幽鬼の怪物   作:NIRIN0202

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14.深淵

光輝「ふぅ、次で90層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし、迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな。」

 

 時は進み、オルクス大迷宮の89階層。勇者一行は着々と攻略を進め、迷宮攻略も終盤に差し掛かっていた。

 とは言え、この階層を含め以降は前人未到の危険な場所だ。今いる階層の敵を一掃し、次の階層に移る前に消耗品の確認と負傷者の回復を行う。

 

 鈴「カッオリ~ン!! そんな野郎共じゃなくて、鈴を癒して~! ぬっとりねっとりと癒して~。」

 

香織「ひゃわ! 鈴ちゃん! どこ触ってるの! っていうか、鈴ちゃんは怪我してないでしょ!」

 

 傍らであられも無い光景が繰り広げられているが其方には視線も向けず、回復要員を兼任している白野は黙々と治療を進めていた。

 

白野「他に怪我はありませんか? コウスケさん。」

 

浩介「ありがとうっ、玖珠木さん! 俺に気付いてくれるのは貴女だけだっ。」

 

 腕にあった傷が治ると、遠藤は歓喜に震えながらを両手で白野の手を取っていた。

 白野が治療している者の中には、影が薄い事で有名でありながら、直ぐに忘れられる永山パーティの一員である遠藤もいた。この数ヶ月間、白野は皆から時折忘れ去られる影の薄さを誇る彼を、ただ一人忘れる事無く接していた。何故彼女は遠藤に気が付けるのかは、本人曰く「単純に、視界に写るから」との事だ。何がともあれ自分に気付ける貴重な存在が出来たと、遠藤は咽び泣く勢いで喜んでいた。

 一通り準備を整えた勇者達は先へと進み、90階層に到達する。早速歩いて来た道筋を記録しつつ、探索を始めた。到達した階層の節目という事もあり、罠や敵に警戒しながら進むが、時間が経つにつれて一人、また一人と怪訝な表情をする者が増えて行く。

 探索を始めて数時間程経っているのに、罠は愚か魔物の一匹も現れ無い。視界だけで無く、感知系スキルや魔法を用いた探知を掛けても、一切索敵に掛からなかった。これまで多くのフロアを戦い抜いた彼等だが、この迷宮の性質上こんな現象は起こり得無い。

 彼等の精神に困惑が募る中、恵理が突然、代わり映えし無い部屋の壁を指差した。

 

恵理「あの壁、何かおかしくない?」

 

光輝「どうした、何か見つけたのか?」

 

恵理「うん、あそこの壁だけ周りと色が違う。」

 

 開けた部屋の壁に、恵理が言う通り一部変色した壁が見えた。灯りを近付け良く見比べて始めて気付ける程の違いでしか無いが、人が一人通れるだけの範囲で色が変わっていた。

 

白野「どうやらこの壁だけ、新しく作り直された様ですね。この部分だけ材質が間新しくなっています。」

 

 雫「それって......つまり、誰かがこれを作ったという訳ね?」

 

 雫の発言で、一行の間に緊張が走る。その言葉の通りならば、自分達以外にこの階層に来た者がいた事になる。人族で此処に到達した者はいないし、魔物に周りに合わせた壁を作る知能も無い、だとすれば、この壁を作ったのは――

 

 光輝「まさか、魔人族が?」

 

 白野「可能性としては、あり得るかと。」

 

龍太郎「でもよぉ、態々こんな所まで来て壁なんて作るか、普通?」

 

 香織「龍太郎君、幾ら暇でもここに来て壁だけ作るなんて事しないよ?」

 

 ずれた事を言い始めた龍太郎に、香織の突っ込みが入る。どういう事か未だに理解出来ていないのか首を傾げる脳筋に、白野から解説が入った。

 

 白野「壁の全体の長さから察するに、この区画はそれなりの大きさがあります。壁を壊して中を掘り進めば、時間は掛かりますがある程度の広さを持った部屋を作る事が出来る筈です。」

 

龍太郎「あ〜、つまりあれか? 壁の後ろに隠し部屋か何かがあるってか?」

 

 白野「恐らくは。或いは元々あった部屋の出入口を塞いで隠した物かも知れません。」

 

 恵理「取り敢えず、壁を壊して中を見てみない? 罠は無いみたいだし、少しずつ壁を壊して――」

 

――ドゴォン!!

