「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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第六夜

 夢の中で、リュウは友奈と向き合っていた。

 友奈はリュウに怒り、憎み、殺意を向けていた。

 リュウが怪物になっている時、彼はいつもこれを見ている。

 日常の中でいつも笑顔を見せてくれて、笑顔でない時はころころと表情が変わり、最後にはまた笑顔に戻る友奈が好きだった。

 殺意を見せる友奈を見る度、心が削れる音がした。

 リュウは穏やかな笑顔を見せ、友奈に微笑みかける。

 

「お前、勇者になったンだな」

 

 リュウを殺意の視線で睨み、友奈は眩しいほどの火色に燃える。

 

「悪を倒して世界を救う、赤き勇者に」

 

 黒一色の鏑矢の仕事服があった。

 万が一、返り血が飛んで来ても目立たない、真っ黒な服。

 

 友奈が次に着たのは、花結装。

 火色に白と黒を加えた、西暦勇者の戦装束に似た服。

 

 そして、新たな力を得て、また姿が変わった。

 服装自体は変わっていないが、とてつもない炎が常時身に纏われるようになった。

 誰が見ても心が惹かれる、炎の赤色。火色の勇者。

 炎はマフラーのように体に密着し、翼のように広がり、マントのように風になびく。

 夜の闇の中で、まるで篝火のように見える赤き勇者へと変わったのだ。

 

「へッ……なンでだろうな。

 悲しいけど、嬉しいぜ。

 お前が戦わないといけないことが悲しくて。

 いつも見てた、人のためのお前の勇気が認められたことが、嬉しい」

 

 友奈がゆっくりと迫り、腕を振りかぶる。

 殴られても仕方ない、とリュウは思う。

 倒されても仕方ない、と覚悟を決める。

 殺されても仕方ない、と諦めた顔で受け入れる。

 とかなんとか思っていたら、友奈がリュウの服を脱がし始めた。

 

「えっ」

 

「ふっふーん」

 

「オイちょっと待て、待て、待て!」

 

 あんまりにもびっくりして、飛び起きたリュウは。

 

「あら、お目覚めかしら」

 

 ベッドの上で薬片手に自分の服を脱がしている弥勒蓮華を目にして、思わず悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 "テメェのせいで妙な夢見たぞ"と言わんばかりの表情で、リュウが蓮華を睨む。

 蓮華はどこ吹く風で受け流していた。

 リュウは意識朦朧としていた時が最後の記憶のため、ここがどこなのか、今がどういう状況なのも分かっていない。

 分かっていないが、そんなことを把握することに意識を割いていては、弥勒蓮華にぶん回されることだけは分かりきっていた。

 

「ひにゃっ……って案外可愛い悲鳴を上げるのね。

 不良みたいな威圧的な話し方をしてるのは、舐められないため?

 形から入るタイプということかしら。でも実が伴ってないわよ」

 

「うるせーな!」

 

 蓮華は手当てするために脱がそうとし、リュウはいらんいらんと抵抗する。

 

「脱がすな脱がすな脱がすンじゃねェ」

 

「大人しくしなさい。貴方、今体の状態が最悪中の最悪なのよ」

 

「やめろ!」

 

 抵抗しようとするリュウの傷口に消毒液をドバっとかけ、「ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と悲鳴を上げさせ、リュウを大人しくさせつつ脱がして手当てしていく。

 リュウも途中からは大人しくなり、動くのを止めた。

 途中から蓮華が平手で傷を軽く叩き始めたため、このままだと傷口にグーパンが来るような予感がしたのだ。

 

 何故か、若葉には何故か服を脱いで手当てしてもらう恥ずかしさが比較的少なく、蓮華に――年頃の女の子に――裸を見られたことで、見られることが恥ずかしいという感覚が蘇る。

 恥ずかしいがしょうがない、となんとか割り切っていく。

 やがて恥ずかしさが引いてくると、リュウは自分の体に違和感を覚えた。

 腕がない、目がない、全身に激痛が走っている。それはいつものことだ。

 点滴、輸血。これは失血死などを避けるため、分かる。

 だが、それでどうにかなっているということがおかしい。

 

 友奈の攻撃力は、戦いの序盤から既に超合体怪獣を一撃で即死させる威力があった。

 それが日に日に磨かれ、強化され、昨日の戦いでは強化形態まで獲得した。

 その一撃を食らってリュウが生きている?

