「我が名はウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ!」「はいはいオダブツオダブツ」「勝手に省略することは許さん!」   作:世嗣

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「光が正義だと誰が決めた!」
      ウルトラマントレギア(ウルトラマンタイガ)




怪獣のバラード

 

 

 

 

 閉ざされていた世界で絶望が吠える。

 

 交わした約束(やくそく)があった。

 

 語り合った未来(ゆめ)があった。

 

 一緒に手を取り合って行けたらいいなと思っていた仲間(ともだち)がいた。

 

 でも、どれも守られることはなかった。

 

 紅蓮の世界の中央で、巨人が吠えたける。

 

 瞳は赤き憎悪に染まり、その身体はこの世の何よりも黒く、暗く、(くら)い。

 

「……そんなになっちゃったのか、にーちゃん」

 

 赤の勇者は、滲む血を拭って傍らの双斧を手に握る。

 

「ずっと、そばにいるって、言ってたのに、なぁ……」

 

 紫の勇者は、燃え尽きていく世界を背にして、静かに目を閉じる。

 

「嘘よ、こんなの、だって、あの人が、こんな……」

 

 そして、青の勇者は、現実を否定するかのように首を振り、涙を流す。

 

 優しい人だった。いつも笑顔を絶やさず、辛い時にはそばにいてくれて、困った時には助言をくれた。

 頭を撫でて褒めてくれる時の手つきから、大切にされているんだと、そう思った。

 

 でも、その彼もいない。

 

 闇に呑まれた彼が、彼女たちと肩を並べて戦うことも、手料理を美味しそうに食べてくれることも、もうない。

 

「泣くなよ、須美。あの人は、アタシがちゃーんと助けてくるからさ」

 

 彼女が笑う。血で濡れて痛々しい姿で、いつも見せてくれていた、笑顔で。

 

「待って、銀! あなたまでいなくなったら私はーーー」

 

 手を伸ばす。

 

 けど届かない。

 

 君のもとまでかけていく足は、捧げてしまったから。

 

「またね」

 

 友は去っていく。

 

 それは変えられない運命。

 

 勇者は世界を救うために命を捨て、世界を滅ぼす魔王に向かっていくという、ありふれた、王道の物語。

 

 世界が滅びる全ての終わりの日、光になれぬ獣が叫ぶ世界でーーー青い勇者(しょうじょ)の慟哭が、虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつだって、オレに勇気をくれるのは君だった」

 

「だから、君のことを守りたかったんだ」

 

「幸せな未来まで連れて行きたかった」

 

「例え君が君でなくなっても、オレがオレでなくなっても」

 

 

 

 西暦2015年。『神は死んだ』、そう言われてから百年近くが経った頃、人は神が未だ死んでいなかったことを知った。

 

バーテックス(頂点)』、そう名付けられた怪物たちは瞬く間に、四国以外に残る70億人近くの人類を虐殺して見せた。

 彼らは天に(おわ)す神の眷属であり、人間を殺すためだけに生まれた獣たちだった。

 

 天の神たちがなぜ人類を滅ぼそうとするのか、理由はわからない。けれども、その時のことに理屈をつけるならば、神罰、そう言うのだろう。

 

 けれど、人類を滅ぼすのが神ならば、人類を救うのもまた神だ。

 

 残された僅かな人類を守るべく、天の神に相対するは土着の神の集合体、地の神たち。彼らは一つの巨大な樹ーーー『神樹』に身を変えることで四国と一握りの人類を守り、幾人かの少女たちに世界を救うための『勇者』の力を与えた。

 

 天の神とバーテックス。

 地の神と勇者。

 

 そして、その戦いはーーー人類が敗北することで終結した。

 

 人類は天の神に赦しを乞い、天の神たちは神樹の守護する小さな世界のみで人類が生きていくことを許した。

 

 神樹たちは地の神たちの集合体。その結びつきは永遠のものではなく、いずれ力を使い果たすときが来る。

 おそらく神樹が四国を守れるのは、長く見積もっても500年といったところだろう。

 永遠を生きる神たちにとってしてみれば、瞬きのような500年だ。

 

 そんな滅びのロスタイムが人類に与えられ、298年の仮初の平穏が過ぎたころ、『光の巨人』がやってきた。

 

 

 

 

 

 紅翼(クレナイ・タスク)は大赦の窓際部署の職員である。

 一年ほど前の中学卒業と同時にそこそこの成績とそこそこの面接の結果とそこそこの家柄から、滑り込むように大赦に入った。

 それから目立った功績を残しているわけではないが、敬虔な神樹の信者として割と上官の覚えは良い人物。

 それが彼という人間だった。

 

 そんな彼の住むアパートの一室に一人の少女がやってくる。

 

「おはようございます、紅さん」

 

 ぴん、と伸びた背筋。艶やかな黒髪は滑らかで、柔らかな笑みを浮かべた端正な顔立ちを強い光が宿った碧の瞳が彩っている。

 

 

「おはよう、美森ちゃん」

 

「朝ごはん、作ってきました。お味噌汁は持ってきていないのでお台所貸していただけますか?」

 

「それは構わないけど美森ちゃんはさ」

 

「ありがとうございます」

 

「わー、聞いてない」

 

 静止の言葉も聞かず、するりと彼女が翼のアパートに滑り込む。

 そして、持ってきたおかずを温め直す傍ら、手慣れた様子で手狭な台所で味噌汁の出汁を取り始めた。

 

「すっかり押し負けるようになってしまったな……」

 

 ぽりぽりと頬をかきつつ、ひとりごちる。

 

 彼らはいわゆる『幼馴染』というやつである。

 片親で一人になりがちだった翼を、東郷家の人が気にかけてくれたのが始まり。そして、まだ幼かった彼女はほんの少し歳上のご近所さんによく面倒を見てもらっていた。

 

 けれど、いつのまにかその立場も逆転し、大赦で働くついでに一人暮らしを始めた翼の生活力の無さを見かねて、毎朝食事をつくりにきてくれたりする。

 

 最初は遠慮していたのだが、いつのまにか押し切られて、幼なじみが朝やってくるという珍事も、いつもの一幕に成り下がっていた。

 

 自分よりも幾分小さな背中に、翼がやれやれと肩を回した。

 

「紅さん、なぜ台所に来ようとしているんですか?」

 

「いや、手伝おうかと、オレの家だし」

 

「紅さんが、私を?」

 

「出来ることはやるよ。いないよりマシでしょ?」

 

