黒竜のブレスが、動けずにいる生徒達に向かう。その奔流と彼等の間に割って入る者がいた。
白野だ。彼女は左腕にある盾を展開してブレスを受け止める。その攻撃と比べると余りにも小さいそれは、見た目に反して完全にブレスを受け止め、圧力や高熱すらも吸収している。
余波だけで地面が融解し人が消し飛ぶ程の威力。普通なら、あの程度の装甲で防げるものでは無い。ハジメが疑問に思う中、白野が構えている盾の裏側に嵌め込んである青白く輝く結晶が見えた。
ハジメ(まさか、神結晶か?)
それは嘗て、奈落の底で散々お世話になった、今もハジメの右目に使われている神結晶だった。何故見つけ出す事すら困難な幻の結晶を白野が持っているのか疑問が残るが、それを確かめる時間は無い。彼女が愛子達を守っている内に手を打たなければならない。ハジメはドンナー・シュラークの銃口を黒竜に向け撃つ。
――グルゥオオオ!?
弾丸は竜の頭に直撃し、放たれ続けていたブレスを中断させ巨体を後方に吹き飛ばす。
ユエ「“禍天”」
シア「止めですぅ~!」
竜がすぐ様起き上がろうとするが、重力魔法で作られた渦巻く球体に押し潰され、地面に這い蹲る。そこに撃発を利用して上空から更に加速しながら、シアがドリュッケンを頭に向けて振り下ろす。
しかし、黒竜は圧倒的な膂力を持って最小限の動きで回避し、ユエに向かって火炎弾を放ち重力魔法を中断させる。更にその場で高速で一回転し、遠心力の加わった大質量の尾をシアに叩き付けた。
シア「あっぐぅ!!」
間一髪、シアはドリュッケンを盾にしつつ自ら跳ぶことで衝撃を殺すことに成功するが、大きく吹き飛ばされ、木々の向こう側へと消えていった。
体勢を戻した黒竜は、ハジメを無視して生徒達の前に立っている白野を睨みつけ、彼女に向かって火炎弾を撃ち放った。
白野「”天絶”」
白野は焦りもせずに障壁を張り、火炎弾を霧散させ全て防ぐ。そして”天絶”を一部解き障壁を潜り抜けると、その場から一飛びで黒竜に近付き頭に向かって回し蹴りを放つ。
その攻撃を、黒竜は翼をはためかせて後方に飛び回避すると、白野に向けて火炎弾を連射する。白野は重力魔法を使い射線外に落ちる事でそれを回避し、地面に降りる。
グルァアア!!
すると黒竜は翼を止めて質量に任せ落下しながら、鉄すら容易く切り裂きそうな鋭い爪を白野に振り下ろす。白野も身体強化を使い大きく跳び退く事で回避するが、黒竜は執拗に彼女に攻撃を続ける。ハジメも銃弾を当て続けてはいるが、鱗が薄く砕けるだけでこちらには見向きもしない。
ハジメ「玖珠木!そいつの狙いはお前だ!回避に専念しろ!」
白野「わかりました。」
白野は近くの大きな岩を掴み、重力魔法で加速させながら黒竜に投げる。頭に直撃した黒竜は一瞬怯み、その隙に白野に距離を取られる。それでも尚火炎弾を放ち白野を追撃するが、別の方向から邪魔が入る。
ハジメ「ここまで無視されたのは初めてだ……なら、どうあっても無視できないようにしてやるよ!」
大型の狙撃銃、シュラーゲンを取り出したハジメは、“纏雷”による充填を終えると黒竜の頭部に撃ち放つ。シュタル鉱石製フルメタルジャケットの弾丸が黒竜の後頭部に当たるが、頭が大きく前に傾くだけで致命傷にはならなかった。だか、目論見通り黒竜は漸くハジメを脅威と見做したのか、視線をハジメに向け口元に魔力を収束させる。
しかし再びブレスが放たれる前に、白野が側面から黒竜に突っ込み、先程のブレスにより溜め込まれた魔力を衝撃波に変換し黒竜の右膝にぶつける。
――グルァアアア!!
それにより体幹を崩された黒竜は横転し仰向けになり、口元に溜めていた魔力も消える。その隙にハジメは”空力”飛び上がり、黒竜の腹に向けて“振動粉砕”を発動させた義手を打ち込んだ。腹に亀裂が走り、内臓を痛めたのか口から盛大に血が吹き出る。
回避の為に、黒竜は片翼に魔力を込め暴風を巻き起こし、その場で仰向け状態から強引に元の体勢に戻る。”空力”で空中に逃げたハジメを撃墜しようとするが、その前に腹の下で彼が置いて行った手榴弾が爆発し、爆風で黒竜が浮かび上がる。
――クゥワァアア!!