 

 突如壁の前に立っていた白野が横蹴りをかまし、色が違う部分の壁を蹴り砕いた。轟音に反しない威力があったのか、変色していた壁全てが崩壊し、人が通れるだけの入口が出来る。その後ろには、更に奥へと続く通路が隠されていた。

 思わぬ行動に全員が驚き、白野を見詰める。台詞を遮られた恵理は僅かに顔を引きつらせている。

 

白野「この手に限ります。」

 

 鈴「...もうちょっと穏便に済ませても、バチは当たらないと思うなぁ。」

 

 雫「思い切りが良いのは昔と変わらないわね...。」

 

 記憶を失う前の白野と同じ点を見つけられた事に喜べば良いのか、何も成長していないと嘆くべきか、一行は複雑な表情をしていたが、白野は気にせず武器を構え通路に入って行った。

 通路の中は暗くそれ程幅が無い事から、白野と、第一発見者の恵理と、便乗し

た鈴の少人数で調べる事になった。他のメンバーは入口の警戒に当たっている。

 ランタンで通路を照らしつつ通路を進んで行くと、同じく灯りの消された部屋に到着した。罠が無いか確認しつつ、白野が壁にかけられている緑光石に魔力を込めて灯りを点けて行く。部屋が照らされると、そこには壁を覆う垂幕が架けられた、何も置かれていない机や椅子等の家具が幾つか部屋の隅に置かれているだけの、閑散とした景色が広がっていた。入口の対向にまた別の出入口があり、鉄製の扉が硬く閉じられている。

 

 鈴「......む〜、何も無いね、この部屋。怯えながら入った鈴が馬鹿みたいじゃん。」

 

白野「どうやら他の物は全て引き払われた様ですね。ここはもう捨てられた所なのでしょう。」

 

恵理「ううん、そうでも無いかも知れない。これを見て。」

 

 二人が恵理の居る方向を見ると、壁の垂幕を引き剥がした恵理の姿があった。そこには魔人族の魔法陣で描かれた、見た事も無い真っ黒な陣が壁に刻まれていた。何処となく、嘗てクラスメイトをトータスに召喚した時の魔法陣と同じ物の様に見える。しかし目の前のそれは全体的に酷く歪んでおり、見ていると背筋が泡立つ様な不快感を覚える、何処か悍しい雰囲気を放っていた。

 

 鈴「うへぇ、何か気味悪い...。」

 

白野「見た事の無い魔法陣ですね。これは何でしょう? 」

 

恵理「白野も知らないの? けど、残しているんだとしたら、もしかしたら重要な物なのかも。」

 

 白野は魔法陣がどう言う物なのか解析しようとしているのか、壁に目を向けたまま考え混んでいる。鈴は歪な魔法陣に怯えて、白野の後ろに隠れてしまっている。

 嫌なら付いて来なければ良いのに、と内心呆れつつ、試しに魔力を流し込むべく魔法陣に手を伸ばす。その黒い魔法陣に、恵理の指が触れた。

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

 

 

 

寒い

 

 

 

 

 また、この景色だ。

 白野に知識を直接頭に刷り込んでもらう度にみた、光の届かない、黒い霧に覆われた所に、恵理は居た。

 

 

 

 

苦しい

寂しい

 

 

 

 

 だが、何かがおかしい。この景色が見える時は、唯寒く感じるだけで、他は何も無い筈だ。何時もそうだッた。

 

 

 

 

嬉しい

怖い

悲しい

 

 

 

 

 今は違ウ。別の何カが僕ノ中に流れ混んデ来る。様子がおかしイ、早く逃げナいと。

 

 

 

 

憎イ

恥カシイ

楽シイ

悔シイ

 

 

 

 

 必死ニ逃ゲヨウトスル。ナノニ、体ガ思ウヨウニ動カナイ。ソモソモ、僕ハ何処ニ立ッテイル? 私ノ手ハ何処ニアル? 俺ハ今、何処ニ目ヲ向ケテイル?

 

 

 

 

虚シイ

殺シタイ

欲シイ

切ナイ

気持チイイ

 

 

 

 

 テノカンカクガナイ。シコウガボヤケテ、ナニモカンガエラレナクナル。ジブンノナカニ、ナニカガナガレコンデクル。アットイウマニアフレテ、ノミコンデクル。ダレカガスグソバニイルノニ、ダレニモアエナイ。

 

 

 

 

苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル殺ス情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ苦シイヘコム熱イ切ナイ困ル寂シイ好キ悲シイ怖イ落チ着ク暗イ安心スル恨ム辛イ嬉シイ欲シイ寂シイ萎エル痛イ恥ズカシイ楽シイ呆レル可愛イ哀レ虚シイ冷タイ恐ロシイ気持チイイ焦ル憎イ情ケナイ耐エル可哀ソウ苛立ツ泣ケル惜シイ飽キル気持チ悪イ懐カシイ温カイ

 

 

 

 

 

――エリさん

 

――恵理!!

