「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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予約投稿を一時間間違えて設定してて気付いてなかったとか久しぶりのやらかしですね……すみません


4

 幼い頃。

 まだリュウが人を殺していない頃。

 まだ友奈が人を殺していない頃。

 何の心配もなく、自分達の明るい未来を信じていた頃。

 二人は今は無い公園で、楽しく話していた。忘れることの無い思い出があった。

 

「私あれやりたい、あれあれ」

 

「あれじゃわかんないけど」

 

「生まれた日は違えども~ってやつ」

 

「……桃園の誓いだ……昨日のドラマの三国志だ……」

 

「そうそう」

 

 赤嶺友奈がきゃっきゃと遊びを提案し、リュウは見捨てずちゃんと乗る。

 そんな関係。

 

「なんて言うんだっけ?」

 

「我ら三人、生まれし日、時は違えども。

 兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。

 上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。

 同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。

 皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし……」

 

「長いよリュウくん」

 

「ドラマは改造して短くまとめてんの!」

 

「なるほどなるほどー。短くね」

 

 幼い友奈はむむむと考え、ぴこーんと思いつき、にししと笑って、むふんと咳払い。

 そして、リュウに向き合った。

 

「健やかなるときも、病める時も。

 喜びの時も、悲しみの時も。

 富める時も、貧しい時も。

 これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け。

 その命ある限り、赤嶺友奈に真心を尽くすことを誓いますか?」

 

「それ本当にさっきのを短くまとめたやつ?」

 

 全然違うじゃねーか、とリュウは思った。

 

「リュウくんが誓ってくれたら、私も誓ってあげるー」

 

 笑顔の友奈に、リュウは顔を逸らしつつ、照れた様子で誓う。

 

「……誓う。これでいいか」

 

「はいはい、私も誓うねー」

 

「かっるいなお前……」

 

「えー、軽いは重いかは関係ないよ。誰とでもしない、っていうのが大事なんだよ」

 

「……それもそうか」

 

「おかーさんもね。

 愛してるって言葉で一番大事なのは、一人にしか言わないことなんだって言ってた」

 

「いいお母さんだな」

 

「うん!」

 

 友奈と友奈の母の間には、普通の親子には無いものがある。

 『友奈』という、拭い切れない特別な事情が。

 それでもなお、友奈の母は友奈を母としてちゃんと愛している。

 その愛にどれだけの価値があるのか、友奈もリュウも知らない。

 ただ、愛に飢えているがゆえにそのあたりに敏感なリュウは、他の親子よりもずっと強固な愛が友奈に向けられていることは、察していた。

 

「友奈。桃園の誓いは、生まれた場所が違う奴と誓うから意味があるんだ」

 

「えー」

 

「家がお隣さんの幼馴染とやっても意味ねェんだ。新しい友達ができたらやれ」

 

「えー」

 

「えーじゃなくて」

 

「桃園の誓いじゃないからいいと思うよー」

 

「分かっててやってたなお前」

 

 ペシン、とリュウが友奈の頭を軽く叩き。

 

 うへへー、と友奈がだらしなく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼッパンドンに足を折られた大赦の人間達が、積み上げられていく。

 ビルの屋上に、一人ずつ、一人ずつ。

 ゼッパンドンは出現直後から街に火を放ち、避難誘導の指示にあたろうとしていた大赦の人間達に目をつけて、一人ずつ拾い、足を折って屋上に積み上げていた。

 逃げられないように。

 かつ、死なないように。

 

 積み上げられた彼らは、小さなライトに照らされた看板を目にする。

 そこに刻まれた文字を読む。

 そして、各々"最悪"以外の何でもない感情を顔に出した。

 

『今の大赦の本拠を吐いた人間だけは助ける。残りは皆殺しにする。先着順』

 

 街に火を放てば、大赦が動く。

 現在唯一の行政が動かないわけがない。

 そこで大赦の人間を片っ端から捕縛していけば、現地の人間が足りなくなるためどんどん現地に人員が投入され、更に捕縛できる対象が増える。

 そうしていけば、必ずどこかで捕まえられる。

 今の大赦の脳と心臓がどこにあるか、知っている人間を。

 

 絵に書いたような、"正義の味方の殺し方"だ。

 

「まさか……これが狙いで街に火を放ったのか……!?」

 

 大赦の人間を次々捕まえて足を折って積み上げていけば、火災への対策が遅れる。

 行き着く先は途方も無い被害が出る大災害だ。

 まともに対応されなかった火災は延々と燃え広がり、街を燃やし尽くし、発生する死者数は昭和以降で最大のものにもなりかねない。

 街の人を助けに行きたくても、足を折られていては立ち上がることもできやしない。

 

 "巻き込みすぎるな"と言う心が、炎を落とす場所を選ぶ。

 ゆえに、まだ死人は一人も出ておらず、避難も間に合っている。

 "世界も大赦も壊してしまえ"と言う心が、蛮行を止めない。

 だから街は燃え盛り、足を折られた大赦の人間が積み上げられていく。

 

 そして、リュウは大赦の心臓部の場所さえ特定できれば、全員殺すつもりでいた。

 口からでまかせではなく本当のことを言っている、と確認するため、我先にと大赦の心臓部を吐くように誘導しているのだ。

 言えばもう用済み。全員焼いて問題はない。

 更に言えば、ここに積み上げられた者のほとんど全てが、現在の機能移転した大赦の心臓部……リュウと友奈の死を望む元凶がいる場所を知らない。

 そんなことはリュウも百も承知だ。

 だが、どうでもよかった。

 何も知らないまま、助かる可能性が完全に0で喚いている人間を見ても何も思わず、むしろそれを踏み躙ることに快感を覚えていた。

 

『ははははははははははははははッ!!!』

 

