【完結】がっこうぐらし!モールスタートめぐねえエンドSランク縛り【MGNEND】   作:月日星夜(木端妖精)

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聖夜だったので初投稿です

この小説の略称は"モールスター"です
はしゃぎすぎ!!!!!!!!!!!


2探索と補給~めぐねえ覚醒

 怖いくらい順調なRTAの続きはーじまーるよー。

 前回はみーくんに同衾拒否されたところまで。今回は寝起きから。

 

 おはよーございまーす!!

 

「あ、おはようございます、千翼先輩!」

 

 おや、すでにけーちゃんは起きていたようですね。元気がいいのは良いことだ。それと挨拶大事。

 挨拶を疎かにすると部屋から締め出されてしまいますからね。精神値も僅かに回復しますし欠かさずやっていきましょう。

 

「ううん……」

「寝坊助さーん、はやく起きないと先にご飯食べちゃうぞー」

 

 うとうとと身嗜みを整える優衣ちゃんをしり目にソファに寄ってったけーちゃんがまだ眠っているみーくんを弄り始めました。ナチュラルにそういうことする~。NPCはああしてじゃれたり会話したりなどで勝手に精神値の回復を図ってくれます。反面、悪い方に転がり始めるとどんどん自滅していくのでちゃんと目をかけてあげましょう。

 

 ほっぺをつつかれて唸っているみーくん、アニメとかのように下着姿で寝てません。現実的に考えて他人(優衣ちゃん)がいるのにそんなカッコしませんよね。無論警戒が解け、好感度が高まればドスケベ下着姿で一緒の布団に入ってくれるまでなります。ご安心ください、CERO"A"なので健全です。ERO"E"! みーくんのスケコマ-C!

 

「起きた、起きたから……」

「うん、顔洗ってきちゃいなさい」

「お母さんじゃないんだから……もう」

 

 気心の知れた仲って感じの会話ですね。優衣ちゃんは置いてけぼりです。

 のっそりソファを下りたみーくんが個室へ移動すると、動けるようになりますので荷物の点検。

 バッグの中の果物ナイフは取り上げられてませんね。友好度が低く警戒度が高いと寝ている間に取り上げられる事もあるので要注意です。今回はけーちゃんしか起きていなかったのでもとより問題なし。

 というか、私の場合二日目の朝にみーくんが起きていた試しがないです。以降は必ず優衣ちゃんより早く起きてるので謎。昨日あんな事があったから疲れてるんでしょう。そうするとけーちゃんが元気すぎる気もしますが。

 

 輪をかけてみーくんは顔色が悪いですねー。精神値が40を下回っているんでしょうかね。

 

 精神値は50以下になると様々な悪影響を及ぼし始めます。軽いものなら「体調不良」や「スタミナ減少量の増加」、重いものなら「被害妄想」や「過剰攻撃」など。

 30を割ると要注意の「幻覚症状」が出始めます。存在しない友人と会話しだしたり、あるはずのないものを目撃したり、物や人が別のものに見えてしまったり。

 

 この「幻覚症状」には良いタイプと悪いタイプがあり、厄介なのは前者。

 悪いものは短期の症状が多く、たとえば視界外から「彼ら」が突然襲ってくる(襲ってこない)、足元に穴が開く(開いてない)、友好関係にあるものが「彼ら」に襲われているのを見る(襲われてない)などで精神値を削ってきます。

 

 良いものは幻覚を発症したキャラに対し手助けするように働きかけてくることが多く、助言や導き、慰めや会話などで精神値を回復させてくれます。が、悪いものが精神値が30を上回るとぴたりと止むのに対し、良いものは精神値が50になろうと60になろうと切っ掛けが無い限り残り続けてしまいます。

 いない者と関わり続けるキャラに対し、他のキャラは警戒したり距離を取ったりといった行動を起こし、友好度が下がってしまうのです。

 

 一晩寝たのにも関わらずみーくんの精神値が低そうなのは……検証の結果、優衣ちゃんの空腹値が減っている状態で初日の夜を迎えるとそうなるようです。

 初日に限り「起きとく」を選択できないので夜中の様子はわかりませんが、悪夢でも見てたんでしょうかね? まま、これくらいならすぐリカバリーできるので問題ないです。

 

 

 

LEVEL UP

 

 

 無事に一日を乗り越えた事でレベルが上がりました。堂々のSランク。やりますねぇ!(自画自賛)

 

 手に入れたポイントを使って筋力に1振り、「徒手格闘Lv.1」と「料理Lv.1」のスキルを取りましょう。

 「徒手格闘」はその名の通り武器を持っていなくても積極的な攻撃ができるようになり、素手での攻撃に補正がつくうえ、連続入力で続けて攻撃ができるようになります。

 

 ただ、Lv.1ではスタミナの消費が激しすぎてまともにコンボできません。貧弱な優衣ちゃんならばなおさらのこと。

 これを取ったのはスニークキルの威力を高めるためだけです。スニキルは筋力が低かったりレベルが低すぎると、シーンに入っても殺しきれない事があるので、それを無くすためですね。

 

 料理はLv.1では切る・焼く・煮るなどの簡単なものしか作れませんが、それでも精神値の回復に大いに役立ちます。

 このチャートではLv.1が最終レベルとなります。モールでの仲間となる圭が「料理上手」のユニークスキルを持ってるためです。

 じゃあ優衣ちゃんがスキル取る必要ないじゃんと思うかもしれませんが、実は圭のこのスキル、一緒に料理をしなければ判明しません。それまではステータスを見ても影も形もないんですよ。私は試走していて初めて気付きました。謎だ……。

 

 

 さて、朝食です。

 昨日取ってきた分は昨日の内に消費してしまったので、本日のメニューは水とコーンフレークだけです。

 味気のない食事ですが、元気なけーちゃんが色々と話を振ってくれるので暗い雰囲気にはなりませんでした。

 さらに「がば飲みクリームソーダ」を提供することで大幅に精神値を回復し、友好度を高めることができます。

 

「わ、クリームソーダ! 私これ大好きなんです!」

「私も……先輩も、ですか?」

 

 ボトルを抱えてこくこく頷く優衣ちゃんがそれをコップに注ぎ、三人で乾杯。

 かなり顔色の悪かったみーくんの表情も多少明るくなりました。

 しかしそれはそれ、これはこれって感じで食事が終わると剣呑な雰囲気を醸し出します。

 

「傷の確認? 確かに、こんな状況じゃ小さな傷でも危ないかもだけど……脱がないと駄目?」

 

 けーちゃんの控えめな抗議に首を振って断固拒否するみーくん。

 二日目の朝に確定で起きる身体検査イベントです。一日という時間を置いて現実を正しく認識しはじめたみーくんは、これまで見てきた「かれら」の事についてある程度あたりをつけたらしく、ゾンビのような「彼ら」から傷つけられていないかを調べようと提案してきました。

 

 昨日の探索で体力が半分削られた状態で攻撃を受けていると体のどこかに傷が残り、それを発見されてかなり険悪なムードになってしまいます。

 優衣ちゃんはノーダメなのでいくら調べられようと大丈夫……と言いたいところですが、キャラ作成時の生い立ちによっては手術痕などであらぬ疑いをかけられたり警戒されてしまったりします。

 

 生い立ちは最初の質問でかなりコントロールできるのでこれも問題ないでしょう。

 しばらくストリップショーの鑑賞と洒落込みましょうか、とでも言うと思ったか! 倍速です(無慈悲)。

 言ってませんでしたっけ? 時間は大事なんですよ、先輩。

 

 ちなみに「身体検査」は拒否することもできますが、関係が修復不可能なレベルになるのでおすすめはしません。

 

