「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 鷲尾リュウは夢を見た。

 幼馴染、赤嶺友奈との夢。

 もう十年ほどは昔の夢だった。

 

 幼い頃のリュウは純朴な少年で、不良らしい今とは似ても似つかず。

 幼い頃の友奈は、根底の部分で今も昔も変わっていなかった。

 

 リュウが物心ついた頃にはもう、友奈は優しかった。

 友奈は彼にとっては普通の女の子であり、同時に彼の周りで最も優しい女の子だった。

 

「困ってるみたいだねー、大丈夫ー?」

 

 困っている人を見つけると、すぐ助けに行く。

 親が困ってれば、手伝いを申し出ていた。

 老人が困っていたら、手を引いて横断歩道を一緒に渡ってあげていた。

 そのくせ、早熟で優秀な子供というわけでもなかった。

 どちらかというとそそっかしかったと、リュウは記憶している。

 

「リュウくん、そんな心配しなくても大丈夫だよー」

 

「大丈夫なわけあるか」

 

 人を助けに行こうとして、転び、膝を擦りむいて泣きそうになった友奈をリュウは何度も見た覚えがある。

 それでも最終的には涙を引っ込めて、困っている人を助けに行くのだ、友奈は。

 

 頭がおかしい、とリュウが彼女に対し思ったことはない。

 友奈は怪我をしたくないと思っている。

 面倒臭いことだって本当はしたくないと思っている。

 死んだりするのも絶対に嫌だと思っている。

 だが、その上で、人を助けたいと思っているのだ。

 そのために、人を助けようと走り回っていて、その結果として怪我をする。それだけだ。

 

「リュウくん、何か困ってない? なんでもしてあげるから、なんでも言ってね」

 

「そうだな、幼馴染が危なっかしくて困ってるよ」

 

「ええー?」

 

 だから彼は、ずっとずっと願っている。

 彼女がいつも幸せであることを。

 彼女がいつも笑顔でいることを。

 彼女がいつも報われていくことを、願っている。

 そのためなら、なんだってしてやれる気がした。

 

 優しい少女が頑張った分報われないなんてことが―――彼は、心底許せなかった。

 

 

 

 

 

 夢から目覚め、リュウは頭を掻いた。

 何故だか妙に気恥ずかしく、妙にそわそわとする。

 あいつの夢を見るとかまるでオレがあいつのこと超大好きみたいじゃねェか……と思い、リュウはかぶりを振ってその思考を追い出した。

 

 時間帯は夜。

 仮眠を取った甲斐があったようだ。

 リュウの体力は回復し、最近物騒な大事件があったことで、街の人間はほとんど出歩いていない時間帯だ。

 戦うならこの時間帯が良い、とリュウは考えていた。

 

 ……本当に悪辣な人間なら、昼間を戦いの場に選んでいただだろう。

 勝つことだけを考えるなら、真っ昼間に大暴れして大騒ぎし、四国を大混乱に陥れた方が、大赦を破壊するには都合が良い。

 混乱は一人であるリュウに味方し、秩序の側である大赦の足を引く。

 そうなれば、更に多くの人が不幸になり、最悪死にまで至るだろう。

 

 何でもする覚悟を決めておきながら、無意識の内にその選択を選べなくなっているのが、鷲尾リュウという人間だった。

 

「こほっ」

 

 リュウは唐突にむせこむ。

 まるで、重病人のようなむせ込み方だ。

 むせこんだ彼の胸元から、ダークリングが転がり落ちる。

 ルビーの如き赤い輪、サファイヤのような青き本体、黒塗りの下地で構築された、宝石なのか金属なのかも分からないそのアイテムが、抗議するかのように鈍く輝いた。

 

「いッけね」

 

 ダークリングは、邪悪なる者のためのアイテムである。

 この宇宙で最も邪な者を選び、その手元に現れるとされるが、他人がそれを強奪して使っても一応使うことはできるという、戦乱を煽る神秘の存在。

 所持者に特殊な力を与え、所持者が本来持つ力を増幅する。

 だがそれは、あくまでアイテムの力の方向性に沿ったもの。

 