 それがおかしい。

 ありえない。

 蟻に火炎放射器をぶち込んで蟻が生きていたようなものだ。

 

 リュウの胴回りの肉は弱い部分から崩れ、肋骨は二、三本折れ、神経系は衝撃でかなり潰れており、内臓も機能不全を起こしかけているが、それでもおかしい。

 あまりにも軽症すぎる。

 

「死んだ、って、勇者パンチ食らった時は思ったンだが……」

 

「弥勒も思ったわ。貴方の仇討ちで大赦に討ち入りしようかと一瞬考えたくらい」

 

「無茶すんなよ……なんで、生きてンだ、オレ……?」

 

「一枚だけカードが割れてたけれど、これのおかげかしら」

 

 弥勒が渡してきたカードを見て、リュウは直感的に、自分が生き残った理由を察する。

 割れたカードには、もう何の力も宿っていなかった。

 主であるリュウを庇い、そのカードは人間で言う『死』を迎えていた。

 

「パンドン……」

 

 双頭怪獣・パンドン。

 ある時代の地球における戦いで、ウルトラセブンの最後の敵となった燃える炎の大怪獣。

 十分な強さを持ちながら、ゼットン同様に高度な知性体クラスの心を一切持っていないため、宇宙人に操られて戦うことがほとんどという怪獣である。

 

 その知性は、地球で言えば大まかには犬くらいだろう。

 主人に絶対に逆らわない。

 主人に絶対に反抗しない。

 よく躾けられた犬の如く、主人の命令に忠実な怪獣種族と言える。

 ゆえに、多くの宇宙人がパンドンを愛用した。

 手足を敵に切り捨てられようが主人を疑わず、肉体を改造されようが忠実で、憎しみや怒りがなければ生命活動を行えない体に改造されることすらあったという。

 

 リュウには、パンドンが自分の代わりに死んだ理由が分からなかった。

 そんな理由も義理も無いと思っていた。

 

 理由はある。

 ただ、リュウが"命を賭けるに足る理由"だと思ってないから、気付いていないだけで。

 パンドンの側に、理由はあった。

 ある日、ある時。数ヶ月前のこと。

 リュウは友奈の手を汚させないため、メフィラスで間違った道に誘導し遠回りさせ、その隙にパンドンでテロリストを殺し尽くした。

 時間的にもタイミング的にもギリギリだったが、パンドンのおかげで何とか間に合った。

 リュウは友奈を遠巻きに見てほっとして、役目を果たしてくれたパンドンの頭を撫でる。

 

「よくやッてくれた。助かッた。ありがとう」

 

 パンドンは無反応。

 黙ったまま、リュウに何も命令されているわけでもないから、反応すらしない。

 リュウは頭を掻いて、「……何やってンだオレ」とパンドンをすぐカードに戻した。

 そんな、何気なく始まって何でもなく終わった一幕があった。

 

 つまらないひととき。

 ありふれた一瞬。

 何気ない感謝。

 一度も心を通わせたことがなく、何の気持ちも伝わっていなくても、パンドンには鷲尾リュウの生存と幸福を願う理由があった。

 片思いの忠誠と友情があった。

 

「ありがとうな」

 

 リュウが割れたカードにそう言った、ただそれだけで、パンドンのカードは報われる。

 これ以上の報いは無い、というほどに、パンドンのカードは報われた。

 

 リュウは腕を組んで考え込もうとするが、片腕がないので腕がスカる。

 残った左手を顎にあて、気を取り直して考え込む。

 

(前はこんなことはなかった。

 カードに意思なんて無かったはずだ。

 今のオレだからこんな風になッてる?