 無事に検査が終了するとみーくんは難しい顔をして黙り込み、話しかけてもうんともすんとも言わなくなるので大人しくけーちゃんと雑談して友好度を高めておきましょう。現在の関係が良好だからと会話を疎かにするといつの間にか友好度が地に落ちていた……なんて事もあるので通常プレイでも会話を欠かさない事をお勧めします。

 

 みーくんの好感度大事。けーちゃんより大事。

 こじれやすく修復しづらいみーくんは強敵だ。

 もし仲違いイベントが起こった場合でもみーくんにつくべきです。このチャートでは回避しますが、やっぱり好感度は大事。

 

 雑談が終了すれば探索タイム。引き続き大目標である「生存」のために動くとしましょう。

 といっても本日やる事はそう多くないです。食料とそれを調理するためのキッチン用品の回収、ガスコンロの回収、そしてめぐねえの生存と覚醒。

 

「今日も……その、行くんですか……? ……一人で」

「わ、私達、も……」

 

 危険です、と案の定引き留めてくるみーくんに、できもしない提案をするけーちゃん。

 とにかく頷きまくっててきとうに話を流しておきましょう。最初のうちはこれくらいで大丈夫です。繰り返しているとより強く引き留められるようになりますが、今はまだ二人とも優衣ちゃんに頼りきりなのでなんだかんだ言って外出を許可してくれます。

 

 精神値が一定を上回っていたり、友好度が高すぎると探索は彼女達が寝入った後でしかできなくなります。じゃけん、夜いきましょうね~(正しい使い方)。三日目以降でイベントをこなすと一緒に探索できるようになりますが……一人で行動した方が当然早いので好感度を高くして言う事を聞いてもらえる状態にし、待機を命じましょう。足手纏いは引っ込んでいるんだな(なおステータスワースト1位は優衣ちゃんの模様)。

 

「まだ余裕はありますし、まずはこれからの事について話しませんか」

 

 いやです。

 

「……すみません、でした。その……無理は、……。」

「無理はしないでくださいね!」

 

 傷の確認というある種の疑いをかけた事を引きずっているのか、途中で口を噤んでしまうみーくんの言葉をけーちゃんが引き継ぎます。以心伝心。

 おう考えてやるよ。

 

「あっ、そうだ! あの、美紀が夜中に水道の音を聞いたらしいんです。もしかしたら、他の部屋にも私達みたいに隠れている人たちがいるのかも……」

 

 語録に語録で返すとはわかってるじゃねぇか。

 けーちゃんにより小目標が示されました。"生存者を探そう"です。いやです。そんなんやってる暇はないんですよこっちは。時間時間時間! もういいね! 行きますからね!

 

「先輩、「彼ら」は音に反応するみたいです。しゃがんで移動すれば気付かれないですむかもしれません。しゃがむのは×ボタンでできます」

「他の人、良い人だといいんだけど……」

 

 相も変わらずチュートリアルしてくれるみーくんと不穏な言葉を残すけーちゃんに手を振って、いざ籠城部屋の外へ。忘れず果物ナイフを装備。

 ダッシュしつつ声出していきましょう。

 

 だれかぁー! だれかいなぁーい!?

 

 はい、これで終わり。

 本来は他の部屋に働きかけたりして生存者とコミュニケーションを取ったりイベントをこなすことができますが、時間の無駄なのでしません。どうせみんな死ぬ。

 しかし、頼まれたのにも関わらずなにもアクションを起こしていないと二人の好感度がガクッと下がります。エスパーかな? そういうわけなので探す素振りを一瞬見せつつ1階へ移動します。

 

 めぐねえを生存させるのにはタイミングがあるので、先に食品売り場へ向かい食材を回収。パスタとレトルトソースでいいかな。帰る時のために「石鹸」も入手。

 小さい鍋とガスコンロを鞄に詰め込んで、これで満杯。移動速度がやや落ちますし、過剰搭載なので転びやすくなりますが、筋力に振っておいたのでそれも防げます。プレイに自信のある方は俊敏に振ってもいいんじゃないですかね。私には難しいので安定を取ります。

 

 

 さて、めぐねえですが、みなさんご存知の通り彼女はプレイヤーが関与しない限り最初の一週間……「あめのひ」が来るまで確実に生き残るので急ぐ必要はない……と思うかもしれませんが、どっこいそうはいきません。

 モールスタートの場合、この二日目で事を成さなければめぐねえを生き残らせるのが非常に難しくなります。それも特定のタイミングで、そこを逃せば……まあ最悪は運任せでいけるかもしれませんが、ラックに頼るなど言語道断。私は確実性を求めたいんです。

 

 目指すは従業員用の宿直室。そこから学校へ電話をかけます。

 公衆電話からもかけられますが、確定で群がられて死にます。

 不用意な物音には気を付けよう!

 

「ふっ」

 

 行く手を阻む「彼ら」の背に踏み込んだ優衣ちゃんは、振り返ろうと動くその服を引っ張って揺らがせると、握り締めた果物ナイフを振り上げて柔らかな下あごを貫きます。そして前蹴り! ズボッと引き抜いたナイフを振って血を飛ばし顔の前に掲げると、冷たい瞳で眺め回します。これがスニークキルの動作の一つ。なんだその動きは、たまげたなあ。

 

 スニークキル(スニーキングキル)にはキャラタイプごとに固有モーションがあり、さらに性格によっても変わります。

 キャラタイプ+性格で2種のモーションを取るんですね。んな暇あるなら動け。

 

 タイプCで臆病な優衣ちゃんはぶっ殺し後にその悍ましい感触に身を竦ませるか、冷たい瞳で武器を眺めます。なんだそのモーション!? タイプCは小柄……小動物系のキャラ造詣が多いのになんでサイコパス染みた動きが搭載されてるんですかねぇ……。

 

 まあこれは、武器の損耗具合を確かめているのだという公式からの回答がありましたが、どう見てもそういう顔じゃないんだよなあ……。

 

 経験値を稼ぎつつ宿直室に駆け込みました。ベッドには死ぬほど疲れて眠っている人がいますが、何しても起きないので無視でいいです。電話を借りて学校にかけましょう。

 ……2、3とコール音が響くものの、電話には誰もでません。

 RTA的には屋上で夜を明かす事を厭った面々が打って出て3階を制圧し、めぐねえが職員室にいるタイミングに電話をするのがベストなのですが、中々タイミングが合わずままならないものですね。

 

 しかしこの時間帯にかければ、たとえば打って出た直後なら鳴り響くコール音に引き寄せられる無防備な「彼ら」を容易く狩りつつ出てくれます。制圧後でも音に気付いていずれかが出てくれるでしょう。その場合は高確率でめぐねえになります。違ったらリセットです。

 

『──もしもし!?』

 

 はい出ました。めぐねえですね。一応設定上は他のキャラが出る事もあると聞いているのですが、私だと10回やって10回めぐねえでしたから、今回もめぐねえなのは当然ですね。

 名前を名乗り、現在地を伝えましょう。これで「えんそく」が確定されます。

 それでもって特に切羽詰まっている訳ではないのですが、気持ち何かに追われているような感じで話しましょう。学校で生きる生徒だけで手一杯なめぐねえの気をしっかりと引く必要がありますからね。大袈裟なくらいで結構です。

 

『どうしたの、優衣ちゃん。大丈夫なの……?』

 

 こちらの尋常でない様子に問いかけてきためぐねえは、最初の一音以降は極めて声を小さくしてくれました。疑問を投げかけながらも理由を察している感じですね。それに便乗するように電話機の乗った机をガンガン蹴りましょう。ついでに息を呑むおまけ付き。

 

『優衣ちゃん!?』

 

 危機的状況を察して悲痛な声を発する彼女に、「たすけて、めぐねえ」と残して電話を切ります。

 はい、これでめぐねえ覚醒完了です。

 学校外にも助けを求める生徒がいると知った彼女は、何がなんでも生き残ってくれます。1週間を過ぎた学園生活部のメンバーが欠ける可能性もなくなり、チョーカーさんこと柚村貴依(ゆずむらたかえ)も勝手に救出してくれます。

