「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

10 / 25
2

 リュウはごく自然に聞きたいことを蓮華に聞く。

 否、違う。

 本人はごく自然に聞きたいことを蓮華に聞いたつもりで聞いた。

 

「そうだ、その……友奈、どうだ。健康だとは思うけどよ、無理してねェか?」

 

 鷲尾リュウ、貴方会話の中で自然に自分の聞きたいこと聞くために話題誘導するの死ぬほどヘタクソね……と、弥勒蓮華は思った。

 

「今朝お見舞いに来てたけど、風邪気味だったみたいよ。悪化してないと良いけど」

 

「! 本当かッ!? いや待て、風邪気味って言っても程度あるよな、どのくらいだ!?」

 

「落ち着きなさい。男が底を見せるべきではないわ。慌てず騒がず、不敵に笑いなさい」

 

「……すまねェ、焦った。あと不敵に笑う癖が付くとお前みたいになりそうだから嫌」

 

「あら、そう」

 

 友奈が風邪と聞いた途端にそわそわし始めたリュウの様子に、その分かりやすさに、蓮華は思わず笑顔になってしまう。

 陣営的には蓮華とは敵対関係にあるというのに、虚言を疑うことすらしていない。

 魂の底から悪人が似合わない人間との会話に、蓮華はどこか心地良さすら感じていた。

 

「風邪か……悪化してたら見舞いに……いや違ェその隙に大赦潰さねえと」

 

「面白くらい動揺してるわね」

 

「何が面白いッてンだぶっ殺すぞ!!」

 

「やれるものならやってみなさい。相手になるわ」

 

「……」

 

 ダークリングによりカッとなりやすくなったリュウが思わず声を張り上げる。

 が、片足ギプスで能力も封印されているのに、たおやかな指先をクイックイッと動かし挑発してくる蓮華を見ていたら、その熱も冷めてしまった。

 蓮華の動きが読めない。

 というか思考が読めない。

 弥勒蓮華がリュウの心の動きを見抜いて怒気を抜いているのか、それとも天然全開で振る舞って結果的に鎮めているのか、リュウには全く分からなかった。

 

「安心なさい。あの友奈が風邪ごときにやられるわけないでしょう」

 

「……そりゃ、そうなんだが」

 

「男ならドンと構えていなさい。その方が凛々しくて良いわよ」

 

「……昔、オレが風邪引いたことあった。

 結構タチの悪い病原菌だッたらしくてな。

 酷い風邪にオレは記憶もほとんど吹ッ飛んだくらいでよ。

 そんなオレを懸命に看病してくれたのが、命の恩人が、友奈だったンだ」

 

「親も看病してくれたでしょう?」

 

「……? 友奈が看病してくれたって言ってんだから友奈だけだが」

 

「……」

 

「親がくれた薬が最高に効いたから翌日には元気になってたな、確か」

 

 常識は、環境が作る。

 リュウは時折自分が当然のように語る家庭環境がおかしいことに気付いていないし、蓮華はそこに確かな引っ掛かりを覚えてしまう。

 けれども今は、茶々を入れず話を進めた。

 

「あいつが風邪引いて辛い思いをしてるなら、助けに行きてえ、行きてえけど……」

 

「行けばいいじゃない。今なら弥勒に全てを任せて行っていいわよ」

 

「話してて分かった。テメー喋る前に結構何も考えてねェな」

 

 心外、といった顔を蓮華がする。

 なんでそこでそんな顔するんだ自覚持て……といった顔をリュウがした。

 

「……決着をつけるまでは友奈には会えねェ」

 

「無為なこだわり、男の意地、どちらで呼んでほしい?」

 

「どっちもお断りだ」

 

 紅茶を飲み切ったリュウのカップをするりと取り、蓮華はおかわりを入れていく。

 

「一旦状況を整理しましょう。

 大赦にはこの状況を招いた人間がいるものの、特定は不可能。

 多くの者は事情を知らず、けれどその流れに乗っている。

 その人間のせいで友奈と貴方は戦わなければならない。

 弥勒が貴方と友奈と大赦を倒し全てを解決する……というわけね」

 

「その話題整理本当に正しい?」

 

「ええ」

 

 この自信の一割くらいオレにあったらな……と、リュウはついつい思ってしまうのだった。

 

「続きを話しなさい、鷲尾リュウ。まだ話してないことがあるでしょう?」

 

「……なんで分かるんだお前」

 

「貴方が分かりやすいだけよ。女が皆友奈ほど鈍感ではないと知っておくべきね」

 

「さらっと友奈に本当のこと言ってんじゃねェぞ」

 

 はぁ、とリュウは溜め息を吐く。

 何気なく時計を確認する。

 リュウは朝の内に、溶けるまでの時間がそれぞれ違う痛み止めのカプセルを飲んでいた。

 彼の計算では、朝大量に飲み直した痛み止めのカプセルが順次腹の中で溶けていって、その効力が自分に対し発揮されなくなるまで、まだ十分な時間がある。

 まだ話に付き合っていても問題はないらしい。

 リュウとしては、眼球がぽろりと落ちた左目を覆っている包帯に血が滲んでしまう前に、拠点に帰りたいという意向を持っているようだ。

 

 リュウは今日、施設から強奪してきた資料のことを蓮華に伝え始める。

 

「ちょっと嫌になることがあってな、オレとか使って出世してた野郎のことなンだが」

 

「不細工だったとかかしら」

 

「それそんなに嫌か?