「いえ、いても邪魔にしかならないので大人しく座っていてください。お皿も並べなくて結構です」

 

「ひどいよ美森ちゃん……」

 

「正直危なっかしくて見てられないんです。それとも前みたいに濡れ鼠にしたいなら別ですけど」

 

「あれは突然蛇口から水が噴出してきたからだし、ごめんって謝ったじゃんか!」

 

「ええ、だから怒ってません。ただあなたの運の悪さはなんかこう、筋金入りなので。ここは私に任せてください」

 

「……はいはい、わかったよ」

 

 そんなことを話しているうちに準備が終わり、おとなしく座らされていた翼の前に朝食が置かれた。

 

 手を合わせた翼に、ちょこんと小さな笑みが向けられる。

 

「じゃ、いただきます」

 

「めしあがれ」

 

 朝食は、だし巻き玉子に、南瓜の煮物、焼き魚。そして、湯気を立てる豆腐とわかめのシンプルな味噌汁。

 オーソドックスな、ザ・日本の朝食とでもいうようなメニューだった。

 

 ふーふー、と翼が軽く息を吹きかけてを冷ましながら、味噌汁に口をつける。

 ちくと刺すような熱さが舌を襲ったのも束の間、確かな多幸感が口を満たした。

 

「あったかい。美味い」

 

 具はシンプルながらも、その飾り気のなさがかえって嬉しい。体が芯からじんわり温まるようだ。

 

「はー、美森ちゃんの味噌汁は相変わらず美味しいなぁ」

 

「お味噌汁は我が国の魂とも言えます。大和撫子として美味しく作れるのは当然ですっ」

 

「ん、このだし巻き玉子もおいしい。腕を上げたねぇ」

 

「ふふ、でしょう? そのだし巻き玉子はお母様にも褒められた自信作です」

 

「玉子焼きは冷めてても美味しさそのままだからお得だよなぁ」

 

「本当は出来立てを食べて欲しいんですけど、こっちにくるうちにどうしても冷めてしまって……」

 

「いやいや、デリーシャスだぜ? 毎日オレはこの幸せを噛みしめてる」

 

「紅さん」

 

「あ、やべ」

 

「言い換えてください。『美味しい』、です。憎き米英の言葉を使うなんてそれでも日本男児ですか!」

 

「ええ……四国以外全部滅びてるのに米英も何もないじゃん……」

 

「それは浮沈大和の最後を知っての狼藉ですか!」

 

「なぜ朝ごはんに戦艦大和の話が出てくるんだよ……」

 

「紅さん」

 

「あ、ウッス。美味しいです、たまご焼き」

 

「よろしい、おかわりは?」

 

「お願いします」

 

 やがて三回ほどおかわりした頃にはおかずも炊いていた白米も程よくなくなる。

 

「ご馳走様でした。今日も大変旨かったです」

 

「お粗末様でした。はい、お茶です」

 

 二人でお茶を飲んで、ほう、と一息。

 

「あ、茶柱が立ってる」

 

「あら、じゃあ、今日は何かいいことがあるかもしれませんね」

 

「オレは君のご飯を食べられて、茶柱が立ったことで今日の運を使い果たした気がするぜ……」

 

「まだ今日は始まったばかりじゃないですよ?」

 

「いやだってこんだけ恵まれた環境だからね、日々幸運だと思わなきゃ採算が取れないよ。神樹様に感謝しなきゃな」

 

「もう、ちゃんと明日も来ますから」

 

「めんどくさくなったらいつでもやめていいんだよ。君がオレのお世話なんてする義理はないんだから」

 

「じゃあ貴方が私のことをまだ『美森ちゃん』と呼んで気にかけてくれる義理もありませんよね」

 

「……」

 

「それと同じです。私がしたくてしてるんです」

 

 そう言って、『美森ちゃん』はーーーそう呼ばれた『鷲尾(わしお)須美(すみ)』は、困ったように笑った。

 

 

 

 

 

 鷲尾須美は大赦の名家『鷲尾家』の一人娘に()()()少女だ。

 彼女の本当の名前は『東郷美森』。

 東郷家に生まれた彼女は、十歳になる秋に、『大赦』のお役目の事情から鷲尾家に養子に出され、名前を改めた。それが『須美』。

 故に、『美森』であった頃のことは全て生家に置いてくる必要があった。名前も、親も、友達も、未練が残らないように。

 けれど、紅翼だけはそれに従わずに、大赦の一人として、幼馴染として、今日も彼女と以前のままで付き合っていた。

 

 

 食事を終えると二人は揃って家を出る。

 須美は先日転入した小学校、『神樹館』へ。

 翼は自分の職場である『大赦』へ。

 行き先は違うが、道が分かれるまでは取り止めのないことを話しつつ進む。

 

「そう言えば」

 

「はい?」

 

 自転車を押しつつ進む翼の隣で須美が首を傾げる。

 

「お役目の他の二人ってどんな子なの?」

 

「あれご存じないんですか?」

 

「『三ノ輪銀』様に、『乃木園子』様でしょ。オレも大赦だ、名前くらいは知ってるさ」

 

 残念ながらお役目の内容は知らないけど、それより、と続ける。

 

「オレが聞きたいのは、鷲尾さんから見た二人のこと」

 

「私から見た銀とそのっち、ですか……」

 

 少し、須美が考え込む。

 

「銀は、破天荒ですね」

 

「ほう」

 

「いつもトラブルに巻き込まれていて、そのせいで自分が損をしても決して、他人のせいにしないんです。人当たりも良くて、クラスの人気者って感じです。あ、あと、弟が二人いて、どっちもすごく可愛がってるんです」

 

「うんうん」

 

「そのっちは、なんというか、自由、ですね」

 

「自由」

 

「ええ。朝私が学校に行くと必ず寝てて、でも遅刻はしてなくて。授業中もうつらうつら眠そうにしてるのに、いざ先生に当てられたらしっかり答えている。正直、私には真似できないです」

 

「みも──鷲尾さんは真面目だものなぁ」

 

「二人とも尊敬すべきところがありますが、でも日常生活は不安なことばかりです。私がしっかりしなくちゃって思うことも多くて───なんですか」

 

「ふふ、いや、ごめんごめん」

 

「あなたが聞いたから話したのに、笑うなんてひどいです」

 

 くつくつと楽しそうに笑う隣の翼に須美が頬を少し膨らませてむくれる。それに、翼が笑いを抑えながら、だってさ、と口を開く。

 

「美森ちゃんがすごく楽しそうなのが、なんだか嬉しくてさ」

 

