「我が名はウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ!」「はいはいオダブツオダブツ」「勝手に省略することは許さん!」   作:世嗣

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「私の名前はウルトラマントレギア。君の願いを叶えにやって来た」

「──君の夢はなんだ?」

  ウルトラマントレギア(ウルトラマンR/B)




2

「では紅様、お嬢様のお着替えが終わるまでお待ちを」

 

「ごめんね〜」

 

「あ、いや、気にしないで……ください。乃木様」

 

「園子でいいのに〜。あ、ありがとう〜」

 

 のほほんとお礼を言う園子に、使用人がぺこりと頭を下げて部屋を出ていく。

 園子から「待っててね」と言い渡された翼はふう、と軽く息を吐く。

 

『私、使用人なんて初めて見たぞ。さっきのせてもらった車もリムジンだったし……もしや勇者はこれが普通なのか?』

 

(まさか。九名家の本家といえど、ここまでなのは上里家と、乃木さんのところくらいだろうさ)

 

『九名家?』

 

(あー、なんというか、勇者を輩出し続けてるすごいとこ、かな)

 

『少年の家もそこそこの家格なんだったか?』

 

(いやオレは……まあそれは今はいいだろ)

 

 鷲尾。三ノ輪。赤嶺。白鳥。伊予島。土居。高嶋。上里。そして、乃木。

 過去に勇者を輩出、もしくはそれに近い功績を挙げたことにより大赦の中枢で働いている家系。

 その中でも初代勇者のリーダーの子孫である『乃木』。そして、今の大赦のシステムの大元を組織した『上里』の両家は大きな権力を持っており、その本家は代々大赦の要職についている。

 

 園子はその乃木本家の一人娘。言ってみればこの四国のお姫様なのだ。

 

(まあ、当の乃木さんはそれっぽい人じゃないけどさ)

 

 雨の中で怪獣であることを言い当てられた翼。

 彼の中でチェレーザが喚き、翼が言葉を失っている時、まるで狙いすましたように乃木家のリムジンが迎えにきた。

 おそらく園子がいつの間にか呼んでいたのであろうそれに、あれよあれよという間に連れ込まれ、気づけば乃木家にお邪魔してしまっていた。

 

『……これって少年の職務からしたらかなりの異常事態ではないのかね』

 

(言うな、言うなチェレーザ。オレも明日このことバレてたらどうしようって考えてんだよ)

 

『やれやれ、あらかじめ片付けておくタスクは終えていたのがせめてもの救い……ん? タスクのタスク……』

 

(はいはい素晴らしい一句だ)

 

『まだ何も言ってないのだが?!』

 

「あ、たすくん〜、もういいよ〜」

 

 しばらくして扉が開き、そこからひょっこりと頭だけを出した園子がニコニコと笑った。

 

『まずは怪獣の件、口止めを忘れるなよ』

 

(わかってるよ)

 

「たすくん〜?」

 

「あー、えーと、乃木様」

 

「お話は後でするからはやくはやく〜」

 

「いや、まず大切な話をさ」

 

「んー?」

 

「……いや、お邪魔させてもらうな」

 

『ロリの笑顔に弱すぎやせんかね?』

 

(るせいやい)

 

「中に入った方が話しやすいからそうするだけだ」と、心の中で言い返して園子の部屋に入る。

 

 そして、その部屋の豪奢さに思わず目が奪われる。

 

 自分の住む狭いアパートの数倍はあろうかと言う広々とした部屋。壁にはぎっしりと本が詰め込まれ、随分大きいはずの学習机でさえ相対的に小さく見えてしまう。中央にはまるで王座のように天蓋のついたベッドが鎮座していた。

 

 漫画で見るような深窓の令嬢の部屋をそのまま持ってきても、ここまで豪奢であるまいだろうーーーが、けれどもしかし、その中で極めて異彩を放つものがいくつか。

 

「……えーと、乃木さん、あの天井のは?」

 

「サンチョだよ〜」

 

「なんか首吊り死体みたいになってるけど……」

 

「あれは空を飛んでいるシリーズでね〜、お空にいた方が楽しいかな〜って」

 

「こ、個性的だな……じゃ、じゃあそのパジャマは?」

 

「とりさん〜〜〜! 私とりさんすきなんよ〜!」

 

「一体になるほど好きって中々尋常じゃない好意だな……」

 

「私はとりさんがすきなんだ〜。間違いなくご先祖様の影響だね〜」

 

「へー、じゃあ初代勇者様も鳥が好きだったのかい?」

 

「え? しらないよ〜。そうだったらいいな〜って話だよ〜」

 

「何をもってさっき断言したんだ君?!」

 

「はっ、まだ挨拶してなかったよ〜。いらっしゃいませご主人様〜」

 

「いいねフリーダム! でもちょっと今に適した挨拶じゃない気がするぜ!」

 

「じゃあおかえりなさいませご主人様〜」

 

「いやこの部屋の主人は君だよね?!」

 

「ちょっと言ってみたくて〜」

 

「いや……!」

 

 思わずまた突っ込みそうになって、げんなりと肩を落とす。

 

「なんだこのテンポ……やっぱついていけねえ……」

 

『言っとる場合か! 早く怪獣のことの話をつけんか!』

 

「おっとと、そうだった」

 

『ついでに何でわかったかまで教えてもらえればベストだが……まあ、この分なら何となくだろうな。時々ウルトラマンの正体を言い当てられる奴はいるものだ、うん』

 

「……オレは、そうは思わないけどな」

 

『おん?』

 

 鳥のパジャマで羽を羽ばたかせる園子を前に、翼が軽く咳払い。

 

「乃木さん」

 

「な〜に〜?」

 

「その……オレが怪獣ってこと、なんでわかったの?」

 

「? 歩き方とわっしーのことを見てたからって言わなかったっけ〜?」

 

「……百歩譲ってオレが鷲尾さんのことをよく見ていたとしてもだ、歩き方なんて普段と違うかもしれないじゃないか。それこそ、怪獣なんだし」

 

 翼の言葉に園子がうーんと唸る。

 

「なんでって言われても困っちゃうなぁ。えーと、えーと…………」

 

 しばらく園子は考え込んでいたが、突然パッとやめて、かわりに誤魔化すようにえへへ、と頬を緩めた。

 

「ごめん、私こういうのあんまり得意じゃなくて〜」

 

 それを見て、翼はやはり、と確信した。

 

「乃木さん、急がなくていいよ。ゆっくり君の思ったことを教えてほしいな」

 

「で、でも、私……」

 

「いいんだよ。上手くなくていい」

 

「……ほんとに〜?」

 

