「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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遅れたのは文字数が25000字くらいになったからです
HAHAHA
すみません


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 世界は根に覆われた。

 極彩色が世界に広がる。

 世界の時間は止まり、樹海化が始まる……はずだった。

 

「ん? なんや、戦いもう終わったんか? 時間動いとるやん」

 

「……そういうわけではないみたいね。シズ先輩、あまり離れないで」

 

 街の時間が止まっていない。

 街、街を覆う木の根、根の上の樹海の三層に分かれ、街のみが時間を止めていなかった。

 時間の止められた木の根が街を覆っているため、街は時間停止に守られているものの、現在の神樹が展開する樹海化とは明らかに違う。

 樹海化は、神樹の根が街や人を覆い同化し時間を停止する異界化現象だ。

 だがこの樹海化は、樹海が人を飲み込んでいない。

 神樹の巫女である静は、いち早くその理由を感覚的に察する。

 

「……神樹様が、アカナ達の戦いを理解しとるんか……?」

 

 街を、人を、過度に守っていない樹海。

 バーテックスと違い、リュウも友奈も街を破壊しないだろうという信用の樹海。

 時間が止められていないため、皆が戦いを見て、会話を聞くことができる樹海。

 人々が"知ることができる"樹海。

 リュウと友奈は、世界の時間が止まり、自分達の会話を誰も聞いていないと認識したまま、樹海で対峙し、対話する。

 街を覆う根がフィルタリングの役割を果たし、リュウ達は街の状態に気付かない。

 

「行くよ、リュウ。受け止めてね」

 

『来い、友奈。お前の全部受け止めてやる』

 

 二人の戦いを見上げ、蓮華は気付く。

 これは、()()()()()()()()()()()なのではないか、と。

 

「……まさか」

 

 神の心と人の心は違う。

 そこには根本的なズレがあり、神もそれを自覚している。

 だからこそ人間を使う。

 人間を参考にする。

 蓮華は少し不安そうに、少し楽しそうに、大事な事柄をコイントスで決める人間を見ている時のような気持ちで、蓮華は彼方の神樹を見やる。

 

「神というものは、本当に人の心が分からないのかしら……?」

 

 まるで勝敗を決める審判のように、樹海の中央で、神の樹が光り輝いていた。

 

 

 

 

 

 それは、目を逸らしたくなるような戦いだった。

 目を閉じて聞いているだけで、耳を塞ぎたくなるような戦いだった。

 凄惨なのではない。

 こっ恥ずかしいのだ。

 

 最初は「なんだなんだ?」と見て聞いていた民衆も。

 「なにこれ……」と次第に戸惑い。

 「お、おう……」という反応が増え始め。

 「……微笑ましいな」という反応に染まっていき。

 「あれこれうちの学校の」という反応もぽちぽちと出始め。

 やがて、皆の表情が真剣になっていく。

 

 赤嶺友奈と鷲尾リュウの、今日までの日々を語り、互いの気持ちをぶつけ合う会話は―――民衆にとって、あまりにも重かった。

 それは、生贄の語り。生贄の愛。世界のために捧げられた生贄達の叫び。

 もっとドロドロとした、粘着質な憎悪の叫びなら良かった。

 それなら民衆も、"自分達の平和のため"に捧げられた生贄を見下し、軽蔑し、軽く見ることができたかもしれない。

 なのに、綺麗だった。

 とても綺麗だったのだ。

 

 少年と少女の叫びは、とても綺麗だった。

 

 二人の戦いを見て、二人の会話を聞いていた人々が、心動かされるほどに。

 

「こうやって、リュウとぶつかり合って分かったんだ」

 

 超高速の瞬間移動合戦の合間に、両者が止まる。

 切り裂かれた大気がゆったりと戻り、友奈が燃える拳を構え、イーノ・エボルが大剣を構えた。

 両者共に、隙なく止まる。

 

「リュウは変わったけど、変わってない。

 本音を聞かせてよリュウ。本当はこんな事、やりたくなかったんでしょ?」

 

 友奈は優しく問いかけた。

 

 同時に踏み込んだ人間と大邪竜が衝突する。

 隻眼隻腕大剣という異形の漆黒竜人が振るう、バルタンのハサミと一部ゼットン種の鎌の腕(デスサイス)を合わせたような巨大な大剣は、まるで"夜"だ。

 怪獣の手で振るわれる夜。

 光を切り裂き、どんなものでも砕けない夜。

 友奈が凝縮した神の炎も拮抗すらせず切り裂かれ、神樹の世界の光も切り裂き、剣の残像がまるで夜空のように美しく見える。

 

