「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 最後にちょっと誤字見つけたのでちょっとだけ遅れ


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 クリスマスの夜の戦いから始まったこの戦いも、もう年越しが見えるほどの日付になってきた。

 赤嶺友奈は蓮華の見舞いに行っていた時は風邪気味だったが、ものの数時間で風邪らしき症状は影も形も見当たらなくなり、夕方頃には風邪気味になる前より元気になっていた。

 

(まるで、神様が治してくれたみたい)

 

 そう、まるで、風邪を引いた友奈を神が()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 本人の自覚は薄いが、赤嶺友奈は神に選ばれし少女。

 その存在はあらゆる意味で『特別』である。

 この世界が、天の神の力によって滅ぼされ、地の神が残してくれた僅かな世界でしか人類が生きられない、神の世界であるからこそなおさらに。

 

「ホンマに大丈夫なんか友奈?

 無理しとるんやないやろな?

 風邪引いとるのに無理して今夜も戦う必要ないんやで?

 やーまあ上は絶対無理言うて来るやろけど、そこは気持ち的に、な?」

 

「へーきへーきです。ほら見てくださいシズ先輩、後方宙返り空中二回転ー」

 

「うっわすご! なんやこれ!? ゴッドパワー!?」

 

「これくらいなら鏑矢になる前からできてましたよ? ほら、ここの筋肉使ってね?」

 

「鍛えた体が健康を生む、の体現者みたいな女やな……」

 

 部屋で話していた静に、鍛え上げた筋肉をふんすと見せる友奈。

 静は筋肉自慢がしたかった友奈の意思を察しつつ、風邪を引きかけたために健康アピールして心配させないようにしている友奈の優しさも察し、それをあえて指摘しない。

 心配させないようにする友奈、気付いていないふりをする静、二人の優しさが少しふわふわとした楽しい時間を作っていた。

 

「もう随分風邪引いてないんですよ。ちっちゃい頃に、リュウに看病されたのが最後かな」

 

「ほーぅ? ラブの匂いがするやん……!」

 

「しません。最初に言っておきますが、オチはギャグです」

 

「えーなんやつまらん。でも聞くー。お笑いはウチの基本やからな……!」

 

「基本を関西人の思考に置きすぎている……昔、私が風邪を引いたんですよね」

 

「嘘やん」

 

「えっ」

 

「バカが風邪引くわけないやろ!」

 

「シズ先輩!」

 

「仮に風邪引いてたとして、それでどうなったん?」

 

「今話の腰を折る意味ありました……? それで、リュウが私の親と看病してくれたんです」

 

「ほう!」

 

「私はすぐ治ったんですけどリュウに伝染っちゃって、リュウはこじらせちゃったんですよ」

 

「優しいバカやん……ん? バカは風邪引かんから優しいアホやな」

 

「リュウがアホなのはここからです」

 

「ええ……?」

 

「リュウ、高熱で記憶吹っ飛んじゃったんですよ。

 それで、その後私に看病されたことだけ覚えてて……

 私に伝染されたことすらすっかり忘れちゃって。

 私が命の恩人だとか思い始めて、私が原因だってことも忘れちゃったんです」

 

「……アホやバカやないな、こらもう愛や、愛。

 親バカの上には親の愛しか無いんや、バカを超えたものは愛だけや……」

 

「リュウは愛とか言わないと思いますよ、多分」

 

「言わなかったから何や! アホか! バカはむしろアカナお前や! このバカナ!」

 

「最近のシズ先輩よく分からないところでキレることが多すぎる!」

 

 わいわいと二人で騒ぐが、そこに弥勒蓮華は居ない。

 予定では今日中にここに戻って来ることになっていて、二人の会話が少し浮足立った様子なのもそれと無関係ではないだろう。

 お祝いの料理もわんさか準備されていて、蓮華が二人にどれだけ好ましく思われているのか、二人とどれだけ絆を強く結んできたのかがよく分かる。

 ここが友奈と蓮華と静の帰る場所である限り、友奈も蓮華も強く在れる。

 必ず帰るという意思で、強くなれる。

 

「その時ですね、リュウが私が寝るまで絵本読んでくれて……そうそう、これこれ」

 

 友奈はのそのそと動いて、近くの本棚から何気なく本を一冊取り出した。

 その本のタイトルは、友奈も静も子供の頃に忘れようがないくらいに何度も見たもの。

 

「伝説の勇者・乃木若葉様をモデルにした本やん。アカナは好きそうやな」

 

「リュウも好きだったんですよ、これ」

 

「子守唄代わりに絵本選ぶとか、当時ちっこかったろうにガキっぽくない選択やなぁ」

 

「リュウはヒーローが好きなんですよ。

 だから伝説の勇者様も好きなんです。

 なんだっけ……

 ええと……

 『愛と勇気が最後に勝つ話が好きだから、優しい奴に勝って欲しい』

 だったかな。リュウが言ってたの。

 だから、終末戦争に勝利して人類の未来を勝ち取った初代勇者が好きなんだって」

 

「……ほー、オモロイやんけ。確かにアレはそれっぽいこと言いそうな男やったわ」

 

「……シズ先輩はいいですよね、街で偶然リュウに会えたりして」

 

「こんなつまらんことで嫉妬すんなてもう」

 

 にししと笑う静から視線を外し、友奈は絵本をペラペラとめくっていく。

 

「子供の頃私もずっと読んでましたから、目を閉じても内容全部言えるんですよね、私」

 

「ほー」

 

 友奈は目を瞑って、本の中身を見ないままに読み上げる。

 

