「我が名はウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ!」「はいはいオダブツオダブツ」「勝手に省略することは許さん!」   作:世嗣

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「お前が怪獣にしかなれないのは、お前の中の魔性がそうさせるのさ」
   バクバーバ(ウルトラマンR/B 前日譚『青い瞳の少女は灰色を名乗った』)


3

 

 

 

 翼が担当している書庫の管理はもともと安芸が担当する業務の一つだった。

 安芸は未だ若いながらも大赦で重要な位置についており、その分年々仕事は増えていた。

 そんな仲彼女に『次世代の勇者の監督者として神樹館に教師として赴くこと』という任務が言い渡された。

 これは彼女の年齢から見れば破格の任務であり、イコールで大赦からの彼女への信頼と期待の証だった。

 

 けれど、そうなると少し困ったことが出てくる。

 

 今まで安芸がやっていた仕事だ。

 

 小学校に教師として通うことになればその分業務は加速度的に増える。小学教員の勤務時間は優に10時間を超える。大赦のバックアップが多少なりともあるとはいえ、

 とてもではないが今まで行っていた業務を全てこなすのは不可能だろう。

 

 ならば安芸が小学校に行くまでに誰かにある程度引き継ぎを行わなければならないな、となって。

 たまたま最近入って神樹への熱い想いを語っていて、上層部からの覚えの良かった翼に仕事が割り振られて。

 

 安芸と紅翼は上司と部下という関係になって、彼女の仕事のノウハウをビシバシ叩き込まれたのだった。

 

 そういう訳で、安芸には及ばないまでも、それに近いことができる翼に、別件で手が離せない「勇者たちと次の戦闘の対策を立てなさい」という指示が出されたのは自然とも言えた。

 

 つまり、彼は安芸の穴埋めであると同時に、サポート要員でもあるということ。

 

「では勇者様方、安芸さまに変わり今回は私がサポートさせて戴きます」

 

「わあ、メール見た途端流れるような仕草で仮面つけたよ」

 

「アタシ達おにーさんの顔見ちゃったんすけど」

 

「いえ、それは幻覚ですね」

 

「あー、そっかぁ、幻覚かぁ……って、なるか! なんならニコニコ笑顔でジュースまで出されましたよ!」

 

「それも幻覚ですね」

 

「雑! 誤魔化し方が雑!」

 

「ジュースおいしいね、わっしー」

 

「え、あ、そうね」

 

 勇者達三人を適当に書庫の中にある椅子に座らせると、長机の上にジュースとお菓子を出して、自身も引っ張ってきた椅子に腰掛ける。

 今の翼は大赦の白と緑を基調とした装束に身を包み、顔には神樹を表す絵が描かれたのっぺりとした仮面がつけられている。

 須美も知る大赦の神官たちの服装だ。

 何も初めて見る服ではないが、知った声が無機質な仮面の向こうから声をかけてくるのは、どうにも落ち着かない。

 

「紅さん、あの、仮面、つけたままなんですか?」

 

「ノー、みも……鷲尾様、今のオレは大赦の神官なので。あと、紅さんも無しで」

 

「今更じゃないですか」

 

「規則なので。守らないと安芸さんに怒られてしまう」

 

「そんなイタズラがバレる小学生みたいなこと……」

 

 呆れたような須美の横で、ひょっこりと『三ノ輪銀』が顔を覗かせる。

 

「でもそれって結局アタシ達が告げ口しなかったら済む問題なんじゃないんですか?」

 

「いやでもな……」

 

「別に誤魔化しときゃいいじゃないですか。ばっちり仮面つけて話しましたーって」

 

「もう銀、嘘をつくよう唆さないの」

 

「須美さん、そうお固いこと言いなさんなって、さっきからおにーさんが仮面つけてるのが気に入らないのバレバレだから」

 

「なっ──」

 

「ほらほら、須美だって目ぇ見て話さないと落ち着かないって言ってますよ」

 

「べ、別に言ってないわよ!」

 

 隣で「銀!」「わかってるわかってる」「わかってない!」と言い合っているのを、「二人とも仲良しだねえ」とのんびりした調子でジュースを飲んでいた『乃木園子』が口を開く。

 

「あのー、わっしーにぞっこんのヒモさん〜」

 

「…………え? それオレのこと? あんまりにもなワードに脳内の理解が追いつかなかったんだけど」

 

「うん、そうだよ〜」

 

「いやオレは鷲尾さんにただ朝飯を毎日作って部屋の掃除とかをして貰ってるだけの……いや冷静に考えるとそれだけでもかなりやべー奴だな」

 

 てかなんでこの子たちもそのこと知ってんのよ、と翼が頭を抱えるのを見ながら、園子はほわほわと蝶々が止まりそうな柔らかい声音で言葉を繋いでいく。

 

「仮面つけるのがルールっていうのはわかってるけど、私たちに礼を尽くすって言うなら私たちが話しやすい方に合わせてくれた方が嬉しいな」

 

「む……」

 

「ルールは大事だけど、それはみんなが上手く動くためで、逆に融通が効かなくて、動きにくくなっちゃったら意味ないんじゃないかな〜」

 

「──へぇ」

 

 仮面の向こうで、感心したように翼が声を漏らした。

 

「アリさんは、ルールの中で動いてるよね〜。凄いよね〜、かっこいいよね〜」

 

「うん、そうだね」

 

「だよね〜」

 

「…………え? 話終わり? ルールの話とかに繋がるんじゃないの?」

 

「サンチョのお友だちを買うのはね、ひと月に一個って決めとくと長く楽しめるのと一緒なんだよ〜」

 

「ごめんサンチョって何?」

 

 園子の独特なテンポに押されながら、翼が根負けしたように仮面を外して、軽く息を漏らした。

 おおっ、と銀と園子が湧き立つ。

 

「おおー、外した」

 

「君たちの方が筋が通ったこと言ってますから。

 あ、でも、自己紹介とかは、プライベートで会う機会があればで。これ、あくまでも仕事だし、そこんとこは勘弁ね」

 

「ええ〜」

 

「紅さん呼びくらいは譲歩するから許してくれたまえよ。鷲尾さんも、いい?」

 

「……あまりお仕事の邪魔をするのも本意じゃありませんから。こちらこそ我が儘を言ったようでごめんなさい」

 

「いやいや、こっちこそ悪かった。次からは気をつけるよ」

 

 三人の勇者と一人の少年は改めて顔を合わせて話を再開する。

 

「さて、勇者様方が聞きたいのは次の戦いの参考になりそうなこと、どういう認識で良かったですか?」

 

「はい、安芸先生がもしかしたら次の戦いの参考になるかもしれないから聞きに行っておきなさい、と」

 

「うんうん、そこら辺はメールで頼まれた通りですね」

 

 頷きながら翼は思考を巡らせる。

 

 今、未来の予言書たる太平風土記の管理を任されてるのは翼だ。

 つまり、この安芸の指示は『勇者に太平風土記について教えろ』という意味になるのだろう。

 

(太平風土記に書いてあるのは巨人についての文言だけだ。悪いけどオレにはこれが勇者たちの打開の手立てになるとは思えない。

 けど、わざわざ安芸さんがオレに仕事を振ったってことは、上からの通達と……敵の分析、そして対策を類似のデータベースから探せってこと、かな。たぶん)

 

 もちろん翼の提案がそのまま素通りすることはないだろうが、勇者たちや安芸の思考の叩き台くらいにはなるはずだ。

 

(それに太平風土記の予言は……)

 

 思考を整理し終わると、とんとん、とこめかみを叩く。

 

「んじゃまあ、オレの手元にある情報から」

 

 翼はデスクのノートパソコンを三人が見えるように置くと、昨日の光の巨人と勇者たちとの戦闘の一シーンを再生する。

 

「おっ、アタシ達だ! しかも勇者服の!」

 