 光に属するオーブリングは、闇と相性が悪い。

 闇に属するダークリングは、光と相性が悪い。

 使用者の心象がある程度反映されるため、心の在り方一つで光と闇を混ぜることも可能になっていくが……暴走、拒絶、激しい消耗などのデメリットが存在する。

 それこそ、ただの地球人が相性の悪い状態で使えば、死に至りかねないほどに。

 

 リュウはそれを感覚的に理解しており、連日で使うことはずっと避けてきていた。

 最短でも48時間以上は時間を空けて使ってきた。

 それは、怖かったから。

 

 『ダークリングに食われる』。そんな予感が、ずっと彼の胸の奥にあるのだ。

 

 使いすぎればそれが現実になる確信が、彼の中にはあった。

 

「昨日の夜に一回。

 今日の夜に使うのは本当は……

 いや、迷ってる時間はねェ。

 オレ以外にお役目が言い渡されて友奈がやられる可能性は、今日以降毎日あるんだ」

 

 焼け石に水程度の"正体隠し"として、仮面とローブを身に着けるリュウ。

 彼はビルの屋上から夜の街を見渡し、全体の状況をまず確認し、深呼吸。

 夜景を見下ろし、ポケットから『怪獣が刻印されたカード』を取り出した。

 

 これは怪獣や宇宙人の怨念、未練、残滓、能力などをカード化したものである。

 ダークリングはそれらをカード化し、いつでも使うことが出来るのだ。

 リュウはその能力で、今日まで時に怪獣や宇宙人を実体化させ操り、時に自らに混ぜることで変身し、時に単純なエネルギーとして敵にぶつけてきた。

 

 リュウの手持ちのカードは怪獣が三枚。宇宙人が三枚。

 諸事情あって七枚目は使えないので、この六枚でやりくりするしかない。

 

 使いすぎたり負荷をかけすぎたりすれば、カードが破壊される可能性もある。

 余裕がないのは彼の体も、カードも同じ。

 全て尽きる前に勝ち切らなければならない。

 できれば、最初の一回で全てに決着をつけたいところだろう。

 

 ゆえに、リュウは最初から手札の中で最も強いカードを切った。

 

「顕現、『ゼットン』」

 

 リュウが指で弾いたカードが空中を走り、ダークリングの輪をくぐる。

 

《 ゼットン 》

 

 カードが弾けて闇となり、リュウの体と混ざった。

 

 昆虫と鎧の中間のような、黒く染まった皮膚装甲。

 角と触覚の中間のような感覚器。

 あまりにも不気味な、黄色い点滅する発光体。

 カミキリムシにも見えるが、その実態は恐竜である。

 

 宇宙恐竜『ゼットン』。

 幾多の宇宙で最強の一体に数えられる、無敵の怪獣へとリュウはその姿を変えていた。

 その姿で飛び立ち、大赦の本拠がある場所へと一直線に突き進む。

 

 ダークリングとの相性の関係で彼の顕現サイズ上限は2mだが、これで十分だ。

 大赦を潰すためにはこれでもあまりにオーバーキルすぎる。

 西暦2015年の人類なら、これ一体で絶滅に追いやれるだろう。

 

 人類ならば、滅ぼせる。

 

『……ああ、やっぱりか』

 

 けれども、人類の世界を滅ぼした怪物を倒してきたのが、神樹に選ばれた少女たち。

 

 ゼットンの前に立ちはだかるは、今戦える唯一無二の神樹の戦士。

 

 桜色の髪に、情熱を色に変えたような鮮烈な赤をまとった少女。

 

 彼女が、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤嶺友奈は夢を見た。

 幼馴染、鷲尾リュウとの夢。

 もう十年ほどは昔の夢だった。

 

「友奈、動かないで。バンソーコー貼るから」

 

 友奈は昔のリュウも今のリュウも嫌いではない。

 昔は素直だったし、今でも素直じゃなくなっただけだと思っている。

 幼い頃からずっと、リュウは友奈に優しかった。

 

「友奈、あんだけ傘忘れるなって言ったのに……ほら傘。オレは走って帰るから」

 

