「我が名はウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ!」「はいはいオダブツオダブツ」「勝手に省略することは許さん!」 作:世嗣
「力とは、他者を圧し、支配するためにある」
溝呂木眞也(ウルトラマンネクサス)
夢を見た。
一番最後に『美森ちゃん』と会った日のこと。
「お久しぶりです、鷲尾さん」
「よく来てくれた、ありがとう、翼くん」
「いえ、父の名代です。お気になさらず」
「それでは、そちらの子が……」
「はじめまして、鷲尾須美です」
「これは利発そうなお嬢さんだ。じゃあ、中で少し話そうか。翼くんも……」
「いえ、私はここで。父にもそう言われているので。……ここで待ってるから、終わったら来てな」
「……うん」
親に頼まれて鷲尾家まで美森を連れて行ったのは自分だ。
鷲尾家とは面識もあったし、当時小学四年生の彼女の付き添いとしては彼は最適とも言えた。
美森は小さい頃から大和撫子であることを心掛けていたし、性格も融通が利かないところはあるものの、基本生真面目で人を思いやれる優しい子だ。
そんな彼女のことを鷲尾家のご両親は大変気に入って、とてもよくしてくれたそうだ。
「すごく、良い方達だったわ」
「そっか」
「私が養子に来てくれるととても嬉しい、と」
「そっか」
「私が嫌なら自分たちの方から断りを入れておく、とも」
「……そっか」
それ以上は美森は何も言わない。翼も何も聞かなかった。ただ手だけを繋いで、彼女を送り届ける。
きっと美森がこの一件を断ることはないだろうと、そう思った。
神樹に選ばれることはこの上ないほどの幸せなことだ。
東郷家にも多少の援助が出るだろうし、何よりそれは『東郷美森』にしかできないことなのだ。
神樹さまを信仰し、敬愛する彼女が断るとは思えなかった。
沈む夕日と黄昏の境界でぼんやりと影が伸びて夜に溶けていく。
繋いだ手の温かさだけが、彼女とのつながりを感じさせてくれていた。
けれど、それもいつか離す時が来る。
東郷家の家の前で二人の手が離れた。
「じゃあ、また」
「うん、また」
解いた手を小さく振って、美森に背を向けて、近くの自分の家に帰っていく。
その道すがら、ふと後ろを振り返ると、まだ手を振って見送ってくれている美森がいた。
それが『東郷美森』と紅翼の最後。
小さな女の子だった。本当に小さな、守ってあげたい、女の子だった。
故にクレナイ・タスクは、あの子を、『美森ちゃん』を一人にしたくないと、強く思った。
「……さん……れ……い……」
「う、ううん……」
「くれ……さん……」
「う……」
「紅さん!」
ぴしゃりとした声が眠気に微睡む頭に差し込まれる。
「やっと見つけましたよ、紅さん」
「……美森ちゃん?」
目を擦りつつ半身を起こすと、そこには既に神樹館の制服に身を包む少女がいた。心なしかその表情は険しげだ。
「えーと、おはよう?」
「……おはようございます」
「えーと、ここどこ?」
「私の家の客間です」
「家っていうと……東郷の?」
「鷲尾の家です、当たり前じゃないですか」
「え? あーそっか。あれ? じゃあなんでオレはここに?」
「翼さん、外で倒れてたんです。しかも、昨日の夜から今朝方まで全く起きなかったんですよ」
「外で倒れてた……」
言われて、ようやく昨日の記憶が蘇り始める。
光の巨人、三人の勇者、そして、自分が闇の怪獣になっていたこと。
そして、自分の中にいる傍迷惑な奴のことを。
「あれ?」
ふと、気づく。
(怪我がない……?)