 だとすりゃ……ダークリングの適性の上昇で、カードにも影響が出てンのか)

 

 リュウの成長が、進化が、カードの意思を引き出している。

 怪獣や宇宙人の怨念、未練、残滓、能力などをカード化したものがカードだ。

 当然ながら、そこには"意思の素"と言えるものが封入されているものもある。

 意思が目覚める可能性がある、そんなカードが存在している。

 

 どこかで死んだ宇宙人の精神の残滓。

 力の塊を怪獣のカードに整形しただけの、まだ意思のない力の塊。

 自分を殺した者を恨む思念の結晶体。

 死んですぐの怪獣をダークリングがカード化した新造品。

 それぞれのカードで、千差万別。

 カードによっては、ただの道具でしかないはずなのに、使用者を暴走させ大切な人を殺させかけたことまであるという。

 

(不思議な感覚だ。

 心の中に、暗いもンがねえ。

 ダークリングを使い始める前みてェだ。

 なのに、ダークリングから引き出せる力はゼッパンドンを使えるようになッた時のまま)

 

 リュウが変わった。

 だからカードも変わった。

 それすなわち、彼とカードの間に新たな可能性が生まれたことを意味する。

 リュウの命と闇を諸共に殴り飛ばした鏑矢の勇者の魔祓いは、予想外の効能をリュウにもたらしていたようだ。

 けれど、リュウはあまり状況を楽観視しない。

 

(この状態が長続きするもンだと思わねェ方がいいな。

 堕ちに堕ちたことで使えるようになッたゼッパンドンみてェに、何か別の力も出せるか?)

 

 そこで、リュウは、思い出す。

 ゼッパンドンになった自分がやらかした、とんでもないことの数々を。

 街に火を放ち、大赦の人間を片っ端から痛めつけ、罪なき人々を苦しめて、数え切れないほどの人間が死んでいてもおかしくない大惨事を引き起こし、何より、友奈を傷付けた。

 友奈の火傷が記憶に残っている。

 傷付いた友奈の姿が目に焼き付いている。

 

「……うッ」

 

 リュウがあの状態のメンタルを維持していたなら、友奈を傷付けた記憶を思い出しても、さして気にしていなかったに違いない。

 友奈を傷付けても気に留めることすらしない邪悪か。

 友奈を痛めつけたことを喜ぶ邪悪か、どちらかになっていただろう。

 

 友奈の一撃が、彼のそんな闇を消し飛ばしていた。

 皮肉にも、それがリュウを苦しめる。

 善良であればあるほど、善良な者を傷付けてしまったことの後悔は大きい。

 篝火の光は闇を祓い、心に光を取り戻す。

 心に光があるからこそ、愛した者を傷付けたことに苦しんでいく。

 

 友奈こそがリュウを最大限に苦しめていて、友奈こそがリュウを人間の側に繋ぎ留め、友奈こそがリュウに『罪を悔いる権利』をくれる。

 

 リュウは叫び出したくなった。

 けれど、ぐっとこらえて全てを飲み込む。

 そして蓮華に問いかけた。

 

「何人死んだ?」

 

 それは、鷲尾リュウの罪の確認。

 

「負傷者は沢山。死者は0よ」

 

「は……え? 嘘だろ?」

 

「大赦が上手く対処したらしいわ。それと貴方、日頃の行いが良かったんじゃない?」

 

「……知ってんだろ。良いわけねェ。悪人ぶっ殺すのがいい行いか?」

 

「さあ。弥勒は貴方の日頃を知らないもの。

 ああ、でも、友奈に聞けば日頃の貴方の行いをいくらでも話してくれそうね」

 

「……」

 

 ふふふ、と上品に笑っている蓮華に、リュウは無性に腹が立った。

 そりゃもう、友奈に聞けばリュウの日頃の良さを山程話し、蓮華は「ほら日頃の行いが良いじゃない」とドヤ顔を披露するのだろうが。

 リュウは「それはズルだろ」と思わずにはいられなかった。

 そして死人が出なかった奇跡に、ほっとする。

 

(いや、何楽になった気分になってんだ。忘れんな。第一、いいことばっかじゃねえ)

 

 リュウはかぶりを振って、自分を許そうとする自分の想いを追い出した。

 

 そして改めて、昨日のことを思い出す。

 昨日の戦いの最後に、ゼッパンドンから命が噴き出す黄金の光が発生した。

 初めての現象であったが、リュウは感覚的に理解している。あれはマズい。

 

 あれはつまり、体がもう限界のラインを越えたということだ。

 増大する力と、傷だらけの体のバランスが崩壊したからこそ、ああなってしまった。

 変身前の傷を変身後に持ち越さないで済む限度のラインを越えてしまい、変身前の肉体の影響を受けた部分が、ゼッパンドンの力の反動に耐えきれず、崩壊したのだろう。

 リュウの体はすぐには治らない。

 つまりまたあのレベルの力を出せば、また自壊が始まってしまうということだ。

 誰かに殺されるまでもなく、鷲尾リュウは己の力で自殺を完了してしまうだろう。

 