 沸騰してる鍋に友奈が触れそうになれば、リュウは友奈の首根っこを掴んで止めた。

 友奈が道路の側溝に落ちそうになれば、抱きつくようにして全力で止めた。

 痴呆が入ったおばあちゃんが焚き火に触れそうになり、それを助けた友奈が焚き火に突っ込みそうになって、リュウが体を張って助けたこともある。

 その時に負った火傷がまだリュウの脇腹に残っていることも、リュウがその傷を友奈に見せないようにしていることも、友奈は知っている。

 友奈が走って転んで怪我をすると、彼はいつも誰よりも先に駆けつけ、手当てをしてくれた。

 

 友奈の中で、リュウは一番優しい隣人だった。

 優しいから、大好きだった。

 

 だから彼女は、ずっとずっと願っている。

 彼がいつも幸せであることを。

 彼がいつも笑顔でいることを。

 彼がいつも報われていくことを、願っている。

 そのためなら、なんだってしてやれる気がした。

 

 あの優しい少年の笑顔がある世界が消えるだなんて―――彼女は、心底許せなかった。

 

 

 

 

 

 夢から目覚めて、友奈は上機嫌だった。

 いい夢が見れた、と言わんばかりに幸せそうな笑顔を浮かべている。

 次でお役目も終わり。

 勝てばそこで終わり。

 戦いの日々もそこでおしまい。

 気持ちのいい朝を迎えて、今日の夜の戦いに備える。

 

「お、アカナー。今日も精が出とるな」

 

「あ、シズ先輩。おっはよーございます」

 

「今夜に疲れ残したらいかんで?」

 

「はーい」

 

 赤嶺友奈に話しかけたのは、桐生(きりゅう)(しずか)

 友奈の二人の仲間の一人で、この世代の巫女である。

 神の声を聞き、人に届け、祝詞で鏑矢達の神の力を制御するバックアッパー。

 やや怪しい関西弁に明るい人柄、面倒見の良さなどで、友奈のもう一人の仲間『弥勒(みろく)蓮華(れんげ)』と同様、友奈から強い信頼を受けていた。

 

 友奈は中庭で格闘の動きをしつつ、静と会話を始める。

 

「レンちどうでした? 怪我大丈夫でしたか?」

 

「大丈夫やったで。折られたの足やし、狙ったみたいに綺麗に折れとったからな」

 

「……あの黒い奴、絶対に許さない」

 

「落ち着けやアカナ。どうせ嫌でも今夜には戦うかもしれんのや、クールクール」

 

「……です、ね」

 

「何があったんやろな。ロックも何があって折られたんかあんま話さんし。

 ほんま綺麗にやられとったから、ロックの足にも後遺症は一切残らんそうや」

 

「だからって、私はレンちを怪我させたやつを許せるわけが……」

 

「ま、ま、許せとかそういう話やないて。

 なんやろなぁ……なんやろこの違和感。まーええか」

 

 静は頭の片隅に引っかかった、言語化できない何かをどこかに追いやる。

 友奈と静からは、肩の力が抜けていた。

 それは敵が人間ではない怪物であると、大赦から知らされていたから。

 

「相手が人外なら、人間相手よか気が楽でええわ」

 

「ですね」

 

 鏑矢は殺人の神事を成すもの。

 ただの中学生の女の子たちにとっては、やりたくもないことだ。

 やらなければやらないからやってきただけ。

 そういう意味では、人外が相手の戦いは非常に気が楽なことだろう。

 なにせ、怪物を倒して人々を守ればいいだけなのだから。

 本当にそれが人間でない怪物であるのなら、だが。

 

「なんなんでしょうね、あれ。シズ先輩は分かります?」

 

「さー、わからん。

 うちらの敵の怪物もおるし。

 うちらの敵を殺してた怪物もおった。

 ただ数ヶ月前までは味方もおったしな。

 人間の敵だけじゃないんやろ、怪物も」

 

「メフィラスさんとかですね」

 

「さっぱり状況が見えん。

 対人間のための鏑矢を、人間でもなんでもない怪物倒すのに使っとるのもな」

 

 うーん、と少女二人して首を傾げる。

 

 盤上の駒には何も知らされない。

 肝心なことは何も教えられない。

 全てを知るのは、いつだって手遅れになってから。

 

「アカナは戦い終わらせて愛しの彼にはよ会いたいんやろ?」

 

 けけけ、と笑いつつ静が言う。

 友奈が顔を真っ赤にして何かしらの反応をすることを期待していたようだが、友奈はあまり動じず、頬を掻いて苦笑した。

 

「よく言われますけど、私達そういうのじゃないんですよ」

 

「ほんとかー? ほんとにほんとかー?」

 

「や、リュウの方が私のことそういう風に見てないんですよ。

 ゴリラ女はあんま好きじゃないみたいなこと言ってたので」

 

「はーん、そうなん?

