白野「つまり、ハジメさんは四ヶ月程前に行方不明になっていた生徒で、他の方は道中でお会いし恋人になった方々という認識で宜しいでしょうか?」
ハジメ「宜しくねぇよ。俺の恋人はユエだけだ。」
予め神の使徒の死亡事件の概要を聞いていた白野の、強ち間違いでも無い質問に、黒いコートを着た白髪の男性、南雲ハジメは不服そうに返答する。
皆が落ち着いた後、白野とハジメ一行、愛ちゃん親衛隊、デビッド達神殿騎士はVIPルームに集まっていた。ハジメは一方的に初対面となる白野に軽い自己紹介をした後、旅の疲れを癒す為注文した食事を楽しんでいた。
だが、今迄死んでいたと思っていた生徒がこの数ヶ月の間何をしていたのか気になるのか、愛子と他の男女もハジメに質問し続ける。しかしハジメは答えるつもりは無い様で、かなり端折った返事しかしない。その様子に愛子専属護衛隊隊長のデビッドが怒り、拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げる。
デビッド「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」
ハジメ「はぁ...。食事中だぞ? 行儀よくしろよ。」
全く相手にされていない事が丸分かりの物言いにプライドを傷つけられたのか、怒りに顔を赤く染め、ハジメの隣に座っている兎人族のシアを睨め付ける。
デビッド「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう。」
その侮蔑を多分に含んだ目を向けられ、シアは怯えて体を震わせる。どうやら亜人族を下等種族と差別する聖教教会の中枢に近い存在であるデビッド達神殿騎士と近衛騎士は、シアがこの場に居る事自体が気にくわない様だ。
怒り心頭のデビッドに、俯くシアの手を握った金髪の少女、ユエが逆に体の芯まで凍りつきそうな絶対零度の視線を彼に向ける。デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。
デビッド「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」
ユエ「……小さい男。」
思わず立ち上がるデビッドに、ユエの嘲りの言葉が刺さる。唯でさえ怒りで冷静さを失っていたデビッドは、その言葉で忍耐が切れた。
デビッド「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやムグッ!?ンーーーッ!?」
腰に吊り下げた剣の柄を手に持ち、引き抜こうとした瞬間、白野が立ち上がり横から手を伸ばし、デビッドの口を塞いだ、...鼻も一緒に。
白野「参考にお聞きしたいのですが、ハジメさんは、私とはどう言う関係でしたか?」
ハジメ「あ?あー。別に殆ど関わりは無かったぞ?精々事務連絡で話し掛けられた程度だ。友達でも何でもねぇ。」
白野「そうでしたか。」
デビッドが呼吸困難でもがいている中、白野はハジメに過去の関係性を聞く。どうやら失われた記憶を集める為に、嘗ての知人にあれこれ聞いておきたい様だ。
白野「地球で暮らしていた頃の私は、どう言う人物でしたか?」
ハジメ「どうも何も、唯のお人好しだったぜ?俺にも嫌な顔一つしないで話し掛ける変人だった。」
白野「お人好しとは変人の事を指す言葉だったんですか。後学の為記録しておきます。」
ハジメ「待て、よせ。言葉の綾だ。真に受けるのはやめろ。」
ハジメの言葉を、腰につけた鞄から取り出したメモ帳に書こうとする白野を止めるハジメ。デビッドは顔が青くなり、もがく力も弱くなっている。
ハジメ「はぁ。ご馳走さん。言っておくが、今までの事とかこれからの事を報告するつもりはない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。そこでお別れだ。後はお互い無関係といこう。さっきみたいに急に斬りかかれでもしたらひとたまりもないんでね。」
愛子「南雲君......。もう私達の元には戻らないつもりなんですか?」
