「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 赤嶺友奈は道端の花を指差した。

 下校中の鷲尾リュウはそれだけでは意味が分からず、首を傾げる。

 

「ほら、あれだよ。前世でああいうのだったんだと思うんだよね、私達」

 

「花?」

 

「そそ。私とリュウで並んで道端に咲いててさ。

 人間に踏まれるのに怯えてるから寄り添ってて。

 風に吹っ飛ばされないように支え合ってて。

 人間見上げて、

 『来世は人間に生まれ変わるぞー!』って言い合ってるんだ」

 

「オレも言ってんの?」

 

「二人で言ってるの。

 でさ。二人で仲良く生まれ変わろうって約束するの。

 二人揃って人間になって、また隣に、って。

 で、そこでリュウが茶々入れてくる。

 『二人一緒に人間に生まれ変われるとは限らないだろ』って」

 

「お前の想像なのにオレのセリフ入ってるのか……」

 

「で、約束するんだ。

 片方だけ人間に生まれ変わって。

 片方だけまだ花だったら。

 人間になれた方は、その花を部屋に持って帰って、その花の一生分大事にしようって」

 

「生まれ変わったのに見つけられるか?」

 

「見つける見つける。

 私は絶対見つけるし、リュウも絶対に見つけてくれるって信じてる」

 

 友奈はそう言い、いつものまったりとした笑顔を、花のような笑みに変える。

 

「で、さ。なーんか最近私と距離取ってない?」

 

「気のせいだろ」

 

「いいや、気のせいじゃないね。触れ合いが足りない。なんか会話もちょっと減ったよ」

 

「……離れたとしたら友奈の方だぞ。呼び方変わっただろ」

 

「えー、だってリュウくんっていつもみたいに呼んでたら、からかわれるんだもん」

 

「全部オレのせいってわけじゃないだろ」

 

「えー、リュウのせいでしょ、いっちょ前に思春期入ってない?」

 

「入ってない」

 

「あーあ……あんまり胸とか大きくならないほうがよかったかな。変に距離取られるし」

 

「え、あ、な、何言ってんだ。勘違いすんなよお前」

 

「えー」

 

「お前何回えーって言うつもりだ」

 

「今のえーは『リュウのえっちー』の略」

 

「えっちじゃない!」

 

「えっちー、思春期ー」

 

「このクソガキ!」

 

 ぎゃーぎゃーと、二人で軽く喧嘩しながら下校していく。

 

 赤嶺友奈と鷲尾リュウは喧嘩をしないわけではない。たまにして、すぐに仲直りするだけ。

 

 一年以上会えなかった時期に入る直前も、喧嘩別れだった。

 

 

 

 

 

 それは、しばらく経った今も同じ。

 リュウと友奈は互いに対して明け透けだから、そして何より意志が強くて頑固だから、妙に互いに対して譲らないことがある。

 だから、こうなるのだ。

 友奈もリュウも、自分の幸せは妥協しがちなくせに、相手の幸せは妥協できない。

 だから、ここまで転がってしまう。

 

 妥協しない者が行き着く先で引き起こすのが殺し合いや、戦争である。

 友奈はリュウの幸福を妥協しなかった。

 リュウは友奈の幸福を妥協しなかった。

 妥協しないから、ぶつかり合うことになった……とも言える。

 もちろん、最大の原因はそう仕組んだ大赦の者だろう。

 だが、その企みは全て明らかになった。

 ここから先に、大赦の企みが介入できる余地はない。

 

 この世界の行き先は、鷲尾リュウと赤嶺友奈が決める。

 

 二人の中の譲れないものと願うものが、人類全ての未来を決定する。

 

「……」

 

 友奈は無言で、昨日知ったことを頭の中で整理し、叫んだ。

 

「あああああああ!!!!」

 

 もう叫ぶしかないので、叫んだ。

 

「アカナこれ何度目や」

 

「さあ? 弥勒は数えていないわ」

 