「ミノさんの武器はかっこいいよね。ぐおーっと回って、ぶわーっと燃えるやつ」

 

「こんなのいつの間に?」

 

「大赦ですから。少しお願いすれば街中の監視カメラの映像くらいは持ってこれます」

 

「へえ〜、迷子の犬とか探すときに便利そうだねぇ」

 

「もう、そのっち真面目な話をしてるのよ」

 

 とんとん、と翼がこめかみを指で叩きながら巨人への所感を話し始める。

 

「オレが見るにあの巨人の脅威は大きく二つです」

 

「あ、アタシあんま賢い方じゃないから簡単に言ってくれると助かるなー、とか」

 

「じゃあ簡単に。

 一つ、体がデカい。

 二つ、攻撃が強い。

 以上です」

 

「シンプル! わっかりやすい!」

 

 ウルトラマンの身長は40m。

 鷲尾須美の身長は1.51mであるところを考えると、その身長差は約二十五倍。

 もちろんそれだけの身長差があるということは、純粋に力の差にも出てくる。

 須美達は武器を構えそれを満身の力を込めて振るわなければならないが、対してウルトラマンは脚を下ろすだけで人間を殺すことができる。

 勇者達が神の力によって多少は耐久なども上がってるとはいえ、巨人からの圧力にどれだけ耐えられるかは、あまり試したくない。

 

 それに幾度か見せた『スペシウム光線』や『八つ裂き光輪』のみならず、牽制のような光弾ですらまともに受ければただでは済むまい。

 

「聞けば聞くほど勝ち目が薄いように見えますね……」

 

 翼と軽く敵の情報のすり合わせをしていると、次第に須美が表情を曇らせていく。

 そんな須美の背中を、励ますように銀が叩くとにっかりと笑って見せた。

 

「心配すんなって! 勇者は気合と根性! この三ノ輪銀様がばっちり追い返してやるって!」

 

「銀……」

 

「うんうん、今度は黒いモヤモヤさんがいなくてもあのおっきい人、追い返せるように頑張ろう!」

 

「そうそう! 須美の援護、頼りにしてるんだから頼むぜ?」

 

 頼り甲斐のある笑顔の銀。

 ほんわかと安らぐ笑みの園子。

 そんな二人の笑顔に須美の強張っていた表情もいくらか和らいでいく。

 

 そして、今挙げられた問題や映像を見ながら、三人で対策を話し合い始めた。

 

 そこからは彼女たちがいかに心を許し合っているかがふとした態度や話し方で伝わってくる。

 翼も適宜補足やアドバイスを送りながらも、頭は別のことでいっぱいだった。

 

(やっぱり、いい友達ができたんだな)

 

 昔から頭が固くてあまり人と親しくしてなかった彼女に本当にいい友達ができたんだな、と彼はかなりじーんとした。

 

 彼もそんな彼女を勇気付けたくて、ほんの少し大赦の職員の範疇を飛び越えて、励ましの言葉をかけた。

 が、それが良くなかった。

 

「鷲尾様達ならちゃんとウルトラマンにも勝てますよ」

 

 薄い笑みを添えて、励ますようにそう言った時、こてんと園子が首を傾げた。

 

「ウルトラマン?」

 

「ウルトラマンって、なんですか?」

 

「あ、えーと、それは太平風土記に……」

 

「太平風土記って、安芸先生が言ってた?」

 

 じーんとしていたせいか、話すつもりがなかったところまでうっかりこぼしてしまう。

 本来『ウルトラマン』という単語はチェレーザだけが知るものであり、この地球には存在しない言葉だ。

 もちろん誤魔化そうと思えばいくらでもごまかせたのだが、翼はよりにもよって『太平風土記』の名前を出してしまう。

 

「そういえば、『太平風土記』って紅さんがお持ちなんですよね? それって私たちに見せてもらう事ってできないんですか?」

 

「え、それは、見せられる、けど……」

 

 しまった、と思ってももう遅い。

 流れが変わってしまった。

 

(ミス、った……!)

 

 嘘をつきなれてないが故の失態。

『今オレは隠し事をしてます、ごめん』と、須美に頭を下げるような翼だからやらかしたポカ。

 

 翼はこの場で三人に『太平風土記』を見せるつもりはなかった。

 何故なら、それはまだ年端もいかない少女に見せていいものだと思えなかったから。

 

 故に、最初に彼女たちの戦う姿を見せた。

 上手くいけばそのまま太平風土記に触れないまま乗り切れるかもしれないと思っていたから。

 

 だが、彼女達自身が見たいと言って仕舞えばもう止められない。

 

 安芸から『太平風土記』の名前が出ている以上、勇者に予言を教えることは大赦の上層部の意思と言ってもいいだろう。

 それは暗に『勇者に危機感を持たせろ』という達しであることも、見えている。

 

(でも、オレは)

 

 ちらりと、翼は不思議そうにこちらを見ている須美を見る。

 

「ーーー?」

 

 思考を巡らせる。

 そして、先ほど『ウルトラマン』のことで表情を曇らせていた須美の表情を思い起こして、彼は一つの苦し紛れの結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、チェレーザ、ほんとにこの辺りなのか?」

 

『なんだ、私を疑うのかね?』

 

「別に嘘ついてるとは思わないけどさ……」

 

『ならばせかせか探せぇい!』

 

「……ったく、鷲尾さん達との話の時もやかましく話し続けてたから来てやったってのに、なんでそんなに偉そうなんだよ」

 

 仕事が終わり日も傾きかけた頃、翼はチェレーザに言われるがまま、昨日ウルトラマンが現れた裏山へと足を運んでいた。

 

「やっぱ無いんだけど」

 

『むう、呼ばれても現れないということはここら辺に転がってるかもとは思っていたんだが……』

 

「てか今朝オレの体で探しにきたんだろ?」

 

『その時は祠の方を調べるのがせいぜいだったのだ』

 

「祠……ああ、あの壊れちゃったやつ」

 

 結局チェレーザの言うアイテムとやらは見つからなかった。

 凝り固まった腰を軽く叩いた翼は、荷物を背負って山を降りて歩き出す。

 

「変な祠だったよな」

 

 扉があったため何かを保管しているかもしれないとは考えていた。けれど、見た限り誰かが定期的に管理している様子もなかったし、一度大赦で調べてみたこともあるが、データベースにも何も載っていなかった。

 チェレーザもそこらからは特に何もわからなかったようだし、とことん謎が多い。

 

「それが蓋を開けてみればウルトラマンになれるアイテム、か」

 

『ふ、言うなれば扉を開けてみれば……とでも言うべきか。

 ! いい句を思いついた! 今から言うから記録しておくんだ少年!』

 

「あー、腰いてー」

 

『こらっ、無視するな!』

 

 歩きにくい半ば獣道のようになった山道を歩く。

 

『そう言えば、だが』

 

「うん?」

 

『結局あの娘たちには予言のことを教えなくてよかったのかね?』

 

「……別に教えなかった訳じゃない。いくつか単語を伏せただけだ」

 

『詭弁だな。少年の上司が一番教えて欲しかったところは伏せた部分だったろうに』

 

「じゃあ正直に言えって? 『君たち三人の勇者はは死にます。巨人が勝ちます。四国も滅びます。それでおしまいです』って」

 

 出来るわけがないだろ、と吐き捨てるように溢した。

 

 結論から言うと、翼は須美達に予言のことを教えた。

 けれどそれはほんの一部だった。

 

 光の巨人がやってくること。

 勇者三人がそれと戦うこと。

 闇の魔人とやらが現れること。

 

 それだけだ。勇者の死も、世界の滅亡にも触れていないし、上のことすらも深く解説しなかった。

 

 ギリギリだ。安芸の指示を聞きつつ、勇者達に絶望を与えすぎない限界を見極めて話した。

 

