「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 メフィラス星人とは、挑戦者である。

 彼らは『挑戦』という言葉を好む。

 特に心への挑戦を好む一族だ。

 そんなメフィラスが、いつも負けている星があった。

 その名を、地球と言う。

 

 メフィラスは武力ではなく、心を試す形での侵略を行う。

 強き心、気高き心、人を想う心、綺麗な心……そういったものを星の住人が全員ちゃんと持っていれば、メフィラスの侵略は必ず失敗する。

 「どうやら私の負けのようです」「ですが、また貴方がたの心に挑戦させていただきますよ」と負けを認めて、去っていくのだ。

 メフィラスは他の侵略宇宙人と違い、計画が失敗したらムキになって死ぬまで戦うということがなく、心で負ければそのまま敗北を認めて去ってしまう。

 だから本当にしょっちゅう地球人に負けるのだ。

 "地球人の心に負けた"と認めてしまう、本当に珍しい宇宙人だから。

 

 メフィラスはそんな自分達の種のことを、作業の速度を全く落とさず手慰みに簡潔に語った。

 

「私は挑戦すべき、試すべき人間の心を見つけたのです。それはここにある」

 

『大赦か? 友奈か? オレか?』

 

「その全てです。私は、貴方がたの答えを待っている」

 

 メフィラスは、いつも人間の心に挑戦する。

 人間の答えを待っている。

 答えが己に返される瞬間を、待っている。

 

 リュウ――チャイルドバルタン――はメフィラスとああだこうだ話している蓮華と静を見て、そこに無言で佇んでいた。

 バルタンの分身で良かった、と、リュウは口に出しそうな思いを飲み込む。

 揺れる気持ちがあった。

 この二人が生きる世界を壊して良いのか、という気持ちがあった。

 揺れるだけで、絶対に赤嶺友奈を優先する自分を変えない、鷲尾リュウの心があった。

 

『……』

 

「私情で光を消し去っても、誰にも文句を言われる筋合いは無いと思いますがね」

 

『オレの心中を読んでんじゃねェ』

 

「私情結構。自分勝手大いに結構。

 世界は貴方に文句を言う権利が、貴方には世界に文句を言う権利がある。

 なら、それでいいのでは?

 貴方だけが我慢する必要はない。

 鏑矢が生贄にならないといけない義理もない。

 皆のために敵を倒すのが正義であり、己のために敵を倒すのが悪でしょう」

 

『……』

 

「心弱き犯罪者を見なさい。その多くは、自分だけの幸福のために悪になった者達です」

 

『そりゃ、そうだが』

 

「正義を掲げることで幸福になれるなら、そうすればよろしい。

 ですがそうなれない者もいます。

 で、あれば。正義を押し付けられることで不幸になる者は、悪に成れば良い」

 

『……なんだお前、オレを励まして背中でも押してくれてンのか』

 

「さて、どうでしょう」

 

 慇懃無礼な丁寧口調で、メフィラスはリュウの罪悪感を拭っていく。

 リュウは絶対に友奈を選ぶ。本質的には迷いはない。

 けれど最後の最後に抱く罪悪感の量だけは、周りの気遣いで減らすことができるだろう。

 そして、メフィラスは作業をしつつ、"鷲尾リュウは赤嶺友奈を諦めない"という部分をごく自然に信じ切っている自分に気付き、笑ってしまった。

 

「よっしゃ、終わたで!

 話は後でええ。友奈を頼んだわ」

 

「貴方は弥勒の代理よ。なら、必ず成功するわ。弥勒を信じて行きなさい」

 

『あンがとよ。……お前らと友奈は、絶対に無事に再会させて見せッから』

 

 空で、ゼットンバルタンの本体と赤嶺友奈の攻撃が、一際大きな爆発を起こす。

 

 小さな分身バルタンとメフィラスは、地上を昼間のように明るくする戦闘の光を見上げた。

 

「さあ……挑戦と行きましょう」

 

 カードに戻ったメフィラスが分身バルタンの内に戻り、分身バルタンが空に飛び立つ。

 静と蓮華は一瞬心配そうにして、けれどもすぐに、確かな信頼と共に彼を送り出した。

 