 まあいい、一回整理するか。

 西暦の終末戦争時、どっかの勇者がやらかした。

 勇者の力を大赦が勝手に取り上げられなくなった。

 感情で暴走し得る少女、ってもんを信用しない一派ができた。

 だからオレみたいな鏑矢へのカウンターも用意された。

 それが回り回って今のぶっ殺すしかねェ状況を作り上げてるンだな」

 

「ええ。友奈なんて特に感情で何かしてしまいそうだわ」

 

「いやあいつはどっちかっつーと保守派だしお前の方がまだやらかしそうだろ……」

 

「そう?」

 

「当たり前だァ!

 ……で、その流れを誘導してるやつがいた。

 オレらを利用して上司を引きずり下ろしてたんだと。

 だからオレらが邪魔になったらしいな、クソみてェな話だ」

 

 リュウは鏑矢が無実の人間を殺していたかもしれない、という可能性の噂話を、赤嶺友奈と弥勒蓮華のために黙った。

 蓮華はなんとなくに、嘘をつかれたことを察した。

 

「それで何故嫌な気持ちになったのかしら」

 

「そのやらかした大赦の奴には、息子がいたンだそうだ。重病で難病な幼い子供が」

 

「……子供」

 

「西暦末期の技術は多くが失われちまッた。

 難病に効く薬も再生産できなくなっちまッてる。

 何もかも神樹様が作れンなら、勇者の武器とか量産してるだろうしな。

 西暦時代の薬在庫も片っ端から尽き始めてる。

 倉庫から最後の在庫を引っ張り出すには、相当偉くなきゃ無理だ。

 今となっちゃ黄金以上の貴重品だしな。

 難病の子供を抱えた親は、子供が死ぬ前に、一秒でも早く権力を手に入れようとする」

 

「ああ……そういうことね」

 

「何をしてでも、誰を踏みつけにしてでも、子供を救いたかった親が居たンだとさ」

 

 伏せるべき部分を伏せ、リュウは強奪した資料から把握した事実を語る。

 

 鏑矢やリュウを使い、自分より上の人間を殺し、一刻も早く出世しようとし、実際に成功して、今もなお息子を助けるために、権力の座にしがみついている者が居るのなら。

 その者が元凶であるのなら。

 その者が友奈やリュウの現在の不幸の原因でもあるのなら。

 その者を殺すのは正義なのか、悪なのか。

 

 愛する我が子を救うために悪行を行わなければならない時、悪行を為して子を救った者は、無慈悲に殺されるべき悪なのか、そうでないのか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。オレはそれを肯定する」

 

 その男も、リュウも、抱えている道徳的問題は同じだ。

 

 『愛のためという理由があれば、何をしても許されるのか?』

 

 その愛のために踏み潰された名も無き人達は、あの世で何を思うのだろうか。

 

「……他の誰がこいつを否定できても、オレだけは、否定できる道理がねェ……」

 

 子を愛する親は鏑矢とリュウの死を望む。

 口封じの失敗と秘密の発覚は、親の破滅と権力の喪失、薬無き子の死を意味する。

 リュウはその親の死を望む。

 "子のためなら何でもする親"に思うところはあれど、その者が鏑矢の死を望むなら、大赦全員まとめてでも殺すことに躊躇いはない。

 

 顔も合わせないまま、一度も会話しないまま、二人の男は殺意を固めた。

 己が大切な人の幸福と生のために、相手とその大切な人の生を絶対に許さないことを決めた。

 

「オレはオレと同じ願いを、オレの意思で踏み潰すンだ。容赦なく、迷いなく」

 

 蓮華はリュウの表情を覗き込み、彼ですら気付かない彼の気持ちを汲み取ってくれる。

 

「辛い?」

 

「さァな。だが正直、ちょっと堪えた。

 なんつーか、傲慢な悪とか……

 人の情なんて知らねェ人非人とか……

 倒せばいい邪悪とか、居てほしかったのかもな、オレは……」

 

「こんなに人間らしいとは思わなかった? もっと共感できない悪だと思っていた?」

 

「……そう、だな」

 

「弥勒は十分悪だと思うわ。だからこそ貴方は苦しんでいるのでしょう?」

 

「こいつが死んでいい悪ならオレも死んでいい悪だ、間違いなくな。同類だよ」

 

「それを決めるのは弥勒よ」

 

「一言で話の流れを持っていくんじゃねェ、話術の豪腕ゴリラか」

 

 蓮華はくすくすと笑む。

 リュウは蓮華と話していると疲れるが、同時に闇に向かう自分の心が"以前の自分"に戻っていっていることも感じていた。

 心が少し、明るくなっている。

 心のどこかが、彼女から光を貰っている。

 

「こんな世界じゃなけりゃァな」

 

「そうね」

 

「まるで、子供に小さな箱にギュウギュウ詰めにされた虫だ。

 箱が四国で、虫が人間(オレたち)

 虫は死にたくなけりゃ他の虫を食い殺すしかねェ。

 全部の虫が生き残れはしねェ。

 虫が死んだのは殺した虫が居たからで、そいつが悪いが。

 広い目で見りゃ、こんな箱に虫を詰め込んだ奴が悪いンだよなァ……」

 

