リュウは善の自分を、悪へと変えたかった。
光の自分を、闇へと変えたかった。
世界が、人間が、運命が憎かったから。
正義の敵に、友奈を救える邪悪になりたかった。
大赦の正義も、神の正義も、彼には通じない。
正しさでは彼を止められない。
彼は世界のためと言う大赦も、人間は思い上がり傲慢になったと言う天の神の主張も、全てことごとくを滅ぼすために生きることを決めた。
全ての正義を否定する、というわけではない。
リュウが全否定する正義があって、友奈を救うために仕方なく否定する正義があった。
彼が嫌うのは、優しさのない正義、愛のない正義だ。
赤嶺友奈も、弥勒蓮華も、桐生静も、無慈悲ではなかった。
涙が出るほど優しくて、愛のある正しさがあって、だからこそリュウは許せなかった。
子供の頃、リュウがテレビで見ていた正義は、皆愛があって優しさがあった。
愛があって優しさがあったから、その正義を正しいと信じることができた。
リュウが大赦を壊すことを決められた理由は、きっとここにあるのだろう。
愛のない正しさ。
愛が無いままに正しさを求めたものは、絶対に何かを間違える。
"世界のため"と言い生贄を殺し続けるのは、正しいのかもしれない。
だが愛がない。
愛が無いまま繰り返すなら、それは間違った正しさとして継続されてしまうだろう。
それは根幹的欠陥。
大赦が最悪の組織に成り果てる可能性。
正しさは時に正解ではなく、正義の道理は時に大間違いになる。
傷付いた人の心を救うため、正論を言うのが間違いであり、優しさを手向けるのが正解なのと同じことだ。
鷲尾リュウは、正しさではなく、少女の優しさに救われた人間だったから。
苦しみの果てに、成るべき悪に成ることができた。
人類は平穏に暮らしたいのであれば、命懸けでリュウという悪に勝たねばならない。
勇者が怪物に立ち向かったように。
人が神に立ち向かったように。
鏑矢が世界の危機に立ち向かったように。
悪を倒さなければ、終わるしかない世界がある。
変身を終えた友奈は、腕を振る。
痛みはない。皮膚の僅かな突っ張りもない。
大火傷していた、という事実そのものが無くなったかのような綺麗な肌。
夜になったが敵――リュウの怪獣――はまだ来ず、友奈は手慰みに自分の体に付いた傷を数えようとしたが、傷一つ無い体を見て、友奈は表情を曇らせる。
安堵はない。
ただただ気持ち悪さがあった。
ものの数時間で傷が何もかも消えていることに、拭い去れない嫌悪感があった。
手に持った携帯電話で、友奈は後方の大赦の者達と通信を行う。
もう、前線で友奈のサポートに回せる人間が居ない。
ゼッパンドンに大量の人員を病院送りにされ、街の多くも燃やされたことで、今大赦は大混乱に陥っていた。
裏工作をする余裕など持っている人間など誰もいまい。
リュウと友奈の死を望んだ人間も、もう何も動いていない。
だが、それだけで説明できないような何かが起こっていた。
『怪我は大事ありませんか』
「うん、針で刺したくらいの傷もないかな。
傷の治りが早い早い。流石に戦闘中にすぐ回復はしないけどね」
『……神樹様は、神託によればそんな治癒の力は与えていないとのことですが』
「うん。この装備の力かな?
この装備手に入れた初日から発揮されてた力だった気がするから」
この装備を手に入れた日から、友奈の体の傷は不自然なほど早く治っていた。
風邪が異様に早く治った時から、違和感はあったのだ。
風邪を引いた友奈を神が風邪を引く前より強い命に強化したかのように、友奈は風邪を引いても悪化するどころか、即座に治ってしまった。
神が治し、友奈を強化したかのような一幕。
だが、神が何もしていないというのなら、それは何なのか?
この傷の高速修復は、何が理由であるというのか?