 友奈は今日まで、最悪を積み上げてきたと言える。

 彼女はリュウの生きる世界を守りたいという願いを抱え、戦ってきた。

 傷一つ付けたくない、という願いはリュウだけのものではない。

 リュウが友奈を傷付けたくないように、友奈もリュウを傷付けたくないのだ。

 だからこそ、積み上げた最悪がある。

 

 友奈はリュウを傷付け、幾度となく攻撃し、殺意をぶつけて、その目を抉って、腕を奪った。

 一生物の後悔である。

 最悪、それを知った時点で友奈は一生幸せになれない人間に成り果てていたかもしれない。

 愛は諸刃の剣だ。

 愛から生まれた憎悪は何よりも強い憎しみになる。

 愛した者を傷付けた後悔は、何よりも深く刻まれる傷になる。

 愛なき者より、愛持つ者の方が傷付くのがこの世界の条理である。

 

 赤嶺友奈は、心の地獄に落ちる運命にあった。

 が。

 弥勒蓮華が、運命の歯車を一つ蹴っ飛ばした。

 歯車が一つ足りないと、歯車が逆に回り始めることも、全てが壊れることもある。

 運命もまた同様だ。

 

 もう、色々と台無しになっていた。

 

「んんんんんんんんんっっっっっっ」

 

 友奈はリュウへの罪悪感を思う度、リュウが友奈へ叫んだ愛の録音を思い出し、罪悪感にろくに浸れないまま羞恥心と嬉しさで転げ回る。

 そんな友奈を、静と蓮華が呆れた目で見ていた。

 寝ても覚めてもリュウリュウリュウリュウ。

 落ち着こうが慌てようが彼彼彼。

 友奈が自分を責めようとすると即座に記憶のリュウの声が愛を囁いてくる。

 まるで、友奈の心を追い詰めるものを、リュウが片っ端から消し飛ばしていくかのように。

 

 だが、当たり前のことなのだ。

 赤嶺友奈の中で、鷲尾リュウからの恋愛感情より大きく扱われるものなどあるはずがない。

 罪悪感ですら比べればカスだ。

 愛は全てを塗り潰す。

 塗り潰していく。

 悲劇一直線だった世界の流れが、天の神が作った完全に詰んだ世界が、愛に欠けた大赦の冷静な采配が、リュウと友奈に押し付けた悲しみの数々が、全て当たり負けしていく。

 

 さながら、小学生と相撲取りが土俵の上でぶつかっているかのようだ。

 悲しみが土俵に上がってくる。

 後悔が土俵に上がってくる。

 自分を攻める気持ちが土俵に上がってくる。

 しかし、リュウの言葉という名の『愛』が相撲取りとなって全てを弾き飛ばしていく。

 

 友奈の心には、リュウが叫んだ愛しか残らない。どす恋。

 

「リュウに言いたいことが多すぎる……!!」

 

「せやろね」

「そうでしょうね」

 

「もおおおおおお!! なんで二人はリュウと一緒に居たのに……もおおおお!!」

 

「何言っとるのか分からんな」

「でも何を言いたいのかは分かるわね」

 

 友奈の選択を、静と蓮華は穏やかに待つ。急かしはしない。

 選ぶのは友奈である、というのが二人の共通意見であった。

 戦わなければならない理由も、戦いたくない理由もあった。

 

 これは、かつての戦いのロスタイム。

 郡千景は絶望の果てに花の種を植え、戦いの中で死んだ。

 高嶋友奈は仲間が皆死んでいく中、悲しみと悲嘆を振り切るように一撃を放ち、世界の命運を繋いで死んでいった。その因子は、まだ輪廻を巡っている。

 乃木若葉は生き残り、この世界に繋いだ。

 鷲尾リュウのオリジナルは、彼という失敗作へと繋がり。

 かつて宇宙のどこかで戦い、死んでいった悪の残滓は、リュウの手の中にカードとして残り。

 日本神話における天の神と地の神の戦いは、百万年以上経った今も続いている。

 これは、西暦が終わり人が負けても終わらなかった人の戦いのロスタイム。

 

