幽鬼の怪物   作:NIRIN0202

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15.勧誘

  白野「少し見た目が変わりましたね。今度は変性魔法でご自分の体を変質させたんですか?」

 

キンドル「あァ、お陰様で上司に借りを作ってしまったよォ。ツケはお前に払って貰わないとなァ?」

 

 以前白野が無力化させる為にかけた変質魔法を、同じ魔法を使える何者かが再度変性させる事で解除したらしい。同時に身体障害もある程度改善された様だ。両眼が的確に相手を捉え、足を引き摺る様な事も無くなっている。

 

キンドル「行け。腕を切り落とせ。」

 

  使徒「◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎」

 

 使徒擬きに指示を出し、白野に襲い掛からせる。強引にでも指輪を取り戻すつもりの様だ。

 主人の命令通り、使徒擬きが双大剣を振り、言葉にならない咆哮を上げて白野に斬りかかる。降り掛かる斬撃に身を捩り最小限の動きで躱すが、重厚な武器の見た目に反した高速の剣捌きで次々に白野を切り刻まんと襲い掛かる。

 自身も剣を振り大剣を去なすが、刃が一合触れただけで刀身が軋み悲鳴を上げる。瞬時に再生魔法を使い剣を修理するが、このままでは何れ武器が壊れてしまう。

 そして、今自分達が相手をしているのは使徒擬きだけでは無い。キメラの固有魔法”迷彩”を纏い潜伏していたブルタール擬きが、使徒に押され後退している白野の後ろに立ち、武器を振り上げ獲物が自分の元に来るのを待ち構えていた。

 

恵理「”緋槍”!」

 

 しかし、恵理が放った魔法が隠れていたブルタールを的確に撃ち抜き、魔物を焼き殺す。潜伏していた筈の魔物達は、自分の姿が何故バレたのか知らないまま地面に倒れた。

 

白野「助かりました、エリさん。」

 

恵理「礼は後にして! ...って、あれ? 何で私...この魔法を知って...?」

 

香織「恵理ちゃん、もしかして敵が見えるの!?」

 

恵理「へ? 皆には...見えないの?」

 

 他の生徒達が見えない敵に翻弄される中、恵理は敵の位置を見えているかの様に視線を追従し、王国で習わなかった魔法を使い迎撃して行く。

 だがそれでも、向こうの方が数枚上手だった。

 

カトレア「ほら、仕事だよ。さっさとしな。」

 

キンドル「やれやれ、老骨には労って欲しいものだァ。」

 

 キンドルが再び白い烏の姿に変わり、甲高い鳴き声を上げた。それと同時に、勇者達によって傷を負わされていた魔物達が瞬時に治療され、死んでいた個体も息を吹き返し蘇生される。

 

 雫「蘇生役までいるの!?」

 

白野「再生魔法と魂魄魔法ですね。どうやら神代魔法を付与した魔物を、自身の体に混ぜた様です。」

 

 神代魔法は魔力の消費が激しい事から、魔物の蘇生と治療の連発は不可能だろう。しかし、こちらの殲滅速度ではとても倒し切るどころか、最悪物量に押し潰される可能性が高い。

 現に、野村を含め何人かの前衛組は怪我人が出ている。魔物の相手ですらこの状態だ。更に戦力が増せば、この戦線は一気に崩れる。

 

カトレア「ものみな砕いて大地に還せ! “落牢”!」

 

 健太郎「ヤバイッ! 谷口ィ!! あれを止めろ! バリア系を使え!」

 

   鈴「ふぇ!? りょ、了解! ここは聖域なりて 神敵を通さず! “聖絶”!」

 

 魔人族の女から放たれた灰色の渦巻く球体が、放物線を描いて勇者達に飛来する。

 土系の上級攻撃魔法“落牢”。着弾地点から撒き散らされるその煙幕に触れた者は、徐々に蝕まれ石化する。

 その危険性を熟知していた野村は、数少ない防衛手段の一つである上級の結界魔法を谷口に使わせる。多くの魔物が結界の中に入ってしまったが、何とか“落牢”が着弾する前に受け止められた。

 しかし“聖絶”を維持している間、彼女は動けなくなる。その無防備な状態の彼女を狙い、結界の中に居た魔物達は一斉に動き出した。

 

白野「少し止まっていて下さい。」

 

使徒「◻︎◻︎◻︎?」

 