『勇者の精神状態に悪影響が出かねない情報を与えるべきでない』、そう言えばなんとか説明はつくかもしれないという建前をつけた、私情も大いに混じった判断。

 

『……はー、君のようなのがいると組織の運営は本当に厄介だとしみじみ思うな』

 

「しみじみとか言いながら心に響き渡るようなデカい声で話すな。なんだって言うんだ、まったくさ」

 

『ぶぅぇっつにぃー? ただなんで別に入りたくもなさそうな大赦とかいう組織に入ってるのかはなかなかに疑問ではあるな。金がなかったというわけでもあるまい?』

 

「そんなの大赦の一員となって世界を守る神樹様に奉仕したいからに決まってるだろ」

 

『うすっぺらー』

 

「こいつマジ腹立つな」

 

『だって、少年、大赦なんてどうでもいいだろう?』

 

「そんなこと、ねえよ」

 

『じゃあ、なんで私のことを大赦へと報告しなかった』

 

「──ッ、それは」

 

『まあ私にとっては好都合だからどうでもいいが、それで大赦に忠誠心がありますは嘘だろ〜』

 

「……るせえ」

 

 勝手に体に入ってきて出ていこうとする気配もない。厄介な同居人だった。

 山を降りた翼は、近くに停めてあった自転車に跨ると、真っ直ぐ家に帰ろうとペダルに足を乗せ漕ぎ出す。

 だがその途中、ふと思い立ったように家とは反対方向、瀬戸大橋の方へと漕ぎ出した。

 

 瀬戸大橋。

 それは翼が教えられた本来の勇者とバーテックスの主戦場。今までも幾度か勇者たちが敵と戦ったのだという。

 本来は神樹の力で樹海化しているため一般人である翼たちはその目で見る術はないが、四国の防衛線とも言える砦なのだ。

 

 今では四国の外につながる橋を渡ることはできず、吊るされた無数の鈴鳴子と、大赦に認められた名家の名が刻まれた石碑があるだけの場所である。

 

 刻まれた名前は、『乃木』、『三ノ輪』、そして『鷲尾』。

 

 それを、翼はじっと見つめる。

 

「ずっとオレたちは守られていた」

 

 まだ年端もいかない少女が命を賭して世界を守っている。神樹に奉仕している。

 同級生たちが親に甘えている間も、当たり前のように遊んでいる間も、勇者たちは訓練を重ねて、傷を負って戦い続けていた。

 

 その事実が翼の心を揺らす。

 本当はずっと胸の奥にしまっていて、誰にも言おうなんて思わなかった、本音の部分が意図せず覗いてしまう。

 

 誰かに、今の気持ちを話しておきたくなってしまう。

 

「……なんでオレが大赦に入ったのかって、聞いたよな」

 

 心の内で今も自分の話を聞いているであろう相手に、先ほどはごまかした答えを伝える。

 

「オレはさ、『知る』為に大赦に入ったんだ」

 

 二年前、幼馴染みの少女が自分の目の前から去った。

 理由は『いつかあるお役目のため』としか教えてもらえなかった。

 

 悔しかった。

 

 あの小さな背中が背負った重荷を一緒に背負ってあげられないことが、それを見ているしかない自分が。

 

 だから、大赦に入った。

 

「二年、二年だ。二年もあの子の抱えていたものを知ることすらできなかった。

 そして今は……知っても、何もできない自分がいる」

 

 遠くの、大橋の向こうで沈み行く夕日を睨みながら、拳を握る。

 

「力が欲しいかって言われると、わからない。

 オレはただ、あの子を一人にしたくなかっただけだったから」

 

 確かに昨日翼は光の巨人と戦った。

 その時の記憶はおぼろげで、なぜそうなったのかも、どうやったら再びあの力を使えるのかもわからない。

 

 だから、きっと勘違いだったのだ。

 自分はチェレーザの言うような『選ばれた』存在ではなかった。

 

 何もできない。無意味で、無価値が『クレナイ・タスク』の本質だ。

 

「……チェレーザの言うことは、本当は合ってた」

 

 知ってるだけ。見てるだけ。

 本当にやりたいことなど、できもしない。

 

「……オレは、神樹への感謝からではなくて、あの子の力になるために大赦に入ったんだ」

 

 その言葉は他の誰にも聞かれない。この場にいる翼と、その胸の中のチェレーザ以外には。

 

『ふわーあ、ねむ、あ? 話終わった?』

 

「てめぇぇぇぇ! お前から聞いてきたことだろうが!」

 

『いやだって、もう、スケールがね、小さい! もう小さすぎる!』

 

「くそっ! お前なんかにまともに答えたオレが馬鹿だった!」

 

 ゲシっと翼が苛立つように道端の小石を蹴り飛ばす。

 もう二度とこいつにまともに話すのはやめようと心に決めて自転車に足をかける。

 

『何を怒っとるんだね』

 

「うっせえ」

 

『あー、わかったわかった、そう怒るな。まったく、君の持つスケールが一々小さいせいだろうに』

 

「スケールが、小さい?」

 

 チェレーザの言葉にペダルにかけようとしていた足が止まる。

 

『うむ、だってそうだろう。

 少年はあの胸だけおっきい子……鷲尾ォォ、須美? とかいう少女を守るために大赦に入ってる。それで普通の大赦の人間は、神樹とやらを守るために働いてる。

 そんなのね、私に言わせればスケールが小さい!』

 

 陽気な独特のテンポで、チェレーザは続ける。

 

『どーせ、人間なんてウルトラマンになれんのだ。なら夢くらいもっとでっかく持ちたまえ! 小さい夢ばっか見てるようではいつまで経ってもちーいさいしょーもないやつにしかなれんぞう!』

 

 チェレーザはこの地球に詳しいわけではない。

 この世界の本質が見えたわけでも、そのすべてを知った訳でもない。

 けれど、「なんだこいつらやたらと考えてる規模が小さいな」とは思っていた。

 ついでに「ウルトラマンではなくてなんかよくわからん樹が信じられてるのも気に入らんな」と思っていた。

 

 故に、チェレーザはチェレーザらしく、無責任に言い放つ。

 

『少年よ、大地を抱け! 

 地球のようにでっかい心を持つことで、せめて気持ちくらいはウルトラマンに近づけろ、という意味だ! 

 ちっさいなりにやる事やりたまえ! 少年たちが夢を持つことくらいこのウルトラマンである私が守ってやろう!』

 

「……オレの身体に居候してる癖によく言うよ」

 

『そ、それは、時がくれば解決する! これでも私は変身アイテムを一から作り上げたこともある男だ! もう一度設備と金さえあれば……』

 

「はいはい、そーだな」

 

『あっ、本気にしてないな! いいかね──』

 

 翼が言ったことは表沙汰にすれば大赦への翻意の一端である。けれど、チェレーザは余所者で、大して大赦側の事情について考えようとしていない。

 だからこそ、無責任に「お前はもっと欲張りになれ」と言ってしまえる。

「そっちの方がウルトラマンらしいから、自分の宿主ならそうしておけ」と。

 

 チェレーザが言うのは余所者の理屈だ。

 

 だけれども、その理屈は意図的に鷲尾須美のことしか見ようとしていなかった翼にとっては、眼から鱗で。

 そして同時に、その幼子のような理屈は、耳に心地よかった。

 

『む、その態度はなんだね! 人がせーっかくありがたい話をしている最中だと言うのに!』

 

「あ、いや、悪い悪い」

 

 思わず翼が頭をかいた。

 

「ただ、お前と話すのが無駄だって言ったのは、ちょっと撤回しようと思った。それだけだよ」

 

 思わず、このやかましい同居人の言葉に、小さな小さな、あきれ混じりの笑みが溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局変身アイテムは見つからなかった。

 