 "今の鷲尾リュウ"は、散々自分を苦しめてきた大赦の人間も、そうでない人間も、ひとまとめにして痛めつけることに、快楽しか感じていなかった。

 復讐の快楽。仕返しの快楽。

 頭の中の善性、理性にぼんやりと幕がかかり、暴性、獣性がむき出しになっていく。

 大赦の人間が叫んでいる。何か言っている。何か罵倒している。

 リュウは心地良さそうにそれを受け止めていた。

 彼の笑い声はゼッパンドンの声帯を通し、獣の笑い声として各々の耳に届いている。

 

 だが、ダークリングが求めた悪には程遠い。

 何故ならば、まだ誰も死んでいないからだ。

 街の燃える度合いが全く足りていない。

 足を折るだけでは誰も死なない。

 街で死人が大量発生すれば大赦の人間もより多く引きずり出されて、見せしめに大赦の下っ端でも殺して見せれば、もっと全員口を滑らせやすくなるはずだ。

 

 リュウは悪心を求めた。

 ダークリングはそれを与えた。

 なのに、ここまで堕ちても、ここまで染まっても、リュウの中には、光が残っている。

 

『来い』

 

 街に火を放ちながら。

 

『来い、友奈』

 

 人を追い立てながら。

 

『オレを止められるのは……お前だけだ。来い、来い、早く来い』

 

 ゼッパンドンは、彼女を待つ。

 

「あ……赤嶺様だ!」

 

 そして、大赦の者達は、闇を駆け間に合った火色の希望を見た。

 

 駆けつけた希望の少女を見て、誰もが心惹かれ、その勝利を願った。

 

 世界中が、"守ってくれる君"を―――『勇者』の君を、待っていた。

 

「―――火色舞うよ」

 

『―――来いッ!!』

 

 ゼッパンドンが吐き出した紅蓮の炎と、赤嶺友奈の烈火の一撃が、闇夜に火の花を咲かせる。

 大地は燃え、大気には火花が舞い、空には花の如く広がる火。

 結界の外だけでなく、内側にも火が満ちていくという絶望だ。

 だが空を見上げる人々の目には、怪獣を見る絶望だけでなく、勇者を見る希望もあった。

 

 

 

「……『勇者』だ。勇者様、だ……!!」

 

 

 

 火色は、この世界における絶望の象徴だ。

 世界を燃やすは天の神がもたらした火。

 結界の外で燃え盛る火の色は、人の心をすり減らす。

 だというのに。赤嶺友奈の纏う赤は、人々の中の火のイメージを塗り潰す。

 その赤色が空を舞うだけで、ゼッパンドンの火に感じた絶望の印象すら上塗りされてしまう。

 

 人の目を引く、火色(ひいろ)のヒーロー。

 

「なんでここまでなって樹海化が始まらない?」

「人手が足りません。ヤバいですよ」

「ここまでの大惨事を情報操作で隠すには、二百年以上は余裕でかかりそうだな……」

 

 口より連射されるゼッパンドンの火球は、一つ一つが一兆度。

 単発で国を焼き尽くす熱を持ち、信じられない威力と連射速度を両立する。

 赤嶺友奈の一撃は、一つ一つがそれを凌駕する。

 叩きつけられた拳からエネルギーが爆発し、火球を粉砕するのみならず、その熱を一瞬にして拡散させていく。

 

 かつて、戦いがあった。

 今は、伝説になった戦いがあった。

 それは、人を滅ぼさんとする怪物と戦う、勇者の伝説。

 乃木若葉達が打ち立てた伝説。

 この戦いは、伝説の再現だった。

 

 友奈の姿が、一瞬でかき消える。

 

『うん?』

 

 次の瞬間、爆発音が連続で響いた。

 壊れていく建物、森、地面、貯水タンク。

 友奈の拳の一撃が爆発を引き起こし、燃える炎を吹っ飛ばす。

 森を破壊し脇にどけ、地面を吹っ飛ばして土を森林火災に被せて沈下、貯水タンクを壊して流した水で都市の火災を消す。

 ゼッパンドンの対処を片手間に、友奈は街の火災対策もするつもりのようだった。

 

『瞬間移動に、拳の連打に、爆風消火か……勇者サマみたいな振る舞いだなァ、オイ』

 

 そんな友奈の思い上がりを、ゼッパンドンは瞬時に粉砕する。

 

 怪獣を一発殴っておこう、と思った友奈が拳を握り締めた瞬間――その背後の森林を踏み潰しながら――友奈の背後にゼッパンドンが瞬間移動で現れた。

 

「!」

 

 友奈もすかさず、瞬間移動。

 神の力で、神速のワープ。

 だがゼッパンドンも瞬間移動。

 魔の力にて、魔技の追撃を成す。

 瞬く間の瞬間移動でついてきたゼッパンドンの踏みつけを、友奈は横っ飛びで回避した。

 

「瞬間移動のレベルが上ってる……!」

 

『くっ、ははは、はははッ! お前と同じことが出来るってのは気持ちが良いな、友奈ァ!』

 

 ゼッパンドンの口から炎が、頭部突起から闇色の炎のようなビームが連射される。

 友奈はバックステップ、サイドステップ、後方宙返りと踊るような動きでかわし、かわしきれないものは瞬間移動でかわすが、その瞬間移動にもゼッパンドンはついてくる。

 瞬間移動直後のほんの僅かに発生する隙に炎とビームの連射をねじ込まれ、友奈は辛うじて跳んでかわすが、背筋に嫌な汗が流れる。

 

「こいつ……今までの奴とは、何か違う……!?」

 

『はははははははははははははは』

 

 ゼッパンドンが咆哮し、その全身から雷が放たれる。

 雷は怪獣の周囲全てを無差別に破壊し、大地は砕け、木々は灰に、岩は砂となっていく。

 友奈は雷一本一本の軌道を見切るという信じられない妙技を見せ、雷の隙間に踊るように体を滑り込ませる絶技で魅せる。

 友奈の体から離れた一粒の汗が、雷に飲まれバリッと音を立てて蒸発していた。

 