 西暦の人間が神に強制的に背負わされた重荷を、西暦が終わった後の人間達が延々とツケを支払い続けている。

 最悪、この時代が終わっても、それは数百年続くかもしれない。

 鷲尾リュウ。

 赤嶺友奈。

 二つの"時代の遺物"は、果たして何を選ぶのか。

 

 赤嶺友奈の体に力が満ちている。

 消耗もほぼない。

 それは彼女が覚えていない夢の中の彼女が、『次代の友奈』に与えた何かだろうか。

 

「アカナ」

 

「んああああ……シズ先輩?」

 

「辛かったら全部投げ出してもええんやで。そっからが大変かもしれへんけど」

 

「!」

 

「なーんもかんもアカナに押し付けとんのがおかしいや。

 相手もあのイー君やしなあ……

 せや、大赦も倒してアカナとイー君で王様と王妃様にでもなりゃええねん」

 

「大赦抜きで四国運営する自信あります? 私は無いですね」

 

「むー」

 

「弥勒はあるわ」

 

「レンちは黙ってて」

 

 実際のところ蓮華は自分が大赦の代わりを務められるだなどと思ってはいないが、そう言う自分を貫くことで、友奈とリュウに別の道を示せることを知っている。

 だから、あえてそう振る舞っている。

 友奈とリュウの幸せのために大赦が滅びても、その後を自分がどうにかしてみせる……これは、そういう友情の献身なのだ。

 とても分かりづらいが。

 

「ありがと、二人共。でも、全部投げ出す気はないんだ」

 

「……そか」

 

「私、リュウのことが好きだから。

 あいつが本当にどうしようもなく間違った時、止めるのは私でありたいんだ。

 この星の上で、私だけがあいつの特別で居たい。そんな願いもここにあるから」

 

 友奈は胸に手を当て、目を閉じ、祈るように言葉を紡ぐ。

 

 さらっとそんなことを友奈が言うものだから、静は頭の中がくらくらした。

 

「……うおっ」

 

「え、何その反応」

 

「友奈は真っ直ぐね。分かりやすくて好ましいわ」

 

 蓮華が上機嫌に笑い、綺麗な髪をかき上げる。

 

「守る、ということでいいのかしら? 友奈」

 

「うん。リュウの気持ちは分かる。

 でもね、どーしても思うよ。

 それは間違ってるって。リュウだって分かってないわけがない」

 

「そうね。弥勒から見ても、彼は本来友奈側の人間に見えたわ」

 

「それでも……リュウが、そうしたなら。

 それはきっと、間違ってても人を救うもので。

 リュウが分かってる大事なことより、もっと大事なことだったんだ」

 

「そうね。友奈を救いたがっているリュウを、弥勒はこの目で見てきたわ」

 

「この星で一番友奈を愛しとるらしいしな」

 

「ああああああああああああああああ」

 

「うわっ壊れたやんけ」

 

「壊したのはシズさんでは……」

 

 会話一時停止。

 時間経過。

 再開。

 

「私がこの世界を、社会を守りたいのは、ここでリュウと生きていたいから」

 

「個人か、世界か。

 よく物語では語られる二択ね。

 でも、世界が残らなければ、個人も残らない……友奈はそうしたいのね?」

 

「うん。

 でも、そうだね。

 皆がリュウを許さないなら……リュウを連れてどこかに逃げようかなあ」

 

「あら……愛の逃避行? 弥勒も少しそういうのには憧れるわね」

 

「ロックもアカナも発想吹っ飛んどるわ……

 ま、そんくらいでなきゃ鏑矢は務まらんしな。アカナはイー君を見捨てない、と」

 

 当たり前のことを言う静に、友奈は当たり前のように頷く。

 

