翌朝、光輝達勇者一行は馬車に乗り込み、【ホルアド】を出発する。行列は帝国との会談の為【ハイリヒ王国】に向かい進んで行た。
各々が思い思いの会話を紡ぐ中、全く言葉が出ず、静まり返っている車両が一台あった。
白野「......。」
鈴「......。」
白野が乗せられている車両だ。室内には以前仲が良かった生徒の恵理、鈴、香織、雫その他女性陣が並んで座っている。因みに、何時迄も奴隷服でいるのは問題がある為、白野の衣服は他の人の予備を借りており、一般的な町娘の姿になっている。。
鈴「.......その、...ハクノンはさ、何も覚えてないの?」
重苦しい空気に耐えかねたのか、鈴が白野に話しかける。その問いに、残酷な返事が戻ってくる。
白野「......?はくのんとは、誰の事ですか?」
鈴「......ッ」
その事も忘れてしまったのか。鈴の顔が悲しげに歪む、恵理がその背中を撫でて、慰める演技をする。
香織「白野ちゃん。それはね、鈴ちゃんがあなたにつけてたあだ名だったんだよ。白野ちゃん自身も結構気に入ってたんだけど、思い出せないかな?」
白野「特に思い出せるものはありません。」
香織「そっか......。」
香織は悲しげに顔を伏せる。他の生徒達も、寂しげな表情を白野に向ける。もう、自分達の知る白野はいない。かつての姿は、自分達の記憶の中にしかない。その現実に、皆が俯く。
白野「皆様は、私が記憶を取り戻せば救われますか?」
鈴「え...?」
白野「全て思い出せば、貴方達は喜びますか?」
白野の質問が、馬車にいる全員に向けられる。皆が顔を上げて、白野に向き直る。
鈴「...うん、そうだね。鈴にとっても大切な思い出だから、ハクノンにも思い出して欲しいな。楽しかった事が沢山あったから。」
香織「うん。色々あったよね。一緒に家に泊まったりとか、喫茶店てお喋りしたりとか。お祭に行った事もあったよね。」
雫「そうね、あの時、白野が射的で凄い量の景品稼いでたわよね。あの時の店員さんの顔が、今でも忘れられないわ。」
恵理「絶対とれない様にしてた景品も持っていかれたからね。ヒドイ顔になってた。」
その質問を機に、思い出話に花が咲き、空元気ではあるが本人達の明るい性格のなせる技か、重い空気が腫れていく。
気が少し紛れた所で、鈴は意を決して白野に話しかける。
鈴「その、ハクノンは王国に着いた後に時間ある?」
白野「王国側の事情聴取がある為、私からは何とも言えません。」
神の使徒という元々の身分上、王国には帰還と身の上話、その他諸々の報告をしなければならない。どれほど時間がかかるかは貴族連中の反応次第だ。それでも、メルドが報告を取り計らってくれる為、白野が考えている程には時間はかからないだろう。
鈴「その、鈴達も帝国との会談が終わったら、少しの間休暇がでるの。だからその時に、皆で王国の商店街に行って、色々買物とかしてみない?」
白野「買物ですか?何かご入り用なものがあるのですか?」
鈴「えぇと、生活に必要なものはもう揃ってるんだけど、商店街には行った事ないし、折角異世界にいるんだから、今の内に見に行きたいなぁと思ってて。だからハクノンも一緒に来ない?」
鈴は白野と一緒に休暇を楽しみたいようだ。周りの生徒も誘ってみるが、生憎先約があるようで、集まったのは鈴、白野、恵理の三人だった。
白野「私がついていく事に、意味があるのですか?」
鈴「それはほら、いろんなものを見て回ってたら、もしかしたら何か思い出せるかもだし、部屋にずっといるよりは外に出た方が楽しいよ。ね?恵理もそう思うでしょ?」
恵理「うん、そうだね。私も服とか色々見て回りたいかな。それに昨日の臨時報酬で白野も結構貰えたんでしょ?だったら皆で出かけて、遊んで行こうよ。」