 

 いやー、お手軽ですねえ。

 本来、面倒な手順を踏まなければ覚醒に至らないめぐねえですが、学校外スタートかつ彼女の生徒かつ彼女に目をかけられている生徒である、という条件を満たしているとこうも簡単に覚醒させることができます。

 ただ気を付けなければならないのは、最後の呼びかけで必ず「めぐねえ」と呼ばなければならないこと。

 「たすけて、佐倉先生」でも「たすけて、めぐみ」でも駄目。

 

 おそらくは「佐倉先生でしょ!」と叱るために奮起してくれるのだと思います。たぶんおそらくきっと。

 あ、あと電話を切る前にめぐねえが無言以外のリアクションを取った場合は失敗ですので、潔くリセットしましょう。なぜか直後に自動セーブが挟まるので(殺意)やり直しがきかないんですよね。

 

 さて、欺瞞に満ちた電話を終えた優衣ちゃんは俯きがちになって両手を胸に押し当てて、息を整えています。

 その顔は歪な笑みに歪んでいます。精神値も大幅に回復しました。

 なんだろうなー、どうしてそんな顔してるんだろうなー。

 

 はい。そうです。

 この優衣ちゃん、「先生が好き」なのです。そのままの意味で。

 

 

 優衣はめぐねえに恋慕しているッ!

 スピードワゴンも恋慕しているッ!(うおおおおお!!!)。

 

 

 そういうことだ。

 どういうことだ?

 

 Q.恋慕って?

 A.ああ!

 

 

 さ、用が済んだので籠城部屋に帰還します。かなり順調にいってますし、ちょっと冒険してみてもいいかもしれませんね。

 よし、たらいを運びましょう。電子ポットも持っていきましょう。水で体を拭くのはもうこりごりだ……。女の子にとってお湯は大切なんです。ポットがあればお湯で髪や体を拭くことができ、たらいがあれば簡易のお風呂にできます。精神値の大幅な回復が見込めますねぇ!

 みーくんの好感度を早期に上げておけば良い事づくめなので、我ながら良い考えなんじゃないでしょうか。

 

 持てる荷物の数を増やすために肩掛け鞄からリュック型に変えたエコバッグはそれでも満タン。左手にたらいを右手にポットを持った状態なのでかなりふらふらしてます。この調子では5階に帰るのには相当時間がかかりそうですね……「彼ら」と戦う手段もありません。

 

 ですので、吹き抜けのホールに移動して「石鹸」を使います。

 

 本来「石鹸」は彼らの前に放って転ばせたり、イベントに入る前にキャラの通り道に置いておいてイベント中に転ばせたりするくらいにしか使えないのですが、オブジェクトから飛び降りる際に踏んづけ、同時にジャンプするとフワーッ! 3階までフワーッ!

 

 ウ ン チ ー コ ン グ っ て 知 っ て る ?

 

 ってな具合にね、上手いことやればね、できたはずなんですが……。

 ……転びましたね。落っことしたたらいとポットが派手な音を立てて「彼ら」を呼び寄せてしまいました。

 

 だだだ大丈夫です、まだリカバリーはききます!

 被発見状態になってしまったので5~6体倒さないとSランクは取れなくなりましたが、そんなの4階でやればいいだけのこと。

 急いで立ち上がりたらいとポットを回収し、石鹸をセットしてテーブルの上に乗って、飛び降りて、ここっ!!

 

 ウ ン チ ー

 

 駄目でした。

 

 ……。

 

 組み付いて来た「彼ら」の目にボールペンを突き刺して緊急回避し、「小物」を投げて離れた位置にいる奴らを誘導。たらいとポットを回収し速やかに離れます。

 少々時間がかかりましたが、2階の、この、こ↑こ↓。宝飾品店の前にある芸術性を感じる謎オブジェなのですが、ここでの「大ジャンプ」はかなり安定してできます。

 

 ……よし、よし、成功しました! なんとも言えない浮遊感! 4階の「彼ら」の多くいる場所に出てしまいましたが好都合です。この大ジャンプはゲーム的には歩行の判定なのか、「無音歩行」を持っている優衣ちゃんだと着地の際に音を発さないので大体に気付かれずにすみます。

 ただ、あと一回でも緊急回避を発動してしまうとSランクは無理になってしまうのでちょっと安定を取ります。

 

 電子ポットをそっと置き、たらいを両手で持って回転、遠投。この場にいる7体の「彼ら」がのろのろと向かっていくのを後ろから処理していきます。連続スニークキル、1・2! 1・2! 1・2! ラスト!

 工事完了です。

 

 ちょっとべこっとしてるたらいを回収して帰りましょう。

 現在のステータスでこの数を相手取る場合、要所要所で休憩を挟まないと反撃にあってしまうので音を出すのにたらいを使ってしまいましたが、運が悪いとアイテムに設定された耐久値を超過して壊れてしまいます。が、私くらいのリアルラックを持ってるとま、これくらいはね、当然いけますねぇ。

 

 

 

「お帰りなさい! その、どうでした……?」

 

 籠城部屋に到着しました。

 ぬわあん疲れたもおん!(歌唱部)

 すっげぇキツかったゾ。

 なんでこんな、キツイんすかねぇ?

 

 けーちゃんの笑顔に癒されつつ腰を下ろしましょう。

 あ、生存者? いなかったよ(すっとぼけ)。

 

「そう、ですか……」

 

 そんな事より見てよこれ。凄いでしょ。お風呂入れるよ!

 今すぐ、脱ごう。

 

「そんな事より先輩、大丈夫でした? その……血が……」

 

 寄ってきたみーくんが不安げな表情で問いかけてきます。優衣ちゃんの心配と感染の心配が3:7くらいでしょうかね。

 緊急回避を発動した後に味方のもとに戻るとこういったイベントが挿入されますが、ロスなので気をつけましょう。いいですね!

 

 調理器具も運んでこれたし、後はフライパンと土鍋、ああ冷凍しておいた肉類や魚類も忘れずに持ってきたら、それ以降は衣服の運搬に移ります。

 制服以外の衣服を着れるとなると彼女達の上下しまくる精神値を安定させることができ、友好度も上がるのでやっておいて損はないです。衣服にもステータス補正やスキル補正が存在するので、彼女達を連れて探索する際は必須ですね。

 

 そいじゃお料理タイムと洒落込みましょう。女の子のたしなみですよ~。

 これらの作業はもちろん優衣ちゃん一人でできますが、役割分担で一緒に作業をすると僅かに好感度が上がります。

 みーくん、たらいにお湯張っといてくれる? けーちゃんはお湯沸かしてパスタ茹でる準備して。

 

「わかりました」

「うん。あ、お塩ないかな……」

 

 ? ないですが。

 

「そっか。うん、じゃあ普通に茹でてくね」

 

 オッスお願いしまーす!

 

 ガスコンロに鍋をセットして湯を沸かし始めたけーちゃんの隣に座り、パスタの封を切ってお手伝いをします。これで一緒に料理した判定になるのでけーちゃんに「料理上手」が生えました。美味しいパスタを作ってくれることでしょう。

 

 個室にてお風呂にするためのたらいの準備をしてくれたみーくんが戻ってきた頃に完成、実食に移ります。

 うん、美味しい! もりっと精神値が回復し、満腹になりました。胸も胃もちっちぇなあお前!

 

 さて、食事が終わりましたので雑談タイムです。みーくんに擦り寄りましょう。

 仲良くしようやぁ……。あっそうだ(唐突)裸の突き合いしましょうよ、一緒にお風呂入ろう!