 友奈はその闇に見惚れ、リュウが生み出した美しさに、胸を高鳴らせた。

 

 高嶋友奈の夢を見てから、花結装によって体の外側に固定された精霊は、精霊の穢れを赤嶺友奈の内側に微塵も溜め込まない。

 イーノ・エボルもまた、ゼットン変異種の時空エネルギーの干渉を吸い上げる力にて、時間停止の干渉を完全に無効化することに成功していた。

 

『そりゃな! 本当ならやりたくなかったさ!』

 

 リュウが叫ぶ。

 友奈が悲痛な表情に変わる。

 友奈が輝かせる炎と、大剣が刻み込む夜空のコントラストが、民衆の目を奪う。

 

『だがな、そんなこと言えるかッ!』

 

 "本当はやりたくなかったんだ"と平然と言える悪党の気持ちが、リュウには分からない。

 

『オレのせいで不幸になる人達に、そんなこと言えねェだろ!

 "本当はやりたくなかった"なんて言えねえだろ!

 それは善悪とは別のところでクソだ!

 平和奪っておいて!

 自由損なっておいて!

 笑顔を踏み潰したくせに、本当はやりたくなかっただ!?

 それだけはダメだろ!

 オレは……オレは! 望んでやった、憎まれるべき悪としてやりきるンだ!』

 

 イーノ・エボルが掲げた剣から、空へと闇が伸び、樹海も友奈も傷付けないが気絶はさせる闇の雨が降る。

 神の炎をブースターのようにして吹き出し、極めて高速かつ柔軟で瞬間移動以上の対応手を持つ移動手段とした友奈が、闇の雨の合間を抜けていく。

 

 その時の友奈の表情が、友奈の知っているリュウのままである安堵と、友奈の知っているリュウがそんなことを言っている悲しみに満ちていたことを、人々だけが気付いていた。

 彼らは、友奈とリュウの両方を見ていた。

 

「……私のために……大切な人のために苦しんで頑張った人を、悪だなんて思えない!」

 

 絞り出すような友奈の叫び。

 絞り出すような友奈の炎。

 イーノ・エボルは今まで防御にも苦心していた友奈の炎を、大剣で容易に切り払う。

 

『違う』

 

 切り払われた火花が、イーノ・エボルの涙に見えたのは、民衆の錯覚だっただろうか。

 

『悪は、"やっちまう"から悪なんだ。その定義は、行動に源がある』

 

 イーノ・エボルが連続で振るった大剣が、継ぎ目なく斬撃を飛ばしていく。

 友奈はそれを容易に殴り砕いていく。

 子供が親友の背中を叩いて友情を確かめるような、『この程度じゃ百万回やっても怪我一つしねえよ』とばかりに、互いを信頼しきった繋がりの確認。

 

『善は"やらねェ"ンだ。

 思い留まるンだ。

 殺したいって思っても、誰も殺さねェんだ。

 それが普通なンだ。

 分かるか? 悪はな、やるから悪で、やッちまうから犯罪者なンだよ』

 

 自嘲気味にそう言うリュウに、友奈はちょっとイラッとした。

 

 リュウが放ってきた斬撃の一つを、フルパワーで殴って返し、額に当てる。

 

「リュウはそういうところほんっっっっっっっとに面倒臭いと思う」

 

『あァ!?』

 

「まだやってない!

 そしてこれからやるにしても、私が止める!

 何もうやった気になって大犯罪者気取りになってるの! 笑っちゃうんだけど?」

 

『……! お前こそ何もう勝った気になってやがる!』

 

「私は昔からリュウのそういうとこ面倒臭いとか可愛いとか思ってた!」

 

 リュウが少し照れた隙をつき、友奈が即興で組み立て、その手に宿る生太刀を模した100mサイズの炎の大剣が振り下ろされる。

 イーノ・エボルの闇の大剣が受け止める。

 まるで、夜空と朝焼けが食い合うような鍔迫り合い。

 

「もうちょっと、人のせいにしたっていいのに!」

 

『うるせェな! オレの勝手だろうがッ!』

 

「私のことならすぐ"お前のせいじゃない"とか言い始めるくせに!」

 

『……オレの勝手だろうが』

 

「あー、もう、ほら、自分がダブスタしてるって分かってるから言葉の元気消えたし」

 

『いいンだよオレの中で一貫性ありゃそれで』

 

