追記:書き忘れていましたが、本日は高嶋友奈の誕生日。ハッピーバースデー!
リュウは寝袋の中で目を覚ました。
あれ、戦いは、と寝ぼけ眼をこすりつつ起き上がろうとする。
が、激痛で起き上がれない。
体と命へダメージが過度に蓄積しすぎている。
そうだ友奈の穢れを消して……と思ったところで、リュウは周りを見る。
買物袋を片手に得意げなバルタン星人と、買物袋の中身をチェックするメフィラスがいた。
「ふむ……よろしい。
ちゃんと大赦の備品から盗んできましたか?
透明化は一度も解きませんでしたね?
よろしい。薬と食料は今の彼には必須です。
にっくき大赦の物資を奪うことも、勝利に繋がり……おや」
メフィラスがリュウの目覚めに気付いたようだ。
リュウは思わず仰天する。
《 ザラブ星人 》
メフィラスがダークリングでバルタンをカードに戻し、ザラブのカードをリードして、具現化したザラブに水筒を持たせていた。
「ザラブ、こっそり水を汲んできなさい。見つからないように気を付けるのですよ」
こくり、と頷き、ザラブが川に向かっていく。
リュウは周りを見渡したが、どうやらここは山中のようだ。
よく見るとテントがあり、テントも寝袋も大赦の管理ナンバーが刻印されてある。
どうやらメフィラスがリュウに無断でダークリングを使い、リュウを抱えて山に逃げ込みつつ、大赦から物資を奪ってリュウの安全地帯を作り、朝まで寝かせていたようだ。
近くにいくらでもホームセンターやコンビニはあっただろう。
だが、リュウが見る限り、周りにあるものは全て大赦の備品。
メフィラスは大赦からのみ物を奪っていたようだ。
これは敵、これは敵でない、という律儀なまでの区分から、メフィラスの性格が伺える。
リュウはあまりにも予想外な展開と光景に混乱していたが、一旦思考停止した。
弥勒蓮華との付き合いの中で、自然と鍛えられたスルースキルである。
「おはようございます主殿。今コーヒーを入れましょう、お待ち下さい」
「……おはよう」
メフィラスが煎れてくれたコーヒーは、とても美味しかった。
リュウはザラブから朝食を受け取る。
とても柔らかく煮られたお粥で、リュウは何とか小さな茶碗の半分ほど食べ、辛うじて戦い続けるための栄養を補給した。
「ありがとう」
リュウに感謝の言葉を告げられ、ザラブがぺこりと頭を下げる。
ザラブは優しい手付きでリュウの体の血を拭き、包帯などを取り替えていく。
あまりにも痛ましく、連戦の負荷もあって治るどころか悪化しているリュウの全身の傷を見て、ザラブは無言で顔を顰める。
バルタンが買い物袋に詰めてきた医療用具で、ザラブはなんとかリュウの命を繋ぐ手当てを進めていく。
「負荷がねェな、どうなってんだ?」
「メフィラス星人にこの程度の負荷、無いも同然です。
怪獣を複数出して制御するのには頭脳を使うようですしね。
なるほど、操る分には魔剣士より魔導師に向く……我が一族にはむしろ使いやすい」
「……悪ィな、助かる」
「いえいえ」
本来ならば、こんな用途は不可能だ。
ダークリングは他人の手に渡れば簡単に所有権が移ってしまう。
ダークリングで具現化した宇宙人にダークリングを渡してしまえば、場合によってはそのままダークリングを奪われる可能性すらあるだろう。
大本の者であるリュウに負担が一切行っていないこともおかしい。
だが、メフィラスはそれを成している。
おそらく、理由は二つ。
一つは、リュウがダークリングを手放しても裏切らないカード達からの好感。
すなわち、その各々の怪物との絆。
もう一つは、メフィラスのカードの、オリジナルの能力が高いからだろう。
発現した知性、発揮している能力、ダークリングの使いこなしなど、戦闘力以外の面で言うことがない秀逸さが見て取れる。
今のリュウには、この上なく頼りになる仲間だ。
ザラブがリュウの胴体の包帯を締め、リュウが痛みに声を漏らし、ザラブがあわあわと右往左往し始めた。
「いだだだ」
「我慢してください、主殿。情けない声を出さぬように」
「テメェ本当にオレがカードから出した奴か? なんかオレの扱いがぞんざいじゃねェか」
「何をおっしゃいます。この身は貴方様に忠実なメフィラスでございますよ」
「クッソなんかバカにしてるように聞こえる」
我慢していた笑いをこらえきれないように、メフィラスが含み笑いをした。
「さて、状況は複雑です。主殿、ご清聴願えますか」
「言われるまでもねえ。
神樹様は完全に友奈の味方に回ッた。
友奈もオレらへの殺意を緩めやしねェぞ?