昨日のウルトラマンと戦った時の切り傷が跡形もなくなっている。服の中を見てみても傷跡はおろか、痛みすらもまったくない。
素人目に見ても全治一ヶ月はかかりそうな怪我だったのだが。
眉根を寄せた翼が須美に怪我のことを聞こうとして、とんでもなく冷たい目が向けられているのに気付いた。
翼が恐る恐る問いかける。
「鷲尾さん、怒ってる……よね?」
「別に?」
「……ほんと?」
「本当に怒ってませんけど? ちょっとお灸を据えたいくらいで」
「やっぱ怒ってるじゃん……」
「そもそも、怒るなって言う方が無理な話です!」
須美がお灸を据えると言った時はそれが比喩や冗談ではないことを彼は知っていた。
彼女はやると言ったらやる。やたらと古典的で何から何まで本気なのだ、翼の幼馴染みは。
「怪我はしてないのにずっと起きないし、お医者様はただの疲労だって言われたけど、それでも脳に異常があるんじゃないかって、かと思えばいきなり部屋を抜け出してどこかに行ってしまうし、探し回った挙句部屋にまた戻ってみたら何食わぬ顔で寝てるし……」
「え? 部屋を抜け出した? オレが?」
「とぼけても無駄ですよ。朝来た時寝床にいなくて屋敷中大騒ぎで……そんな怪我でどこに行ってたんですか?」
「いやいやいやいや、記憶ないって! ほんとに? オレが?」
「誤魔化されませんよ」
「鷲尾さんの見間違えとかじゃない? そもそもオレが起きたのついさっきなんだぜ?」
「見間違えなんかじゃありません! 夜ずっと側にいたのに、朝起きたらいなくて……すごく驚いたんですから」
「え?」
「あっ」
ぱっと、須美が失言を抑えるように口元に手を当てたが、覆水は盆に帰らない。発した言葉はばっちりと翼に聞こえてしまっていた。
「……もしかして夜通し?」
「な、なんことですか」
「ほっぺたに突っ伏して寝たあとついてるよ」
「えっ、嘘?!」
「うん、嘘」
「……紅さんは意地悪です」
ふいっと須美が顔を背けると黒髪が揺れて、その間からほのかに染まった耳が除いた。
どうやら本当に夜通し側にいてくれたらしかった。
翼が布団の上で居住まいを正して正座になると、須美に向けて深々と頭を下げる。
「鷲尾さん」
「…………はい」
「心配かけてごめん」
「じゃあ倒れてた理由も朝無断でいなくなった理由も教えてくれるんですよね」
「…………」
「そこはすぐに答えて欲しかったです」
「えーと、オレも一応大赦だから、色々あるわけなんだよ……今何も聞かずに納得してくれると嬉しい」
「……お父様に頼んであなたをここまで連れてきたのは私です」
「感謝してる。ありがとう」
「私がいなかったらあなたはどうなってたかわからなかったんですよ」
「そうだね、鷲尾さんが通りがかってくれて幸運だった」
「…………ものすごく、心配、したのよ」
「ごめん」
そこで、翼が少しだけ顔を上げて「でも」と言葉を続ける。
「オレは、美森ちゃんに嘘をつきたくない」
だから、ごめん、と再び頭を下げる。
これ以上今は話せることはないと、そう伝える。
翼はそれ以上言い訳を重ねることも、適当な嘘でお茶を濁すこともしない。
もっと上手いやりようはいくらでもあるだろうに。須美を安心させるようなことを言っておけば丸く治っただろうに、敢えてそれをしなかった。
必死に誠実であろうとして、結果とんでもなく不器用になってしまっているような、そんな印象があった。
「こういう時に限って美森ちゃんって言うんだもの。ほんとにずるい」
誰にも聞こえないような音量で小さくつぶやいて、やがて、須美が深々とため息をついた。
「朝食、作ってきます」
「鷲尾さん」
「……今回限りです。次同じことがあればちゃんと話してもらいますから」
「……ありがとう」
「はぁ、どうせこのあともいつもみたいに大赦のほうに行くんでしょう? お父様達には私から伝えておくので、朝ごはん、一緒にどうぞ」
「いや、それは流石に悪い──」
「私に散々心配かけたのに朝ごはんまで食べずにいる気ですか」
「む…………」
「せっかくですし出来立ての玉子焼き、食べていって下さい」
そう言われてはとても断れない。大人しく頷いて朝食をご馳走になることにする。
「着替えは洗ってそこに置いてありますから」
須美が客間から去っていく。須美の姿が見えなくなって、足音まで聞こえなくなってしまうと、翼は目を閉じた。
そして、途中からやかましく話し続けているのをガン無視決め込んでいた体の同居人に声をかける。