「うん。君の考えたことを頑張って形にして、オレに教えてほしい。それまでオレ待ってるからさ」

 

「ーーー」

 

「どうかした?」

 

「う、ううん。か、考えてみるんよ〜」

 

 園子が、むむむ、と唸る。必死に自分の中の思考を纏めているのか、眉根は寄り、いつもの風のような雰囲気から、風に吹かれて縮れる雲のような表情へと変わる。

 

 その間、翼は何を言うでもなく、じっと園子を見守っていた。

 

 静かに、急がなくてもいいよ、と目で語りかけるようだった。

 

 やがて、束の間の静謐を破り、園子が訥々と語り始める。

 

「たすくんっていつもわっしーを送る時自転車に乗ってるよね」

 

「え、ああ」

 

「自転車に乗る人って結構、普段から回すみたいに歩くの〜。中でもたすくんはいつもは左側にわっしーがいるからかな、少し姿勢が右に寄ってる〜」

 

「回す……足をか」

 

「これだけ当てはまるのにたすくんじゃないって思わない方が無理だよ〜」

 

「……驚いたな」

 

「えっと……上手く言えたかな〜?」

 

「ああ、教えてくれてありがとう」

 

「……えへへ〜」

 

 園子がはにかんだように笑う。

 

 須美は「園子が感覚派」だと翼に言った。だが、とんでもない。

 彼女は考えたことの過程を口に出してないだけだ。

 聞けば、これだけしっかりした答えが返ってくる以上、それは疑う余地もない。

 

 人よりも視界が広い。

 

 それが翼が彼女に下した正直な感想。

 

(うん、やっぱりこの子は色々考えてる子だ)

 

『……正直予想外だな。よくいる不思議ちゃんではなかったか』

 

 翼がポリポリと頭をかく。

 

「あ、たすくんたすくん、ここ、ここ座って〜」

 

 一瞬チェレーザと会話した翼の思考に、するりと声が滑り込む。見れば、いつの間にかベッドに腰掛けた園子がぽんぽんと自分の隣を叩いていた。

 

 翼が苦く笑いつつ、髪に触れないように気をつけながら、鳥の被り物をした園子の頭を軽く小突いた。

 

「こらこら、女の子が気安く男をベッドに誘わない」

 

「私気にしないよ〜?」

 

「はあ、あのな、君が気にしなくてもオレは気にする。これは最低限の嗜みだぜ?」

 

 女の子なんだし自分を大切にな、と翼が今度は恐る恐るといった様子で頭を撫で、学習机から椅子を引っ張ってきて園子の対面に座る。

 

「さて」

 

 すっと今まで薄い笑みを貼り付けていた翼の表情がフラットなものへと変わる。

 

「単刀直入に聞かせてほしい。乃木さんはまだオレの正体のこと誰かに話した?」

 

「ううん?」

 

「これから他の人に話したりは?」

 

「……たすくんは、私に黙っててほしいの?」

 

「端的に言うとそうなる」

 

「なんで?」

 

 じっと園子が翼を見つめる。今までのふんわり柔らかな雰囲気はそのままに、瞳に宿る色は明らかに。

 

『なんで、と来たか』

 

(誤魔化せる雰囲気でもなさそうだな)

 

『よぉし! ならば私と変われ少年!』

 

(ええ……)

 

『なんだそのいやそうな声は! 数多のウルトラ戦士の知識があるこの私は誤魔化すことに関しても超一流だ! さ、ドーンとまかせなさいドーンと!』

 

(いやオレはもうお前とは……)

 

『毒くわば口に苦し! 時には思い切ってやってみることも大事だと意味だ! 身体の主導権もーらい!』

 

(あ、ちょてめっ)

 

 不意を突くように翼とチェレーザの表と裏が切り替わる。

 ファサァッとチェレーザが前髪をかき上げる。

 

「いいかね、乃木さん。理由はいくつかある」

 

「うん」

 

「一つ、わた……オレの正体がバレると大赦に追われることとなる。そうなればおそらくオレは戦うことができない。それはつまりウルトラマンと戦う人がいなくなると言うことだ。オレはそれが許せない!」

 

「……ふうん」

 

「二つ、このアイテムは選ばれし者が使えるもので……」

 

「うーん、もういいや〜」

 

「にゃ、にゃにいっ?! 君から聞いてきたんだろぉっ?!」

 

「だって〜、それたすくんじゃなくて()()()()()()()()()()()()()()〜?」

 

「な」

 

「私はたすくんとお話ししてるんだよ」

 

「そこまで、お見通しだったか」

 

 少し怒ったように頬を膨らませる園子に、驚いた隙をついて表に出てきた翼が頭をかいた。

 

『しょ、少年はわかってたのか?』

 

(いや、まあ確信があった訳じゃないけど、もしかしてそうかもくらいは)

 

 園子の前で戦うバルタンは二種類あったはずなのだ。

 戦闘は下手だが、光線を使い『守る』ために戦う翼。

 そして戦闘技巧者だが、守るためでなく『倒す』ためだけに戦うチェレーザ。

 歩き方と視線で翼の正体まで見破った園子が、その程度のことをわかってないことはないだろう。

 

 さて、何といったものかと息を吐く。

 

「たすくん」

 

 ぺちん、と鳥のパジャマの両手に翼の頬が挟み込まれ、無理やり視線を固定された。

 顔が近づく。互いの息が溶け合うような気すらする。

 

「私は君に聞いてるんだよ」

 

 真っ直ぐな深みのある黒い瞳。まるで心の底の自分の本心へと手を伸ばされるようで。

 

「……鷲尾さんに知られたくない」

 

「わっしーに?」

 

「うん、そうだ」

 

 やんわりと園子の手を解くと、少し言いづらそうに園子から目を逸らす。しかし言葉は止まることなく、語り始める。

 

「同居人曰く、オレのこの力は敵を『倒す』力なんだってさ。本当はもっと正しい在り方があったらしいんだけど、オレは獣の力しか与えられなかった。それはたぶん」

 

 きゅっと、翼が拳を握る。

 

「オレが鷲尾さんの敵を『倒したい』と思ってしまったから。きっと、そこで間違えた」

 

 だから。

 

「せめて、オレはあの子の苦難を退けたい。認められることはないのも、誇れることでもないのはわかってるんだ」

 

「それだけ?」

 

「……それだけって」

 

「本当に、たすくんはそれだけしか考えてない?」

 

「はーーー、お手上げだ。君は本当に色々よく見えてるな」

 

 根負けしたように、彼が天井を見上げた。

 

「ほんとは鷲尾さんに心配かけたくない。そんだけ」

 

「びゅおおおおおおおおっ!」

 