同じ場所への更なる衝撃に、悲鳴も上げられずくぐもった唸り声を上げることしか出来ない。耐えるように頭を垂れて蹲る黒竜の口元からは血が流れ出している。
ハジメ「あ?何だありゃあ?」
しかし、ハジメ達の追撃はそこまでだった。突如、日光とは違う光が降り注ぎ黒竜を照らす。すると黒竜が負っていた傷が瞬く間に癒え、竜の瞳に力が宿る。戦う前より威圧感が増し、心なしか一回り大きくなった様に見える。
ハジメは”空力”を解き地面に降りながら、シュラーゲンに弾を装填する。すると白野が彼に駆け寄り、目の前の現象の詳細を語る。
白野「あれは、再生魔法と昇華魔法ですね。何者かが傷を癒し、竜の力を増強させたようです。」
ハジメ「神代魔法を使える奴がいるのか?チッ、やってくれるな。下手人は何処にいる?」
白野「申し訳ありません。捜索はしているのですが、それらしき人物は見当たりません。」
――ゴォアアア!!
黒竜の咆哮と共に、全方位に向けて凄絶な爆風が発生する。その竜巻の如き暴風により二人が動けずにいると、黒竜は一瞬で口元に莫大な魔力を収束させ、白野に向かってブレスを放った。
二人は即座に横に跳ぶ事で魔力の奔流を紙一重で回避し、直ぐに体勢を立て直す。しかし、黒竜は攻撃を外したと知ると砲撃を止め、白野に向かって大量の火炎弾を放つ。その数は数百に昇り、彼女の頭上を炎で埋め尽くし辺りを紅く染め上げる。
白野は黒竜に向かって高速で走り抜けながらそれらを避ける。獲物を捉え損ねた火球が川に撃ち込まれ、水が蒸発し周囲が白い水蒸気で覆い尽くされる。白野は尚も走り続け黒竜の足元に到達すると、スティレットを竜の足に突き刺し動きを止めようとする。だが、鱗を貫き刺さったものの、元来の質量と昇華された膂力により容易く砕かれ、目論見は失敗に終わる。
ハジメ「コイツならどうだ?衝撃までは消せねぇだろ。」
水蒸気で作られた霧の中、ハジメは宝物庫からロケット&ミサイルランチャー・オルカンを取り出し、ロケット弾を撃ち込む。しかし、突如竜は地面に手を突き刺し、振り上げる。すると巻き上げられた大量の石礫が霧を吹き飛ばしながらハジメに飛来し、まだ空中を飛んでいた弾頭も障害物に当たり、道半ばで爆発する。
ハジメは急ぎ大楯を取り出し岩石を防ぐと、シュラーゲンを構え、全力の”纏雷”で加速させた銃弾を撃つ。弾頭は再び竜の頭部に当たるが、容易く弾かれ相手はびくともしない。
ハジメ「クソッ、こうなると効きそうなのはパイルバンカー位しか無ぇな...。」
シュラーゲンと大楯を仕舞いパイルバンカーを取り出す。そこに白野といつの間にか戻って来ていたシアが集まる。
白野「効き目のありそうなものがあるんですか?」
ハジメ「まぁな。だが奴に張り付かねぇと当てられない。」
白野「それでしたら、私が動きを止めます。貴方は準備をしていて下さい。」
ハジメ「方法はあるのか?ありゃあそう簡単には止まらねぇぞ。」
白野「幾つか宛はあります。」
シア「私も手伝いますよ。やられっぱなしでは終われませんからね!」
ハジメ「決まりだな。シア、奴の足を狙え。体勢を崩せばコッチのもんだ。」
シア「了解です!」
打ち合わせを終え、三人は動き出す。
相手が地面にいる今、狙いは後ろ足だ。シアは黒竜に向かって地を滑る様に跳んで行き、ドリュッケンに魔力を込めて振り被る。すると黒竜は翼をはためかせて後ろに飛びシアの攻撃を避ける、そして無数の火炎弾を白野とハジメに向けて放とうとする。
ユエ「“禍天”!」
白野「“禍天”」
黒竜の頭上に二人の重力魔法が重なり大きく膨れ上がる。増強された魔法は黒竜を捉え、再び地面に叩きつけ動きを封じる。
シア「もらいました!」
何とか着地した黒竜だったが、シアがその場で回転しドリュッケンを後ろ足に投擲する。遠心力に加え、重力魔法を付与された重量物が片足に当たり、それを突き抜けもう一方の足も打ち抜き飛んでいく。黒竜はあっさり体勢を崩し仰向けに倒れた。
白野は大きく飛び上がり、黒竜の頭上に行く。そして両腕に計4本のスティレットを作り、魔力を注ぎ込み効力を上げる。推定5mまで伸びたそれを大きく振り被り、黒竜に投げ付け四肢を穿つ。
ハジメ「存分に食らって逝け。」
ハジメが黒竜の首元に飛び付き、パイルバンカーのアームを喉に組み付け固定する。内蔵された4トンの杭が“纏雷”により激しく回転し、鱗殻を貫かんと加速し射出される。
ゴォガガガン!!
