キンドル「......ここは......クソッ、あの人形めェ...ッ!」
カトレア「よぉ、目が覚めたか?」
白野が部屋から退室し、暫く時間が経った頃。
キンドルが蘇生するのを待ち、カトレアは最下層へ潜るべく準備を済ませていた。
キンドル「おい、勇者共はどうしたァ?」
カトレア「勇者ならアンタが寝てる間にトンズラこいたよ。逃げられてから大分時間が経っちまったし、もう追えない。」
キンドルはその返事を聞き、隠しもせず舌打ちをする。又もや白野に敗北した事が余程気に食わないらしい。
カトレア「野暮用も済んだし、本来の目的を終わらせるよ。アンタも支度しな。ここから最下層迄は結構時間が掛かりそうだしな。」
キンドル「......馬鹿を言うな。」
カトレア「あぁ?」
キンドルは立ち上がると、未だゆっくりとしか再生していない使徒擬きを、自身の再生魔法を使い修繕する。先程の戦闘で互角以下の戦果しか挙げられていないにも関わらず、未だ同じ手段を取るつもりらしい。
カトレア「おいおい、まさか勇者達を追い掛けるつもりか? やめときな。騎士の嬢さん相手に用意した様だけど、相手にもなって無かったよ。と言うか、勝手に――ッ!?」
キンドル「黙れェ!!」
突然、キンドルは蘇生した使徒擬きの心臓に手を突き刺し、血肉をカトレアの後ろに控えていた魔物達にぶちまけた。
カトレア自身は何とか血肉を躱したが、他の者は対処出来ずにその鮮血を浴びてしまう。すると――
――ガアァァアァアアアアアアアッ!?
肉が、骨が、内臓が。全身から生々しい音を立てて変形する。四つ足から二足へ、動物から人間へ、体付きが女性へ、更には皮膚が剥かれ骨の一部が双大剣へと変化し、全ての魔物が使徒擬きへと変化する。
キンドル「ハ、ハハハ! 私はまだ負けてない! まだ策はあるさァ、ハハハハハ! 」
カトレア「てめぇ、何の真似だッ!!」
キンドル「決まってるだろォ。あの人形をまたぶっ壊してやるんだよォ! 私を散々コケにしてくれた報いを受けさせてやるッ...!」
魂魄魔法で魂を使徒のそれへと上塗りし、変性魔法で肉体を使徒に変質させる。これを使えば迷宮に居る魔物は愚か、勇者達をも使徒擬きに変える事が出来る。これこそが、彼が対策として持ち出した禁術だった。
キンドル「戦力なら十二分にある。だがコイツらは魔法が苦手でねェ? お前も手伝ってくれるよなァ?」
カトレア「冗談じゃ無いよ、行くならアンタらだけでやりな。アタシは降りるぞ。これ以上アンタには付き合ってられない。」
何とか白野から渡された報酬を守るべく提案を断る。キンドルは白野の討伐を諦めるつもりは甚だ無いらしい。
その否定の言葉を聞いた瞬間、キンドルが体中に虫が這い回る様な殺気と共に威圧を放つ。その瞳は激しい憎悪と憤怒で酷く澱んでいる。
そして抵抗する隙も無く、カトレアの首筋に大剣が添えられる。嘗てはカトレアの配下だった魔物が、今度はキンドルに従い剣を向けて来た。
キンドル「お前に、拒否する権利は無いんだよォ。黙って私に従え。」
カトレア「......チッ。」
カトレア一人では使徒擬きに対抗出来る程の力は無い。ここで下手にキンドルを刺激すればこちらの命が無い。仕方無く両手を上げて従う事にする。キンドルを止める約束を果たせないからか、或いは無理矢理従わせられる事への不満か、カトレアの表情が険しく歪む。
その様子をかけら程も気遣わずに、キンドルは使徒擬きの軍勢を率いて迷宮の上層へと昇り始める。
キンドル「ハハ、ハハハ。待ってろよォ、クソ人形。二度と逆らえないように、またお前を同じ目に合わせてやる......ッ!!」