「勇者は傷付いても傷付いても、決して諦めませんでした

 全ての人が諦めてしまったら、それこそこの世が闇に閉ざされてしまうからです。

 勇者は自分がくじけないことがみんなを励ますのだと、信じていました。

 そんな勇者を馬鹿にする者もいましたが、勇者は明るく笑っていました。

 意味がないことだと言う者もいました。

 それでも勇者は、へこたれませんでした。

 みんなが次々と魔王に屈し、気がつけば勇者は、ひとりぼっちでした。

 勇者がひとりぼっちであることを、誰も知りませんでした。

 ひとりぼっちになっても、それでも勇者は戦うことを諦めませんでした

 諦めない限り、希望が終わることはないからです。何を失っても、それでも―――」

 

 それは、始まりの勇者の物語。

 "バッドエンドではない"と叫ぶような、子供向けの物語。

 大赦が人々の心を絶望に染めないため、カバーストーリーとして創作し販売した物語。

 本当の事の上に、嘘を塗りたくり、希望があるように見せかけた物語。

 友奈とリュウが何故か幼い頃から大好きだった物語。

 

「―――勇者は自分がくじけないことがみんなを励ますのだと、信じていました。

 そしてみんながいるから、みんなを信じているから、自分は負けないのだと……」

 

「おー、ホンマにソラで言えるんやな」

 

「ふふん。なんでか私もリュウも大好きで、二人で繰り返し読みまくってました!」

 

「教科書もそれくらい読んどれば今頃学校一の天才扱いされたんとちゃう?」

 

「唐突に学校の成績の話するのやめてください」

 

 友奈は目を開き、本をまたペラペラとめくっていき、最後のページで手を止める。

 

「あれ……あ、そっか」

 

「ん? どないした? 行儀悪ぃ奴がハナクソでも付けとったんか」

 

「そんな小学校の図書室みたいなことある……?

 いや大したことじゃなくて、何も描いてないな、って」

 

「?」

 

「リュウの部屋にあるやつは、最後のページにいっぱい人が描いてあるんです」

 

「はて、その物語って最後の勇者が一人ぼっちでかっこよく剣を構える終わりやろ?」

 

「そうですね。リュウがそのひとりぼっちの勇者の周りにいっぱい人を描いたんです」

 

「ほー、ええなそれ。いやうん、ええわ。

 絵本で主人公が最後のページなの見て、そういうこと考えるんか。

 ええ子やん。一人ぼっちの勇者の周りに友達書き込むっつーのもウチ的に高得点やな」

 

「勇者をひとりぼっちにしない。

 最後は笑顔で居て欲しい。

 リュウはそんなことばっかり考えてる子だったんですよ。昔からずっと」

 

 友奈は目を閉じれば、今でも思い出せる。

 初代勇者をモデルにした絵本の最後を、ひとりぼっちで終わらせないようにしたリュウの姿を。

 クレヨン片手に、いろんな人を書き込んでいたリュウの姿を。

 幼い頃のリュウは、そんなことにすら懸命になっていた。

 そこには、伝説に語られるような勇気や、映画のラブストーリーで描写されるような鮮烈な愛ではなかったけれど、友奈の目には、とても尊いものに思えた。

 

「勇気よりも。

 希望よりも。

 強さよりも。

 勝利よりも。

 諦めないことよりも。

 もっと大事なことがリュウの中にはあったんです。それは、幸せになること」

 

 絵本を読み、勇気の教訓を得るのではなく、諦めない教訓を身に着けるのでもなく、希望の教訓を知るのでもなく、最後に絵を書き込むリュウを見て、赤嶺友奈は何かを学んだ。

 もう、十年以上も前のことだ。

 静はからかうことなく、友奈の大切な思い出を聞き手として尊重する。

 

「他人の幸せを見てばっかりで、前も足元も見てないところが本当に危なっかしいんですよね」

 

「まー、聞いとるだけでそれは分かるわ」

 

「リュウって、悪い人にいいようにされちゃいそうなところがあるというか……」

 

「『残酷』から遠すぎるんやろ。なーんとなく伝わるわ」

 

 鷲尾リュウの長所も、致命的な弱点も、友奈は全てを知っている。

 

 知らないことは、リュウが秘密にしていることだけ。

 

 彼女が敵の正体がリュウであることを知ってしまえば消える勝ち目があり、彼女が敵の正体がリュウであることを知らないからこそ、消えている勝ち目もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダークリングとカードの組み合わせが発揮する力は、持ち主の形質を反映する。

 

 先々代の所有者、魔導師ムルナウは使役と増幅を主としていた。

 意思のある宇宙人を大量に具現化させ、長時間そのまま手駒として運用。

 強力な怪獣に、ムルナウの固有能力を付与し強化改造。

 空間を歪ませウルトラマンの変身を強制解除、変身封印、異空間に拠点を確保。

 宝石化の魔術をダークリングで増幅し、地球を丸ごと宝石化……などの運用を行った。

 

 先々々代の所有者、魔剣士ジャグラスジャグラーは合体と強化を主としていた。

 カードをリードすることで、強力な封印も消滅させる攻撃として行使。

 敵の弾丸をカードで吸収防御。

 そうして、生身の己の戦闘力を補助強化していく。

 カード二枚を使い、超合体。

 超合体に強力な怪獣の尾を巻き込み取り込む、強化型の超合体……などの運用を行った。

 

 この二者の傾向は、一言にまとめてしまうと分かりやすい。

 すなわち、『自分の手を汚さない邪悪』か、『自ら正義を叩き潰す邪悪か』である。

 前者は外道として倒されやすく、後者は正義の者にどこか近い形質を持っている。

 前者は卑怯者になりやすく、後者は武人になりやすいからだ。

 けれども、どちらも倒されるべき悪であることに変わりはない。

 

 鷲尾リュウは、どちらの悪の形質も微妙にしか無いのが難点であった。

 

 ムルナウのように大量の宇宙人や怪獣を展開できない。

 リュウは複数体を同時に出せず、出せてせいぜい一体が限界。

 展開した複数体の手駒を全て巨大化するムルナウとは、まさに天地の差である。

 