 そのことにチェレーザはかなりがっかりしつつ、翼は一通り感情の整理を終えて足を軽くしつつ家に帰ろうとして、偶然大橋に足を運んでいた『鷲尾須美』とばったりと顔を合わせる。

 

「紅さん?!」

 

「鷲尾さん、なんでとこに……てか、訓練があるんじゃ」

 

「それが、いつまたお役目になるか分からないから今日のところは体を休めておきなさい、と」

 

「なるほど、それはラッキーだったな」

 

「もう、だからと言って遊んでたわけではないんですよ。勇者システムの細かい改修が入ってその説明で大変だったんですから」

 

「改修? へえ、そんなのがあるのか」

 

「紅さんはご存知なかったんですか?」

 

「生憎オレはそういうハイテクなマシーンはわからないんだ」

 

「電子計算機は使ってるじゃないですか」

 

「でんし……計算……ああ、パソコンのことか。まあそれは安芸さんにしごかれたしな。というかそのくらい横文字使ってくれよ、理解するのに時間がかかる」

 

「私は紅さんと違って欧米に魂を売ってませんから」

 

「オレだって売っちゃいねえよ」

 

 須美の愛国の心はしばしば翼には理解不能なところがある。

 

「あったかいお茶でよかったよな?」

 

「いいんですか?」

 

「仮面のせいで拗ねさせちゃったみたいだし」

 

「もう!」

 

「はっはっはっ、ほれ」

 

「わっわっ」

 

 翼が近くの自販機で買ってきたお茶のペットボトルを放ると、須美がわたわたとそれを受け取った。その隣で片手で自転車を押す傍ら、自分の分のペットボトルを器用に開いた方の手で開ける翼が軽く水を口に含んだ。

 

 歩く二人を追い越すように夕日は沈む。

 地平線の向こうの太陽は姿を隠し、束の間の黄昏は、すぐに夜を連れてやってくる。

 細く伸びた影は、溶け込むように広がる黒に溶けていく。

 

「……なんか、昔を思い出すな」

 

「……そうですね」

 

 いつかなどという無粋なことはどちらも聞かない。

 眠気に微睡む翼を引っ張りつつ学校に向かって眺めた朝があった。

 転んで泣いてしまった彼女を背負って帰った麗かな昼下がりがあった。

 迷子になった美森を探し出した翼が手を繋いで帰った夕焼けがあった。

 

 そして、『美森ちゃん』と別れた夜があった。

 

 あの日が、彼と彼女が手を繋いだ最後の日。

 

 それ以来彼は彼女に触れようともしなかったし、彼女もまた彼への敬語を崩そうとしなかった。

 

 引くべきラインだと思っていた。

 

 未練がましく『美森ちゃん』と呼んでいるのに。未練がましく『幼なじみ』として接しているのに。

 どちらもけっして昔の関係そのままに戻ろうとはしていない。

 

 まるでそれは自分を『鷲尾須美』だと言い聞かせる彼女に付き合っているかのようで。

 

 二人は人1人分の間を開けてゆっくりと歩く。

 

 しばらく歩いたところで、不意に須美が足を止めた。

 

「鷲尾さん?」

 

 翼もまた足を止めて後ろを振り返る。

 あたりはすでに暗くなり始め、少し離れた須美の顔はあまりよく見えない。

 

「紅さんは」

 

 言いかけて、止まる。

 踏み込んでいいのか悩むように、須美がきゅっと自分の腕を抱く。

 

 翼は何も言わない。ただ静かに須美が口を開くのを待っている。

 

 暗くなりはじめた夜道を照らすために、じじっと、瞬くように外灯に光が宿る。そして、光の中で自らを抱く須美と、闇の中に佇む翼をくっきりと区分けした。

 

 闇と光の境界の中の静謐で、翼が彼女へ、呼びかける。

 

「美森ちゃん」

 

 優しい笑みだった。

 あの別れた日からずっと変わらない笑みだった。

 その笑みに背中を押されるように、須美が口を開いた。

 

「……紅さんは、なんで『大赦』に入ったんですか」

 

「……」

 

「ずっと、教えてくれませんでしたよね」

 

 答えは、ある。

 大赦としての責任よりも、神樹が世界を守ってくれていることへの感謝よりも、決して重くならなかった一つの想いが胸にある。

 

「オレは……」

 

 言いかけて止まる。そして、誤魔化すように軽く笑って見せる。

 

「知りたいことがあったんだ。だから大赦に入った」

 

 それだけ言うと「さ、帰ろうぜ。そろそろ親御さんも心配する」と声をかけて、前を向いて再び足を進めていく。

 

 一歩ずつ、翼の体が深い暗がりの中に混じっていく。

 

 須美の心がざわりと揺れた。別になんてことのないことのはずなのに、翼が暗がりに歩みを進めるというだけで心が落ち着かない。

 

 ふるふると頭を振って思考を散らすと、顔を上げて翼に駆け寄ろうとして、ほんの一瞬翼の後ろ姿がぶれた。

 まるで影のような黒いものが背中に纏わりついている。

 

 黒くて、暗くて、闇いものが、彼の背中を煤けさせている。

 

「たす──」

 

 思わず決意も何も忘れて須美が声をかけそうになって──それを遮るように、翼が大橋の方を睨み叫んだ。

 

「美森ちゃん逃げるぞ! ここはやばい!」

 

「えっ?」

 

 翼が自転車から手を離すと須美の方へと駆け出す。

 

 そして、世界を止める鈴の音が響いた。

 

「『ウルトラマン』が、来る!」

 

 瞬間、夜の帳をまとめて吹き飛ばすような眩い光が閃いて、海の向こうに光の柱が屹立した。

 

 光の名前は『ウルトラマン』。

 

 夜に映える銀の体を際立たせるような赤に彩られた、光の巨人。

 彼は屹立する光から現れると、軽く飛び上がり当然のように街へと向かって飛翔する。

 

 その間にも、戦闘空間への書き替えである樹海化は起こらない。

 

 程なくして、『ウルトラマン』は沿岸部へと足をつけて、大地を大きく揺らした。

 それは震度5の地震に匹敵するような規模のものに加えて、大きな土埃を巻き起こす災害へと変わり、近くにいた翼を運悪く空へと巻き上げた。

 

「──っ!」

 

 足が浮いた事に目を見開いた翼が、須美に向けて伸ばしていた手を必死に伸ばし、須美もまた無意識で同じにように手を伸ばした。

 

 けれど、二人の間にあった距離はそう簡単に埋まらない。

 

 二人の手は触れ合う事なく、空を切る。

 

 でも、手は届かなくても届くものがある。

 

「──!」

 

 短い言葉だった。けどそれは、翼にとって疑う余地もない一言。

 

 翼が返事をする間もなく、身長170ほどの体がまるで塵芥の如く、数十メートルの空の高く吹き飛んでいく。

 その刹那、空高くでウルトラマンとの視線が交差した。

 

「ーーー」

 

『────』

 

 無機質な乳白色の瞳に自分の姿が映ったのも束の間、万物に働く重力のルールに従って少年の体が落下を始める。

 

 ごうごうと体を通して響く風と空気の重さに、心の中のチェレーザがぎゃーすかと騒ぎ出した。

 

『おわーーーーーー、死ぬーーーーーー!』

 

「うるせえ! こんな時まで騒ぐな!」

 

『馬鹿者! 私達空! 下地面! 落ちる! 死ぬ! なんで少年は平気にしとるんだね!』

 

「そんなの、決まってる!」

 

 手を伸ばした時に、須美が翼に叫んだ。

 

「あの子が、『私のことを信じて』って、そう言った!」

 

 瞬間、粉塵の中から青と白の影が身を躍らせた。

 

 それは勇者。『勇者』鷲尾須美。

 その手にあるは青の弓。纏う装束に施された意匠は白の菊。

 

 彼女は鈴の音が響いた一瞬ーーーかろうじて起きた世界の停止した一瞬で勇者への変身を終わらせると、今まさに落ちかけていた翼をしっかりと抱きとめた。

 