道具は道具。
ただの道具だ。
所有者に力を与える道具。
ダークリングも、花結装も、使用者に何かを与える、ただの道具。
「元々、この戦いが始まって数日は私に傷一つ付いてなかったしね」
鷲尾リュウが自分を見失い、友奈に傷一つ付けたくないという自戒を失い、友奈を傷付けるということをしなければ、ここまで明確にこの異常に友奈が気付くことはなかったかもしれない。
『正直に言って、状況が分かりません。
何かがおかしいと思います。
あの炎の巨獣のせいで人が激減したのは分かります。
ですが上層部がそれで説明できないほど混乱している、というか。
神樹様の神託にも巫女が戸惑っています。
これまでにない、一貫性の無い神託に、神託に混じるノイズ……何が起こっているのか』
「分かんないけど、とりあえず私は勝てばいいんだよね」
『はい』
「あんま自信ないな……
前回と同じの出てきたら街守れるか分からないし……
……最初っから、前回の精霊も勇者の武器もフルで使うしかないかー」
何かの歯車が狂っている。
リュウからすれば、この戦いは狂った歯車を少しでも戻すための戦いで、大赦や友奈からすれば世界の歯車を狂わせないための戦いである。
だがそれとは別に、何かがおかしくなっている。
それはズレ。
誰も気付いていないようなズレ。
リュウや友奈が、それぞれ別の領域で大切なことに気付いていなかったように、大事なことを知らなかったように、人間では知ることができない領域の何かが存在する。
それが彼らに益をもたらすのか害をもたらすのか、誰も知らなかった。
『怪我にはお気を付けください』
「心にも無いこと言わなくていいけど」
『そんな、心にも無いことなどとは』
「私知ってるんだ。私のこと、裏で化物って言ってる人達が居るの」
『……!』
「いいんじゃないかな。私もそう思うしね」
『赤嶺様……』
「試してないけど、多分腕切り落としても生えてくる気がするんだよね、今の私」
友奈は、はるか遠くを見据える。
結界の壁を越え、夜の世界に現れるゼットンバルタンが見えた。
腕無き死角を後方に回し、黒く巨大なハサミを前方に回すゼットンバルタン。
神樹が作り出した黒き夜空と輝く星を背景に、黒い甲殻・白い皮膚・黄の発光体で構成されたゼットンバルタンの姿がよく映える。
自分が化物にしか見えなくなってきた赤嶺友奈に対し、今日のゼットンバルタンは何故か、前に見た時とは違い、気高い騎士のように見えた。
姫を守り、姫を救い、魔王の国を滅ぼす、絵物語の黒騎士のように見えた。
友奈は思わず、目を細める。
「腕を無くしたらそのまんまなアレと。
今の私と。
どっちの方が、よりおぞましい化物なのかな」
友奈は通信を切断し、とん、とん、と踊るように軽快なステップを踏む。
「……あー、いけないいけない。
今の私、何か感じ悪かったな。
気を付けないと……どうしたんだろ私……」
友奈が突き上げた拳、一体化した神刀と神盾が、神の光で夜を照らした。
人々が空を見上げる。
ゼットンバルタンに怯え頭を抱えていた人達が空を見上げる。
子供達が空を見上げる。
それは希望の炎。
それは希望の光。
赤嶺友奈の未来を薪にして燃え盛る純粋な光の炎。
神の領域の炎を身に着けた強化形態へと変身した友奈が、ゼットンバルタンを迎え撃つ。
「火色舞うよ」
忌々しき怪物に向けて、友奈が突き出した拳より、炎の破壊放射が放たれる。
一刻一刻と進化し続ける赤嶺友奈が瞬時に編み出した、応用にして必殺の炎。
『―――Un coup de foudreッ!!』
ゼットンバルタンが炎に向けて、左腕のハサミを突き出す。