『おうよ』

 

 かくして、希望の一撃を持ち、分身はゼットンバルタンの内へと戻る。

 リュウと、ゼットンと、バルタンの三人の力を合わせ……いや。

 心と体は三人で一つでも、メフィラスの想いも合わせ、想いは四人で一つに合わせ、闇色の奇跡に手を届かせるべく手を伸ばす。

 

 『三人で一つのチーム』(Tri-Squad)ではない。

 四人で一つの『挑戦者達』(Try-Squad)

 挑むのだ。

 世界に。

 大赦に。

 友奈に。

 そして、愛のために挑むと決めた困難と、困難に挫けそうになる自分の心に―――!

 

『ゼットン!』

 

 ゼットンに無理をさせて、本体分身合わせて四つの体を全て瞬間移動。

 瞬間移動を連続で行う四つの体で、四方八方から友奈を攻め立てる。

 

「あああああああ!!」

 

 しかし、四つの体が渾身で振るう四つの片腕、四つのハサミは、友奈の両手足が放つ四連撃に次々と弾かれていく。

 なんというバランス感覚か。

 この"全身を使う感覚"は、ブレイクダンスも余裕でこなす彼女ならではの戦闘特性。

 包囲が優位に繋がらないのが、異常であった。

 

『バルタン!』

 

 リュウは本体の足を止め、分身の操作を任せたバルタンに自分を守らせる。

 友奈が三体の分身に足止めされた一瞬で、リュウは強力な攻撃を組み立てた。

 分身、分身、分身。

 友奈の視界を埋め尽くす無数の分身。

 五千を超える、2mサイズの実体持ち分身が一瞬にして生み出され、飛翔した。

 

 それらは若葉の想いから受け取った炎を纏い、爆発力を増大させ、数千の爆弾を組み合わせた連鎖爆発を引き起こす。

 視界を埋め尽くす爆焔。

 鼓膜を破りそうな爆音。

 大気を焼いて産む爆煙。

 友奈は神域の移動速度と瞬間移動を織り交ぜて、巻き込まれれば今の友奈ですら気絶も免れない――恐るべきことに気絶で済んでしまう――ギリギリの領域を駆け抜ける。

 

「ああ、もう、もう、もう、もう、もう! 早く死んじゃってよっ!」

 

 そして、友奈は握った拳をハンマーのように振り下ろす。

 

 それは、災害だった。

 炎の暴風。

 炎の竜巻。

 炎の津波。

 炎の落雷。

 天地万物を粉砕しかき混ぜる災害が、無数の分身達を消し飛ばしながら放たれる。

 それは、太古の昔、神の御業に見られたものたち。

 炎で再現された"災害という名の神々"が、自然現象と似て非なる破壊をもって分身達を、そしてゼットンバルタン本体を飲み込んだ。

 

『!』

 

 友奈が膝をつく。

 全力で後ろに跳びながら、瞬時に移動可能な上限まで後方に瞬間移動し、慣性で後ろに飛びながらもなお炎に飲み込まれ、バリアを粉砕されながらゼットンバルタンが吹っ飛ばされる。

 

 友奈の心に光が残っていなければ、友奈が街を気遣っていなければ、一切の制御を行っていなければ、四国が原子レベルで消滅するほどのエネルギー。

 そのエネルギーに相応の、県一つ分の攻撃範囲。

 吹き飛ばされ、小山に叩きつけられ、山を突き抜けてなお止まらず、大地に転がるゼットンバルタン。その体の各所は業火によって焼かれ、グレーの煙を上げていた。

 

 リュウの残り少ない生命力が尽きかける。

 ゼットンバルタンのあちこちの肉が破れ、僅かに黄金の光――命の光――が漏れ始める。

 立ち上がろうとする。

 足に力が入らない。

 腕で体を起こそうとする。

 腕に力が入らない。

 指先は僅かに動くが、それだけ。

 ゼットンとバルタンと融合した体はまだ健在であり、心も未だ不屈であるが、それを操作するリュウの命がふらついてしまっている。

 

 友奈が迫る。追撃が来る。

 

『ぐっ……頼む……

 頼めるほどの義理はねェけど……!

