「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします!


3

 リュウはいつも、親指で弾いてカードをダークリングにリードしている。

 それは技量を高め維持する練習であり、腕を鈍らせないための習慣であり、もしもの時のための只人の備えであった。

 

 怪獣を出し、操作する日々の中で、リュウは根本的な自分の弱点に気付いていた。

 それは、本体の自分が弱いということだ。

 これは先々々代のダークリングの使い手・魔剣士ジャグラスジャグラーにはなく、先々代のダークリングの使い手・魔導師ムルナウにはあった弱点である。

 この弱点を持つ者は、接近戦や奇襲に弱い。

 後ろからぶった切られてダークリングを奪われてしまうことすらあるのだ。

 

 特に拘束が致命的だった。

 ダークリングは左手で構え、右手でカードをリードしなければならない。

 よって敵に接近されて片腕を掴まれてしまうだけで使えなくなってしまう。

 そうなってしまえばもう、ぐだぐだの接近戦。

 子供の殴り合いのような流れに入ってしまうか、敵の刃物に刺されて死ぬか……といった、極めて望ましくない流れに入ってしまう。

 

 だからリュウは、色んなことを地道に練習した。

 たとえば―――()()()()()()()()()()()()()()()()、などがそうだ。

 両手を掴まれていても、ダークリングが殴り弾かれ宙を舞っていても、カードを弾いてリングの内側を通過させれば、カードをリードさせることはできる。

 手品のような小細工の技能だが、これがこの瞬間に役に立っていた。

 

 ビンタされ、転ばされた時。自分の体と蓮華の体、それが遮る蓮華の視界の死角を読み切り、そこを通すようにカードを投げていた。

 投げたカードは非物質的にすら思える重量と宿した力の力場により、紙飛行機のように空をゆったりと滑空しながら降りてきて、リュウを抑えつける弥勒の膝上にあったダークリングに入る。

 

《 バルタン星人 》

 

 それはリュウにとっても、命懸けの賭けであった。

 

「!」

 

 出現したバルタン星人がハサミを振る。

 足で跳べない弥勒はリュウを離し、床を転がるように回避する。

 されど回避する弥勒の手から、油断なくバルタンはダークリングを掠め取っていく。

 この鮮やかな手並み、まさに異名通りの宇宙忍者。

 弥勒に首筋を打たれて意識が飛びかけたリュウをバルタンが助け起こし、そのハサミでリュウの背中をさすり、意識をなんとか覚醒状態に持っていく。

 

「賭けには、勝った、ッつーことだな」

 

 リュウはそう言い放つが、()()()()()()()()()()()()

 

 ダークリングを今持っていたのは、蓮華である。

 リュウではない。

 ならば、所持者と判定されるのは蓮華なのでは?

 蓮華はリュウの話を聞いてそう思っていたし、リュウもここまで追い込まれて思いつきの一か八かに出るまでは、そう思っていた。

 

 だが実際は、バルタンはダークリングを持っていなかったリュウの味方をした。

 ダークリングの所持者である蓮華を攻撃し、ダークリングを奪ってリュウに渡した。

 ダークリングに操作されないままリュウを守った。

 リュウが奇跡に賭け、リュウ本人ですら驚くような事態になったからこそ、弥勒蓮華の読みを外せたと言えるだろう。

 その理由として、考えられることは二つ。

 

 可能性が高い推測として、まだ所有権が移ってなかった可能性がある。

 ダークリングの所持者はまだリュウのままという判定だった、だからバルタンがリュウの味方をした、という可能性だ。

 これが一番あり得ることだが、リュウが操作しなくてもバルタンが動いた理由にならない。

 そしてもう一つの可能性。

 可能性が低い推測として―――『バルタンが自分の考えで動いた』、という可能性がある。

 カードから生み出されたバルタンが、己が意思でダークリングのあるべき所持者を選んだ、というとても低い可能性。

 

「……お前、やっぱ……いやなンでもねえ」

 

 リュウはバルタンに話しかけようとして、バルタンが微塵も反応しなかったのを見て、やめた。

 弥勒は折れた足を庇いつつ、床に転がっていたフォーク二本を武器のように構える。

 

「奪った人の物になるというのが嘘……

 いえ。貴方が嘘を言っているようには見えなかったわ。

 奪ったらすぐにはその人の物にはならない、ということかしら」

 

「知らん。オレは雰囲気でダークリングを使っている」

 

「勢いで生きてるわね……そんなに嫌いじゃないわ」

 

 庇うように立つバルタンの後ろから、リュウは蓮華の目を真っ直ぐに見て、真っ直ぐに今の自分の気持ちをぶつける。

 

「お前、オレに人生を押し付けるっつッたな」

 

 リュウはもう、見ていられないくらいにずたぼろだった。

 皮膚は青あざだらけ。擦り傷切り傷内出血のオンパレード。

 皮膚の下の肉はちぎれ、骨はそこかしこが折れたりヒビが入ったりしている。

 内臓はかつての1/10の食事量でも残すほどに弱りきり、片方の眼球は潰れて落ちた。

 

 でも、まだ立っている。そして、まだ何も諦めてはいない。だから、まだ止まらない。

 