 

「え、いやです」

 

 普通に拒否されましたが、考えすぎるみーくんは「千翼先輩は一人でいるのが怖いのかも」と深読みしてくれます。二日連続で探索しているからそういうのは平気なんじゃないかって安心を砕き、やはり見た目通りのか弱い女の子なんだと思い出させるのが目的なのです。本来部屋の中に閉じ籠って震えているタイプですからね、優衣ちゃんは。そして二人に探索を任せきる事だってできちゃうんです。そう、バッドステータス持ちならね。

 

 もう少し好感度が上がって二・三回誘えば渋々乗ってくれるようになりますので、楽しみにしとけよ~。

 

 

 む、優衣ちゃんの挙動が変わりました。膝を擦り合わせてもじもじする動作がちょこちょこ挟まります。催してますねクォレハ……素早くお手洗いに駆け込まなければ翌朝酷い目に遭います。

 好感度はなーぜーかー高まりますが、外には行かせて貰えなくなるので絶対に避けねばなりません。というわけでトイレにイクゾー!

 

 個室の扉にて「用を足す」を選択すると一瞬で終わります。しかしこの短い表示もできる限り削っていきたいので、これからも優衣ちゃんの膀胱を酷使し限界まで我慢してもらう事にしましょう。

 お次はお風呂タイム。あっそうだ(2回目)みーくんは駄目だったけどけーちゃんはどう? (優衣ちゃんとお風呂)いけそう?

 

「……あはは」

 

 だめみたいですね……。

 仕方ないので一人で入ります。なぜかこっちは服を脱ぎ下着姿になるところまでいきますので横目で鋭く眺めておきましょう。暗転してほかほか湯気の上がる状態で部屋に戻ったら、就寝準備。

 

 いやあ、今日も何事もなく終わりましたね!

 かなり好タイムです。いいぞ~コレ!

 

 きららチャンスは腕相撲のようですね。

 

 いやだああああ! 筋力1で勝てるわけないだろ!! しかも2人抜きしなければなりません。これなんのゲームだったっけ?

 

 いや、勝てる! 16連射さえできれば勝てる!!

 オッスお願いしまーす。

 

「ていっ」

 

 ぐわああああああ!!!

 

「えいっ」

 

 ぐわああああああ!!!

 

 チーン(33-4)チーン(66-8)

 はいっ☆

 朝焼けを背景に手を繋いで大ジャンプ。ボーナスとして筋力に+1されました。これ入るんだったら朝のステータスでもう一つスキル取っておくべきでしたね。未来の事はわからないんでしょうがないんですけども。

 

 さあ寝るぞ寝るぞ寝るぞ。ということで今日はここまで。

 ご視聴、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 あの時。

 私が、私こそ、私だけが……"大人"でいるべきだったんだ。

 

 

 

 あなたは生徒に近すぎる。友達感覚ではいけませんよ。

 

 教頭先生のお言葉は、確かにその通りだった。改めなくちゃと思いつつも、どこか今のままでもいいんじゃないかって思う自分もいたけれど……だって、その方が生徒一人一人の表情がよくわかる。何か問題を抱えてしまった時、打ち明けてもらいやすい。

 ちょうど、恵飛須沢(えびすざわ)さんが恋愛相談をしてきたように……。

 

「こ、こひっ、かな! そうかな!」

「ええ。先生はそうだと思うなぁ」

「……うん。よし!」

 

 廊下の端にある休憩のためのスペースで、備え付けの椅子に隣り合って座り、アドバイスとは名ばかりの言葉を送る。

 顔を上げた恵飛須沢さんのアメジストの瞳は決意にきらめいていて、後ろの窓から差し込んで照らす夕陽も相まって、とても大人びて見えた。

 

 そんな顔を見ていると、この年頃の女の子は子供じゃないんだなって改めて実感する。教員になってから何度も感じている事だ。彼ら彼女らは子供でありながら、もうずっと、大人なのだと。

 ひょっとすれば、恋なんてしたことのない私なんかよりも。

 ……なんて。こんなだから大人に見えないなどと冗談めかして言われてしまうんだろう。しっかりしなくちゃ。

 

「じゃ、行ってくる。ありがとめぐねえ!」

「はい、行ってらっしゃい。……あ、めぐねえじゃなくて……」

 

 さっと立ち上がった彼女はそのまま走り去ってしまった。訂正する暇もない……さすが陸上部ね。でも、廊下を走るのは感心しないな。

 けれど、そんな注意は野暮ってもの。だって恵飛須沢さんは今、全力なんだものね。ちょっと憧れちゃうな……。

 そんな寂しさも乗せて、先生は胡桃(くるみ)ちゃん……恵飛須沢さんの恋を応援するわ。

 

 そう思って手を振った。小さくなる彼女の背中に、ついぞ自分にはなかった大きなものを感じながら。

 

 

 

 

 

 ザッ、と音がする。

 スコップの先端が土に突き立った時のような音。

 でもその後の、理解できない擦れる音と硬いものを削るような音は、いったいなんなのか……わかりたくなかった。

 

「ああああああ!!」

 

 慟哭しながらスコップを振り下ろす恵飛須沢さんの体に赤黒い液体が飛び散っては染み込んでいく。

 

 恋に破れた少女の心の叫びと、心の傷……そんな生温いものであったなら、どれほど良かっただろうか。

 今、彼女は、彼女の話していた想い人の上に立って、その体にスコップを突き立てるのを繰り返していた。

 

「~~~~ッ!!」

 

 ああ……。

 なんて、酷い顔。

 恵飛須沢さん、あんなに綺麗な顔をして、去って行ったのに。

 

 どうして今は……。

 

「っ!」

 

 傍を駆け抜けた丈槍(たけや)さんが恵飛須沢さんに飛びついてそれ(・・)をやめさせるのがずっと遠くに感じられた。

 ロッカーを倒して塞いだ、この屋上へと続くドアから私の背へと突き抜けるような断続的な衝撃も、一緒に扉に取りついて押さえ込む若狭(わかさ)さんのことも、今は思考の外に薄れて。

 

 どんどん下がっていく視界に落としたスマホが入った。

 罅割れた画面に映る私の顔は見た事が無いくらいに青褪めていて、日常が……ずっと続けばいいなって、このまま続くんだろうなって思っていた日々が……崩れ去ってしまったのを、理解した。

 

 なにより。

 

 本来守るべき生徒の心を守れず。

 手を汚すべきである大人のはずの私が。

 何もできない子供であることを、映し出していた。

 

 

 この混乱からいち早く立ち直ったのすら、私ではなかった。

 

 何度も呼びかけてくれた、頼ろうとしてくれた若狭さんは、座り込んでしまって動かない。

 凄惨な状況を目撃してしまった丈槍さんは泣き止まない。

 それを撫でる恵飛須沢さんは、焦燥と絶望に彩られていたはずの顔を穏やかなものに変えて丈槍さんを慰めている。ほんの一瞬の間に、この衝撃的な出来事から立ち直った……ようだ。

 

 いつの間にか止んでいた背後からの衝撃と呻き声に、ようやく私も心を持ち直した。

 でもどうすればいいのかわからない。こんなの、何をしたら……。

 ううん、弱音を吐いている暇はない。丈槍さんを抱いてその帽子に顔を(うず)める恵飛須沢さんだって涙の跡さえ乾いていないのだ。

 

 「なにか」の脅威から逃れねば。

 彼女達を慰めないと。

 これからの事を考えないと。

 どうにかして助けを求めなくちゃ。

 彼女達を守らないと。

 同僚の安否の確認を。

 まず背後の確認が先。

 もう一度校庭の確認を。

 遺体をあのままにしておくわけにはいかない。

 恵飛須沢さんをあのままにしていていいわけがない。

 自失している若狭さんをどうにかしなければ。

 