「うおわっ! いきなり叫ぶなよ!」

 

「いいよいいよ! 私のセンサーにビンビンきてるよ!」

 

「君は煙を感知したら速攻がなりたてる火災報知器が何かか?」

 

「えへへ、褒められちゃった〜」

 

「ははは、ナイスポジティブ」

 

 堪えきれなくなったように翼が笑い、それにつられるように園子も笑った。

 二人の笑い声が豪奢でだだっ広い部屋に響いて、絡まるように踊って消えていく。

 

 そして、ひとしきり笑った後に、園子はうん、と大きく頷く。

 

「わかった。たすくんが怪獣だってことは誰にも言わないよ〜」

 

「……いいのか?」

 

「うん。たすくんが、ほんとの気持ちいってるのわかったもん〜」

 

「ほんとの、気持ち、か」

 

 繰り返された言葉に、そうだよ、と答えて翼の頬に触れていた手を滑らせて、きゅっと翼の左手を包んだ。

 

 ウルトラマンとの戦いの時に、包むように守ってくれた左手。

 

「こうやって触れたらね、みんなを守ってあげたい〜って言ってるのがわかるんだ」

 

 そう言って、園子が目を閉じる。まるで、触れ合う手の暖かさに身を委ねるように。

 

「私には、たすくんを信じる理由はそれだけでじゅうぶん」

 

「……大切なものは目に見えない、か」

 

「え?」

 

「オレの……父親に読まされた本にあってさ。星の王子様、読んだことある?」

 

「えーと、ない、かも」

 

「そっか。正直、オレにはよくわからない本だったんだけど、その中で一個だけ心に残ってるワードがあってさ」

 

 父親、という言葉だけ少しだけ言いにくそうに、彼は続ける。

 

「『いちばんたいせつなものは目に見えない』」

 

「たいせつなものは、目に見えない?」

 

「ああ。大切なものは目に見えない。じゃあ、その物語では、どうすればいいって言ったと思う?」

 

「え、えーと……」

 

 目の前の少女のきょとんとした様子に、翼がにやりと笑い、どん、と胸を叩いた。

 

「ここで、見るんだってさ」

 

「むね?」

 

「まだまだ」

 

「えっと、心臓〜?」

 

「もう一超え」

 

「もしかして……こころ?」

 

 満足そうに翼が笑んだ。

 

「『とても簡単なことだ。

 ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。

 いちばんたいせつなことは、目に見えない』」

 

「心で……」

 

「簡単なことって言うけどさ、オレはこれができてる人がそうそういるとは思わない。やっぱ、どうしてもオレたちは目で見えるものを気にしすぎちゃうからね」

 

 でも、と翼が園子を見る。

 

「乃木さんは自分が信じたいことを迷わない。きっと、君はちゃんと心の目で大切なものが見えてる人なんだ」

 

 クレナイ・タスクは、それができる人を、何よりも素晴らしい人だと思う。

 きっと、自分にはできないことだから。

 

「そう、なのかな」

 

「おう。君よりちょっとばかし長生きのオレが保証する」

 

「だと、嬉しいな〜」

 

 園子が少し照れたように笑い、翼はわしわしとその頭を撫でる。

 

『……ロリを口説くのはいいが時間を気にしろよ』

 

(ちぇ、チェレーザ?!)

 

『いいかね、ウルトラマンはな、自分から口説かないんだよ。背中を見せて追わせるんだよ! 背中を!』

 

(べ、別に口説いてねえから!)

 

 ちらと腕時計を確認し、咳払い。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろいい時間だしオレは帰るよ」

 

「……もっといてもいいんだよ〜?」

 

「ははは、そりゃありがとう」

 

 最後にもう一度、今度はポンポンと軽く鳥のパジャマ越しに頭を撫でて、よっこらと翼が立ち上がった。

 

「じゃあ、また今度……っても、今日は金曜だし次会うのは月曜になるのかな」

 

「あれれ〜? 明日の話し合いはたすくん来ないの〜?」

 

「うーん、安芸さんが忙しくないならオレがやるより頼りになるからなぁ」

 

「そっかぁ、みんなに紹介できると思ってたのにしょぼーんだよ」

 

「紹介?」

 

 思わず首を傾げる。すると、にぱーっと園子が頬を緩めて、とんとんと翼の胸を叩いた。

 

「オレ?」

 

「ううん。たすくんの中にいる人をだよ〜」

 

『「 はあ?! 」』

 

 初めて翼とチェレーザの心が一つになった。

 

「いや乃木さん乃木さん、さっき君黙っててくれるって言ったよな?」

 

「いったよ〜?」

 

「な、ならその、オレのこと……」

 

「だから怪獣のことじゃなくてたすくんの中のもう一人の人のことはみんな紹介しよう〜ってことだよ?」

 

 のほほんと「たすくんは変な人だねぇ」とでも言いそうな調子で言ってのける園子。

 

(怪獣の件とチェレーザは別件扱いかよ……!)

 

 少し園子がわかってきたつもりだったが、やっぱりよくわからなくなってきた。

 

「乃木さん、頼むオレの中のもう一人のことも黙っててくれないか?」

 

「えー」

 

「いや頼むよ乃木さん! この通り!」

 

「あんまり隠し事しすぎちゃうとバレちゃった時が大変だよ〜?」

 

「ぐ、ぐう、正論なだけに言い返せねえ……!」

 

 両手を合わせ頼み込む翼と、不満そうに口を尖らせる園子。

 

「頼む! オレの中に()()()()()()なんてバレたら鷲尾さんぶっ倒れちまうよ!」

 

「──宇宙人?」

 

 ぴくり、と園子の耳が動いた。

 

「たすくんの中にいる人って宇宙人さんなの?」

 

「えっ? あ、そこまではわかってなかったんだな……」

 

「ふうん、ねえねえ、たすくんたすくん」

 

「ん?」

 

「私のお願い、聞いてくれたら宇宙人さんのこと黙っておくよ〜」

 

「ほんとか?!」

 

「ほんとだよ〜」

 

 とん、と鳥のパジャマを羽ばたかせながら園子が翼に一歩近づく。そして、その黒い宝石のような両眼をくりりと向けて、にっこり笑った。

 

「ねえ、宇宙人さん。宇宙にサンチョはいるか教えて〜」

 

「『 は? 』」

 

 その日彼らは、どんな怪獣への恐怖も、使命感よりも、自分より遥かに小さな少女への困惑で、初めて想いを一つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イネス! 

 

 それは神世紀四国が誇る一大施設! 

 ジェラート! ショッピングモール! フードコート! レストラン! 託児所! 屋上には小型レジャーランド! ついでに公民館まで併設! 