 頼っていいほど、何かしてやったわけでもねェけど……!

 今、オレが頼みにできんのは……一つになってる、お前らだけなンだ!!』

 

 リュウの意志をリュウの命が裏切っている。

 だが、二つの異形は裏切らない。

 

 "我らは一つ、想いも一つ"と、言葉なくとも伝わる二つの意志。

 

 ゼットンが足腰を操作し、バルタンが上半身と腕を操作する。

 トドメに来た友奈の拳を、ゼットンバルタンの巨体が巧みに受け流し回避した。

 体の主導権をリュウに返し、ゼットンが瞬間移動で本体を逃しつつ、バルタンが三つの巨体分身を操作してリュウが回復する時間を稼いでいく。

 主人が弱くとも、醜くとも、情けなくとも、ゼットンとバルタンは構わない。

 主が立ち上がるまで、自分達が支えればいいと考える。

 

「……ああ、なんだか、イライラする……」

 

 友奈は今のゼットンバルタンの姿を見ていると、自分が嫉妬し、羨望し、憎悪し、安堵し、親しみを覚えることが何故なのか、自分自身でも分からなかった。

 

『……そうだ。一人なンかじゃねェ。怪物だッて、悪者だッて、きッと……!』

 

 闇の光線と光の炎がぶつかりあう。

 リュウは立ち回りも考えている。

 友奈が悪役に見えないように。

 自分達が悪役に見えるように。

 友奈が街を守っていて、怪獣が街を襲っている、そんな風に見えるように、余裕もないくせにできる範囲でそういう立ち回りを選択していた。

 だから、友奈が暴走していることに人々は気付いていない。

 

 そんなリュウと共に戦いながら、バルタンの心は、穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

 バルタン星人は、かつて母星を失い、宇宙船で新天地を求めて旅立った種族だ。

 気の遠くなるほどの時間、宇宙を漂流し、故障した宇宙船の修理のため地球に立ち寄った。

 そして、20億3000万人の同胞を移住させるため、一体のバルタンが地球侵略を敢行した。

 してしまった。

 

 結果から言えば、侵略に踏み切ったバルタンは死に、20億3000万人のバルタン達は宇宙船を破壊されたことで死に、僅かな生き残りがこの後、地球とウルトラマンへの復讐に走ることになる。

 リュウのバルタンはよく覚えている。

 地球を守るために立ちふさがった光の巨人(ウルトラマン)の顔を。

 自分達を殺す時、光の巨人が憐れみを持っていたことを。

 本当に仕方がなかった、ということを。

 よく覚えている。

 

 バルタンは自分達が悪いことなど分かっていた。

 自業自得と言われれば、否定する言葉など持たない。

 侵略者は死ぬしか無いだろうと言われれば、そうだと言う。

 侵略された方と侵略する方どちらもが生き残れるわけがないと言われれば、頷くだろう。

 

 ただ、辛くて、悲しくて、苦しかった。バルタンはただ、それだけだった。

 

 「お前が悪い」と言われても。

 その言い草が正しくても。

 奪われることは辛い。

 殺されることは悲しい。

 同族が死んでしまえば、泣きたくなるような想いがある。

 

 まだ何もしていなかった同族が。

 生まれてから一度も何も傷付けていなかった同族が。

 ただ生きていたいだけだった同族が。

 "死んでよかったね"と思われていることが辛かった。

 正義に殺されるべき命だったと思われていることが悲しかった。

 20億も殺されて、めでたしめでたし、となっていることが、苦しかった。

 

 バルタンは自分を倒したものが正義だと認識してはいる。

 けれど、納得だけはできなかった。

 何よりも許せなかったものは、正義ではなく。

 

 "自分がもっと上手くやっていれば、誰も死ななかったのでは?"