 ゼッパンドンは、どんな超合体よりも高い相乗効果を発揮する超合体。

 ゼットンより強いカード、パンドンより強いカードはいくらでもあるが、ゼッパンドンより強い超合体はそうそうない。そういう強力な組み合わせなのだ。

 瞬間移動をもってしても翻弄される瞬間移動技能。

 炎、光線、雷、などの多彩な攻撃手段。

 どれも恐ろしいが、それ以外にも恐ろしいことが二つある。

 まだまだゼッパンドンは本気を出していないというのが一つ。

 

『どうした? もっと余裕で勝ってみろよ。世界中がお前の勝利を待ってるぞ。へ、へ、へ』

 

 そしてもう一つが、リュウがおかしくなり始めていることだ。

 闇に染められ、力に飲み込まれ始めている。

 冷静さは失っていない。

 むしろ頭は冴えに冴え、知的に理性的に友奈を倒す戦術の組み立てを行っている。

 それが逆に、恐ろしい。

 

 ゼッパンドンが空に吹いた炎が、友奈めがけて降り注ぎ、友奈は雲より高くまで瞬間移動し、間一髪回避した。

 

 汚染された精神。

 転換された心。

 引きずられる魂。

 今や鷲尾リュウには、赤嶺友奈を傷付けることを躊躇う気持ちすら薄まっている。

 リュウを敗北者たらしめる最大の要因が、消えかけているのだ。

 愛する人を笑って殺せたその時、彼はダークリングに相応しい邪悪へと堕ちる。

 

 そんな邪悪を倒してくれる正義を、人々は待っていた。

 絶望の中にありながらも、心のどこかで勇者を待っていた。

 光を待っていた。

 そして、友奈は来たのだ。

 誰もが友奈を待っていて、誰もがリュウを待っていなかった。

 友奈には帰る場所があり、リュウの帰る場所は片っ端から消えていった。

 それを闇が意識させ、リュウに友奈を殺させようとする。

 憎いだろう、妬ましいだろう、あいつのせいだ、潰してしまえ、と

 

―――私はここで待っている。お前が居場所を全て失っても、ここはお前の居場所だ。

 

 そんな心に、ふと若葉の声が蘇って。

 

―――リュウは何があっても私の下に帰って来るでしょ? 信じてるから

 

 ずっと昔、得意げな顔でそんな事を言っていた、生意気な幼馴染のセリフを、思い出した。

 殺そうとする心と、傷一つつけまいとする心が綱引きをし、一方的に闇が勝つ。

 ゼッパンドンの口の中に、また瞬時に炎が溜まる。

 だが、一瞬の心の綱引きが友奈にチャンスを与えた。

 

 僅かに反応が遅れたゼッパンドンに、好機と見て友奈が飛びかかる。

 これまで友奈が繰り出し続けてきた、赤い光を放つ拳が振りかぶられた。

 過去最強の威力。

 過去最短の溜め時間。

 これまでの戦いで、いや、今この瞬間にも技量の成長と武装の最適化が進んでいるがゆえに、赤嶺友奈の勇者としての進化は止まらない。

 その一撃は、小さな星をも消し飛ばすだろう。

 

 にもかかわらず。

 その一撃は、ゼッパンドンが展開した透き通る緑の色のシールドに防がれていた。

 

『ゼッパンドンシールド』

 

「……!?」

 

『お前の攻撃はもう、オレには通用しない』

 

 友奈が瞬間移動を行い、跳躍と瞬間移動を織り交ぜる攻勢にシフトした。

 頭上に瞬間移動して殴る。

 地面を蹴って斜め上に跳ぶようにして殴る。

 木を蹴った直後に瞬間移動し、慣性力を残して横一直線に飛んで殴る。

 真下に瞬間移動し、ジャンプして殴る。

 

 だがその全てを、瞬時に展開した"ゼッパンドンシールド"が防いでしまった。

 友奈の攻撃のエネルギーを吸い取るかのように、強固な盾が柔軟に攻撃を受け止める。

 

「こっ、のっ!」

 

『ゼットンに光線は通用しない。

 光線を吸収できンのがゼットンだからだ。

 お前は光線を使わねェから、これまでは無意味だったが……今は違う』

 

 リュウは近接格闘技能にそこまで自信を持っていない。

 だから、格闘での処理にこだわらず、シールドを上手く使っていく。

 鷲尾家は代々目が良く、"当て勘"に優れているため、友奈に()()()()()()()()()()感覚で動かせば、狙撃のような感覚で防御を成立させることができた。

 

 友奈はゼッパンドンの侵攻で折れた街の街灯を拾い、合金の柱とも言うべきそれを、ゼッパンドンの正面から豪快に投げる。

 そして瞬間移動し、ゼッパンドンの背後に回る。

 飛翔する鉄の柱と、背後から飛びかかる友奈による、一人挟み撃ちだ。

 防ぎきれないはずの同時攻撃を、ゼッパンドンは背後にシールドを貼り、そして前から迫る勇者級腕力で投げられた金属の塊を―――胸で、融かして、食った。

 

「!? なにこれ、どういう防御!?」

 

『ゼッパンドンの吸収は万能だ。

 ゼットンはバリアと吸収が分かれている。

 だから、バリアを光線に砕かれることも多いが……

 ゼッパンドンはバリアにも光線を吸わせることができる。

 肉体は光線を吸収するのみならず、物理攻撃も融解し吸収できる』

 

 それは、あるいは太陽に放り込もうが融けない武器すら、熱して食らう吸収能力。

 一兆度の熱で融けてしまう武器ならば、ゼッパンドンに当てても意味はない。

 その体に喰らわれてしまう。

 ゼットンの代名詞一兆度、パンドンの炎を模した体、二つが合わさるがゆえのゼッパンドン。

 