••••••••••••••••••••••••••••••
龍太郎「てめぇ……誰のおかげで逃げられたと思ってんだ? 光輝が道を切り開いたからだろうが!」
礼一「そもそも勝っていれば、逃げる必要もなかっただろうが! 大体、明らかにヤバそうだったんだ。魔人族の提案呑むフリして、後で倒せば良かったんだ! 勝手に戦い始めやがって! 全部、お前のせいだろうが! 責任取れよ!」
一方その頃、勇者達が休憩に使っている隠し部屋で内輪揉めが勃発していた。
薄暗い閉鎖空間、戻って来ない仲間、”限界突破”の時間切れで疲弊し切っている光輝、いつこの場所が敵に見つかるか分からない恐怖。諸々の状況が彼等の精神と思考を狂わせていた。
女性陣が喧嘩し始めた二人を必死に説得しようと仲裁に入るが、効果は薄く止まる気配が無い。次第に険悪な雰囲気に釣られて周囲の者達も荒れて行く。とうとう喧嘩をしている二人が各々の武器を構え、状況は流血沙汰の一歩手前まで来てしまう。その時――
白野「少し宜しいですか?」
「「アッーーーーー!!!???」」
突如二人の横から光の膜と共に白野が現れ、それぞれの首に手を添えた。極地の氷塊の如く冷えた籠手を当てられた二人は女の子の様な悲鳴を上げて跳び上がる。
白野「そんなに大きな声を出すと、魔物に気付かれますよ。」
礼一「てめぇのせいだろうが!? ふざっけんなマジで! めっちゃ冷てぇんだよクソが!」
鈴「ハクノン! 無事だったの? 良かった〜!」
首を抑えて蹲る近藤と坂上を差し置き、鈴が白野に駆け寄り抱き着く。
白野「お元気そうで何よりです。」
鈴「それはこっちの台詞だよ! ずっと戻って来なかったから心配したんだから。」
龍太郎「い〜、冷てぇなぁおい。よぉ白野。思ったよりピンピンしてんな。」
今度は無事に帰って来た仲間に、各々が労いの言葉を掛ける。散々な状況が続いていたが、漸く自体が好転し始た。場が明るくなり、生徒達は心の余裕を取り戻して行く。
雫「白野、魔人族達はどうなったの?」
白野「時間を可能な限り稼ぎながら逃げて来たので、彼等が今後どう動くかは知りません。ですが他にも用事があると呟いていたので、町まで私達を追って来る事は無いでしょう。無論、推測ではありますが。」
雫「そっか。そうなると何時迄もここに隠れている訳にはいかないわね。白野、今使ってた空間魔法で私達を地上まで避難させる事は出来る?」
生徒達は神代魔法の存在自体は知っている。以前白野が【湖畔の町 ウル】から帰還した際に、彼女は空間魔法で直接生徒達が居る宿まで転移したのを見たからだ。時間帯的に丁度夕飯時だった事もあり、食事中に突然現れた白野に驚いて何人かが飲み物を吹いていたのは余談だ、
因みに存在しか知らないのは、恵理から神代魔法の教示を禁止されているからだ。何れ敵になる相手に、圧倒的な優位を取れる物を渡しては恵理が不利になる為だ。
白野「可能です。皆様の用意が出来ましたら、直ぐにでも宿までお送りします。」
その言葉で、全員の表情が喜色に変わる。この危機的な状況を抜け出せる、それは生徒達全員が望んでいた事だ。しかしここで、その提案を拒む者が現れた。
光輝「待ってくれ雫。魔人族はどうするんだ? 今ここで俺達が逃げれば彼奴らを野放しにしてしまう。あんな危険な奴らを放置する訳にはいかない!」
雫「......無茶言わないで光輝。私達じゃあの魔人族には勝てないわ。それに治療は済ませたけど皆疲弊している。それは光輝だって同じでしょう? 万全な状態で勝てなかった相手に挑めば、今度こそやられるわよ。」