 それと同時に白野の動きも変わった。今迄使徒擬きを押されつつも対応していた彼女だが、使徒擬きの周囲に何十本ものスティレットを出現させ串刺しにする。オリジナルと比べ魔法耐性も強く無いのか、使徒擬きの動きが止まる。それでも高い耐性を持っている事に変わり無いのか、徐々に鎧通しを砕いて行く。

 白野はその隙に霊体化し、一気に鈴の元に駆け抜ける。刃こぼれし摩耗した剣に魔力を込め灰色の球体へと投げ付けると、速度を落とさず結界に飛び掛かった。光の障壁は白野を阻む事なく彼女を通し、更に谷口をすり抜け彼女の背後に着地する。

 そして石化する魔法へ投げられた剣はそのまま球体に突き刺さる。触れたものを石に変質させるそれは、しかしその剣を変える事無く逆に吸収される。

 

  恵理「え?」

 

カトレア「あれは...嘘だろ、生成魔法!? クソッ、幾つ神代魔法を持ってんだい!」

 

 白野は連射クロスボウを構え、鈴に襲い掛かる魔物を撃ち落として行く。キメラやブルタール擬きは不発性のボルトが急所に当たり絶命するが、黒猫は迫り来る矢をその身軽さで躱し確実に距離を詰め触手を飛ばして来る。

 こちらを刺殺するべく伸ばされた触手を、鈴を抱えて横に躱す。それと引き換えに結界も解除されてしまう。そして獲物を外したその触手を掴み取り、腕力に物を言わせて黒猫ごと縦横無尽に振り回す。黒猫は味方に向けて次々にぶつけられ、最後には魔物を巻き込みながら投げ捨てられた。ハンマーの如く投げ捨てられた黒猫は既に礫死体と成り果てている。

 そして石化の魔法が付与された剣を取り、今度は魔人族に向け槍投げの要領で投げ撃つ。その切っ先は僅かに女の顔をそれ、肩に止まっている者に向いている。

 

キンドル『貴様ッ!?』

 

 剣は見事に烏の胴体を貫き、その効能通り一瞬で肉体を石に変えた。投げた勢いが衰えないまま石の烏ごと飛んで行き、宛ら彫像の如く背面の壁に深々と突き刺さり石材と同化する。

 

光輝「助かった、白野! 良し皆! このまま一気にッ――!?」

 

 これで厄介な回復役は居なくなった。光輝は相手の切札が無くなった事を確信し、皆を鼓舞してケリをつけようと意気込む。しかしそれは、思わぬ障害により頓挫した。

 白野が数十本ものスティレットを出現させ、あろう事か味方である光輝達に放ち始めたからだ。突然の同士討ちに全員が動揺する。

 

 香織「白野ちゃん!?」

 

  鈴「ハクノン!? 何で!?」

 

龍太郎「何だ!? ...って、あぁ?」

 

白野「”聖絶”」

 

 視認出来無い程の速さで飛来した鎧通しは、生徒達の肉を貫く事無く当たった瞬間砕け散り、被弾した者は一瞬でその場から居なくなって行った。

 魔人族の女が何処に消えたのか辺りを見渡すと、いつの間にか白野を含めた勇者達は、広間の出入口である通路に集められていた。魔物に指示を出し追いかけようとするが、白野が唱えた結界魔法により全ての出入口を塞がれる。拘束を解いた使徒擬きも結界を壊そうと双大剣を振り回すが、前代未聞の強度を誇るのか傷一つ付かない。

 

光輝「白野! どう言うつもりだ!?」

 

白野「撤退して下さい。このままでは全滅します。」

 

光輝「何を言っているんだ!? 俺達は負けてなんかいない! もう回復要員も居なくなった。後は力を合わせて倒せば良いだけだ!」

 

白野「この魔物に対応出来ている人は”限界突破”を使っている貴方しか居ません。序でに言えば、それを用いても使徒擬きには対応出来ません。」

 

光輝「そんな筈は無い! 君でも戦えたなら俺でもやれる! 今直ぐ結界を解いてくれ!」

 

 今の白野のステータスは分からないが、この4ヶ月間鍛えて来た自分より数値は低いと考えているのか、白野が単独で使徒擬きを抑えていた所を傍目で見ていた光輝は、自分ならもっと上手く戦えると確信している。

 

白野「了承しかねます。例え貴方が戦えても、他の方はどうするつもりですか? 全員が魔物と渡り合える訳ではありません。現に負傷者も出ています。」

 