 考えた。

 必死に、今やるべきことは何かを……私が、どうあるべきなのかを。

 でもだめだった。混乱して、息の仕方さえわからなくなって、蹲りたくてたまらなかった。

 

 教師である前に私だって一人の人間だ。

 人が目の前で死ぬのを見て……人が、人を襲うのを見て。それに襲われて、逃げて。

 もういっぱいいっぱいだった。泣き出してしまいたかった。

 

 それはできない。それはだめだ。

 今私が動かないで誰が動く。

 

 ここにいる大人は私だけ。

 私しかいないのなら、私がやるしかない。

 

 違う。私がやらなければならなかった。

 「なにか」と同じ挙動を取り始めたあの男の子を──するのは、私であるべきだった。

 

 ふらつくように膝をつく。

 すぐ傍にへたり込む若狭さんの肩を抱き寄せて、頭を抱える。

 震える手が縋るように私の服を掴む、そこに手を重ねて動揺が鎮まるように促す。

 

「先生……」

 

 これから、いったいどうすれば……。

 

 消え入るような、掠れるような「生徒からの質問」に、教師である私は、絶対の解を示さなければならなかった。

 

 

 

 

 ──緊急避難マニュアル。

 

 

 

 

 初日の夜は、それは酷いものだった。

 風は凌げない。床は固く冷たくて、容赦なく体温を奪っていく。

 物音や何かで何度も目が覚めた。まともに寝入れず、ずっとぼうっとしていた気さえする。

 

 それでも、私達は生きて朝を迎えることができた。

 言ってしまえばそれだけでも……今はそれさえ困難な事だと思う。

 よく頑張った……みんな。

 

 体中あちこち痛くて、染みるような朝日の中で「なにか」のように身を起こした私達は、言葉少なに生命活動を開始した。

 遠くで黒煙が上がり、校庭には不審者が徘徊し、校舎への扉を開ける気がまるでなくたってお腹は空く。

 お腹の虫はいつだって暢気だった。……受験生だった時も、英単語を頭に詰め込むのに忙しいのにひっきりなしに「ごはんちょうだい」と鳴いて……。

 

 ああ。

 現実逃避をしている場合ではない。

 しっかりしてよ、佐倉慈。お願いだからちゃんとして。大人の自覚を持って。

 いつもお母さんに叱られてたでしょう。それだからいつまでたっても良い人の一人もできないと、いつも、食事時にもお構いなしに、準備に追われてたって急にお説教が始まって、でも、でも。

 

 

 ──お母さん。

 

 

 

「落ち着いた?」

「……なんとか。まだ、よく、わからないんですけれど……」

 

 幸い、食べるものはあった。

 この菜園で作られたキャベツや、きゅうりにトマト。

 それを生で食べる。貴重かもしれない水を細く出して表面を洗っただけの、やたらと新鮮なそれらは、お腹を満たしてもくれなければ、少しも心を安らげてなんかくれなかった。

 

 隣り合って座る若狭さんが私に体を預けてか細く呟く。

 ひそかに大人びていると思っていた彼女の弱り切った姿に動揺する私を隠して、先生として接する。

 

 大丈夫……若狭悠里さん。先生は知ってます。貴女はとっても強い子よ?

 

「でもっ、先生!! なん、なんですか……。なんなんですか……!?」

「……──」

 

 少しの刺激で弾けるように顔を上げた彼女の乾いた瞳に、すぐに言葉を返そうとして……なんの答えも持っていないから、声なんか出なかった。

 それじゃいけない。

 昨日の焼き直しのように頭を抱いて、ゆっくりと肩を撫でてあげることしかできない。

 

「……」

「……」

 

 恵飛須沢さんと丈槍さんにも元気がない。スコップを抱えて俯く彼女は、頑なに「ブルーシート」のある方を見ないようにしているし、本来ころころと表情の変わる丈槍さんは血の気の引いた青白い顔で、一口齧ったきりのきゅうりを握り締めている。

 

 手が足りない。

 私一人じゃ、一人にしかあたれない。

 特に丈槍さんは幼いところがあって、一番にケアしてあげなくちゃいけないのに。

 恵飛須沢さんだって平気な訳がない。何か言葉をかけてあげないとどうにかなってしまうかもしれない。

 

 けれど、今はそっとしておくことしかできない。

 私は……教師失格だ。

 

 

 

「先生、これからどうする?」

 

 無為な時間を過ごした。

 ううん、決して無駄ではないと思おう。彼女達は、たった数時間ではどうにもならない心身への影響をそれでも捻じ伏せて、私を見ていた。

 応えなければならない。それは義務だ。そして……いいえ、私の、やるべきこと。

 

 恵飛須沢さんの問いに私が示した答えは、基本的な生命活動を維持するための安全を確保する、だった。

 「なにか」が徘徊する校舎へ戻るという意味の言葉に、膝を抱えていた若狭さんはますます縮こまって、恵飛須沢さんはスコップを強く握りしめた。

 

「先生が言うなら、そうしよう。……でも、その前に」

 

 きつく目をつぶりながら立ち上がった恵飛須沢さんは、ふっとブルーシートの方を見て、言った。

 

「先輩、埋めさせてくれ」

 

 私は、小さく頷いた。

 

 

 遺体の埋葬を済ませ、土に汚れた手を水で流して、出入り口を塞ぐロッカーを立て直し、その中からモップを取り出す。

 ……何も持たないでいくよりはましだろう。「なにか」に群がられて悲鳴をあげたくないのなら……。

 

「生徒会室なら設備も整っていると思うわ。まずはそこまでの道を拓きます」

「あたしも行くよ」

「いいえ、恵飛須沢さんは二人を見ていてあげて?」

「いや、二人で行った方がいい。その方が早く終わる」

 

 スコップを肩に担いで淡々と言う彼女の、なんて頼もしいことだろうか。

 でも、駄目だ。彼女は私の生徒だ。危険に晒す訳にはいかない。

 

「それに、めぐねえってどんくさいし……心配なんだよ」

「……そ、そう」

 

 それを言われてしまうと、自分でもとても不安になってきてしまった……。

 

 つんとやや上を向くようにして辛辣な言葉の棘を刺してくる彼女に、なんでか緊張が緩んだ気がする。

 気付けば力が入りすぎて真っ白に染まっていた手をモップから離し、胸のクロスを握る。彼女の先輩にそうしたように短く祈りを捧げて、それから、大きく息を吸った。

 

 こんなに空気は澄んでいるのに。

 

 ……行こう。

 

 

 

 

 屋上に残した二人の事を考えている余裕はなかった。

 「なにか」……「彼ら」……。

 かつての生徒が、亡者のように腕を伸ばして迫りくる姿は心胆を寒からしめるには充分なほどに恐ろしかった。

 けれど「彼ら」を退けなければ私達に待つのは緩やかな死だけだ。

 床を踏みしめるたび足元から這い上がる死の実感が私を急かす。

 両手で持ち上げたモップを、「彼ら」目掛けて思い切り振り下ろした。

 

「っ……!」

 

 当たる前に、勝手に手が止まった。

 

 ぽかんと開いた口。濁った瞳。乾いた肌。呻き声。

 それがあったとして、目の前にいる「彼ら」は、どうしようもなく私の生徒で。

 どうして教師である自分が手をあげられようか。体罰は、いけないことだ。

 

「下がってろ!!」

「ぁっ」

 

 ドンと乱暴に退かされて、入れ替わるように踏み込んだ恵飛須沢さんがスコップを振るう。

 ザッと音がして、赤黒いものを撒き散らして生徒が倒れた。

 ああ、大変……救急車を、呼ばないと。

 

「めぐねえ! もういいよ……あたしがやる。生徒会室までの安全を確保すりゃいいんだろ?」

「…………。」

 

 いつの間にかへたり込んでいた。

 いつの間にか、モップが手から抜けていた。

 周囲に倒れ伏す「彼ら」の数が10を超えていた。

 