「ありがとよ。だけど、繰り返しになるが、お前の優しさはもう十分だ」

 

 立ち続ける彼の在り方に、間違った在り方と正しい強さの両方を感じてしまい、弥勒蓮華はこうなるに至った状況の全てに対し、心中で唾を吐いた。

 

「オレはお前達に人生を押し付ける。

 お前達の『敵』が居なくなった世界で、いつまでも笑ッてろ」

 

 蓮華はリュウに不幸でない人生を押し付けることを謝った。

 だがリュウは謝ってすらいない。

 彼は最初からずっと、大多数に不幸な人生を、友奈に未来を、押し付けるために戦っている。

 だからきっと、彼の在り方は悪に定義されるのだ。

 

「あなたが自分の幸福のために戦わない限り、友奈と弥勒は貴方の前に立ちはだかるわ」

 

「……かもなァ」

 

 弥勒の一言が心の急所を突き、リュウが苦笑して、寂しそうな表情を見せる。

 

「お前は凄ェよ。オレにできねェことがたッくさんできる」

 

「お互い様じゃないかしら。弥勒にできないことが、貴方にはできるわ」

 

「んなこたァーねェ。ダークリングだって、本当は奪えば奪った奴が使えンだ」

 

 ダークリングがその時選んだ奴だけが使えるってわけでもねえ、とリュウは言う。

 

 ダークリングを見つめながら、喋り続ける。

 

「これしかねェんだ、オレには。

 宇宙人ブッ殺して奪ったこれしか。

 戦う力以外に何もありゃしねェ。

 リング抜きじゃ取り柄もクソもねェ奴ができることなんてクソみたいなことしかねェ」

 

「弥勒は自分を卑下しすぎる男は嫌いよ?」

 

「そうかよ、存分に嫌ってくれや。……褒められたんだ」

 

「褒められた……?」

 

「お役目果たしてさ。

 人殺して。

 家に帰って。

 そしたら親父が玄関に居て。

 人を殺してお役目をちゃんと果たしたことを、褒められた」

 

 褒められたかったし、責められたかった。その時のリュウは、中学一年生。

 

「生まれて初めて、父親が褒めてくれたのが、それだったンだ」

 

「―――」

 

「褒めてくれたンだ」

 

 鷲尾リュウは、親に褒められた幼い子供と、望まぬ殺人の罪で投獄された囚人を混ぜ込んだような、蓮華が見たことのない表情をしていた。

 どこか嬉しそうで、どこか悲しそうで、どこか虚ろですらあった。

 赤嶺友奈が毎日埋めていた虚ろが、ずっと埋められないままそこに広がっている。

 

「その時、改めて思い知った。

 オレ、何もねェんだ。

 何もない、何もできない、何の取り柄もない。

 だから褒められねェんだって。

 だから……人を殺すことくらいでしか、親に褒められねェんだって」

 

「子を一度も褒めないのは親が悪いのよ。

 貴方に一切の非はないわ。

 もしも貴方が弥勒の子だったなら、きちんと褒めて弥勒らしい子に育てるでしょう」

 

「突然オレの母親気取りで話し始めて怖い話に持っていこうとすンな」

 

 少し後ろ向きになりかけたリュウの気持ちが、少しだけ前に向く。

 

「空っぽのオレでも。

 何か、何か詰め込めば。

 空っぽじゃない誰かの役に立てれば。

 人殺しでも何か成せれば。

 『幸せにする価値のある人』を幸せにできれば。

 いつか空っぽじゃなくなるんじゃないかって、心のどっかで思っててよ。

 ンなわけねェだろって、頭のどっかが思ってた。

 ……だから、皆のために頑張る立派な人間じゃなくて、一人のために頑張る奴になッてた」

 

 誇るように、少女を褒める。

 

「皆を笑顔にしていつも親に褒められてる友奈は、スゲー奴だと、ずっと思ってたンだよな」

 

 嬉しそうに、少女を褒める。

 

「オレみたいな奴を、いっつも褒めて、凄い凄いって言ってくれてよ」

 

 親に褒められない幼少期のリュウにとって、友奈こそが太陽だった。

 

「この世で一番幸せになるべきだと思った。

 この世で一番幸せになってほしいと思った。

 友奈が笑顔で居ることより大事なことは無いと思った。

 あいつが幸せに未来を生きてくれるなら、それだけでいいと思ったンだ」

 

 太陽を見続けていれば、いずれ目は潰れ、その目は太陽だけしか見えなくなるように。

 

 燃えるような恋をした。燃え尽きるような愛になった。

 

「―――それがオレの生まれた意味で、生きる意味だと、思えたから」

 

 蓮華はリュウに「なんて面倒臭い男」と思ったが、リュウへの好感が減ることはなかった。

 

 蓮華の内に湧き上がったのは、リュウをここまでぐちゃぐちゃにした、周囲の大人への怒り。

 

「色んな人を殺したオレの前に、そんな道がまだ残ってることが、少しだけ嬉しかった」

 

 何度踏まれても強くタフに咲き続ける路端の花のように、太陽に向かい立ち続けるリュウへ、蓮華が覚えた感情は慈しみであった。

 