 ま、ウチは二人の関係も知らんしな。

 アカナが聞いたことが本当かも嘘かもしれんし、話半分に聞いとくわ」

 

「やけに食い下がりますね……」

 

「どうもアカナの言っとる事ぉ聞いとるとなあ」

 

 静がからかいながら指先でつんつん友奈の頬をつつき、友奈が明るく笑う。

 彼女らはもう戦いの終わりを見ていた。

 次で終わり、ならもう日常に帰れる、だから日常に帰ってからのことを考えてみたりする……そういう思考だ。

 

「頑張れアカナ。もうちょっとやで」

 

「はい」

 

 朝日に照らされる中庭で、送られる激励。

 静は友奈が日常に帰ることを願い、友奈はその気遣いを嬉しく思った。

 静は悪戯っぽく笑い、友奈は華のように笑う。

 

「赤嶺友奈、頑張ります」

 

 そうして、その日の夜。

 赤嶺友奈は一人、飛来する黒き化物を待ち伏せ、大赦本拠に繋がる道の途中で対峙した。

 

 かつて、西暦末期の終末戦争は、香川水際での防衛戦だった。

 それを鑑みて、この時代の大赦は密かに香川の反対側……すなわち高知に大赦の中枢を移し、香川の陥落に備えていた。

 なればこそ。

 彼らの戦いは高知で行われる、高知防衛戦の色を帯びる。

 

 自分より一回り大きなゼットンを見て、友奈は衣装をはためかせる。

 燃えるような炎の赤色。

 赤嶺の名に相応しい、火色(ひいろ)のヒーロー。

 夜闇の中でも鮮烈に目に焼き付く、赤き勇者。

 人を守る少女の凛とした美しさにゼットンが見惚れていることに、少女もゼットンも気付いていなかった。

 

「火色舞うよ」

 

 宇宙恐竜ゼットン。

 黒き体に白き角、夜闇の中で黄に輝く発光体。

 その不気味な姿を見ると、友奈は心にふつふつと『絶対に許さない』という感情が湧いてくる。

 

 友奈の親友、弥勒蓮華の足を折った怪物は―――間違いなく、この怪物だった。

 

 

 

 

 

 覚悟はしていた。

 だからリュウに戸惑いはなかった。

 ただただ、納得と憤怒があった。

 大赦は大なり小なり、リュウと友奈の関係を知っていたから、この手を選んだのだ。

 

 鷲尾リュウは絶対に赤嶺友奈を傷付けられないと、大赦は確信していた。

 

「火色舞うよ」

 

 友奈が踏み込む。

 友奈の踏み込みで僅かに路面から跳ね上がった小石が路面に落ちて来るまでのその一瞬で、友奈はゼットンとの距離をゼロにしていた。

 ゼットンの眼がなければ、リュウでは目で追うことすらできない速度。

 友奈の右腕にアームパーツが形成され、最高の武器にして防具であるそれが振り翳される。

 

『悪いが、お前の相手をしてやる気はねェんだよ』

 

 だがその一撃は、空振った。

 友奈の右拳は虚空を通過し、数m離れた位置にゼットンが現れる。

 "瞬間移動"。

 ゼットンが種族として持つ固有能力。

 無限に遠くまでは飛べないものの、瞬間的にある程度の範囲であれば瞬時に移動できる能力。

 

 ゼットンは無限ではなく一瞬にて最強を成す。

 

「くっ……またこんな」

 

 友奈の周囲でゼットンが何度も瞬間移動し、友奈はそれを目で追いきれない。

 

『なんとかなりそうだな』

 

