達を襲い、何が起きたかも分からぬまま全員が倒れる。勇者達が死なない様に手加減されたのだろう。全員が気を失う程度の怪我で済んでいる。
恵理「うぅ......っ。何が、おきて......?」
否、一人だけ何とか動ける者がいた。悪運故か軽傷済み、未だ意識のある状態で済んだ様だ。
――ギチギチギチギチギチギチ
恵理「ひっ!?」
だが、この状況では唯の悲劇でしか無い。大勢の魔物が恵理に視線を向け、獲物を詰る様に追い詰めていく。
恵理「うぁ.......っ。嫌だ......来ないで......ッ」
恐怖で顔が引きつり、弱々しく後ずさる。しかし直ぐに背中は壁にあたり、逃げ場は無くなる。
――ウウウウゥゥゥゥゥゥッ
恵理「嫌だ......、死にたく無い......ッ」
そうだ。こんな所で終われない。彼女の計画はまだ始まったばかりなのだ。自分を助けてくれるはずのヒーローを手に入れる策略は。
キンドル「捉えろ。なぁに、お望み通り死にはしないさぁ。」
嗜虐的な笑みを浮かべ、実験材料を得るべく、魔物に指示を出す。
恵理「誰か......、誰でもいいから......、助けて.......ッ」
怯えながら、ただ一人助けを求める。しかし理不尽な現実は、彼女に残酷な牙を突き付ける。
主人の命令に従い、プルタールは恵理に向かってその拳を振り下ろした。
……
……
……
恵理「?」
降りかかるはずの衝撃はいつまで経っても訪れない。恵理は恐る恐る目を開き、前を向く。
......ドサリ
そこには頭や心臓、脊髄など、体の急所に青白く輝くスティレットを打ち込まれ、次々に倒れる魔物達の姿があった。
そして自分の前に、一人の少女が立っている。
恵理「え?......え?」
「......助けを呼んだのは、貴方ですか?」
女性にしては高めの身長、肩口辺りで切り揃えられた色素の抜け切った、セミショートの白い髪、感情を映さない氷の様な黒い瞳、表情の無い冷たい顔立ち、奴隷が着る様なみずぼらしいボロ布を纏った、一人の少女。あまりにも容姿が違うが、その姿には見覚えがあった。昨年までクラスメイトだった、彼女を思い出す。
恵理「......白野?」
それは一月程前に行方不明になった。恵理の親友だった、玖珠木白野その人だった。