 

 ……そんな、彼の中に渦巻く想い。

 何の意味もない後悔。

 みんなみんな死んでから考えても、何の意味もない思考。

 自分を嫌い、自分を憎む心だ。

 それは鷲尾リュウに力を貸す理由になり、乃木若葉への同情の理由になった。

 

 人間もバルタンも同じ。

 いつだって、価値を正しく認識するのは失ってから。

 仲間を全て失う悲しみを知るのは、仲間を全て失ってからだ。

 

―――私達は、生きたい

 

 人間もバルタンも同じ。

 ただ、生きていきたい。それだけだ。

 かつて20億の仲間の、生きたいという願いを何も守れなかったバルタンは、戦う。

 今は、2人の少年少女の生きていける未来を守るため、戦う。

 

 何も守れなかった結末の後、かつての仲間を想いながら、生き続けた乃木若葉が居る。

 何も守れなかった結末の後、かつての仲間を想いながら、リュウを守らんとする怪物が居る。

 彼女も彼も同じこと。

 鷲尾リュウへの想いは一つ。

 "大切なものを失った私のような想いを、彼にさせたくはない"。それだけ。

 

 乃木若葉の想いがリュウに与えていた炎が、分身を操作していたバルタンの左手に宿った。

 

 本体(リュウ)分身(バルタン)による、炎を纏った左腕が放つダブルパンチが、強固なガードを固めていた友奈の腕をかち上げ、神の炎を吹き散らす。

 

「うっ」

 

『ここだ!』

 

 ここだ、とゼットンとバルタンが貸している戦闘センスがリュウの中で叫び、赤嶺友奈に発生した千載一遇の隙を狙って、穢れを祓う鏑矢の力を乗せた一撃が放たれた。

 

 勝利に繋がる一撃が放たれ、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には、『樹海化』がある。

 神樹と人類の滅殺を目論み、四国の外から敵が侵入した瞬間、四国結界の内部の時間を神樹が停止させ、神樹の世界が世界を塗り潰すのだ。

 人の街は神樹の根に覆われ、時間が止まった街は破壊されることもなく、止まった時の中で『勇者』がその迎撃にあたる。これがこの世界の基本防衛だ。

 

 となると、疑問が発生する。

 何故今日まで、リュウと友奈の戦いには樹海化が発生していなかったのか?

 怪物が世界を破壊し、人を傷付けているのに、樹海化が発生しない。

 これはこの世界においては異常事態である。

 何故、樹海化は発生しなかったのか?

 それは、この戦いが特殊なものであったことが理由だった。

 

 この戦いは、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 原因は大赦。

 怪物は鷲尾リュウ。

 防衛は赤嶺友奈。

 全員人間である。

 神の侵攻もバーテックスの襲来もない。

 集団自殺志願テロリスト達ですら人間だ。

 この戦いは最初からずっと、人間と人間の殺し合いであり、結界の中の人間がどんな未来を選ぶかという戦いでしかない。

 

 人類が自分達の行く末を自分達で決めたなら、神はそれを受け入れるだろう。

 リュウが勝っても、友奈/大赦が勝っても、きっと神は受け入れる。

 どちらかを罰することはない。

 ただ、人間という総体が自分達で選んだ形の世界を、神樹の力で支え続けるだけだ。

 

 これが、こじれた。

 本当に厄介な方向に発展してしまった。

 神樹を構成する意識体達の意見が、真っ二つに割れてしまったのである。

 

 神樹は神々の集合体である。

 その内部には神々や、戦い散った英霊など、様々な意識が混ざる、群体神性なのだ。

 当然、意見が分かれることもある。

 多くの神々は大赦、及び現在の世界の維持を支持した。

 これが現在の神樹の主体だ。

 そして、一部の神達が鷲尾リュウの方を支持した。

 これが、"造反神"と言われている。

 

 どこまでも人VS人だったこと。

 そして、神樹の内部紛糾。

 これが樹海化を妨げていた……というわけだ。

 

『彼は間違っていない。間違ったのは、鷲尾リュウと赤嶺友奈を追い詰めた愚かな人間だ』

『いや。我らがこの姿となったのは、人の世をできる限り平穏に、長く続けるためだったはず』

『人間達はあちらを立てればこちらが立たず、の状態だ』

『人間の選択の結果を手助けするならいい。しかし、人間の選択に干渉するのはどうなのか?』

『この狭い世界の行き先を決めるのは人間であるべきだ』

 

 だがその紛糾も、既に終わった。

 