光輝「だったら治療すれば良い! 君も優秀な治療役なんだ。香織達と協力して三人掛かりでやれば何とかなる。」

 

白野「確かに可能ですが、それは相手も同じです。キンドルは無力化しましたが、それも一時的な物です。剣を抜かれたら直ぐに復活されますよ。」

 

光輝「そんな事はさせな...ぐっ......。」

 

 白野が仲間の治療に加わるならば、確かに相手が倒れる迄戦い続けられるだろう。しかしキンドルが戦線に復帰してしまえば、今度は何方かの精神が壊れる迄の泥仕合が始まるだけだ。

 光輝は尚も反論しようとするが、”限界突破”の効力が切れ、遂に力尽きてしまう。龍太郎が慌てて駆け寄り肩を貸す。

 

白野「逃げて下さい。あまり長くは持ちません。」

 

 雫「...分かったわ、白野。貴方はどうするの?」

 

白野「ここで殿を努めます。後で私から皆様を追いかけますので、合流場所は決めなくて結構です。」

 

 鈴「......え?」

 

 その言葉に全員が息を呑む。つまりは白野を置いて、自分達だけ離脱しろと言っているのだ。仲間を見捨てる事が許せないのか光輝が再び声を荒げるが、雫が手を制し口を封じる。

 

 雫「本気なの?」

 

白野「冗談を言える性分ではありません。」

 

 雫「......ごめんなさい、白野。皆、撤退するわよ! 急いで!」

 

 鈴「待ってよ!!」

 

 雫が苦い顔で撤退を呼び掛けるが、鈴がその号令よりも大きい声を上げて白野の手を掴んだ。手の温度が下がって行くのも構わないまま、今にも泣き崩れそうな表情で白野を問い詰め始めた。

 

 鈴「殿って何!? 一人でアレと戦うつもりなの!? そんな事したら死んじゃうよ!」

 

白野「ご心配無く、恐らくは死にません。」

 

 鈴「ふざけてんの!? 置いてなんか行けない! このまま皆で逃げれば良いでしょ!? ハクノンが残る必要なんか無いじゃん!」

 

 如何しても白野を置いては行けないのか、鈴が躍起になって白野を連れて行こうと説得する。その言動は余りにも必死で、何処か悲壮な雰囲気を漂わせていた。

 言い包める事は不可能と判断した白野は、鈴から贈られたブレスレットを外す。

 

白野「では、これを持っていて下さい。」

 鈴「え、コレって......。」

 

白野「預かっていて下さい。後でまた受け取りに行きます。」

 

 鈴「......っ。本当...?」

 

白野「はい。必ず会いに行きます。」

 

 鈴「...約束だよ。破ったら、ハクノンの恥ずかしい話、皆に言い触らすんだからっ。」

 

白野「約束します。」

 

 鈴はいつの間にか溢れていた涙を乱雑に拭い、白野を見る。その目に憂いは無くなり、覚悟を決めた女の姿がそこにあった。

 互いに軽く、たがしっかりと手を繋ぐ。そして鈴は手を離すと身を翻し、通路の奥へと引き返して行った。周りもそれに合わせる様に追従し駆け出し、遠藤が魔法で痕跡を消して行く。

 一瞬、白野と恵理が目を合わせ、互いに頷いていた事に気付かないままに......。

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

 場所は変わり、89層の最奥付近の部屋。

 全員が満身創痍な事と、光輝が”限界突破”の副作用により戦闘力が落ちている事で、これ以上浅い階層迄突破する事は出来ず、今いる隠し部屋で回復に努めていた。

 

恵理(あの時...。)

 

 そんな中、恵理は一人思考にふけていた。思い出しているのは、魔人族が使役していた魔物達が、固有能力で姿を隠していた時の事。

 

恵理(あの時、魔物が消えていた時、僕にはアイツらが見えていた。)

 

 何も魔法を使っていたにも関わらず、恵理の視界には敵が全て映っていた。他の人物は隠れた敵が見えず苦戦していたのに。

 ふと僅かに顔を上げて、辺りの人物を見渡す。香織と綾子が負傷者の治療に当たり、皆が思い思いに身を投げ出し、休息を取っている。一通り視線を向けた後、恵理は視界の焦点をずらした。