 ゼットンの一兆度、バルタンの破壊光弾、メフィラスの破壊光線を混ぜ合わせた凄まじい破壊光線が放たれる。

 それは友奈の神の盾から発せられる光の盾ですら防げない威力であったが、友奈は盾の表面に炎をまとわせ油のような役割を果たさせ、盾を斜めに構えて光線を受け流す。

 世界の未来をかけた攻防。

 

 にもかかわらず、四国の人々は、世界の未来をかけた攻防には目もくれず、リュウの血の滲むような言葉紡ぎに耳を傾けていた。

 

『ずっと、ずっと、取り柄もねェ自分が空っぽにしか思えなかッた。

 オレには何もできねェんじゃねェかと心のどこかで思ってた。

 このダークリングを得るまで、怪物の仲間と出会うまで、ずっとそうだッた』

 

 世界を滅ぼす怪物にすら見えた存在が、ただただ自分の無力さを嘆く弱い人で、もがきあがく弱者の側であったことは、心に響くものがある。

 劣等感は同じ思いをしたことがある人に対し、共感を生む。

 

『お前は最初から可愛かったし。

 かっこよかった。優しかった。

 周りを気遣えてたし、周りを笑顔にできてた。

 運動は言うまでもねえし踊りは綺麗と言う他無かった。

 バカっぽいのだって愛嬌だ。

 鈍感なのも嫌ンなることもあれば助かることもあった。

 ちゃんと女性らしく成長もしていった。

 大人らしい落ち着きだってちょっとずつ付いてってた。

 幼馴染の家族にも愛されるくらい、善良で……

 誰よりも勇気があって、踏み込むことに躊躇いがなくて……

 でも、勇者としてよりも、一人の女の子として、誰よりも素敵だった』

 

「……え、あ、うん」

 

 一瞬、リュウの劣等感を語っているようで好きな人の長所を語っている早口語りが、友奈と、戦いを見守っていた人々の思考を止める。

 イーノ・エボルは、その一瞬の隙をついて友奈を蹴り飛ばした。

 サッカーボールのように友奈が飛んでいく。

 こら、と街の女は思った。

 うーん……と街の男は思った。

 今の早口語りから告白に繋がっていかないことに、青臭さや若さを感じた大人達は、拭い難い懐かしさとむず痒さのようなものを感じていた。

 

「あいたたっ……」

 

『そんなお前の横に立って釣り合いが取れるような取り柄なンざ、オレにはなかった』

 

「……!」

 

『なンも無かった。オレには、誇れるものなンて、何も、何も……』

 

 胸が引き裂かれるような悲嘆が込められた少年の声。

 それを聞き、人々の胸の内に想いが灯る。

 "なんとかしてやってくれよ"と。

 それは聖人だから抱く想いではない。

 善人だけが抱いていた想いではない。

 普通の人達のほとんどが、ごく自然に胸の内に宿していた想いだった。

 

 普通に生きて、普通に恋して、好きな人と不釣り合いな自分に悩んで、不器用に好きな人を守ろうとする……そんな子供に、救われてほしいと思うのは、普通のことだから。

 

 人々の声も想いも、友奈には届いていない。

 けれど、赤嶺友奈は勇者。今の世界で唯一の現役勇者。

 人々の願いを叶えるのが勇者だ。

 

「あるよ。リュウ」

 

 強く、強く言い切る友奈に、リュウが僅かにたじろぐ。

 

 自然と皆が、友奈を応援する。そのバカに思い知らせてやれと、友奈を応援し始める。

 

『ねェよ』

 

「たくさんあるよ。その中でもとびっきりのが一つ」

 

 そして、人々は。

 

 

 

「君の長所は、私を愛してることだよ」

 

『―――』

 

 

 

 そう、思いっきり言い切った友奈に、度肝を抜かれた。

 

「なんでわからないかなー」

 

 口をパクパクさせるリュウに、友奈は本音の言葉で畳み掛ける。

 

「この地球上で、私の隣にリュウが相応しくないと思ってるの、リュウだけだと思うんだけど」

 

『―――』

 

「世界最強が世界で一番強い人でしょ?