 

 まさにこの辺りの人々の心の拠り所と言えよう! 

 

「……って、三ノ輪さんが言ってたって鷲尾さんが言ってた」

 

『いやそれはわかったのだが、なぜこんな休日の昼下がりにそんなとこに来なけれならんのだ』

 

「しゃーねえだろ、乃木さんが今日ここで待ち合わせね、って言ったんだから」

 

『まったく、最近のウルトラマンと子どもが考えることはわからん』

 

 近くに座ったおじさんが傍に置いたラジオからの「流星群が降る」というか細い声を聞きながら、ちら、と翼が腕時計を見る。

 時刻はもうすぐ午後二時。園子との約束まではあと少し。

 

『さっきから少年は何を見とるんだね?』

 

「解析指示があったこの前のウルトラマンゼロとの戦闘映像」

 

『ほほう……ほう…………ボロカスだな』

 

「るせっ! んなこと、オレが一番わかってるんだよ! だからせめてこうしてゼロの行動パターンを叩き込もうとしてるんだろうが!」

 

『パターン?』

 

「アイツはオレたちと戦う時一度、バカにするみたいに笑った。それはつまりアイツにも最低限の意思があるってことで、それなら『この時にこうしやすい』っていうパターンがあるんじゃないかと思ってさ」

 

『ふむ……まあ模造品、偽物といえどたしかにあいつには意思はありそうだったな』

 

「だろ? 例えばあいつはオレが飛ばないから飛行を多用する傾向がある。だからあえてこの『飛んでる』っていうあいつにとっての有利につけ込むことができたら……」

 

「おーい、たすくん〜」

 

「と、来たみたいだな」

 

 端末を操作してまとめたデータを送信。

 呼ばれた声に振り返ると、そこには手を振りながらとことこ走ってくる園子。

 クリーム色のダッフルコートに、膝丈ほどの鮮やかな赤のスカート。走ってきたのか頬は健康的に上気し、流れる髪は風を孕み、彼女を彩るようだった。

 

 お嬢様らしい見た目と、それを裏切るようなほんわかとした雰囲気。それが乃木園子。

 

 自由で、囚われず、気持ちのままに流される。

 まるで雲みたいだな、と思う。

 

「じゃじゃーん、乃木さんちの園子さんでーす。待った〜?」

 

「ん、いいや? オレの中には同居人がいるからな。君を待つのも楽しかったさ、お嬢様(レディ)

 

「あー、そんなこと言ったらわっしーに怒られちゃうよ〜?」

 

「あっはっは、鷲尾さんが? ナイナイ。あの子がこのくらいで起こるもんか」

 

「どんかんさんだねぇ。……あのさ、たすくん」

 

「ん?」

 

「えーと、私汗臭かったり……しないかな〜?」

 

「汗……いや? そんなことないよ」

 

「そっか、じゃあよかった〜」

 

 ほんにゃり、と笑う園子。

 

「さて、オレとしてはここで話すのも良いけど……」

 

 何かしたいことがあるのか? と翼が問うた。

 

「あ、わかっちゃった〜? 実はね〜、私お友達があんまり多くないんだ〜。特に男の子とかはあんまり仲良くなくて〜」

 

「うんうん」

 

「だからたすくんとか宇宙人さんとお出かけしようかな〜って思ったんだ〜」

 

「んん? なぜそうなった?」

 

「?」

 

「いやちょっと待って少しこっちでも考えるから」

 

 友達が多くないことが自分と出かけたいことにつながる? 

 

『……大方市場調査か取材と言ったところだろうな』

 

(ああ、なるほど。チェレーザよくわかったな)

 

『まあ、宇宙にはIQ1億の奴らもいるからな。そういう奴に少し話し方が似ていた』

 

(1億?! なんか一周回ってバカみてえだな……)

 

 宇宙は広い。

 

「ね、ね、たすくん、今もしかして宇宙人さんと話してる〜?」

 

「お、よくわかったな」

 

「目が動かないのに表情が変わったもん〜。あと口もなんか話すみたいにもにょもにょしてた〜」

 

「うーん、これオレがわかりやすいんじゃない……よな?」

 

「私も宇宙人さんと話せる〜?」

 

「ま、約束だ。取り敢えず中でうろつきつつ話そうか」

 

「わ、いいね〜。じゃあたすくん、いこ〜」

 

「はいはい、オーケー、お嬢様」

 

 まるで小鹿のように歩き出した園子の背中を茶化したように答えて、ゆっくり追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、やっぱり宇宙にもサンチョはいないんだね〜」

 

「少なくとも私のいる宇宙では聞いたことないな」

 

「そっか、宇宙人さんはここじゃない宇宙から来た人だったね〜」

 

「いいかね、宇宙人さんではなくウルトラマンオーブダークノワール……」

 

「オダブツさん〜?」

 

「なんで少年といい君といいそのワードをセレクトするのかね?!」

 

「名前長いんだもん〜」

 

 二人……もとい三人は園子の質問に答えながら、イネスをぶらぶらと歩く。

 

(おい、あんま大きい声でウルトラマンとかいうなよ)

 

「ええい、わかっとるわい!」

 

「? 今たすくんと話してるの?」

 

「む、ああ、そうだな。あんま大声で話すなとさ」

 

「たすくんと宇宙人さんが一緒に話したりはできないの?」

 

「ムリムリ。今の私は完全に少年の身体に同化してるからな。ウルトラマンならテレパシーやらでなんとかしたのかも知れんがなぁ」

 

「やっぱり宇宙人はテレパシーができるんだね〜! ねえ、ほかにどんなことができる人がいるの〜!」

 

「ま、待て待て、話すから落ち着きたまえ」

 

 融合しても個別に声を外に届かせられるウルトラマンもいる。

 彼らの多くは、テレパシーもしくは変身アイテムを媒体として声を相手に伝えることによって、宿主の口を借りなくても話す。

 

 けれど、『自称』ウルトラマン、チェレーザにはそんな芸当はできない。彼はどこまで行っても精神寄生体であり、それ以上でも以下でもない。

 

 翼はチェレーザの宇宙人たちの話をぼんやりと聞く傍ら、表のチェレーザと共有した視界できらきらした目の園子の横顔をぼんやり見る。

 

「という訳で、ウルトラマンオーブさんの激闘の日々が幕を開けたのだ……」

 

「へえ〜! じゃあじゃあ、あのハサミの人は怪獣さんって言うよりも宇宙人に近いの〜?」

 

「近い……というか宇宙人だな。宇宙忍者バルタン。ウルトラマンの宿敵でもある」

 

「ふむふむ、じゃあ〜じゃあ〜」

 

「しょうねーん! この子の質問が終わらないんだがー! だがー!」

 

(あー、悪い、頑張ってくれ。乃木さんいい子だし平気だろ?)