 その視界に映った物は、普通の見え方とは違った。全ての生物が白く浮かび上がり、他の物は全て色彩を失った不可解な景色。

 この視界のお陰で、先の戦闘でも隠れていた魔物も含めて白く映り、戦いを多少有利に進める事が出来た。

 映っている物の正体は大凡検討が付いている。魂魄魔法を身に付けている今なら、それが何なのか分かる。

 

恵理(......魂。)

 

 魂魄魔法にも、本来見えない筈の魂を視覚化する魔法もある。しかし、それは魂が見える様になるだけで、こんな殺風景な物が映るものでは無いし、魂が白く浮かび上がる事も無い。

 そしてこの景色は、白野から知識を刷り込まれた時に、あの不気味な魔法陣に触れた時に見えた物に酷似する。

 

恵理(この景色は何...? それに...。)

 

 恵理が頭を悩ませているのは、この景色だけでは無い。

 魂が見えているならば、生物全ての魂が見える筈だ。例え姿を消していても、或いは霊体になったとしても、魂がある限り視覚化される筈だ。なのに――

 

恵理(白野だけ、見えなかった。)

 

 焦点をずらした時、視線は白野を捉えているのに、彼女だけが消えていた。まるで、最初からそこに居ないかの様に...。

 

恵理(アイツは...何なの......?)

 

 顔を埋めて、また答えの出ない思考に陥る。そうしている間にも、治療は進められて行く。

 その後数十時間に渡り、彼等は交代で仮眠を取りながら、体と精神を癒していった。

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

カトレア「......はぁ〜。」

 

 白野と魔人族との戦闘が始まり、かなりの時間が経った頃。

 白野との戦いは、未だ硬直状態が続いていた。カトレアは持ち込んでいた携帯食料を齧りながら、魔物の死骸と、その血溜まりの中で淡々と戦い続けている使徒擬きと白野を眺めていた。

 結界の中にいる魔物は、最初の小一時間で全て排除されてしまった。結界の外には待機させている魔物も居るが、この障壁は依然としてその強度を弱める事なく出入口を塞いでいる。勇者達を追おうにも、深追いさせれば返り討ちに逢うのは自明の理だ。

 自身も魔法で援護していたが、尽く対応され決定打を打てない。途中で無駄だと判断し、魔力の温存も兼ね仮眠を取りつつ観戦に徹していた。

 キンドルを救助しようと剣を引き抜く事も試したが、予想以上に剣が深く突き刺さっており自力で抜く事は出来なかった。無論魔物に任せようともしたが、即座に白野に妨害され息絶えた。危うく自分も彼女に殴り殺される所だった。

 

カトレア「......いつ終わるんだい、コレ。」

 

 剣を無くした白野はバルディッシュを取り出し、今尚使徒擬きと斬り結んでいる。当初と比べ互いの戦力は拮抗し合い、激しい剣戟が広間に響き渡る。

 キンドル曰く、使徒擬きは何処からか魔力を補充しているようで、体力も魔力も尽きる事は無い。しかしそれは相手も同じ様で、何方も力尽きる事なく終わらない戦いを続けている。

 

カトレア「あのさぁ、そこの騎士っぽいお嬢さん。いい加減諦めたら? そのまま戦ってても、終わらないだけだと思うけど。」

 

  白野「それは出来ません。」

 

 こちらが手を出さない限りは攻撃して来ない事もあり、いつか終わると考え待機していたが、いい加減時間を持て余し始め白野に降伏を申し出た。案の定、返答は否定のみだが。

 

  白野「今、どれくらい時間が経ちましたか?」

 

カトレア「それアタシに聞く? まぁ、たぶん一日以上は経ってるだろうよ。」

 

  白野「そうでしたか。では、もう充分ですね。」

 

カトレア「何?」

 

 今迄防戦に徹していた白野だったが、突如動きが変わり攻めに出た。

 戦斧を構え、使徒擬きに突撃する。使徒擬きは双大剣を振り上げ迎えた打とうとするが、振り下ろした剣は白野を斬り裂く事なく地面に埋めり込む。

 そして次の瞬間、使徒擬きの背中から胸にかけて戦斧が飛び出し、同時に背中を向けたまま戦斧を持った白野が、使徒擬きの背後に現れた。

 

使徒「◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎!?」

 

 白野は躊躇い無く戦斧に魔力を流し込み、雷光が部屋を白く塗り潰す程の威力が込められた電撃を使徒擬きの内側から叩き込む。内部から焼き焦がされた使徒擬きは、あっさりと力を失い倒れ伏す。

 白野は戦斧を引き抜き、更に使徒擬きの首を斬り落とすと、武器を持ったままカトレアに振り向いた。

 

カトレア「このっ!?」

(こいつ、まさか勇者達が逃げる時間を稼ぐ為に、ワザと全力を出していなかったのか!?)