 じゃあ世界で一番私を愛してるリュウも似たようなもんだよ。

 いや、むしろ、強いことより私を愛してくれてる方が価値あるよね?」

 

「言い切りやがってこのアマァ!」

 

 いけませんぞ、恋愛は惚れた方が負けですぞ、と合体したメフィラスが言っているが、慌てふためいているリュウにはあまり聞こえていない。

 

「本当に、リュウにいいとこはたくさんある!」

 

 友奈はリュウが振り遅れた大剣の太刀筋を見切り、友奈は瞬間移動を差し込んで、斜めに振り下ろされた大剣そのものではなく、大剣を握っていた手を殴り飛ばし、攻撃を弾く。

 

「リュウの素敵なところはさ。

 人が幸せになる、って事をちゃんと分かってるところ。

 他人の幸せを願えるところ。

 他人がどうしたら幸せになるか考えられるところ。

 そして、他人を幸せにできるところ。

 だからね、私ずっと幸せだったんだ。

 私を全力で幸せにしてくれてたし……

 私の周りも幸せにしてくれてた。

 私の大切な人も笑顔にしてくれてた。

 それが、とっても、とっても、嬉しかった!

 周りがみんな笑顔で幸せだと、ちょっと辛いことがあっても、すぐ笑顔になれたから」

 

『……え、あ、うん』

 

「鷲尾リュウは私の知ってる中で誰よりも、他人を幸せにできる天才なんだ!」

 

『……お前はいつも大げさなンだよッ!』

 

「まだ控え目に言ってる方だからね?」

 

『嘘だろ』

 

 主殿、心を強く、勝利は目前です、と合体したメフィラスが言っているが、動揺しているリュウにはあまり聞こえていない。

 

「他人の幸せばっかり願ってるから、時々足元が見えなくなるけど!」

 

 一兆度の炎を大邪竜が吐き出し、友奈は絆の炎で受け止めつつ、瞬間移動。

 

「それは絶対悪いことじゃない! 私が絶対、悪いことになんてさせない!」

 

 イーノ・エボルの背後を取る……が、瞬間移動が読まれていたため、イーノ・エボルの後ろ蹴りと友奈の勇者パンチが正面から衝突した。

 

 弾けた衝撃波が、世界を揺らし、樹海を揺らす。

 

『オレの在り方を周りがどう受け止めるかまで、お前が責任取らなくていいンだよ!』

 

「それならリュウだって、私が選んだ鏑矢のお役目の責任取らなくていいよ!」

 

『好きでやッてンだ!』

 

「私だって好きだからやってるの!」

 

『頑固者!』

 

「あはは、それ自己紹介!? 十年以上付き合ってて一番笑えたよ!」

 

『ンだとテメェー!!』

 

 君達二人共そうだぞ、と、皆が思って。

 

 なんでこの二人がこんな苦しみを背負ってるんだろう、と、皆が思う。

 

『お前は親に愛されてンだろ!

 ちゃんと親の元に帰れ! そこで穏やかに暮らしてろ!

 よく事情は知らねェけどな、両親共にお前のこと人並み以上に愛してただろうが!』

 

「リュウだってちゃんと親に愛されてるよ!

 帰らなきゃ、あの場所に! 嫌なことは私に任せておけばいいから!

 事情はよく知らないけど、ちゃんと終わらせて、お父さんお母さんにまた会わないと!」

 

 友奈が更に進化を遂げ、炎を凝縮した千を超える剣が飛ぶ。

 イーノ・エボルが力を合わせ、燃える炎の分身体を千ほど生み出す。

 千と千、炎と炎がぶつかり合った。

 光の炎と闇の炎、二つの炎、二つの意思は互いに一歩も譲らない。

 

『お前はなあ、あれだ! 友達とかいっぱい居ただろ!

 そんなお前に万が一のことでもあってみろ、何人悲しむと思ってやがる!』

 

「友達は数じゃないよ! 何を想ってるかだよ!

 リュウのことをよく知ってる学校の何人かは、リュウのこと本当に大事に想ってて、だから!」

 

『友達だけじゃなくて、お前は異性からとかも……

 なんだ、そういう好意向けられてただろ!

 そういう人間だって悲しむし……なんかイラッとすンな!』

 

「それ言っちゃう!?

 それならね、リュウだってぶっきらぼうだけど面倒見いいし!

 いい感じだよねー、って言ってる女の子とか普通に居たからね! 生意気!」

 

『オレが生意気な要素ねェだろ!

 大体好きでもねェ女に好かれたってどうでもいいわ!』

 

「あー! 女の敵ー! 酷いこと言ったー!

 いい子ばっかだったんだよ、リュウに惹かれてる子!