『おい! なんとか言いたまえ! ええい無視するな! このロリのヒモめ! 馬鹿正直になんでも態度に出して! ウルトラマンならもっと上手く誤魔化さんか! 誠実が美徳だとでも思ってるのかぁ! ……本気で無視しているな。まったくなんでこいつはこんなに自我が強いんだか。わかってない。あまりにわかってないよ。はー、疲れた。仕方ないオーブさんの名乗りの練習でもするか。あー、オホン、俺の名はオーブ! 闇を照らして、悪を撃つ! うん、ウルトラマンポインツ120ゥゥ!』
「…………」
やっぱやめた。
鷲尾家で朝食を食べ終わった頃、大赦から翼の携帯に昨日の一件に関するメールが入った。
翼は鷲尾家の人たちに今回の一件のことを丁寧にお礼を言うと、その足でそのまま大赦へ。上司である安芸の元へと向かう。
「簡潔に聞きます」
大赦の服に身を包んだ二人が翼の職場でもある書庫で向かい合う。
「あなたは昨日鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の三名──勇者たちが光の巨人、闇の異形と戦う現場に居合わせましたね?」
「…………」
「沈黙は肯定と捉えます」
安芸は言葉を続ける。
「あなたは昨日は私と会った時業務を切り上げて帰りましたね」
「……すみません」
「いえそれを責めるつもりはありません。昨日のあなたは誰がどう見ても様子がおかしかった。それが体調不良による影響と考えれば、納得できるものもあります」
なにおう! と騒ぎ出したチェレーザを押し込めつつ、翼はバレないように内心胸を撫で下ろした。
一番心配していた昨日のチェレーザとの入れ替わりを落ち着けてくれるならば、まだこの宇宙人との付き合いも考えていける。
「ですが」
だが、そんな翼の安堵を打ち消すように安芸が平坦な声音で質問を重ねる。
「昨日光の巨人が戦闘を行った場所は、あなたの家からは正反対の位置にあります。加えて言えば、光の巨人が現れた時点で避難勧告が出ていたたはずです」
「ーーー」
「あなたは大赦の立場にありながら虚偽の報告を行い、更には避難勧告にも応じなかった。何故ですか?」
(やばい……!)
背筋を汗が流れた。
これは答え方次第によっては、今まで築いてきた信頼はおろか、下手すれば大赦という組織からも追い出されかねない。
大赦は厳格な組織である。
全ては世界のために本人の意思を廃し、隠し、神樹様へと奉仕する。
そこに、個人の感情で揺れ動くような不確定な駒はいらない。噛み合わない歯車はシステムを回すのに邪魔でしかなく、ただ当たり前のように排斥されるだけだ。
『こいつは実は大赦としての仕事を果たせない』
そう判断された時、おそらく翼は大赦を辞めなければならなくなる。
それはイコールで、『鷲尾須美』の『お役目』について知る機会を失う事になる。
(それは、駄目だ)
感情を表に出さないように努めながら、翼が拳を握る。
(駄目だ……だけどなんて言えばいい。鷲尾さんと違って頭下げて許してもらえる相手じゃない)
どうする、どうする、と自問する最中、心の中でやかましい声が聞こえてきた。
(少年、困っているようだな)
(うるさい黙ってろ)
(こ、こいつ……! 私がこの窮地に手を貸してやろうというのに!)
(お前が? オレを?)
(困っているのだろう? この私に任せておけ、ウルトラマンにこのような『そういえばお前いなかったけどなにしてたの?』というような事態はつきものだ。この私の百戦錬磨の手管を用いて乗り切ってやろぉう!)
(そんなの、信じられるかよ)
(では何かいい案でもあるのかね?)
(それは……)
(今は私が君で、君は私だ。君の問題は私の問題にも直結するのだ。少しは信じたまえ)
(……わかった。じゃあ、任せる。変なこと言うなよ)
(お前の声が我を呼ぶ!)
表と裏が、切り替わる。
チェレーザがかっと目を見開いた。
「安芸さん、説明をさせてください」
びし、と翼が指を立てた。
「昨日私は体調が優れず家に帰っていました。そう、ちゃんと帰っていた! 虚偽の報告などなかった! 一刻も早く家に帰り体調を整えて明日の業務に励もう! そう、思っていました……」
翼が目を遠くにやって、歌舞伎役者の如くよよ、と体を崩れさせる。
「だがその時! 天から降り立つ光の巨人!
それを見た時に私の心は震え立ちました! あの巨人が暴れると多くの人が涙を流すだろうと! それは許されないと! 故に私はを助けに行ってしまった!