「一生傍に居るよ。

 だって、リュウの目と腕は一生使うはずだったんだから。

 奪った私が一生傍に居て、なくした目と腕の代わりになってあげないと」

 

 静の頭がまたくらくらしてきた。

 

「私は、私だけじゃなく、私の大事なもの全部大事にしてくれるリュウが好きだよ」

 

 蓮華は少し考え始める。

 

「それを捨てさせちゃった極悪人は……きっと、私なんだ」

 

「でもこの星で一番愛されてるのよ、貴方」

 

「ああああああああああああああ」

 

 もはやコントであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュウが今使えるカードは六枚。

 七枚目を除外し、割れて使えなくなったパンドンを除外し、八枚目を入れて六枚。

 八枚目の解析を進めるメフィラスの横で、リュウは地面に脱力し座り込んでいた。

 

「本当はな、友奈の大事なもの全部、大事にしない奴に、あいつを愛する資格はねェンだ」

 

 ならば、社会を壊して友奈の未来を確保し、友奈の大事なものの多くを踏み躙ろうとする者は?

 

「そいつを踏み躙ろうとするオレは極悪人だ」

 

「そうなろうと決めたのでしょう?」

 

「……あァ」

 

「何。彼女は貴方を受け入れますよ。

 貴方を受け入れないのは赤嶺友奈ではなく、貴方自身です」

 

「む」

 

「嫌いだから受け入れられないのです。

 愛するから受け入れられるのです。

 光だから許せるのです。

 闇だから許せないのです。

 許しと愛は同義。

 貴方よりずっと、赤嶺友奈の方が、貴方のことを愛している」

 

「こっ恥ずかしいこと言いやがッて」

 

「道理を羞恥で語れないのは子供と言うのです、主殿」

 

 リュウは言い負かされ、押し黙る。

 

「……あいつは必ず、オレを止めに来る」

 

「でしょうな。彼女は自分のことがあまり勘定に入っていないようですし」

 

「あいつは、許さない人間じゃねェ。

 むしろ誰よりも許しを知ッてる。

 でも、それは人を許すだけだ。

 悪を、罪を許してるわけじゃねェ。

 してはいけないことはしてはいけないこと。

 そこをあいつが揺らがせるわけじゃァねェ。

 人を許す慈悲があって、悪を正す正義の感覚があるあいつは、オレを必ず止めに来る」

 

「貴方がそう理解されているなら、それが正解なのでしょうね」

 

 メフィラスは八枚目の分析を進めながら、リュウの背中を押そうとする。

 ハッキリ言ってしまえば、メフィラスですらこの先は全く読めていない。

 この先どう転がる可能性もあると思っている。

 なればこそ、リュウに必要なのは、"分かりきったことを再確認する行為"……すなわち、覚悟の強度を上げる言葉だと理解していた。

 

「主殿。想いを抑えませんように。

 その想いこそが、貴方を振り切らせるのです。

 中途半端な良識はきっと貴方を後悔させます。

 優しいがゆえに不幸になる情けない主人の姿など、我々は求めておりません」

 

「だな」

 

 鷲尾リュウは、遠く離れた友奈へと向けて言葉を紡ぐ。

 

 死にかけのリュウは命尽きかけ、油断すれば意識が飛びそうになっていて、呼吸は早く、浅く、視線は定まっていない。顔色も死人一歩手前だ。

 だが、生きている。

 まだ、死んでいない。

 彼の未来は途絶えていない。

 

「ずっとずっと、無価値に生きてきた。

 生まれた時からずっと空っぽだった。

 空っぽな自分を、君が埋めてくれた」

 

 それは、友奈への愛の言葉。

 

「君は周りの誰にも優しくて、だから誰からも好かれていたけど。

 君が誰にでも向けていたありきたりな優しさだけで、空っぽな胸がいっぱいになった」

 

 それは、友奈への感謝の言葉。

 

「この心は、この想いは、全部君で出来ている」

 