『物理攻撃も光線の類も一切効かねーんじゃテメェに勝ち目はねェんだよ! あはははッ!』

 

 圧倒的な攻撃力だけでなく、比類なき防御能力まで備わっている。

 友奈が瞬間移動でまた移動するが、ゼッパンドンも瞬時についてくる。

 この瞬間移動能力さえ無ければ、まだ友奈も対応のしようがあっただろうに。

 強大な力と強大な闇に、リュウの心は加速度的に引っ張られていた。

 

 友奈は一旦後退しようとするが、ここは街に近い山間の広場。

 下手に動きすぎると、ここまで火力がある怪獣の攻撃が街に当たりかねない。

 ゼッパンドンが口の中に炎を溜め、それを解き放った。

 ゼットンの炎、パンドンの炎、そして……『かつて乃木若葉が使った炎』。

 全てを混ぜ込み相乗化させた炎が、熱線となって飛んでいく。

 

「この炎……!?」

 

 それは、若葉が祈りを込めた神刀を媒介にした力。

 "恋した人とまだ結ばれることができるかもしれない"赤嶺友奈と鷲尾リュウの幸福を願った、若葉のその想いは、彼の体に力を与える。

 恋をした人も居た。

 愛し合っていた者も居た。

 けれど結局、片方が死んで、両方が死んで、誰も彼もが結ばれなかった。

 最後に生き残った若葉は、その全てを見てきた。

 友奈とリュウにはそうなってほしくないという想いが、刀からリュウに伝わっていく。

 

 だが、友奈は防ぐ。街を背にして、守って防ぐ。

 

『!? なんだその盾は……!?』

 

 突き出した友奈の右拳のアームパーツから、巨大な光の盾が(あらわ)れていた。

 

 それは、盾の勇者・土井球子が祈りを込めた神盾を媒介にした力。

 人を守らんとする者。

 友を守らんとする者。

 世界と、背後を守らんする者。

 大切な人を、愛する人を、守らんする者。

 その者にこの盾は力を与える。

 "守りきれなかった自分の代わりにお前はちゃんと守るんだ"と、土井球子が言っているかのように、強く強く、光の盾は輝き続ける。

 

 土井球子は仲間を守るため、誰よりも先に仲間を庇い死んだ。

 彼女の盾は、人を守る。

 乃木若葉は仲間を守るため、誰よりも前に出て戦い、生き延びてしまった。

 彼女の刀は、敵を討つ。

 

 最後まで生き残ってしまった勇者の力を、最初に散った勇者の力が防いで砕く。

 

『……ゼッパンドンシールドと同格の護りかッ!!』

 

 刀の想いがリュウに壊す力を与える。

 盾の想いが友奈に守る力を与える。

 これは、西暦の延長線。

 

 ゼッパンドンが跳ぶ。

 空中で高速で回転し、前方宙返りの動きでゼッパンドンが尾を振り下ろした。

 それは、剣術における剣の振り下ろしのようで。

 あるいは、人の首を落とすギロチンのようだった。

 友奈が瞬間移動で避けると、生太刀が一体化したゼッパンドンの尾が地面に当たる。

 

 震度7を超える大地震が、四国を揺らした。

 

「くっ……四国の地盤まで壊れないよね、これ……!?」

 

 ゼッパンドンの恐るべき部分は、フィジカルにもある。

 恐るべき耐久力。

 恐るべき格闘力。

 馬鹿げた攻撃力を持つ爪と牙に、今は生太刀が一体化した尾まである。

 友奈が小さくすばしっこいために当たりづらくなっているが、建物に当たればスナック菓子のように粉砕し、地面に当たれば大地震を起こすだろう。

 当然ながら、踏まれれば今の友奈でも即死する。

 

『さァ』

 

 その上、今のリュウには人の心がなくなりつつあり、悪辣だった。

 

『守ってみせろよ、正義の味方』

 

 ゼッパンドンがまた、空に火を吐いた。

 吐いた火が夜空を埋めて、友奈を狙―――わず、降り注ぐ。

 人々が逃げ惑う、街の真ん中に。

 一兆度の火球の雨が、降り注ぐ。

 

 力なき人々が、罪なき人々が、男が、女が、子供が、老人が、悲鳴を上げた。

 

「! ……この、外道ぉぉぉぉぉっ!!」

 

 友奈は瞬間移動で跳ぶ。

 もう、神盾で自分を守っていられる余裕はない。

 拳から射出した光の盾と、瞬間移動で拳を振るう自分の二つで、街を火球から守り始めた。

 

 それは、終わりなき地獄。

 次から次へと降ってくる火球は、本来一人で受け止められるようなものではない。

 それでも友奈は、技能と気合で防ぎ続ける。

 防ぐ度、苦悶の声が漏れた。

 守る度、熱が生む苦痛が染みた。

 殴る度、敗北と喪失に近付いていく実感があった。

 

 そんな『皆を守る勇者』を、人々が見上げていた。

 

「ぐっ、うっ、くっ……! このっ……くうっ……!」

 

 友奈は「次で最後の一つだ」と、自分を叱咤する。

 空から降ってくる最後の火球を見上げつつ、友奈は見た。

 自分に狙いを定め、先程のゼットン・パンドン・勇者の炎を一体化させた三位一体の炎を口の中に溜めている、ゼッパンドンの姿があった。

 

「―――」

 

 光の盾は射出したまま、遠い。

 ならば選択肢は二つ。

 空から降る火球を迎撃し、ゼッパンドンの攻撃を喰らうか。

 街を見捨てて、ゼッパンドンの攻撃を避けるかだ。

 友奈は迷わず、前者を選んだ。

 