 しかしながら、ゼッパンドンですら友奈には勝てなかった。

 搦め手はもうほとんど試し、リュウの全カードの特性は友奈に把握されている。

 力で勝つとなれば、ゼッパンドンを超えた力が必要となる。

 だがそうなれば、確実に自壊してしまう。

 『七枚目』を使おうかと一瞬思うが、リュウは頭を思い切り振って、その思考を追い出した。

 

 とりあえず、今すべきことをしようとリュウは考える。

 

「オイ、弥勒蓮華」

 

「もっと親しみを込めた呼称にしなさい」

 

「……レン。地図持ってきてくれ」

 

「いいけど、何に使うの?」

 

「大赦の本拠が分かった。地図の上で確認したい」

 

「へぇ……? どう特定したのかしら」

 

「……あんま言いたくない」

 

「そう。なら聞かないわ」

 

 こいつのこういうとこは好きなんだけどな……と思うも、口には出さない。

 話しているだけで素直に褒める気が失せていくのが、弥勒蓮華が弥勒蓮華たる由縁だ。

 

 大赦の者達の叫びを、ゼッパンドンは心地良さげに聞き、嗤っていた。

 その時のリュウは闇の愉悦を得ることにばかり意識がいっていたが、闇が抜けた今、記憶の中の言葉を正確に読み取ることができる。

 その中に、大赦の本拠の位置を叫び、命乞いする声があった。

 同じ場所を言っている複数人の声があれば、そこが答え。そこが正解。

 地図とすり合わせれば、リュウは今の大赦の心臓にして脳である場所を特定できる。

 

 問題は今現在、ここを攻めて攻略可能な手がないということだ。

 搦め手は尽き力押しも難しい。

 大赦が昨日のゼッパンドンによる大赦本拠特定を甘く見て、今日も油断しきっているなら、友奈が防衛に付いていない可能性もあるだろうが、それはあまりにも楽観視だ。

 "今の友奈"には、何が通用するのか想像もできない。

 

 はぁ、とリュウが溜め息を吐く。

 

「暗い気持ちになるのはそのあたりにしておきなさい」

 

「……レン」

 

「これを受け取っておきなさい。大事なものよ」

 

「大事な物……?」

 

 ごくり、と唾を飲むリュウ。

 藁にもすがる思いで、蓮華の言葉に耳を傾ける。

 鷲尾リュウの頭で考えつくことでは何も解決できないとしても、弥勒蓮華の思考回路から生まれる発想ならば、あるいは?

 期待するリュウに、蓮華は懐から取り出した写真を手渡した。

 

「五枚しか作っていない奇跡のアングルのレア物よ」

 

「へー、レンのサイン入り自撮りブロマイドか。

 自分で作ッたのか? 写真写り良いッすね弥勒蓮華さん。で、これが何?」

 

「それを弥勒だと思って大事にしなさい」

 

「はいはいはいはいそーですかッ!! あいだだだだッ、傷に響く……」

 

「自分の体は大事にしないと駄目よ?」

 

「そうだなッ!!」

 

 こんな人間のくせに超絶美人で微笑むと更に美人度が上がるからって許されてるの不公平じゃねェの……? そう、リュウはかなり本気で思った。

 

 部屋の戸を足で開け、両手に買い物袋をわんさか持って入って来た静が、二人のやり取りをちょっと見て呆れた顔をしていた。

 

「なーにやっとんのやお前ら……」

 

「弥勒とリュウはまだ軽い世間話をしていただけよ。何かするのはここから」

 

「ウッソだろこれまだ会話のジャブだッてンのか?」

 

「寝ていなさい、リュウ」

 

「クソッそういえばコイツいつの間にか名前で呼び捨てにしてンないつからだ」

 

 静が椅子の背を前にして、逆向きに座る。

 蓮華が折れた足のギプスに服が巻き込まれないよう、リュウが寝ているベッドの端に座る。

 三人が、重い話をする姿勢になった。

 

「ロックが知っとる事情は全部聞いた。

 でもま、知らん事情もあるやろし……

 できれば本人の口から聞いておきたいなぁ、なんて思てな」

 

「……」

 