ハサミが開き、放たれるはゼットンの一兆度にしてバルタンの白色破壊光線である、闇。
進化ではなく絆によって編み出した、三位一体の闇色破壊光線。
世界を照らす光の炎と、一人のための闇の力が、夜空を塗り潰すように爆発した。
空を塗り潰す爆発が空から消える前に、その周囲で小さな爆発が連続する。
なんだ、と一般人達が空に目を凝らしても目で追えない。
それは超高速の連続瞬間移動と、超高速の攻防が生む小爆発。
ゼットンバルタンと赤嶺友奈による、空間を超越した連続の攻防の軌跡であった。
ほぼクールタイムもない瞬間移動の連発は、音も光も置き去りにする。
光速すらも追いすがれない神速に、魔速をもって追いすがる。
神の速度を、絆の速度で凌駕する。
ゼットンバルタンは恐るべきことに、人類史上最高速に到達していた友奈を、瞬間移動の速度と技量で凌駕していた。
それが、友奈の感情を逆撫でする。
「お前さえ居なければ!」
精霊を三つ同時に常時使用するという今の友奈は、危険な領域に突入しつつあった。
そして今、明確に危険な領域へと足を踏み入れる。
通常稼働状態だったトライアド・ストリームを、出力上限値限界まで引き上げる。
西暦勇者達は精霊一つで精神が不安定になり、強力な精霊の反動で死にかけたことすらあると言うが……それを、三つ同時に、全力で稼働させるという命知らずの無理無謀。
炎の輝きが、二倍、三倍、と止まることなく増していく。
体にかかる負担が、友奈の命を危険な領域へと連れていく。
精霊の穢れが、滝の水のように流れ込み、蓄積していく。
赤嶺友奈の瞬間移動能力が、一瞬にしてゼットンバルタンを凌駕し返した。
「……こんな思い、しなくて済んだんだ!」
友奈の攻撃に憎悪が乗る。威力が増す。炎が爆発的に光り輝く。
絶え間なく繰り出される炎の拳による猛攻が、サイズ差を無視してゼットンバルタンを圧倒し、押し込んでいく。
瞬間移動の連続のせいで一般人にはどちらが勝っているかも分からず、空や街の郊外で勇者と怪物が戦う爆焔しか見えておらず、爆音しか聞こえていないが、戦力差は明白だ。
片腕では、赤嶺友奈には敵わない。
友奈は憎悪をぶつけるように、泣き叫ぶように、吹き出る悲しみや寂しさを抑えきれないまま、感情をそのまま言葉に乗せて叫ぶ。
「こんな、こんな、こんなっ……!」
辛かった。
寂しかった。
悲しかった。
逃げたかった。
自分が、情けなかった。
鏑矢の役目が、辛かった。
一人ぼっちの時間に、終わってほしかった。
お前のせいだ、と怪物のせいにする友奈がいた。
街を見下ろして、皆を守らないと、と思う友奈がいた。
皆を見下ろして、いいよねあなた達は何もしなくて、と思う友奈がいた。
友奈に敗北を許さない大赦に、何も教えてくれない大赦に、苛立つ友奈がいた。
辛い時に傍にいてくれないリュウに、今自分を抱きしめてくれないリュウに、たっぷりと甘えさせてくれないリュウに、頭を撫でにきてくれないリュウに、怒っている友奈がいる。
赤嶺友奈の中には、いつも友奈が好きな友奈と、友奈が嫌いな友奈がいる。
穢れが、友奈が嫌いな友奈を増幅する。
だから、友奈は自分を嫌いになっていく。
「こんな弱い私に、こんな悪い子な私に、ならずに済んだのにっ!」
これこそが、西暦の勇者を追い詰めたもの。
外の敵と内の敵の、内の方。
心蝕む精霊の穢れ。
理想の勇者と言える才覚が、ありえない精霊の顕現を成し、ゼットンバルタンにも勝てるだけの力を彼女に与え、力と引き換えに心と命を喰らっていく。
「……皆の心は一緒に居てくれると信じてるから、私は一人でも戦えるんだ!」