「え……楽し、そう?」

 

「だって口、笑ってるもの」

 

「……!」

 

「美森ちゃんにいい友達ができたようで、オレは嬉しいよ」

 

 慌てたように僅かに上がった口元を隠す須美の頭を優しい笑みの翼が軽く撫でた。

 

「ちょっとお役目とかで心配してたけどその分なら大丈夫そうだ」

 

「も、もう! 子ども扱いしないでください!」

 

「はっはっは、オレから見たら君はずっと夜自分から読んだ怪談話が怖くて眠れなくなって涙目で布団に潜り込んで来た美森ちゃんのままだよ」

 

「その話はやめてって言ってるじゃないですかぁ!」

 

 紅翼(クレナイ・タスク)は今年で16歳。

 鷲尾(わしお)須美(すみ)は今年で12歳。

 幼馴染という関係と、四年という覆せない年の差は翼の方にいくつか、須美の内緒にしたい過去を握らせていた。

 それでも二人の関係が続いているのは、なんだかんだで須美が翼のことを信頼してるからだろう。

 これで翼が四歳も年下の小学生にお世話されてなければ完璧だった。

 生きていて恥ずかしくないのだろうか。

 

 須美たちがじゃれあっていると少し先に二人で何かを話しながら電柱に背中を預けている神樹館の生徒がいた。

 二人はこちらに歩いてきている須美に気がつくと、大きく手を振りながら名前を呼んだ。

 

「ほら、噂をすればだ」

 

 じゃあここで、と翼が自転車に足をかけた。

 

「んじゃ、いってらっしゃい、美森ちゃん」

 

 ぐぬぬと悔しそうな須美を前に、翼はふと思い出したようにポケットから絆創膏を取り出して手に握らせた。

 

「?」

 

「手、怪我していたでしょ?」

 

「……気づいて」

 

「いつもと箸使い違ったからなぁ」

 

「む、むむ、むむむ……!」

 

 須美が手のひらの絆創膏と、見上げた彼のにこにことした笑顔とを見比べて、不満をにじませたまま鞄から取り出した絆創膏を押しつけた。

 

「おかえし?」

 

「敵からの施しは受けません!」

 

「えぇ……オレも日本男児だぜ?」

 

「米英の言葉を使うような人は日本男児とは言いません!」

 

 それと、と須美が翼の胸を指でついた。

 

「外では『鷲尾さん』! です! 大赦の方なんですから気を付けてください!」

 

「オーケー、ソーリーソーリー」

 

「返事は──」

 

「『はい』な、気を付けます、鷲尾さん」

 

 よろしい、と頷いた須美は「行って参ります」と言い残すと、友達のもとへ駆け出していった。

 その背中を見送った翼は、自転車のペダルを漕ぎ出そうとハンドルを切った。

 

「んん?」

 

 その一瞬、背後を向いた瞬間、自分の影が不自然に揺れた気がした。まるで、急に後ろを向いたせいで体についていくのを忘れてしまっていたかのように、歪んだ。

 

 翼が眉根を寄せて自分の影に触れようとして、ふと手首に巻いた腕時計が目に入った。

 

「あ、やべっ! 遅刻するっ」

 

 慌てたように翼は自転車に乗り直すと、仕事場へと向かって風を切るようにペダルを漕ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 大赦についた翼は更衣室で大赦の服と仮面に手早く着替えると、彼の職場扱いの蔵書室で仕事を始める。

 

「ええと、今日の仕事は……おおう、こりゃ大変だな……」

 

 ここには、大赦という組織ができた頃から収集されている数多の蔵書が保管されている。

 そこで、集められたデータをまとめたり、過去の蔵書と照会して上に報告するのが翼の仕事である。

 そう言えば大層な仕事のようにも聞こえるが、データをまとめること自体は誰にでもできることであり、本当に大事な蔵書は既にデータ化されており、この蔵書室にある本はデータ化されていないもの──つまり重要性が低いものばかり──なので、言ってしまえば彼がしているのは誰でもできる雑務の一つだった。

 

「えーと、『データは転送済なのでそれを元手に書き起こされたし』と、なるほど、この前のお役目のやつか」

 

 ぱちぱちと翼が備え付けのパソコンをいじり始める。

 

 ──『お役目』についた三人、鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子。揃って異常は見られない。心身共に健康。監視しているスマホの会話の内容からも非常に関係は良好と見られる。

 ──多角的なサポートをするために大赦から人員をクラス担任として派遣する。

 ──『お役目』の為の合宿の開始。数日の合宿で無事に当初の目的を達成。

 ──『大赦』の総力を上げて、これからも彼女たちの『お役目』をサポートしていく。

 

 

「…………」

 

 翼は無言で作業を続ける。

 彼は大赦の一員だが、その年若さから、内情については詳しく教えられていない。

 故に彼は大赦だが、知っている知識に関しては一般人に毛が生えた程度だった。

 

 けれど、一年も働けば察することもある。

 

 大赦は四国の人々に何か大きなことを隠している。それは、大赦にいてそれなりの立場の人々ならばみんな知っていて、翼にはまだ教えられていない、大きな世界の秘密。

 

 この変に文字が伏せられた『お役目』、というやつもその一つだろう。

 そして、それに彼の幼馴染みである少女も関わっている。

 

 どの程度使えるかわからない新人につかませていい情報、ダメな情報で仕分けられていた。

 

「あーーー、偉くなりてえなー」

 

 せめてお役目がなんなのかくらいは知りたい。

 

 彼は時折怪我をして帰ってくる須美の姿を見ている。

 お役目に釣り合うように、新しい家族に釣り合うように頑張る須美の姿を見ている。

 立場上須美からお役目の話をすることはできないだろう。

 だから、なんらかの形で力になるには彼が自分の力でお役目のことを知るしかないのだ。

 

 仕事とはいえ、東郷美森と鷲尾家を引き合わせたのが彼だっただけに、その想いは非常に強かった。

 

 目の前の仕事を無心で片付けていると、ぐう、と腹の虫が鳴いた。

 

「……もうこんな時間か」

 

 見れば時計は既に昼休憩の時間を5分過ぎていた。

 軽く伸びをして肩のこりをほぐした翼は朝買ってきておいた適当な菓子パンを取り出す。

 そして特に何も考えずに口に放り込んで咀嚼する。

 昼食、終了。

 

「……鷲尾さんは昼ごはんはうどんが理想らしいけど、生憎大赦の食堂は遠いんだよなぁ」

 