 おとなしくて、おしとやかで……

 なんで……そういう子じゃない子を好きになったりするの!?」

 

『……なんのこと言ってんのか分かんねェな!』

 

「……あっそう! 分かった! じゃあもう知らない!」

 

『オレはな! どうしても、どうしても……一番大切な奴がずっと一人だけだったんだよ!』

 

「―――この、バカッ!」

 

 全エネルギーを込めたイーノ・エボルの大剣の突き。

 全エネルギーを込めた赤嶺友奈の腕甲による正拳突き。

 二つが、同時に突き出され、その先端が衝突する。

 

「素直に好きなものを好きだと言えないヘタレ男っ!」

『素直に好きなものを好きだと言えないヘタレ女ッ!』

 

 大爆発が発生し、二人は樹海に転がった。

 

 思春期に入ると、言いにくくなることがある。

 愛が大きくなっていくと、言いにくくなることがある。

 自分の気持ちが分かってくると、言いにくくなることがある。

 

 世界を知って、周りを知って、常識を知って、自分達の愛や関係があまり見ない希少なものであると気付いて、それをからかわれて、呼び方が変わって、距離感が変わって。

 友奈も変わってなかったのに。リュウも変わってなかったのに。

 周りが変わっていったせいで、二人も変わっていくしかなくて。

 子供の頃の延長でずっといられたらよかったのに、そのままではいられなくて。

 

 今はもう、戦うしかない関係まで、転げ落ちてしまった。

 

 変わらないものもある。

 変わってしまったものもある。

 子供の頃からある恋があった。

 大人になっていくにつれて育っていった愛があった。

 

「前回の私の誕生日、会いに来てくれなかったくせに!」

 

『なっ―――そ、それは、悪ィとは思ってたが』

 

「次の日も朝四時から訓練で、レンちとかMステも見ないで寝てたのに!

 私は0時に日付変わるまで待ってた! 来てくれるって信じてたのに!」

 

『そッ……それは、悪かッたが……一年以上会ってなかッたしよ、しゃァねェだろ』

 

「あー、あー、仕方なくありませんー!

 待ってたんだよ! 絶対来るって思ってたのに!

 リュウなら来るかなーって思ってて!

 寝てたら申し訳ないなーって思ってて!

 バカみたいにちょっとワクワクして待ってて!

 次の日居眠りして乃木若葉様にめっちゃめっちゃ怒られたんだからね!」

 

 あー、それは男が悪いね、と民衆の一部の女達は思った。

 それはしょうがないだろ、と民衆の一部の男達は思った。

 

『そ、そンなら、お前だッてオレの誕生日の時居なかっただろーが!』

 

 あー、それは女が悪いな、と民衆の一部の男達は思った。

 それはしょうがないだろ、と民衆の一部の女達は思った。

 

「……ごめんね」

 

『自分のことになるとマジトーンで謝るのやめろよ……

 気にしてないからお前も気にすんなよ、な? な? オレは許してるから、な?』

 

「……私も許してる」

 

『黙って姿消したのは悪かったよ、ごめんな』

 

「あ、今のリュウ、昔のリュウみたいだった」

 

『……うッせーな!!』

 

 来年はちゃんと誕生日に行けよ、と多くの者が思った。

 本気の戦い。

 本音の言葉。

 本心の叫び。

 それは、人の心を動かすものだ。

 光の者と闇の者が、民衆が今まで知らずに居た、知らないで居られた、世界の裏側で世界を支えるために苦しんでいた者達のことを理解させていく。

 本人達は会話を聞かれていることに気付いていないから、徹底して無自覚に。

 

 平和のために踏みつけにされた少年少女の感情は、綺麗だった。

 とても純粋な愛で、恋。優しさであり、相手の幸福を願う祈り。

 透き通るような愛しい想い。

 鬱屈して歪みきっていない。

 折れ曲がって穢れ切っていない。

 綺麗だったから、人々は、自分達が無自覚にそれを踏みつけていたことを理解した。

 大赦がそれを踏みつけさせていたことを理解した。

 人を支える土台は人に踏みつけられる。

 平和を支える土台も人に踏みつけられる。

 

 リュウの誕生日の時に傍に居なかったことを悔いる友奈の表情にすら、罪悪感を抱いてしまうリュウを見て、人々は何かを思い始める。

 

『オレはお前がそういう風に、後悔したりすンのが気に食わねェんだよ!』

 

「後悔しない人生なんてない! ……だから、後悔しないように頑張るんだよ!」

 

『限度ってものがあンだろ!