 どちらかと言えば、ジャグラスジャグラーの手法がリュウの気質に合っている。

 一年以上超合体の機能を引き出すことすらできていなかった、リュウのダークリングによる自己強化適性は、一言で言えば最低である。

 それでも、安全地帯から怪獣をけしかけるだけで終わらせず、超合体で自己を強化し、リスクを背負い自分の命を懸けて戦うリュウは、こちらの方に適性があるだろう。

 強いて言えば、ではあるが。

 

 『バルフィラス』は、そんなリュウの適性を合わせて補うものであると言える。

 

 メフィラスの高い知能を使い、複数体の怪物を具現化し操作できるのがこの形態の強みだ。

 適性値の問題でリュウは複数体怪物を出すと自分の頭で操作しなければならず、そのために頭がパンクしてしまい、全部の怪物の動きが止まってしまう問題があった。

 だがその問題を解決できれば、どうなるか?

 

 リュウはムルナウほど多くの怪物を操れず、ジャグラスジャグラーほど強くないまま。

 だがジャグラスジャグラーより多くの怪物を操れるし、ムルナウより個で強い。

 一つ一つの強みでは歴代の使用者には勝てないが、今の自分にできることを複数組み合わせ、それらに限りなく近付いた強みを発揮する。

 言うなれば、『凡夫の工夫』だ。

 

 それは人類の歴史に度々現れる、歴史に名を残した凡人の在り方。

 科学のことを何も知らない天才経営者よりも、科学のことしか知らない天才科学者よりも、多くの金銭を得た経営と科学の両方を知る秀才の者のような在り方。

 "誰にもできないこと"ができるのが天才だ。

 ならばそれを超えるのは、"誰かができること"を組み合わせた工夫の累積のみである。

 

 バルフィラスは、友奈がこれまで戦ってきた敵の中で、間違いなく最強の敵であった。

 

「くっ」

 

 友奈を、怪物が包囲し、一斉に攻撃している。

 正面にはバルフィラス。

 右にはザラブ。

 左にΣズイグル。

 後方からはゼットンが攻めていた。

 

 今日まで一対一ばかりだった友奈の呼吸を崩す。

 怪物複数体の一糸乱れぬ攻撃に慣れていない友奈のリズムを崩す。

 常に死角を作らせ、死角から攻め立てる。

 リュウが選択した攻勢スタイルは極めてオーソドックスなものであったが、ゆえに強力だ。

 

(風邪は悪化してないか。良かった。ッたく、友奈の癖に心配させやがってよォ)

 

 友奈の体調にホッとしつつ、太陽を中心として廻る太陽系惑星群のように、友奈という太陽の周りをリュウと怪物が廻っていく。

 常に動き、常に的を散らし続ける。

 足を止めれば、一瞬で友奈に粉砕されかねない怖さがあった。

 

 巨大化はしない。

 この戦いでは巨大化を選択しないと、リュウは決めていた。

 

 巨大化は凄まじく戦力が増大し、友奈の強くない攻撃なら耐えられるほどの耐久が得られる。

 それは凄まじい利点である。

 だが、状況が変わった。

 友奈が瞬間移動の力を得たからである。

 

 瞬間移動を習得して瞬く間にリュウを超える技量を得た友奈が相手では、瞬間移動合戦になって死角を取られるのがオチだ。

 巨大化すれば、死角が増える。

 友奈が潜り込める死角が増えてしまうのだ。

 そんな状況で巨大化すれば、友奈に一撃で即死させられる可能性が非常に高い。

 現に、シグマゼットンが既に巨大化した状態で友奈に競り負けてしまっている。

 

(打つべき手は)

 

 リュウは常に思考し、初見殺しの初手を切った。

 ゼットンの猛攻で友奈の気を引き、ザラブとΣズイグルによる援護攻撃で更に詰め、ゼットンで詰みに持っていく……と、見せかけて。

 そんなものでは詰ませられない友奈に、メフィラスの力をぶつけた。

 バルフィラスというメフィラスに似ても似つかない昆虫的な姿で、メフィラスの姿で一度も見せなかった能力を、不可視の波として叩き込んだ。

 

『幻の海に、溺れてろ』

 

 ビクン、と友奈の体が跳ね、目の焦点が合わなくなった。

 

 かつて、ある地球にて。

 メフィラス星人は瞬く間に()()()()()()()()()()()()()()

 これはその系統樹にあたる、記憶を媒介した精神干渉である。

 ザラブが意識の動きを静止させる催眠ならば、こちらは記憶を介して夢を見せるようなもの。

 

 あの時にザラブ星人の催眠を脱出したのと同じ方法では、抵抗すら不可能である。

 

『ガチガチに固めるぞ。Σズイグルで捕縛光弾、ザラブは拘束テープで……』

 

 違うプロセスを経る、精神分野における行動阻害+無力化。

 同じ方法では脱出できない精神の束縛。

 だからこそ。

 ザラブの時ほど、友奈は脱出に時間がかからなかった。

 

『!?』

 

 確実に無力化する、と油断なく考えていたリュウが幻覚の次の一手を打つ前に、友奈はあっという間に幻覚を振り切り戦闘を再開する。

 半端な幻覚は見せていない。

 幸せに溢れた幻覚を見せていた。

 溺れる夢を見せていた。

 リュウが見せたのは、友奈の心を微塵も傷付けない、優しさと幸福に満ちた夢だった。

 誰も居なくなっていない、友奈が好きな人が皆友奈の周りに居る、そんな夢。

 赤嶺友奈は笑顔で居ればそれだけでいい、人を殺さなくてもいい世界の夢。

 友奈の周りにちゃんとリュウも居る、そんな夢を……友奈はすぐさま、跳ね除けた。

 

(甘い夢に溺れるもんか!

 私は! ちゃんと現実で!