自分の身の安全よりも大切にしなければならないものがあったからです!」
そこまで話すと、ふう、と一息。
「ですが、助けようと走り出した時運悪く少女たちの姿を目にして足が止まってしまい、巨人の攻撃の余波で吹き飛んでしまったのです。
私は無力だ。それに人を助けるためとはいえ結果として規律を破ってしまった。罰せられて当然の男です……」
静かに翼が目元を抑えた。
別に涙は出ていない。演出だ。
「ですが私にも人を守ろうとする意思が」
「紅くん」
「故に──」
「紅くん、説明はもう結構です」
「アッハイ」
すごすごとチェレーザが心の中に帰ってくる。
(…………完璧だったな!)
(脳味噌お花畑か?)
どう見てもグダグダだった。
(ああくそ、こんなので誤魔化せたわけ……)
「わかりました、昨日の説明については結構です。次はあなたが報告書を書いていた太平風土記の件ですが──」
(誤魔化せたァ?!)
(嘘だー!? よっしゃー! ほらみろ! 私に感謝しろぉ!)
(お前もちょっとびっくりしてるじゃんかよ!)
「紅くん?」
「あ、はい、すみません」
取り敢えずチェレーザのおかげでなんとか急場を凌げた翼。
そんな翼に安芸は淡々説明を続けていく。
「昨日あなたが見つけたというこの本……『太平風土記』。確か、いつの間にか机の上にあったと言うことでしたね」
「はい。本棚の整理をしていたらいつの間にかあって、どこからか落ちたのかな、とも思ったんですがどうもそうではないっぽいんですよね。安芸さんもご存知ない、ですよね」
「ええ、私も初めて見るものです」
「ううむ、謎は深まるばかり……」
「確かにこの本は不可解なところも多いですが、わかったこともあります。
大赦の中央の古いデータベースを調べた時に、これと同じタイトルの書物についての情報が載っていました」
「ーーー!」
「けれど…………」
安芸が、言いかけて言葉を濁す。
「安芸さん?」
まるで、本当に翼にこれを伝えていいのか迷うように。
けれど、やがて、覚悟を決めたように強い瞳で翼を見据えた。その瞳に、もう迷いはない。
「太平風土記は────」
そして、その本の真実を、翼に伝えた。
話が終わると安芸は太平風土記を翼に預けて、今の職場である神樹館へと向かった。
太平風土記はしばらく翼のもとに預けられることとなった。
もとよりどこにあったかも不明のものであるし、何より使われている文字が古く今の大赦でも解読ができるのは安芸など一部の人間しかいない。
それならばなるべく手が空いていて、この本を見つけた翼のもとにあった方が都合がいいと判断されたのだそうだ。
それに伴い、今まで秘されていたいくつかの情報も翼に開示された。
四国の外からやってくる未知の敵バーテックス。
そしてそれと戦うために神樹に選ばれた
翼の知りたかった多くの秘密が明かされた。それは彼の念願であり、最低限の信頼を勝ち取れた証として喜んでいいものだった。
けれど、それよりも、深く心に残ったものはあった。
「……安芸さんの言ったこと、でも、ほんとに……けど神樹様の……」
『なーにを、ブツブツ一人で言っとるのか』
「チェレーザ」
『いいかね、ウルトラマンは悩まない! へこたれない! しょーもないことをずーっと引きずってるようでは本物ではなーい! なので失格! 君はウルトラマン失格!』
ぎゃーすかと騒ぎ出すチェレーザに翼がため息をつきつつ、パソコンの電源を入れた。ぶぅんと低い音を立てて起動する少しの待ち時間の間に、ふと翼が一つのことを思い出す。
「てか、聞くタイミング逃してたけど、チェレーザ、お前オレの身体勝手に使っただろ」
『む?』
「朝鷲尾さんが言ってた、オレがいなくなってた云々って、お前が原因しか考えられないんだよ」
ーーーーー
「怪我はしてないのにずっと起きないし、お医者様はただの疲労だって言われたけど、それでも脳に異常があるんじゃないかって、かと思えばいきなり部屋を抜け出してどこかに行ってしまうし、探し回った挙句部屋にまた戻ってみたら何食わぬ顔で寝てるし……」
「え? 部屋を抜け出した? オレが?」
「とぼけても無駄ですよ。朝来た時寝床にいなくて屋敷中大騒ぎで……そんな怪我でどこに行ってたんですか?」
「いやいやいやいや、記憶ないって! ほんとに? オレが?」
ーーーーー
翼は昨日倒れてから朝目覚めるまでの記憶はない。
けれど、須美は勝手に翼が出歩いたのだという。
ならばその答えは一つしかあるまい。
「お前がオレの体を勝手に動かして何処かに行った。そして、気付かれないうちに帰ってこようとして失敗した……違うか?」
『バレては仕方ないな。朝運良く少年の体を動かせそうだったからな。まあ、あの少女にバレてしまったのは誤算だったな』
「……そういうの、気を付けてくれよ」
『うん? 身体を勝手に使ったことか? それはそもそもだね、君が私のウルトラマンとしての──』
「違う。そっちじゃない」
チェレーザの言葉を遮るように、翼がかぶりを振った。
「オレが言いたいのは鷲尾さんを心配させたことだ」
翼が起き上がったパソコンにパスワードを打ち込みながら、静かに続けた。
「そういうの、ほんとにやめてくれ」
それだけを言って翼は黙り込んだ。チェレーザに答えは求めていないようだった。
そんな彼に感じ入ったものがあったのか、チェレーザもまたそれ以上何も言わなかった。
宇宙人といえど男同士通じ合うものがあったのかもしれない。
(こいつめっちゃあの少女のこと好きだな。さてはロリコンか?)