 リュウは友奈と蓮華を対照的な人間だと感じつつも、どこか似通ったものを感じていた。

 心強く、諦めが悪く、根底が善性であり、周囲の人間に光を与え、どこか純なところがあって、他人の不幸を喜ばず他人の幸福を喜び、花のような微笑みで日々を生きる。

 きっとそれは、"神に選ばれる少女が共通して持つ資質"なのだろう。

 

 友奈の大切な人を蓮華は守ろうとする。

 蓮華の大切な人を友奈は守ろうとする。

 それがごく自然にできるのが親友というものである。

 弥勒蓮華が鷲尾リュウを気遣っていることと、そこが無関係ということはないだろう。

 その関係は美しく、リュウは意味がないと分かっていても、思ってしまう。

 皆、友奈や蓮華のようであれば……と。

 

―――他の人が大事にしてるものを大事にする優しさって、皆なんでかなくしちゃうみたいだから

 

 自分も含めて皆がそれを持てた世界であれば、どんなに良かっただろうかと思ってしまう。

 何故リュウが苦しいのか。

 それは今の戦いが、幸福を奪い合う戦いだからだ。

 

 友奈の未来と皆の未来が両立できない。

 リュウの幸福と他人の幸福が両立できない。

 元凶の男の大切な人と、リュウの大切な人の、未来と幸福が両立できない。

 幸福というパイを奪い合っているから、全員が幸せになることができない。

 

 友奈と蓮華のように、他人が大切にしているものを大切できて、他人の幸せをごく自然に願い、他人の不幸をなくそうと皆が生きられたら、皆幸せになれるのだろうか。

 それで、世界は理想の形になるのだろうか。

 ならない。

 そんな夢物語が実現しても、絶対にならない。

 何故なら、ここは結界という鳥籠の中だから。

 結界の外の世界は全て燃え尽き、そこには人食いの怪物が星の数ほど跋扈しているから。

 いずれそれが、この最後に残った世界も滅ぼすから。

 

 リュウが生まれた時点でもう、人類が皆幸福になる可能性など、世界のどこにも無かった。

 

「なんで皆幸せになるってだけでこんなに難しいんだろうなァ」

 

「弥勒は知っているわ。幸せにする気がないからね」

 

「……ん? すまねェ、意味がよくわからなかった」

 

「赤の他人を幸せにする気と、自分自身を幸せにする気がないから。分かる?」

 

「……」

 

「他人を幸せにする気が無い人は自分勝手になるわ。

 自分を幸せにする気が無い人は自暴自棄になるわ。

 自分の幸せを求めてるなら、話し合いと妥協の歩み寄りはあるわ。

 でも他人の幸せを求めてるなら、絶対に譲れないことがある。

 何もかもが無いと、視野が狭くなって、どうしようもなく何もかも壊してしまう」

 

「……」

 

「貴方のことよ?」

 

「分かってるよ! 念押し確認やめろ!

 黙ってンのはオレが悪だと分かってるからで言ってること分かってねェとかじゃねえから!」

 

「そう、よかった。遠回しな言い方をしすぎたとちょっと反省していたところだったから」

 

「なんなんだよもう……」

 

 何気ない会話の中で、リュウは理解していく。

 リュウに同情し腫れ物扱いするわけでもなく、憎み怒り敵として見るのでもなく、正論で叩きのめし改心させようとすることもなく、ごく自然に接する蓮華。

 それがどれだけ、心地良く話せる空気を作ってくれているのかを。

 

 弥勒蓮華は大物だ、と心底リュウは思っていた。

 いつも戦いを影から見ていたが、話さなければ分からないことというものはある。

 

「だから貴方に必要なのは、悪で在ると意識することではなく、幸せになろうとすることよ」

 

「―――」

 

「貴方がそういう風にならないと、貴方に友奈の命運を任せる気にはなれないわ」

 

 蓮華と話して初めて分かる、蓮華の人格や、"蓮華が思う正しい生き方"があった。

 

「かっけェな」

 

「ええ、それは弥勒が弥勒だからよ」

 

 謙遜の欠片も無い自信満々な振る舞いに、リュウは尊敬すら覚えていた。

 

 トントントン、と小気味のいい音が響く。

 

「ところでなんで話の途中で突然料理し始めたンだお前……」

 

「空腹になったからよ。他に理由があるかしら?」

 

「ああ、うん、いいんじゃねェの」

 

「貴方も空腹でしょう? 座ってなさい、今二人分運ぶから」

 

 蓮華の行動に一々反応していると話が進まないので、蓮華が話しやすいように話してやるには、かつまともに話すには、そこそこ蓮華の変なところを受け入れスルーしてやるべきだと、リュウはこの短時間で把握していた。

 

「はい、弥勒飯。数字で言えば56億7千万の旨味よ」

 

「旨味で脳味噌ショートするわンなもん」

 

 美味しそうな粥。野菜が姿を見せ、香りで食欲を掻き立てる、中華系の粥だった。

 リュウは丼に盛られたそれを、じっと見つめる。

 食べることなく、じっと見つめる。

 

「? 何かお気に召さないところでもあったかしら」

 

「あ、いや」

 

 蓮華は怪訝な表情になり、妙なものを見る目でリュウを見る。

 リュウの視線は妙だった。

 美味しい料理を前にした反応というよりは、生まれて初めて宝石を見た人間が、宝石から目が離せないまま感動に体を震わせているような、そんな反応。

 

「……」

 

 リュウは粥に手を付けた。

 手を伸ばし、ひとすくいし、口に運び、よく味わうように噛み締める。

 