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

恵理「――ゴフッ!? ゲホッ! ゲホッ!!」

 

  鈴「恵理!! 大丈夫!? しっかりして!!」

 

 唾液が気管に入ったのか、激しく咳込む。それだけでも酷いのに、頭も何かに殴りつけられた様に痛み、頭痛が止まない。いつの間にか倒れていたのか、鈴が切羽詰まった、今にも泣きそうな表情で恵理の体を膝に乗せ、此方の顔を覗き込んでいる。

 暫く咳が止まらなかったが、何とか呼吸だけは整えて、状況を整理する。

 

恵理「......うぅ、一体...何が...?」

 

 鈴「分かんないよっ! 恵理が急に倒れるし、体はどんどん冷たくなるし、全然目を覚さないし、意味分かんないし!」

 

白野「無事生還された様で何よりです、エリさん。」

 

 周りを見渡すと、先程迄居た部屋と変わりは無かった。どうやらそれ程時間は経っていないらしい。そして、何か物騒な言葉を口にした白野に、諸々の事情を問い質す。

 

恵理「...生還って、どう言う事?」

 

白野「そのままの意味です。エリさんが倒れた時、貴女の心臓は止まっていました。死因は恐らく、魂の消失です。」

 

 恵理と鈴の表情が驚愕に染まる。鈴は魂と言う概念がある事にも驚いているのだろうが、事前に魂魄魔法の知識を得ていた恵理は違う。

 魂が無くなる。それは肉体の生命維持が出来無くなると言う事だ。患者の生命維持装置を止める様な物だ。それは文字通り死を意味する。

 

白野「鈴さんと協力して、何とか魂魄魔法でエリさんの魂を呼び戻して蘇生したんです。少しでも遅れていれば間に合わない所でした。」

 

恵理「そんな事が...。でも、外傷も無いのに触ったで魂が消えるなんて.......。」

 

 鈴「ねぇ、この魔法陣、今の内に壊しておかない? このまま放って置くのは危な過ぎるよ...。」

 

 今まで様々なトラップに鉢合わせた鈴達だが、触れただけで即死する様な物は無かった。探索するにしても、意図せず魔法陣に触れてしまえばそれだけでアウトだ。しかしそれだけ危険な物にも関わらず、白野は首を横に振った。

 

白野「申し訳ありませんが、調査が終わる迄は残して頂けませんか? 」

 

 鈴「でも...。」

 

白野「この場所に、見覚えがあるんです。」

 

 二人の顔が驚愕に染まる。その言葉が正しければ、この部屋には白野が行方不明になっていた時に関する何かがあると言う事だ。まさか迷宮の奥底の、こんな辺鄙な場所で白野の記憶の手掛かりがあるとは思いもしなかった。

 

恵理「それって、どう言う――」

 

 恵理が詳細を聞こうとしたその時、入口から剣戟と爆音が聞こえ始めた。この場所で武器を振るう者は限られている。明らかに光輝達が何かと戦っている音だ。

 

恵理「捜索は後にしよう! 光輝君達に何かあったのかも!」

 

白野「先導します。お二人は下がっていて下さい。」

 

 鈴と白野はその言葉に頷き、光輝達の元に駆け出した。

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

重吾「なぁ、天之河。お前は玖珠木の事をどう思う?」

 

光輝「白野? 勿論大切な仲間だ。行方不明になった時は心配したけど、無事に戻って来て良かったと思っている。それがどうかしたのか?」

 

 時は少し先登り、光輝達が隠し部屋の入口で警戒に当たっていた頃、永山が険しい表情で白野について質問し始めた。

 光輝は当然の事の様に返答するが、永山は表情を変えずに首を横に振る。

 

重吾「そうじゃ無い、彼女の変容についてだ。見た目もそうだか、戦い方も、思考も前とは丸で違う。」

 

光輝「それは...確かにそうだが、あの一ヶ月の間に何かあったんじゃ無いか? 魔人族が白野を連れて来たのも迷宮の下層からだったし、そこで戦っていて、頭を怪我したとか。もしくは、例の魔人族に何かされたのかも知れない。」

 

重吾「その魔人族に何かされたと言う推測には同意するが、問題はその空白の一ヶ月だ。記憶喪失になったにしても、精神面が希薄過ぎる。」

 

 以前の白野も、トラウムソルジャーと戦っていた際は冷徹な表情をしていた。しかしそれでも、その瞳には生徒達を守ろうとする意思と覚悟が宿っていた。

 今の白野はどうだ。何をするにしても顔色一つ変えず、魔物とは言え躊躇いもなく生命を屠る。それらからは何の情動も見受けられ無い。

 