つーことはだ、もっともっと自分を強化しねェと駄目だってことだろうがよ」
「赤嶺友奈はかの怪物の正体が貴方だと気付いたようですよ」
「……! ……時間の問題だったが、そうか、ここで気付かれちまったか」
「正直に言いましょう。
彼女は読めません。
主殿の方が彼女の思考は正確に読めるだろう、と思うくらいです」
「当たり前だろ?」
「……ここまで堂々と最大の理解者気取りができるなら、信頼に足るというもの」
「オイ気取りってテメェ」
「話を戻しましょう。
相手側の動きがまだ見えません。
しからば、主殿が言ったことが正鵠を射る。
赤嶺友奈を、そして神樹を超える力が必要です。でなければ、樹海化で負けます」
「あれは……確かにヤベェな。時間停止による、世界そのものを使った妨害」
「56億7千万通りのシミュレーションを行いましたが、今の手札では必敗です」
「……やめろ! レンの真似すンのはやめろ! アレが増えンのは悪夢だ!」
「天然ですがよく考えている御仁だと思うのですがね……」
「マジでやめろ……で、どうだ。今の手札では、ってことは打開策あンだろ」
メフィラスが不敵に笑う。
一度闇に堕ちたことで得たリュウの成長と力の拡大によって、メフィラスが固有の意志と高度な思考力を取り戻したことは、リュウにとって最大のプラスだったのかもしれない。
「ええ。打開策は少し考えつきました」
「! マジか?」
「情報があれば、後は考えるだけですな。
パソコンで長時間データに精査をかけるのと同じです。
メフィラス星人の頭脳は、地球人基準でIQ1万以上……余裕だったと、言っておきましょう」
「逆に頭悪そうだな」
「……!?」
だが、そのありがたみを今のところあまり感じていないのがリュウであった。
メフィラスはザラブを戻し、Σズイグルを具現化。
Σズイグルの十字架棺を蓋なしで出し、そこにクッションを詰め、なんとそこにリュウを詰め込むというとんでもないことをした。
先の戦いで、棺に詰め込まれた友奈は、棺ごと浮いて連れ去られかけた。
つまりΣズイグルの棺は、非接触で浮かして動かすことができるのだ。
2m状態で具現化しても、その能力は変わらない。
大怪我を負った人間は、背負って運ぶだけでその振動が傷を開いてしまうという。
人間は皆地に足つけて進んでいかないといけない以上、どんなにクッションやサスペンションをつけても振動は発生する。
山道ならなおさらだ。
しかし、Σズイグルが優しく運べば、それもない。
「主殿。痛ければ我慢せずに言うのですよ」
「オレは子供か、要らん念押しすンな」
「これはこれは、ご無礼を。
確かに、小さな子供は痛ければすぐ泣き喚きます。
無駄に痛みを我慢するなど、手当てが遅れるなど愚の骨頂。
たとえば、子供未満の幼稚な人間でもなければ、素直に痛みを訴えるでしょうな」
「……」
「山を一つ歩いて越えます。しばらくはそのままの姿勢でどうか我慢をしてくださいますよう」
丁寧口調で皮肉言ってれば柔らかい印象になると思ってんじゃねェぞ、とリュウは思ったが、心配されていることは分かっていたので、黙っていた。
黙ったままむすっとしているリュウの横で、メフィラスが愉快そうに笑っている。
メフィラスは両腕を後ろ手に組んで談笑しながら歩いていたが、Σズイグルは無言のまま、リュウを乗せた担架代わりの棺を浮かべて運んで行く。
山道は段々獣道になっていき、舗装されていない地面は凸凹と石によって非常に歩きにくく、水はけが悪い領域はまるで沼のようだった。
地面は乱雑に伸びた雑草や刺々しい草花に覆われ、木々は伸び放題で道を塞がんばかり。
ほどなくして車が通れるほどのスペースもなくなり、猟師あたりしか使っていないのではないかというレベルの道になっていく。