「……うまっ! うまっうまっ」

 

「そうでしょう。多少なりと腕に覚えがあるのよ」

 

 長く綺麗な黒髪をかき上げ、蓮華が得意げに笑う。

 

「うまっ……うまっ、うまっうまっ」

 

「語彙が死んでない?」

 

 リュウはすぐ料理に夢中になったが、蓮華は気分を良くしつつも、僅かな違和感を覚えた。

 美味しい料理に夢中になった人間は料理を食べる速度が少し上がる。

 子供は特に、喉に詰まりそうなくらいにがっつくことが多い。

 リュウは手の動きこそ速まったが、口に入れてからはむしろ遅く、口に入れた食べ物をとてもゆっくりと、しっかりと味わっている。

 

 ぼんやりと見ていると違いは分からない。

 だが観察力のある人間が見ると僅かな違和感を覚える、『美味しい料理をゆっくり味わっている』のとは違う、『価値あるものをよく感じようとしている』所作。

 食欲という本能的欲求ではない、理性面における欲求による何かだ。

 

「美味いな」

 

 鷲尾リュウが弥勒蓮華を知らないように。

 

 弥勒蓮華も鷲尾リュウのことを何も知らない。

 

「他人の手料理、生まれて初めて食べた。こんなに暖かくて、美味しかったんだな」

 

「―――」

 

 蓮華の料理に夢中になっていたリュウは、"信じられない当たり前の中で生きてきた"彼の中の常識を基準に発言し、それを聞いた蓮華の表情の動きにも気付いていなかった。

 人間も、動物も、幼少期は弱い。

 単独では生きていけない。絶対に。

 だから親に世話をされなければ死ぬ。

 よって、子は基本的に親が与える食を得て生きている。

 

 ライオンは子の代わりに狩りをして肉を子に与え、虫は子の卵の周りに加工した食料を置いておき、チンパンジーは加熱した肉の味を好ましいものと思い子に与える。

 普通の家庭では親が、孤児院なら管理者の大人が、料理ができない家庭では家族で行った料理店の料理人が、子供に手料理を食べさせてくれる。

 記憶に強く残っていないだけで、他人の手料理を食べたことがない人間というのは、日本社会のシステムにおいてほぼ居ないと言っていい。

 

 でももしも、それらの一切が無い人間が居たとすれば?

 

「給食と、コンビニ飯と、特別食と、あと自分で作った飯くらいか。オレが食ったことある飯って」

 

「……」

 

「そっか、これが手料理か。あ、女の子の手料理だからもっと喜んだ方が良いンだろか」

 

「……お父様やお母様は作ってくれなかったの? 外食は?」

 

「お手伝いさんに言えば作ってもらえるって聞いてたな。

 でもよォ、ンなことで仕事増やすの申しわけなくねェ?

 だから自分で飯作り覚えたんだよなァ……

 うんと小さな頃はいつの間にか部屋に食べ物が何か置いてあったな。

 あ、別に貧乏だったとかじゃねェぞ。

 オレ以外の家族は家族で飯食いに行ったりはしてたかンな。

 母親も料理上手で近所の評判の人だったしよ。

 部屋に非常食は常備されてて餓え死にだけはすンなって父親に言われてた記憶がある」

 

「……」

 

「あー、なんつーか本当に美味いって感想しか出てこねェな……」

 

 少女の脳裏に、家族で料亭に行き美味しいものを食べて家族で笑い合う鷲尾家と、一人だけ家に置いていかれて非常食を黙々と食べるリュウの姿が、想像される。

 "現実には過去のリュウはその時泣いていた"ということを除けば、その推察に似た想像はほぼ正解を導き出していた。

 

 リュウは同情してほしくて話しているわけではない。

 自分の中の常識を話しているだけ。

 なのに、どこか薄ら寒い家庭環境が伝わってくる。

 

 昆虫ですら、子のための餌に、他の昆虫を噛み砕いて練り上げた肉団子を作るのに。

 彼の幼少期にはそれ以上に熱がない。

 虫よりも人間らしさがない。

 

「暖かいンだ。それが良い。漫画とかの真心の込もった料理ッてこんな感じなのか?」

 

「……」

 

 リュウはとても喜んでいる。

 蓮華の料理の腕を認めて褒め称えるのではなく、弥勒に与えられた『気持ちのこもった手料理』をとても喜んでいる。

 蓮華の料理の腕を尊敬するのではなく、蓮華の暖かな行為に感謝している。

 おいしい、おいしい、と言ってはいるが、その実彼の内心に満ちる感情は『幸せ』だった。

 

 親に対し求め、願い、何も与えられず、空虚なままに諦めた者は、胸の内に穴を抱えている。

 それは自分自身では絶対に埋められない心の穴だ。

 何年もそれを埋め続けてくれた赤嶺友奈が居た。

 残っていた穴の一つを今埋めてくれた、弥勒蓮華が居た。

 他の人なら「とても美味しい」「弥勒さんは料理が上手だね」で終わるのに、それで終わらないのは、彼の幸福がどこか欠損してしまっているから。

 

 リュウが幸福そうな表情をするのとは対照的に、蓮華は今日一番に真剣な顔をして彼を見つめていた。

 それは弥勒蓮華が今日初めて見せた、驚愕であり、動揺であり、同情であり、リュウには察することができない"優しい者が持つ理不尽への憤り"だった。

 

「うま、うまっ」

 