 怪獣・宇宙人に体を変えている間、リュウの言葉は人のそれとして出力されない。

 ゼットンの姿であれば、ピポポポ、という非生物感が強すぎる鳴き声として出力される。

 その鳴き声が、友奈には煽りの声に聞こえた。

 

『あばよ。……ごめんな』

 

 リュウは友奈の視界を切って、瞬間移動をそこから連打して、一気に大赦の本丸を潰しに―――移動しようとした、その瞬間。

 足を、取られた。

 

「お、ビンゴ」

 

 それがトラバサミだと気付いた時にはゼットンの首と右腕に、人間では扱えないような、大規模建築用に使われるものよりも更に太いワイヤーが絡みついていた。

 

『―――!?』

 

 勇者の戦装束の下に隠していたワイヤーを投げた友奈が、にっと笑っていた。

 

「その瞬間移動、前にお前が人を殺してる時に見たよ」

 

 戦闘者としての才覚は、友奈がリュウを大きく上回っている。

 

 友奈がここで待ち伏せしていたのは偶然ではない。

 近くの植木、街路樹の根本、路地裏に入る道……それらの各所に、罠が仕掛けてあった。

 トラバサミもその一つである。

 無論、一度使えば二回目以降は警戒されるし、リュウも待ち伏せされている地点を避けて遠回りすることだろう。

 だが、最初の一回であれば。

 こういう小賢しい罠を予想していない段階ならば、一度は綺麗に罠が刺さる。

 

 友奈は瞬間移動を目で追えていないフリをして、自分の視界に意識的に隙間を作り、ゼットンがそこに瞬間移動するよう誘導し、トラバサミを"当てた"のだ。

 そしてワイヤーで、己とゼットンを繋げた。

 

「違ったらそれでいいけど、私に捕まってる状態だと瞬間移動使えないんじゃない?」

 

『っ』

 

 当たりだ。

 リュウが所持するカードのゼットンは、敵に捕まっている時に瞬間移動ができない。

 トラバサミを挟まれていない足で踏み壊すゼットンだが、ワイヤーの方を腕力で切ろうとしても中々切れなかった。

 

(神の力の入った加工品……!)

 

 神話に度々登場する、神の力の入った金属達。神の玉鋼。

 おそらくは友奈がゼットン対策に要望を出し、大赦が製造したものだろう。

 

「そらっ!」

 

『!?』

 

 ぐんっ、と友奈がワイヤーを引く。

 ゼットンの右腕が引かれ、体のバランスが崩れる。

 ワイヤーを引いた勢いも合わせて跳んだ友奈の飛び蹴りが、ゼットンの顔を打ち据えた。

 

『ぐっ』

 

 ゼットンが腕を振るが、友奈はゼットンの体を蹴って跳躍し距離を取る。

 ワイヤーがピンと張り、リュウは自分もワイヤーを利用してやろうとワイヤーを引くが、友奈が空中で同時にワイヤーを引き、二人分の腕力ですっ飛んできた友奈の拳がゼットンの胸を的確に殴り抜いた。

 

『っ!』

 

 友奈はそのまま足払いを仕掛けるが、ゼットンは跳躍して回避。

 しかし友奈は踊るように姿勢を変え、そのまま逆立ちの姿勢で空中のゼットンを蹴り込んだ。

 空中のゼットンが痛みでぐらり、と姿勢を崩した瞬間、友奈は逆立ちの状態から腕力のみで跳躍し、空中のゼットンを踵落としで蹴り落とす。

 地面に叩きつけられたゼットンが苦悶の声を上げ、"二個目のトラバサミ"が、ゼットンの腕をガチンと挟んだ。

 

『くっ、このっ』

 

 友奈の容赦なき追撃が迫る。

 リュウは必死にトラバサミを外し、地面を転がるように友奈の振り下ろしたギロチンのような首狙いの踏み潰しを回避した。

 回避したゼットンの首のワイヤーを友奈が引き、引き寄せたところに蹴り。

 ゼットンは上手くガードするが、足を引っ掛けられて転びかけ、姿勢が崩れたところに友奈のアッパーを叩き込まれて体が浮き、追撃の拳で吹っ飛んだ。

 

(オレがこのワイヤーで捕まってる限り勝機はねェ!

 こいつ友奈……ヤバい! こんなに強かったか!? なんだァこの装備は!?)