Σズイグルは浮かべ運ばれているリュウが植物の棘、木の枝に引っかかって痛い思いをしないように、浮かんでいるリュウの少し先で何気なく、茨を千切り、木の枝を折り、進む。
メフィラスもまた、何気なくΣズイグルの歩行速度に合わせていた。
「サンキュ」
リュウが感謝の言葉を伝えると、Σズイグルのギアが回る。
回転するギア、動くエンジン、稼働する体の各所が合わさった音が、怪獣の声のように――リュウの言葉に応える声のように――聞こえた。
まだ道中は道半ばにも達していない。
リュウは話題を振ってもらっているだけでは申し訳ないという素の自分の性格を抑えきれず、自分からも話題を振った。
「メフィラス。お前らは、どういう経緯でカードになったンだ?」
ふむ、とリュウに寄って来たハチを叩き落としつつ、メフィラスは語り出す。
「我々が怨念、未練、残滓などをカード化した物であるのは感覚的に分かっていると思います」
「……なんとなくはな」
「我ら七枚は全てが死者の残したものをカード化した物。
既に死んだ怪物の残影です。
ダークリングはそういうものもカード化できますからな。
ここに意思はありますが、既に正常な生物とは言えず、生きてはいないとも言えます」
「死んだ存在を、ダークリングがカード化したもの……」
「私はかつて、暗黒の皇帝『エンペラ星人』に仕える最高幹部、暗黒四天王の一人でした」
「え……お、おう。オレの中学のダチも暗黒四天王だったなそういや」
「それはただの厨二病では?」
こほん、とメフィラスは咳払い一つ。
「私はウルトラマンメビウスという者と地球人との絆に破れました。
悔しくはありましたが、運が悪かったとは思っておりません。
醜さと愚かさだけでない、強く、美しく、悪を跳ね除ける輝きの心。
敗北を認める以外にはない完全なる敗北。完膚無きまでに私は負けたのです」
「へェ……バルフィラスの時みたいにボコボコにされたのか」
「いえ、それは負けていませんが」
「あン? 負けただろ、バルフィラス」
「確かに赤嶺友奈は強大でしょうね。
私が一対一で戦ったとしても、負ける可能性は高い……
ですがバルフィラスを操っていたのは主殿。
あの時は私が戦っていたわけではありません。
私が力を貸していたわけでもありません。
よって正確には、私はまだ赤嶺友奈には負けていない……ということです」
「……お前頭良いかと思ったら結構すぐムキになンだな……」
「……いえ、今のは軽い冗談です。どうかお気になさらず」
「ン、おお」
「話を戻しましょう。
ダークリングは残滓をカード化します。
ゆえに、生前の存在を再現するわけではない。
死した暗黒四天王メフィラスの一部がカタチを持ったのが、この私」
「私は、あえて地球人に挑み続けるメフィラスの心。
地球人が私の誘惑に勝てば、敗北を認め去る心。
本当は光の巨人と地球人を尊敬している……そんな心の残滓なのです」
「そいつは……悪役ッぽいンだか、悪役ッぽくないンだか」
「悪ですとも。この感情は、善き者は決して持たないものですからね」
闇に生きる光への挑戦者。
ゆえに光になることはない。
光の巨人になりたいとも、地球人になりたいとも思わないまま、今の自分のままで勝利することを望み続ける。それがこのメフィラスだ。
語るメフィラスの目に人間への敬意を感じ、リュウは一つ思い至る。
このメフィラスは、赤嶺友奈や弥勒蓮華を"そういう目"では見ていたが……大赦の者達を、どういう目で見ていただろうか、と思う。
彼はメフィラス。人の心に挑戦し、地球人の良心と心の強さを試すもの。
「地球人と光の戦士に単身挑み、勝利する。
それが我々メフィラスの望むところと言えるでしょう。
時には子供の心を試し。
時には人間を皆洗脳し、それを打ち破れるか試し。