 閃光に近い、炎の熱線。

 

 それが、赤嶺友奈を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が飛んだ友奈は、記憶の海に揺蕩っていく。

 

 これは、友奈が蓮華と静と出会ってすぐの頃の記憶。

 

 初めてのお役目の前日の記憶だ。

 

「よっしゃ、ほな頑張るか。人々のため、アカナの愛しの彼のために!」

 

「もー、そんなんじゃないですってばー」

 

「でも、弥勒達が人々の暮らしを守るということは、その彼も守るということよ?」

 

「それはそうなんだけどー」

 

 リュウの話で、女の子三人はやんややんやと盛り上がっている。

 明日は戦い。

 絶対に後味のいい気持ちにはならない戦いだ。

 三人全員がそれを分かっている。

 分かっているから、せめて今日くらいは、明るい気持ちで居ようとしていた。

 

「それに、友奈の守りたいものは私達の守りたいものにもなるのよ。友人とはそういうもの」

 

「せやせや」

 

「……ありがと、レンち、シズ先輩」

 

 友奈はこそばゆい気持ちになる。

 この先何があっても、この三人なら、乗り越えられる気がした。

 この三人なら、最後まで後悔せずに走り切れる気がした。

 この二人と出会い、三人で頑張れる幸運に、感謝していた。

 

「あ、そうだ! あれやろうよあれ!」

 

「あれ? なんやそれ」

 

「昔そのリュウと遊んでる時、色々考えたんですよー。オリジナルの桃園の誓い~」

 

「アカナに引っ張られて考えさせられる幼馴染の苦労が目に見えるようやな……」

 

 友奈がセリフと動きを説明し、蓮華と静がノリノリで乗る。

 

 友奈が右手を前に伸ばす。

 その右手の上に、蓮華が右手を乗せる。

 その右手の上に、静が右手を乗せる。

 三人の右手が重なった。

 

 静が口を開く。

 

「生まれた場所は違っていても」

 

 蓮華が口を開く。

 

「共に進む場所は一つ」

 

 友奈が口を開く。

 

「私達の進む先に、今日より良い明日を作るために!」

 

 三人が、口を開く。

 

「「「 いつだって、心は共に! 」」」

 

 最後の最後まで、三人で走り切ることを誓う。

 

 必ず、この世界の平和を護り切ることを誓う。

 

 真面目に誓って、その後、三人は笑い合っていた。

 

「……ね、ね、もっかいやらない?」

 

「気に入ったんかい!」

 

「しょうがないわね、友奈は」

 

「ふっふー。これね。

 私とリュウが考えた、いつまでも一緒に進んで行くっていう約束の誓いなんだ」

 

 友奈は、幸せな記憶に浸る。

 

 そして、三人と手を重ねた時、リュウと幼い頃に似たような誓いをして、手を重ねたことを思い出して、記憶を思い出している記憶を思い出す、という入れ子の記憶想起になり、目覚める。

 

 夢の中で夢を見ている場合じゃない、と友奈の全身が叫んでいた。

 

 

 

 

 

 ふらふらと、友奈は立ち上がる。

 どこかのビルの屋上に落下していたようだ。

 全身の肌や衣装がぷすぷすと焼け焦げていて、そこかしこに痛みが走っている。

 遠くにはゼッパンドンが嘲笑っているのが見えた。

 このまま友奈が立ち向かわなければ、またゼッパンドンは街を焼くだろう。

 

「させない」

 

 友奈はアームパーツに包まれた右手で、左手首を握る。

 手首を包む花結装の下には、手首に巻かれる形で、クリスマスにリュウが贈ってくれたリボンが巻かれていた。

 

 むき出しの髪に巻いておくよりも、ここの方がまだ守られている。

 戦いの中でも、リュウに支えてもらっている気分になりたい。

 敵や人を殴る右拳には、リュウのリボンを巻いていたくない。

 そんな複雑な乙女心から、彼女は左手首にリュウのリボンを巻いている。

 

 腕輪(レット)のように巻かれたそれを、手甲を付けた右手で、握った。

 

「―――私に、勇気を」

 

 友奈は二人の親友と、一人の少年を想った。

 二人と重ねた手の感触と、彼と重ねた手の感触が、まだ思い出の中に残っている。

 今は、遠く離れていても。

 体は、遠く離れていても。

 心は、近くに居てくれると信じている。

 いつだって、信じている。

 

「……いつだって……心は共に……」

 

 そして、赤嶺友奈は。

 

 真の意味で、盾の勇者より継承した神の力を、我がものとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天と地を貫く、神の炎が吹き上がった。

 

 それは、奇跡を掴む炎、無限に燃え盛る絆の光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを見ていた誰もが、炎に見惚れた。

 結界の外の、醜悪なる神の炎ではない。

 優しく、気高く、暖かで、人と人の繋がりのような炎。

 炎のような光なのか、光のような炎なのか、見ている誰もが分かっていない。

 ただただ綺麗で、美しかった。

 

 世界を貫く炎の中に、赤嶺友奈がいる。

 世界を守る勇者がいる。

 光になって、炎を纏う勇者がいる。

 炎から、光から、彼女から、誰もが目を離せなかった。

 

 避難誘導をしていた大赦の男が、感嘆の声を漏らす。

 

「『精霊』を引き当てた。なったのか……本物の勇者に」

 

 精霊は、勇者の証。

 西暦の様々なデータから、精霊を勇者に使わせるかは、今かなり議論されている。

 だが、これこそが勇者の力。勇者の証。

 西暦の勇者達はこの力を用いてこそ、恐るべき化物達と戦えていたという。

 大赦は、友奈に精霊を与えなかった。

 だが、友奈は自らの力で引き出したのだ。神樹の中から、形なき精霊を。

 

 それを『勇者の資格』と言わず、なんと言う?