 どっかで困ってるかもしれない、あいつを、迎えに行くんだ―――!!)

 

 記憶を媒介にした精神干渉を跳ね除ける方法論など無い。

 要されるのは強靭な意志の力と、強固な記憶の力である。

 己を支える強い記憶の力こそが、メフィラスの精神支配に打ち勝ち、『これは違う!』と叫ぶ心の力を与えてくれる。

 かつて地球全土の記憶書き換えを成し遂げたメフィラスが敗北したのも、まさにこれ。

 

 赤嶺友奈は"記憶を由来とする精神の力"が、あまりにも強いのだ。

 

(誰だ、こいつにこンだけ力のある記憶を与えた奴! クソが、今だけは恨むぞッ!)

 

 ゼットンの拳と友奈の拳がぶつかり、ゼットンが一方的に吹っ飛ばされた。

 戦線が崩壊する気配に、リュウの肝が冷え、選びたくなかった選択肢を選ばせる。

 幸せいっぱいの夢ではダメだ。

 またすぐに脱出されてしまう。

 理想を言えば大赦を崩壊させるまで、最低でも拘束が終わるまで、友奈の動きを封じられるだけの幻覚を見せなければならない。

 ならば、"幸せの逆"でも見せなければどうにもならない。

 

 以前のリュウなら、絶対に失敗していただろう。

 だが、今の彼ならできる。

 今のリュウが友奈を苦しめる最適解を望めば、後は心がその最適解を作り上げてくれるのだ。

 

『ッ、悪い、友奈!』

 

 赤嶺友奈の最大の理解者であるが友奈を傷付けられない男。

 所有者を闇に導く神器。

 二つが合わさり、赤嶺友奈にとって最悪の存在が、ほんの数秒誕生する。

 友奈を傷付けようとする友奈の最大の理解者という最悪が、幻を見せる。

 

 幻の中で、リュウが言う。「お前が嫌いだ」と。

 幻の中で、リュウが死ぬ。「お前のせいだ」と言いながら。

 

「―――っ」

 

 シンプルに友奈は傷つき、打ちのめされ、けれど折れず。

 先程の幻から脱出するよりも遥かに早く、友奈は抜け出して来る。

 傷付いた顔で、友奈は叫ぶ。

 記憶を媒介にしたその幻を、何もかも否定する記憶が、友奈の中にはあった。

 

「リュウは私に対して怒ることも、否定することもあるけど!

 ダメなところ言うだけでハイ終わり、ってことだけは絶対にない!

 いつだって、どこを反省すればいいのか、どうした方がいいと思うのかまで言う!」

 

 バルフィラス、ザラブ、Σズイグルの放つ光弾の密集を、友奈は身のこなし一つでかわす。

 踊るような回避は、弾丸の隙間をすり抜ける理想値を極めたような動きだ。

 蜻蛉の速度で空を舞う蝶はこんな風に見えるのかもしれないと、リュウは思った。

 

「だってリュウは、私を否定したいんじゃなくて、私のためを思ってるだけだから!」

 

 ああそうだよ、と吐き捨てるようにリュウは思う。

 

『知った風な口聞きやがって……ああそうだよ! お前の言う通りだ!』

 

 バルフィラスが突き出した腕から放たれたビームを友奈が殴って弾き、空に弾かれたビームが花火のように炸裂した。

 

 リュウは耐えた。

 友奈の心を傷付ける一手を打つ苦しみに耐えた。

 友奈は耐えた。

 心の一番柔らかい部分を刺すような幻に耐えた。

 けれど、二人共耐えただけ。

 頑張って我慢しただけで、耐えた以上のものではない。

 耐えられることと、傷付かないことは、別なのだ。

 

 もっと傷付かなければ、もっと耐えなければ、勝てない。

 

 戦いは、まだ続いているのだから。

 

『くっ、このッ、クソがッ』

 

 ゼットンが接近し、友奈を殴ろうとする。

 友奈が瞬間移動で回避した。

 すかさず瞬間移動直後の友奈をザラブの光弾が狙うが、発射された時にはもう瞬間移動済。

 間髪入れない瞬間移動の連打は悪夢のような攻勢だ。

 

 だが、とリュウは心を奮い立たせ、食らいつく。

 

 Σズイグルの背後に現れた友奈に、Σズイグルが振り向かないまま後ろ回し蹴りを放ち、友奈は瞬間移動で更にかわした。

 包囲は、友奈の余裕を奪うためだけにしているのではない。

 他三体の目で自分の周囲と背後を視野に入れ、自分の背後に友奈が現れても瞬時に気付き、瞬時に反応するためにあるのだ。

 目の数で、死角を埋める。

 工夫にて才覚差を埋める。

 

 が。

 

 友奈はΣズイグルの背後からゼットンの背後に瞬間移動、反応したゼットンの攻撃を見てから瞬間移動、ザラブの背後に瞬間移動し反撃が間に合わなかったザラブに攻撃を仕掛け、ザラブのカバーに入ったバルフィラスの背後に瞬間移動。

 ザラブのカバーに入り背後に攻撃を仕掛ける余裕がなかったバルフィラスを、蹴り飛ばす。

 

『ぐあっ!?』

 

 友奈の瞬間移動の技量を高めに見積もり、事前に対策を考えてきたはずの鷲尾リュウを、赤嶺友奈は"少し攻めの速度を上げる"というだけのゴリ押しでものの見事に粉砕する。

 

 浮いたバルフィラスを瞬間移動で空中にて更に蹴り、同時に瞬間移動で『背後に居たはずの友奈を攻撃した直後』のΣズイグルを瞬時に放ったジャブで吹っ飛ばす。

 『背後に居たはずの友奈を攻撃した直後』のゼットンは、その瞬間、あまりにも早く瞬間移動を繰り返した赤嶺友奈が二人に見えた。

 バルフィラスとΣズイグルを二人の友奈が蹴っているかのように見えた。

 