 須美の腕のなかで翼がニッと笑んだ。

 

「さすが美森ちゃん、超ファインプレー」

 

「もう、ふざけないで下さい! 私が間に合わないとか考えなかったんですか?」

 

「美森ちゃんは嘘をつかない子だ。だから信じてた」

 

「っ〜〜〜、もう! 本当にあなたは、もう!」

 

 彼女はたんたん、と細かに跳ねるように駆け、ウルトラマンの視線を切ろうとする。

 

「……だめっ、逃げきれない!」

 

 だが、ウルトラマンは何故か執拗に須美から視線を逸らそうとしない。

 近くに町があるにもかかわらず、須美たち以外には興味も示そうともせず、海に接した海岸線に陣取ったままだ。

 

 勇者となって力も増してる今ならば翼を抱えて走る程度のことは須美にとっては大した重荷にはならない。

 

 けれど、あまりにも相手が悪い。

 

「鷲尾さん!」

 

 視界の端の閃光、そして翼の声に、須美が反射的に横へ跳ぶ。すると数秒前まで自分がいた場所を巨人の光輪が通り過ぎていく。

 

 あとほんの少し判断が遅ければ、翼の声がなければ、今の一撃が彼女たち二人を真っ二つにしていたかもしれない。

 

「鷲尾さん、オレ置いて行け! 君だけならいくらでも戦いようがあるだろ!」

 

「何のために助けたと思ってるんですか! せめて安全なところまで行かないと下ろすつもりありませんから!」

 

「ええいこの頑固者! 君はいつもそうだな!」

 

「あなたこそ年上面しすぎなんです! 何も変わってない!」

 

「年上なんだから仕方ないだろ!」

 

「身長が私より大きいだけでしょうっ!」

 

「それだけありゃ理由としては充分だろう!」

 

「いいから大人しくしててください!」

 

「じゃあなんだ何か他に方法でもあるのかよ!」

 

「ありますっ! だってもうすぐ二人が──」

 

 ウルトラマンが腕を振り上げ、手の中に同時に四つの光輪を作り出した。逃げ回る小さき者たちを四方から囲むためのものだった。

 

 けれど、それを防ぐように紅蓮と紫電の二つの風が吹き抜けた。

 

「ギリッギリっ! セーーーフッ!」

 

 現れたのは三ノ輪銀。前衛の勇者である彼女は弾丸のように飛び出すと、その身の丈に迫る戦斧を巨人に叩きつけた。

 

 不意を突いて、同時に最大限に力を乗せた一撃は銀色の巨人の体表を炎で焦がし、薄いながらも傷を入れる。

 

 ウルトラマンがたたらを踏みくるぶしあたりまで海に足をつける。

 

「こっちは任せて!」

 

 銀の攻撃で制御を失った光輪が街の方へと飛んでいきそうになるのを、盾にもなる槍で受け止め、上手く受け流したのは乃木園子。

 結果、光輪は全てが誰も傷つけることなく叩き落とされる。

 

「銀! そのっち!」

 

「ごめん! 弟の避難とかでちょっと遅れた!」

 

「一人で頑張ってくれてありがとう、わっしー」

 

 二人が駆けつけたのは、光の柱が屹立した僅か二十数秒後。

 これは銀と園子が須美のピンチに急いでくれたのもあったが、樹海化しなかったことを受けて大赦が避難勧告を出し、勇者二人への救援要請をすぐさま入れたことも大きかった。

 

「おっしゃあ! ダメージ通ったぞ!」

 

 空中で宙返りをしながら、銀が須美の横までやってくる。

 

「あの光の輪っかの受け止め方もなんとなくわかって来たよ〜」

 

 園子もまた盾を軽く振って槍へと戻しながら須美の元までバックステップ。

 

 赤と紫、青の勇者が互いを守り合うように肩を並べる。

 

 一人では戦いにならなくても、三人ならば戦える。

 1+1+1を3でなく、10にするこの少女たちならば、勇気を胸に立ち向かえる。

 

 故にこそ、彼女たちは『勇者』である。

 

「鷲尾さん」

 

「──ええ」

 

 銀に海際まで押し込まれた今ならば翼はひとまず逃げることができる。

 須美が翼を下ろすと、彼は短く口を開く。

 

「気をつけて」

 

「はい、紅さんも」

 

 交わした言葉は最低限に、翼は三人を邪魔しないところまで走っていく。

 そんな彼の背中を一瞥して、須美は手の中の弓を握り直した。

 

 そして、園子はそんな二人の間で視線を行ったり来たりさせて、ほんの少し目を輝かせた。

 

「もしかして〜、デート中だった〜?」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

「だって、仲良さそうに見えたんだもん」

 

「こらこら園子、こんな時にデートなんかできるほど須美が融通きくわけないだろ?」

 

「そうよ、今はお役目なのよ?」

 

「ああ、そっかわかっちゃった。じゃあお役目が終わってからデートの続きをするんだ〜」

 

「いやそうじゃなくって、というか、そもそもデートなんて」

 

「でも〜、こんな時間に二人でいたんだよ〜、わっしーのおうちからは反対なのに〜」

 

「それは、いろいろ事情があって……」

 

「はいはい、言い訳は後で。今は光の巨人──じゃなかった、『ウルトラマン』、だな。な、園子?」

 

「うん、ミノさんいつも通り前衛よろしくね。私は前で輪っかを受けるからわっしーは援護お願い」

 

「おうさっ! 今度こそアタシたちの力で追い返してやる!」

 

 二人はくすりとした笑みを残すと大きく跳躍し、海の方のウルトラマンへと向かっていく。

 

「ちょっとそのっち! それに銀も! あー、もう!」

 

 須美は一際大きな溜息をつくと、弓を構えて矢を番える。

 

 夜の海岸線で、闇に映える光の巨人との二戦目が、始まった。

 

 先陣を切るのは三ノ輪銀。

 

 彼女は今代唯一の純前衛の勇者。

 故に危険も人一番。昨日ウルトラマンの一撃に吹き飛ばされたのも記憶に新しい。

 けれど、彼女は臆することなく果敢に斬り込んでいく。

 恐怖がないわけではない。ただ、彼女は心の炎を燃やして、勇気を奮い立たせて双斧を握るのだ。

 

 海岸線で大きく沈み込んだ銀が大橋の方へと跳んで、橋の側面を足場と変えて紅蓮に燃える斧を叩きつけた。

 

 ウルトラマンの手刀と銀の炎斧が鍔迫り合い、巨人の力に銀の方が弾かれる。

 

「ミノさん!」

 

 が、その寸前に園子が槍の一部分を空間に固定した即席の足場を作り出し、銀の足に上手く()()()()

 

 乃木園子の武器は傘のような盾にもなる槍。その穂先は分解して空中に固定することで足場とすることも、組み替えることで貫通力を増大させることもできる。

 銀が純前衛型であるならば、彼女は前衛よりのサポーターである。

 

「サンキュー園子っ!」

 

 空中で銀が更に一本踏み込み、最大限に体重を乗せた一撃に、園子のサポートの一歩分の力を込めた。

 

「しゃ、お、らあああっ! らっ! らっ! らあっ!」

 

 一撃、二撃、三撃、そして四撃目。

 右と左の二刀ずつの斬撃に、ウルトラマンが怯み腕に小さな傷がついた。

 

 ならば、とウルトラマンが空中で振り切ったままの姿勢の銀を狙い、鏃のような細かな光線を無数に飛ばした。

 

 だが、銀は焦らずに、ただ、背中を信じて任せる友を信じた。

 

 光の鏃がこれまた光の矢に一つ残らず撃ち落とされる。

 

「ふぅー」

 

「さすがわっしー!」

 

「ナイス須美!」

 