今は、この世界が存続すべきか試す……それで我らが勝てたなら、素晴らしいことです」
「……『挑戦』が好きなのか?」
「ええ。心で勝つ。心で負ける。
その時こそ、真に勝利と敗北を感じることができる……負けると死ぬほど悔しいものですが」
「紳士的な口調から突然負けず嫌いな一面出されるとちッと笑っちまいそうになるンだが」
「……負けず嫌いは治したい悪癖なのですが、どうにも困ったものです」
「いや、いいンじゃねェか。負けず嫌いな方が強くなるッて言うしな」
「お気遣いいただき、感謝します」
負けず嫌いとは、己の負けだけでなく、負けてほしくない誰かの負けも認めない者だ。
「そのウルトラなんちゃらに殺されたのか」
「いえ。私はウルトラマンに負けた後、当時の主君エンペラ星人に殺されたのです」
「……マジ?」
「はい。仕事が終わりましたので、そのまま」
「えッ……それで殺されるもンなのか?」
「ええ、まあ。
私も予想外でしたがね。
エンペラ星人は要らないと思ったらノリで殺す御方でしたから」
「どういう組織でどういう上司だブラック企業か……!?
大赦が十倍腐敗してもそこまでにはならねェと思うンだが!?」
「ですので正直大赦はマシだと思っている私もいます。
ただし、マシなだけです。五十歩百歩という言葉をご存知ですかな?」
「まァそうなんだがな……つっても一応、大赦は世界のためにやッてんだが」
「ええ、そうですね。それは私も同意です。
しかしながら、思うのですよ。
他人のため、世界のため、他人を苦しめる。
自分のため、野望のため、他人を苦しめる。
苦しめられる側からすれば同じことでしかないのでは、とね」
それはそうかもな、とリュウは考える。
全て同じだ。メフィラスに挑戦された者も、皇帝に殺されたメフィラスも、リュウに加害される民衆も、リュウを追い詰める大赦も、大赦を追い込んだ天の神も。
『被害者』という枠でくくれてしまう。
「私はどちらかと言えば、強者の側でしたが……
格下の生き物はいつでも自分の都合で殺していいと思っている強者は、腹が立ちませんか?」
「……天の神か」
「大赦もいずれそうなる気がするのですよ。大義名分がありますからね」
「……」
IQ一万という、小学生が考えたような規格外の頭脳は、時に未来を見通すようなことを言う。
メフィラス星人は、社会の構造上の問題で現在の社会を維持するために踏みつけにされる"社会的弱者"と、戦闘力がないという意味での弱者が、基本的に同じであることを知っている。
違うようで同じであることを知っている。
弱者は生贄を強要されれば拒絶できない。
メフィラスが語る理屈は、四国を支配する大赦と、暗黒の宇宙を支配する皇帝は、『その世界の中で最も偉い』からこそ腐敗してしまうという観点のもの。
この星の外側から、この星を眺めた悪の者の感想だった。
リュウは言葉の節々から、平然としたふりをしたメフィラスの恨み節も感じる。
「あれだな。全部終わったら、お前の仇も取りに行ッてやるよ。エンペラだっけ?」
「やめなさい。
勝てません。
この星の人間達程度の戦力では、どれだけの奇跡を積み上げても勝てません」
「そこまで言い切るレベルに強ェのか……」
「勝てない勝負に挑み、勝つ……それは光の者の資質。我々は堅実にいきましょう」
「あァ……堅実に勝てンなら、そうしてェが」
「目的のために手段をできる限り選ばない。
あらゆる手で敵の勝利の可能性を潰す。
先に下準備を徹底する。
我々は何よりも大切な目的のため、悪辣に行きましょう。
大事なことは、光の者達に憧れすぎないことです。闇が光に憧れれば、破滅が待っています」
「憧れは禁止か」
「ええ。
愚かな闇の者が光に憧れるとどうなるかご存知ですか?