 神樹の意思はとりあえずではあるが統一化され、神樹は単一の意志を取り戻す。

 

 世界に、樹海化が広がっていく。

 

 世界の時間が止まる。

 世界が神樹の根で覆われていく。

 色鮮やかな世界が広がり、花弁が空を舞った。

 輝ける光の樹海の中には、この世界へと引き込まれた勇者・赤嶺友奈と、倒されるべき怪物・ゼットンバルタンのみ。

 

『! これは……!』

 

「伝説の勇者様の話で出て来た……樹海?」

 

 この世界で時間は動かない。

 結界がどうだとか、そういうレベルではない。

 樹海化は、掌握した時間を完全に静止させる神の御業なのだ。

 

『!?』

 

 だから、神の力を全く持たず、神樹に許可されていない者は、誰もこの世界では動けない。

 どんなに喧嘩が強い者でも、時間を止められれば動けない。

 巫女がいい例だ。

 樹海内では、許可された巫女は動け、そうでないものはこの世界に入ることすらできないため、ここで動ける巫女とここに来ることすらできない巫女が両方存在している。

 天の神の使徒・バーテックスならば、神の力で時間を止めても止められない。

 この世界を滅ぼした怪物は、時間を止めても止められない。

 

 なら、ゼットンバルタンは?

 

『う……ぐ……動けね……!?』

 

 神樹が明確に、意識的に、この世界に招きつつ時間停止の権能をかけた。

 ゼットンバルタンは規格外だ。

 ダークリングという宇宙の闇の象徴の一つであるものに、リュウ、ゼットン、バルタンの絆の奇跡を重ねた超合体。

 その力をフルパワーで振り絞れば、神の力も神聖な力も欠片も持っていないというのに、完全に時間が止められてしまうこともなく、時間停止に抵抗できる。

 

 だが、それだけだ。

 一歩、前に踏み込むことすらできない。

 腕を上げることもできない。

 戦うことなど絶対に不可能。

 そして、目の前には動きを何も阻害されていない赤嶺友奈。

 

 時間停止にただのパワーで抗うという時点で化物だが、それでどうにかなるわけもない。

 

 

 

『お前は神に選ばれていない』

 

 

 

 ―――そう、誰か、何かが、リュウに囁いた。……そんな、気がした。

 

 今日まで神樹は、人間同士の争いでどちらかに味方せず、静観してくれていた。

 その慈悲を、リュウは理解する。

 今日まで神様達は、人間達が世界の行く末を決めることを待っていた。

 その残酷を、リュウは理解する。

 それも今日までで、神樹は今日ようやくリュウを()()()()()()()()()()()()という、人類全てを救いたい神樹が選びたくなかった苦渋の決断を、選んでしまった。

 その慈悲と残酷を、リュウは理解する。

 

 神様は人を愛している。

 人を大切に守ってくれている。

 だから、守る。

 もう七十年以上、一日も休まず人類を守り続けてくれている。

 人々の世界が続いていくことを望んでいる。

 だから、決めた。

 

 リュウの味方をする神様さえ居たというのに。本当に苦渋の決断だっただろう。

 だがそれでも、神樹も"選ぶしかなかった"のだ。

 助けて、と人々は叫んだ。

 守って、と人々は叫んだ。

 救ってください、とリュウが変身する怪獣を見て叫んだ。

 神樹は、皆の祈りと願いを聞き届ける。

 祈られれば、願われれば、叶える……それが、神のルールだから。

 

 西暦末期に、バーテックスに食い殺される人々に『助けて』『守って』と願われたのに、七十億人の願いも祈りも叶えられなかった、そんな地の神の集合体が神樹である。

 『救ってください』と叫んだ人達を、誰も救えなかったのが彼らである。

 人々のその叫びを、見過ごすことなど、できるわけがなかった。

 

 神樹を動かしたのは、友奈の叫びもだ。

 友奈は叫び続けていた。

 この世界は壊れてはならないと。

 皆の笑顔は失われてはならないと。

 今のこの世界が続いていくことを望む叫びが、神樹を動かした。

 神樹の"お気に入り"である友奈の叫びは、それだけで神樹の心を少しは動かすものである。

 人々の笑顔を、幸せを、願いを、日常を守りたいという友奈の願いは、きっと正しい。

 