 

 予め詠唱を終えていた魔法を使い、地面から石槍を生やし白野を攻撃する。しかし白野はそれを一瞬で横に移動する事で回避し、目にも止まらぬ速さでカトレアに近付き――

 

カトレア「.....何のつもりだい?」

 

 カトレアに刃を向ける事なく、戦斧をあらぬ方向に投げ捨てた。更には兜を外し顔を見せる。敵と対峙しているにしては、余りにも無防備だった。

 

  白野「魔人族と、取引がしたいんです。」

 

カトレア「ハッ、取引? なんだい、降伏しろとでも? 言っておくけど、捕虜になんてならないよ、アタシは。」

 

  白野「いえ、魔人族に加わりたい方がいますので、仲間に入れて頂きたいんです。」

 

カトレア「...へぇ? 中々面白い事を言う。」

 

 カトレアにとって、それは願ったりな申し出だった。本来の目的では無いが、勧誘は仕事の一つでもあった。まさか相手から参加を要求されるとは思いもしなかったが、勇者も一枚岩では無いと言う事だろう。

 

カトレア「こっちに加わりたいって言う奴は何人いるんだ?」

 

  白野「私を含めて二人。いえ、三人です。その内の一人は勇者です。」

 

カトレア「勇者? あんだけ頑なに勧誘断っていた奴が、アタシらに入る事は無いだろ。今一頭も切れないし、こっちに参戦してもねぇ?」

 

  白野「方法は幾らでもあります。それに、そちら側でも勇者が人間側から脱退する事は本望なのでは?」

 

カトレア「ハハッ、なんだい、手下の方が頭の回転が早いな。」

 

 勇者達が魔人族に寝返る。それは魔人族側に取って大きなメリットがある。

 一つは人類にとっての最後の希望が敵として立ちはだかり、今度は絶望として敵になるという事。

 もう一つは魔人族側の大幅な戦力の増強だ。ステータスだけみれば光輝の戦闘力は、この世界に於いて上位に入る程の強さを持つ。そして迷宮攻略による恩恵は計り知れない。ならば最高の戦力を揃えるのは自明だ。それを手下として配下に置き、迷宮を攻略させればその脅威は更に跳ね上がる。

 

カトレア「志願するんならこっちとしては構わないがね。取引って言うんだから手ぶらでは無いんだろう? まさかこれだけ駒を殺して置いて、唯で入れるとは思っていないよな?」

 

白野「もし参入を了承して頂けるのでしたら、軍勢をお渡しします。」

 

 白野は左腕に付けていた腕輪を外すと、魔力を込めて十数体の魔物を呼び出す。それは以前、清水が魔人族と協力し使役した魔物を詰め込んだ”宝物庫”だった。

 

  白野「前金でこちらを差し上げます。腕輪の中には約6万の魔物が入っています。」

 

カトレア「驚いた、前払いで随分気前良く払ってくれる。これもアンタらお抱えの戦力の一部って訳か。」

 

  白野「いえ、保有している戦力はそれで全てです。」

 

カトレア「前払いで全額渡すんじゃないよ。」

 

  白野「これから増やしますので。」

 

カトレア「それは賭博で破産する奴が言う台詞だよ。」

 

 間の抜けた発言により白野に対する信用が一気に下がるが、カトレアの中では既に悪い取引では無くなっている。

 幾ら上司が神代魔法を所有しているとは言え、6万体もの魔物の用意するのはそれなりに時間がかかる。それが前金だけで手に入るのだ。いざと言う時は逃げたら良いだけの事だ。

 カトレアが少しの間考え込んでいると、白野はそこら辺で拾った鉱石を整形し、掌大の円柱の形をした鉱石を四つ作り出した。一見唯の柱の様に見えるが、よく見ると二つの鉱石がくっついており、柱の真ん中で別れている。

 

  白野「後は、これも差し上げます。」

 

カトレア「コイツは?」

 

  白野「離脱用の転移式アーティファクトです。魔力が足りない人でも使える様、予め魔力を込めてあります。使用限度は最大二回限りです。」

 