重吾「以前の白野の面影も無い。あれは最早ロボットそのものだ。」

 

光輝「...永山。例えどんなに変わり果てても、彼女は今でも大切な仲間じゃないか。仲間をそんな風に侮辱する様な事は言わないでくれ。それに、記憶が無くなったんだ。前とは変わらない所もあるんだし、性格が違うのも気にしすぎなんじゃ無いか?」

 

重吾「その記憶喪失になった原因が分からない。あれだけの力があるなら、並大抵の敵なら相手にもならない筈だ。それに治癒魔法も白崎より腕が立つ。あれだけの腕前なら怪我をしても自力で治せる。つまり、外傷による記憶喪失なら治療出来ると言う事だ。」

 

 永山を含め何人かの生徒は、記憶を戻す手掛かりを探し回り情報を集めいてた。得られた物は少ないが、それでも判明した事はある。そもそも、記憶と言うのは脳の神経を直接壊さない限りは無くならない。例え忘れたとしてもそれは一時的な物で、外傷による物だけならばトータスにおける治癒魔法で治る例も数多くあった。

 そして白野が使う魔法ならば、治療魔法では治せない”限界突破”による疲労も回復出来る。永山は試しに以前、白野に頼んで彼女自身の頭に治癒魔法を掛けさせたが、記憶は失われたままだった。

 

 雫「もしかして、白野の記憶は消えたんじゃ無くて――。」

 

 ?「あ〜、話してる所悪いんだけどさ、警戒している時に近くの敵に気付かないのは不味いんじゃないかい? 仮にもあたしみたいな種族が目の前に居るんだからさ。」

 

 突如聞こえて来た、特徴的な男口調のハスキーな声音に、光輝達は直ぐに戦闘態勢に入り声がした方向に振り返る。

 広い空間の奥から、赤い髪に黒い肌を持つ妙齢の女性が現れた。体のラインが映える様に着こなされた服装をしており、肩には白い烏を乗せている。

 この世界に於いて、その特徴を持つ種族は一つしか無い。数ヶ月前に一行に辛酸を舐めさせた、人類の宿敵。

 

  光輝「魔人族...っ!」

 

カトレア「勇者はあんたでいいんだよね? そこのアホみたいにキラキラした鎧着ているあんたで。」

 

  光輝「あ、アホ……う、煩い! 魔人族なんかにアホ呼ばわりされるいわれはないぞ! それより、魔人族がこんな所に何の用だ! また俺達を実験体にでもしに来たのか!?」

 

カトレア「......まぁ、ソイツはお仲間の判断次第だから何とも言えないけど、流石にそれは無いと思うよ? あんた達は貴重な人員だからね。」

 

  光輝「何? それは、どう言う意味だ!?」

 

カトレア「そんな難しい話じゃないさ。人間なんかに付いてないで、あたしら魔人族側に来ないかって話だよ。色々、優遇するよ?」

 

 光輝達としては完全に予想外の言葉だったために、その意味を理解するのに少し時間がかかった。しかし光輝は直ぐに呆けた面を引き締め直し、魔人族の女を睨め付けた。

 

光輝「断る! 人間族を...仲間達を…王国の人達を…裏切れなんて、よくもそんなことが言えたな! 俺達を実験材料にする様な奴らに協力するわけ無いだろう! わざわざ俺を勧誘しに来たようだが、一人でやって来るなんて愚かだったな! 多勢に無勢だ。投降しろ!」

 

 光輝は確固たる意思で魔人族の提案を否定する。対する魔人族は断られた事を気にせず、冷めた視線を光輝に向けている。その時、魔人族の肩にとまっていた烏が女に顔を向け、徐に嘴を動かした。

 

    ?『言っただろう? あの坊主は他人の話なんぞ聞かないってなァ。こんなの時間の無駄だろう?』

 

カトレア「仕方ないだろ。上司の命令なんだからさ。これも仕事の一つなんだし。」

 

   雫「烏が、喋ってる?」

 

 言葉を発しているのは白い烏だった。その声を聞き、雫達は眉を顰める。初めて会う存在の筈なのに、何故かその声音に聞き覚えがあったからだ。

 

カトレア「それで? 一応、お仲間も一緒でいいって上からは言われてるけど? それでも?」

 

  光輝「くどいぞ! 何度言われても、裏切るつもりなんて一切ない!」

 