「他の誰でもなく、友奈の一番の幼馴染の、あんたの口から聞きたいんや」

 

「……」

 

 リュウは迷い、躊躇う。

 語るべきか、何も言うことはないと突き放すか。

 単純な二択だが、選び切れない。

 リュウがここで話さない意味はない。

 蓮華が多くを話した以上、ここでリュウが話すことは誤解の解消や情報齟齬の修正などプラスの効果を多く生む。

 逆に、話さないことで発生するメリットはない。あるのはデメリットだけだ。

 口を滑らせて変な誤解が発生するかもしれないが、せいぜいそのくらいの話である。

 

 迷っているのは、合理的な理由ではない。

 感情的な理由だ。

 リュウは怯えている。

 全ての事情を話し、受け入れられ、受け入れてくれた人を好きになり、その人とその人の大切なものを、自分が傷付けてしまうことを恐れている。

 乃木若葉の時のようになることを恐れている。

 全て明かして、自分が否定されるなら良い。罵倒されるなら良い。攻撃されるなら良い。

 だが、受け入れられてしまって、自分を受け入れてくれた人を傷付けてしまうことには、耐えられない。

 

 そんなリュウを見て、蓮華は何かを察したようだ。

 スマホをポケットから取り出し、番号を打ち込み、いつでも電話をかけられる状態にして画面をリュウに見せる。

 

「リュウ、弥勒のこのスマホに表示されている番号が分かる? 大赦の通報窓口よ」

 

「「 脅すなや! 」」

 

 踏ん切りがつかない情けないリュウの背中を押しに来てるのだというのは分かる。

 それはリュウにも分かるのだが。

 やり方ってもんがあるだろ……と、リュウは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤嶺友奈は己を鍛えていた。

 トレーニング器具を使い、自重を使い、合間合間に走り込んで使う筋肉をローテーションし、体の各部位をいじめ抜いていく。

 昨日より今日の自分を強く。

 今日の自分より明日の自分を強くしていく。

 そんな実感があるから、赤嶺友奈は筋トレが好きだ。

 戦闘訓練と違って、他人を傷付ける力が成長してる実感があるわけでなく、鍛えた力で他人を傷付けなくていい、自分一人で完結する筋トレが好きだ。

 誰かを傷付けるためじゃなくて、自分にできることを増やしていくためだけに繰り返す、自分の可能性を広げていく筋トレが好きだ。

 

 けれど、今の友奈は、いつもと同じ気持ちで筋トレをしていない。

 逃げるように筋トレをしていた。

 今、友奈の周りには、誰も居ない。

 

 トレーニングを繰り返し、繰り返し、誰も居ない現実から逃げようと、トレーニングの回転速度を早め、筋肉にかける負荷を増やしていく。

 汗と共に嫌な考えが出ていってくれれば、なんて考えて、汗を流す。

 トレーニングに集中していれば、余計なことを考えないで済む気がして、でもふとした時にすぐ思考が戻ってしまって、友奈の表情は曇っていく。

 

 子供の頃、いつもよりキツいトレーニングに挑戦する時、応援してくれたリュウが居た。

 その声があれば、いつだって限界を超えることができた。

 鏑矢訓練で一緒に走り、一緒に汗を流し、一緒に頑張った蓮華が居た。

 隣に蓮華が居たから、辛くても頑張れた。

 訓練やトレーニングの後、タオルとスポーツドリンクを笑って渡してくれる静が居た。

 「よう頑張ったな」と毎回欠かさず言われるだけで、また次も頑張ろうと思えた。

 

 でも、今はもう、誰も居ない。

 会話するのも大赦の連絡係の人くらいで、赤嶺友奈の周りに、彼女が心を許せる親しい人は誰も居ない。

 大赦が調整と工作を行い、友奈が街でうっかりあの三人に出会ったりしないよう、友奈の親経由で何かに気付かないよう、徹底した情報の管理が行われていた。

 

 友奈はトレーニングを終え、シャワーを浴び、夜に備え体を休める。

 一人で使うものでもない広い部屋の片隅で、ベッドの上で膝を抱え、変身に使う端末を手の中で転がしながら、ぼうっと思考を揺らめかせる。

 

「なんでだろ……

 ちゃんと戦って、ちゃんと勝ってるのに……

 大赦の人も、私は一回も負けてないって太鼓判押してくれてたのに……」

 