 自分に何の取り柄もないと思っていた少年が、自分には何も無いと思っていた少年が、その生涯で唯一自分に備えられたと思っているもの。

 自分自身の内より編み上げ、自分自身に備えたもの。

 自ら望み、自ら彼女を選び、掴み取ったもの。

 

 『愛』。

 

 戦いの始まりの日から、最低で、最悪で、苦痛の海から最善を探すような時間だった。

 でも、悪いことばかりではなかった。

 大切な人の未来のためだけに戦う。

 それは、きっと悪いことではなかった。

 大切な人のために生きられることは……自分には何も無いと思い続けてきた彼にとって、何にも代えがたい価値だった。

 

「分かりました。八枚目は極めて特殊ですが、特別な使い方をするものではありませんね」

 

「そッか」

 

「このカードの用法は単純です。

 普通に使えばそれだけで天下無双でしょう。

 ですが、このカードを分析していて、少し思いついたことがあります」

 

「?」

 

「全てに勝利し、赤嶺友奈を主殿のものとした後、ついでに天の神も倒してしまいましょうか」

 

「! 何か良い手を思いついたのか?」

 

「ええ、まあ。ですがそれは、とりあえず」

 

 そうして、二人は。

 

 結界の外の、はるか遠く彼方に見える『バーテックス第二陣』に視線をやった。

 

「奴らを一掃してからにしてしまいましょう」

 

「だな」

 

 天の神は未だ健在。

 バーテックス達は段階的に、準備が終わった順に攻め込んで来ているだけで、その総数は全くと言っていいほどに減っていない。

 その総数は無限にすら思えてしまう。

 結界の外の燃える世界は、また炎と怪物に埋め尽くされていた。

 

 小型個体、星屑と呼ばれる存在。

 集合進化個体、黄道十二星座と呼ばれる存在。

 そしてリュウ達に対応したのか? 怪獣を模造したような存在。

 何体並んでいるのかもう分からないほどの、『本物の怪物の群れ』。

 リュウなどという怪物の姿になっているだけの人間とは、あまりにも桁が違う。

 

 数が違う。

 無限の数で押し潰す、それが怪物。

 醜悪さが違う。

 リュウのような人間とは、醜悪さの純度が違う。

 意志が違う。

 この怪物達は、人間の幸福を一つ残らず踏み潰す意志に、一切の躊躇いがない。

 

 なのに、この怪物達は、一面的に見れば悪ではない。

 "傲慢に思い上がった人間を滅ぼす"という、天の神の正義に従う神の使徒であるからだ。

 それは正義に従う天使、とも言えるものであり―――『悪』が倒すべきものである。

 

「生まれた星は違っていても、共に作る未来は一つ。永遠に魂は貴方と共に」

 

「メフィラス」

 

「ご武運を」

 

 メフィラスはリュウに分かりやすくまとめた情報概要を話し、カードに戻る。

 片腕しかないリュウに、通常のダークリングの使い方はできない。

 リングにカードは通せない。

 されど、もうそこには何の問題も存在しない。

 歴代のダークリング所持者の中で、彼だけがそれを問題としない。

 

 『お前はオレの片腕だ』と言ってやりたくなるほどに、信頼に足る怪物のカードが、三枚も彼のポケットの中に居るから。

 

「力を貸してくれ、ゼットン!」

 

 ゼットンの名を呼ぶ。

 胸の前に突き出したダークリングに、ゼットンのカードが己の意志で飛び込んだ。

 

《 ゼットン 》

 

 ゼットンのビジョンが、寄り添うようにリュウの右後ろに現れる。

 

「技を貸してくれ、バルタン!」

 

 バルタンの名を呼ぶ。

 胸の前に突き出したダークリングに、バルタンのカードが己の意志で飛び込んだ。

 

《 バルタン星人 》

 

 バルタンのビジョンが、寄り添うようにリュウの左後ろに現れる。

 

「知を貸してくれ、メフィラス!」

 