「どんな人間にも、共通してある生まれた意味、生きる意味というものはあるわ」

 

「何?」

 

「自分が幸せになること。そしてその後、余裕があったら隣の人を幸せにすることよ」

 

「……!」

 

「弥勒は今日見つけたわ。私と友奈が祓うべき、最後の厄を」

 

 厄を祓う矢、ゆえに鏑矢である。

 彼女らの名の由来になったのは、厄を払う退魔の矢の神事だ。

 なればこそ、人を殺すという過程を経るものの、鏑矢の仕事は厄払いの神事とされる。

 人の世を乱す厄があり、それを祓うが鏑矢の本懐。

 万民の――鷲尾リュウの――平穏と笑顔のために、祓うべき厄を蓮華は見定めた。

 

「それは大赦と、貴方の内にある」

 

 だがそこで、続きの言葉を告げる前に、家のインターホンがなる。

 

 "時間切れ"だと、蓮華の直感が言っていた。

 

 

 

 

 

 インターホンが押され、玄関の方から声が聞こえる。

 

「弥勒様、少しよろしいでしょうか」

 

 蓮華はその声に聞き覚えがあった。

 大赦でそこそこの地位に居る人間の声だ。

 "ここは別荘で蓮華が今ここにいるのも偶然なのに、家に居る前提で声を上げている"という僅かなれども確かなおかしさが、蓮華に眉を潜めさせた。

 

「鷲尾リュウ。裏口から逃げる準備をしておきなさい」

 

「! 追手か?」

 

「アポ無しで弥勒の家に来る大赦の人間は居ないわ。普通ならね」

 

 早い。

 隠し拠点に昼の間ずっと引きこもってるのでもなければ、四国全土を管理する政府機関であり、情報管理を得意とする大赦が嗅ぎつけてくるのも当然か。

 医薬品が尽きて買い出しに出て来たという事情があったから、仕方ないという面もあるが、なんにせよ状況が悪い。

 リュウはまだ、前回の変身から数時間しか経っていないのだ。

 今無理をすれば、最悪その瞬間負荷で死ぬ。

 

「なんでオレを逃がす? テメェからすりゃオレはまだ敵だろ」

 

「手加減する余裕はないはずよ」

 

「……ああ。全力で、殺せるだけ殺す。

 逃げに徹してもどうにかなるか怪しいもンだ。

 体の負担無視で怪獣化でもしなけりゃ、銃弾何発か食らうかもしれねェけどな」

 

「弥勒は貴方が人間を殺すべきではないと思うし、人間が貴方を殺すべきではないと思う」

 

「今更だろ」

 

「貴方も、貴方を殺そうとする人も、弥勒の中では殺されるほどの悪人ではないわ」

 

「……分かった、分かった。お前の願いを尊重してやる」

 

 弥勒が一時的にリュウの味方に付いたのは、リュウの意志を後押ししたわけではなく、大赦に反逆の意志を見せるためでもなく、この状況を死人0で終わらせるためだ。

 

 気付けば、リュウは随分蓮華に親しみを感じ、譲歩するようになってしまっていた。

 

(いけねえ。自分の中の優先順位を、しっかりさせろ)

 

 情に流されるのが自分の悪い癖だと己に言い聞かせ、少年は努めて冷徹で在ろうとしていた。

 

「これは……包囲されてるわ。裏にも人が居るみたい」

 

「何?」

 

「既に囲まれているということね。虚空を囲み筒を作るちくわのように」

 

「包囲をちくわで表現する奴初めて見た」

 

 蓮華は少し考え込み、何かを決断した様子を見せる。

 

「仕方がないわね。奥の手を使うわ」

 

「おィ、怪我人はあんま無理は」

 

「この家を爆破しましょう」

 

「無理じゃなくて無法なら良いとか言った覚えはねェんだが???」

 

 あまりにもさらりと、あまりにもとんでもないことを言ってきたので、リュウは思わず蓮華を心配する気持ちが全て吹っ飛んで、素の声を出してしまっていた。

 

「え、お、いや、待てや」

 

「? ああ、特製爆薬は大赦が用意したものよ。

 弥勒が普段から爆弾を常備してる危険人物というわけではないわ。

 家を一つ吹っ飛ばせる分だけちょっと借りてきたのよ。

 ゼットンが巨大化して瞬間移動したところで、足場を発破し崩して捕える用らしいわ」

 

「家にンなもん置いてる時点で変わんねェからな?」

 

「聞いて感心なさい。爆弾の袋は大赦のビニール袋じゃなくて、弥勒謹製の手提げ袋よ」

 

「"エコしてます"ってアピールするのに余念がない意識高い系の主婦か?」

 

「エコアピールはしないけど、"爆破しました"とこれからアピールはするわ」

 

「何にだよ! 大赦か!?」

 

 恐るべき女だ。

 爆弾の調達にも、それを別荘に仕掛けるのにも、爆破そのものにも躊躇いがない。

 一切ない。

 

「仮にも別荘とは言え自分の家に何仕掛けてんだ怖ェんだよ」

 

「何言ってるのかしら。

 仮にもかつて弥勒の足を折った敵よ?