ハジメ「ッッつゥ!?」
しかし、鱗を僅かに削る程度に終わり、射出された杭は跳ね返されパイルバンカーが砕け散る。
――グゥガァアアアア!!
そして、動きを封じていた鎧通しが砕け散り、黒竜がうつ伏せになり体勢を戻す。その前にハジメは飛び退き地面に降りるが、視線を戻した瞬間彼の目の前に黒竜の顎が現れる。既に魔力が溜まり切っており、直ぐにでもハジメを焼却せんと高火力のブレスが放たれるだろう。
次の瞬間、白野が黒竜の頭に駆け寄り、右目を切り裂いた。
――グゥウオオォォォ!?
痛みに仰け反り、ブレスが霧散する。時間を稼げたハジメはその場から退避出来たが、白野はそうはいかなかった。
黒竜は直ぐに白野に向かって腕を振り上げ彼女を捕らえる。白野も回避しようとしたが、避け切れず体を掴まれ動きを封じられる。黒竜は白野を頭上に持ち上げ、地面に向かって勢いよく振り下ろし叩き付けた。
シア「ハクノさん!!」
白野が川に投げ付けられ、水飛沫が上がる。重力に従って跳ねた水が落ち、白野の姿が見えて来る。そこには四肢があらぬ方向に曲がり、鎧が大きく凹んだ騎士の姿があった。
最早既に事切れている様に見えたが、辛うじて息があるようで、無理矢理体を動かそうとしているのか身を捩っている。
黒竜は生きていると判断したのか、容赦無く腕を振り上げる。ハジメ達も応戦しようとするが、無数の火球がばら撒かれ、それに気を取られ対応出来無い。そして、黒竜の鋭利な爪が白野に振り下ろされた。
拳が白野に叩き付けられた瞬間、彼女を起点に川の水が巻き上がり凍り付く。竜の上半身が氷に覆われ、動きを封じた。
シア「うぇ!?な、何ですか!?」
ハジメ「これは、玖珠木がやったのか?」
黒竜は拳を振り下ろした姿勢で固まっている。何とか動き出そうと踠いているようで、段々と氷山にヒビが入っていく。
ユエ「っ!”凍柩”!」
上級魔法が重ねてかけられ、黒竜が更に氷に覆われて行く。すると、上空に飛ばされたパイルバンカー用の杭がハジメと黒竜の間に突き立った。ハジメは、地面に深々と突き刺さる杭を引き抜くと肩に担ぐ。
ハジメ「今しか無ぇな。」
黒竜の尻尾の付け根の前に陣取り、槍投げの選手のような構えを取る。
ハジメ「ケツから死ね、駄竜が。」
そして、パイルバンカーの杭が勢いよく突き刺さった。
“アッーーーーーなのじゃああああーーーーー!!!”
目を見開いた黒竜がドMの産声悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。
••••••••••••••••••••••••••••••
愛子「玖珠木さん!!」
戦闘が終わったと判断したのか、愛子が竜に向かって駆け出す。同時に、激戦に魅入っていた生徒達も気を取り直し、慌てて愛子を追いかける。彼等を護衛していたユエも、竜が喋り出した事に興味を持った為、追従する。
ハジメ「お前……まさか、本当に竜人族なのか?」
“む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が。あと、氷も溶かしてはくれぬか?妾、寒いのは苦手での。......このままでは凍え死にしてしまいそうなのじゃ”
そこには白野が言っていた情報通りの、意外な事実に呆然とするハジメとシア、そして自らを竜人族と名乗る竜の姿があった。拳を振り抜いた状態で氷に覆われ、尻に杭が刺さった状態で固まっている。
愛子「南雲君!氷を溶かしてくれませんか!?玖珠木さんが!」
ハジメは愛子の言葉で、白野が今も氷山の下にいる事を思い出す。黒竜がまた暴れだす可能性もある為本来なら拘束は解きたくないが、ここまで来る時にも世話になった義理もある為愛子の意見を承諾する。
ハジメ「......仕方ないか。ユエ、頼めるか?」
ユエ「......ん。」
ユエが炎系統魔法で氷を溶かす。氷が無くなり拘束が解けた竜は、体に力が入らないのか巨体がぐらつき、白野が潰れないようにそのまま地面に倒れた。
“はぁあん!”
倒れた衝撃が尻にいったのか、黒竜が情けない喘ぎ声を上げる。
障害物が無くなり、愛子達は急ぎ黒竜の拳があった辺りに駆け寄る。そして――
愛子「......玖珠木......さん......?」
優花「......嘘でしょ...そんな......。」
――そこには、頭が無くなり、胴体がひしゃげ、腹の辺りで二つに裂かれた、騎士甲冑姿の白野があった。