 私、また、生徒に手を汚させて……。

 ほんとに、教師失格だ……。

 

 

 

 恵飛須沢さんの奮闘で3階の安全が確保された。

 まだ、完全にとはいかないけれど……どうにも「彼ら」は階段を上るのが苦手なようで、元々いたのを追いやるとすっかり静かになった。

 

 ……ところどころの教室の中から物音がするから、油断はできないとしても……丈槍さんと若狭さんを生徒会室に運び入れ、備え付けのポットで紅茶を淹れ、二人に飲ませた。

 それでどうにか落ち着けたみたい。自失していた丈槍さんは、怯えて、震えて、かわいそうなくらいだったけど……ぽつぽつと話すようになったし、いつも穏やかに目を細めていた若狭さんはずっと目を開いたままカタカタと震えていて、でも、恐怖をコントロールしようと努めているみたいだった。

 

 生徒会の子達が持ち寄っていたのか、市販のお菓子があったのでいくつか封を切って彼女達に配り、みんなが口にしたのをみてから私も含んでおく。

 甘味が痛いくらいに口内に染みる。呑み込むと、はっきりと熱が広がっていくのがわかる。

 ……よし。

 

「今夜安心して眠れるように、先生は見回りに行ってきます。若狭さん、丈槍さんを頼めるかしら?」

「……ええ、わかったわ。めぐねえ……大丈夫なの?」

「そうだよめぐねえ。さっきだって動けなかったんだ。あたしが行くよ」

 

 若狭さんには何かしていてもらった方が良いかと思って丈槍さんの事を任せる。その目論見は目に見えて成果を上げて、やっと目を閉じた彼女は口元に手を添えて私の心配をしてくれた。

 恵飛須沢さんの言う事はもっともだ。私は、何もできなかった。今もできる気がしない。

 

 じゃあ恵飛須沢さんに全部任せて、私はお茶をしてましょう。

 ……そんなの、できるわけないでしょう。

 これ以上恵飛須沢さんに心労をかける訳にはいかない。昨日に先輩を手にかけて、今日に何人も同級生を打ち払って……ずっと目が据わっている。

 

 椅子を引いて立ち上がる。たん、と机を叩けば、丈槍さんがのろのろと顔を上げるのが見えた。

 

「もうっ、めぐねえじゃなくて佐倉先生! でしょ?」

「……こんな時にも気にするんだ、それ」

 

 話を誤魔化すために、それから、ほんの少しでも空気が軽くなればと思ってお決まりの文句──私は本気なのだけど──を言えば、ふっと吐息ともつかない笑みを零した恵飛須沢さんは、今まで逸らさなかった目を他所へ向けて、机に腕をついた。

 

「でもやっぱり、私もついてくよ。……大丈夫、もう無理だーって思ったらちゃんと言うからさ」

「私も、そうした方が良いと思います。その、めぐねえ……佐倉先生は、言い辛いんですけど……」

 

 ……。

 若狭さんの言いたい事はよーっくわかりました。

 そんなに先生は頼りないですか? その通りなのが悲しいけれど、これはよくない。

 私が頼りになるってところを見せなくては。

 

 そのためにも……。

 恐怖を断ち切り、「彼ら」を退けなければならない。

 今だけ人の想像力の豊かさを恨む。そんな経験はないのに、これで叩いたり突いたりした時に手に伝わってくるであろう悍ましい感触を簡単に想像できてしまって、心が震える。

 

 また恵飛須沢さんと連れ立って外へ出た。

 安全な生徒会室から廊下へ出ると、明確に空気が違うのを感じられた。

 粘つくような、嫌な雰囲気だ。……恵飛須沢さんは平気なのか窺いたい気持ちがあったけれど、弱気を悟られてはよくないので、頑として前を向いて歩く。

 

 一つ一つ、教室を見ていく。

 慎重に、あまり音を立てないようにそうっと開いて。

 

 ……2、3……3人。

 教室内には3人居残っていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 緊張が高まる。自然と息が荒くなって、手汗でモップを取り落としそうになる。

 それでも歩みは止めない。入り込んだ私へ振り向く「彼ら」へ、向かっていく。

 風が通り抜けた。

 

「てぇい!」

 

 一振り、三人。突然突進した恵飛須沢さんは、瞬き一つする暇も無く「彼ら」を切り伏せると、終わったよ、なんてあっけらかんと言った。

 ……、……。

 

「ありがとう、恵飛須沢さん」

「……」

 

 ここで言うべきことはお礼だろうと声をかければ、彼女は眉間に皺を寄せて難しい顔をした。

 なんか妙な感じ……らしい。それは、そうだろう。「彼ら」をこ……やっつけて、お礼を言われるなんて。

 失敗だったかもしれない。でも他になんと声をかけるべきだったのだろう。

 

「次、行こうぜ」

「ええ」

 

 ひとまず頷き合った私達は、次の教室へと移動して、そこでもまた彼女がスコップを振るって、次もまた、次も、その次も……。

 

「ここが最後かな」

 

 返り血でひどく汚れた彼女は、頬を拭いながら問いかけてきた。

 そうだと頷く。……ここまで来るのにそう時間はかからなかったが、予想以上に体力の消耗が激しい。

 ただついていっているだけの私でさえそうなのに、体を動かし続けている彼女の疲労は如何ほどか……やや息を乱しているだけで、全然疲れてなさそうだけど……。

 

 カラカラ……。

 最小限の音で扉を開くのも、もう慣れてしまった。

 ほんの僅かな隙間から中を覗けば……数えるのも億劫なほどの「彼ら」がいた。

 

 これは、駄目だ。

 恵飛須沢さんに首を振って見せる。

 入れ替わって中を覗き見た彼女も踏み込むのは無謀だと判断したのか、代案を探すことになった。

 

「といっても、ここになんか物を置いて塞いじゃうしかないよな」

「ええ、そうね……少し不安だけど……」

 

 「彼ら」にドアを開けるような器用さはないらしく、これまで教室から扉を開けて出てきた生徒はいなかった。

 だからといって放置するのは気が引けるが……身の安全を優先しよう。

 

「一度戻りましょう。二人が心配だわ」

「ああ」

 

 短く答える彼女のぶっきらぼうさに、不甲斐なくも頼もしさを感じながら、私達は一度生徒会室へ戻った。

 

 重い足をなんとか動かして部屋へ入ると、弾丸が一つ私のお腹を穿った。

 

「めぐねえ大丈夫!? 怪我してない!?」

「ゆ、由紀ちゃん……」

 

 正直に言おう。命の危機を感じた……。

 抱き着いて不安げに見上げてくる彼女にそれを正直に言うのはどうかと思うので頑張って笑顔を浮かべて抱き返してあげる。

 良かった……丈槍さん、だいぶん調子が戻っているみたい。ろう人形みたいな顔色も多少はよくなって……チョコレートの跡が口の端にべったりついていた。

 

「こらこら、今のが一番のダメージっぽかったぞ」

「あう。ごめんなさい……」

 

 ひょい、と丈槍さんを引き剥がした恵飛須沢さんは、廊下にいた時に纏っていた剣呑な雰囲気はどこへ行ったのか、落ち着いているようだった。何か拭くものないかな……と、口調も穏やかなものに変わっている。

 その変化に、上手く言えないけれど……何か焦りのようなものを感じた。

 

「めぐねえ、ちょっといいかしら」

 

 私達のやり取りを目を細めて眺めていた若狭さんがちょいちょいと手招きをするのに寄って行けば、生徒会室にはかなりの量のお菓子と食べ物がある事がわかったと教えてくれた。

 私達が出ている間、室内を調べてくれていたのね……。それだけでなく、机の上にはその数を記したノートまであった。

 