 メフィラスの名を呼ぶ。

 胸の前に突き出したダークリングに、メフィラスのカードが己の意志で飛び込んだ。

 

《 メフィラス星人 》

 

 メフィラスのビジョンが、リュウを敵から守るように、リュウの正面に現れる。

 

「行くぞ! 三つの闇の力……俺に貸してくれ! ダークトリニティ!」

 

 そして。彼岸花のカードが、最後にリングへ吸い込まれた。

 

 其は彼岸花がもたらす奇跡。

 "誰よりも他者との繋がりを求めた"勇者の遺した想い。

 自分と他人をより強く繋げる―――()()()()すら成す力。

 

 通常規格を遥かに上回る究極の闇の力に、ダークリングが叫ぶ。

 

《 トリニティフュージョン! 》

 

 リングを握るリュウの左腕、三つの怪物の左腕が、突き上げられる。

 天を討つ意志。

 天に逆らう意志。

 四つの意志が一つであることを示すように、その腕を突き上げる。

 四つの体、四つの心、四つの意志が、重なる。

 

 

 

「神花超合体―――『イーノ・エボル』ッ!!」

 

 

 

 そして。

 『竜』が現れた。

 

 宇宙恐竜ゼットンは、地球人によく言われる。

 「お前のどこが恐竜なんだよ」と。

 地球でゼットンに最も類似した姿を持つのは、カミキリムシであるからだ。

 宇宙人からすれば恐竜と言えばゼットンの姿なのだが、地球人には虫にしか見えない。

 

 だが、"これ"は違った。

 雄々しい角。鋭い牙。強固な爪。

 黒き甲殻、刃物のような羽、隻腕の腕に握られる禍々しい大剣。

 その姿は、まさしく大剣を握った『悪の竜』である。

 ゼットンの延長でありながら、バルタンの名残を多く残し、メフィラスが混ざっていることが一目で分かる姿であると同時に、総体としては『ドラゴン』としか言いようがない。

 それは竜。

 真なる宇宙恐竜。

 地球人を核としたことで、より"地球人の思う恐竜"に近づいた宇宙恐竜だ。

 

 それは聖書における『黙示録の獣』と呼ばれる存在を連想させる。

 聖書に語られる黙示録の獣は、地獄より現れ竜の形を取り、救世主の手によって討ち滅ぼされる……と、語られる。

 赤嶺友奈という救世主に討たれることを望まれるリュウには相応しいのかもしれない。

 だが、違う。

 これは違う。

 愛の獣ではあっても、黙示録の獣とは違う。

 

 この獣は世界を救う勇者に愛され、勇者を救おうとする、ただ一人の少年である。

 

『今日が、最後の戦いだ』

 

 竜の異形でありながら、隻腕大剣という異様な出で立ちのイーノ・エボルが、大剣を構える。

 

 神速をもって、異形の大剣を振り下ろす。

 

 同時、宙に浮かんだ無限の一兆度火球が、無限の敵に殺到した。

 

『トリニティ・トリリオンッ!!』

 

 無限に殺到する無限。

 

 無限-無限=0。単純な暴力による単純な計算式が、異形を焼滅させていく。

 

 目に見える範囲に殺到していた第二陣は、第一陣の時のゼットンバルタンであれば封殺できていたはずの数と質の暴力は、かくして、消えてなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らは一つ。

 本物であって本物でない、そんな生まれを持つ悪の者達。

 けれど、彼らが抱く想いと、繋いだ絆は本物だ。

 

 イーノ・エボルは、夜の世界に降り立った。

 神樹はいつでも樹海化を始められる状態で、大赦はいつでも対応できる状態で待つ。

 誰もがその姿を見上げていた。

 友奈もその姿を見上げていた。

 その姿を見て、友奈はぽつりとその名を呟く。

 

「―――『(リュウ)』」

 

 何度も何度も彼らが戦ってきた高知ではなく、四国の中心で、彼らは対峙する。

 片や、三位一体の光、燃える炎の勇者。

 片や、三者の力を借りる闇、暗黒の悪。

 