 菓子パンのゴミを適当に机に投げ捨てると、彼は手を洗って書庫の整理を始める。

 この部署に配属されてそろそろ半年。あまり使わないものも多いとはいえ、何かの時に必要になるかもしれない。

 せめてこの書庫の本の内容くらいは頭に入れようという理由から昼休憩の時間にちまちまやっていること。

 

「ーーーーに、ーーーー、ーーー、これとかなんに使うんだろうな……」

 

 古臭い文字で書かれたタイトルを口に出して、一つ一つ並べていく。

 そして、そろそろ昼休憩もが終わりになり、デスクに戻ろうとして、目を見張る。

 

「…………なんだ、これ」

 

 デスクのパソコンの前に、一冊の本があった。

 それは、所々虫に喰われていて、半ば朽ちて、紙をつなぎとめている人もほつれて解けそうになっている、もはや『古文書』ともいえそうな古臭いものだったが、それは確かに『本』だった。

 

「さっきまでは、なかった、よな」

 

 整理しているうちにどこからか落ちてしまったのだろうか。

 

 眉根を寄せながら本を手にとった。それは見た目に反して案外丈夫で、手に持ってみると、その意外な厚さに少し驚いた。

 

 ぺらぺら、とページをめくってみる。

 

「あれ、何も書いてない」

 

 最初から最後のページまで一面真っ白。

 絵はおろか、文字すらもどこにも書いていない。

 

「あ、タイトルはあるな。ええと、なになに……」

 

 表紙に書いてある文字を、半年の間に培われた知識を使って解読していく。

 

「……へい……き、たいへい……『太平風土記(たいへいふどき)』?」

 

 太平風土記。

 そう、翼が言葉にした瞬間、()()()()

 

「ーー! なんだこれ、文字が」

 

 なにも書いていなかったはずのページに突然()()()()()()()()()()

 まるで、元々そうであったように、白紙のページが元あるべき姿へと変わっていく。文字が、刻まれていく。

 

 

 

銀河の星 光の如き巨人

三人の勇者 死した後に

かつて青き紅蓮の星の最後のゆりかごに降り立ち

その光をもって 闇の魔人を討ち払わん

 

 

 

 

 

「銀河の星、光の巨人? 勇者?」

 

 使われている文字を見ると、どうやら8世紀あたり、西暦の時代の飛鳥や平安時代の言語とよく似ているようにも見えた。

 が、いかんせん知らない単語が多すぎる。

 

「取り敢えず報告かなぁ」

 

 どちらにしろこのままにはできない。

 まずはこの不可解な本のことと、その内容のことを報告しなければならない。彼は下っ端。自分の一存で何かを決められるほど

 あわよくば出世の足がかりになれば良いのだが。

 

 ぽりぽりと頭をかきつつ、ひとまず太平風土記について報告書をまとめようとパソコンをいじり始める────その背後で、影が揺らめいた。

 

 

 それはいつの間にか、翼の影に滑り込んでいたものだった。

 それは、歩いていく翼の影からずるり、と身体を引き摺り出した。

 それは、黒いような、紫ががったような、赤みがかったような、そんな不思議な色合いをした靄だった。

 不定形。何かガスのようなものに無理矢理なにか形を宿そうとして失敗したような、そんな輪郭。

 

 それには、それを見た十人が十人が『良くないものだ』と断定するような、根本的な異物としてのおぞましさがあった。

 

 そして、『それ』には意思があった。

 誰かに成り代わって、肉の体を得ようという意思が。

 

 そして、『それ』は、紅翼に目をつけた。

 

 

『いいだろう、今回の身体は君にしよう』

 

 

 ガスが、蠢いた。

 

 それは宙を滑るように浮かぶと、取り敢えず今起きたことを事細かに記している最中の紅翼の背後に忍び寄り、体に取り憑いた。

 

「──っ!?」

 

 身体に悪寒が走る。何か薄暗いものが身体の穴から、心を侵すように侵食してくる。じわじわと、『クレナイ・タスク』としての部分が別の誰かに奪われようとしていた。

 

「あ、がっ、ぎぃぃっ!」

 

 じたばたと翼がその何かを引き剥がそうと手足を振り回すが、相手はガス状の不定形ゆえにどうにもできない。

 

「なん、だ、これっ……!」

 

「もう既に親はなく、防衛隊員の一員。それでいて、一人幼なじみがいる、か」

 

「ーーーッ!?」

 

「いいよ、君すごくいいっ! 君なら最高のヒーローになれるぞおっ!」

 

「おま、えは、なん……」

 

「ふむ、聞きたいか、私の名を。よかろぉうっ! 聞くがいい!」

 

 モヤは、不定形のまま、どこが口かわからないけれど、たしかに声を発して、こう言った。

 

 

「我が名は、『チェレーザ』。()()()()()()()。そして───」

 

 黒い影が、全て翼の体に収まった。

 

 

「今日から私がクレナイ・タスクだ」

 

 

 翼がにやり、と笑って、肩を軽く一回し。

 

「ふう、久々の体だ、まずはこの世界のことを「ぐぎぎぎぎ、ぎぎぎ……」……こほん、まだ意識があったか」

 

「ぐ、う、ぎぎ、がああ……」

 

「……」

 

「くそ、身体が動かせない……!」

 

「…………」

 

「オレの体で何をする気だ!」

 

「いやごめんちょっと待って」

 

「え?」

 

「ちょっとながくなぁい?」

 

「?」

 

「普通こういうのってさあ、こう、私がキリッと『私の名はクレナイ・タスクだ』と名乗ったあたりで君の意識って消えるものじゃないかね?」

 

「いや、そんなの知らないよ……」

 

「いやね、少年、お約束ってあるでしょ。尺、尺考えて。このシーンはヒーロー番組で言えば最初の五分。こんなに長々と引っ張ってたら画面の向こうの人の心掴めないぞぉっ!」

 

「何の話だよ!」

 

 黒いモヤ──『チェレーザ』と名乗ったそのナニカが、大仰な仕草で大きなため息をついた。

 

「いいから私にこの身体を明け渡しなさい! ……くそ、このっ! ええい、抵抗するなっ!」

 

「抵抗しないわけねえだろ! オレの身体だぞ!」

 

「ははーん、わかったぞ少年。実はそっちの荒っぽい話し方の方が素だな? さっきは年下の手前演じてたと見た」

 

「んなの、どうでもいいだろ。いいから、お前は、身体をオレに、返せ…………っ!」

 

「くっ、抵抗を……小癪な!」

 