光輝「でも今は白野がいる。彼女なら”限界突破”の副作用も直せるし、魔力だって取り戻せる。大丈夫、さっきは不意打ちを喰らったけど、魔物の特性は把握した。次は絶対に勝ってみせる!」
確かに魔人族を放置するのは危険だ。彼等が目標を勇者から変更し、【ホルアド】の住民を襲う可能性は否定出来ない。自分達でさえ苦戦するような相手に一般の冒険者では歯向かう事さえ不可能だ。
しかし、幾ら言い繕うと今の戦力で敵う相手では無いのも事実だ。雫を含め大半の生徒が避難に賛同しているが、光輝は敵から逃げる事が納得出来無いのか頑なに意見を曲げない。
白野「推定1万です。」
光輝「え?」
口論になり始めたその場に、白野の口から大袈裟な数字が発せられた。その意味が分からず光輝が硬直する。
白野「キンドルが連れていた、使徒のステータス値です。全ての数値が大凡1万程になります。今いる方で、その値に達している人はおりますか?」
光輝「な、何を言うんだ白野。曖昧な事を言わないでくれ。そんな桁外れなステータスを持ってる奴がいる筈無いだろう? 大体、何でそんな事が分かるんだ?」
白野「何度か攻撃性魔法を試したんですが、並大抵の魔力量では真面に通じませんでした。大量の魔力を使って初めて、相手に傷を追わせられたんです。他の数値も目測ではありますが、戦った所同じ様な数値になると推測しただけです。その結果が1万程です。」
余りのステータス差に絶望が広がる。このメンバーの中で最も高い魔力量を誇る香織でさえ桁が足りない。光輝の”限界突破”で底上げした数値すら、その半分にも届いていない。文字通り化物級の強さだ。迷宮の魔物など足元にも及ばない。
光輝「そんな物は関係無い! スペック差なんて技術や経験で越えられる。それにその使徒とやらだって一体しか居ないんだ、皆で協力すれば奴を必ず倒せる筈だ!」
白野「あれが一体だけとは限りません。それにキンドルの手が加わっている以上、原理は分かりませんがアレも不死身の魔物です。現に何度か傷を負わせましたが、直ぐに回復されていました。それに加えて、敵は90階層の魔物を遥かに凌ぐ戦力と数を揃えています。使徒一体ですら苦戦している我々に、それらの相手が務まりますか?」
光輝「それは......でもっ――。」
雫「光輝......このまま逃げ続ける訳じゃ無い。でも今回は引くべきだわ。ここで立ち向かえばお終いよ。生きてさえいれば勝てるチャンスはある。だからお願い、今は耐えて。」
光輝「っ......分かった。」
その圧倒的な数値を聞いて尚、光輝は否定し戦うと宣うが、雫の言葉もあり漸く苦い顔をしながら避難に同意する。
だがそれはもう遅すぎた。既に彼は判断を誤っている。しのごの言わずに、逃げ出せば良かったのだ。
使徒「◻︎◻︎◻︎◻︎」
突然不快な咆哮と共に、偽装された隠し部屋の壁が双大剣に粉砕される。
咄嗟に白野が結界を張り、衝撃と飛来する残骸を防ぎ入口に蓋をする。その障壁の向こうには、まだ相対したく無かった肉塊と二人の魔人族の姿があった。
キンドル「人形ォオオオオオオ!!」
龍太郎「嘘だろ!?なんで見つかったんだ!」
大介「白野ぉ!! てめぇつけられてやがったのか!?」
白野「空間魔法を使って離脱したので、つけられたと言う事は無いかと。」
白野は何事も無い様に答え、結界の維持に集中する。これを突破される前に全員を地上に避難させなければならない。その為の時間を稼ぎ、空間魔法の用意をする。