 曰く、万が一死なれては困る為、緊急時に於ける逃走用のアーティファクトの様だ。円柱を引っ張る事で効果を発揮し、使用者の思い浮かべた場所に転移するらしい。因みに、転移出来るのは一人だけだが距離制限は広く、ここから魔人族領に行ける程だ。名付けるならば”転移石”と言った所か。

 

カトレア「転移? そんな事出来んの?」

 

  白野「では試してみましょう。」

 

 白野はそう言うと、転移石をカトレアに握らせ起動した。その瞬間、カトレアの姿だけが跡形も無く消え去った。

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

ミハイル「...え!? カ、カトレア!? 何でここに!?」

 

カトレア「あ、やば。」

 

••••••••••••••••••••••••••••••

 

 数秒後、光と共にカトレアが元居た場所に戻って来る。

 

  白野「使い心地は如何でしたか?」

 

カトレア「え? あぁ、うん。中々良かったぞ。フフッ、着替え中の恋人の前に飛んだけど。良い眺めだった。」

 

  白野「それは何よりです。」

 

 カラカラと笑いながら、満足そうに笑うカトレア。今頃魔人族領の一室で、その恋人とやらが慌てふためいているだろう。

 

  白野「それで、この取引は如何しますか? 」

 

カトレア「良いよ。この話乗った。一先ず仲間に取り計らう様には伝えといてやる。」

 

  白野「ご協力、感謝致します。」

 

 二人は面と向かい合い、握手を交わす。これで恵理が望んでいた魔人族との繋がりが出来た。後は手土産を増やして仲を取り繕うだけだ。

 

  白野「貴女が居ない間に、連れていた魔物は全員蘇生しておきました。それで、これから如何するおつもりですか?」

 

カトレア「しれっととんでもない事するなぁアンタ。有難いけどさ。まずはそこの飾物になった仲間を連れて帰るさ。クズだが、置いてくと後が怖いんでね。」

 

 カトレアはそう言って、未だ剣に貫かれ壁に突き刺された烏を指差す。

 

  白野「宜しいのですか? その人は、貴女達を裏切るつもりの様ですが。」

 

カトレア「裏切る? 何の事だ。」

 

  白野「以前この人に会った時に、神を殺して自分が神に成り代わると仰っていたので。その為にこの指輪がいるとも言っていました。」

 

カトレア「神? コイツが? 世も末だ。こんな奴に神様が務まるとは思えないな。にしてもその指輪、アンタが持ってたのか。キンドルの奴が、奪われただの何だの言って喧しかったぞ。」

 

 戯けた様に話してはいるが、カトレアの視線はかなり冷え切っている。自分が信仰している神を殺すと宣ったのだ。信仰者ならばその場で殺されても文句は言えない。

 しかしカトレアは溜息を吐くと、頭を掻きながらキンドルの救助を頼んで来た。

 

カトレア「如何にしろ、コイツは魔王様の計画の最重要人物でね。コイツを如何するかは魔王様に判断して貰うさ。悪いけど剣を抜いてくれないか?」

 

  白野「......分かりました。ですが、代わりに私達を襲わない様説得して頂けませんか? 自分の責任ではありますが、こうも会う度に攻撃されては敵いません。」

 

カトレア「随分気に入られているな。何かしたのか?」

 

  白野「それはこちらが聞きたい事です。如何やら私の過去について知っている様ですが、何も答えて────如何かしまたか?」

 

 白野の言葉を聞いた瞬間、カトレアの表情が変わった。その目は驚いている様な、悲しんでいる様な、或いは哀れんでいる様な、そんな不思議な顔をしていた。魔人族の敵である、人間族を前にしていると言うのに。

 

カトレア「神代魔法...記憶喪失...そうか......アンタは......。」

 

  白野「あの......。」

 

カトレア「......説得はしてみる。ソイツが言う事を聞くかは知らないけどね。全力は尽くすさ。アンタも仲間を連れて逃げた方が良い。」

 

  白野「......ありがとうございます。」

 

 ヤケに大人しくなったカトレアを尻目に、壁に刺さった剣を引き抜く。烏の石像が地面に落ちるが、放って置いても石化は解けるだろう。

 白野は剣を仕舞うと身を翻し出口に向かう。目的は果たせた。後は契約者の元に向かい、離脱するだけだ。甲冑姿の少女が、暗闇に消えて行った。

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