『友奈』

 

「! リュウの声が、頭に響く……」

 

『聞くまでもねェが、オレと戦うンだな?』

 

「……うん。殺さないけど、ちょっとゲンコツ。痛いかもね」

 

『そうか』

 

 リュウが視線を動かすと、友奈の近くには静と蓮華も居た。

 樹海化が始まれば彼女らは戦場までついていけない。

 その直前まで、友奈の傍に居てやるつもりなのだろう。

 

『お前らもそっち側か。まあそうだよな』

 

「すまんなぁ。でも、ウチも最後に賭けるとしたら、アカナを選ぶわ」

 

「全員笑って終われる可能性は、友奈に託したわ」

 

 蓮華は帽子を深く被り直し、友奈とリュウに向けて言う。

 

「両方とも、"死んで償おう"などとは、弥勒の前では決して思わないように」

 

 それは、二人の友としての言葉。

 

「人を愛したがために死ねるのも人間。

 罪を償うがために死ねるのも人間。

 だけど、弥勒はそれを愚かと思うわ。

 できることならすべきではないのよ。

 その人を愛するために死ねないと叫ぶのが、より正しい人間なのだから。

 ……愛した昨日を理由に死ぬくらいなら、明日愛するために生きなさい」

 

 蓮華の言葉を受け、リュウと友奈は見つめ合う。

 

『お前、オレに勝ッたらどうする気だ?』

 

「私が全部背負っていくよ。

 それでどうにかしてみせる。

 リュウも私のため、全部背負おうとしてくれたんでしょ?」

 

『……!』

 

「私は死なない。

 誰が殺そうとしても死なない。

 頑張って、そう生きてみるよ。

 それで、子供のために私をどうにかしようとした人も責めない。

 私が死ななければ先は繋がるよね?

 そうやって頑張っていけば、未来も繋がって、改心する人も居るかもしれない」

 

『そりゃまた随分と、"かもしれない"が多そうな話だな』

 

「うん、そうだね。

 大赦の人に味方してくれる人が出てくるかもしれない。

 普通の人達が味方してくれるかもしれない。

 途中で私達の予想もしない何かが起こるかもしれない……」

 

『専守防衛のキツさを知らねえのか?

 やっぱダメだな。

 お前には任せられねェ。人間の悪意を分かッちゃいねェンだ』

 

「それはリュウもじゃない? リュウは人間の善意とかを信じてなさすぎだと思う」

 

『ああ。オレはな、もう、ほとんどの人間を信じてねェんだよ……』

 

「……ごめんね」

 

『なんで謝る。お前のせいじゃねェだろ』

 

「ううん。きっと、私が鏑矢に選ばれた日から……リュウが気付いてないだけで、私のせい」

 

『お前は何も悪くねェ』

 

「リュウはそう言うよね。それがなんだか、とっても嬉しい」

 

 二人は結論ありきで話していて、その結論に繋げるために理屈を考えている。

 

 リュウは友奈の生存、未来、幸福のため。

 そのために大赦を、社会を壊す。

 彼は悪であるがために、奇跡を信じない。確実性のみを信じている。

 

 友奈は皆のため、リュウのため。

 そのためにリュウに罪を犯させないため、リュウが笑っていられる未来のため、絶対にリュウに世界を壊させない覚悟を決めている。

 彼女は光であるがために、奇跡を信じている。全てを救うことでリュウを救おうとする。

 

 信じることで、全てを救う可能性を模索する友奈。

 信じないから、友奈の未来だけを重んじるリュウ。

 二つは平行線。

 互いのことばかり見ている平行線だ。

 "目の前の幼馴染の幸せ"という同じ方向へ向かって伸びていく、二本の平行線。

 

「リュウって私のこと好きなんじゃないの? 大人しく言う事聞いてよ」

 

『……まあ、人並みじゃね』

 

「……」

 