しかし今度は、事は穏便に進む事は無かった。対抗するには十分な魔力を込めているが、徐々に使徒擬きの大剣が結界を貫き、遂には難攻不落だった障壁を砕いてしまった。
恵理「”炎浪”!」
使徒擬きが入口を通り抜ける前に、炎の津波が襲い掛かる。無論、恵理とて自分の魔法が通用しないのは承知の上だ。だからこそ、目眩しの為だけに中級魔法を使う。
炎浪が使徒擬きの視界を遮った瞬間、クレイモアを抜き一瞬で敵に迫る。視認出来無い程の速さと共に繰り出された突きが、相手の心臓に真っ直ぐ伸びて行く。
しかし、使徒擬きは剣には目も向けないまま大剣を振り上げ弾き返す。たったそれだけの動きで白野の剣は半ばで折れ、剣先が飛んで行き天井に突き刺さる。
その攻撃で白野の上半身が大きく逸れてしまうが、逆に白野はその勢いを利用し、姿勢を戻す事なく両足を上げてドロップキックをかます。両足が使徒擬きに触れた途端、そこから青白い波紋が広がり相手を吹き飛ばした。使徒擬きが爆音と共に後ろに飛んで行くが、あっさりと空中で身を翻し音も無く着地する。
その広間、勇者達の視線の先には悪夢の様な光景が広がっていた。
真面に太刀打ち出来ないスペックを持つ使徒擬きが、10、20......凡そ60体以上もの使徒擬きが、キンドルの後ろに控えていた。全員が双大剣を両手に携え、大きな一つ目が勇者達に視線を向けている。
雫「嘘......でしょう......?」
一体いるだけでも対抗出来ない相手が、自分達の倍の人数を揃え立ち塞がっている。戦力も、物量も遥かに相手が上手だ。圧倒的に不利な状況を前に、生徒達の心が恐怖で折れていく。
キンドル「ハハハハハ。随分低い所に逃げてたなァ、勇者サマ。それで、コイツらを相手にどうするんだ? 勇気ある若者の返事を聞かせてはくれないかァ?」
光輝「く.......ッ!」
こちらを詰る様な目で煽るキンドルを前に怒り心頭で飛び出し掛ける光輝だったが、咄嗟に雫が青い顔で肩を掴み引き止める。
彼女もこの絶望的な状況を前に折れそうになっているが、何とか歯を食い縛り耐え忍んでいる。光輝も雫の表情を見て瀬戸際で思い留まる。
キンドル「ハァ、つまらんなァ。妄言叫んで踊り狂うのを期待したんだがねェ。まぁ良い。武器を下ろせェ。」
キンドルは呆れた表情で悪態をつくと、軽く手を上げて使徒擬きに指示を飛ばす。すると全ての使徒擬きが武器を下ろし、その場に座り込む。まるで交渉しに来たとでも言う様な、余りに無防備な光景だった。
相手の意図が読めず困惑する勇者達を前に、キンドルが愉悦に浸り醜悪に顔を歪めて宣言した。
キンドル「お前らァ、生き残りたいか?」
光輝「......何だと?」
キンドル「生きたいかって聞いたんだよォ、マヌケェ。お前達に特別、選ばせてやる。」
雫「......要求は何?」
キンドル「簡単な話さァ。その人形と眼鏡のお嬢さんを渡せェ。そうすれば後は見逃してやる。」
カトレア「馬鹿、重要人物を抜くな。追加で勇者もだ。お前の目的の為だけで取引するのは止めろ。」
不意に生徒達の視線が恵理達に集まる。光輝と白野だけならば、魔人族が取引に彼等を持ち出して来るのは分かる。片方は救世の勇者であるし、もう片方はキンドルが目の敵にして執着する人物だ。
しかし恵理は別だ。唯の後衛組の一員である彼女が、この話に出て来る理由が思い当たらない。
恵理「そんな......何で私を?」
キンドル「つい最近まではどうでも良い奴だったんだがねェ。だが、お前はみたんだろう? あの部屋にあった入口から、その向こう側をォ。」