 人気のない書庫の中で翼の体がお好み焼きの上に乗せたカツオブシのように悶えてる踊り狂う。

 よたよた、よたよた、と主導権を奪い返そうとする翼と、それをさせまいと必死に耐えるチェレーザ、ひとつの体に二つの心があるが故の弊害だった。

 

「あいたぁっ! 足の小指が本棚の角にっ!」

 

「チャンス! 頂いた!」

 

「しまった!」

 

「よっし! 身体を取り戻したぞと同時に走る小指の痛みッ……!」

 

「チャンス! 私のものだ!」

 

「あっ、くそ、また主導権を」

 

「わははは! この身体はいただいたぁ!」

 

「お前マジふざけんなよ!」

 

 チェレーザが身体の主導権を再び取り戻した隙に書庫を出て、大赦の中を走り出した。

 大赦は厳格な組織である。

 大赦の人間は皆一様に仮面でその素顔を隠し、感情を隠す。

 大赦の人間は世界を回す歯車であり、神樹様の手足であり、無機質で冷徹な判断も下せる『大人』でなければならない。

 そのために、人の感情は邪魔なのだ。

 

 だが、そんな大赦で素顔で無邪気に走り回る奴がいたらどうなるか。

 もちろんめちゃくちゃに悪目立ちする。

 

 まあそういうわけでチェレーザ入り翼がばったりと、書庫管理前任の安芸と出会ったのは偶然まじりの必然と言えた。それが幸運であるかはさておき。

 安芸は今来たばかりなのかいつもの眼鏡に、動きやすそうなラフな服装だ。

 

「あなた、こんなところでどうしたのかしら? 仮面は? つけるのが大赦の規則だと教えたはずですが」

 

「む、誰だね君は」

 

(安芸さんだよ! オレに仕事を教えてくれた上司!)

 

「なるほどな。ならば見せねばなるまい、この私の、いやこの新しいオレを!」

 

(ヤメロォ! はやくオレに体返せ!)

 

 眼鏡の向こうの目を細くしている安芸の前で、翼がシュババッ! と無駄にキレキレなポーズを決める。

 

「どうも、愛と善意の伝道師、クレナァイ、タスクです!」

 

「は?」

 

(やめてくれぇ! マジで! 安芸さんの目が痛い! おい! チェレーザァ!)

 

「あ、いいの浮かんじゃった」

 

(なぜ川柳を書き出したァ! フリーダムか! 無限に自由かコイツ!)

 

 翼がポケットから手帳を取り出すと(翼が安芸から教えてもらった仕事のメモが書いてある)を取り出すと、さらさらとペンを走らせる。

 

「『袖振り合うと多少の円』。人との出会いはお金が生じるけど、それに見合う価値があるという意味だよ。どうかな!」

 

「え、ええ、ええと、いいんじゃないかしら……」

 

「うむ! 流石私だ! この調子でどんどん──お前いい加減にしろ! 突然出てくるんじゃないよ! すみません安芸さん変なこと言って! 私の素晴らしい句を下らないとはなんだ! お前は黙ってろ! あ、いや今のは安芸さんに言ったんでなくて……ええい出てこようとするな!」

 

「く、紅くん……?」

 

「か、風邪です! タチの悪い風邪をひいたというか──いいやなにも問題はない。私は至って平常だぞう! だからてめこのっ!」

 

「あの、本当に大丈夫?」

 

 安芸の表情の困惑の色が明らかに濃くなっていく。誰が見ても明らかに今の彼は様子がおかしかった。

 その表情にようやく、翼が今まで必死に取り繕おうとしてた建前を全部ぶん投げた。

 

「安芸さんやっぱオレ体調が優れないので早退しますそれと報告書書きかけですけど近くにある本と一緒に見ておいてくださいそれでは失礼します!」

 

「え、ええ」

 

 一気に捲し立てて走り去る翼の姿を呆気にとられたように見つめる安芸の眼鏡が、ずるりとズレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼はチェレーザと体の主導権を奪い合いながら人のいない方、いない方へと走り続けて、なんとか大赦近くの裏山の奥まで走ってきた。

 ある程度人の手は入っているものの、それも最低限。森の中に溶け込むようにある古びた祠の近くの雰囲気がなんとなく気に入ってよく訪れている場所だった。

 

「もうお前、いい加減に……しろっ!」

 

『ぬっ!』

 

 翼が叫ぶとばちん、となにかが切り替わる感覚がした。

 

『私の支配を、抜け出しただとぉ?!』

 

「はあ、はあ、はあ、やっと、押し戻せた……」

 

 息荒く肩を上下させる翼が、大きなため息とともに背中を地面に預けた。

 

「お前なんなんだよ……なんでオレの身体に入ってる」

 

『あのね、少年、しょーーもないことを聞くんじゃないよ。ウルトラマンと言えば人間と同化するものだ。故に私が少年と同化するのもなんら問題はない』

 

「……取り敢えずお前が説明する気がないことはわかったよ」

 

『なにおう?! これほど分かりやすい説明もなかっただろう!』

 

 頭の中でやたらとハイテンションな声がガンガンと響く。

 明らかに今の翼の身体には彼の常識では推し量ることのできない、『ナニカ』がいた。

 

「もう一回聞く、オレにもわかるようにシンプルに答えてくれ。お前はなんなんだ?」

 

『名乗ったはずだ、私はチェレーザ。ウルトラマンだ、とな』

 

「いやお前がチェレーザっていうのはわかった。その、さっきから言ってる『ウルトラマン』ってなんだよ」

 

『なんだそんなことも知らないのかね君は……。やれやれ随分辺鄙な星に流れ着いてしまったらしいな』

 

 なんだかチェレーザが肩を竦めたような気がした。

 

『ウルトラマンとは宇宙からやってきて、そして平和をもたらす『光の巨人』のことだ』

 

「光の、巨人」

 

『地球がピンチのピンチのピンチの連続! もうどーにもならない! というその度にやってきて、その度にたーくさんの怪獣と戦ったんだよ』

 

「じゃあ、お前はその、ウルトラマン、なのか?」

 

『ようやくわかったようだな。ほれ、尊敬しても構わんのだぞう?』

 

「いやそれは嫌だけど」

 

『なにぃ?!』

 

「光の巨人、光の巨人か……」

 

 トントン、と翼がこめかみを叩く。

 

「どこかで、聞いたことがあるような……」

 

 ウルトラマン。光の巨人。

 どちらも聞き慣れないもののはずなのに、なぜか頭のどこかで、否、もっと深い心のどこかで引っかかっている感覚があった。

 