 リュウが食べていた粥は小さめの丼に盛られていたが、リュウはその2/3程を食べたところで手が止まる。

 叩きのめされたダメージが残る彼の内臓に、これ以上は入らない。

 

「ふう。あんまり胃の調子良くなくて悪ィ。残したくなかったンだが……」

 

「いいのよ。調子が悪いのは分かってたわ」

 

「ん、そか」

 

 リュウの顔色の悪さは目に見えていたし、体は引きずるようにしか動かせていなかった。

 それを気遣い、蓮華は食べやすい粥をセレクトしていたのである。

 リュウがそれを『真心の込もった料理』と表現し、蓮華は自分の気遣いが理解されたことを嬉しく思いつつ、少しの気恥ずかしさを感じていた。

 同時に、リュウが食べ切れる範囲を見誤った己を恥じ、自分の読み以上に弱り切っていたリュウの体調を心配もしていた。

 

(重病人レベルに食が細いわね……)

 

 リュウにとっては何もかもが初めての経験だったはずだ。

 他人の手料理も。

 その暖かさも。

 作り手が自分の体調を気遣ってくれる料理の食べやすさも。

 自分のために作られた料理を残してしまう後ろめたさも。

 全部初めての体験で、全部彼の中で大切な思い出として大切な宝物になることだろう。

 蓮華にもそうなることは分かっていた。

 

「次は貴方が笑顔で『御馳走様』を言える量を見極めておくわ」

 

 蓮華にとっては次の自分はもっと成長している、という宣言。

 リュウにとっては自分の中で習慣になっていなかった『当たり前』を気付かせる一言。

 

「……ごちそうさま」

 

「御粗末様」

 

 リュウは黒く短い髪を掻く。

 慣れていない空気に戸惑う自分をごまかすように。

 蓮華は綺麗な長い黒髪をさらさらと揺らす。

 華美に微笑み、ごく自然に感謝を受け取っていた。

 

 リュウはおずおずと何かを言おうとし、言おうとするのをやめ、けれどすぐにまた言おうとし、口ごもる。

 

「あの」

 

「なにかしら?」

 

「その」

 

 それは、自分で他人を傷付け痛めつけておきながら許されたいと思う闇の醜悪だったのか。

 それとも、弥勒蓮華が頑なだった彼から引き出した、彼の弱さだったのか。

 

 

 

「……その足、痛くないか?」

 

 

 

 謝るように口にしたその一言が、微笑む蓮華に最後の選択を決めさせた。

 

 他人ならよかった。

 他人なら傷付けられた。

 "友奈の仲間"なら、足を折ってしまうくらいは選べた。

 友奈には傷一つ付けられなかったが、蓮華の足なら折れた。

 けれど"弥勒蓮華という優しい少女"と認識してしまえば、もうダメだ。

 

 きっと、次はもう折れない。

 

「この程度の痛み気にするほどでもないわ。

 幼少期に道路で転んだ時ほどにも痛くなかったわね」

 

「それは流石に嘘だろ」

 

「貴方が手加減しすぎたんじゃないかしら」

 

「手加減しようがしまいが足折られたらクソ痛いに決まッてんだろ何言ってんだ?」

 

 蓮華は優雅で、華麗で、自信満々で、その所作は美しく、怒りも憎しみも見せない。

 

 彼を許すのではなく、己が強いがためにそんな罪は最初から無かったのだと強弁する。

 

 彼女の倫理は強固であるがために、人を傷付けることを罪と定義する。

 リュウが行おうとしている人類史最大級の犯罪行為を罪と定義する。

 そして"それはそれこれはこれ"の精神で、リュウが自分を傷付けたことを、罪であると認めていなかった。

 リュウが蓮華に謝罪の言葉を言えないのは、言おうとして踏み留まって傷の心配をしたのは、リュウ自身が『謝って許されちゃいけない』と思っているからだと、蓮華は理解していた。

 

「いいえ、痛くないわ。

 この程度の痛みで誰かを責めるほど、弥勒は弱い女ではないと心得なさい」

 

 その振る舞い、言動、在り方は、鷲尾リュウの心に僅かなれども救いを与える最適解。

 

「……そうかよ。謝らねェぞ」

 

「ええ。貴方はそれでいいのよ」

 

「だけど、ありがとう」

 

「素直で良し。ひねくれた振る舞いはしない方がきっと格好良いわよ、貴方」

 

「……」

 

 照れた様子で、リュウは蓮華の顔を真っ直ぐに見られなくなり、顔を逸らす。

 

「料理もありがとな。思い残すことがまた一つ、無くなった気がする」

 

 その直後に彼がごく自然に口にした心の言葉は、蓮華が聞き捨てならない言葉であった。

 

「生きることを諦めなければ、何度でも食べられるわ」

 

「一回で良い。十分だ」

 

「弥勒の料理を一回で堪能し尽くしたつもり? 傲慢ね」

 

「一回で満足できた。お前の料理が美味しかったお陰だ」

 

 一途であるということと、頑固であることと、不器用であること。

 それは一人の人間に同時に備わりやすいものだ。

 蓮華の軽い挑発にも全く反応しないリュウに、蓮華は"鷲尾リュウの芯にあるもの"を感じた。

 

「お前の気遣いを受け取るのは、ここまでで良いンだ」

 

「このままの貴方のやり方だと、貴方のためにも友奈のためにもならないわよ」

 