臨時報酬とは、白野が殲滅した魔物の事だ。あの後、白野が再生魔法を使い、肉塊から魔物の素材のみを取り出し、ギルドで換金したのだ。かなり質の良いものだったらしく、売値は相当な物になった。その報酬は白野に渡る予定だったが、本人が不要と言い出し、恵理達勇者一行に全額を寄付しようとし出した。何人かは喜んで受け取ろうとしたが、光輝が受け取れないと申し出た為、結局折衷案として全員に均等に寄付される形となった。それでも、贅沢をするには充分過ぎる金額だ。
白野「わかりました。メルド団長に相談し、時間が取れる様でしたら、スズさん達にご連絡する様に致します。」
鈴「ホント?楽しみだなー!今まで訓練とか迷宮攻略とかで時間が無かったから、買物に行くのも久し振りだね!」
鈴の顔に笑顔が戻っていく。それに連れて、生徒達の表情にも笑みが浮かぶ。
ハイリヒ王国に着くにはまだ時間がかかる。それまでの間、少女達の談笑が馬車の中で絶え間無く続いた。
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あくる日、そろそろ昼時に回る頃、普段着となった町娘の姿で、白野は王宮の入口で待ち合わせをしていた。
貴族達への報告や、帝国との会談も無事終わり、勇者一行は予定通り各々が思い思いの休暇を満喫していた。事情聴取の際、案の定白野を魔物と判断し、処刑しようとした者達もいたが、メルドの尽力と恵理の考案した説明の甲斐もあり、勇者達と騎士団に監視させるという条件付きで話は済んだ。
そして先日の約束通り、白野は商店街へ買物に行く準備を済ませ、他の二人が到着する迄待機していた。
鈴「お待たせハクノン!もう来てたの?」
恵理「ごめん、待たせちゃった?」
程無くして、待ち人が白野に向かって歩いて来た。
鈴は白いブラウスに、膝下まで伸びた短い袖の黒いワンピースを着ている。いつものお下げから一転、髪を下ろしキャプリーヌを被っている。首元には赤いリボンが巻かれており、ロングブーツを履いている。
恵理は白いノースリーブのカットソーに鼠色のカーディガンを羽織っている。膝の辺りまで伸びた黒いスカートと茶色のブーツを履き、キャスケット帽の様なものを被っている。
気にしすぎかと思うが、神の使徒が来たとなれば軽い騒ぎになると予想し、変装の意味も含めて二人共帽子を被っている。白野の場合は見た目が変わっていることもあり、姿を隠す必要は無いだろう。白野は二人が自分より遅く来たことに気にしたそぶりも見せずに、二人に話しかける。
白野「お待ちしておりました、お二方。忘れ物はございませんか?」
鈴「うん!財布も地図も持ったし、後は出発するだけかな。最初は何処に行こうか?」
恵理「そろそろお昼時だから、先に喫茶店に行って見ない?」
鈴「そうだね、何か甘い物とかあるかな?折角だから色々食べてみたいな〜。」
恵理「ふふ、食いしん坊さんだねぇ、鈴は。」
鈴「むぅ、別に良いじゃん。普段運動してるんだから、カロリーとかそんな気にしなくても平気だし。......あれ?大丈夫だよね?鈴の体重。」
そんな日常的な会話をしながら、三人は商店街へと向かって行った。
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鈴「甘い物ってあんまり無いかなとか思ってたけど、結構種類あったね。」
恵理「そうだよね。中世のヨーロッパみたいな世界だし。無くてもおかしくはないから。でも、ある方がこっちとしても有り難いけどね。」
目的地の喫茶店に到着し、各々が気になった料理を注文する。主食に鈴はミートソースのパスタを、恵理はマルゲリータの様なピッツァを、白野は自分で選べなかった為、店員のおススメでスフォリアテッラ擬きを頼んだ。食後のデザートにはケーキやプリンと言った、地球でも慣れ親しんだ物が数多く取り揃えられており、二人は目移りしながら何を注文するか悩み楽しんでいた。