ハジメ「ああ、戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る」
白野「お待ち下さい、ハジメさん。」
食事を終えた後、南雲達三人は借りた部屋に戻ろうとする。しかし、それを白野が止める。デビッドは無事呼吸が止まり、顔が白くなっている。白野は手を離しハジメに体を向ける。
白野「まだ私が注文した料理が届いておりません。折角なので一緒に食べて行かれませんか?」
ハジメ「何言ってんだ?そんなもん自分で食い切ればいいだろ。もう食事は終わったし、これ以上食うつもりは――」
フォス「お待たせしました。ご注文頂いたガラシク十人前になります。」
ハジメの言葉を遮り、料理がテーブルに置かれる。それは――
ハジメ「...鍋?」
白野「鍋?いえ、ガラシクと言う煮物料理ですよ。」
土鍋一杯に、出汁がよく染み込んだ旬の野菜や魚介類等の具が敷き詰められた鍋だった。保温の為か、容器の下には簡易なコンロのようなものが置かれている。グツグツと食欲を掻き立てる様な香ばしい香りが辺りに広がる。
ハジメ「...つまり、食い物で話す時間を稼ぎたい訳だな?」
白野「はい、私も先生達も貴方にお聞きしたい事がありますので、食べている間でも構いませんから答えられる事だけでも離して頂けませんか?」
白野の魂胆が包み隠さず本人の口から暴露される。ストレートな要求にハジメは何度目かの溜息を吐く。
ハジメ「アホか、頭数は充分あるんだからお前らで食えばいいだろ。付き合う理由は「遠慮なさらずに」熱ッッッッッッフゥ!?」
溶岩の如く熱された大根擬きが、ハジメの口に突っ込まれる。限界を超えて鍛えられた耐久力も、口の中までは強くしてくれないようだ。
白野「これは所謂奢りと言うものです。無下にするのはよく無いそうですよ。」
ハジメ「人の口に熱い物を突っ込むのはもっと良くねぇよ!?南極条約違反だろうが!!」
ユエ「ハジメ、今この料理に、悪魔の実を入れたら美味しく――」
シア「ならねぇよスワッテロ。」
ユエ「ハイゴメンナサイ。」
常識人の様な至極まともな事を言う
店員が丹精込めて作った料理を闇鍋にしようとする
何とかハジメ達を留まらせる事に成功した後、白野は鍋をお椀に寄せて全員に配る。神殿騎士達はデビッドの介抱の為、全員が部屋に戻っていったのでここにはいない。
ハジメ「...それで、玖珠木は何があったんだ?記憶失ってるし髪が白くなってるし、イメチェンでもしたのか?」
白野「聞いた話によれば、ハジメさんが橋から落ちたのと同じ日に、私も行方不明になったそうです。皆様と合流したのは、その一月程後になります。」
ハジメ「つまり詳しい事は何も分からないままってところか。」
白野「そうなります。」
何だかんだ言いつつ白野の身に何があったか気になったのか、ハジメは渡された鍋料理を箸で摘みながら質問した。隣には先程迄の暗い雰囲気を吹き飛ばす様に、ユエとシアの二人が美味しそうに鍋にを食べている。それを見たハジメは安心した様に僅かに目尻を緩める。二人の仲良さげな食事風景とハジメの見た目では分かりづらい和やかな雰囲気を見た白野は、カメラを取り出して三人を撮る。カシャリと、シャッターを切る音が食卓に響く。
ハジメ「それ、カメラか?態々王国の錬成師に頼んで作ってもらったのか?」
白野「いえ、王国の雑貨屋で購入した物です。使い方の分からない骨董品として売られていたので、製作者は分かりません。」
ハジメ「そうすると、トータス製か?見せてもらっていいか?」
白野「どうぞ。」
錬成師の血が騒いだのか、渡されたカメラを若干目を輝かせながら弄る。そして、下に刻まれたオルクスの紋章に気付き驚くが、何事も無かった様に表情を戻す。一通り弄り終えて満足したのか、白野にカメラを返した時、彼女の視線がハジメの太腿に向く。
白野「貴方が太腿に付けているものは何ですか?」
ハジメ「あ?目敏いな、これは俺の武器だよ。お前もよく知ってるだろ。」
そう言って、ハジメはホルスターから銃を引き抜き白野に見せる。この世界には存在しない筈の兵器に、生徒達は驚く。