 頑張った奴が死ンだり死ぬほど後悔し続けたりすりゃ……そいつは絶対に間違ってンだ!』

 

 リュウの脳裏に、乃木若葉の寂しい後ろ姿が蘇る。

 頑張って、頑張って、その果てにあの老いた姿があるなら。

 あるいは、あの老女の後悔のような感情を残す死があるなら。

 絶対にそれは間違っていると、リュウは言い切れる。

 

 イーノ・エボルの分身連打、瞬間移動連打が友奈を攻め立てに入る。

 友奈の背筋に、冷たい汗が流れた。

 

『そいつに相応の人生ってもンがあるだろ!

 苦しみすぎるのも!

 悲しみすぎるのも!

 辛すぎるのも、奪われすぎるのも絶対ェおかしい!

 お前の人生だッてそうだろ、報われろ! 幸せになれ! 笑顔になれ! 無理なくだ!』

 

 あえて強い言葉を使うリュウに、弥勒蓮華は哀れみの目を向ける。

 

『命令形で言わねェと聞いてくれねェなら、何度でもこう言ってやる!

 だから黙って見てろ! 大赦は跡形も残さずブッ潰して、未来を掴むッ!』

 

「歩み寄る気配も見せないなんて、リュウらしくないよ!」

 

『ふざけたこと抜かしてんじゃねェぞ!

 何もかも知ってて!

 俺の迎撃にお前だけ寄越した組織に! 歩み寄りなんてあるわけねえだろ!』

 

「っ」

 

『オレは! それに! ずっとキレてんだよォォォォォッ!!』

 

 怒りの叫びが世界を揺らす。

 イーノ・エボルの咆哮が世界を揺らす。

 それは樹海を揺らし、宇宙も、時間停止の壁を越えた街も僅かに揺らす。

 ずっと、ずっと、怒っていた。

 それが本当に許せなかった。

 だから今でも、大赦の未来の可能性など信じられない。

 友奈のように希望に賭けられない。

 

 リュウはもう、悪以外の道など選べないのだ。

 

『生温いやり方で世界は守れねェ……そうだろうな!

 今日まで大赦の守ってきた世界でオレと友奈は育ってきた、そうだろうな!

 だが!

 道理と恩を重んじた結果お前を守れねェなら! オレは恩知らずな悪でいい!』

 

 イーノ・エボルの大剣から放たれる散弾のような炎を避けながら、友奈は叫ぶ。

 

「私だって! 本当はめっちゃ怒ってるよ! 怒らないわけないよ! でも!」

 

 炎をかわしきった友奈が、トン、と樹海の根の上に着地する。華麗な踊り子のように。

 

 その顔を見て、静が無力感を噛みしめるような表情を浮かべた。

 

「……しょうがないじゃん」

 

『……そんな顔、すンなよ。そんな顔、させたくねェんだよ』

 

 人々は、己の頭で判断する権利を持つ。

 自分の目で見て、耳で聞いて、頭で考えることが許されている。

 二人の事情。

 世界の状況。

 友奈の表情。

 友奈の言葉。

 リュウの叫び。

 叫びに乗った感情の発露。

 それらを見て、知って、各々の人が、様々なことを考え始めていた。

 

「私さ。

 あんま話したことなかったけど……

 暴力で敵を消してハイ解決、ってやつ、あんまり好きじゃないんだ」

 

『知ッてる』

 

「そっか」

 

『だからもう何もすンな。

 お前はもう何も背負うな。

 オレに任せて、暖かい日々に戻れ』

 

「やだ」

 

『……お前な』

 

「リュウに全部背負わせる、って選択だけは絶対に"しょうがない"って思えない。絶対やだ」

 

『……お前なァ』

 

「何もかも"しょうがない"って思えるほど、私強くないんだよ。受け入れられない事もあるの」

 

 受け入れられることは、人によって違う。

 リュウは社会の崩壊も自分の不幸も受け入れられた。

 友奈も自分の不幸なら受け入れられた。

 でも、受け入れられないことがあったから、こうして戦っている。

 

 凝縮された勇者の光と、凝縮された怪獣の闇がぶつかり合った。

 

 人々は二人の戦いを見上げ、揺れる。

 力なき人々にとって、大赦の崩壊と社会の不安定化は絶対に受け入れられないことだ。

 だから彼らは、友奈だけを応援するのが当たり前のはずなのに。

 何故か、揺れていた。

 

「リュウが思うほど、私強くないもん」

 

『お前が思うより、お前は強いよ。

 でなきゃオレにあんな代案出してこねェ。

 だがオレは……"心も力ももっと強くならないと"ってお前が思う日々を、終わらせたい』

 

「……リュウは私より、私のことを分かってるのかもね」

 

『お前もオレよりオレのことを分かッてるのかもな』

 

 かもな、なんて言いながら、二人はそうだと確信している。

 

 二人は互いに対し、"分かってる"を叫びながら、(ケン)(ケン)を振り回した。

 

『お前の弱さも、綺麗じゃねェところも知ってる!