奇跡に頼るようになります。
気合いで勝てる気になります。
頑張れば何でもできる気になってしまいます。
ですがそれは、運命の女神に愛されし者にしかできないことでしょう」
「……」
「光に憧れた者達は、安易にその真似をして、死んでしまうのですよ」
リュウは、メフィラスのその言葉に。
「お前とか……他のカードの奴に、そうやって死んだ奴でも居るのか?」
死したメフィラスの心の一部がカードとなったこのメフィラスから、人間やウルトラマンメビウスへの確かな憧れのようなものを感じた。
しかし、メフィラスは首を横に振る。
「いえ」
その言い切りには、有無を言わせない否定の意があった。
「私はそのメフィラスの残滓の中の、『地球人に対し抱いた敬意』の残滓」
Σズイグルの運ぶ棺の上、横たえられて居るリュウの体の上に乗る木の葉を、メフィラスは優しく拾い、手の上で燃やし灰にする。
木の葉ではなくなったものが手の上に残る。
灰だけが手の上に残る。
木の葉の残滓である灰を、木の葉であると言う者はいない。
「私のオリジナルは……
怨念が、怪獣墓場で別個体となって復活。
本体も、別の戦いで復活。
ここにその残滓がカード化した私が居ます。そういうものなのですよ」
「バラッバラだな」
「クローンというものがあるでしょう。
あれも、上手くやれば一つの死体から数十兆体の個体が作れます。
どれもクローンゆえに同じ。
しかしながら、同じであると同時に、本当に完全に同じ存在は発生しません」
この世から失われてしまった価値あるものを、本当の意味でそのまま復活させたり、復活させるということは、限りなく不可能に近いことなのだ。
「主殿……我らは同じ。
貴方の気持ちも、全てではありませんが分かります。
貴方が所有するカードは全て、貴方の気持ちを大なり小なり分かるのです」
「……あ」
「オリジナルが存在する。
その一部が、私や貴方を構成する根源。
怨念、未練、因子……
オリジナルの残した何かから、私や貴方は作られた」
高嶋友奈という過去の死人の因子から作られた赤嶺友奈。
過去の人類最強の因子から作られた失敗作の鷲尾リュウ。
死んだ怪獣や宇宙人の残滓から作られたカードの者たち。
彼らは、同じ苦悩をその生涯に背負う者達。
本物と言うには遠すぎる。
偽物と言うには近すぎる。
そして、『戦え』という願いの下に生み出された、戦うために生み出された命である。
「何かを継承し、何かを繋げているのです、私達は。
私はオリジナルから自我が繋がっている認識で生きています。
貴方はオリジナルと繋がっていない認識で生きています。
ですが私も貴方も、オリジナルではない。
因子から作られたのが貴方で、残滓から作られたのが私です。
それは間違いなく本物ではない。
されど、偽物でもないのです。
私も貴方も、オリジナルからそのまま続いている何かを持っているはずです」
「……」
「それは、輪廻を巡る魂に近いものです。
生と死の断絶を超越する、情報を継承する何か。
それこそが私や貴方を作り上げたのでしょう。
私達は本物に似て非なる偽物。
そして偽物に似て非なる本物です。
本物から作られた本物で……作られたという時点で、どこまで行っても模造品なのでしょう」
オリジナルが見たもの、覚えた感情、刻んだ記憶を、"自分のもの"として覚えていて、それは本当に事実であるのに、本人ではない。
本物なのか?
偽物なのか?
矛盾しているのか?
矛盾していないのか?