 逆に言えば、状況がここまで悪化するまで、神樹の神々達は、鷲尾リュウの生存を諦めることを良しとしていなかったのである。

 

「……神樹様の御力、お借りします!」

 

 止まった時間の中で、友奈が跳ぶ。右手のアームパーツに光の炎が集約される。

 

 回避不能。

 防御不能。

 体の時間が止まっているのに、ゼットンバルタンに何をしろと言うのか。

 何もできるわけがない。

 

 次の一撃で、絶対的に、無慈悲に、どうしようもなく、リュウは終わる。

 

『動け……動け動け動け! クソッ、なンでこんな―――!!』

 

 これで終わり。

 

 ゼットンバルタンは敗北する。

 

 鷲尾リュウは死んで……それで、終わりだ。

 

 "そんな結末は受け入れられない"と、リュウが―――ではなく。ゼットンの心が、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウが所持する七枚のカードの中は、先代ダークリング所持者から奪ったもの。

 その中でも先代が切り札として見ていたのは、ゼットンだった。

 ただのゼットンではない。

 このゼットンは見かけこそ普通のゼットンであるが、ある宇宙の特別なゼットン種である。

 

 そのゼットン種は時空の歪みなど、時空のエネルギーを吸収し、角は変形し巨大化、体の各部に黒い棘が生え、一兆度火球ではなく重力崩壊を起こしたブラックホール引力弾を使う。

 宇宙における通称は『変異種』。ゼットン変異種だ。

 先代ダークリング所持者は、この種の死亡した個体をカードに変換し、所持していた。

 

 単純な強さもハイエンドクラスだが、何よりこのゼットンには特別な特性があり、その特性が目覚めない可能性も目覚める可能性もあった。

 ゼットンが持つ『最強の遺伝子』が目覚めれば、一瞬にして変異種の力が覚醒する可能性があって、それがこの宇宙の神々が持つ"時も止められる権能"の対策になると先代は考えたのだ。

 結論から言おう。

 その目論見は、甘かった。

 

 このゼットンの力を超合体で強化しても、神の時間停止には僅かに抗えるだけ。

 体はまともに動かせず、角が時空のエネルギーを吸い上げているものの、一つの世界を作り上げるほどの神の強固な時間停止は無効化できない。

 何も、抗えない。

 何も、できない。

 無力感が体に満ちていく。

 

 いや、まだだ、とゼットンは考える。

 ゼットンは主を尊敬している。

 自分よりも遥かに小さくて遥かに弱いのに、ゼットンは自然とリュウを"自分より強い"と思うことができて、自分にそう思わせる主が大好きだった。

 大好きで、尊敬していた。

 だからここで終われないと、限界を超えて、限界を超えて―――その無理無茶無謀に、宇宙最強種ゼットンの『宇宙最強の遺伝子』が目覚める。

 

 覚醒して絞り出した力でも、ゼットンバルタンを動かせるのは数秒が限界。

 

 だが十分だ。()()()()()()()()()()()を、リュウに渡すことは出来る。

 

 それは、リュウの願いを叶えるためだけに限界を超えるゼットンの意地。

 

 ゼットン。

 彼らの種族に付けられたのは、全ての『終わり』を意味する名。

 初代ウルトラマンすらゼットンに『終わり』をもたらされ、それを見た者は絶望した。

 誰もが何かを終わらせようとして、ゼットンの力を使おうとする。

 リュウもそうだ。

 彼は友奈の笑顔を奪うものことごとくを『終わり』にしたかった。

 

 このゼットンにとって、自分が何かを終わらせることで、誰かの笑顔を作ることができるだなんていうことは……生まれて初めてのことだった。

 

 だから、決めたのだ。

 力を貸そうと。忠誠を誓おうと。

 彼のこの苦しみと戦いの日々に、自分が『終わり』をもたらそうと。

 ゼットンを彼が必要とする日々が終わるその日を、ゼットンは掴み取ろうとする。

 

 それは主である友を思う、終わりの願い。

 

『あああああああああああッ!』

 