やがて料理が到着し、三人は食事を始める。
鈴「ん!やっぱり美味しいね。流石は貴族御用達の名店。」
恵理「うん。リリィがお忍びで通い続けるだけの事はあるね。」
二人の言う通り、この店の料理は中々の評判があり、知る人ぞ知る隠れた名店となっている。王国の王女、リリアーナの密かな憩いの場にもなっている。王国一の喫茶店になる日も近いかもしれない。
鈴「どう?ハクノンが食べてるのも美味しい?」
黙々とパンを千切りながら、少しずつ食べる白野に話しかける。
白野「美味しい、とは?」
鈴「え?ほら、甘いとか、酸っぱいとか、何か無い?」
白野「特には何も感じられません。」
唐突に判明した事実に二人が硬直する。つまり、どれを食べても味がしないという事だ。これが意味する事は────
恵理「......もしかして、味覚が無いの?」
白野「どうやらその様です。」
鈴「そんな......。」
白野はどうでも良い様に答えるが、鈴はその事実に悲痛そうな顔をする。味が分からないという事は、何を食べても変らないという事だ。例え誰もが食べたがる高級料理を食べても、頰が落ちるような甘いお菓子を頬張っても何も感じない。それでは食事の意味が殆ど無いようなものだ。
食事の場に重い空気が流れるが、白野がおもむろにパンを手に取った。
「「んむ!?」」
そして二人の口にパンを突っ込む。目を白黒させながらも、何とか差し込まれた物を咀嚼する。
鈴「は、ハクノン...?」
白野「美味しいですか?」
鈴「はい?」
白野「美味しいですか?」
鈴「えと、うん、美味しいよ...?」
白野「それは何よりです。」
恵理「人の口に物を突っ込んで、最初に言う事がそれなの...?」
恵理は困ったように苦笑するが、本人は気にも留めない。だが、次に出たのは慰める様な言葉だった。
白野「私に味は分かりませんが、それを共有する事は出来ます。」
鈴「!」
白野「ですから私の味覚が戻るまで、皆で味わいませんか?」
鈴「ハクノン...!」
その言葉に、鈴の顔が晴れていく。本人が意図しているかは不明だが、またこうして一緒に食事をしようと言ってくれた。以前と変わらず、同じように。その事に鈴は喜び笑顔を向ける。
恵理「ふふ、じゃあ、交換しながら食べよっか。ほら、早くしないと冷めちゃうよ?」
鈴「アハハ、そうだね。じゃあ無くなっちゃう前に三人で交換しよっか!」
再び明るい雰囲気が戻って来る。食後のデザートも交換しながら、三人は食事の時間を楽しんでいった。
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食事を終えた後、三人は服屋や装飾品等が並ぶ大通りの辺りに来ていた。私服はあまり着る機会が無い為多くは買わず、観光の意味も含めて雑貨が売られている店に来ていた。
鈴「あれ、こんな物もあるんだ?」
恵理「え?どれの事?」
鈴「ほら、これこれ。」
鈴は棚に並べてあった物を手に取り、二人に見せる。
恵理「これって...、もしかしてカメラ?」
それはこの世界では些か機械的な、下部に見たことのない十字の紋章が刻まれた、地球で言う所のレンジファインダーカメラだった。中にフィルムの様な物が入っており、写真を撮る事が出来るようだ。店員に聞くと、どうやら使い方の分からない骨董品で、今迄ずっと売れ残ってたようだ。
恵理「まぁ、現像する事も出来ないだろうし、撮っても見づらいフィルムの状態だから買う人がいなかったんだろうね。」
鈴「う〜ん。ねぇハクノン。これ買ってみない?」
白野「この道具をですか?何故?」
白野は意図が理解出来ず、鈴に質問する。
鈴「ほら、これで記録を残していけば、また忘れる事があっても思い出を残せるでしょ?だから、ハクノンにぴったりだと思って。」
恵理「でも、フィルムはどうするの?今の話だと予備も売ってなさそうだけど。」