対し、リュウはゼットンバルタンをいくら動かしても全く負荷が無い感覚に感謝し、一人で最強の友奈に対し、三人の力で食い下がっていた。
『ゼットン、瞬間移動の制御と判断を任せる!』
赤嶺友奈に対抗する手段は一つ。
役割分担と、連携である。
リュウは瞬間移動の制御と判断の全てをゼットンに一任し、口で言ってる暇も無いので、言葉もなく意志を通わせ連携する。
ゼットンが瞬間移動で接近し、リュウが友奈の攻撃を防御する。
リュウの防御が崩されたので、ゼットンが瞬間移動で回避する。
息を合わせて、ゼットンの瞬間移動とリュウの蹴りを同時に行う。
そうして、赤嶺友奈に拮抗する。
リュウとゼットン、どちらが一瞬でも間違えれば、諸共に死ぬ。
けれど、"間違えない"と信じて命を預け、一瞬一瞬に全力を尽くすのだ。
信頼を握り、強さを成す。
『もっとワープテンポ上げろ! オレはついていける! オレを信じろゼットンッ!』
ゼットンがリュウに無茶をさせる。
リュウがゼットンに無茶をさせる。
仲間だから無茶をさせず大事にする、のではない。
仲間だから、信じて無茶をさせるのだ。
瞬間移動しながら、実力差を埋めるため、ゼットンバルタンは瞬時に分身。
本体と変わらない物質密度を持つ分身を三つ生み出し、四つの体で赤嶺友奈と拮抗する。
『バルタン、分身操作は任せる! オレと動きにズレ生んだら承知しねェぞ!』
リュウは分身の全てを、宇宙忍者の制御に任せる。
リュウが操る本体を、バルタン操る分身が守る。
本体を狙った攻撃を分身が弾く。
分身を狙って放たれた炎を本体が光弾で爆裂させる。
信じられない腕力で攻防を行う赤嶺友奈を、本体と分身の同時キックが吹っ飛ばす。
地に足をつけ、
すぐさま友奈が跳ね跳んで来て、リュウをバルタン操る分身が庇い―――渾身の力を込めた炎の一撃が、分身二体を瞬く間に蒸発させる。
本体と強度が変わらない分身二体を消し飛ばし、友奈は更に距離を詰めてきた。
リュウとバルタンの肝が冷える。
油断すれば死ぬ。
油断しなくても死ぬ。
最善を尽くさなければ、死ぬ。
『ちゃんとついて来いバルタン! この程度の速度と連携じゃ、次は押し切られる!』
三人で得意分野の役割分担。
ゼットンは熱と瞬間移動。
バルタンは各種特殊能力と分身操作。
そして、リュウは戦闘に集中する。
"我らは一つ"。
その想いで、心も体もひたすら一つに。
僅かなズレもなく、三つを一つに重ねていく。
リュウは友奈を救うため。
バルタンは友奈を救いたいリュウの想いを叶えるため。
ゼットンは友奈を救いたいリュウに何か救いを与えるため。
違う考え方なのに、同じ想いで一つになり、強くなっていく。
『行くぞ! オレの力じゃねェ、オレ達の力で、世界で一番最高に愛せる女の未来を作る!』
リュウが叫ぶ。
ゼットンが頷く。
バルタンが頷く。
包み込むような優しい闇を纏ったゼットンバルタンの左腕が振り下ろされる。
何もかも焼き尽くすような光を纏った赤嶺友奈の右腕が振り上げられる。
大ハサミと、アームパーツが衝突し、光も闇も吹っ飛んで、けれど怪獣と勇者は止まることなく攻防を続ける。
『オレが世界で一番大事な女の命、お前らの頑張りにも託したぞッ!!』
想いに呼応し、一体化した二体が、より強い力を吐き出した。
友奈はゼットンバルタンの死角である、欠けた右腕側に回り込もうと瞬間移動を繰り返す。
「お前さえ居なければ! お前さえ死ねば! お前さえ殺せれば!」
吐き出されるは、憎悪、怨嗟、恨み言。絶対に許さないという想いの言葉。
瞬間移動の連発で音も光も振り切れても、まとわりつく想いは振り切れない。