 動きが止まっていたゼットンバルタンに油断しきっていた友奈を、左腕のハサミが捉える。

 

「!? えっ―――!?」

 

 発動するは、穢れを祓う絆の一撃。

 

 静、蓮華、メフィラス、バルタン、ゼットンの順に渡って来たバトンを、叫びと共に叩き込む。

 

『お前は負けるんだ! お前を―――』

 

 リュウは叫ぶ。愛を叫ぶ。

 

『―――赤嶺友奈を愛してる、皆にッ!』

 

 自分が友奈に向ける愛を。

 

 そして、皆が友奈に向ける愛を。

 

「勇者……パンチッ!!」

 

 ハサミの中で穢れを祓う闇に飲まれていく友奈が、自分の身も顧みない一撃を放つ。

 

 闇と光が炸裂する。

 

 それは、世界を丸ごと飲み込むような大爆発。

 

『何が正義だ! 何が神だ! 何が光だ! ―――テメェらに、友奈(こいつ)の何が分かるッ!!』

 

 リュウはその中でも、友奈を救う手を止めない。

 

 闇と光が入り混じる大爆発の中に精霊の穢れが飲み込まれ、消えていく。

 

『オレより友奈を愛してから、出直してこいッ!!』

 

 そうして、信じられない規模のエネルギーが爆発し。

 

 樹海化が解け、止まっていた時間が動き、元の世界が戻って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精霊の穢れは祓われ、消し去られた。

 らしくない友奈は消え、いつもの友奈が戻って来る。

 友奈を救いたいという皆の願いは、ここに確かに叶ったのだ。

 そして。

 

 仮面が割れ素顔が露出し、気絶し、路面に転がる鷲尾リュウと。

 穢れは祓われたものの、花結装を身に纏い、まだ戦おうとしていた友奈が。

 小雨が降り始めた夜の空の下で。

 その顔を、合わせていた。

 

「……え……?」

 

 何故?

 そう思った瞬間に、友奈の思考が動きながら停止した。

 色んなことに納得ができた。

 理解できないことがたくさん頭の中に発生した。

 わけがわからなくて頭が止まった。

 数々の事柄に"もしかして"という想像の手が伸びていった。

 

「え? え? え?」

 

 考えなければならないことがあった。

 考えたくないことがあった。

 考えていることがあった。

 全部の思考が高速で動き、止まり、また動き、止まる。

 赤嶺友奈は困惑の極みにあり、その視線が気絶したリュウの顔で止まる。

 

 友奈に殴られ、欠損した眼球。

 

「―――あ。ああああああああああ」

 

 誰がやったのか。忘れられるわけがない。

 

 友奈が叫んだ、次の瞬間。

 銃声が響き、異形が現れる。

 

 友奈の背後には、いつの間にか大赦の者達が居た。

 リュウの傍には、いつの間にかメフィラスが居た。

 叫び混乱する友奈には、リュウに向かって銃が撃たれていたことも、その銃弾をメフィラスが掴み止めてリュウを守ったことに気付く余裕もなかった。

 メフィラスはまだ戦える友奈、どこに何人居るかも分からない大赦、気絶してもう戦えないリュウを見て、密かに舌打ちする。

 

「今日のところは彼を休ませるため、撤退させていただきます。

 ですが、他の誰が何を言おうと、私には言い切らせていただきましょう」

 

 最後に、捨て台詞を残す。

 それはメフィラスの一族の習性。

 負けを認める時は素直に、勝ち名乗りを上げる時は堂々と、でも負けず嫌い。

 

「鷲尾リュウの勝ちです。赤嶺友奈を救ったならば、それは彼の勝利なのです」

 

「―――」

 

 その言葉が、友奈の胸に刺さる。

 

 メフィラスは赤嶺友奈を除いた全員を指差し、声高々に叫んだ。

 

「必ずや、愛のために地球人に挑戦し―――その心に勝利するでしょう! 我らが主が!」

 

 そして、逃げる。

 友奈がその背中に向けて手を伸ばすが、届かない。

 心的ショックで打ちのめされた体は、リュウもメフィラスも追ってくれなかった。

 茫然自失とする友奈に、大赦の男は気が引けながらも、上から命令された万が一の時のカバーストーリーを話し始める。

 話している男自身ですら、"ここまでこの子を使い潰していいのか?"と、疑問と罪悪感に苦しめられていた。

 