恵理が固唾を呑む。彼が言っているのは恐らく、90階層の隠し部屋にあった不気味な魔法陣の事だろう。
キンドル「私は向こう側の研究を勧めているんだが、あれを覗いて戻って来た奴は居なくてねェ。理論上、それを覗いて来た奴には特別な力が備わるのさァ。つまり、お前は貴重な研究材料と言う訳だ。」
心当たりはあるだろう? と、恵理をジットリ見詰めながら、モルモット扱いする事を隠しもせずに話す。そんな時、いい加減忍耐が尽きた勇者が憤り声を荒げる。
光輝「ふざけるな!! 仲間をお前みたいな奴に渡す訳無いだろう! それに、お前達の取引なんて信用出来る筈がない! 大方、俺を取り押さえた上で、無抵抗な皆を捕まえるつもりなんだ。そんな事はさせない!」
聖剣が起動し光を纏う。怒りの篭った目でキンドルを睨みながら、武器を構えて切っ先を使徒擬きに向けた。
キンドル「コイツら一体だけでも、お前とはステータスが違うんだがァ、それでも戦うのかい?」
光輝「黙れ! ステータスなんて関係無い。そんな物は、俺の力で超えて見せる!」
絶望的な状況でも、光輝の意思は少しも揺らが無い。自分一人になったとしても、魔人族を倒し皆を救うつもりの様だ。
キンドルはその光景を鼻で笑うと、片手を上げて呟く。
キンドル「遊んでやれ。」
地面に座っていた使徒擬きの一体が、一瞬でその場から姿を消す程の速さで光輝の前に現れる。光輝の目はその余りの速さについていけず、体さえも反応出来ず無防備な胴体を晒す。使徒擬きは彼の横腹目掛けて、その筋力に違わ無い威力の回し蹴りを放った。
その足が光輝の胴体に当たる前に白野が動き、使徒擬きの反対側から光輝を後ろに突き飛ばし彼を庇う。直ぐに左腕の盾を展開し回し蹴りを受け止めるが、素足が当たったとは思えない轟音が響き、僅かばかり白野の方が力負けし後退する。
光輝「――なっ!? 白野!?」
白野「剣を下ろして下さい。今戦った所で勝ち目はありません。」
光輝「待ってくれ白野! まだ勝負はついていない! 奴の取引に応じれば、二人を見殺しにする事になる。そんなの間違ってる!」
白野「ここで正しい事をして生きられる訳でもありません。それに、今の動きに追いついていない様では戦いにもなりません。本格的に戦闘になれば全員が死ぬ事になります。」
既に状況は八方塞がりに陥っている。例え悪手だとしても、唯一全員が生き残れる手段は取引を聞く事しか無いのだ。
光輝はまだ険しい表情を崩さない物の、使徒擬きに勝てない事を漸く理解したのか剣を収める。
同時に使徒擬きも構えを解き隊列に戻る。白野も盾を下ろすが、先程の蹴りで盾の機巧が壊れ、無残に残骸が腕から落ちる。
恵理「......その、あなたの言う実験で、私をどうするつもりなの?」
キンドル「なァに、お前の魂を使わせて貰うだけさァ。安心しな、そこの人形よりは優しく扱ってやるとも。」
まるで耳を貸して貰うだけだとも言う様な軽さで、生命維持に必要な魂を要求して来る。
恵理から見れば正直に言って、この提案は悪い物では無い。自分と光輝だけを連れ出してくれる上に、都合の良い事に行き先は魔人族領だ。態々こちらから用意する事無く生徒達と袂を分かつ事が出来る。
だがそれは、実験体になる条件を呑んだ上での事だ。それでは自分達は研究の為の奴隷として扱われ、下手をすれば両方が命を落とす事になる。それでは意味が無い。
恵理「わ、私は......。」
しかしここで他に取れる方法が無いのも事実だ。下手に足掻いた所で、全員押し潰される未来しか無い。ならば、最悪な選択ではあるが要求を呑んで魔人族について行き、その後に何とか仲間に入れて貰う手段を考えるしか無い。