人によって答えが違い、明確な答えが出し切れない、曖昧な境界線の上にある命。
「貴方と、赤嶺友奈と、私達。そこに共感があり……私達の抱いた願いがあった」
「……オレは、どうすりゃその願いに応えられる」
「勝てばよいのです。貴方と赤嶺友奈が幸を勝ち取れたなら、それで良いでしょう」
メフィラスはリュウと共に歩み続ける。
他のカード達も、同じように歩み続ける。
最後の瞬間まで、共に。
「赤嶺友奈の心は強い。おそらく、少し前まで普通の少女だった者としては、相当に」
「あァ」
「ですが私は、貴方の心が彼女の心に挑戦し、勝利するはずだと考えています」
「愛だ恋だの話で勝ち負け、ねェ……」
リュウは苦笑する。
メフィラスは勝つ、勝つ、と言っているが、リュウは愛の力を武器に友奈を救えれば他はどうでもいいから、勝ち負けで表現されているのがなんだか面白く感じてしまう。
「? 何を言っているのですか」
「?」
「地球人の恋愛は惚れた方が負けなのでしょう?
ならば貴方は赤嶺友奈に勝ち、勝利をもって彼女を惚れさせるべきです」
「―――」
「我らは勝つために戦っているのです。どうかそれをお忘れなく」
そして、メフィラスの言い草に、少し意表を突かれた。
思わず、くくっと笑ってしまう。
「……やっぱ宇宙人の倫理観はちょっと地球人とは違うンだな」
「お嫌いですかな?」
「いンや。個人的には好きだ」
「ありがとうございます、主殿」
リュウにダークリングの負荷はない。
メフィラスを常時出している負荷もなく、メフィラスが出しているΣズイグルの分の負荷もリュウにかかっていない。
発生していない負荷をリュウは不思議に思っているが、元々バルタンやゼットンが力の割に負荷が少なかったことや、メフィラスの"リュウの知らない用法を知ってそう"な振る舞いに、不思議に思っていても疑問に思ってはいなかった。
それは、負荷をカードの方が引き受けているから。
リュウが本来引き受ける負荷を、彼らが自らの意思で背負っているから。
だから瀕死のリュウを死に至らしめる僅かな負荷も、彼にはかからないのである。
それが
かくして、彼らは到達する。
そこは、リュウと友奈が戦い続けてきた高知の僻地、山中にあった平地。
ここに繋がる道はとうになく、大量の木々や草花をどけなければ来ることはできなかった。
おそらく、軽く数十年は人間がここに来ていない。
一人でも来ていたら、ここまで鬱蒼とした緑の密閉は出来ていなかっただろう。
数十年分の緑が作り上げた自然の城壁。
そこに囲まれた平地は、不自然なほどに雑草がなかった。
雑草が一本も生えていない平地に、赤と青紫の花が咲き乱れていた。
季節外れの二種の花が、色鮮やかに咲いていた。
赤い花は彼岸花。青紫の花は竜胆。
その花の名を、誰から教えられたわけでもないのに、鷲尾リュウは知っている。
「ここは……神樹の加護があるようですね。
神樹が雑草一本も生えないようにしている。
季節外れでも咲き続けることができるようにしている。
人間の意識の流れも微妙に操作され、ここに向きにくくなっているようです。
神の力に意識の流れを誘導されていることに気付かなければ、ここには来れないようですな」
「メフィラスはどうして気付いたンだ」
「宇宙物理学、というやつです。
物理法則に則ったもの。則っていないもの。
その両方を理解し、法則性を理解するのがメフィラスの宇宙物理学なのです。しかし」
「なんていうか」
「ええ、」
リュウとメフィラスは、同時に口を開いた。
「なんと、おぞましい花畑」
「なンて綺麗な花畑だ」
「……」
「え?」
「なるほど、確かに見かけは綺麗な花畑に見えます。主殿も正しい」
「見かけは……ってなンだ」
「これは、何者かの醜い情念で咲く花。
神樹がこれだけ加護を与えているのを見ると、おそらくは勇者でしょう。
しかしながら光の側である勇者がここまでの情念を……? 少し、疑問はあります」
「勇者の、醜い情念?」