「だけどお前のやり方だと、お前のためになんねェだろ。気付かないとでも思ったのか?」

 

「―――」

 

「てめェオレより弱いんだから無理すんな。自分のことだけ考えてろ」

 

 弥勒蓮華は万民の暮らしのために、世界の平穏のために、そして友奈とリュウのために、全てを自分が成し遂げるという提案をした。

 だが、無理だ。

 根本的に何もかもが足りていない。

 主に強さが足りていない。

 弥勒蓮華は既にリュウのゼットンとの一対一にて足を折られ、敗北している。

 

 それが分かっていない彼女ではない。

 彼女は"全員笑って終わる"極めて低い低い可能性を諦めず、不可能にも思える事象に挑み、それを実現しようとしただけ。

 可能性が極低なことを知りながら、それを自信満々に語っていただけだ。

 

 諦めていないだけなのだ。

 赤嶺友奈と鷲尾リュウが、何の罪悪感もなく、笑顔で再会する未来の可能性を。

 

 だがそれは、リスクが高すぎる。

 そして、弥勒蓮華の抱えるリスクが大きすぎる。

 世界全てを敵に回すという点がリュウと同じでも、弥勒には友奈の花結装もリュウのダークリングもなく、リュウが解放しなければ神の力の行使すらできない。

 消耗戦に持ち込めば大赦ですら簡単に射殺できてしまうだろう。

 

 守るべき人々と、倒すべき悪の二極しか無いと思っているのが友奈で。

 絶望に苦しみながら何もかもを踏み潰して友奈だけは救おうとしたのがリュウで。

 二人のどちらよりも勝率の低い地獄の道へ笑って踏み込もうとしたのが蓮華だった。

 三人に共通点があるとすれば。その戦いはただ、自分以外の誰かの幸福と笑顔のために。

 

 今の四国という環境において、最強最良が友奈なら、最愚最悪がリュウであり、蓮華は最弱最善であると言えた。

 

「お前、オレの行動の結果今の社会が終わったら、オレを許さねェだろ」

 

「……」

 

「変にオレに同情すンなよ。

 話してて何を思ったか知らねェけどな。

 不可能だと最初から分かってて挑むこたァねェだろ?

 まあでも、お前がオレの事情を汲んでくれンなら……頼みてェことがある」

 

「言ってみなさい」

 

「オレが負けたら……いや、死んだら。友奈を頼む」

 

 蓮華が細く小さな溜め息を吐いたことに、喋ることに集中していたリュウは気付かなかった。

 

「オレが死んでる時点でどうにもならないかもなァ。

 だけどお前が後に居ると思えば、ちッとは安心して戦いに……」

 

「負け犬の考えね。もう負けた後の事を考えている」

 

「……なんだと?」

 

「いえ、夢見がちな自爆テロリストの考えかしら。

 死んで満足?

 本望に殉じれば思い残すことはない?

 自分の死後に自分の願いを誰かが叶えればそれでいい?

 自分の命も幸福も、他人の命も幸福も、全部ぞんざいに扱うなんて救えないわ」

 

「てめェ」

 

「貴方も男なら、希望のある未来に賭けて、不可能にも思える可能性に挑戦してみたら?」

 

「賭けるのは友奈やお前の未来と命だ! できるわけがねぇだろォがッ!!」

 

「―――」

 

「オレの命だけ賭けてりゃいいならそうするさ!

 オレが負けても他の奴が何の迷惑も被らねェならそうするさ!

 だけどな! 友奈もお前もいいやつだったろ! オレはそう思ったんだよ!」

 

 弥勒蓮華は大まかには鷲尾リュウという人間を見切っていたと言える。

 ただし、一つだけ見誤っていたものがあった。

 リュウから自分への好感である。

 

 蓮華は変わった人間だ。

 "面白い"という印象を抱かれることは多いが、"好ましい"と思われるまでに少し時間が要る。

 そういうタイプであるし、本人もある程度は自覚している。

 だから、リュウから友奈への感情はかなり正確に推察できていたが、リュウから自分への感情はかなり読み間違えていた。

 

 弥勒蓮華が善性の存在であればあるほどに、リュウの中の骨を折った罪悪感は増し、選べる選択肢は減り、視野は狭まっていく。

 善意で舗装された地獄への道が伸びていく。

 鷲尾リュウという悪は、善を滅ぼし善を守るために戦っている。

 

「お前じゃダメだ。

 お前じゃ大赦を皆殺しにできねェ。

 元凶を取り逃がしかねねえ。

 鏑矢とオレが居ない方が良いと思ってる集団を排除できねェ。

 何より、戦う力が足りねェんだよ。

 お前にそこまで重荷を横取りさせて背負わせるほど、オレは弱かねェぞ」

 

 ふん、とリュウが鼻を鳴らす。

 慢心なのか、油断なのか。

 いずれにせよその所作に"心の隙"を見つけた蓮華の行動は早かった。

 

「あら、そうかしら」

 

 弥勒は、リュウが座っていたソファーを強く押す。

 

 怪我人だから、とか。

 自分みたいな怪物が怖くないのか、とか。

 料理が暖かった、とか。

 良い人だ、とか。

 油断する理由を山のように積み上げていたリュウは、反応が遅れるどころか、ソファーが後ろに倒れきってもなお、自分が何をされているのか分かっていなかった。

 蓮華が何をしているのか分かっていなかった。

 

「!?」

 