 全て弥勒の勘違いで、悪である可能性も十分あるわ。

 二度と立てないほど打ちのめすには、自分のホームグラウンドに誘い込むのが最善だわ」

 

「ホームグラウンドは自宅って意味の言葉じゃねェからな……え? つか目標オレ?」

 

「怪物になる前なら普通に爆弾で死ぬ。弥勒の目はごまかせないわ」

 

「お前も死ぬだろ!」

 

「爆発に巻き込まれない安全地帯は計算済みよ。

 56億7千万マイクログラムの爆薬が仕掛けてあるけど問題はないわ。

 この部屋のこの領域は砂粒一つ飛んで来ないように完璧な設計がなされているのよ」

 

「とんでもない量集め……いや5.7kgじゃねェかこの野郎! ややこしい言い方しやがって!」

 

 どこかリュウを試すような冗談で、きっちり応えるリュウはその悪戯心に気付かない。

 

「いい? 弥勒が家を爆破したら、弥勒が一目散に走るわ。

 片足がまだ十全じゃない以上、すぐに見つかりすぐに捕まると思う。

 その隙にあなたは逃げなさい。ここで逃げるのに余計なリスクがあるのも癪でしょう?」

 

「……いいのか」

 

「これが弥勒よ。もう分かってきていると思うけど」

 

「お前はオレのこと大して知らねえだろ。

 今日初対面で二時間も話してねェ。

 信用する理由もねェはずだ。

 だって、だッてよ。

 ……オレはお前の親友と戦う。

 お前が命懸けで守った世界を壊す。

 お前らの家族も巻き込まれる。

 ずっと……お前と友奈と桐生静には、オレを罵倒する権利があると……」

 

「そうね。弥勒は貴方のことをほとんど知らないわ」

 

「なら」

 

「でも、友奈のことなら知っている。友奈が貴方を信じていることを知っている」

 

「―――」

 

「友奈は人の笑顔のためなら必ず勝つ女よ。

 そのためなら、いつだって常勝無敗。

 友奈が語ったあなたのことも、友奈なら悲劇を覆せることも、弥勒は知っている」

 

 蓮華が自分を常勝稀敗と言い、友奈を常勝無敗と言ったところに、リュウは確かな尊敬と友情とライバル心を感じた。

 

「そしてあなたのことは、これから弥勒が知っていけばいい」

 

「お前」

 

「友奈に貴方を殺させない。

 貴方に世界を壊させない。

 大赦は即時ノックアウト。

 そうしたら後は状況に合わせて臨機応変に何か考えてどうにかするわ」

 

「一番肝心なところふわっとしやがって」

 

 思わず、リュウは笑ってしまう。

 笑ってしまった。

 闇に染まり始めていて、いつも俯いていて、苦痛に耐える表情しかしていなかったリュウが、笑っていた。

 

「……お前が、友奈の親友で良かった」

 

 蓮華が微笑み、手を前に出す。

 リュウは手をマジマジと見て、少し考えて、差し出された手の意味を理解する。

 少年もまた手を伸ばし、少女が差し出した手を握る。

 握手だ、とリュウは少し暖かな気持ちになって。

 いつもリュウの予想を優雅に立ち幅跳びで超えていく蓮華は、そのままリュウを抱きしめた。

 

「昨日友人になった者も、明日友人になる者も同じよ。

 まだあなたとは友人ではないけれど、必ず友人になれるわ。

 きっとではなく、必ずね。

 さようなら、明日の友人。また会いましょう。世界の終わりが潰えた日に」

 

 抱きしめて、背中をポンポンと叩く。

 母が子にそうするように。

 姉が弟にそうするように。

 蓮華が友奈にそうするように。

 抱きしめてポンポンと背中を叩く蓮華はいつも通りで、リュウは口をパクパクさせていた。

 

「だから、男らしくなさい。情けない男は、弥勒の友には相応しくないわ」

 

「ひゃ、ひゃっ」

 

「あら」

 

「な、何すんだテメェー! 暑苦しいッ! 離れろッ!!」

 

 リュウは顔を真っ赤にして、全力で蓮華を突き飛ばそうとして、蓮華の足の骨折のことを思い出して、優しくゆっくりと突き放した。

 蓮華が髪をかき上げ、面白そうに笑う。

 

「随分かわいい反応をするのね」

 

「はァァァァ、お前な!

 親でもオレを抱きしめたことなんてねェわ!