恵理が観念し取引に応じようとしたその時、そっと慰めるかの様に、恵理の肩に冷たい手が置かれた。
恵理「は、白野?」
白野「エリさんは、何を望みますか?」
恵理「え?」
絶望的な状況の中でも眉一つ動かない、愛想の欠片も感じられ無い声音。スリット越しの冷たい瞳が、何かを待ち望んでいるかの様に恵理を見つめていた。
白野「彼が言っている事とは抜きにして、貴女はどうしたいんですか?」
恵理「それは......でも......。」
白野「私が動く理由は、誰かが望んでいたから、それだけです。なので貴女が望めば、私は可能な限りそれに従います。」
無論、断る事もありますが。そう付け加え、白野は視線を逸らさずに彼女の目を見る。自分の言う事が、白野にとっての最善だとでも言う様に。
自分が動揺している様に話しているのは演技だ。思考は冷静に生存への道を探し、取引に応じる事を選んでいる。なのに、その瞳に釣られたのか、はたまた雰囲気に流されたのか、気付けば恵理は理論的では無い言葉を口にしていた。
恵理「――アイツらを、全部殺して。」
白野「――仰せの通りに。」
白野が動き、キンドル達に向き直る。手に武器は無い。それでもその背中からは、ここを死守する様な雰囲気を感じられた。
キンドル「おいおい、馬鹿を言わないでくれェ。お前一人に敵う筈が無いだろう。コイツらはお前の動きを完璧に学習して――。」
――チリンッ、と。短い金属音と共に、白野の手から青白い光が宙に飛んで行く。
それはいつの間にか白野の手から外された、不可思議な指輪だった。キンドルが欲して止まない、絶対的な力を宿す指輪。その欲望に従い、彼の視界が指輪に釘付けになる。その瞬間――
白野は瞬時に連射式クロスボウを取り出し、目の前に展開した光の幕にボルトを撃ち尽くす。すると使徒擬きの周りに現れた無数の光の幕から次々にボルトが吐き出され、使徒擬き達を針の筵の様に串刺しにした。
キンドル「――クソッ、小癪な真似を! 構うな、殺せ!」
指輪は重力に従い、再び白野の手に落ちる。まんまと騙された事に気付いたキンドルは更に怒りに震え、使徒達に全滅させるよう指示をする。
しかし、何故か使徒擬き達は微動だにしない。それどころか次々に剣を落とし、電池の切れたブリキの様にその場に崩れ落ちて行く。
キンドル「おい、どうしたァ! 何故動か無い!? 巫山戯るなァ!! 早く人形共を殺せェ!!」
金切声を上げながら発狂し使徒擬きを蹴り付ける。生徒達も訳が分からず視線を右往左往に巡らせる。そんな中、事の張本人は悠長に空になったクロスボウの弾倉を外し交換する。
恵理「な、何をしたの?」
白野「使徒の能力値を全て0にしただけです。」
白野が使徒擬きに施した物は単純だ。凡ゆる情報に干渉する昇華魔法。本来は能力を文字通り向上させる魔法だが、今回は逆に能力を下げる事に使用したのだ。それをボルトに施した上でばら撒き、一体残らず全ての使徒擬きに当てステータスを掻き消した。
指輪を放り投げたのはキンドルの注意を引き、ボルトが当たる確率を上げる為だ。彼が指示を出さない限り使徒擬きは動かない。だからこそ彼の気を逸らした。
目論見は見事に的中し、使徒擬きはその高いスペックを失った。今はもう箸は愚か自分の腕一つ持ち上げられ無い。また昇華魔法を掛けない限り、使徒擬きは唯の肉塊に過ぎない。
キンドル「ハハ、ハハハ、巫山戯るなよ人形ォ...! これで終わりだとでも――