 怪獣の脳内の視界処理と、怪獣の目に入る光、全てが置いて行かれるほどの神速の瞬間移動。

 

『がッ、う、ぐ、どうやってンだそれはッ!』

 

 無事なザラブが必死に跳びつき友奈の腕を掴むが、掴んでいたはずの友奈の姿が消え、ザラブの背後からの友奈の足払いがザラブを転ばし、また友奈が消える。

 他人に掴まれた状態での瞬間移動など、リュウのゼットンも未だにできていないのに。

 

「ふぅ」

 

 友奈は少し離れたところでトントンとステップを踏み、一度深呼吸し、呼吸を整える。

 それだけで、今の瞬間移動連打で切れていた息が、平常時の状態にまで戻っていた。

 それだけしか、今の攻勢で消耗が発生していなかった。

 

 もうザラブの催眠もΣズイグルの捕獲仕込みも、各怪物が放つ光弾も当たらない。

 友奈はこの一日で、瞬間移動を完璧に使いこなしていた。

 48時間の間隔を空けなければ自分の体を怪物に変えるだけで命が削れるリュウとは違う。

 友奈は24時間常時変身していても問題がないために、ダークリングの力を試す余裕もほとんどないリュウとは違い、常時自らの力を練磨できるのだ。

 瞬間移動習得からすぐにリュウを瞬間移動の技能で超えた友奈が、一日瞬間移動を練習し、できることを確かめていったなら、どうなるか?

 

 こうなるのだ。

 もう、リュウでは瞬間移動を限界まで使っても追いつけない。

 精密で、正確で、発動が速く、隙がない瞬間移動という最悪。

 フェイクバルタンの時に見せた空間把握能力と、シグマゼットンの時に獲得した瞬間移動が、この上ないほどに綺麗に噛み合っていた。

 

 目覚めて一分か二分でリュウの技量を凌駕したのだから、丸一日経った今となっては、もはやリュウとは別格の使い手になっている。

 仮に一年二年とリュウが鍛錬したところで、友奈と同じレベルになれるかは分からない。

 "神に選ばれ、神の力に最高の適性を持つ友奈"。

 "ダークリングに選ばれておらず、自分を捨てて辛うじて適性を得ているリュウ"。

 向いている者。

 いない者。

 そして、適性に留まらない、伸び代の有無。

 

 リュウは超合体と巨大化を初日に手に入れ、それでなんとか食い下がっていたが、できることはカードの組み合わせを変えるだけで、根本的な実力の天井は伸びていない。

 ここ一年と少しで、彼の成長は頭打ちになっている。

 対し、友奈は逆だ。

 花結装は初めて使用する装備。

 初戦にして初使用はリュウと戦った12/25である。

 だから使えば使うほど新たな機能が発掘され、新たな力が発現し、常出力は伸び、友奈はその力を上手く使えるようになっていく。

 

 この戦いが始まった日に、鷲尾リュウの伸び代はほぼ0であり、赤嶺友奈の伸び代は丸々残っていた、とも言える。

 初戦の時点でリュウは戦力で負けていて、その差は未だ爆発的に開き続けていた。

 

(考えろ。考えろ。オレができンのは、工夫することと諦めないことだけだ―――!)

 

 Σズイグルが、分解した。

 分解したΣズイグルが金属の粒子となって友奈の周りを舞い、視界を塞ぐ。

 金属粒子で出来た怪獣らしい、それだけでは意味のない小細工だ。

 そこに間髪入れず、ゼットンが踏み込んだ。

 

「む」

 

 ゼットンの強烈な拳を、友奈は流れるような防御で受け流す。

 友奈は瞬間移動で距離を取るが、そこにザラブの催眠術とバルフィラスのビームが飛んで来て、かわした友奈の頭上を瞬間移動してきたゼットンが取る。

 ゼットンの蹴りをはたき落としつつ、友奈はほんの僅かにひやりとしていた。

 

「やっぱり、コイツだけは別格かな」

 

 全スペックで友奈が上回っている。

 上回っているが。

 ゼットンと、超合体で出力が爆発的に上がっているバルフィラスだけが、今の赤嶺を倒す攻撃力を持っている。

 その上、瞬間移動までできるゼットンが、友奈対策の主軸であることは明白だった。

 

『行くぞ! まずはゼットンを盾に―――』

 

 陣形に戻したゼットンを先頭に、リュウは迫り来る友奈を迎撃に入る。

 ゼットンは『不壊』と宇宙で讃えられる超強固なバリアを貼って、その場に踏ん張る。

 その後ろでバルフィラス達三体が構えた。

 

 正面からの攻撃や仕掛けは、ゼットンが防ぐ。

 瞬間移動で上後左右のどこからか攻められたら、三体が対応する。

 そういう受けの想定だった。

 これで防げると、あまりにも甘い想定をしていた。

 

『―――!?』

 

 走りながら、友奈が右拳に溜め込んだエネルギーがアームパーツに溜まり、赤き光と共に強烈なパンチがゼットンのバリアへと叩き込まれる。

 

 まるで、和紙が破けるように、ゼットンのバリアは容易く吹っ飛んだ。

 

 西暦の勇者の一人が放った必殺技は核兵器に例えられたが、今の一撃は水爆を容易に超えるほどのエネルギーが込められた、常識外れの物理攻撃。

 一昨日よりも、昨日よりも、遥かに高められた威力の一撃であった。

 それどころか、赤い光が出るまでの溜めの時間も以前より短くなっていたように見える。

 チャージ時間はどんどん短く、放たれる一撃はどんどん強力になっていく。

 

 リュウが"友奈ならもしかしたら"と直前に不安になっていなければ。

 リュウの不安を煽る心の闇が無かったなら。

 ゼットンがバリアを破られた瞬間、ゼットンをカードに戻していなければ。

 