 ゴン、と蓮華が計算した勢いで後頭部を床に打ち付け、リュウはそのまま後方に転がる。

 

 頭がクラクラしながら、どちらが上かもハッキリ分からないままに立ち上がったリュウは、腰に吊っていたダークリングの留め具が外され、ダークリングが奪われた感覚を肌に覚えていた。

 

「―――!」

 

 蓮華だ。

 リュウは立ち上がりつつ、ダークリングを持った蓮華を見据える。

 何が何だか分からないが、取り返さなければならない。その思いで足を動かす。

 

(ダメだ、ダメだ、それを取り上げられたら、オレは。

 何の取り柄もなくて、何も持ってなくて、何も救えないオレにまた戻って―――)

 

 すがるように立ち向かうリュウの視線の先で、蓮華が手を振った。

 なんだ、とリュウの足が止まり。

 何か飛んで来た、と反応した時にはもう遅かった。

 

 飛んで来たのはゴムボール。

 弥勒蓮華が祭りの縁日で"ゴムボール掬いの女帝"の名を名乗り始めた(誰も呼ばない)時に得たカラフルなボールが、リュウの額にぶつかる。

 ぐらっ、とリュウの頭が揺れ、リュウの視界がぐるんと回る。

 『この投げ方』に、リュウは見覚えがあった。

 

(……あ、これ、友奈がやってたやつ)

 

 おそらくは、師が同じで、蓮華が対テロリスト戦末期に完成させた独自技法。

 友奈がフェイクバルタンの完封に使っていたものだ。

 蓮華が完成させた技術が、友奈にも伝えられたに違いない。

 

 技を教え合うほどの友奈と蓮華の友情にリュウが納得し、ゴムボールを目で追ってゴムボールに顔ごと弾かれた視線を元に戻すと、すぐ目の前に蓮華が居た。

 

「!」

 

 ダークリングで怪獣を出してけしかける一年を過ごしていた、ただの不良少年。

 一年以上、極めて優秀な師の下で鍛え上げられ、その身一つで殺し合いの中に居た鏑矢。

 何の補正もない生身での接近戦なら、笑えるほどに技量の差が出る。

 初撃の蓮華のビンタが普通に入った。

 蓮華は防御の構えを取ったリュウを簡単に崩し、転ばせ、床に転がし、腕を背中側で捻り上げるようにして関節を決め、優雅にリュウの背中の上に座って体重を掛け動きを封じる。

 そして蓮華は床に転がるゴムボールを見つめ、得意げに口を開いた。

 

「―――弥勒疾風弾。神速の投擲よ」

 

「技当ててビンタしてオレを拘束した後についでみたいに技名言ってんじゃねェ!」

 

 弥勒疾風弾。

 恐るべき投擲である。

 友奈のように鉄を投げつけてきていたら、おそらくそれでリュウは即死していた。

 

「痛っ」

 

「やっぱり、体がボロボロね。

 闘いの姿勢を取るだけで……

 いえ。ここまで歩いてくるだけでも、積み木の体で歩くようなものだったのでしょう?」

 

「……」

 

 いや、そうでなくとも、それ以外の蓮華の攻撃が本当に本気のものであればリュウは死んでいた可能性が高かっただろう。

 それほどまでに彼の体はボロボロで、生命力は尽きかけだった。

 例えるならば、少し突かれただけで崩壊する、歩く積み木。

 ビンタがパンチだったら、リュウは死んでいたかもしれない。

 床に転がしたリュウを押さえつけず、追撃を入れていればリュウは死んでいたかもしれない。

 ほどよいダメージ、ほどよい無力化。

 手加減されたことにリュウが気付かないわけもなく、リュウは歯噛みし、問いかける。

 

「ダークリングで何をするつもりなんだよ」

 

「話を聞いていて思ったのだけれど、これはおそらく奪えば誰にでも使えるはずよ。違う?」

 

「……!」

 

「大赦の魂胆は推測できなくもないわ。

 他の人間にもダークリングを使わせる魂胆はあったはず。

 貴方に使わせてデータを取りたかったんじゃないかしら。

 でもこれが、この道具に現在選ばれている者以外でも使えるのなら……

 奪った人間の物となり、その人間でも使えるのなら。弥勒にも使えるはずよ」

 

「―――」

 

 そう。

 蓮華の目的は、途中からこれだった。

 彼女は確かに弱く、その力は封印されているかもしれない。

 だがダークリングを使えばΣズイグルの封印は解除可能で、戦闘も可能だ。

 少なくとも、専門の戦闘訓練を受け、神の力も加護も受け、リュウほど極端に友奈を傷付けることを忌避しているわけでもない彼女なら、もっと上手くやれる可能性はある。

 変身して同条件で戦うという前提なら、リュウより強い可能性もある。

 

 勿論、可能性の話でしかないが。

 無論、どうしようもなく見通しが甘い話でしかないが。

 それでも、リュウも大赦も友奈も全部ぶっ飛ばした弥勒蓮華が、全てを丸く収めるという話は、成功率0%の夢物語ではなくなるだろう。

 

「……なんてこと考えやがる」

 

「そう? 弥勒は最適解だと思ったのだけれど」

 

「やめとけ……加害者になんかなんじゃねェ。お前の人生台無しになンぞ」

 

「いいえ、このまま行っても弥勒の人生は台無しになるのよ。分かるでしょう?」

 

「っ」

 