 

 心の中で苦く笑う翼。表で頭を抱えるチェレーザ。その横で、ふと園子が立ち並ぶ店の店頭に並ぶものに目を奪われる。

 

(乃木さん?)

 

「む?」

 

「ね、宇宙人さんたちちょっとこっち来て〜」

 

 見ればそこは家電量販店の一角。そして、どうやら園子が夢中になってるのは少し大きめの家庭用のプラネタリウムのようだった。

 

「ねえねえ、宇宙人さんは、これ見てどう思う?」

 

「どう、とは?」

 

「普通に思ったことをそのまま教えて欲しいんよ〜」

 

「ふむ」

 

 チェレーザが腕を組み、少し考える素振りを見せ、そして口を開いた。

 

「つまらんおもちゃだな」

 

(チェレーザさぁ……)

 

「いや正直に言えと言ったのは乃木くんだろう!」

 

(にしても、こう、言い方とかさ)

 

「なんでか、教えてくれる?」

 

「む? えーと、本当に正直にいいのか?」

 

 うんうん、と園子が頷く。

 ならば、とチェレーザが軽く咳払いし、しげしげと機械仕掛けの星空を矯めつ眇めつ。

 

「私に言わせてみればこーんな、もので星空を見ようとするなんてつまらんと思う。こんなチャチなもので満足せずに、本当に宇宙に行けばいいじゃないか」

 

「宇宙に……?」

 

「あん? 君たち地球人とて宇宙くらい……とと、この地球はそういう施設はないんだったな」

 

「その言い方じゃ他の地球じゃ宇宙に行く人もいるんだね〜。すごいなぁ〜、宇宙か〜。ビックだね〜スペースだね〜、どこかにサンチョもいるのかなぁ〜」

 

 きらきらと目を輝かせプラネタリウムを見る園子を尻目に、こそこそと心の中でチェレーザが囁きかけてくる。

 

『少年パス。私はもう疲れた』

 

「え、ちょ待てよ……こいつ、ひっこみやがった」

 

 一応呼びかけてみるがチェレーザはうんともすんとも言わない。この分では、もう今日は出てきてくれないかもしれない。

 

 仕方ないなぁとばかりに頭を掻く。

 

 そして、園子の輝かんばかりの目を見て、その姿が一瞬誰かに重なった気がした。

 

 ──見てください、星ですよ! 

 

 やんわりと彼が頭を振って思考を散らすと、柔らかい笑みを貼り付けた。

 

「乃木さん」

 

「あれれ、たすくん?」

 

「呼んだだけでオレってわかっちゃうか」

 

「えへへ〜、なんとなくたすくんの方が柔らかい感じがするんだ〜」

 

 この感覚も、きっと聞けばきっちりとした答えが返ってくるのかもな、と思いつつ腕時計に目を落とす。

 

「好きなの、プラネタリウム」

 

「うん、好きだよ〜。私のおうちにもね、小さいのがあるんだ〜」

 

「ああ、そういえば枕元にあったね」

 

「そうそう〜。それでね〜、寝るときにつけて寝るとね〜、なんだか星空に抱きしめられたみたいで、朝までぐっすりなんだよ〜」

 

「それは、素敵だね」

 

 日は傾き始めた。彼女が小学生であることも考えると、そろそろ解散するべき頃合いだろう。

 

 翼は今回の彼女の『お願い』の仕上げとして、最後に行きたいところがないかを尋ねた。

 

「どこか連れて行ってくれるの〜?」

 

「ま、遠すぎないとこならね」

 

「うーん、じゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山だ〜」

 

「……本当にこんなとこで良かったのか?」

 

 最後に連れてきたのは翼が時折気分転換に訪れる裏山。

 翼とチェレーザが初めて『闇の怪獣』になった場所。

 

『たすくんが初めて怪獣になったところに連れて行って』、それが園子の最後のお願いだった。

 

 ばふ、と園子が草原に飛び込み、ごろりと転がる。

 

「あったかいねぇ〜」

 

「今だけさ。日が陰れば寒くなってくるし、夏になれば遮るものがないからクソ暑い」

 

「ふふふ、そっかあ」

 

 よっこら、と翼が寝転がる園子の横に座る。

 

「ここの空は、きれいだねぇ〜。透き通ってて、なんだかラムネ瓶みたい」

 

「……そうか?」

 

「そうだよ〜。手を伸ばせば届いちゃいそう〜」

 

 園子が日が傾きかけ、昼の名残にしがみつくような青空に、そっと手を伸ばして掴み止めようとする。

 もちろん、そんなことで時間が止まることも、日の動きも止まることもなく、翼の腕時計の秒針は世界の一秒を切り取った。

 

 もったいないなぁ、と園子は思ってしまう。

 

「あーあ、私が流れ星になれたらな〜」

 

「?!」

 

「あはは、びっくりしてる〜」

 

 面食らった翼の様子に、園子が春の雲のように笑った。

 

「明後日の夜流星が降るらしいんだよ〜」

 

「ああ、そう言えばそんなことニュースで言ってたな……」

 

「私のおうちからじゃ見えないし、そもそもそんな時間に起きてたらママに怒られちゃうんよ〜」

 

「だから、いっそ流れ星になれたら、ってこと?」

 

「うん。だって自分が流れ星なら周りの流れ星を見放題だし、お願い事だってたくさんできちゃうんだよ〜」

 

「ははは、そりゃいいな。お願いごとし放題か」

 

 くつくつと笑う。

 

「たすくんは、流れ星に願いを叶えてもらえるなら、何を願うの?」

 

「オレ? そーだなぁ」

 

 なんとなしに空を見上げて考えてみる。

 今までのこと、これからのこと、そして、今のこと。

 やりたいことも、やりたかったことも、してみたかったこともたくさんある。

 

 でも、何を考えてもすぐに浮かんできてしまう女の子の顔に、思わず苦笑した。

 

 どうやら、どこまで行っても自分は『そういう奴』らしい。

 

「オレの願いは、みんなの夢が叶いますように、かな」

 

「……それたすくんのお願いとは言わないんじゃない?」

 

「あー、でも今パッと思いつくのはそんくらいでさ」

 

 彼は苦く──けれどもどこか誇らしげに──笑いながら、先ほどの園子のように、自分も空へと向けて手を伸ばした。

 

「鷲尾さんはさ、将来は歴史学者になりたいんだと」

 

 翼は覚えてる。いろんなものを背負ってギチギチになる前の彼女が楽しそうに語った未来を。

 