「なあチェレーザ、ウルトラマンってさ──」

 

 翼が心のうちの自称『ウルトラマン』に声をかけようとした時────鈴の音が、空気を揺らした。

 

「ーーー?」

 

 どこか遠くで鳴った無数の鈴が起こした空気の揺らめきは、世界を優しく包むように広がり、木々の触れ合いを、空飛ぶ鳥の羽ばたきを止めていく。

 

 それは世界を守護する神樹の権能。時を止め、理を書き換えることで外敵から世界を守るための戦闘空間を作り出す。

 大赦が『樹海化』と呼んでいるもの。

 

 そうして、四国は色とりどりの木々が覆う世界に()()()()()()()()()

 

 それどころか止まったはずの時間すらも動き始めてしまう。

 

 心の奥が、ざわめく。

 なにか、重大なことが、世界の根幹を揺るがすような何かが起きているような、そんな漠然とした不安があった。

 

「……なんだ、これ」

 

『少年?』

 

「なにかが、来る」

 

 弾かれるように空を見上げて、この終わりかけた世界に────()()()()()()()()()()

 

 空よりやって来た巨人は四国の結界の端、瀬戸大橋を飛び越えて街を望む山中に降り立った。

 そのあまりの大きさと重量に四国中が揺れて、付近の土が大量に巻き上げられた。

 

「銀色の、光の、巨人……」

 

 終わりかけた世界に現れた光纏う赤と銀の巨人。

 

 その一種の神々しさすら感じさせる姿が山間からのぞいた時、翼の中のチェレーザが驚きの声を上げた。

 

『う、ウルトラマンだと!? なぜこの世界にっ!』

 

「ウルトラマンって、さっき言ってた……あれが?」

 

『あれはウルトラマンの中でも別格……全ての始まりの初代ウルトラマンだ!』

 

「はじまり……」

 

『この世界はどこか歪だとは思っていたが……まさかウルトラマンが来る程だったとは……はーあ、やる気なくなった。はーい、おめでとおめでと、君たちの世界は救われました〜〜』

 

「ちょ、チェレーザ?」

 

 戸惑ったように翼が50mに迫ろうかという巨人を見上げる。

 銀の巨人はただひたすらに大きく、神秘的で、優しさに満ちた表情を浮かべていたにも関わらず、纏う光がどこか無機質だった。

 

 ざわり、と胸がささめく。

 

「……チェレーザ、一応聞くけど、あの巨人、本当にオレたちの味方なのか?」

 

『あーん? やれやれ、これだから未開人は困るよ。あのね、ウルトラマンが来たら勝つ! 敵は倒されてハッピーエンド! それは決まってるの』

 

「じゃあ聞くけど、あの巨人、『何』と戦いに来たんだ?」

 

『?』

 

「だって、今ここにはあの巨人と戦えそうな敵なんて、何もいないぞ」

 

『え、いやそれはこう、なんか、助けに来たー、みたいな。む! ほら、ウルトラマンが動き出したぞう! きっと今から怪獣がやってくるに違いない!』

 

 ウルトラマンがゆっくりと歩みを進める。その一歩は、大きく大地を揺らし、それだけで翼は立っていられず、たまらず近くにあった祠に掴まった。

 

 ふと、巨人が近くでちっぽけな人間が自分を見上げているのに気がついた。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 温度35万度。亜光速の属性を宿した白い光は空気を焼き焦がしながら直進する。

 それを、ただの人間である翼が避けられるはずもない。

 

 だが、それは運良くーーー本当にただの偶然で、僅かに上に逸れて、翼のいる後ろの山を大きくえぐり、吹き飛ばした。

 その余波で翼もまた吹き飛び、掴まっていた祠も粉々に砕け散る。

 

『な、あれは、まさかーーー!』

 

 だがその拍子に、祠から『あるもの』が転がり出て来たのを、チェレーザだけが気づいた。

 

 チェレーザは瞬時に身体の主導権を一瞬だけ奪い取って、空中でそれに手を伸ばそうとして、一瞬で光の粒子になってどこかに消えてしまった。

 すかっと虚空を腕が掴んで、そのままバランスを崩した翼がごろごろとあたりを転がる。

 

「うわああああああっ!」

 

『くそう! なぜ消えた! 私がいる! アレがある! それはもう私にウルトラマンになれという運命だろぉっ?! 何故消えてるんだ』

 

「なにやってんだ、お前!」

 

 喚くチェレーザを尻目に、翼が必死に痛みを堪えて顔を上げて、二発目のスペシウム光線を構えるウルトラマンを見た。

 

「ーーーあ」

 

 白い光線が、発射される。

 

 今度こそ避けれない。目の前に『死』という現実だけがあり、それに彼は抗うことはおろか、走馬灯を見る暇すら与えられない。

 

 その他大勢の一人である翼には、死を受け入れることしかできない。

 

 

 そして、スペシウム光線が炸裂して、翼の視界は真っ白に染め上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光線を撃ったウルトラマンが十字に組んだ腕を解いて、目線を街の方へと滑らせると、空を飛んで街中に着陸。

 ただ地面に降り立つだけで道路は陥没し、水道管が破裂して、近くに停めてあった乗用車が一つ残らず横転した。

 

 巨人はまだ攻撃もしていない。ただ、降り立っただけ。先ほど山を吹き飛ばしたような凶悪な威力の光線の片鱗すら見せてない。

 けれどそれすらも、神樹に守護されるだけのか弱い人間の世界では脅威だった。

 

 ウルトラマンが光を束ね、一つの輪を作り出し、急な巨人の出現に戸惑う人々の方へと投げようとする。

 八つ裂き光輪。

 ウルトラマンの数多い技の一つであり、万物を切り裂く処刑の刃。

 

 それが無慈悲に振るわれ────けれど、それを許さない『勇者』たちがいた。

 

「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁっ!」

 

 鮮やかな紅蓮が走り抜けて、巨人に炎斧を振るった。

 

「わっしー! サポートお願い!」

 

 紫電の槍が盾へと変わり、放たれた光輪を受け止めた。

 

「任せてそのっち!」

 

 紺碧の少女は、弓に矢をつがえて、巨人に次の光輪を撃たせないように矢を放つ。

 

 神樹からの力を授かり世界を守るための力を振るいし、赤、青、紫の、三人の『勇者』。

 

「おー、かったいな。アタシの武器が刺さってる感じが全然しない」

 

「さっきの光の輪っかもすごい威力だったんだよ〜。今でも手がビリビリしてる〜」

 