 友奈くらいにしかされたことねェッってんだよ、あァ!?」

 

「そうね。弥勒も異性を抱きしめてあげたのは初めてだわ」

 

「お前頭おかしいよ……友奈ァどうにかしてくれ……」

 

「ええ、そうね。友奈と貴方と弥勒でゆっくり話せる未来を勝ち取ってみせないと」

 

 口元にたおやかな指先を持ってきて微笑む弥勒蓮華は、リュウの知るどんな女性よりも『客観的美人』として高い所にあり、だからこそリュウは腹が立った。

 よく分からない怒りがあった。

 顔が良い女が顔が良い自覚を持ったまま特に何も考えず振る舞い、周りをぶん回すということに腹が立ちつつ、どこかそれを許している自分を、リュウは感じていた。

 不快感が薄い。

 

 友奈はあまり表に出さず、細やかに他人の心を把握し気遣うことで他人を不快にさせない少女であったが。

 蓮華は快不快よりずっと気になる振る舞いで押し切り、最終的に「不快な人間ではなかった」という評価が残り、話し相手に不快感を残さない独特な在り方の少女なのだと、リュウは思った。

 

 はぁ、とリュウは溜め息を吐き、蓮華の前にダークリングを突き出す。

 

「全部終わったら取りに来い。

 欲しいならやるよ。

 大赦が潰れた後の混乱の時代に、きっとお前を守ってくれるはずだ」

 

「いいのかしら?」

 

「戦う力が要るのは友奈を救うまでだしなァ」

 

「そう。なら、弥勒はそれを受け取らない未来を掴むわ」

 

 かっこつけやがって、と思いつつ、リュウは窓の外を見る。

 遠くに小さく、人影が動いているのが見えた。

 家のドアを叩く音が段々と強くなっていっている。

 家の周りの人間の気配が、どんどん強さを増していた。

 

「家を爆破したらここで動かないで隠れてなさい。弥勒が捕まった頃に走ればいいわ」

 

「ああ、気を付けろよ」

 

 蓮華が爆弾のスイッチを握り、二人して家爆破の安全地帯に入り、どこか戦友に逃がしてもらうような感覚を覚えて、悪くない、なんてリュウは思って微笑み。

 背中側至近距離で、衝突音を聞いた。

 え、とリュウが振り返ると、そこにはリュウの首を打とうとしていた蓮華と、蓮華の強烈な一撃を防ぐバルタンの姿があった。

 蓮華は「むぅ」と声を漏らし、この上なく美しい顔立ちで微笑む。

 微笑んで誤魔化そうとするバーサーカーがそこに居た。

 

「ここはなんか……綺麗に別れるやつだろ!

 綺麗な思い出になるやつ!

 ここで攻撃とかどんな神経してんだテメェ!?」

 

「弥勒が考えているのは、蓮華と貴方と友奈にとっての最善の未来への最短距離よ。

 蓮華は特に考えを変えたわけではないわ。

 ここでダークリングを奪って貴方を縛ってさらって逃げるのも、きっと最適解ね」

 

「山を消し飛ばして最短距離を進むような豪腕スタイルマジでやめろ」

 

 ここまで来るともう、リュウも感心するしか無かった。

 

「全部終わるまでもうテメーとは会いたくねェもんだ」

 

「いいえ。必ずまたこの弥勒と対峙してもらうわ」

 

 すっ、と蓮華は優しくリュウの頬に手を添え、挑発的に、好戦的に笑む。

 

「―――貴方を倒すのは友奈ではなく、この弥勒よ」

 

「なんで突然ジャンプのライバルキャラみたいな言い回し始めんだテメェはよォー!!」

 

 顔を真っ赤にし、蓮華の手を振り払い、リュウは叫んだ。

 

 

 

 

 

 家が吹っ飛ぶ。

 「ここはハリウッドか?」と思わず口にする大赦の男達の前で、家が崩壊していく。

 呆気に取られる皆の前で、ローブの人間が家を飛び出した。

 家が吹っ飛ぶという誰も予想していなかった事態に気が動転し、冷静さを大なり小なり損なった大赦の者達がそれを追う。

 足を引きずるようにして無理をしつつ走っているのを見て、弱りきった鷲尾リュウであると、誰もが思った。

 

 そして、彼らが銃を向けた途端に"リュウに貰ったローブを脱いだ蓮華"を見て、彼らは彼女に一杯食わされたことを知った。

 ある者は驚き。

 ある者は納得し。

 ある者は苛々した。

 

 弥勒蓮華が悪に加担したことに戸惑う者が居て。

 鏑矢の両方が鷲尾リュウと戦わず、味方になる可能性が出て来たことに戦慄する者が居て。

 "やはり感情で動く少女に神の力を無条件で与えることには問題がある"と、将来的な『神の力を与えられた少女』の運用を考え直す者が居た。

 神の力は、無垢な少女にしか宿らぬがゆえに。

 

「弥勒様。同行していただけますね?」

 

 蓮華の周りを大人が囲む。

 蓮華には指一本触れないまま、蟻一匹逃げ出せないほどに綿密な包囲で連れて行く。

 それは神の力を宿した少女への敬意であり、その神聖性への不接触というルールであり、敵とみなしたものへの容赦のない対応であった。

 有無を言わせず、蓮華は車に誘導されていく。

 

 しばらく友奈とは会えそうにもないと、蓮華は思った。

 

 

 

 

 

 崩壊した家の中心、爆弾の爆発が何の影響も及ぼさない破壊の空白から、影が飛び出した。

 それは、リュウを抱えたバルタンである。

 人並み外れた速度で走り、人並みが程遠いほどに弱りきっているリュウを抱えて離脱する。

 

 蓮華を追っていた者達の内、反応が遅くて最後尾に居た者達と、"何かおかしい"と察していた勘の良い者達が、バルタンの離脱によって崩れた家の音に気付き、振り向き、声を上げる。