淳史「それって...、もしかして銃か?」
優花「嘘でしょ...?何で南雲はそんなもの持ってんの...?」
白野「ジュウ...?」
ハジメ「あ、そうだ。玖珠木に返す物があるんだった。」
ハジメが地球の現代兵器を持っている事に生徒達は驚くが、本人は気にもせず、思い出した様に指輪を光らせ物を出す。
白野「これは?」
ハジメ「覚えてねぇか。お前の持ち物たったんだが、お互い行方不明になった日に橋から落としてたみたいでな、俺が落ちた所で偶然見つけて、序でに直しといたんだよ。俺もこの銃作る時に色々参考にさせて貰った。」
それは「P95」自動装填式拳銃だった。傷が多く年季が入っており、よく使い込まれていたのが見て取れる。
白野「これを私が持っていたんですか?初耳ですね。」
ハジメ「そりゃそうだろ。当時ですら何で持ってたのか本人しか知らねぇし、記憶の無い状態で伝えても混乱させるだけだ。」
白野はそれを受け取り、興味深そうに見回したり銃口を覗いたりする。そしてハジメの推測を聞き、視線を園部達生徒に向ける。
優花「...その日の事はどこまで聞いてるの?」
白野「ダイスケさんがトラップを起動してしまい、生徒と騎士団全員をトラウムソルジャーとベヒモスが集う部屋に転移し、その際に起きた事故でハジメさんが橋から落ちたという事までは聞きました。」
昇「...そのトラウムソルジャーに襲われて皆が滅茶苦茶に戦ってた時に、玖珠木がその銃で魔物を撹乱して俺達を助けてくれたんだ。誰も玖珠木がそれを持ってなんてその時まで知らなかった。」
玉井「あの時の玖珠木、凄かったよな。射撃は上手いし、何時もの穏やかな雰囲気が無くなっててさ、かなり冷たい目になってた。」
白野「そうでしたか。情報の提供ありがとうございます。ハジメさんも、私の持物を返して下さりありがとうございました。」
ハジメは気にするなと言う風に手を振る。と、話が途切れた所で鍋が空になった。話は終わったとばかりに、ハジメ達は立ち上がり軽い挨拶をして今度こそ部屋に戻っていく。場が静まった所で、愛子が白野に話し掛ける。
愛子「えと、玖珠木さんはどうしてここに?メルド団長から送られた手紙では、天野河君達と迷宮攻略をしていたそうですが?」
愛子はメルド団長からの便りで、白野の生還を耳にしていた。記憶を失い、地球での暮らしも含め何も覚えていないことも。その報告を聞いて直ぐにでもホルアドに向かいたがっていたが、丁度その時離れた町にいた為、今の今まで会うことが出来ずにいた。
白野「北山脈で探しているものがありまして、捜索の間泊まる場所を求めて、数日前にこの町に来たんです。」
愛子「私達が来る頃にはいらしてたんですね...。それでしたら、玖珠木さんは私達以外に黒い髪をした男の人を見かけませんでしたか?」
白野「いいえ、その様な方は一人も見ておりません。それがどうかしたのですか?」
愛子は少し俯き、一人の男子生徒について話し始めた。清水幸利と言う、数日前に迄先生達と共に行動していた生徒が、ある日忽然と姿を眩ませた事を。先生や騎士達も八方手を尽くして情報を集めているが、近隣の村や町でもそれらしい人物を見かけたという情報が上がってきていない。北山脈に向かった白野なら何か知らないかと思い確認したが、返事はこの通りだ。
愛子「清水君、一体どこに言ってしまったのでしょうか......。」
探す宛が無くなり、愛子が思い詰める様に下を向く。そんな彼女を生徒達が慰める中、あらぬ方向を見ていた白野が希望になり得る情報を話す。
白野「北の山脈辺りに、黒髪かは分かりませんが、人の姿がありました。」
愛子「......え?」
白野「もしかすると、皆様が探している方かもしれません。」
優花「え、本当なの!?」
優香の言葉に、白野は頷く。そして愛子の顔に明るさが戻っていく。それならば自分達が進むべき道筋は決まる。愛子達は急いで明日北山脈へ出発する為の段取りを始める。そこで、白野が淳史に話し掛けた。
白野「ところでアツシさん。このジュウという物はどうやって使うのですか?」
淳史「人に銃口向けないで!?脅さなくても教えるから!?」