鈴「それは......。」
鈴が返答に詰まる。今迄使われる事もなく流れ着いた代物だ。当然フィルムの在庫も、作成方法も無い。だが、意外な事に解決策が出て来た。
白野「それでしたら、私が作り方を知っていますよ。」
恵理「え!?本当!?」
白野「はい、材料さえあれば”錬成”して幾らでもお作り致しますよ。」
鈴「ハクノン、天職の魔法も使えるの...?ここまで来ると何でも出来そうだね...。」
失伝した作成方法を知っていて、しかも錬成師でも無いのに、”錬成”が使える。益々謎が深まるが理由を知る術はない。白野は店員に料金を払い、カメラを購入する。ずっと売れ残っていた事もあり、店員は諸手を挙げて喜んでいた。三人はそこでの買物を済ませた後、店を出る。通りの途中にあった噴水広場に到着した時、鈴から提案が出てきた。
鈴「ねぇ、早速一枚撮ってみない?使い方は分かる?」
白野「ええ、使えますが、何を撮るんですか?」
鈴「それは白野次第だけど、先ずは鈴達の写真を撮らない?ほら、三人一緒に!」
どうやら鈴は集合写真を撮りたいようだ。恵理と白野はその提案に了承し、近くにあった噴水広場が背景になる様に、タイマーをセットしたカメラを置く。
そして、時間通りにシャッターが切られ、左にVサインをする鈴、真ん中に無表情で直立する白野、その様子に苦笑する恵理がフィルムに写る。初めて撮られた写真は、そんな仲の良さそうな三人が並んでいた。
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鈴「はぁ〜。何か今日はあっという間だったなぁ。もう夕方になっちゃった。」
恵理「そろそろ王宮に戻らないとね。他の皆も集まってる頃だろうし。」
陽が傾き、建物に灯りがつき始めた頃、三人は王宮に戻る為、帰路についていた。戦果品を手に、今日の出来事を名残惜しみながら、ゆっくり歩いて行く。
鈴「そうだ。二人にプレゼントがあるんだ。」
白野「ぷれぜんと?」
鈴「うん、コレなんだけど...。」
それは木製の球が並べられた、真ん中に一つ色の付いたガラス球が付けられている腕飾りだ。色の違う物が三つあり、白野に白色が、恵理に青色が渡される。残った黄色の腕輪を、鈴が自分の腕に付ける。
恵理「もしかして、念珠?」
鈴「違うよ!?ブレスレットだから!トータスだと数珠の風習は無いから、そういう形の飾り物も多いんだと思うよ。」
恵理「それもそうか。でも、何で急に?」
鈴「単純にお揃いの記念品でもあるんだけど、ほら、大分過ぎちゃったけど、白野の誕生日があったでしょ?」
白野「私のですか?」
鈴「うん。9月8日が白野の誕生日だったんだけど、知ったのがトータスに来てからで、今まで買いに行く暇も無かったから、今の内に渡さなきゃと思って。」
白野「そうだったんですか。ありがとうございます、スズさん。」
二人は渡された腕飾りを腕に付ける。お揃いの飾りが、三人の腕に巻かれる。
鈴「エヘヘ〜。これからも鈴達、ズッ友だよ!」
白野「蚓っ屠喪?呪いの類でしょうか?」
鈴「だから違うよ!?『ずっと友達』の略だから!何で呪いになったの!?」
恵理「アハハ。ほら二人共、早くしないと陽が沈んじゃうよ!」
鈴「ハッ、そうだった!行こう、ハクノン!」
白野「わかりました。」
夕陽が通りを照らす中、三人の影が小走りに王宮へ向かって行く。ふと、白野は夕焼けに染められた街並みを眺め、今日買ったカメラでその景色を撮る。フィルムに紅い景色が写る。
だが少女の視界に光は映らず、唯々黒い霧が流れるだけだった。
ご閲覧ありがとうございました。
原作と同じ展開になるため、帝国との会談は省略いたします。
あと、物語の展開上、ターゲットは香織に集中するわけですが、鈴がおっさんになっていない為、普通の美少女と化してますね...。