気のせいだった。特に通じ合っていなかった。
時間は過ぎる。
頭によぎる嫌な考えたちを押し除けるように一心不乱に目の前の仕事を片付ける。
けれど、どうしても集中しきれない。
しばらく無言で両の手をキーボードの上で踊らせていたが、同じミスが七つほど重なったタイミングで、翼が根負けしたようにがチェレーザの名を呼んだ。
「チェレーザ」
『うん?』
「夢じゃないん、だよな」
『少年がさっきから勇者鷲尾須美を勇者マジお墨! と打ち間違えてめっちゃ勇者を推している人みたいになっていることなら夢じゃないぞ』
「いやそうじゃなくて!』
『それとも、私たちが気付いたら巨大な怪獣になっていたこと、か?』
「……やっぱ、そっか』
ウルトラマンが『スペシウム光線』を撃った時、確かに翼は爆発に巻き込まれていた。
それは普通の人間であれば絶対に死んでいたようなものであったが、何故か彼が次気づいた時には街中で『闇の怪獣』として立っていた。
何故そうなったかも、どうやって必殺の光線から逃れられたかもわからない。
あの時は目の前の鷲尾須美を助けることに必死でとてもそんなことを考えている余裕はなかったが、少し落ち着いた今ならばいくつか首を傾げるところも出てくる。
「一応聞くけど、お前の能力じゃないんだよな?」
『当然だ。私はあのような巨大になる力など持っていない』
「やっぱそうか」
どうやらチェレーザ由来の力ではなかったらしい。なんとなく違うだろうとは感じていたものの、否定されてしまうとどことなく当てが外れた気分になる。
『では逆に聞くが少年、あの力、君のものだということはないかね?』
「は? オレの?」
何を言ってんだ、という感情があからさまに声音に宿る。
『あれは私由来の力ではない。それは断言できる。ならば、君の力だと考えるのが妥当な流れだろう』
「いやオレ普通の日本人なんだけど……」
『はーーーーーーーー、底抜けの阿呆かね、君は』
「めっちゃ深いため息つかれた」
『あのね、少年。自分の異常さがよくわかってないみたいだから教えてあげるけど、『普通の日本人』が、私の支配に耐えられるはずなんかないだろう』
「え?」
チェレーザは『精神寄生体』である。
その本体は意思持つ黒い霧であり、生まれた時から肉の体など持ってない。
故に、彼らは肉体を持つ別の生命に寄生し、体を奪って己のものへと変える。
それは基本、本人の抵抗など無視して、容赦なくその体を奪い取る。
けれど、『クレナイ・タスク』は違った。
『私に体を奪わせないで? 挙げ句の果てには私を体の奥に押し込める? はっきり言おう、君は『異常』だぞ』
「…………けど」
『あーはいはいはい、わかってるわかってる。君が何も知らないのはよーーーくわかってる。だからね、私は一つの推論を立てたわけだ』
「推論?」
『少年はウルトラマンがスペシウム光線を撃った時、砕けた祠からアイテムが転がり出てきたのを覚えているか?』
「ああ、なんかチェレーザがぎゃいぎゃい騒いでたやつ……」
『覚えてるなら上等だ。アレはな、使用者をウルトラマンへと変える変身アイテムなのだ』
「ーーー?!」
『ふっふっふ、驚いてるな。アレは遥か遠い宇宙で私が心血を注いで作り上げたありがたーーーいアイテムなのだが……まあ、ひとまずそれはいいだろう』
「肝心なのはアレがここにあるということだ」とチェレーザは続ける。
『アレは私が手を伸ばそうとするとどこかに消えてしまった。なぜか? 答えは一つだ、私より前に選ばれた使用者がいたのだ』
いなかったら私が選ばれてないはずがないからな、とチェレーザが続ける。
「えと、つまり、チェレーザはオレがその使用者で……ウルトラマンになれるって、そう思ってるってこと?』
『あ、いやそれは違う違う』
「違うのかよ!」