「そういうのってさ、なんかいいなって思うんだ。夢を持つって、すごく、前へ進むって感じだろ?」

 

 言ってて納得する。

 そうだ、きっと自分の夢に形を与えるならば。

 

「夢を見る権利を守りたいんだ、オレは」

 

 人が前に進み、希望を持つための原動力。

 一度膝をついても、また立ち上がるための道標。

 きっと夢見ることは、誰でも使える素敵な魔法。

 

「だから、みんなの夢が叶いますように?」

 

「それはもちろん君もだぜ、乃木さん」

 

「私も?」

 

「オレは君の夢も、もちろん応援してるんだぜ」

 

「もう、私が何になりたいかも知らないくせに〜」

 

 口を尖らせる園子。

 けれど、翼は何を今更とばかりに眉根を寄せた。

 

「いや、君がなりたいの小説家だろ?」

 

「ええっ?! な、なんでぇっ?!」

 

「おっ、君をびっくりさせたのはこれが初めてかもな」

 

 呆気にとられたように大口を開ける園子を見るのは、今まで驚かされっぱなしだった身としては、思ったよりも気分がいい。

 

「わ、私まだ誰にも言ったことどころか、見せたこともないのに、なんで〜?」

 

「なあに、初歩的なことだよ、ワトソノ君」

 

「わ、ホームズ」

 

 冗談めかしたような口調の翼が、ぱちん、と指を鳴らした。

 

「昨日部屋に行った時、学習机にノートパソコンがあった。基本神樹館にパソコン使うような授業はない。ならアレは君が日常的にパソコンを使ってるって言うことだ」

 

「でもそれだけじゃわからないよね?」

 

「あとは本棚だ。ファンタジー系や恋愛小説に混じって、その手の指南書が置いてあった。アレは、やる気がある人じゃないと買わない」

 

「む、むむ」

 

「トドメは今日だな。君は『男の子と出かけるのが目的』って言ったからな。つまり、君は実体験をいくつか仕入れたかった……まあ、これはチェレーザがぽろっとこぼした事だけどね」

 

「すごいなぁ、たすくんは」

 

「はっはっは、これでも君よりちょっとばかし長生きしてるからね」

 

 笑いつつ、寝転がる園子に目を向ける。

 

「良いじゃないか、小説家。人に夢をあげる素敵なお仕事だ」

 

「……そうだね〜、なれたらいいよね〜」

 

 園子の言葉が濁る。雲のような柔らかい声音に、ほんの少し雨雲が混ざるような、そんなざらつき。

 

()()()()、じゃないんだな」

 

「……たすくんは、私のことを褒めてくれるけど、たすくんも結構目がいいよね〜」

 

 横の少女は困ったように空にまた手を伸ばす。

 届かないものに手を伸ばすように。

 

「うん、なりたいよ、小説家。でもね、私は『乃木』だから」

 

 ほにゃり、と彼女が笑う。まるでその貼り付けられたような笑顔に、翼はなぜ園子が言葉を濁すのかが腑に落ちる。

 

(そうか、乃木さんは乃木本家の一人娘、か)

 

 気づかれないように密かに拳を握る。

 

「親御さんがそう言ったのかい?」

 

「ううん。パパもママも私には好きなことをしていいよ〜って言ってくれるよ〜」

 

「……いい人達だね。素敵だ」

 

「自慢のパパとママだよ。

 ……でもね、私わかっちゃうんだ〜、私はわがままばっかり言うわけにはいかないって」

 

 今の四国を動かすのは大赦だ。

 

 そして園子はその大赦の中核をなす『乃木』の一人娘。

 なら、きっと将来は彼女がなるべきなのは、人に夢を与える小説家などではなく、四国の現実と日々を形にする大赦の一員。

 

 でも、翼はなんだかそれをそのまま受け入れられなかった。

 

 いや、なんだかどころじゃない。

 

 「今度こそ禁煙するから」と言うおっさんの約束くらい、とにかくめちゃくちゃに受け入れられなかった。

 

 そして、それは彼の胸の奥で燻っていた一つの想いに火をつけた。

 

 翼がいきなり身体を跳ね起こして、夕暮れの気配が見え始めた空を見上げた。

 

「たすくん?」

 

「乃木さん、突然だが、オレは今の大赦が好きじゃない」

 

「えっ?」

 

「やたらと秘密主義だし、鷲尾さん達を戦わせるし、つーか、そもそも血筋での権力集中体制が好きじゃねー。仕事は多いし、何かあったら残業上等だし、給料も安い」

 

「と、突然どうしたの〜?」

 

「だから!」

 

 園子が困惑したように半身を起こす。

 翼の視線が園子へ向いた。

 

「オレは君が大人になるまでに、大赦でめちゃくちゃ偉くなって、君が働かなくてもいいくらい完璧な組織に仕上げてやるよ」

 

「え──」

 

「ふふふ、オレは君よりも大人だからな。そのうちガンガン昇進して、大赦の中核に入り、バリバリ改革を行う。そしたら、ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ーーー」

 

「そうしたら、お役御免になった乃木家の当主は……自分の好きなことでもしたらいい」

 

 悪戯っ子のように、翼が薄い三日月を顔に刻んだ。

 園子が俯き、長い髪がカーテンのように彼女の表情を隠す。

 

「……たすくんは、結構無茶苦茶だねえ」

 

「でも悪くないだろ?」

 

「でも、乃木の誰かは大赦にいなきゃいけないんじゃないかな〜」

 

「真面目だなぁ、君は。流石鷲尾さんの友達って感じだ」

 

 嘆息。そしてまた、にひひ、と悪戯っ子の顔。

 

「じゃ、どうしても入らなきゃいけなくなればオレの部下としてコキ使ってやるとするか」

 

「あなたの?」

 

「そ。その頃そこそこの地位になってるオレからの命令で、君は大赦の蔵書管理の部署に飛ばされるんだ。

 んでもって……そうだな、新人の君は、上司のオレによって毎日小説を書きまくる激務の日々を過ごすのさ。辛くて泣いても、やめてあげないかもしれないが、そこのところは覚悟しておいてくれたまえよ」

 

「ーーー」

 

 そして、翼が俯いたままの園子を見て、一番伝えたかったことを──言ってあげたかったことを、口に出した。

 

「君は、君のやりたいことのために生きていいんだよ、乃木さ──」

 

 言い終わるよりも早く、園子に抱きつかれた。

 柔らかい淡い色の髪が風になびき、踊り、翼の胸元に小さな頭があたった。

 

「ちょ、の、乃木さん?!」

 

「……ほんとに、たすくんはすごーく真面目で、すごーくすごーく、優しい人なんだね」

 