連射式クロスボウの弾倉が再び回転し、痛みで集中を切らせ魔法を使わせないよう、断続的に十数本ものボルトがキンドルの四肢を穿つ。
キンドル「グッ......ウゥ......ま、待て、話し合おう! 私の研究成果を渡す、全部だァ! おま、お前の過去も、全部話す。だから、命だけは...!」
キンドルは地面に倒れ、無様に後退りながら命乞いをする。既に勇者達を恐怖に陥れた強者の威厳は欠片も無い。
白野はその言葉を無視しながら、キンドルに向かって歩き出す。途中、光輝が駆け出しカトレアに襲い掛かる姿が目に映るが、彼女は離脱用の転移装置を持っているので問題は無いだろう。万が一死んだ場合は蘇生させれば良い。
キンドル「わ、分かった。お前が望む物を全てやる。金か? 力か? 権力か? 欲しい物なら全て手に入る。その為にお前に従うと誓おう。なァ、頼――
白野が向かう途中で拾った使徒擬きの双大剣が、風切音と共にキンドルへと飛んで行く。鈍同然に錆び付いた大剣だが、その見た目通りの重量でキンドルの両肩を押し潰し、両腕を千切り取る。
キンドル「ギァアアァアアアア!?」
千切れた両腕が衝撃で吹き飛び、生々しい音を立てて地面に落ちる。その右腕には、樋の部分で二又に別れた双刃のブロードソードが握られていた。近付いた瞬間斬りかかるつもりだったのだろう。降参するフリをして右手に隠し持っていたようだ。
白野はそれをクレイモア用の宝物庫に仕舞うと、再び使徒擬きの大剣を拾いキンドルに向き直る。
白野「私は貴方を信用してません。貴方はこの先エリさんの障害になり得ます。なので二度と邪魔させないよう、ここで捕らえさせて頂きます。」
そして遂に、キンドルの近くに辿り着く。屈辱と怒りに歪んだ顔で、噛み砕く勢いで歯を食いしばりながら白野を睨め付けている。
白野はそれに何の感情も抱か無いのか、無表情のまま両手で大剣を持ち上げ、首を切り落とすかの様に構える。
白野「暫く眠っていて下さい。」
キンドルに目掛けて、彼が白野を倒すために作った武器が振り下ろされた。
••••••••••••••••••••••••••••••
時間は少し先登る。白野がキンドルに向かって歩き出した時、光輝はこのチャンスを逃すまいと聖剣を抜き、カトレアに斬り掛かった。
カトレアも応戦し何とか離脱する時間を稼ごうとするが、他の勇者達の加勢もあり瞬く間に劣勢に陥ってしまう。
光輝の斬撃を砂塵で作った盾で防ぎ態と散らす事で目眩しをするが、後衛組から放たれた風撃が彼女の鳩尾に突き刺さり後方に吹き飛ぶ。
聖剣を構え踏み込んで来る光輝を傍観の年が混じった瞳で見つめながら、右手を伸ばし懐からロケットペンダントを取り出す。
その時、光輝は見るべきで無い物を見てしまった。
カトレア「ごめん、先に逝く。愛してるよ、ミハイル……。」
光輝は今迄、魔人族とは魔物の上位種、或いは魔物が進化した存在だと思い込んでいた。人間では無い、人に仇成す害獣だと。
しかし現実は違う。互いを愛し、何かの為に全てを捧げる思いで生きる。自分達と同じ人間だったのだ。最悪のタイミングで気付いてしまった。相手は魔物では無く同じ人間で、これから自分が成す事が人殺しであると。
カトレア「……呆れたね……まさか、今になってようやく気がついたのかい? 人を殺そうとしていることに。」
光輝「ち、ちが……俺は、知らなくて……。」
カトレア「ハッ、知ろうとしなかった、の間違いだろ?」
光輝「お、俺は……。」
そこで、光輝は見てしまった。キンドルに向けて大剣を振り下ろそうとしている白野の姿を。同じ人間を、自分と同じクラスメイトの一人が殺そうとしている光景を。