 

「居たぞ!」

 

 響く銃声。

 逃げるリュウとバルタンに向かって、小さな鉄の塊が飛んでいく。

 

 バルタンに当たったものは弾かれ落ちる。

 危ないコースの弾丸は、バルタンが右のハサミを振るって落とす。

 だが、全ては防げない。

 バルタンが左腕で抱えたリュウの左足の甲を、銃弾が貫通していった。

 

「っ」

 

 なんとか逃げ切り、リュウは蓮華に発見される原因になった、補充のために買った医療道具の箱を開け、木々の合間で怪我の手当てをする。

 圧迫することで出血は止まったが、削れた骨と抉れた肉は戻らない。

 あまり軽く見られるダメージではなさそうだ。

 

「……わざわざ足なんざ撃たなくても、もう走る元気もないっつーの……」

 

 人に見られない所ではバルタンに運ばせ、人がバルタンを見てしまいそうなところは身一つで移動し、なんとか拠点にまで移動しきる。

 リュウが発見された時点で街中が警戒されていたが、日中に騒ぎを起こしたくない大赦が民衆を気遣って戒厳令を展開しなかったことで、なんとか突破できたようだ。

 民衆の安心を考える大赦。

 民衆の安心を人質に取って逃げたようなものであるリュウ。

 

 どちらが悪らしいかで言えば、きっと自分なのだろうと、リュウは一人思った。

 

「お疲れ。よくやッてくれた」

 

 バルタンをカードに戻し、ベッドに寝転がる。

 消耗が激しい。

 出血もある。

 リュウは意識が飛びそうになっている自分を叱咤し、痛み止めと輸血を開始した。

 

「残った資料も読んで……夜まで、寝るか」

 

 何か胃に入れておくかと思うが、腹が減っていない上に、気持ち悪くて食欲がない。

 一日の消費カロリー計算から考えれば、もう少し食っておかないといけないと彼は考える。

 だが同時に、何も食いたくないと、常時ある吐き気に負けそうになっている。

 もしすぐにオレが死ぬなら何も食わなくても大丈夫だよな、と心の暗い部分が叫ぶ。

 じゃああえて辛い思いすることねェよな、と弱気な心が言い始める。

 

 ゼリー飲料を口元に運ぼうとしたリュウが、それをテーブルに置こうとして。

 

―――自分の命も幸福も、他人の命も幸福も、全部ぞんざいに扱うなんて救えないわ

 

 蓮華の声が、何故か聞こえて。

 リュウは我慢して、体を動かすエネルギーを無理して飲み込む。

 吐き気は増したが、戦うための力は継ぎ足されたようだ。

 

 リュウも、蓮華も、相手のことを理解し優しさを向けたが、それだけだ。

 二人は自分の信念を曲げなかった。

 相手に対し一歩も譲らなかった。

 だから互いのことを考えて行動はできても、仲間にはなれなかった。

 二人は同じ道を進んでいけない。

 けれど。

 弥勒蓮華がくれた暖かさの分くらいは、してもしなくてもいいことにおいて、弥勒蓮華が望んだことを尊重してやっても良いのではと、リュウは思った。

 自分の命を少しくらいは大切にしてやってもいいと、思ったのだ。

 窓の外をリュウが見る。

 

 まだ、陽は高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、また夜が来る。

 

 窓の外を見て、リュウはある程度回復した自分の体調を確認し、体を動かしてみる。

 ボロボロだが、すぐ死ぬほどではない。

 変身と超合体で肉体を大幅に再構築すれば、問題は無いようだ。

 自身の体力の低下、抵抗力の低下、菌が入る傷口の増加を鑑みて、リュウは抗生物質の摂取など医薬品による対策を行い始める。

 

 各種"人間の体が動かなくなる理由"をリュウは幼少期の教育で熟知しており、対策は完璧だ。

 戦いの最中に予想外の理由でリタイア、となることはない。

 リュウが自分の体調を常時気遣っていれば、彼が自滅することはないだろう。

 

「……友奈、風邪悪化してねェだろうな」

 

 にもかかわらず、リュウは自分の体調ではなく友奈の体調ばかりを気にしていた。

 拠点に居る時も、拠点を出ても、どこかそわそわしっぱなしであった。

 リュウは友奈の体調を確認できないし、誰も友奈の体調をリュウには教えてくれない。

 当たり前だ。

 だがそのために、リュウは戦場で友奈の体調を確認するまでは安心できない、戦場で友奈を確認したら攻撃しなくてはならない、という嫌なジレンマを抱えることになってしまった。

 

 いつもは戦場に行きたくない、でも行かなければ、という気持ちで行っているのに。

 今日は行って体調を確認したい、でも友奈とは戦いたくないから行きたくない、だけど行かなければ……という面倒臭い心境になっていた。

 

「でも友奈が風邪で弱ってるなら大赦楽に潰せてラッキーかもな」

 

 リュウは、何気なくそう言って。

 

 何気なくそう言った自分に、肝が冷える。

 