 

「皮肉なものだ。

 いつも、鷲尾リュウが取り返しのつかないことをしようとする時……

 それを止めるのは赤嶺友奈だ。相手が鷲尾リュウだと、知らないはずだろうに」

 

 男には戦いを止めたい気持ちがあった。

 だが、できないだろうという理性があった。

 だから、今自分にできることをする。

 あの二人の間に入ることなど、神にも許されない……そんなことを、考えながら。

 

「仕事をするぞ!」

 

「うす、三好さん」

 

 この世界の未来はあの二人が決めるのだと、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 炎が、燃え盛っている。

 

 光と闇、そのどちらかが消し去られることはない。

 それがこの宇宙の真理であり、人の心の真理だ。

 闇があるからこそ光がある。

 光があるからこそ闇がある。

 光が強まれば影は濃くなり、強い闇の中からこそ強く輝く光は生まれる。

 この太陽系の太陽が、とてつもなく暗い宇宙の闇から生まれたのと同じように。

 

 リュウが友奈を強くする。

 友奈がリュウを強くする。

 日常の中で、リュウが友奈に言葉をかけて、それが記憶に残り、力になる。

 日常の中で、友奈がリュウを抱きしめて、それが思い出に残り、力になる。

 戦場で顔も知らずに殺し合ってもなお、二人を支えるのは互いが残した思い出で、それが戦いの中で常に二人を強くしていく。

 止まることなく、二人の力は強まっていく。

 

 光は闇を抱きしめる。闇を抱いて光となる。闇は光に憧れる。

 

 

 

 

 

 燃え盛る火の中、友奈が右手を掲げた。

 

 ただそれだけで、生太刀とゼッパンドンの尾の融合が解ける。

 生太刀がリュウから離れていく。

 右手を掲げた友奈の元へと飛んでいく。

 

『この光は……!?』

 

 リュウは思わず手を伸ばすが、届かない。

 光り輝く刀を掴めない。

 神の剣はリュウを見放し、友奈が掲げた右手に掴まれる。

 そして友奈の右手の拳、盾、刀が融合し、神の力が勇者の手の中で『真価』を発揮し、これまでとは比べ物にならないくらいの光を発して、輝いた。

 

 

 

『お前は神に選ばれていない』

 

 

 

 ―――そう、誰か、何かが、リュウに囁いた。……そんな、気がした。

 

 ゼッパンドンの体から力が抜ける。

 生太刀は元より、地の神の王が乃木若葉に与えていたもの。

 地の神の群体である神樹が望めば、それは使うべき者の手元へと運ばれる。

 リュウの敵は世界の全て。

 なればこそ、何もかもが彼の敵で、友奈の味方をして当然。

 

「山本五郎左衛門、七人御先、義輝」

 

 友奈は『一度に三体引き出してきた』精霊の名を呼ぶ。

 友奈には細々とした制御が性に合わない。

 だから、手に入れた神の武器の何もかも、手に入れた精霊の何もかもを、右腕にいつも装着されているアームパーツに集約した。

 神の力を集めたがゆえに、神すら殺す神殺の拳が出来上がる。

 

 三精霊の三位一体。

 拳、刀、盾の三位一体。

 友奈、蓮華、静の三位一体。

 神盾より継承した炎の力で赤嶺の名に相応しい、真っ赤な火色の炎を握った。

 

 炎のような光が流れる、三位一体の光の流炎(トライアド・ストリーム)

 

 強化形態:トライアド・ストリーム。

 

『ぐっ……なンでだ……なんでお前なんだ……なんでお前が光に選ばれるんだ……』

 

 ゼッパンドンが火球を吐き出す。

 友奈はそれを、容易く殴って反射した。

 殴り返された炎が顔に当たり、リュウが呻く。

 

『他の誰でも良かッただろ……お前みたいな普通の女の子じゃなくたッて……』

 

 ゼッパンドンが放った雷を、友奈は綿あめのように拳に絡めて、拳を突き出し、倍の威力で撃ち返して来る。

 それが胸に直撃し、ゼッパンドンの体が揺らいだ。

 

『お前がいつも光に、神に選ばれるから! お前が戦わなくちゃならなくなるンだろ!!』

 

 リュウの心の弱い部分が、折れそうになる。

 強さも弱さも、光も闇も、ぐちゃぐちゃになっていく。

 なんで、なんで、なんでと、思考のドツボに嵌り、そのまま負けそうになったリュウの耳に。

 

 ハーモニカの音が、届いた。

 

 リュウを応援できない女が。

 

 リュウの勝利を素直に望むことができない女が。

 

 遠く離れた場所から、ハーモニカの音楽に乗せて、リュウに想いを届ける。

 

『負けられるか……負けられるかッ!

 まだ! お前の未来を! お前にやれてねェんだから!

 後悔しながらじゃなくて、幸せに、笑ったまま生きていけばいいンだよッ!!』

 

 リュウは叫ぶ。

 まだ終われない。

 このまま死を受け入れられない。

 後悔しながら生き続ける未来を得てしまった若葉を見た。

 死んで未来が無くなってしまった人達のことを知った。

 

 友奈が死ぬことも、友奈が後悔しながら生きていく未来を得ることも、リュウは絶対に、受け入れることなんて出来やしなかった。

 

『未来をやるだけじゃ駄目なんだ!

 未来がなくても駄目なんだ!