「気を抜かないで、戦いは始まったばかりよ」

 

 鷲尾須美は弓の勇者。

 作り出される矢は当たると時間を置いて炸裂する能力を秘めており、純粋な火力では二人には大きく劣るものの遠距離からの露払いは彼女にしかできない重要な役割。

 

「ヘェアッ!」

 

 撃ち落とされた光を見て須美を先に落とそうと判断したウルトラマンが腕を十字に構える。

 それは昨日闇の怪獣を大きく傷つけた『スペシウム光線』が撃たれる合図。

 

「集合〜〜!」

 

 指揮官も兼ねる園子と銀が素早く須美の側までやってくると、海上に設置してあった穂先を回収して今度は盾へと組み替え、スペシウム光線を真っ正面から受け止めた。

 

 凄まじい圧力に屈しそうになる園子の背中を守ってもらっている銀と須美が支えて、必死に耐える。

 

「勇者はぁ!」

 

「気合と〜!」

 

「根、性……!」

 

 耐えて耐えて耐え続けて、そして、根負けしたようにウルトラマンの光線が止まる。

 

「よし! 作戦通り!」

 

「このまま切り込むよ!」

 

「応よっ!」

 

 前衛、中衛、後衛。全てがバランス良く一人ずつ。それが互いの信頼と理解で高度に結びつき、1+1+1を倍以上に跳ね上げていく。

 

 それが今代の『勇者』たち。

 

 銀が園子の作った足場で海上のウルトラマンを四方から抑え、園子は指示をしながら前線で立ち回り、須美が光の牽制弾を撃ち落とす。

 

 一戦目の手も足も出なかった頃とは違う、考え対策を立てる。それこそが、人類の発展してきた理由。一日を無為に過ごさなかった彼女たちは、もう同じ敗北はしない。

 

 勝てるか、と銀が双斧を握り直しながら思った。

 上手く立ち回れてる、と須美が矢を番えながら思った。

 なんで『ウルトラマン』は海から出ようとしないんだろう、と槍を手にした園子が考えた。

 

 不意に、ウルトラマンが手と手を合わせた。

 

 新手の光線か、と園子が瞬時にカバーに入ろうとして、次の瞬間大きく首を傾げた。

 

 ウルトラマンの手の間から()()()()()()()

 

「噴、水?」

 

「なに、これは雨……?」

 

「うわっ、わっ、服びしょびしょになる!」

 

『ウルトラ水流』。

 光の国においてほとんどのウルトラマンが使うことのできる、手の間から水を生み出すだけの直接的な攻撃力もほとんどないシンプルな技。

 

 なぜ急にそんなことを、と三人が眉根を寄せる中、ウルトラマンが胸の青い発光器官(カラータイマー)に触れる。

 すると、巨人の銀色の身体に何か()()()()()()()()()()宿()()、ばちり、と一瞬ほの青い光が走る。

 

 瞬間、園子が全てを悟った。

 

「ミノさん! わっしー! 急いでここから──」

 

 けれど、遅い。

 

『ウルトラマン』が本来持つはずのない『五十万ボルト』の電撃を放電した。

 

 夜の雨を青白い電弧が貫く。

 

「ーーーあ」

 

 それは誰の声だっただろうか。

 最も早くその脅威に気付いた園子だったかもしれないし、穂先の足場の上で光るウルトラマンを見ていた銀かもしれないし、最も遠かった故にウルトラ水流の雨を伝って走る雷電を勇者の視力で視認した須美かも知れなかったし、もしくは三人ともだったのかもしれない。

 

 そうして、無防備な彼女たちに『雷』が殺到した。

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 ウルトラマンとの戦場から離れつつある翼のスマホに上司安芸からの連絡が入る。

 

『あなたが現場にいるのはスマホのGPSから分かっています。現場からの報告をお願いします』

 

「敵は仮称『ウルトラマン』! 間違いなく昨日現れた光の巨人です!」

 

『やはり……勇者様の様子はどうですか?』

 

 夜の中に時折炎が混じり、激しい衝撃音が聞こえてくる。

 

「優勢……とは言えないですが昨日に比べれば随分状況はいいです。なぜか街中に戦場を移そうとはしてこないので勇者様たちも戦いやすくはなっているように見えます」

 

『この時間帯もあって付近に人がほとんどいないのも幸いでした。避難も大部分が終了しつつあります』

 

「……何故樹海化が起こらないのか神樹様のご意向が気になるところではありますが」

 

『それについては調査中です。今は勇者様たちが巨人を倒すことに信じるしかありません。あなたもそこから早く避難するように。……絶対ですよ』

 

「……はい」

 

 念を押すように付け加えて安芸は通話を切った。

 翼がまるで感情を押し殺すように、スマホを強く握る。

 

 そんな中心の中にあくびをしながら随分と聴き慣れてしまった声が聞こえてくる。言わずもがなチェレーザだ。

 

『あの少女たちのところにいかんのか?』

 

「行ってどうなるってんだ」

 

『さあな。だが本物のウルトラマンはこういう時に覚醒するって相場が決まっている』

 

「……『ウルトラマン』って、今オレたちの世界を襲ってるやつのことだろ。んなもんになりたいのかよ」

 

『かー! わかってないな! あんなものが本物であるものか!』

 

「本物じゃ、ない……?」

 

『ウルトラマンっていうのはな、負けないのだよ。常に勝って、人間たちを守り続けて賞賛を浴びる! そして何食わぬ顔で変身者は帰ってくる。そういうものなんだ。ところがアイツはどうだ? すると言えばしょっぼい光線撃ってこれまたしょぼい子ども虐めてるだけ。あんなものが本物のウルトラマンのはずがないーーい!』

 

「まるでヒーローみたいだな、ウルトラマン」

 

『みたい、ではなく、そのものだ! 常勝無敗の光の戦士! それが私の目指す『ウルトラマン』なのだ!』

 

「でも今オレにできることなんて、何もない、だろ」

 

 そのために、とチェレーザが言った途端、ひょいっと勝手に体が動いた。

 

『?!』

 

「身体の主導権はいただくぞ」

 

『な、お前いつの間に』

 

「はっはっはっはっはっ、この私が何も押し込められている間ずっとぼんやりしていると思ったか! さあて、私の覇道を始めるぞう!」

 

『ま、待て! スマホにGPSがついてて……』

 

「ん? これか。とりゃあっ!」

 

『うわあああああ! こいつ躊躇いなく海に捨てやがった!』

 

「スマホは今怪獣の攻撃の余波で壊れました!」

 

『んな言い訳が通るかァ!』

 

「ふん、行きたいのに必死こいて諦める理屈を探しているような奴にはいいお灸だと思うがな」

 

『──ッ』

 

「怯んだチャーーーーンスッ!」

 

『あ、しまった、おいこら!』

 

 駆け出そうとするチェレーザを必死に引き止めようとする翼だが、本当に抵抗の仕方を覚えたらしく昨日のように身体の主導権を奪い返しきれない。

 

 その時頬に、ぴちょん、と何かが当たる。

 

『……水?』

 

 チェレーザ入り翼が訝しげに頬の水に手で触れると、その後すぐに、夜闇をまとめて照らし上げる閃光、そして、世界を揺らすような轟音が炸裂した。

 

「うっ、うっるさあああああああっ!」

 

 それはまるで『雷』。今までの光線とはまるで威力の違うかつて神の権能の一つとされていた『神鳴(かみなり)』そのもの。

 

 そして、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ーーー美森ちゃん』

 

 今まであった大赦としての立場も安芸の指示もチェレーザのことも戦えないこともウルトラマンの脅威も全てが吹っ飛んだ。

 

『大地を抱け、だったな』

 

「ん?」

 

 ばちん、と再び表と裏が切り替わる。

 

「オレの体だ、返せ」

 

 そして、走る。

 