 おそらく今の一撃で、ゼットンはカードごと完全に消滅してしまっていただろう。

 内的宇宙(インナースペース)で、リュウの背筋に冷や汗が垂れる。

 

『受けても死。

 避けても瞬間移動で追撃。

 攻撃の妨害も瞬間移動で無力化してくる、ッてか。

 ……分かってた、分かってたが、クソ、どうする……!?』

 

 ゼットンを再具現化させ友奈の処理に当たらせるが、全員で間断なく攻めて、友奈に瞬間移動を連続で使わせつつ、友奈の動きを先読みして動きを妨害するしかない。

 今のような強力な一撃を打たせれば、全てが終わる。

 防げない。

 かわせない。

 封殺できない。

 有効な対策が無いのであれば、一瞬一瞬を全身全霊で乗り切る以外の選択肢がない。

 

 今の友奈には余裕がある。

 余裕がある内は何をやってもダメで、何を仕込んでも無駄だ。

 友奈に広く遠く周りを見る余裕があれば、違和感を拾われやすくなる。

 友奈が余裕でリュウを即倒してしまえば、仕込みも何もない。

 

 せめて、もう少し、片方に傾き切った勝敗の天秤を押し返せれば、あるいは。

 

 そう思うものの、力を溜め込んだ拳を空振りするだけで衝撃波が生まれ、ザラブ星人が無様に地面を転がされているこの状況で、何が有効なのかてんで分からない。

 

(もっと余裕を削らねェと、何やっても、即潰されンだ、クソ!)

 

 リュウは足りない戦力を補うため、今使っている五枚に加えて『六枚目』のカードをリードしようとするが、ダークリングからバチッと嫌な音が鳴り、弾かれる。

 内的宇宙(インナースペース)に、はらりとカードが落ちた。

 

「っ」

 

 もうこれ以上絞り出せる力はない。

 これ以上できる無理はない。

 今の手札から切れる最大値を発揮している以上、この上は無いのだ。

 ゲーム的に言えば、リュウは編成コスト上限いっぱいまで使い切ってこの面子を出している。

 それら全てをバルフィラスの頭脳で最大限に使いこなし、最高の連携を行わせ、過去最強の戦力を動員して……なお、一方的。

 

 殴って瞬間移動して、殴って瞬間移動して、殴る。

 それだけをしてゼットン・ザラブ・Σズイグルを吹っ飛ばした友奈の姿が、一瞬だけ三人同時にそこに居たように見えるという恐怖。

 

―――なあ、もう、諦めろよ。勝てないだろあんなの

―――お前なんかよりずっと化物だよ。見ただろ最後の一撃

―――世界を滅ぼした化物と戦えてた化物、勇者ってやつと変わんねえよ……

 

 あの時大赦の男が言っていた言葉が、何度もリュウの頭の中をちらつく。

 

(……分かってたことだが、きちィ)

 

 だからリュウは、叫んだ。

 

『ざッけんじゃねェ……今日のこのメンツで勝てなきゃ、一生勝てねェんだよォ!!』

 

 挫けそうな自分を鼓舞するように。

 

 後がない自分を叱咤するように。

 

 これが最後の決戦ならば、負けを認めてはならないと、魂が叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蓮華は車の助手席に座らされて、車で護送されていた。

 後ろの座席に座らされていないのは、後ろの座席に特殊な装置があり、万が一蓮華が神の力を行使した時、この装置がそれを妨害する予定だからだ。

 だから、蓮華を助手席に置き、触れられない後部座席にこれを置いている。

 蓮華は微笑みながら状況を把握。

 運転席に一人、後部座席右に一人、後部座席真ん中に機械、後部座席左に一人。

 武装した大の大人三人が相手だと、素手では少々分が悪かった。

 

 蓮華を乗せた車の前後にも、少し離れて別の車が付いている。

 なるほど、これなら仮に"怪獣が奇襲してきても蓮華は確保できる"というわけだ。

 念には念を入れ、備えに備えが重ねられていた。

 

 蓮華は既に、潜在的なリュウの味方と見られている。

 リュウのΣズイグルによる封印はもう解かれていると大赦は思っているのだ。

 実際は蓮華とリュウは今も奇妙な敵対関係にあり、Σズイグルの罠は解除される気配もない。

 だが、その幸運な勘違いが突破口になると、蓮華は確信していた。

 

「シートベルトを付けたほうがいいわ。万が一の事故の時に危ないわよ」

 

「弥勒様。到着まで喋ることは許可されておりません」

 

「そう。友奈もリュウも、弥勒がこう言えば素直に聞くのにね」

 

 誰も蓮華の言葉に耳を貸さない。

 喋ることを許さない。

 蓮華に誘導されることも、蓮華に絆されることも徹底して避けている。

 シートベルトも付けないまま、蓮華が動いたらすぐに反応できる姿勢のまま、懐に手を入れて何かを握り締めている。

 そんな大人を見て、蓮華は。

 

「やはり、いい子じゃない子が育った大人はダメだわ」

 

 カーブに差し掛かったタイミングで、曲がる車のサイドブレーキを思い切り引いた。

 

 "真冬の少し氷が張ったカーブの上"で、思い切り車がスリップする。

 

「わあああああああ!?」

「うあおおおああ!?」

「えええええええ!?!?」

 

 ダメ押しとばかりに、蓮華はハンドルを掴んで思いっきり回した。

 いい子じゃないのはお前だ、と周りの大人が思った瞬間、壁に激突。

 蓮華を乗せていた車の前後を走っていた車に乗っていた人間達が、一人残らず仰天していた。

 

「ふぅ」

 

 のそのそと、ちょっと潰れた車から蓮華が這い出す。

 一緒に乗っていた三人が生きていることを確認し、蓮華はほっと安心した。

 