友奈らしくもない叫びを上げ、友奈らしくない憎しみの目で、友奈らしくない憎しみにあかせた攻撃で、真っ当ではない思考から責任転嫁と八つ当たりのような気持ちで攻撃を重ねる。
「きっと、きっと、きっと、きっと、きっと、きっと、きっと、きっとっ!!」
リュウ達は心を重ね、冷静に、考えに考えて、力を合わせてその猛攻を受け流す。
残った腕の一本しか無い大ハサミが、まるで騎士の大剣のように振るわれていた。
「皆生きてる。皆幸せで、皆笑顔で、大切な人がそこで日々を送っていて……」
どんなに心を穢されようと、赤嶺友奈の心の芯には光がある。
悪意に引きずられようと、その根底には優しさがある。
きっと、暴力と正義を振りかざす人間になってもそうだろう。
リュウはきっと彼女の在り方の中に、優しい正義の味方を見た。
友奈が放つは、超高温の炎の大剣。1000mはあろうかという、神の炎を固めた剣。
「……壊していい世界なんてないんだ! だから!」
けれど、その在り方は光であるがために、相容れず。
『お前より大事な世界なんてない! だから!』
リュウは叫び、二体の怪物はその想いを肯定する。
『お前が生きて、お前が幸せで、お前が笑顔で、お前がそこで日々を生きていけるなら……!』
それが何よりも大事なのだと、リュウは叫ぶ。
ゼットンは、愛よりも優先される正しさなどないと、熱を貸す。
バルタンは、大切な人が殺されそうな時はどこまでも自分勝手になっていいと、光線を貸す。
一兆度の破壊光線が、友奈の炎の剣をものの見事に破壊した。
(―――友奈が、笑っていれば、それでいい。だから、世界を壊す)
(―――リュウが、笑っていれば、それでいい。だから、世界を守る)
大切なものがあった。
譲れないものがあった。
世界よりも彼女が大事で、大事な彼のために守りたい世界があった。
二人ともまたいつか、大切な人と笑い合える未来が、欲しかった。
空と大地を駆け回るようなゼットンバルタンと友奈の戦いを見上げ、静は絶句し、蓮華は何やら考え込んでいた。
二人の視線はリュウを心配そうに見つつ、何かおかしなものを見るような目で友奈を見る。
おかしな言動。
おかしな戦闘。
憎悪に引きずられ、怨嗟を口にし、あまりにも友奈らしくない戦い方をする赤嶺友奈に、二人は途方も無い違和感とおかしさを覚えていた。
「なんちゅー戦いや……しっかし、アカナ、あれ……」
「シズさんも違和感があるようね」
「おかしい、おかしいんやけど、どうなっとるんや……?」
静には分からないが、弥勒には分かる。
戦っているリュウにも分かっている。
リュウは大赦の資料を強奪したことで"それ"の前例を断片的に知っていて、蓮華は罪悪感などを利用してリュウから話を引き出した時、その情報も吐き出させていたからだ。
「弥勒はリュウから強奪した資料の話を聞いているから分かる。あれは、精霊のせいね」
「精霊のせい……?」
弥勒は聞いた内容を、現状の友奈と比較しつつ話す。
精霊の穢れ。
怨霊の側面を持つ存在を体に宿すことで発生する体への悪影響。
友奈の言動や行動は、それで説明がついてしまう。
装着している花結装の力で、精霊を体の外部に留めることもできた。
しかし奇跡を起こして精霊を引き出した友奈は、それを花結装の力で高度に体に憑依させ、爆発的に力を引き出してしまった。
この戦いの中で、その出力を限界まで引き出してしまった。
心の中に溜まっている穢れは、相当なものになっているだろう。
ゼットンバルタンを殺した後……友奈は、人を殺さずに、世界を壊さずにいられるだろうか。
いられないわね、と弥勒は直感的に判断する。
「そら、結構あかん状況とちゃうか?