 しかし光輝はその事には見向きもせず、聖剣を引き抜き構える。力尽くでも魔人族を取り押さえるつもりの様だ。他の生徒も光輝に続き各々の得物を手に持つ。

 

カトレア「そう。なら、あんたらの行末は決まりだね。せいぜい、捕まらない様に祈るんだね。ここで死んだ方がマシだろうし。ルトス、ハベル、エンキ。餌の時間だよ!」

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

 白野達が到着した時には既に、勇者達は多数の魔物に追い詰められていた。前衛組の何人かは負傷し、後援は姿の見え無い敵に翻弄され相手のペースに飲まれている。

 

 鈴「やばいよ、早く加勢しないとっ!」

 

白野「お待ち下さい、スズさん。ここで無闇に飛び出せば敵に囲まれます。」

 

恵理「でもこのままだと光輝君達が......前みたいに魔法で一掃出来無いの?」

 

白野「味方が散らばっている状況では無理です。巻き込んで良いのであれば出来ますが。」

 

 無論この案は却下だ。最悪光輝を死なせる羽目になるようでは本末転倒だ。幸いにも、回復担当のお陰で戦線は維持出来ている。光輝も切札の一つである”限界突破”を使い、辛くも敵を数体蹴散らしている。今の内に合流して撤退に持ち込めば逃げ切れるだろう。

 

白野「私が道を作ります。お二人はその隙に――。」

 

 白野が唐突に言葉を区切り、二人の胸倉を掴み無理矢理地面に伏せさせる。恵理は急な出来事に何事かと驚き白野を睨むが、直ぐにその顔を青ざめさせた。

 三人が立っていた位置を薙ぎ払う様に、鍔無しの大剣による横振りの剣撃が放たれた。そのまま突っ立っていれば、全員仲良く胴体か首が切り離されていただろう。

 しゃがみ込む事で自身も攻撃を躱した白野は二人を腕で抱えながら、追撃に振るわれた大剣を盾で防ぎ、その衝撃を利用しつつ後ろに飛ぶ事で続く攻撃を回避した。想像を超える威力があったのか三人纏めて大きく吹き飛び、一気に勇者達の下へ滑り込んでいった。

 

白野「合流出来ました。」

 

 鈴「話が違うんだけど!? こんなスリル満点な方法じゃ無かったよね!?」

 

 雫「鈴、恵理、白野、無事だったのね!?」

 

 意図しない形で合流したが、二人は気を取り直し加勢に入る。鈴が結界を張り守りを固め、恵理は予め詠唱していた魔法を放ち魔物達を牽制する。

 しかし白野は一人、隠し部屋の入口を見詰めていた。理由は勿論先程の剣撃だ。程無くして、その元凶がゆっくりと歩きながらその姿を現した。

 錆びつき、大剣と言うよりは廃材を溶接した鉄塊の様な武器を、重さを感じさせない様に軽々と両腕に携えた人の形をした何か。

 顔も含め全身の皮膚は無く肉が剥き出しになっており、その肉も強引に繋ぎ合わせた様に縫い合わせられている。体は括れており女性的な体格をしているが、四肢はそれぞれで長さが違い、骨格も何処かアンバランスな物になっている。髪は無く、頭の中心に大きな一つ目が付いており、瞳孔の開いた濁った瞳がギョロギョロと辺りを見回していた。

 

白野「神の使徒? 見た目が随分違いますが...。」

 

  ?『お前の為にわざわざ用意したんだ。大人しく殺されたらどうだぁ?』

 

 再び、白い烏が声を上げた。その声音は、白野が何度も聞いたあの男の声と同じ物だった。剣の切っ先を使徒擬きに向けたまま、視線を白い烏に向ける。

 白い烏は目元を嘲笑う様に歪めた後、魔人族の女の肩から飛び立つ。途端、烏の体が歪み、形が崩れ別の肉体に変質して行く。

 

 光輝「あれは...莫迦な、そんな筈は無い...っ!」

 

龍太郎「何でだよ、何であいつが居るんだよ!?」

 

 体が再び再構築され、黒いローブを羽織った人の姿を形作る。その肌は浅黒く、耳は片方だけ僅に尖っている。眼はひどく澱んでおり、左眼は片方とは色の違う赤い目が取り付けられている。顔中から縫い後が消え去り、肌の色が違う皮が混ざり合って真鱈模様になっている。

 少し特徴が違うが、その人物は紛れも無く光輝達を敗北させたあの男だった。そして、白野と何らかの因縁がある宿敵でもある。

 

キンドル「指輪を返して貰うぞォ、クソ人形。」

 

  白野「何度も出て来て恥ずかしく無いんですか?」


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