「うっ、ううっ……」

 

 後部座席の二人は気絶していたが、運転手はまだ気絶せず呻いているのを見て、蓮華は後頭部を掴んでハンドルに叩きつける。

 きゅぅ、と気絶した男を見て、「よし」と蓮華は満足げに呟いた。

 

「気絶したわね。じゃあちょっとスマホをお借りするわ」

 

 大分運に頼っていたが、運を天に任せて賭けに出たわけではない。

 ここまでの道中で、蓮華は運転手の技量をしっかりと見極めていた。

 ここまでカーブが多かったが、仕掛けるカーブをどこにするかはしっかりと考えた。

 そうして、誰も殺さず、誰も死なないようにして、蓮華はこれを仕掛けたのである。

 生きるための努力を最大限にして、リスクを背負うことを恐れない。ゆえに勝つ。

 大分運に頼っていたが。

 大分運に頼っていたが。

 

 近くを見渡し、24時間エレベーターが動いているビルを見つけ、蓮華はそこに入る。

 追ってくる大赦の人間達を振り切り、エレベーターに乗り込んだ。

 すぐ囲まれ、また捕まるだろう。

 流石に生身の少女がここから逃げ切れるような手はない。

 だが、『時間』は確保できた。

 弥勒蓮華が電話をかけ、何かを伝えることができるだけの時間が。

 

「さて」

 

 蓮華は話す内容をまとめながら、奪ったスマホで電話をかけた。

 

 ギャンブルも嗜む彼女らしい、弥勒蓮華らしい一手であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この戦いにおけるリュウの最大のアドバンテージは、数である。

 友奈を包囲し、常に瞬間移動で死角を取られないようにし、手数で実力差を埋め、一瞬の隙を見逃さず友奈の死角から一撃を決める所に勝機を見出す。

 この戦場で勝利するなら、それがきっと最適解だった。

 

「うん、慣れてきた。このリズムかな、っと」

 

 今、そのアドバンテージの一つが潰された。

 友奈が多対一に慣れてしまった。

 対応速度が劇的に上がる。

 惑わす数が通じない。

 "あと数秒で負ける"と直感的に理解したリュウの対応は、早かった。

 

『……最後の一手だ、オラァ!』

 

 バルフィラスが、ゼットンが、ザラブが、Σズイグルが、増えた。

 木の上に、ビルの上に、建物の横に、バス停の横に、道路や公園を埋め尽くすように。

 これ以上無いというほどに、大量に増えた。

 

「へぇ」

 

 バルタンの分身と、メフィラスの記憶を介した幻の混合だ。

 実体があるもの、ないもの、そもそも幻覚でしかないものの混合編成。

 四肢を武器とし格闘戦を主体とする友奈では、普通に一体一体殴って倒していっても朝が来てしまうだろう。

 

 友奈に打つ手を片っ端から潰されていったリュウが選んだ、最後の一手。

 もうこれに対応されたなら、考え得る全ての手が潰されてしまったことになる。

 なる、というのに。

 その瞬間、鈴鳴子が鳴った。

 

『げっ』

 

 ザラブの催眠攻撃を探知し、友奈に知らせたあの仕組みだ。

 遠くで、友奈をバックアップする大赦の人間達が親指を立てていた。

 もう対応した、ということなのだろう。

 神の力を通した耳で見据えれば、どれが分身でどれが幻でどれに実体があるのか、友奈は聴覚でハッキリと理解することができた。

 

 地力が高い、とはこういうことだ。

 普通のスポーツでも、凡夫の工夫が、最初の一回だけ天才を完封することはある。

 だが十回、百回、と繰り返すと天才が勝ち越していく。

 そしてやがて、天才には一度も勝てなくなっていくのだ。

 強い個人、強い組織は、追い込まれてからも強く、弱者の工夫に虚を突かれてからも強い。

 

 強者の勝利は妥当であり、弱者の勝利は奇跡である。

 

「これで……」

 

 友奈はゼットン、ザラブ、Σズイグルの位置を確認し、最後の実体を見据える。

 そこに、バルフィラスが―――全ての元凶が居るんだと、心を奮起させる。

 路面を跳ね、壁面を跳ね、街中を駆ける稲妻のように、神速の移動で距離を詰め、黒幕と見ているバルフィラスへ向け拳を突き出す。

 

「……トドメだッ!!」

 

 

 

 そして、"Σズイグルの金属粒子で作った偽物のバルフィラス"を粉砕した。

 

 

 

「……え?」

 

 偽物を粉砕し、友奈はもう一度周りを聴く。ゼットン、ザラブ、Σズイグルしか居ない。

 

 そして、察した。

 

「―――ヤバい」

 

 赤嶺友奈が長々と戸惑わず、考え込むこともなく、すぐに気付いたのは流石の一言だ。

 

 だが、もうとっくに手遅れである。

 

 

 

 

 

 リュウの計画はこうだ。

 まずとにかく友奈に必死に食らいつき、余裕をできる限り削りつつ、今この戦場に全身全霊を集中させる。

 友奈はそこまで器用な人間でなく、とても一途な人間であったから、戦闘難度以外は容易であるとリュウは思っていた。

 

 怪獣達は距離があっても操作が可能なため、Σズイグルの金属粒子で偽物を作り、自然にバルフィラスを後ろに下げて、一糸乱れぬ連携で攻撃を続けさせた。

 そのせいで最終的にはリズムを読み切られ、完璧な対応をされてしまったが、十分に距離と時間を稼ぐことはできた。

 リュウはあと数秒で、大赦の本拠に辿り着く。

 

『やった』

 

 この戦いは防衛戦にして制圧戦だ。

 

 友奈の勝利条件は、怪物を自分の後ろに通さず殺すこと。

 リュウの勝利条件は、大赦の心臓にして脳であるそこを元凶ごと崩壊させること。

 別に友奈を倒す必要はないのだ。

 これまでは、友奈を倒さなければ大赦を崩壊させる目処が立たなかっただけで。

 