 お前より清廉潔白な奴を知ってる!

 お前より生身の戦いが強い奴を知ってる!

 本当は犠牲になって死にたくないお前より、迷いなく死ねる奴を知ってる!』

 

「リュウが悪い人になってることは分かってる!

 前のリュウと何もかも同じじゃないことは分かってる!

 止めないと色んなものを終わらせちゃうことは分かってる!

 リュウがしようとしてることが……私のためで、私のせいな悪行なことも分かってる!」

 

 一、十、百、千、と、大剣と拳がぶつかる音が響いていく。

 

 大剣は殺さないために峰打ちで振るわれ、拳は星を砕く力を込められつつも、大剣を受け流すことに集中していた。

 

『それでも、お前が何よりも輝いて見えるのは!』

「それでも、リュウが闇に堕ちてすら人を救える自分で居ようとしているのは!」

 

 想いを叫ぶ。

 

『お前がいつも―――悲しんでいる人を悲しみの底から救ってるからだ!』

「君がいつも―――悲しんでいる人を愛し慈しむ味方になってるからだよ!」

 

 悲しみの中から友奈に救われ、友奈を好きになった少年。

 自分が悲しんでいる時、寄り添ってくれるリュウを好きになった少女。

 二人は対だ。

 そして、相手が自分より凄いと思っているくせに、相手より自分の方がずっと"大好き"の気持ちは大きいんだと揺るぎなく思っている。

 

 二人の叫びから、蓮華や静も、人々も、心という感覚器で染みるように感じるものがあった。

 大好き。

 信頼。

 尊敬。

 友情。

 愛。

 その他諸々、数え切れないほどの二人の感情が心を伝って染み渡ってくる。

 

 イーノ・エボルの炎と友奈の炎がぶつかり合い、大爆発を起こした。

 それを見て、人々が心配そうな声を漏らす。

 ああ、無事だろうか、と誰かが思う。

 早く終わらせてやれ、と誰かが思う。

 このくらいの年頃の子はこういうので全部吐き出さないとな、と誰かが思う。

 早く告白しろ、と誰かが思う。

 

 もう人々の中では、この戦いはとっくに、赤嶺友奈/勇者がさっさと勝って自分達の日常が守ってもらえればいい……なんてものでは、なくなっていた。

 

 だって、そうだろう。

 こんなにも普通の子達が、こんなことになっているのなら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……共感性が低い人間でも、そう思ってしまうのは当たり前だろう。

 だから、そういう人間は"普通に生きてきた子供達の死"を、個別の理由で望まない。

 共感性が高い者達は彼らに同情し、そうでない者も彼らに死んでほしくない、と願う。

 

『……お前がいつまでも、笑って生きててくれりゃ、それでいいんだけどな』

 

 イーノ・エボルの隻腕が、巨剣を握り、剣の峰で肩をとんとんと叩く。

 

「私も、リュウが罪悪感なく笑って生きててくれれば、そのくらいでいいんだけどね……」

 

 友奈が、強固なアームパーツに覆われた右手で頬を掻き、苦笑する。

 

『オレ、お前が生きてて、笑っててくれないと、幸せになれねェんだ。悪ィ』

 

「……私も、おんなじ気持ちかも。不思議だね」

 

『不思議だな』

 

「不思議に思えるのは……私達が自分の気持ちを、本当は分かってないからかもね」

 

『オレは分かッてるぞ』

 

「どうだか」

 

『お前は分かッてねェのか?』

 

「……どうなんだろうね」

 

 両者の力が溜め込まれ始める。

 

「私、なんだかんだこの世界が好きだよ。リュウと出会えたからね」

 

 友奈は光、花、拳。樹海の光と相乗効果を起こすような、炎の光。

 

『そうか。オレはもう嫌いだ。お前を奪おうとしたからな』

 

 リュウは闇、竜、剣。樹海の光を飲み込んでいくような、優しい闇。

 

「リュウが言いたいこと、分かるよ。

 不安定、不確定、不明瞭。

 なーんも確かなこと無いもんね、私の言ってること」

 

『やッと気付いたか』

 

「ううん、最初から分かってたよ。

 でもさ……それしかないじゃん。

 リュウは私よりずっと強いから。

 きっと世界を壊しても我慢できちゃうと思うんだよね。

 でも私は……リュウが一生後悔しながら生きていくのは嫌なんだ。これは私の我儘」

 