 

 リュウは距離を取り、一旦思考する。

 

 本来、神樹の力は複数人で運用するものである。

 

 適正なら五人、選別して三人、力を最大限まで希釈して多くに与えて32人。

 この時代の本来の戦いは――今は止まっているが――結界外の化物・バーテックスが神樹を折りに来るがために、少女達がその化物から神樹を守るタワーディフェンスである。

 多く弱い駒で守ると強い敵に押し切られる。

 少なく強い駒で守ると多数の敵に防衛の隙間を抜けられてしまう。

 よって、適正人数は五人前後。

 敵の侵攻を橋の上など狭い箇所に限定できても、三人前後である。

 

 西暦末期に戦った初期型勇者システム使用者・西暦勇者は、神樹が与える力をシステマチックに五人で分割運用していた。

 それでもなお、初期装備の攻撃力は核兵器に比肩し、攻撃範囲は都市単位に及び、あまり運動をしない元病弱少女でも車が追いつけないほどの速度で走り回っていたという。

 既存兵器など相手にもならない、馬鹿げた強さ。

 にもかかわらずバーテックスには敗北したからこそ、今の世界があると言える。

 

 今の赤嶺友奈は、未知の装備を身に着けているものの、一人きりで戦っている。

 

 ゆえにかその体には、その頃の西暦勇者五人分の力が集約されていた。

 

 基礎出力は、もはや怪獣以上に化物である。

 

(鏑矢がこのレベルまで……

 これじゃまるで、伝承の勇者サマじゃねェか……!?)

 

 "友奈を怪我させないように戦っている"半端者に、勝てる相手ではない。

 

 リュウはワイヤーを逆利用してやろうとワイヤーを引っ張るが、動きの前兆を見切られていたがために、ワイヤーを緩められ無効化されてしまう。

 

(オレの方からワイヤーを切れば)

 

 リュウはゼットンの超高温火球でワイヤーを切断しようとする。

 だがそれと同時に、友奈がゼットンの右腕を思い切り引く。

 体の向きが90°動き、発射しようとしていた火球が明後日の方向に飛んでいった。

 ワイヤーは切断されないまま、またワイヤーを引いた勢いで距離を詰めた友奈の拳がゼットンの脇腹に刺さる。

 攻撃を食らう度に、体の奥に浸透するような痛みがあった。

 痛みが重なると、何かが壊れていく気がした。

 

(……あー、クソ。

 お前が鏑矢になる前なら……

 オレがこんな外道になる前なら……

 オレの方が喧嘩強くて、お前のこと、守って……弱気になってんじゃねェぞオレ!!)

 

 そして追撃。

 ゼットンの胴に、友奈の右拳が、アームパーツと共に強烈に叩き込まれた。

 これまでの、当てることを念頭に置いた速く巧みな攻撃ではない。

 しっかり構えて、しっかり体重を乗せた、渾身の一撃だった。

 拳がゼットンの胴体にめり込む。

 命にまで拳を届かせる。

 ゼットンに口があったら、内臓が口から飛び出していたかもしれない……そう思わせるほどに強烈に、痛烈に、その胴に拳が食い込んでいた。

 

『ぐあっ……!?』

 

 一瞬、リュウの意識が飛びかける。

 リュウの脳内に、次々思考が浮かんでは消える。

 また何もできないのか?

 また何もなせないのか?

 結局何も変えられないのか?

 世界のために都合の悪い人間を消していく繰り返しを止められないのか?

 自分には何の長所もないのか?

 大事な人のためにしてやれることが何もないのか?

 思考が、浮かんでは消える。

 

「終わりだね」

 

 友奈が、握った拳を引き絞った。

 

 対人込みの戦闘経験が豊富な者は、油断しない。

 

 一撃入れた、やったー入った、というところで止まらない。

 

 戦闘巧者はクリーンヒットではなく、勝利をもってようやく止まる。

 

 赤嶺友奈の二撃目がゼットンの顔面へと叩き込まれ、その頭部が破砕され、ゼットンの全身が光が解けるようにして消滅した。

 

 

 




 合体ウルトラマンの勇者版形態がデフォルト形態になってるやつ

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