「……何言ってんだ。今、オレ、友奈が病気になったことを喜んだのか……?」

 

 かぶりを振って、頭の中の考えを追い出す。

 最低だ、屑だ、前の自分なら考えもしなかったはずだと、リュウは己を罵倒し戒める。

 自分を戒め、自分を律し、仮面とローブを付けて夜の世界を駆ける。

 

 道中、様々なものを見た。

 消えた山。

 潰れた公園。

 地形が変わった海。

 修理中の看板が立てかけられた橋。

 そして、光が灯った数々の家屋。近い内に失われるかもしれない人々の幸せ。

 街の各所で、リュウが友奈と刻んできた思い出の記憶。

 多くのものが、リュウの目に入る。

 

「オレが……オレがこの手で壊すんだ。

 何もかも壊すつもりなら、思い出もいずれ消える。

 まるで星屑のように、何もかも消える。

 最後に残るのは……唯一永遠な、この胸の内の暗黒、何も残らない闇、埋まらない心の穴……」

 

 弱さが迷いを生み、強さこそが迷いを断ち切る。

 

「いや」

 

 街に灯る人々の光が、幸せが、リュウの心を折ろうとする。

 胸に宿る邪悪の闇が、神器が、リュウの心を支えてくれた。

 ダークリングはいつだって、悪行を成さんとする邪悪のために在る。

 

「唯一永遠なものは、きっと最後の最後に、友奈の中で輝いてるはずだ」

 

 悪は時に、正義の味方を倒すためだけに、自らの命すら使い切る。

 「皆の未来のため」「世界の希望のため」といった立派なお題目のために自分の命を犠牲にする正義の味方とは違う。

 その一戦に勝つためだけだったり、気に入らない人間を道連れにするためだけだったり、ヤケクソの自爆だったりと、本当にくだらないことで自らの命を容易に捨てる。

 それもまた悪の資質。

 "悪らしい最期"を遂げるために必要な性質だ。

 

 他人も、他人の大切なものも、自分の大切なものも、自分も、大切にしない。

 それが真正の邪悪である。

 リュウの中の、全てを壊さんとする心と、自分自身すらも友奈のためなら使い切ってしまえる心を、ダークリングが増幅していく。

 それがリュウの望みであるがゆえに。

 

―――人は、大切な人が幸せじゃなくなると、幸せをなくしてしまうのよ

 

 だが、そんな心の動きに、蓮華が告げた言葉がストップをかけた。

 蓮華がリュウに告げた言葉は道理である。

 リュウが言われるべきであった言葉である。

 

 リュウが『取り返しのつかないこと』になれば友奈が泣いて悲しむことくらい、リュウにも分かっている。

 だって、リュウは友奈の理解者だから。

 理解しているけど、目を逸らしているだけだ。

 

 ならば、その先はどうだろうか。

 たとえば、リュウが死んで。

 生前の工作が失敗し、リュウの死を友奈が気付き。

 友奈が思いっきり悲しんで、止めどなく泣き続けて、そうなったら、その後は?

 

「……案外、オレが目の前で死んでも、友奈は後腐れなく幸せになって、笑っていけんのかな」

 

 そうあってほしい、と心の表側が言った。

 そうあってほしくない、と心の裏側が言った。

 

「……!?」

 

 相反する自分の心にリュウは戸惑い、友奈の幸福を望む言葉を自分に言い聞かせる。

 

「良いだろ別に、良いだろそのくらい、むしろそれが良いんだろ、だったら」

 

 どちらも、リュウの本音だった。

 友奈の傷になりたい、友奈に一生自分を覚えていてほしい、友奈が一生他の誰のものにもなってほしくない、一生友奈に自分の死を悲しんでいてほしい。

 友奈に傷付いてほしくない、友奈には自分のことなんて忘れて欲しい、新たに大切な人を見つけて幸せになってほしい、一生友奈が悲しまないでいて欲しい。

 ダークリングの影響で、闇の心が強まりつつある彼の本音だった。

 

 "友奈は自分のものだ"という欲求が闇の愛。

 "友奈は誰のものでもない"という誠実さが光の心。

 二つは必ず、相反する。

 二つが生む意志は必ず、矛盾する。

 

 リュウは自分の頬を叩き、一度頭の中の思考を全て追い出した。

 これ以上何かを考えていたくなかった。

 これ以上この思考に浸かっていたくなかった。

 "選びたくない結論"を自分が選んでしまうのが、怖かった。

 

 大赦の警戒域が見えてくる。

 リュウは足を止め、目を閉じる。

 警戒域の向こうの友奈と、更に向こうの大赦と、その中の元凶を思い、そこに目を向ける。

 

「病気の大切な人が居て、大切な人を救いたいって想いが、同じッてンなら」

 

 その人間に死を告げるように、左手でダークリングを突き出した。

 

「それを理由にしてオレの大切な人を殺そうとしてンだ。

 オレがそれを理由にしてテメェの大切な人の命を奪っても、文句言うんじゃねえぞ」

 

 "ここまで自分を食わせればそれだけの力を出せる"という確信のまま、更に悪魔に魂を売る。

 