「社会は壊れ。

 弥勒の周りの人は不幸になり。

 そして何より、親友と親友の大切な人が不幸になってしまいかねないわ」

 

「それは、だけど、それは」

 

「弥勒は万民の幸福のために鏑矢になった。

 断る選択肢もあったけれど、自ら望んでお役目を受けた。

 それは友奈も同じはずよ。

 万民の幸福のために戦う鏑矢が、世界を壊す貴方の幸福のために戦うのもまた当然」

 

「……万民の敵は万民じゃねェだろ倒せよ、手ェ差し伸べてんじゃねェ」

 

「それを決めるのは弥勒よ」

 

「無敵かお前は」

 

「あら、いいわねその表現。弥勒が無敵なら、敵は無い、つまり貴方は弥勒の敵じゃないわ」

 

「お前と話してると脳にうどんが生えそうだ……」

 

 蓮華はリュウから取り上げたダークリングを膝に置き、リュウの関節を固めたまま、リュウが所持していたカードのケースを取り上げる。

 リングもカードも、蓮華の手に渡った。

 リュウは動けない。取り返せない。

 

「弥勒は弥勒よ。弥勒蓮華の生き方を決めることができるのは、弥勒蓮華ただ一人」

 

 蓮華はカードケースもリングの上に置いて、動けないリュウの頭を撫でる。

 

 母が、とてもよく頑張った息子に対し、そうするように。

 

「貴方の人生を貴方しか決められないようにね」

 

「っ」

 

「だから弥勒は、貴方に人生を押し付ける。

 ここで足を止めて、少し先の未来で友奈と笑い合う人生よ。

 弥勒の傲慢を恨んでくれて構わないわ。でも、貴方にはきっとその方が良い」

 

 リュウはいつも、威嚇するような喋り方をする。

 それは、彼に余裕がないから。

 蓮華はいつも、自信満々な喋り方をする。

 それは、彼女に余裕があるから。

 絶体絶命のピンチに余裕をすぐなくして友奈に負けるリュウと、絶体絶命のピンチにも余裕をなくさず余裕を持って逆転の可能性を作る人間には、絶対的な『心の差』が存在している。

 それは、本質的な戦士の資質の差。

 

 この少年が一人ぼっちで世界と戦っていることそのものが間違っていると、蓮華は言うのだ。

 

「鷲尾リュウはもうひとりぼっちじゃなくていいのよ。

 そもそも貴方が一人で戦っているのも、大人の傲慢と勝手が原因なのだから」

 

「―――ぅ」

 

「一人で世界を敵に回して戦うなんてことは、弥勒に任せておきなさい」

 

 弥勒蓮華は、ただ大好きな少女の未来と幸福を願っているだけの少年が、世界と大人の不条理に追い詰められて苦しんでいるのが、『おかしなこと』にしか見えなかった。

 おかしい、と思ったら、私情で殴って壊しに行く。

 なればこその弥勒蓮華。

 

「友奈のために戦っている貴方のために、弥勒は戦うわ。貴方の味方が見当たらないもの」

 

「……頼んでねェ。要らねェ。オレの味方だってンなら邪魔すんじゃねェ!」

 

「ダメよ。貴方がどう転がっても幸せになれないわ。だから貴方の戦いは、ここで終わり」

 

「離せ! 返せ! それはオレの力だ!」

 

「嫌よ」

 

 もがくリュウを、蓮華は技のみで容易く抑えつけ続ける。

 だがリュウがあまりにも限界を超えて暴れようとするため、リュウの傷口から血が滲み始め、肉も崩れ、リュウが自分自身の力で死に近付いていってしまう。

 蓮華はリュウの体のため、リュウを大人しくさせるために蹴った。

 体を壊さないよう、蹴る場所を選び、慎重な手加減……足加減で蹴った。

 折れた足で。

 

「がふっ」

 

「ふふっ……足が痛いわね」

 

「なっ、お、お前なんでそっちで蹴ってンだ!?」

 

「ギプスで固めてる分、攻撃力が高いからよ」

 

「攻撃力だけで選んでンじゃねェ! カードゲームで攻撃力しか見てねェ小学生か!?」

 

「蹴られた貴方も痛い。蹴った弥勒も痛い。一方的に痛めつけないこういう平等が大事なのよ」

 

「……自分の体を大事にしろ!」

 

「貴方が言うと途端にこの世で一番説得力のない言葉になるわね」

 

 ぐったりとしたリュウの上で、蓮華はよく通る綺麗な声で、諭すように言う。

 

「自覚が無いなら。

 誰も貴方に言っていないのなら。

 貴方のために言ってくれる人が居ないのなら。

 弥勒が言うまでもないことだけど、弥勒が言ってあげるわ」

 

 蓮華が片手を振り上げる。狙うはリュウの後ろ首筋。

 

 

 

「貴方はこの世界で誰よりも、赤嶺友奈と殺し合ってはならない男よ。もう休みなさい」

 

 

 

 その言葉が、少しだけ、リュウの暴れる力を弱めて。

 

 蓮華の手刀が、リュウの首を強く打った。

 

 

 




会話途中にこうすることを心の中で密かに考えてる思考回路が何かおかしい女

鷲尾リュウ 169cm 中二
赤嶺友奈  154cm 中二
弥勒蓮華  157cm 中二
桐生静   160cm 中三
体格だけで押しきれない技の差、というか師匠の差
それと消耗の差……

良いお年を~

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。