「赤嶺様、あれは偽物です」

 

「に、偽物?」

 

「ザラブという怪物が居たでしょう。アレと同じです。

 本物と同じ姿に変身できる怪物が、あなたを惑わそうとしたのです」

 

「偽物? じゃあ……」

 

「はい、つまりは……」

 

 と、そこで。

 

 "そんな胸糞悪くなる嘘は五秒も語らなくていいわ"とばかりに、車が友奈を跳ねた。

 

「!?」

「!?!?!?!?!」

「何事!?」

 

 突如突っ込んできた車は友奈を跳ね飛ばし、フロントガラス辺りに友奈の体を引っ掛け、そのままの勢いで走り去っていく。

 

 運転席の窓から親指を立てて突き出される、弥勒蓮華の拳があった。

 

「貴方達が気に入らないから、とびっきり煽らせていただくわ。ばいばいきーん」

 

「あっちょっとっ」

 

 大赦の思い通りにはさせない。

 その一心でとんでもないことをして、友奈を攫う。

 まさにこの状況の最善手。

 普通の人間では絶対に思いつかないような最善手であった。

 

「れ……レンち!?」

 

「その装備なら痛みすら無いと思うけど念の為確認するわ。友奈、大丈夫?」

 

「意図的に人を車で跳ねて平然と心配する人初めて見たよ……!?」

 

 蓮華は公園に友奈を転がし、車を止める。

 大赦の者達が来る気配はない。

 とりあえず、大赦が書いたシナリオは蓮華によって完全に粉砕されてしまったようだ。

 蓮華が髪をかき上げ、友奈に歩み寄ると、友奈はこの世の終わりのような顔をしていた。

 

 いつもの笑顔ではない。

 明るくもなく、可愛くもない。

 "してしまったこと"が、赤嶺友奈の笑顔を奪っていた。

 

「レンち……ごめん、ちょっと放っておいて」

 

「ええ。じゃあこれを聞かせたら放っておくわ」

 

「……?」

 

 蓮華は微笑む。

 微笑み、スマホを操作する。

 そして、録音を再生した。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「オレが、この地球上で、一番に友奈を愛しているから!」

 

「するべきことが同じなら。

 背負う罪が同じなら。

 誰がやっても、友奈が救われるのなら。

 ―――あいつに未来をやるのはオレでありたい。それは、オレの自分勝手だ!」

 

「存分に否定してくれ。

 クソみたいな自分勝手だ。

 合理性もクソもねェ。

 自分の願いのために踏みつける人のことを考えてもねェ。

 だけど……

 誰の期待にも応えられず生まれてきた出来損ないが……

 間違ってた人生の中で、空っぽな自分の中に見つけた、たった一つの願いなんだ!」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 本音を語れと言ったのは蓮華だ。

 録音していたのも蓮華。

 今友奈に聞かせたのも蓮華。

 悪魔のような、女であった。

 

「え……ええええ!? リュウって私のことそういう意味で……えええええ!?」

 

 友奈の思考が回る。

 回る。

 回る。

 頭の中がぐちゃぐちゃになるまで。

 

「リュウが私のこと好き……そんなに好きだったんだ……へぇー……へぇぇぇー……」

 

 そして、友奈は。

 

「……きゅう」

 

 考えることが苦手なのに、あまりにも一気に頭に情報を詰め込まれたことで、ショートした。

 

「友奈が全てを知り。

 罪悪感から道を間違え。

 そのまま、バッドエンド。

 ……三流の映画によくありそうな話ね。

 でもこの弥勒が主役の映画ではそんなことは許さないわ。全員笑って終わらないとね」

 

 微笑む蓮華。

 

「さて、皆が悲劇を予想した世界の流れをひっくり返して、喜劇にしてしまいましょう」

 

 そして、ここからが。

 

 最後の、そして本当の戦い。

 

 最後の夜が、やってくる。

 

 

 




 次から第七夜

 『最後の夜』です

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