「若狭さん……本当にありがとう」

「いえ……何かしていないと不安で仕方なくて……それに、めぐねえが頑張っているのに私だけ何もしないのは……」

「そうね。そういう事も、あるわよね。それとね、若狭さん」

 

 ……先程から一度だって恵飛須沢さんに目を向けていない若狭さんに、本当に頑張ったのは彼女なのだと……彼女なくして安全は確保できなかったと伝えた。

 自分の情けなさや教師としての立場なんて、今起きそうになっている不和に比べれば小さいもの。

 若狭さんは、血に濡れた恵飛須沢さんをかなり怖がっているみたいだったから……でも、私が伝えたことでようやく目を向けてくれた。

 

「そう、なのね……その、恵飛須沢さん? も、ありがとう」

「おう。いや、「はい」か」

 

 雑巾でスコップを拭っていた彼女は、横目で若狭さんの視線を受け止めると、軽い口調で答えた。

 

「若狭さん、だっけ。あたしの事は胡桃でいいよ。堅苦しいのも肩が凝るしさ」

「え、と……それなら、私の事は……」

「りーねえ!」

 

 二人の交流を見守っていると、ケトルの方で何やら動いていた丈槍さんが素早い動きで割り込んできた。

 りー、ねえ……? それはあだ名だろうか。

 

「悠里さんだから、りーさん! みんなのお姉さんだから、りーねえ! だよね?」

「いえ、あの、由紀ちゃんっ……それは」

「え、でもそう呼んでいいってさっき」

 

 どうやら若狭さんは作業するのと並行して、しっかり丈槍さんの事も見ていてくれたみたいだ。もともと人懐こい丈槍さんだけど、すっかり若狭さんに懐いているように見える。若狭さんの方も心を許しているみたいだ。

 証拠に、「りーねえ」と呼ばれる事に困ってはいても否定はしていない。

 

「お姉さん、か。確かにそれっぽい雰囲気あるよ……でもちょっと恥ずかしいな」

「は、恥ずかしいってなに!? それはその、言葉の綾というか……由紀ちゃんがどう呼んだらいいかって聞くから、一例として挙げただけで」

「ふーん。じゃ、あたしはりーさんって呼ばせてもらおっかな。よろしく!」

 

 それは、その、だから……。

 もにょもにょと何事か抗議する彼女は、朗らかに笑う恵飛須沢さんに押されてその呼び名を承諾した。

 

「じゃあ、くるみ……さん。こちらこそよろしくね」

「胡桃でいいよ。末永い付き合いになるといいな」

「じゃあ、私の事は由紀って呼んでね! りーねえ、くるみちゃん!」

「だから由紀ちゃん、りーねえじゃなくて……」

「りーさん?」

「それならいいから」

 

 はぁい、と元気よく挙手する丈槍さんに、自然と笑みが零れた。

 なんだか元気になっちゃうな……素敵な笑顔。丈槍さんの魅力ね。

 外から眺めてばかりもなんだから、私も話に参加しようかな。

 

「それじゃあ私は……」

「めぐねえ!」

「めぐねえだな」

 

 ……びしっと指さされて決定されてしまった。

 だから……めぐねえじゃなくて、佐倉先生……うう。

 

「あの、私だけでも先生とお呼びしましょうか……?」

 

 若狭さんの心遣いが逆に痛い。それってあえてってことかしら……? そうなのね。そうなのよね……。

 

「"りーねえ"からはすぐに言い直したのに、私はそのままなのね……」

「め、めぐねえ……!?」

 

 あら、そんなに慌ててどうしたのかしら。うふふ、若狭さんのそんな顔って、珍しくて良いわね……。

 

 なんて。おふざけはここまでにしておきましょう。

 「りー(ねえ)」って呼び方をするのは家族くらいのものでしょうし、それが今どこで何をしているのかを若狭さんが考えているかはわからないけれど……今はまだ、思い至らせない方が良い。

 後回しにしたって仕方のないことかもしれないけれど……せめて、今は。

 

 

 ……。

 

 ……さて。

 そろそろ、動かなくては。

 

「ん、めぐねえ、どこへ?」

「職員室に。少し気になるものがあって」

「ついていこうか?」

「いいえ。体を休めておいて。先生だって、逃げるくらいはできますからね」

 

 立て掛けていたモップを手にして出入り口の扉に手をかける。

 気になるもの。不意に思い出したもの。

 研修を終え、教師として働けるようになって真っ先に渡された一冊の資料。

 

 通常の災害に対して用意されたであろうものだとは思うけど、きっと何かの役に立つ。

 きっと……。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 強烈な吐き気と、目眩に襲われてへたり込む。

 机の一番下の引き出しの、一番奥に仕舞っておいた緊急避難マニュアルは、役に立つどころの話ではなかった。

 

 これは、いったいなに?

 なんでこんなものが用意されているの?

 

 理解できない。したくない。

 見なかった事にして仕舞っておきたい。

 

 この災害を予期していたような内容が記されているだなんて思いもしなかった。

 限られた人数だけを生き残らせる魂胆だなんて……教師だけが知り得る情報なんて。

 

 これでは、まるで。

 

 

 

「──っ!」

 

 けたたましく鳴り響くコール音に背が跳ねた。

 電話。

 ……電話!?

 

 慌てて机に縋りついて、なんとか立ち上がる。焦って照準の合わない手でどうにか受話器を掴み取ると、耳に押し当てた冷たい機械からは耳鳴りに似た吐息の音が聞こえてきた。

 

『……もしもし?』

 

 あ。優衣ちゃんだ。

 「もし」の時点で彼女だとわかった。そして、胸に広がりかけていた得体のしれない冷たさが急速に温まっていくのを感じた。

 

 優衣ちゃん。気弱で奥手な、私の生徒。

 何も無い時はいつも近くをついてきて、何かある時は傍にいる、とても懐いてくれている、そんな女の子。

 その装いは……気のせいでもなんでもなく私を模しているから、すぐに姿が思い浮かんだ。

 

「もしもし、優衣ちゃんね? 先生よ。今どこに!?」

 

 慌てて、矢継ぎ早に質問する。

 向こうで息を呑む気配がした。それは電話に出たのが私だからか……それとも。

 ひやりとするものがあって、声を抑えて問いかける。

 

 彼女は、近くのショッピングモールに何人かと立て籠もっていると答えた。

 けど、様子がおかしい。声が離れたり近づいたりしていて安定しない。息遣いも荒く、不安や緊張が窺える。

 物静かで大人しい彼女の普段からは想像もつかない切羽詰まった声に、確信に近い不安が私の中に膨らんだ。

 

『たすけて、めぐねえ』

 

 そしてそれは、現実のものとして襲い掛かってきた。

 硬い物を叩く音は、まさしく「彼ら」の接近を表していて。

 消え入るような、縋るような声の後にブツリと通話が途切れて、彼女の未来までそうなってしまったと錯覚して。

 

 いいえ。

 いいえ、きっとあの子は生きている。

 だって彼女は、私に助けを求めてきた!

 

 必ず助けなくては。

 必ず救わなくては。

 

 彼女は、私の生徒なのだから……!!

 

 

 

 

 外が完全に暗くなってしまう前に、私達は本格的に安全を確保するために動き出した。

 この3階を確実に安全なものにするために、机や椅子を集めてバリケードを作る。

 それから、屋上の庭園や浄化槽を調べて、運用の準備をして。

 購買になら、様々な物資があると期待を膨らませて。

 

 全部が終わったら、熱いシャワーを浴びて豪勢な夕食にしようとみんなで約束した。

 力をつけなくてはならない。早急に。迅速に。そのためにも……、……。

 

 

 若狭さんと丈槍さんには一度屋上に行ってもらって、私と恵飛須沢さんは一つの教室の前にやって来た。

 つい数時間前に無理だと判断した場所だ。この3階を確実に安全な場所にするには、放ってはおけない。どうにかする必要がある。

 

「でも、どうする? さすがにあの数は……」

「そうね……」

 

 具体的な案は何も浮かばない。10を超える「彼ら」を一体どうやって追い払えばいいのか。

 

────!!