 無我夢中で。さっき逃げてきた方向を逆走しながら、ウルトラマンと勇者の戦場へと走って戻っていく。

 なにができるかなんて知らない。けれど、『何か動かないといけない』という衝動だけが突き動かしていた。

 

 かくして、時間は合流する。

 

 

「なんだよ、これ」

 

 その状況を一言で表すとすればきっとこう。

 

『死屍累々』、だ。

 

 海の中で佇む巨人。まるで落雷した後のように焦げたような匂いが漂い、地面は大きくえぐれている。

 

 そして、辺りに転がる三つの小さな身体。

 

 誰かなど、言う必要もない。

 

 三人の勇者服が雷で焼け焦げていた。

 それだけではない、髪の先は焼けて、うっすらと覗く肌の奥にも痛々しい火傷の跡が残っている。

 

 けれど、それですら、『幸運だった』と、そう言えるのかもしれない。

 

 きっと勇者服が少しでも攻撃への耐性が低ければ、園子の声かけで防御姿勢に入っていなければ、炎で払っていなければ、彼女は雷に焼き焦がされていたかもしれない。

 

『これは、雷? いや、ウルトラマンにそんな能力があるはずが……』

 

 チェレーザの戸惑う声が聞こえる。

 それもそうだろう。彼の知識に『ウルトラマンの使う雷』なんてものはない。

 

『ウルトラマン』が、少女二人が横たわる海岸線を見下ろす。その姿は光に満ちているはずなのに、やはり無機質な虚が印象に上がった。

 

 優しさの、温かさのない光。

 

 空を輝かせる星でなく、人との間に燃える火ではなく、ただの現象としての光。

 眩しくひたすらに世界を塗りつぶすためにあるような、そんな光。

 

 そんな光の巨人が、見下ろしていた。

 

『少年ここはいかん! そこの子どもらは見捨てて──おいっ! 何をしているっ!』

 

 心の奥が、煮え立つのを感じた。

 

 あの小さな子たちを守らなきゃ、と強く思った。

 

 ウルトラマンに、こつん、と小さな石がぶつかった。

 

 

「ウルトラマンッ! 殺すなら、オレを先に殺せェッ!」

 

 

 少年の叫びに、ウルトラマンの視線が勇者たちから翼の方へと動いた。明確に意識が自分の方へと逸れるのを感じる。

 それを見ると、翼は勇者から遠く、かつ市民が避難している方向とは反対方向に走り出した。

 

 一か八かだ。

 

 ()()()()()()()、勇者たちが立て直す時間を作る。

 もし立て直せなくても、あの場で傷付いた鷲尾須美たちを見殺しにすることなど、彼にはできなかった。

 

 そうして、翼は心の中でやかましく声をかけるチェレーザを無視して走り出した。

 

 一歩踏み出し、二歩踏み出し、三歩踏み出して、まず三秒。それで、勇者たちには見えない距離まで走っていく。

 

 1分でも2分でも少しでも長く、走る自分に標的を引き付けられればそれでいい。

 それが、鷲尾須美のためになるのだと彼は信じた。命の賭け時を、今だと思った。

 

 あの泡沫の夢のような力にすがるのではなく、自分の力だけで少女を救うために動いた。

 

「────」

 

 対してウルトラマンは軽く腕を組むと小さな光弾を射出した。

 先ほど勇者たちに撃っていたものとは比べ物にならないような弱さの光の刃。

 

「──え?」

 

 そして、その手慰みのような光が翼の胴体にいとも簡単に突き刺さり、そのまま貫いた。

 

 翼の動きが止まる。ウルトラマンは一歩も動いてなどいない。翼を追いかけることもなく、まるでやかましい虫を振り払うかのように、一瞬で翼を黙らせた。

 

(オレの命で稼げたのが、たったの三秒……?)

 

 べしゃりと倒れた翼の命が溢れていく。

 

『おい少年! 死ぬなあああああああ! まだウルトラマン伝説は始まったばかりなんだぞう!? ええい、こうなればこの身体から脱出して次の身体を…………む、んん? 出られないだとぉっ?!』

 

 一秒ごとに身体が死んでいく。

 命の炎が、消えていく。

 

 守りたいという思いが形になることはなく、力と変わることはなく、死の未来だけが目の前にあった。

 

「く、そ…………」

 

 かすれる視界、もはや指の一本すら動かせない。

 

 このまま自分はなにもできないまま死んでいくのか。

 

 自分はいつも決断が遅くて、そのせいでいつもあの子を待たせてしまう。本当にやりたいことをやることすら叶わない。

 

(なんで、オレじゃだめなんだ)

 

 雪が溶けるように、記憶が、想いが溢れるように命と共に溢れていき、そして、最後にたった一つの記憶だけが彼の中に残った。

 

(鷲尾、さん……)

 

 薄れ行く意識の中、彼は初めてその言葉を、心の中で口にした。

 

(力が、欲しい)

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ、ここ」

 

 真っ白な世界だった。

 清潔感のある白色ではなく、どこまでも広がる空虚な白さ。

 世界から際限なく無駄なものを削ぎ落とし続けたら、こんな世界になるのだろうか。

 

「オレはさっき、あの巨人に攻撃を受けて……」

 

 思い出そうとして、ふと、気づく。

 

「誰か、呼んでる?」

 

 空虚な世界で歩みを進めると、いつの間にか青いしゃぼん玉が無数に浮かんでいる世界に足を踏み入れていた。

 ふわっと浮かんで、ぱっと消えて、また浮かぶ。

 散った飛沫は、どこか花のようで目が奪われた。

 

 その世界に紛れて、映し出される映像があった。

 

「鷲尾さん……?」

 

 弓を携えた青い装束の少女。

 その白菊の花のような凛とした彼女が、今は傷つき倒れ伏している。

 

「ずっと、守られていたんだ」

 

 知りたかった。

 なぜ東郷美森が鷲尾須美にならなければならなかったのか。

 なぜ怪我ばかりして須美が帰ってきているのか。

 なぜ大赦が須美たちを監視しているのか。

 

 なぜ、自分じゃなんの力にもなれないのか。

 

「オレは、ずっと見てるしかないのか」

 

 思い出すのは寂しそうな『東郷美森』のこと。

 生家を離れ、家族と別れ、友達と別れ、大赦の職員に連れられて『お役目』に行った小さな背中。

 明らかに強がるような笑みを浮かべて「我が国のために頑張ってきます」と、そう言っていた。

 

 拳を無意識に握りしめていた。

 

 その時、呼びかけてくる声があった。

 

「これ、は?」

 

 どこから聞こえるのかはわからず、けれども確かに言葉としての意味を宿して、語りかけてくる。

 それは、クレナイ・タスクという存在に一つの問いかけをした。

 

 ──『力が欲しいか』、と。

 

「力が、欲しいか」

 

 翼は命の灯火が消える最後に、「力が欲しい」と願った。

 

 ならば、それはなんのために? 

 

「守りたいんだ。あの子を」

 

 うんと小さい時から知っている、きっと人生で一番一緒の時間を過ごしてきた少女を、守りたい。

 あの小さな少女を──東郷美森と鷲尾須美を、守りたい。

 

「あの子が友達と笑い合える当たり前を、未来を歩んでいける当たり前を、守ってやりたいんだ」

 

 きっと、この世界の誰よりも何よりも、君だけを守りたい。

 

 その想いは淀みなく、ひたすらに固い決意が重ねられていた。それはまごう事なき『光』の資質。

 

「──()()()

 

 けれど、彼は純なる『光』の側の人間ではなかった。

 

「バーテックスも、ウルトラマンも、全部全部邪魔だ」

 

 じわり、と体から黒い何かが漏れた。

 

「『大赦』も『神樹』も『勇者』もいらないッ! 