「自分が
『そうありたくない』
と願った勇者が置いていった情念、光で在ろうとした勇者の忘れ物かもしれません」
メフィラスは地面に並んで咲く、彼岸花と竜胆の花に手で触れた。
「おぞましいものです。
感じられる感情が、あまりにも醜く、大きい。
家族への憎悪。
愛への渇望。
故郷の者達への怨嗟。
民衆を許さないという思い。
世界を壊したいという憤怒。
そして、何よりも大きな、大切な人を失った悲嘆。
蓄積された負の感情はもはや数え切れず……
既存の感情と同じ名前を付けられない感情も多い。
おそらくは七十年以上経っても、目減りの気配すら無い負の感情です」
「そンなにかよ」
「この花を植えた者がどんな者だったのかは分かりません。
ですが……
彼女は憎悪と怨念を込めて、この種をここに埋めたのでしょう。
ここに憎悪と、怨念と、その根幹となる思い出を置いていったのです。
これは、憎悪と怨念で咲き誇る竜胆と彼岸花の花畑。
神の力が混ざり、二つの花は肩を並べて、一年中ここで咲いている……なんと醜い」
「オレはあンまそうは思えねェんだよな」
「何故ですか?」
「その醜さが、なんだか愛しく思えるものに見えてンだと思う。多分」
「ふむ、なるほど……この闇を受け入れられる、闇の気質でしょうか。推察ですが」
メフィラスは周囲を探索し、花畑の中心にネームプレートを見つける。
それは数十年の間に劣化し、多くの文字がかすれて消えてしまっている。
だが、読み取れる日付や文字もあった。
メフィラスは浮いているリュウにも読み取れるよう、それを持ち上げ抱えて読む。
「1/11と書かれているようですね。いったい何の日付なのか」
「誕生日だろ。誕生日を祝うッていう明るい行動と重ねたンだと思う。
そうすりゃ恨みを込めて種を植えるッて自分の行動が薄まる。
花が咲く限り自分の憎悪が消えない、ッて自分の考えが、少し帳消しになッた気になる」
「……? 何故、そう思ったのですか?」
「うン? 勘」
「……なるほど。では、そういう前提で考えてみるとしましょう」
勘にしてはあまりにも細かく、かつ断言系である言葉。
リュウは勘でここまで言い切る人間ではない。
ならば、これは勘ではないのだろう。リュウは勘だと思っているだけで。
メフィラスはそれを理解していたが、あえて言うことはなかった。
「今日が12/31だから、11日後か。1/11」
「ここに名前がいくつか書いてあります。
読めるのは……この一つだけですねぇ。
せん……
「綺麗な名前だな」
「? そうですね。地球人の感覚だと、そう見える名前なのかもしれませんな」
「つかよ、そろそろ本題に入ッていいんじゃねェのか。ここに何をしに来たんだ」
「少し、迷っています」
「あ?」
「ダークリングの機能を覚えていますか。カード化の能力です」
「? ……! お前、まさか」
それは、メフィラスが考えた乾坤一擲、渾身の奇策。
「この地に満ちる、膨大な怨念。
神樹が注いだ神の力。
これらをまとめて、ダークリングでカード化することが可能なのではないでしょうか?」
怪獣や宇宙人の怨念、未練、残滓。
それらが、リュウの所持するカードの源であるのなら。
メフィラスの発想は、実現可能であると言う他無い。
「……いけンな、多分!」
「しかし、迷うのです。
これだけの憎悪、怨嗟、未練……
あまりにもとてつもない。
カード化の際に負荷が発生すれば、主殿の体はそれだけで」
「カード化始めるぞ!」
「話を聞けい! 主殿!」
ダークリングが闇色に輝き、その空間に存在するものを飲み込んでいく。
神の力を。
咲き誇る彼岸花と竜胆の花々を。
そして、怨念達を。
全ての力がリングを通り抜けると、それは一枚のカードの形を成した。
リュウの手に握られるは、『八枚目』。
拍子抜けするくらい簡単に、負荷もなく、カードは作成される。
彼岸花と竜胆の花が描かれていて、カードを傾けるとその背景が移り変わる。
背景に映るは