『いいかね? 君はあくまでも使用者! ウルトラマンになるのは私。わかるかね? 君と言う人間の体で私の力を解放する。オーケー?!』
「いやわかんねえけど……」
にわかに信じがたい話だ。
ただでさえ眉を潜めてしまうような『ウルトラマンに変わる』アイテム。しかもそれを使えるのがクレナイ・タスクであると言う。
翼としては、もう少し信じる根拠が欲しいところだ。
『根拠ぉ? そんなもの今あげたのの他に何がいると言うんだ、全く。
はーやれやれ、ならば、とっておきのを出してやろう』
チェレーザがキリッとと完璧なキメ顔(心の中のことなので本当にしたかはわからないのだが翼はそんな雰囲気を感じ取った)で、言い放つ。
『君が、このウルトラマンとなるべき私とーーー融合した少年だからだ』
「…………」
『シナリオの流れ的に間違いない。うぅん! 新番組! 『ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ』が始まる予感をひしひしと感じるぞう!』
「…………」
『こらっ! なんとか言えっ!』
「何言えってんだよ……」
白けた目をしている翼に、チェレーザが心の中から蹴りを入れる。
『ほら、取り敢えず私の言うことを信じなさいっての! ほら、変身ポーズして、アイテム呼び出して! はいはいはい、少年の! ちょっといいとこ見てみたい!』
「はぁ? 呼び出すって、何を?」
『いいかぁ?! ウルトラマンってのはな、いざって時、遠くにあるアイテムを自分の意思で呼び出すものなんだぞう! だから、君もできて然るべき! はい、じゃあ私の名乗りに続けて〜〜〜!』
「いや、待てって! オレはそんなの欲しくなんか……」
『本当に? さっきの太平風土記の一件を考えれば、そんなはずないと思うが』
「──っ」
『ウルトラマンはこれからもきっと来るぞ。その度にあの勇者たちは戦いに行くことだろう。見たところ、君にできることはなさそうだが。
……さて、
あの巨大な光に、鷲尾須美たちが戦いを挑むのが許せるのか。
ただでさえ昨日の戦いは壊滅仕掛けだったのに、自分は何もしなくていいのか。
あの訳もわからずなった『闇の怪獣』ではない、悉くを打ち倒す『力』が欲しくないのか、そう、チェレーザは問いかけていた。
そんなの、答えは決まっていた。
「…………わかった。どうすればいいか教えてくれ」
チェレーザが笑った。
『ようし! では私の後に続くんだ! 決め台詞と共に! アイテムを自分の手元に呼び寄せろぉう!』
「お、おう」
『俺色に染め上げろ! ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ! はい、セイ!」
「お、俺色に染め上げろ、ウルトラマンオーブ……オーブ……オダブツー」
『やる気あるのか君は!』
「いや長すぎんだよ! 覚えられるわけねえだろ!」
『そんな泣き言を言っていいのか! その顔はなんだ! その涙はなんだ! その涙でこの地球が守れるのか!』
「別に一ミリも泣いてねえよッ?!」
『ウルトラマンはね、いきなりの初変身でも完璧に決め台詞を言って見せなきゃならんのだよ? 練習させて貰ってるだけありがたいってもんだろう?』
「だからなんの話だよ……」
チェレーザと翼が「いいかね、ウルトラマン、オーブ、ダーク、ノワール、ブラック、シュバルツ」「オダブツ?」「シュバルツ!」というしょうもないやりとりをやりつつ、気を取り直して2回目へ。
『いくぞ少年! 声を合わせろ!』
「ああ! 行こうチェレーザ!」
「『 おれ色に染め上げろ! ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ! 』」
二人の声が重なる。
重なる声は想いを束ねて、彼方へと力を繋げていく──!