光輝「――やめろ、白野。殺してはダメだ!!」
最後の力を振り絞り”限界突破”を使う。一気に加速し白野達の元に辿り着き、振り下ろされた大剣に目掛けて聖剣を振り上げる。しかし――
白野「コウキさん?」
白野が途中で光輝に気付き、大剣を止めてしまった。本来なら大剣を弾き飛ばすだけだった聖剣は、大剣に当たる事無く空を斬り、白野の両手を斬り落とした。
キンドル「――喰い殺せェ!!」
その絶好の機会をキンドルが逃す筈が無かった。突如彼の左足が蠢き、両手を失った白野に飛び掛かった。
それは既に無力化した筈の使徒擬きだった。白野は勘違いをしていた。キンドルの足は治っていたのでは無い。自身の足を斬り落とし、魔物を変質させて自分の足へと擬態させていたのだ。任意で使徒擬きに戻る様に改造し、緊急時の戦力として隠し持っていた事に、彼女は気付けなかった。
使徒擬きの目が中心から縦に裂かれ口の様に開かれる。その醜悪な牙は白野の喉笛を食い破りながら自分ごと彼女を大きく吹き飛ばす。
そしてキンドルは、落とされた白野の左手に食い掛かり地面ごと彼女の手に噛み付く。指輪がキンドルの肉体に触れ、その効能を遺憾無く発揮する。
キンドル「ハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハ! やった! やったぞ! ハハハハ! 指輪だぁ! 私の指輪だぁあああああ!!」
消えた左足と両腕が再生し、彼の体に活力が戻る。キンドルが崩れ落ちた使徒擬きに手を掲げると、機能を停止していた使徒擬き達は息を吹き返し生徒達に襲い掛かる。
更に数体が白野の元に向かい、彼女の四肢を喰らい始める。白野自身も抵抗しようと足掻いているが、鎧を剥がされ再生する端から体を捥ぎ取られ、食い荒らされて身動きが取れ無い。
光輝「――よ、よせ。もう止めるんだ!!」
漸く白野を斬った衝撃から我に帰った光輝が、聖剣を振り
キンドルは勇者を歯牙にも掛けず、口から指輪を取り出し手に嵌める。今度は指から抜け落ちないよう、指を変質させて指輪を肉で覆い隠す。
キンドル「ハハハハハ! 態々指輪を取り戻す為に色々用意していたが、まさかこんな形で取り戻す事になるとはなぁ! 感謝するぞ勇者! これで私は世界を、全てを手に入れられるッ! 褒美に全員生捕りにしてやろう...ッ!」
キンドルが愉悦に満ちた恍惚な表情で高笑いを上げる。雫達が光輝を庇いながら応戦しようとするが、使徒擬きのスペック差に敵わず、次々と打ち負けじわじわと詰る様に追い詰められて行く。
そして遂に前衛組が全員組み伏せられ、使徒擬きが後衛組に襲い掛かる。筋力的にも魔力的にも圧倒的な差がある相手に、逃げ出す体力も無い彼等が敵う筈も無い。
これでもうお終い、誰もがそう考えた時、それは起きた。
轟音と共にキンドルの頭上にある天井が崩落し、紅い雷を纏った漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出した。その杭は勢いを衰えさせる事無くキンドルを貫き肉体を赤い霧に変える。
そして、崩落した天井から一人の男が飛び降り、地面の染みに成り果てたキンドルの血を踏み付けながら降り立つ。
ここに、彼等が予想しても見なかった、最強の援軍が到着した。
ハジメ「何だこのキモい連中は......。よぉ、存外しぶといな、お前も。」
因みにメルド団長達ですが、この小説では無事地上に帰還してます。無論生きて欲しいとは思っておりますが、騎士達を生かして物語的に意味があったかは微妙な所。