 オレが、戦う! オレが敵を殺し尽くす! あの子の未来を奪う奴らは、オレが許さない!」

 

 光は、守るために戦うものだ。

 闇は、倒すために戦うものだ。

 

 ならば、きっと、彼の中にあるものは。

 

「だから、さっさとオレに力を寄越せッ!」

 

 その瞬間、翼の胸が暗く、光る。

 

「なんだ、これ、黒い……影?」

 

 想いは形を紡ぎ、形は力を宿す。

 翼の胸の奥に宿る決意が色づいた。

 それは、この空虚な真白の世界に合わぬ黒さで、瞬く間に世界を影で染め上げる。

 

 そして、漆黒はクレナイ・タスクに一つの力を握らせた。

 禍々しく、黒いオーラを纏ったそれは、光というにはあまりにも暗く、昏く、闇かったが────彼の望んだ力を宿していた。

 

「この力は────」

 

 手を伸ばして、その闇に手を触れた瞬間、世界が反転した。

 

 黒い世界が消えていく。

 鷲尾須美の姿も、銀色の巨人も、胸から吹き出す黒いものも、全部、全部、一緒くたになって吹き飛んでいく。

 

 その刹那で、何かが、クレナイ・タスクに問いかけた何かが、少し笑ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 世界が切り替わり、彼の意識は『内』に飛ばされた。

 そして、聞こえてくるやたらとやかましくい黒いモヤモヤの声。

 

『おい! 死ぬぬぅわあああ! 少年! 諦めるな! 前を見ろ! 限界を超えるんだよお〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!』

 

「うっせえ!」

 

『! 少年! 目覚めたのか!』

 

「目覚めたというか、お前の声で起こされたというか……というか、ここは?」

 

『この世界のことなら……そうだな内的宇宙(インナースペース)とでも呼ぶがいい』

 

 それより、とチェレーザが声だけを響かせる。

 

『少年と身体を一体化している私ならばわかる。何かに、『選ばれた』な?』

 

「選ばれ、た?」

 

 翼が、先ほどのどこかでの暗い輝きを思い出す。

 

 どくん、と身体の奥が胎動した。

 

 あの時、初めてウルトラマンと出会った時、祠から転がり出たアイテムは何処かへと消えてしまった。

 そして、その後光線を受けたはずの翼は『闇の怪獣』となった。

 彼にも、チェレーザにも元からそんな力などあるわけがない。

 

 ならば、きっとそれは、『そういうこと』。

 

「──そうだったのか」

 

 声と共に内的宇宙(インナースペース)から闇が吹き出し、翼の目の前に探し求めていた『力』が現れた。

 

 それは、いつの間にか胸にあったもの。

 それは、あの虚無の世界で掴み取った力。

 

 この世界にはないはずの、二つの力。

 

『やはり、ここにあったか……!』

 

 チェレーザが、歓喜の声を上げた。

 

『いいよいいよいいよいいよいいよぉっ! 『ウルトラマン』らしくなってきたぁっ! やはり私の見立てに間違えはなかったようだ! 手を伸ばせ少年! 力の使い方は私が教えてやろう!』

 

 翼が手を伸ばし、掴み取る。

 

 闇と光。その二つを思わせる黒と銀をメインカラーにしており、まるでレバーのような二つの持ち手がついている。所々走る鮮やかなオレンジが、闇を際立たせるように雷の如きラインを引いている。

 

 その名は『ジャイロ』。

 

 使用者を『ウルトラマン』か『怪獣』へと変える、遥か遠い宇宙で作り出されたもの。

 

『行くぞ少年! 練習通りに声を合わせろ!』

 

「ああ、行こうチェレーザ!」

 

 内的宇宙(インナースペース)に浮かぶ『クリスタル』を手に取る。

 

「ええと、セレクト、クリスタル!」

 

 クリスタルがジャイロに嵌め込まれる。

 

《 ██████! 》

 

 背後に何かのビジョンが現れて、内的宇宙(インナースペース)の中に溶ける。

 

「わっ、音が鳴った!」

 

『当たり前だ! ほら、さっさと三回レバーを動かして!』

 

「え? 三回? なんで?」

 

『いいからやりなさいよ!』

 

 言われるがままに、レバーを引いた。

 

「一、二、三、よし引いたぞ! 次は!」

 

『拳を突き上げて叫べ! そうだな……『纏うは闇! 漆黒の影!』』

 

「ま、纏うは闇! 漆黒の影!」

 

 瞬間。世界の影が闇へと変わり身体を包み込む。

 日が沈み夜が世界を覆い隠すように闇が広がり。

 拳を突き上げた少年を、天を衝く怪獣へと姿を変えた。

 

 

 

 そして、夜の世界に光が現れて30秒が過ぎた時────()()()()()()()()

 

 

 

 その中から黒い獣の影が飛び出すと、勇者を前に悠然と立つウルトラマンに襲いかかる。

 

 それは、『クレナイ・タスク』であると同時に、闇に彩られた怪獣。

 

「██████ッ!」

 

『ーーーシュワァッ!』

 

 がしり、と光の巨人と闇の怪獣が組み合った。

 

 力は互角……否、僅かにウルトラマンの方が強い。ぎしぎしと闇の怪獣が押し負けていき、膝をつきそうになる。

 

『少年! 姿が変わり切っていない!』

 

「クッソ、今度はちゃんとアイテムも使ってんのに!」

 

『いかん! 押し負ける! 根性をみせんか!』

 

「んなこと、言ったって……!」

 

 その時、視界の端に勇者たちを捉えた。

 

 ボロボロの姿を、もう二度と跡が消えないかもしれない火傷の跡を、気を失ってなお苦しげに呻く彼女たちを、見た。

 

 心の闇が震え、未だ輪郭定まらぬ彼の身体が、それに伴うように震えた。

 

『お、らぁっ!』

 

 翼が叫び、組み合っていた巨人腹に蹴りを入れると、2、3歩ウルトラマンを押し戻す。

 

 怪獣に纏わり付く闇が次第に固まっていき、流線型のフォルムを作り出していく。

 

 どこかこの世界の蝉を思わせるような顔立ちと、そのイメージを打ち消すような黒と青を基調とした生物と非生物の間のような鎧。

 そして、何より目を引くのは右腕と一体化した巨大な『(ハサミ)』と『(ツルギ)』。

 それは、人に近いフォルムをしているにも関わらず、存在があまりにも人からはかけ離れていた。

 

 それは名付けるならばきっと、闇纏う『剣の魔人』。

 

 魔人の名前は『バルタン星人』。

 ウルトラマンの宿敵とすら言える、腕にハサミを持つ『宇宙忍者』。

 

『お前は、オレたちの世界に邪魔だ』

 

 ウルトラマンの宿敵(バルタン星人)が、その鋏をウルトラマンへと向ける。

 

『だから、お前はここで死んどけウルトラマンッ!』

 

 ウルトラマンが前傾気味に構え繰り出した手刀を、バルタンが剣鋏を振るって迎え撃つ。

 

 光の巨人と闇の魔人。

 絶滅の予言に示されたその存在が、今、宿命の名の下に向き合った。

 

 

 

 




『バルタン星人 バルタンバトラー・バレル』
どこからか現れたクリスタルに宿る力、その名前。
故郷を失い、残った仲間もまたウルトラマンに尽くを殺された『故郷のない宇宙人』。
そのバトルスタイルは命知らずとも言われるものであり、実力は高いにも関わらず奇異の目で見られている。
クリスタルに宿るのは力のみ。そこに意思はないが、闇は彼の想いに応えた。
 クリスタルに刻まれた文字は『剣』。


『ジャイロ』
他の世界においては『ルーブジャイロ』と呼ばれるもの。
翼の使うものは『美剣サキ』が使うものと酷似している。
ウルトラマンや怪獣の力を宿すアイテム『クリスタル』を嵌め込むことによって、怪獣の召喚、もしくはウルトラマンか怪獣への変身を可能とする。


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