 顔を翼の胸元に埋めたまま、園子が何かを言った。

 抱きしめる力が強くなってしまったせいか、その言葉はくぐもって彼まで届かなかったけど、聴き間違えじゃなければ。

 

 自分の両手を見る。

 

 バルタンの時に倒すための剣と、守るための拳に変わる、自分の両手。

 

 翼は、その両手を軽く握って、壊れ物に触れるように恐る恐る、園子に触れた。

 左手を背中に軽く。そして、右手はよく頑張ったねと、褒めるように頭を撫でる。

 

「……どういたしまして」

 

 しばらくどちらも何も言わなかった。

 

 その間、翼は園子の頭に手を置いたまま優しく彼女を撫でていた。

 

 そして彼は、手に伝わる絹のように柔らかで、さらりとした園子の髪を感じながら、思う。

 

(やっべ、手汗かいてきた)

 

 あーあ、台無しだよ。

 

(てか、なんとなくオレ結構危ないこと口走ってなかった? 大丈夫かこれ? というか、そろそろ乃木さんなんとか言ってくれないかな。なんか良い匂いするし、柔らかいしでもう正直……アウト!)

 

 大赦が好きじゃないとか上司に聞かれたら間違いなく首が飛ぶ。

 

 翼が意を決したように、園子を引き剥がした。

 

「乃木さん、あの──」

 

「すぴ〜」

 

「って、寝てんのかよッ! いつからだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、安心しきった顔ですっかり寝こけた園子は、しばらく待ってみたが起きる気配はなく。

 時間も時間だったため、翼は仕方なしに園子をおんぶして下山する。

 

 スカートがめくれないようにかなり気を使ったのは……詳しく書く必要はないだろう。

 

『はあ、ようやく寝たかね』

 

「お、チェレーザ」

 

『やれやれ、これでようやく質問責めからは解放だ』

 

 園子を起こさないように気をつけて歩く。

 

「乃木さんは苦手か?」

 

『む、あー、そうだな。何を考えとるかわからんし、何よりあの兄弟の妹を思い出して……少し落ち着かん』

 

「あの兄弟?」

 

『ふん、むかーし、私と戦ったエセウルトラマンがいたのだよ。ヒーローのなんたるかもわかってないくせに一丁前の口だけ叩く奴らがな』

 

「ふうん、兄弟ウルトラマンってやつか」

 

『あー、思い出すだけで忌々しい! あの兄弟のせいで私はウルトラマンとしての力を失うわ、こんなよくわからない星に来て入った少年の身体から出られなくなるわ……あー、ほんと、不運だよ、不運。最悪だ』

 

「はいはい、そーかよ」

 

 心の中でチェレーザがぶちぶちと文句を言うのを聞きつつ、ふと考える。

 

「なあチェレーザ」

 

『何かね』

 

「お前ってなんで『ウルトラマン』にこだわんの?」

 

『は?』

 

「別に戦うだけなら、倒すだけなら今のバルタンみたいな……『怪獣』でも良いわけじゃんか。

 でも、お前はウルトラマンに拘ってるよな。それってなんでかなって」

 

『……何故いきなりそんなことを聞く?』

 

「うーん、逆に聞かれちゃったな……」

 

 目の前に転がっていた石を蹴りどかす。

 

「乃木さんは一見何考えてるかよくわかんなかった。でもさ、詳しく聞けば、あの子なりに考えていることがたくさんあった」

 

「だからさ」と翼が己の内に目を向ける。

 

「チェレーザがなんで、頑なに敵を倒すためだけに戦おうとするか、それにももっと理由があるんじゃないかって思った」

 

『私に……?』

 

「オレはな、チェレーザ」

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で、黒いモヤと翼が向き合う。

 

「もっとお前のことが知りたいんだ」

 

 分かり合えないと勝手に思ってた。

 チェレーザの話を聞いても無駄だと思ってた。

 頼りになんか、できないと思ってた。

 

 でも、本当は違うんじゃないだろうか? 

 

「チェレーザ、お前が戦う理由って、なんなんだ?」

 

 内的宇宙(インナースペース)の中。漆黒の世界で、蠢くモヤは、目だけを赤く光らせる。

 

『……昔、私はオーブさんに助けられた。あの時、私は誓ったのだ()()()()()()()()()()()()()()()、とな』

 

「真の、ウルトラマンに」

 

『そのためには私は誰よりも強くあらねばならない。負けてはならないんだよ、ヒーローは。

 守れないヒーローよりも……勝てないヒーローの方が論外だ』

 

「……」

 

『人は求める! 完全無欠のヒーローを! 助けてくれと! 救ってくれと! 勝ってくれと! 

 ならば……私が応えるべきなのはその叫びだ。

 絶対に勝てなければ、戦う力を持っていても意味がないんだよ』

 

 チェレーザは知っている。

 修行をしても結局仲間を、師匠を殺されたウルトラマンを。

 チェレーザは知っている。

 教師という立場にありながらも、結局生徒を最後まで担任できなかったウルトラマンを。

 チェレーザは知っている。

 力が足りずに大きく傷つき、光の国へと帰れと言われたウルトラマンを。

 

 だからこそ、必要なものは『力』だと思う。

 

 ……まあ、チェレーザは同時に力があるならば、人々は称賛すべきだと思っており、そして自分はなによりも崇められるべきと思っているのだが。

 

 それはそれ。

 

 きっと、チェレーザの考えも一側面ではきっと間違っていない。

 

「いや、チェレーザ、そうじゃないだろ」

 

 でも、()()()()()()()という少年がいた。

 

「お前がさっき乃木さんに話してた『ウルトラマン』はさ、絶対勝てる人じゃなくて、()()()()()()()()()()()()って感じがしたけど、違うか?」

 

「ーーー!」

 

 チェレーザが言葉を失う。

 

「勘違いかと思ったけど、その感じならそう的外れなこと言ったわけでもなさそうだな」

 

 翼が、ほんの少し笑って見せる。

 

「オレたちは『怪獣』だ。『ウルトラマン』にはなれない。でもさ」

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で、黒々としたもやの胸の高さに、拳を打ち付けた。

 

 きっと、大切なものを見る目がある場所へと。

 

「せめて、オレたちの在り方くらいはヒーローを目指しても良いと思わないか?」

 

 倒すだけじゃなくて守ることを。

 絶対に負けないのではなくて、何度も立ち上がることを。

 

 目指しても良いんじゃないだろうか? 