「どうして、神樹様の樹海化が起こらないのかしら……」

 

「うーん、神樹様もついつい眠たくなっちゃったのかなぁ」

 

「いやそんな、園子じゃないんだぞ……」

 

「春ってぽかぽかしてて、お昼寝も気持ち良くて〜、お布団もおひさまの匂いでふかふかでたくさん寝れて二倍お得〜」

 

「そのっちは本当にブレないわね……」

 

「えへへ〜、そうかな〜」

 

「てか、こんな街中で戦ってるけどアタシたちの姿とか、みられてないよな……?」

 

「そこは神樹様が少し私たちの認識をずらしているらしいわ。他の人たちには私たちの姿は見えてないそうよ」

 

「あれれ〜、そういうことはできるのになんで樹海化はしてくれないのかな〜」

 

「確かになんでだろうな……っ! 危ない!」

 

 一旦銀色の巨人と距離をとっていた勇者たちに向けて、大きな拳が振り下ろされ、三人が素早く散開する。

 

「まー、いつもと違うところは多いけど! しっかり守らないとな!」

 

 赤の勇者、『三ノ輪銀』が双斧を肩に担いで、不敵に笑う。

 

「それが私たちの『お役目』だもんね」

 

 紫の勇者、『乃木園子』は身の丈に迫る槍をくるりと回して、穂先を巨人へと向ける。

 

「ここから先には、通さないッ!」

 

 そして、青の勇者、『鷲尾須美』は弓に力を溜めて、一気に銀色の巨人へと解き放った。

 

 紅蓮の炎斧、紫電の槍、紺碧の弓、巨人の銀の光が混じり合い、街を淡く染め上げる。

 

 勇者たちは強い。力が、心が、今この世界にいる誰よりも強い。

 けれど、銀色の巨人はーーー『ウルトラマン』は、それよりも強かった。

 

 ウルトラマンが全てを切り裂く光輪を放つ。園子は先ほどのように盾に変えた槍で受け止めようとして、がり、と光輪が盾を噛んだのを感じる。

 

「ーーーっ!」

 

 園子は瞬時に角度を修正して空に打ち上げるが、勢いを殺しきれず地面を滑るように吹き飛ばされていく。

 

「園子っ! こん、にゃろぉっ!」

 

 斧に備え付けられた巴紋の加速とともに、銀の双斧が炎に包まれる。

 彼女は前衛型の勇者、つまり現在の勇者の中で最も火力が高い。

 その一撃は当たればそれだけで勝敗を決することすら可能である。

 

 故に、巨人は銀に触れさせない。

 

 ウルトラマンが()()()()()()

 

「な、はや────うわぁっ!」

 

 始まりの巨人、『ウルトラマン』。彼は、飛行速度マッハ5、走行速度でさえ時速400キロメートルを超える。

 人の動体視力で追える速度など、とうにこえている。

 

 巨人の手刀が飛びかかろうとしていた銀に振るわれ、それが咄嗟に十字に重ねられた斧で防がれる。

 

「ぐ、嘘だろ──」

 

 けれど、勢いが殺しきれない。

 銀が巨人の手刀に弾かれて、まるでゴム毬のように飛んでいく。

 

「銀!」

 

 

 須美が牽制のため数本の矢を速写するが、ウルトラマンは前傾姿勢で転がるように避けると、そのまま流れるように手から細い光弾を発射する。

 

「──っ!」

 

 地面が吹き飛び、須美が弓をとりこぼす。

 

(このバーテックス、今までとは比べ物にならないほど強い……!)

 

 銀色の巨人は、その力を存分に振るう。

 その巨体を生かして、逃げ惑う人たちに恐怖を刻み付け、街を破壊する。

 それはその身体の使い方としては至極正しいもののはずなのに、致命的に似合っていなかった。

 

 何故なのか分からないが、見た人が皆「コレが本当の姿なのか?」と疑ってしまうほどに、致命的な違和感がそこにあった。

 

 けれど、『ウルトラマン』が手を緩めることはない。

 

 彼は、まだ立ち上がれていない須美に向けて、銀色の巨人が腕を十字に組んで、照準を向けた。

 

「わっしー!」

 

「須美!」

 

 二人が須美を呼ぶが、それで何かが変わるわけではない。

 

 巨人は慈悲なく、光の光線を撃ち放つ。

 

「ーーーあ」

 

 人を害するにはあまりにも美しすぎる光と、それに相反する濃密な死の気配。

 須美が迫りくる死に思わず目を瞑って顔を逸らす。

 

 一秒後、訪れる死を見据えられるほど、彼女は強くなかった。

 

「ーーー?」

 

 けれど、数秒経っても死が訪れることはなかった。

 

 おそるおそる須美が目をあけて、光線を撃ち続ける銀色の巨人と、それを寸前で受け止める濃密な人型の闇を見た。

 

「…………闇」

 

 ぽつり、と須美が呟く。

 本質的に自分たちとは力の根源が別の、禍々しい何か。

 

 銀色の巨人と相対する、漆黒の巨人ーーー否、漆黒の『怪獣』。

 

 おぼろげな輪郭。纏われた漆黒の闇。まるで影法師をそのまま切り抜いたかのような立ち姿。

 

 光の巨人にはあまりにも遠く、けれども既存の常識ではあり得ない。

 

 故に、それを表現する言葉は『怪獣』以外にあり得ない。

 

 須美がそれを闇だと直感的に感じ取れたのは、彼女が勇者であると同時に、神の声を聴く巫女としての資質を持っていたからか、それともまた別の理由なのか。

 

 

 

 まるで神話の一節のように、『闇の怪獣』と『光の巨人』が相対する。

 

 

 

 揺らめく闇が、巨人の光線を受け止め続けて、途中で無理やりに払った。

 光の粒子が空ではじけて、まるで雨の如く降り注ぐ。

 

 闇が、輪郭が未だはっきりしないままの身体で崩れ落ちそうになる。だがすぐに、まるで息を切らしたように、肩にあたる部分を大きく上下させながら、震える足で立ち上がる。

 

「──ヘェアッ!」

 

 だがその最中、まるで怨敵を見つけたかのように、ウルトラマンが声を上げて、追撃の容赦のない必殺の一撃(スペシウム光線)を叩き込んだ。

 

「ーーーーー」

 

 闇の叫びは、声にはならない。

 けれど、その光線のあまりの威力に体を構築する黒いモヤのようなものが少しずつ、少しずつ吹き飛んでいく。

 