 ベッドの上で膝を抱える友奈の腕の力が、僅かに強まる。ぎゅっと膝が抱えられる。

 

 友奈は抱えた膝に顔を埋めて、誰も見ていない己の表情を隠した。

 

「……気のせい、なのかな。

 どんどん強くなってるのに。

 どんどんできることも増えてるのに。

 勝てば勝つほど、一人ぼっちになっていってる気がする……」

 

 友奈を見る周りの目が変わっていっている。

 友奈への大赦の扱いが変わっていっている。

 いつも近くに居てくれた仲間が居ない。

 戦場で助けてくれた大赦の人達は皆足を折られて入院中。

 幼馴染も、会いたいのに、話したいのに、とても、とても遠くに感じる。

 

 膝に顔を埋めていた友奈はハッとして、頬を叩く。

 

「いけない。弱気になっちゃ駄目だ。今の私はもう勇者なんだから、頑張らないと」

 

 頬を叩いて、気合を入れて。

 

「頑張れ友奈。大丈夫。私はできる子。だって、そう言ってくれる人が……」

 

 入れた気合が、すぐに萎える。

 

「……いつになったら会えるのかな、リュウ……」

 

 戦いにこんな気持ちで臨めば負ける。

 赤嶺友奈はそういう『戦場の条理』を、よく理解している。

 

 今日もまた、夜に戦いが始まるだろう。まだ時間はある。

 だから友奈は、必死に自分に言い聞かせる。

 こんなんじゃ駄目だ、いつもの自分に、と。

 もっと心を強く、戦えるように、と。

 

 「火色舞うよ」と口にしなければ、戦う自分にも人を死に至らしめる自分にもなれないような、ワードを使ってやっと自分を切り替えられる少女の、悲痛な自己暗示であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウの話を聞き、静はうんうんと頷いていた。

 同情しているような、納得しているような、していないような、何かに怒っているような。

 感情を噛み締めるような、噛み潰すような、どんな頷きだった。

 

「なるほどなぁ、苦労しとるのは、友奈だけじゃ無かったんやな……」

 

「オレのは言うほどの苦労じゃねェよ。

 望んでやってる。大赦の命令でやらされてたお前らとは違ェ」

 

「はーん。ようやくファルコン1の性格が読めてきたわ」

 

「オレの性格読めようが何も……ファルコンワン!?」

 

「ウチなー、友人付き合いある奴には呼び名いじって個性付けたくなんねん」

 

「ふふ……始まったわね、シズさんのショータイムが」

 

「いや始めンな始めンな。もしかしてアレか、他の人のあだ名もこんなンなのか?」

 

「弥勒のあだ名もファルコン1よ」

「ウチのあだ名もファルコン1やな」

 

「全員ファルコン1じゃ区別つかねェだろうが!!!」

 

「ええ、冗談よ」

「せやなー」

 

「つーかツッコミしそびれたが、鷲尾の鷲はファルコンじゃなくてイーグルだ!」

 

「せやなイーグル」

「そうねイーグル」

 

「んんんんん゛ん゛ッ」

 

 重い話のすぐ後に、空気を意識的に軽くする静、天然で軽くする蓮華に、リュウは心中でひっそりと感謝した。

 

「ほんでイー君は」

 

「クソ変なところで固定しやがった」

 

「ちょっと聞かなあかん話があるんで、ちょっとウチに時間割いてくれへん?」

 

「いいけどよ……やけに格式張った言い方するんだな」

 

「あんまよくない話や。ウチが昔使っとった使い古しベッドやし寝心地悪いやろけど……」

 

「え!? ここお前の家!? ここお前の部屋!? これお前のベッド!?」

 

「……ロック! お前何の説明もしとらんかったんか!?」

 

「渡した弥勒のブロマイドの説明はしたわよ?」

 

「くぉらぁ!」

 

 ペシペシ蓮華の頭を叩きつつ、静は真面目な顔になる。

 リュウもその表情に姿勢を正した。

 

「真面目な話や。

 ウチが巫女やから、神樹様が直接下した神託の話。

 人類の内乱と同士討ちどころの話やない、人類の存亡をかけた話やねん」

 

「! まさか……」

 

「せや。壁の外の怪物が―――バーテックスが、来る」

 