暴走する側がリュウとアカナであべこべになっとるやないか!」
「ええ、あまりいい状況ではないわ。リュウ! こっちに分身よこせる?」
蓮華が叫ぶ。遠いからか、爆音のせいか、声が届いていないようで、反応が無い。
「リューウー! 分身をこっちにー!」
瞬間移動の連発、光線と炎の衝突の爆発。声が届いていないようで、反応が無い。
「しょうがないわね」
「ん? なんやその拡声器どっから」
「他の誰のは無視しても弥勒が呼んだら早く来なさい!」
「うがああああっウチの鼓膜破れるぅっ!?!?!?」
ゼットンバルタンから分離され、バルタンが制御しリュウと会話可能な小型バルタン……チャイルドバルタンが、弥勒と静の元に飛んで来た。
『うっせー奴だな……なんだ、何か気付いたンか?』
「見解が同じという前提で話すわ。友奈の精霊の穢れをどうにかしないといけないと思うの」
『! そッちも同じ考えか。オレも薄々そう思ッてたが、どうすりゃいいのか……』
小さな体で腕を組み、悩み始めるリュウに、蓮華が不敵に微笑む。
これは名案があるな、とリュウは思った。
凄いこと言い出しそうやな、と静は思った。
「シズ先輩。弥勒と友奈と初めて会った日、言ったことを覚えているかしら」
「……? ……! マジか。や、祝詞は確かに、色々覚えとるけど、いけるんか?」
「『鏑矢の元の神事は妖魔を退散させ無病息災を祈願する』
『弓の弦を鳴らして穢れを祓う』
『厄を祓うために物理的に放たれるのが人間の鏑矢』……弥勒はそう記憶しているわね」
「鏑矢のお役目は
『……まさか。祓えるのか? 精霊の穢れを』
「やってみなければ分からないけれど、やる価値はあるはずよ」
蓮華は髪をかき上げ、おしゃれな帽子を被り直す。
「貴方が弥勒達を信じてくれるか。
弥勒達が貴方の信頼に応えられるか。
要点はそこね。貴方と、ゼットンと、バルタンの力と同じ」
『……信じ合って、任せて、頼れるか。ってことか』
「何も信じず、誰も頼らず、たった一人で世界に挑んだ貴方には難しい話かもしれないわ」
『……』
「弥勒の目を見て答えなさい。できる?」
『できる』
鷲尾リュウは、即答する。
―――昨日友人になった者も、明日友人になる者も同じよ。
―――まだあなたとは友人ではないけれど、必ず友人になれるわ。
―――きっとではなく、必ずね。
―――さようなら、明日の友人。また会いましょう。世界の終わりが潰えた日に
Σズイグルの力を解除し、弥勒蓮華が持っていた能力を解放する。
そうして、信頼を証明した。
これで巫女の静が神の力を付与すれば、蓮華は以前と同じように、鏑矢としての神の力を行使できる。
『もう明日は過ぎたぞ。とっくにダチだろ。ダチなら信じる』
「ありがとう。弥勒も貴方に親友を任せて、信じるわ」
「ほな、やってみよか。初めての試みやさかい、ぶっつけ本番一発で決めるで?」
三人が腕を突き出して、チャイルドバルタンのハサミと、二人の拳が打ち合わされる。
「ウチが祝詞で、魔を祓う鏑矢の力をロックに降ろして」
「弥勒という、神の力の器を通して、元々の鏑矢の役目である魔祓いの力をリュウに」
「そして私が上手いこと調整し、赤嶺友奈の闇を祓う魔導として組み立てましょう」
「「 ん? 」」
突然、にゅっと、メフィラスが会話に入って来た。
「わああああ!? なんやなんや!」
「メフィラス……リュウ、出したの?」
『いやなンか今勝手に出て来た』
「お気になさらずどうぞ、お嬢様方、主殿。
ゼットンやバルタンと同じく、私も自分の意志でリングに入れるようになっただけです」
「なんやねんもうえろうびっくりしたわ」
「ふっ……弥勒はびっくりしなかったわ」