 

 考えが纏まらないうちに事態が動き出した。

 中から微かな声と物音が聞こえてきたのだ。扉の向こう。この教室から!

 

「っ!」

 

 一も二も無く扉を開け放って飛び込んだ恵飛須沢さんに続いて私も足を踏み入れた。

 けど、すぐに立ち止まる羽目になる。11、12、13……今まで以上の「彼ら」がいて、掃除用具入れに群がっていたのだ。

 押し合いながら取りついて引っかいたり叩いたりとするその様を見れば、それが何を意味するのかすぐに察することができた。

 

 あの中に誰かいる!

 

ひぁああぁあ……!

 

 それを裏付けるように小さな悲鳴が聞こえてくる。

 けれどどうしよう。どうすればいい。助けに行けない。数が多すぎる!

 今日ここまで獅子奮迅の活躍をしてくれた恵飛須沢さんだってスコップを構えるだけで攻めあぐねているようだった。

 あの塊に突っ込んでいくのは自殺も同じだろう。だからといって、見捨てる訳には……!

 

「せめて一匹一匹釣り出せれば……!」

 

 悪態をつく恵飛須沢さん。10数体の「彼ら」は揃いも揃ってロッカーに夢中になっている。

 私達がいる事にさえ気付いていないみたいだ。抑えたとはいえ入ってくる際に扉の音が多少はしただろうに。

 ……? 音……。

 はっ、そうか! 音を出せば「彼ら」をこちらに引き寄せられるかもしれない!

 

 そうと決まれば、とモップを振りかざし、ぎょっとして振り向く恵飛須沢さんに悪いと思いながらも机に叩きつける。

 トンッと軽い音が鳴った。

 どう……!?

 

 ……誰も反応していない。

 

「……てい!」

 

 ガイン! とスコップが叩きつけられる音に、数体が反応して緩慢に振り返った。

 釈然としないながらも、二人で後退しつつ3人の「彼ら」を教室外に誘導するべく移動する。

 そのさなか。

 

「っ!」

 

 恐怖に耐えきれなくなったのか、錯乱してしまったのか。あるいは急な物音に驚いたのか、定かではなかったけれど、ロッカーの扉を押し開けて女生徒が飛び出してきた。

 

 見覚えのある子だった。

 紅いメッシュとチョーカーが特徴の、丈槍さんのお友達……柚村(ゆずむら)さんだ!

 

「くそっ!」

 

 今まさに群がっている中に飛び出してしまえば、どうなるかなんて明白で。

 自分の行動に呆然とする彼女へと殺到する「彼ら」へ、恵飛須沢さんが飛び出していった。

 

「胡桃さんっ! はっ……!?」

 

 唸り声が迫る。

 恵飛須沢さんが無視した3人の生徒が、私ににじり寄ってきていた。

 人とは思えない上下する動きで、唾液の糸を引く口を大きく開けて、迫り来る「彼ら」。

 

 私は、固めていたはずの決意も覚悟も忘れて後退(あとずさ)った。抱えたモップが重くて、転んでしまいそうになりながら……。

 

「おい! こっちだ! くっ!!」

「うわあああ!! くるなっ、くるなぁ!!」

 

 恵飛須沢さんが奮闘している。でも、外側の何人かをやっつけるだけで全然進めていない。

 柚村さんはまだ捕まっていないみたいだ。めちゃくちゃに腕を振り回して、完全に錯乱しているけど、凌げている。

 それも時間の問題だろう。あと何十秒もしないうちに、彼女は……。

 

 頭の中のどこか冷静な部分が、これは無理だ、と判断を下す。

 このままでは共倒れになってしまう。恵飛須沢さんを引っ張ってでもこの教室から脱出するべきだ。

 なにより……。

 

「ひっ」

 

 ほとんど目の前にいる「彼ら」に、私の命が(おびや)かされている!

 死にたくない。食べられて死ぬなんて嫌だ。いやだ……こわい……!

 

 身が竦む。攻撃の意思が萎えていく。

 ──それでも。

 

 ……ああ、それでも。

 

 ここにいるのが体育の先生なら。あるいは、あの人だったなら。そんなもしもに意味はない。

 今ここにいるのは、今、生徒を守れるのは、ただ一人、私だけなのだから。

 

「っ、っ」

 

 前髪に触れる指に仰け反る。

 大きく一歩引いてしまって、体が臆する。

 

 悪夢の中にいるみたいに四肢の反応が鈍い。動けない。

 やっぱりだめ。だめだ。だって、わたし──。

 

 ──甘ったれるな、佐倉慈!

 

 委縮しきる前に自分で自分に発破をかける。

 

 ──あなたはなに!? 教師でしょ!! みんなを守るべき大人でしょ!!

 

 立ち止まるなんてだめ。絶対に傷つけさせないで。だって──。

 

 

『たすけて、めぐねえ』

 

 

「生徒を守れるのはただ一人! 私だ!!」

 

 迫る腕を払い除けて、振り回したもので足を払う。

 転がる「彼ら」の上を、私は跳んだ。

 

「やーっ!!」

 

 気合い一声、モップを振りかぶって駆けていく。

 

「めぐねえ!?」

 

 彼らへと叩きつけるその瞬間、私の中の時間がうんと伸びて──。

 見る影もないそれが、かつて私の教え子であったとはっきり認識できても。

 もう、私の心は揺るがなかった。

 

「私の生徒に、手を出さないで!」

 

 誰も傷つけさせない。

 誰かに押し付けたりなんかしない。

 

 これは、私の仕事だ!

 

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

「はー、ふー」

「はっ、んく……」

 

 ぜえぜえと三つの呼吸音が重なる。

 それ以外には何も聞こえない。

 私と恵飛須沢さんで多くの「彼ら」をやっつけて、なんとか柚村さんを救い出す事ができた。

 

「先生っ!」

 

 飛び込んできた柚村さんをモップを捨てて受け止める。

 怖かったね。寂しかったね……。そういう思いを込めて強く抱けば、柚村さんはぼろぼろと涙を零して、声を押し殺して泣いた。

 

 抱き締めた体は私よりも小さく、か弱く。

 ……大人びていても、子供は子供なんだって、初めて実感した。

 

「もう大丈夫よ……よく頑張った……偉いわ」

「うんっ……!」

 

 ゆっくりと頭を撫でてあげると、鼻声の返事。本当に恐ろしかったのだろう。心細かったのだろう。服を掴む手に力が入って、染み込んだ涙が熱い。

 それがどうにも愛おしくて、いっそう優しく背を撫でた。

 

 その横で、恵飛須沢さんがとても居心地が悪そうにしていたのが、ちょっといたたまれなかったかな……。

 

 




TIPS
・覚醒
巡ヶ丘の人間には覚醒という上のステージがある
覚醒すると精神値が回復し、絶対値が上がる
戦闘による精神値の減少が抑えられ、クリティカル攻撃の発生率が大幅に上がる

・柚村貴依
パンデミック発生から3日以内に救出可能なキャラクター
出現位置は主人公のスタート地点によって固定かランダムに変わる
全体的に優秀なステータスで、会話による精神値の回復量が上がるスキル「話し上手」を持っている

・ゲキレツモップインパクト
すごいよモップすごい……モップがすごくなっちゃう……



い モ ッ プ

ショッピングモール組

・千翼優衣
54/100

・祠堂圭
92/100

・直樹美紀
67/100

巡ヶ丘組

・丈槍由紀
43/100

・恵飛須沢胡桃
41/120

・柚村貴依
32/100

・佐倉慈
46/130

・若狭悠里
8/90

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