『お前は周りに愛されるからな。オレもまあ人並みにはな』

 

「なんか私ちょっと腹立ってきたな」

 

『なんだお前……面倒臭い奴だな』

 

「それリュウが言う?」

 

『言うぞ。お前とじゃ比べ物にならン』

 

「大体リュウはさ、いつも私に一番大事なこと言わないじゃん。私の居ない時しか言わない」

 

『そりゃ言う必要がないことだからだろ。お前の素直じゃないとこの方が問題だ』

 

「は? え? いつ私が素直じゃなかったの? 何月何日何時何分何秒地球が何回回った時?」

 

『神世紀69年10月8日17時50分地球の回転数は知らン』

 

「いやそんなの覚えてないから。バカなの? あ、でもその日私の誕生日だね」

 

『……』

 

「リュウの誕生日の日のことならともかく、うーん……」

 

『……このクソバカゴリラめ』

 

「! 言ったね、このバカバカバカ! 私なんかのためにずっとこんな……バカ!」

 

『"なんか"とか言ってんじゃねえぞバカ野郎! "なんか"なんかじゃねェんだよ!』

 

 二人の口喧嘩が始まって、静と蓮華が笑いをこらえ始めた。

 

「「 ……もういいッ! 」」

 

 怪獣と、勇者が構える。

 

『行くぞ……友奈の明日を、決して諦めないために!』

 

 何百回、何千回、何万回、友奈の幸せを願ってきた少年の叫びに、怪物達が頷く。

 

「決して絆を諦めない。私は私の欲しい物全部欲張って、明日に行くんだ!」

 

 真の絆。絆を諦めないことが未来を掴む。それは、不滅の真理。

 

 彼らの戦う意味は一つ。『愛』。それこそが、彼らの戦う意味。他にはきっと何もない。

 

 結果から言ってしまおう。

 この戦いで死者が出ることはない。

 より『相手を愛している方』が、最後の勝者としてそこに立っている。

 

 

 

「『 いいから全部こっちに任せて、さっさと休んで幸せになれッ!! 』」

 

 

 

 『こっちのほうがずっとお前のこと大好きだ』と叫ぶような。

 

 一歩も譲らない戦い。

 

 犬も食わないような戦いが、幕を上げた。

 

 

 




・『イーノ・エボル』

 ENO EVOL。

 「Love one」は、「愛する人」を意味する英語の慣用句。
 愛の反転、ゆえに悪の名。
 愛の対としての悪。
 リュウの赤嶺友奈への想いそのもの。一人(ONE)を想う愛。
 勇者が討つべき竜、悪、悪魔、魔王。それらの衣装を全て備えた大邪竜。

 大赦が世界にとって、人にとっての正義であり、その正義に反するものが悪であるならば、鷲尾リュウはこの上ないほどの悪である。
 犠牲を前提に世界を守る正義。
 犠牲を許容せず世界を壊す悪。
 その構図は揺らがない。
 ただ前者には愛がなく、後者には愛があっただけ。
 この戦いは、そう要約できる。

 素材の三体はそれぞれ強力だが、特に
●メフィラスの極めて高い知能
●バルタンの非常に多彩な技と能力
●ゼットンの高すぎる単純戦闘力
 が揃っていることが大きい。
 それはすなわち、心技体に隙がないことを示しているからである。

 ただし正当にダークリングに選ばれていないリュウが使うにはあまりにも強力すぎるため、戦闘態勢に移れば消耗が非常に激しい。
 弱っている体で使うなど以ての外。
 メフィラス、バルタン、ゼットンが一体化しつつリュウの負荷を受け止め、ザラブとΣズイグルが力を行使した際の体外からの反動を受け止めることで成立している。
 一兆度火球を同時発射数上限無しに連射する『トリニティ・トリリオン』など、その攻撃力は神の領域に到達している。

 闇を纏う。
 愛を握る。
 悪と成る。
 全てを超える究極の闇の愛、悪の極限。

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