『何対抗してんだお前……できンのか、メフィラス』
「ええ。我が一族の二つ名は"魔導"。
魔を導き、魔導術を習得しております。
お二方と主殿だけでは不安定な力でしょうが、私ならば安定させることも難しくはない」
『分かった。頼む』
「主殿の意のままに」
かくして、友奈を穢れから救うための作戦が始まった。
巫女と鏑矢が準備し、メフィラスも準備を始める。
ものの数秒で終わるような作業ではないが、できれば数分で終わらせたいところだろう。
「主殿」
『ンだメフィラス』
「ゼットンとバルタンが貴方を助ける理由をご存知ですかな」
『いや……知らねェな』
「バルタンはかつて、虐殺されて滅びに頻した種族の一つです。
虐殺された数は20億。彼らはほぼ皆殺しにされ、そして自業自得であると言われた」
『!』
「バルタンは虐殺を許さない。
この星の人間に同情しているのです。
強者に虐殺されつつある人間達であるからですね。
自業自得と言われようと、虐殺された悲しみは消えません」
『……』
「初めは、バルタンは貴方を嫌っていたのです。
貴方は虐殺をもたらし、多くを死なせ、種族を滅亡に導く者だったから」
『それは……そうかもな』
「けれども、今のバルタンは貴方の味方をしている。
世界を敵に回してでも、大切な人を守ろうとする貴方を。
きっとバルタンにはバルタンの、貴方を好ましく思う理由があるのでしょうな」
バルタン星人は、かつて侵略者であった。
生きるために必死過ぎる侵略者だった。
彼らは侵略の返り討ちにあい、20億を虐殺された。
バルタンが正しいだとか、間違っているだとか、そんなことは関係ない。
ただ、バルタンは、悲しかったのだ。憎かったのだ。
仲間を沢山殺されたことが悲しくて、殺した敵が憎かった。
20億を殺されたバルタンは、70億を殺された地球人に同情していた。
リュウは今日まで、バルタン星人のカードが一番負荷が少なかったことの理由を知った。
「ゼットンは、貴方に忠誠を誓っている。裏切ることのない騎士のように」
『それは、なんとなく分かる』
「ゼットンは、貴方に仕え、貴方の願いを叶えることに意義を感じているのでしょうね」
ゼットンは動物に近い知性を持つ。
多くのゼットンは心を持っていない。
愛ある飼い主に従順であるのが、ゼットンの特性。
忠犬のように、あるいは忠実な騎士のように、ゼットンはリュウに従っている。
それは、主のリュウを主に相応しいと認めているから。
リュウは今日まで、手札の中で最強のカードであったはずのゼットンが、その力の割に負荷が少なかったことの理由を知った。
『お前は? お前がオレに従ってる理由とかもあるのか』
「ええ」
『聞いてもいいか』
「宇宙には、道理というものがあります。
悪は正義に負ける。
闇は光に負ける。
間違った者は正しき者に滅ぼされる運命にあります」
メフィラスは笑う。少しばかり、優しく笑った。
「私はただ、見たいのですよ」
それは、悪の宇宙人であると言われるメフィラスが、悪であることを選んだリュウのため、味方であることを選んだ理由。
「勝つべき光が負け。
負けるべき闇が勝つ。
正しさではなく、人を愛しただけの間違った者が勝つ。
自らのエゴを押し付ける自分勝手な者が勝つ―――そんな素晴らしい一瞬を」
紛うこと無く。メフィラスという男が、リュウの味方をする理由であった。
「必ず勝ちなさい。貴方のカードは皆、それを望んでいます」
『任せろ』
リュウが、バルタンの体でハサミを突き上げて、メフィラスが拳を打ち付ける。
そこには、ただ。
リュウの勝利を願う、三人の怪物の願いがあった。
ウルトラマンと人間に倒された三つの悪