 

『なーーーーにを甘っちょろいことを言っとるんだね君は!』

 

「う、うるさっ」

 

『ハンッ! 長々と何をいうかと思えば! 毒にも薬にもならんことを言いおって! あーやだやだこれだから百年も生きられない種族は!』

 

「はいはい、くだんねーこと言って悪かったな」

 

 またぎゃいぎゃいと騒ぎ出すチェレーザ。

 

 空を見る。もう夕暮れだ。

 

 その赤さが、翼の脳裏にかの紅蓮の巨人を連想させた。

 

「ウルトラマン、ゼロか」

 

 太平風土記にあった予言をそらんじる。

 

「大地の理書き変わりし時吹き荒るるは

 地を燃やし闇を無に帰す光の巨人

 其は原初にして終焉の名を冠し

 焔の剣にて勇者を討つ

 業火は魔剣にて切り裂けず

 纏う嵐のみが道を開く」

 

 その予言の多くの意味はわかった。

 

 だがずっと意味が掴めないフレーズがある。

 

「業火は魔剣にて切り裂けず……纏う嵐のみが道を開く」

 

 前の予言は勇者たちの死の予言であり、書いてある内容自体は明確であった。

 闇が怪獣。光がウルトラマンだ。

 

 けれど、今回のキーワードは嵐。

 

(もしかして、クリスタルのことか?)

 

 翼がポケットの中に入っている『剣』のクリスタルともう一つを思い出す。

 

「でも、エレキングは『雷』だ。『嵐』じゃない」

 

 はあ、と今日何度目か分からない大きな嘆息を溢す。

 

「空を飛んで、しかもオレを遥かに上回る格闘技術とか……あーくそ、せめてどっちかでも対等に持ち込めりゃな」

 

 翼とて怪獣となって何もしていない訳ではない。せめてゼロの弱点を見つけようと舐めるように映像を見て、樹海のどこで抑えれば被害が抑えられるかの分析もした。

 

 けれど、出てくる結論は、いつも一つ。

 

「空に投げ飛ばされた時、あの乃木さんの援護があれば……」

 

 言いかけて、ぶんぶんと首を振る。

 

「違うだろ。オレが、オレだけでも勝つんだ。そのために今日あの子に夢の話をしたんだろ」

 

 自分に言い聞かせるような言葉を繰り返す。

 

 それを、いつの間にか目を覚ましていた園子は、背中越しに聞いているとも知らず。

 

 しばらくして、翼と園子が長い山道を抜け、裏山を出る。

 さて、乃木本家は、と目を向けた翼の前で対面の横断歩道の信号が緑に点滅し始めた。

 

「あ、やべっ」

 

 慌てたように走り出そうとして──じり、と肌がひりつき、目の前で横断歩道の点滅が青のままピタリと止まる。

 

 状況を理解するのに、一呼吸も必要としなかった。

 

「乃木さん起きろ!」

 

「ふぇっ!?」

 

 背中へ怒鳴った瞬間、夕焼けが一層紅く輝き、()()()()()()()()()()()()、光の巨人が結界を蹴破り、落ちてくる。

 

『な、う、ウルトラマンゼロッ?!』

 

 翼の困惑を代弁するかのようなチェレーザの声。

 しかし、ゼロはそれすらも許さぬとばかりに、全長40メートルを超える巨人の燃える右足を加速そのままに叩きつける。

 

「──っ」

 

 敵は大橋の方からしか来なかったんじゃないのか。そういえばウルトラマンも初めての時は。でも何故今。アレほど手傷を負っていたはずなのに。まだ一日だぞ。いやここは街の中で。そもそもまだ対策なんて取れてない────。

 

 無数の思考が入り乱れ、けれど逡巡は束の間。

 

 翼が、世界が止まったこの一瞬の隙に背中の園子を山の、なるべく草が集まっていて痛くなさそうなところへ、思いっきり放り投げた。

 

「たすく──」

 

 園子が遠ざかっていき、翼は頭上を睨み、現れたジャイロを掴み取る。

 

「チェレーザ!」

 

『御託はなし! 行くぞ少年!』

 

「ああ!」

 

 翼がポケットのクリスタルを掴み、嵌め込む。

 

「コネクト! バルタン星人!」

 

《 バルタン星人! 》

 

 音ともに剣持つバルタン星人のビジョンが現れ、内的宇宙(インナースペース)の中に溶ける。 

 

『レバーは!』

 

「三回だろ!」

 

 慌てたように、二人の声が重なった。

 

 

 

「纏うは剣! 闇纏う魔剣!」

『纏うは剣! 闇纏う魔剣!』

 

 

 

 瞬間。日が沈み夜が世界を覆い隠すように闇が広がり。

 拳を突き上げた少年を、天を衝く怪獣へと姿を変えた。

 

 

「ぐ、ぐううううっ!」

 

 灼熱の蹴りがバルタンに突き刺さる。

 巨大化する瞬間に十字を組みながらバルタンへと変身したため、かろうじてガードは間に合ったものの、それで防ぎ切れるほどゼロの蹴りは甘くない。

 

「──セェアっ!」

 

『まだ身体が青い! てことは、クリスタルの力はまだかよ!』

 

 振るわれるゼロスラッガー。受け止めるバルタンの魔剣。

 ぎいん、と金属同士の甲高い音が響き、ゼロが空へと逃れ、バルタンが無意識に後ろへ下が──れない。

 

 今バルタンは街の中にいる。

 

 歩けば、それだけで街が壊れてしまう。

 

 対策が終わってない? 

 戦いからまた一日しか経ってない? 

 瀬戸大橋の結界の穴から侵入してこなかった? 

 

 誰が、そんなことを気にするというのか。

 バーテックスは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ウルトラマン……ゼロッ!』

 

 怪獣退治の専門家とも呼ばれる巨人の一人は、ただ無慈悲に、その役目をこなすだけだ。

 

 

「──エメリウムスラッシュ」

 

 

『白色! 破壊光弾!』

 

 

 街と、人と、そして勇者。

 

 あまりにも守るものが多すぎる怪獣と、何も持たずただ殺すために戦うウルトラマンの、リベンジマッチの火蓋が、白と緑の光によって彩られた。

 

 

 




 ゼロとバルタン。
 その実力差、およそ100:30。


チェレーザは基本『』で話しますが、これは外に声が聞こえているというわけではなく、演出上の理由でそうなっています。
外に自分の気持ちを伝えたければ絶対に翼の口を通さなきゃいけないんですね。
なので、たぶん翼が気を抜いている時とかは、チェレーザが勝手に喋り出すせいで、一つの口でマシンガンのように話し続けてて、側からは二重人格みたいに見えてるやつ。


ああ、あとゆゆゆ杯っていう企画が合ってますね。チラッと覗いてみると面白いかもしれません。
まああと3時間で終わるんですけどねヌハハ。

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