そして、特に何も起こらなかった。
「…………」
『…………』
一分経ち、二分経ち、三分たった。
もちろんその間キレキレのポーズを決めたままの翼のもとにアイテムが来ることはなかった。
「来ないんですけど」
『そ、そんなはずは……ええい! もう一回だ! 声を合わせろぉ! 行くぞぉ!』
「え、いやちょ──」
『せーの、さんはい!』
「お、オレ色に染め上げろ! オ──」
「あの、『太平風土記』のある書庫ってここで──」
「ーーーーぶぅ…………」
「え、く、紅さん?!」
「わ、鷲尾さんなんでここに……」
「あ、あの、安芸先生からここに行けば次の敵のことについて教えてもらえるって聞いたんですけど……」
書庫の扉に手をかけて中に入ろうとしていた須美が、キレッキレのポーズを決めている翼を見てそっと目を逸らす。
「お邪魔だったみたいですね。すみません、私、何も見てませんから」
「待って! その優しさ発揮させるの待って!」
「ねえねえ、わっしー何が見えたの〜?」
「聞かないでそのっち。私はあの人の尊厳を守ってあげたい」
「須美が果てしなく遠い目をしてんな……」
「ちょ、説明させてくれぇ!」
(はーあ、何をしとるんだね、君は)
(この一件だいたいお前のせいだろ!)
「紅くん、きちんと上手くやってくれたかしら」
安芸は勇者たち三人の向かった書庫へと思いを馳せる。
紅翼は安芸直属の部下であり、やや愚直なところはあるものの、勤勉な態度から非常に好感を持っていた。
問題は鷲尾須美と少々距離が近すぎることだが、弁えるところは弁えているはずだ。
「流石に仮面を外したりはしないでしょうしね」
絶賛仮面を外してキレキレのポーズをしているところを見られているなんて知る由もない安芸は、翼が訳した『太平風土記』の写しへと目を向ける。
そして、彼にこの本の真実を伝えたときのことを、思い起こす。
ーーーーー
「太平風土記はただの古文書などではありません。遡れば『大赦』ができた当時、巫女でもあった上里家の当主様が書かれた由緒正しいものようです」
「そんなものがなぜこの書庫なんかに?」
「理由はわかりませんが、
「どういう……?」
対面で首を傾げる翼に、安芸が太平風土記を開いて差し出した。
「あなたなら読めるわね?」
「は、はい。でも、これが何か?」
「昨日のあなたなら気づかなかったことも、今なら察せるものがあるんじゃないかしら?」
「え?」
言われて、もう一度文に目を通して、再びゆっくりと訳していく。
ーーーー
ーーーー
そして、全てを読み終わったとき、言葉を失った。
「これ、まさか……」
銀河の星、光の戦士。
死した三人の勇者。
そして、闇の魔人。
翼の胸が早鐘を打つ。
チェレーザは、昨日降り立ったウルトラマンを『輝く銀河の星、光の戦士』と呼んだ。
ウルトラマンは、鷲尾須美たち三人の勇者と戦った。
そして、『黒き怪獣』は『光の戦士』と相対した。
わかったようね、と安芸が小さく頷いた。
「この古文書は神世紀の初めに、298年後の未来を見通した神樹の巫女によって書かれた
神には神通力によって未来を見通す力がある。
それは国津神由来の神の集合体である神樹もまた持ち合わせている能力である。
そして、神樹に選ばれた巫女はその未来を限定的にではあるが聞き取る力を与えられている。
ならば、巫女だったという上里家の先祖ならば、このような予言も書けるのかもしれない。
太平風土記。
それは今、光もたらす巨人によって、勇者が、大赦が、人類が遍く滅ぼされるという絶滅の予言を記していた。
『太平風土記』
数多の地球に散見される『怪獣について記した』古文書。
ウルトラマンオーブの世界においては過去の預言者が見通した未来の出来事を記した本である。
解読にはそれなりの知識を要するが、ネット上で公開、翻訳されているものも多い。
この地球においては大赦の巫女である上里家の人物によって記されたとされている。
『ウルトラマン』
始まりの光の巨人。
M78星雲光の星の勇士『ウルトラ兄弟』最強のウルトラマン。
彼の撃つ必殺光線『スペシウム光線』は全てのウルトラマンの基本となる技ではあるものの、彼はこれを必殺技と言えるレベルにまで磨き上げている。
その実力は全ての宇宙でもトップクラス。
始まりの名前は、伊達ではない。