『オレの、勝ちだ』

 

 だが強力な駒を複数使えるというバルフィラスの力があれば、それができる。

 強力な駒で友奈を足止めし、気を引き、その間に怪獣を到達させられる。

 二回目以降は通じないだろうが、一回通じれば十分だ。

 それだけで大赦を崩壊に導ける。

 導けるはずだ。

 

『勝、ち』

 

 崩壊に導ける、はずだった。

 

『え』

 

 そこには建物だけがあった。

 電気はついていて、人形の影で人が居るように偽装されているが、それだけ。

 大赦の本拠を目の前にして初めて分かる事実を、リュウは理解する。

 ここにはもう誰も居ない。

 ここにはもう何もない。

 ここに、大赦の脳も心臓もない。

 

「ようやく来たか」

 

『! お前は……』

 

「お前がここを狙うよう、ここに常中して偽装してた男だ」

 

 そこには、タバコを吸う男一人しか居なかった。

 

「皆、世界のために働き続けてたぞ。

 お前が攻めて来てるのを知っても。

 朝も昼もここに詰めて仕事をしてた。

 お前にビビって逃げたら世界が回らないからな。

 世界のためにお前なんか恐れていなかった。

 だがもうそれも終わった。機能移転は完了した」

 

『―――』

 

「お前が何度もここを狙ってると分かってて、ここに留まるバカが居るか?」

 

 中枢の機能分散をすぐにするのは無理だ。

 仕事の分割再分配などの手間がかかりすぎる。

 けれど場所を変えるだけなら、数日で可能だろう。

 もはやリュウにも、この男にも、どこに今の大赦の中枢があるのかは分からない。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 

 バルフィラスの膝が折れる。

 

『……あ』

 

 大前提にある勝機がなくなった。

 あると思っていた希望が消えた。

 未来の可能性が潰えた。

 

 もうこれで、リュウが受け入れられないことを受け入れずに友奈に未来をやれない。

 もう、どこにその敵が居るのかも分からない。

 もう、どこで友奈の死を望む人間を殺せばいいのかも分からない。

 そして友奈の処分が始まるのが数日以内である以上、どうあがいても間に合わない。

 

 希望があると思っていたから戦えていたのに。

 それがないと分かった以上、もうダメだ。

 リュウのズタボロな体を支えていた希望が消え、変身が解除される。

 まともに動く状態でなかった体から力が抜けていき、リュウは路面に倒れた。

 

 絶対的な神の力がなくても、怪物的なダークリングの力がなくても。

 

 "大人の悪辣さ"一つで、少年少女の希望はこんなにも簡単に潰えてしまうのだ。

 

「ぐっ……」

 

《 バルタン星人 》

 

 それでも、リュウは手を止めなかった。

 もう何も考えられない。

 もう心に力が入らない。

 もう体に力が入らない。

 心が折れて、希望が消えて、それでもバルタン星人を具現化し、自分の体を運ばせる。

 

 夜闇の中、心折れたまま逃げるリュウと、追う大赦の男達。

 

「急げ」

「探すんだ」

「全く、何を考えて逃げてるんだか」

「こんなことは早く終わらせるぞ。

 我々の本当の敵は結界の外に居る。

 天の神とバーテックスこそが真の敵だ。

 いつまでもこんなことに手間をかけ危険を長続きさせている余裕は無いんだ」

 

 彼らが漏らす言葉の一つ一つが、今のリュウにはよく刺さる。

 

「そうだよな。"こんなこと"、だよな……」

 

 矮小なことなんだ、とリュウは表情を歪める。

 彼らにとって、本当の敵はリュウではない。

 結界の外の怪物なのだ。

 リュウは反乱を起こした反乱分子で、すぐ倒すべき敵でしかない。

 彼らにとってのリュウは、本当の敵に立ち向かう途中で湧いてきた、面倒な内ゲバ反乱者の一人でしかないのである。

 

 そして逃げた先、拠点が見える交差点で、リュウは信じられないものを見た。

 

「嘘だろ」

 

 自分の隠し拠点が、大赦に制圧されている。

 

「これで最後だな」

「はい。鷲尾リュウの隠れ拠点はこれで全て制圧を完了しました」

「一個や二個なら二日目に見つけられてたが、全部見つけるには流石に時間がかかったな」

「全部見つけてから一瞬で全部潰さないと効果が薄いですし、しょうがないですよ」

 

 希望はない。

 未来もない。

 どこにもない。

 

 何もない。何もない。何もない。

 帰る場所も、戻る場所もない。

 鷲尾リュウには、もう何もない。

 

「友奈」

 

 思わず口をついて出た言葉に、あまりにも情けなくて、リュウは涙が出そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心折れ、希望が尽きたリュウが、からん、という音を聞いた。

 顔を上げたリュウが見たのは老女。

 弥勒蓮華からの連絡が入ったスマホを持った、老女であった。

 

「あの子の連絡は間に合った、というわけか」

 

 老女はリュウの前で足を止め、膝を折って目線を合わせる。

 

「泣いているのか? 悲しいのか?」

 

「……別に」

 

「そうか。ならいいのだが」

 

「あんたは……」

 

 老女は竜胆と桔梗の着物を身にまとい、とても綺麗に微笑んでいた。

 

 

 

「―――『乃木若葉』。悲しんでいるお前の味方だ」

 

 

 

 

 それは、赤嶺友奈と弥勒蓮華に戦い方を教えた師匠。

 

 滅びゆく世界を守らんとして戦った、最初の神樹の戦士。

 

 始まりの勇者、乃木若葉―――御年九十に迫る老女が、微笑み、そこに居た。

 

 

 




 それは、彼に残された最後の光
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