 計算があった。

 超合体を加味して考察し、今のリュウが出せる力、今のリュウが扱える力、そして今のリュウが飲み込まれないだけの力の計算が終わった。

 超合体の特性と傾向もある程度把握し、その上で戦略を練り終わった。

 完成したのだ。

 今の鷲尾リュウが戦闘者として運用可能な、超合体戦闘の最適解が。

 

 ここまでならできる、という自身の限界を見定めた最適解。

 これ以上は無理だ、という自身の限界を越えない最適解。

 一対一では友奈に勝てなかった男の、勝つための最適解。

 もはや、ダークリングと鷲尾リュウにこれ以上の工夫の余地はない。

 

 親指で弾き入れ、力を込めてメフィラスのカードをリードする。

 

《 メフィラス星人 》

 

 親指で弾き入れ、力を込めてバルタンのカードをリードする。

 

《 バルタン星人 》

 

 ダークリングを掴み、その力を掌握し、闇が吹き出る神器を掲げる。

 

「来い! 『惑わす力』!」

 

 メフィラスとバルタンのカードがほどける。

 二つの闇が混ざって、リュウの体に溶け込む。

 闇と人体が一つになって、新たな力へ昇華する。

 

「超合体―――『バルフィラス』」

 

 吹き出す闇が、mm単位で制御されリュウの周囲で嵐となる。

 

 そして、超合体のみに終わらず、次々とカードがリードされた。

 

《 ザラブ星人 》

 

《 ゼットン 》

 

《 Σズイグル 》

 

 現れるは三体の怪獣、宇宙人。

 青い目、黄金の口、真っ黒な体色に硬質な体、巨大な二つのハサミを手に備えた超合体怪獣―――バルフィラスが、三体の怪獣を引き連れ、進む。

 メフィラスの魔導によって一糸乱れぬ動きを見せる四体は、四体で一つの生き物のよう。

 目指すは大通りの真ん中で立ちはだかる火色の女、赤嶺友奈。

 

 怪物はその全てが2m前後のサイズのまま、街を歩いている。

 にもかかわらず、その威圧感は60mの大怪獣と比べても遜色がない。

 

 ひりつくような存在感。

 押し潰されるような存在感。

 四体の異形、超合体も合わせれば五体分の異形の存在感が、友奈に知らしめる。

 

 これこそが、鷲尾リュウが今の手持ちの札で出すことができる、最強にして最大の戦力。

 

『バルタン、メフィラス、ザラブ、ゼットン、Σズイグル』

 

 もう、これで負けたなら、鷲尾リュウには切れる札がない。

 

 なればこそ、彼はここで自身の全てを使い切るとしても、今日ここで決めるつもりでいた。

 

 

 

『―――"ダークネスファイブ"だ。命尽きるとしても、今日ここで決める』

 

 

 

 四体の怪物が走り出す。

 赤嶺友奈が走り出す。

 リュウが吠える。

 友奈が叫ぶ。

 

 光の勇者と闇の怪物、過去最大の決戦が始まった。

 

 

 




 四人揃ってダークネスファイブ! ゼロファイト最終回でそう言ってた


・『バルフィラス』

 宇宙忍者バルタン星人、悪質宇宙人メフィラス星人の合体宇宙人。
 人を惑わし、その心に挑戦する超合体形態。

 メフィラス星人は、本人はそこまで多彩な技を持っているわけではない。
 だがウルトラマンクラスの戦闘力、自分の目的達成に必要なアイテムや機械を事前に用意する周到さ、そして最たる特徴として、極めて高い知能を持つ。
 神経毒、記憶の置き換え、欲に訴える問いかけetc……人類の愚かさを試すような、人類が選択を誤れば滅びをもたらすような、そんな仕掛けを好んでいる。
 肉体に備わっている種族的肉体形質に縛られず、その高い知能で個体それぞれが明確に違う力を備え行使してくるため、『魔導』と呼ばれるほど多彩な力を使うメフィラスも居る。

 素材になったカードのオリジナルが備えていた能力の性質上、バルフィラスは分身を使い敵を惑わすバルタンと、記憶に干渉し敵を惑わすメフィラスの力を併せ持つ。
 一部のメフィラスは機械を揃えることで地球全土の全ての人間の記憶を操作、自分に都合の良いように改竄することが可能だが、バルフィラスは単体でそこまではできない。
 できることは、相手の記憶を取っ掛かりにして精神に干渉する程度。
 それでも非常に強力であり、人間は自分の記憶を素材に作られた幻惑に飲まれ、抗いがたい幻想の中で記憶の海に溺れてしまう。
 バルタンが持つ精神波・サイコウェーブによって、その干渉は更に強力になる。

 また、『IQ一万以上』という加減を知らない馬鹿げた頭脳を持つメフィラスを素材としたことにより、マルチタスク能力などが桁外れに上昇している。
 並列作業の処理能力などは、もはや人類のコンピューターですら敵わないレベルである。

 相対する人間の心を揺らがし試す『惑わす力』。
 これに人間が抗おうとするならば、記憶を媒介にする干渉を振り切るほどの、強い想いが込められた強い記憶――たとえば、大切な人との忘れない想い出――が必要となる。

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