 都合の良い結末はあるのか。

 奇跡の軟着陸はあるのか。

 優しい世界の行く末はあるのか。

 

 少なくとも、今この瞬間。良い未来が来る可能性の多くが、潰えていた。

 

 

 

 

 

 理由は未だ不明だが、結界外からバーテックスが攻めて来る。

 かつて世界を滅ぼし、戦士達を死に至らしめた悪夢達が。

 この七十年で溜め込まれた戦力はどれほどの規模か、想像もできない。

 少なくとも、西暦末期の戦いより戦力が少ないということはないだろう。

 

 天の神と人類の講和は成立したまま。

 理由なく攻め入られることはない。

 何か理由があるはずだが、その理由は不明。

 とにもかくにも迎撃しなければ、きっとそのまま世界は終わる。

 

「最悪じゃねェか」

 

 世界の敵・バーテックスを迎撃するのは勇者だ。

 すなわち、現在唯一の勇者である赤嶺友奈が迎撃に当たることになる。

 リュウの脳裏に浮かぶのは、最悪の展開。

 

 西暦の時代。

 "味方を殺す"のに最も使われた手段は。

 戦場で、敵に殺されたと見せかけて死なせることだ。

 

 バーテックスの侵攻がまた始まれば、新勇者の選定は確実に始まる。

 赤嶺友奈が死んでも代わりを容易に補充できるようになる。

 "口封じ"の必要のない、都合の良い勇者に入れ替えることができる。

 システムへの細工、端末への細工、などなど様々な手段を使うことで、友奈を前線に送り出して死んでもらうことができるのだ。

 それは、毒殺などよりもずっと痕跡が残らない安全な殺害手段。

 

 元凶の人間が、ノーリスクで、赤嶺友奈を死なせる手段を得た。

 

 人類全体で見れば赤嶺友奈の死はデメリットとハイリスクしか発生させないが、元凶の人間から見れば、赤嶺友奈の死はメリットとリスク排除の方が大きくなるだろう。

 残った鷲尾リュウが瀕死なことなど、大赦の上層部ならばもう皆知っている。

 

「……いつ、来るンだ?」

 

「今夜。18時や」

 

「今が10時だから……最悪友奈が死ぬまで……殺されるまで……あと、八時間!?」

 

 時間はない。

 余裕もない。

 取れる手段が、選べる選択肢が、ない。

 あまりにも『できること』がない。

 

「……オレが戦うしかねェな」

 

 リュウはベッドから立ち上がろうとするが、呻いてベッドに倒れてしまう。

 友奈の一撃は、パンドンが身代わりになってなお、リュウの命と体を削った。

 戦える体ではない。

 蓮華はリュウの手からダークリングを取り上げ、セットのカード達も取り上げる。

 

「おい」

 

「弥勒の気持ちが伝わってないなら何度でも言うわ。

 伝え方に不足があったなら謝りもする。

 だからちゃんと聞きなさい。他の誰でもない、貴方のことなのだから」

 

「……」

 

「弥勒に任せておきなさい」

 

 代わりに戦うと、蓮華は二度目の宣誓をする。

 

 そんな体で戦わせられない、と、蓮華の目を見るだけで伝わった。

 

「テメェも諦めが悪いな」

 

「貴方が56億7千万回弥勒を突き放そうと、弥勒は56億7千万1回目の説得をするだけよ」

 

「っ」

 

 強い、強い想いだった。

 とても強い言葉だった。

 強さの裏に、優しさがあった。

 

 リュウは蓮華からダークリングを左手で奪い取り、自分が健在なことを示そうとする。

 だが、無理だった。

 ダークリングを持つ左手はあっても、カードを差し込める右手が無い。

 両手がない者に、ダークリングは使えない。

 

「その腕で、ダークリングが使えるの?」

 

「―――」

 

 ダークリングを使う両手も無いのに、何ができる?

 リュウの体が、リュウに現実を突きつける。

 欠けた体が、絶望を突きつける。

 もう彼の体に、友奈を救う力はない。

 

 ダークリングを握る手を、蓮華が優しく包んだ。

 大丈夫だと。

 任せろと。

 ちゃんと弥勒が代わりをやると。

 うなだれるリュウに、リュウの手を包む蓮華の手から、優しさと暖かさが伝わっていった。

 

 

 




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