 笑っていける―――そんな未来をッ―――!!』

 

 リュウの体から抜けたのは生太刀と神の力だけ。

 元よりリュウが使っていた炎は、生太刀に『大天狗』なる精霊を宿していた、乃木若葉の力と想いの残滓である。

 初代勇者・乃木若葉の想いも力も、まだゼッパンドンの中に残されていた。

 まだ、最大の力を込めた炎なら、あるいは。

 

 リュウはあまりにも追い詰められていて、友奈の様子に気づかない。

 

「……うっ」

 

 友奈が少し、ふらりと体を揺らめかせる。一瞬、膝が折れそうになっていた。

 

 赤嶺友奈は、ゼッパンドンを力尽くで滅することができるだけの力を得た。

 それだけの力を、自分の中から、神樹の中から引き出した。

 『友奈』の名に恥じない、不可能を可能とする勇者の才覚であると言えよう。

 だが、あまりにも強い力を引き出してしまったがために、引き出した力に自分の体がまるでついていけていないのだ。

 鷲尾リュウ同様に、赤嶺友奈もまた、自滅という名の滅びへの道を進み始めている。

 

「これで……最後」

 

『これで……終わりだ!』

 

 友奈が拳を構える。拳に宿るは炎。皆を守るという約束の炎。

 

 ゼッパンドンの口内に炎が溜まる。渦巻く炎。味方でいると約束した、乃木若葉の約束の炎。

 

『ああああ!』

 

 ゼッパンドンが、空に火を吐く。

 想うは絆。鷲尾リュウと赤嶺友奈の二人の絆。

 蓄積したダメージのせいで崩壊寸前のリュウの体から、黄金の光が漏れていく。

 それがリュウの命であると、分かっているのは何人居るのか。

 

 其は絆。極めた絆。金色纏う地球の脅威。

 

 友奈が飛び込む。

 想うは絆。離れていても繋がっている、鏑矢三人の戦士の絆。

 ゼッパンドンが空に吐いた炎を粉砕しつつ、友奈は一直線に進む。

 

 其は絆。(まこと)の絆。それこそが最強であるという、不滅の真理。

 

 誰がどう見ても、その一瞬、優勢なのは友奈だった。

 炎を片っ端から粉砕し、友奈が懐に飛び込んで。

 

『―――ヒートハッグッ!!』

 

 ゼッパンドンが、自爆する。

 体の表面を吹っ飛ばす自爆。

 超高熱の自爆は、ゼッパンドンの体ごと、友奈の体を炎で飲み込み吹っ飛ばす。

 

 はず、だった。

 

 友奈は勇気をもって踏み込む。

 根性をもって耐える。

 神の力を使ってゴリ押す。

 裸で大火事の中に入っていくような熱さと痛みを友奈は感じていたが、構わなかった。

 掲げた拳に、ゼッパンドンの炎すら巻き込み取り込む。

 リュウの力さえその一撃に乗せていく。

 蓮華と、静と、リュウが、いつも友奈を強くしてくれる。

 

 勝利を掴む一歩の勇気が、勇者の証。

 

 

 

「勇者ぁぁぁぁ―――パぁぁぁぁぁぁンチッ!!!」

 

 

 

 ゼッパンドンシールドもぶち抜いて、融解吸収も無視して、何もかもを突破して、全てを砕く勇者の拳が、ゼッパンドンに直撃した。

 

 ゼッパンドンの肉体が、崩壊する。

 胴に叩き込まれた一撃は全身に衝撃を拡散させ、くまなく体を破壊していく。

 怪獣の巨体が闇の粒子となって消えていき、空中に生身のリュウが放り出された。

 逃げるしか無い、そう分かっていても、不可能。

 仮面とローブで姿を隠したリュウの目の前に、既に赤嶺友奈が居た。

 既に、その拳を振りかぶっていた。

 

「今度は、絶対逃さない」

 

 空中で身を捩るリュウと、拳を突き出す友奈。

 

「勇者っ! パンチッ!」

 

 友奈の拳がリュウの右腕に当たり、リュウの右腕が、肩の生え際からちぎれて吹っ飛んだ。

 

「―――ッ!!」

 

 そして同時に、ゼッパンドンが空に吐いていた火球が、リュウを殴って吹っ飛ばした後の友奈に連続で直撃する。

 

「あぐっ―――」

 

 リュウは片腕を失い吹っ飛んでいき、友奈は全力を振り絞った一撃の直後に攻撃を当てられたせいで気絶。

 二人共、街のどこかに落ちていく。

 すなわち、相討ち。

 負け続けだった鷲尾リュウが、初めて掴んだ、『引き分け』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いが終わり、十数分が経っていた。

 

 リュウは立ち上がり、焦点の合ってない目で前を見て、歩き出す。

 意識は朦朧としていたが、淀んではいなかった。

 止血はしたものの腕がもがれたことで大量の出血が発生し、意識に軽い混濁が見られ、されど友奈の一撃が『闇を祓って』いたのである。

 

 闇を祓う清めの矢、ゆえに鏑矢。

 その一撃は人に向けられ、魔を祓うためにある。

 リュウの中の闇を友奈の一撃が吹き飛ばし、その命を友奈の一撃が削り取ったのだ。

 まともに頭が回らない状態で、リュウは歩いていく。

 

―――私はここで待っている

―――お前が居場所を全て失っても、ここはお前の居場所だ

―――帰る場所がなくなる、なんてことはない

―――ここにお前の帰る場所があり、お前の帰りを待つ人間が居る。忘れるな

 

 朦朧とする頭で、リュウは若葉の言葉にすがっていた。

 鷲尾の家にも、隠れ家にも、友奈の下にも、帰れない。

 彼の頭の中に残る帰る場所は、もう乃木の家しかなかった。

 

(帰りたい)

 

 普通の才能。普通の技能。普通の強さ。普通の心。

 リュウは普通に生きるならともかく、勇者と怪物の世界で戦っていくにはなにもかもが足りなくて、工夫と意志の強さだけでどうにかしてきた。

 出血で意識が朦朧とすれば、意志の強さが消え、心の弱さが顔を出す。

 

(もう、休みたい)

 

 "友奈のため"という理由で叫び続けている時だけ、リュウは強い人間になれる。

 

 そんな彼の心を、運命が丁寧に、丁寧に、端からへし折っていった。

 