 けれど、逃げない。下がらない。

 後ろに、少しも光線の撃ち漏らしをやらない。

 

 まるで、自分の後ろにいる少女を、『鷲尾須美』を庇護するかのように、ひたすらに必殺の一撃を耐え続けていた。

 

 ウルトラマンの胸の青いタイマーが赤く点滅を始める。

 

「────ヘェアッ!」

 

 巨人が叫び、光線の威力が増していく。

 闇の体が次第に解けて、空中に溶けるように消えていく。

 理由は全くわからない、でも、黒い闇は何故か鷲尾須美をウルトラマンの攻撃から守ってくれていた。

 

 困惑したような須美が、言葉を漏らした。

 

「私を、守ってる、の……?」

 

 その言葉に、ほんの少しだけ、闇のような何かがこちらに顔を向けたような気がした。

 

「ーーーーー」

 

 しばらくして、ついにスペシウム光線の圧力に屈して、闇が膝をついた。

 もうその輪郭はおぼろげで、もはや霞のような濃さの闇しか身体にはなく、触れば溶けてしまいそうだった。

 

 ウルトラマンが光線を止めてゆっくりと歩みを進める。

 胸のタイマーを点滅させながら、大地を大きく揺らして。

 

 生み出される『八つ裂き光輪』。手の中に出現した光輪は、まるで処刑人が罪人にそうするように、首を狙って構えられた。

 

 闇は拳を握ってウルトラマンへと向かっていこうとするが、ダメージが濃いのかぶるぶると震えるだけで、立ち上がることは愚か、動くことすらできない。

 

 そして、怪獣(やみ)巨人(ひかり)との戦いは、運命のように敗北する怪獣によって幕が引かれる。

 

 ウルトラマンの『八つ裂き光輪』が、怪獣の首をはねる。

 

「そんなの、駄目ぇっ!」

 

 闇の体の脇を抜けて、一筋の光線が駆け抜けた。

 

 射ったのは須美。守ってくれた怪獣に戸惑いながらも、何故だか()()()()()()()()()と感じた故の行動だった。

 

 須美の矢がウルトラマンの腕に刺さって爆発する。

 それはほとんどダメージを与えるには至らなかったが、怪獣の首をはねようとしていたウルトラマンの手を狂わせるには充分な威力だった。

 

 光輪が首をずれて怪獣の肩を浅く切り裂いていく。

 

「ーーーーー!」

 

 闇の怪獣が、声ならぬ声で叫ぶ。最後の力を振り絞り、拳を握って、ウルトラマンの胸の赤く光るタイマーを殴りつけた。

 その一撃に、この戦いが始まって初めてウルトラマンが怯んだ。

 

「ーーーーー」

 

 その瞬間、時が止まる。

 

 羽ばたく鳥も、逃げ惑う人も、木々の触れ合いも、完全に静止して、止まった世界に花が散る。

 

 ウルトラマンが花にて鎮められる。

 神樹の発動した権能が、遍くが止まった静謐の中で巨人を包み、彼の体を作り出した者のもと──四国結界の外まで送り返した。

 

 花散る寂寞の中、光の巨人と闇の怪獣が、空気に溶けるように、散る花に混ざるようにして消えていく。

 

 

 そして、世界が目を覚ますと、戦いは全て終わり、大きく傷つきながらも、日常が帰ってきていた。

 

 その中で、一人の少年だけが未だ非日常の中にいた。

 

「なんだ、今の……」

 

 人気のない裏路地で先ほど怪獣がウルトラマンに切り裂かれた場所と全く同じような傷を負っている紅翼が、ふらふらと歩みを進める。

 

『はー、なにをしとるのかね君は』

 

 心の奥から、チェレーザの声が聞こえる。

 

「なに、がだよ……」

 

『さっき()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

『なーんで、あの子を守ったりしたのかね? さっさと避けて反撃した方が百倍良かっただろう?』

 

「そんなの、できるはずない、だろ」

 

『はー、だめだめ! 全然わかってない。いいかね、戦いはねいつでも命がけなんだよ! そこで一人の犠牲を許容できないのは本当のウルトラマンではなーーい!』

 

「おまえ、ちょっと、だまれ、よ…………」

 

『なにぃ! 私の力を借りておいて……んん? 気絶した? こら! 少年が倒れたらどうやって動くんだ! せめて私に体を渡してから倒れてくれなきゃ困るぞ!』

 

 翼が怪我のあまりの痛みと、過度にかかった疲労に限界を超えて路上で気を失うように倒れてしまう。

 

 そんな彼の前に、三人の少女たちが偶然通りがかる。

 

「はー、今日のもなかなかハードだったなぁ」

 

「だって樹海化なしだもんね〜。びっくりしちゃった〜」

 

「……同じようなことがなければいいのだけれど」

 

「須美は心配性だなぁ。だいじょーぶだいじょーぶ! 次は神樹様が上手くやってくれるって!」

 

「もう銀、楽観は禁物よ。今回私たちは、あの巨人にほとんどダメージを与えられなかったんだから」

 

「ふーむ、一理ある。あの黒いやつと戦ってくれたからたすかったけど、次も出てくるかはわかんないしな」

 

「あの黒いもわもわ〜、なんだか柔らかそうだったね〜。お布団にしたら気持ちよさそう〜」

 

「そんなこと考えるのは園子だけだろうな……」

 

「ええ〜そうかなぁ。ぐっすり眠れそうなのに〜、ほら、ちょうどあそこの人みたいに」

 

「え? あ、ほんとだあんなとこで寝てる……んじゃなくてあれ倒れてるんだろ?!」

 

「わわっ、ほんとだよ〜」

 

「……もしかして、紅さん?」

 

「えっ、それって、須美が時々話題に出してた『あの』紅さん?」

 

「あー、わっしーにぞっこんの人〜」

 

「ちょ、ちょっとそのっち! そんなこと一度も」

 

「そんなことより早く起こしに行ってあげようよ、わっしー」

 

「そんなことよりって、あー、もう!」

 

 少女たちが少年の元へと駆け出していく。

 

 

 

 こうして、物語は始まった。

 

 

 これは、地球が神に見捨てられてから数百年、一人の少年と、三人の少女と、一人の宇宙人が出会い、定められた未来へと歩む、世界最新の神話である。

 

 

 

 そして多くの場合、神話の、その結末は────

 

 




 


 敵はウルトラマン。
 守るべきは勇者。
 そして彼は、怪獣。


『███████████████』

クレナイ・タスクが変わった闇の怪獣。
詳細不明。


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