竜胆の花と彼岸花の花が、千景を旅しているかのようなカードであった。
「お、出来た」
「……」
「メフィラス、どうした? 負担とか負荷とかは0だッたぞ、安心しろ」
「いえ。
仮にも怨念。人を呪うものです。もう少し苦労するかと思ったのですが。
まるで、残留した思念が自ら望んでこちらに助力して来たかのような……」
「あンのか、そういうこと」
「さて。無いとは言いませんが、予想していなかったことではあります」
「いいじゃねェか、オレらには都合が良いことで」
「確かに。脇に置いておいていいことでしょうな」
過去に人を憎み、恨み、生きたいと願ったまま死んで行った誰かの想いを形にしたカード。
それは憎悪。
それは怨念。
それは未練。
けれど。
もしも。
そこに。
もっと暖かくて優しい気持ちが、混ざっていたなら。
これは単純な闇の力とは言えないカードなのかもしれない。
「闇だけではない闇のカード、か……主殿。一旦戻りましょう。作戦を練る段階です」
「ああ」
リュウとメフィラスはもと来た道を戻り始め、Σズイグルがリュウに水のペットボトルを無言で差し出し、彼らは戻る。
今夜がきっと、最後の戦い。
夢の中で、赤嶺友奈は、自分と対峙していた。
いや、自分ではないのかもしれない。
ところどころが、自分と違う。
自分と同じ顔をした、自分ではない自分が、そこに居た。
「あなたは、私?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「私と……同じ顔」
「そうだね。同じ顔で、違う心で、違う人生を生きてきた。私は高嶋友奈」
「私は……赤嶺友奈」
同じ顔の友奈が、目の前で微笑んでいる。
「私のつまんない話、ちょっと聞いてくれるかな」
「……いいけど」
「色んな人が居たんだ。
郡千景……ぐんちゃんとか。
貴方も知ってる乃木若葉ちゃんとか。
他にもいっぱいいて、そうだ、リュウくんもね?」
「リュウ?」
「……12月にね。
リュウくんが約束してくれたんだ。
1/11が私の誕生日だったから。
誰よりもでっかくお祝いするぞ、って。
毎日楽しみだった。
毎日ワクワクしてたんだ。
でもね、そうはならなかった。
リュウくんは不安になった人達に、12/25に殺されちゃったから」
「……!」
「あと二週間くらいだったから、私も楽しみにしてて……
ううん、これは話さなくていい話だ。
私とリュウくんは約束してたんだ。
一緒に頑張ろうって。
一緒にみんなを守ろうって。でも、私達が守ったみんなに、リュウくんは殺されちゃった」
高嶋友奈と名乗る少女が、ぽろっと気持ちをこぼして。
「私がみんなを守ったのって、間違いだったのかな。みんながリュウくんを殺したら、それは」
漏れ出しかけた気持ちを、必死に抑え込み、微笑む。
「……ごめん、今の無し。聞かなかったことにして」
少女は、振り絞るように言う。
「クリスマスに戦い始めて。
でも、殺さないで、死なせないで。
あなたはまだ……何も終わってないんだね」
少女は、絞り出すように言う。
「頑張って。あなたはもう、真実を見つけたはず」
少女は、願うように言う。
「人身御供を廃して。
真実と立ち向かい。
かりそめではなく本当の平和を取り戻す。そんな英雄譚を、待ってるから」
少女は、祈るように言う。
「目が覚めた頃には、全部忘れちゃうよ。大事な夢はいつも忘れちゃうものだもんね」
そうして、赤嶺友奈は目覚める。
友奈が目覚めた時、傍には二人の親友が居た。
「おはよう、友奈」
「レンち」
「無事みたいやな。よかったよかった」
「シズ先輩」
大切な幼馴染は、傍には居なかった。
「リュウ」
覚悟をもって。
決意をもって。
赤嶺友奈は、拳を握る。
それは、大切な人の未来を守るという、誓いの拳であった。
メビウスで、地球人とウルトラマンの心に負けた後、地球から離れるわけでもなく、見惚れるように地球を眺めてたせいで、エンペラの奇襲食らって消滅したメフィラス