(誰か……誰でもいいから……オレを……)

 

 そうして、リュウは乃木の家に辿り着き。

 

 ()()()()()()()()で燃えている乃木若葉の屋敷を、目にした。

 

「―――あ」

 

 戦いに熱が入れば、周りを見ている余裕なんてなかった。

 世界の全てが燃え尽きてもいいと思った。

 遮二無二、空に炎を吐き、炎を降らせた。

 全てリュウがやったこと。

 自分の意志でやったことだ。

 

 燃えている。

 若葉の仲間の大切な思い出の品々が。

 七十年、若葉が守り続けた大切なものが。

 恋、友情、信頼、親愛、様々な感情を抱いた者達との記憶の品が。

 若葉の屋敷が、全て燃えていた。

 

 消火に当たっている大赦の男達が、会話している。

 

「若葉様の火傷は大丈夫か」

「大丈夫だとは思うが……歳が歳だ。このまま亡くなられる可能性も」

「おい、縁起でもないことを言うな」

「絶対に許さねえ……俺達人類全ての大恩人になんてことを!」

 

 そして、リュウを見つける。

 

「お前達! 何も守れなかったことを悔しく思うなら! 若葉様のために絶対に逃がすな!」

 

 リュウは転げるように逃げ出した。

 

 何かのカードをリードし、誰かを出して、自分を運ばせた気がした。

 

 ここで死んでしまいたいと思いながらも、友奈を放置してはいけないと思った気がした。

 

 朦朧とした状態のリュウは、自分が何を出して何を思ったのかも分からない。

 

「何もかも燃やしやがった奴を……殺せ!」

 

 ただ、背後で大赦の男達が怒鳴った言葉が、やけに耳に残っていた。

 

 燃えずに残ったのは、リュウが若葉に貰ったあの写真一枚のみ。

 

 それ以外の全てが、燃え尽きた。

 

 

 

 

 

 残り少ない脳の機能を、リュウは自分を責めるために使っていた。

 ぶつぶつと、自分を責める。

 ぶつぶつと、誰かに謝る。

 謝罪と自己嫌悪の言葉を、動かない頭を無理矢理に動かし、ぶつぶつと呟き続けた。

 

 リュウは不思議な体の感触を覚える。

 瞼を上げると、リュウを運んでいたゼットンが、誰かにリュウの身柄を預けていた。

 暖かい。

 柔らかい。

 人肌の心地良さに浸かっていたリュウは、自分を運んでいたのが桐生静であることに、10分以上気がついていなかった。

 

「お、気が付いたみたいやな」

 

「おま、え……」

 

「ウチじゃあ相手役としては不足やろけど、愛の逃避行と洒落込もか?」

 

 静は優しく、リュウを背負って歩き続ける。

 ゼットンがリュウを守っていたこと、友奈が腕を吹っ飛ばしたことで、静は腕の無いリュウの事情を表面的には察していた。

 その上で、通報せず、助けようとする。

 巫女は相当に代わりが居る。

 リュウの味方に付いているとなれば、リュウごと射殺は免れまい。

 それを分かった上で、静はからからと笑って、リュウを背負って運んでいる。

 

「なん、で」

 

「自分で言った言葉も忘れとるとか、もう痴呆進んどるんかアンタ」

 

 前に会った時、リュウが言ったこと。

 

―――人助けしてたオレをあんたが助けてくれた。

―――オレを助けてくれた人には、オレが礼をしなきゃ筋が通らねェ

 

 さっき抱き留めて助けられた静が、今実践していること。

 

「ウチを助けてくれた人には、ウチが礼をせな筋が通らんわ」

 

「―――」

 

「ウチが思うに、あんたそんな悪者やないやろし、事情があるやろ」

 

「……違う、オレは、オレは……」

 

「まーた自分を責める言葉でも呟くん? まあええけど、ウチは意見変えんからな」

 

「……」

 

 ぷっぷー、とクラクションが鳴る。

 

(! 大赦の車!)

 

 もう見つかったのか、とリュウが朦朧とする意識の中で危機感を持つ。

 彼らの隣で、大赦の車が静止する。

 

 もうダメだ。

 リュウはさっきゼットンをカードに戻したことで、本格的に新しい怪獣を出す余力がない。

 自分の足で立つどころか、座る姿勢すら継続できないだろう。

 そのレベルまで消耗し、負傷している。

 静を巻き込むなど論外だ。

 銃口を向けられたら、無関係を装って突き飛ばし、静を助けなければならない。

 そう思うものの、リュウにはもう静を突き飛ばす力もない。

 

 車のパワーウィンドウが降りて、運転手がサングラスを外す。

 

「いいところに来たわね。乗りなさい」

 

「おい中学生」

 

 運転手は弥勒蓮華だった。

 

「車の動かし方は家で習いゲームセンターで実戦経験済みよ」

 

「ゲーセンのあの筐体は実戦とは言えへんからな!」

 

「ちょっと借りただけの大赦の車だから壊れても大赦が直すと思うわ」

 

「借りた? 盗んだんとちゃうか?」

 

「監禁罪で訴えないだけ、弥勒は大赦に気を使っている聖母のような女と言えるわね」

 

「監禁から脱出して車盗んできた女にだけは大赦も言われたくないやろなぁ」

 

「弥勒より弱い見張りを置いていたのがいけないのよ」

 

「お前戦国時代と生まれる時代を間違えたんやないやろな」

 

「首を絞めれば気絶するのはどの時代も同じ。常識よ」

 

「どの時代でも通用する人間の倒し方は聞いとらんからな!」

 

 リュウの朦朧とする意識が、静と蓮華の会話の途中で途絶する。

 

 静に体を預けたまま、リュウは目を閉じ眠りに落ちた。

 

 

 




 燃える炎の三人+一人
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