『―――』

 

「だったら私は積木みたいに積み上げたいんだ。

 どんなに不安定でも。

 いつ崩れるか分からなくても。

 私と皆で積み上げたい。

 何も排除しないで積み上げたい。

 小さいことでも積み上げていきたい。

 どこかで、全部崩れるかもしれないけど。

 リュウが背負わなくても、簡単には手が届かない場所に、それで手が届くはずだと思うから」

 

 ばちり、と友奈の武装に溜め込まれた光が小さく弾ける。

 

『お前の言いたいことは分かる。

 きっとそれが一番なンだよな。

 綺麗で、理想的で、美しくて、心地が良くて……』

 

「でしょ? んふふー」

 

『だけど、オレは信じねェ。

 希望も、奇跡も、不確定な未来も。

 なーんも信じてねェんだ。

 信じるってことは賭けるってことだ。

 賭けたくねェ。オレはお前を賭けたくねェ。

 お前の未来を懸けて、博打に出る勇気がねェんだ。

 ……勇気がねェんだよオレは。それが全てだ。勇気があるお前の逆なンだ』

 

「! そんなことない!」

 

『いや、ある。

 オレはビビッてんだよ。

 勇気ねェからビビッてんだ。

 お前が死ぬことにビビッてる。

 なら、オレは積み上げない。全部ぶっ壊してゼロにして、やり直す』

 

 バチッ、と隻腕に握られた大剣に溜め込まれた闇が小さく弾ける。

 

『それが、勇気のねェオレの選択。

 オレは勇者じゃねェから……悪行以外で、お前を救えない』

 

 勇気ある友奈。

 勇気なきリュウ。

 

 希望に全てを賭ける勇気を持ち、不可能にも思える状況で、奇跡を掴める友奈。

 それは、今日までの戦いでずっと証明されてきた。

 友奈と同じ勇気を持たず、本当に大事な場面で他人に奇跡を掴まれてしまう側のリュウ。

 それは、今日までの戦いでずっと証明されてきた。

 

「私もホントは怖いよ。

 何が起こるか分からないしね。

 一番最初に死ぬとしたら多分、ここでリュウに勝った私だし。

 でも……いつまでもこの大好きな世界で、リュウと一緒に居たいから。勇気を出す」

 

 何も恐れない女の子ではなく。

 勇気がほんの僅かにも揺らがない女の子ではなく。

 根が普通の女の子が振り絞った勇気にこそ、リュウは輝きを見た。

 

『そういうお前を、オレは……いや、なんでもねェ』

 

「何? 言ってよ」

 

『なんでもねェって』

 

「言ってってば」

 

『しつこいなお前』

 

「ねえ、今の言葉の続きは?」

 

『本当にしつこいな!? いや流せよ!』

 

「ねーえー、リュウー、"そういうお前を、オレは"何? ねえねえ」

 

『なんで今日のお前はそういうとこに食いつくンだ!? どうしたンだお前!』

 

「なんでだろうねー」

 

 余裕綽々に友奈がいたずらっぽく笑う。

 録音によって友奈の方だけ"知っている"ため、この論争はずっと友奈に有利であった。

 あの録音を弥勒がリュウの目覚ましアラームに設定しておいたらどんな顔するんでしょうね、やめーや、といった会話を蓮華と静が地上でしていた。

 

 光と闇が、限界まで双方の武器に溜め込まれた。

 それを、両者が最適な形へと錬成する。

 次が最後の一撃になることは、友奈もリュウも理解していた。

 

(……やべ。"また負けそう"とか、思ッちまった。こういう思考はいけねェ)

 

 その時。声が、聞こえた。

 "勇気ある者が勝つなどという条理はありません"……と。

 "勇気なき悪がたまには勝ってもいいでしょう"……と。

 同化していたメフィラスの、ささやくような声だった。

 力強い声ではなかったが、とても心強かった。

 

(―――だな)

 

 目を閉じた友奈に、精霊の穢れの影響を受けていない友奈に、伝わる想い。

 とりあえず無事に帰って来い、という静の想い。

 ハッピーエンドは美しくてこそよ、という蓮華の想い。

 お前を助けるためにお前と戦うなんて最悪を選んでごめん、というリュウの想い。

 絆を元に神域の力で組み上げた力が、想いを朧気に受信する受信機となる。

 懐かしいような、初めて嗅ぐような、山桜の香りがした。

 

「……」

 

 友奈も、リュウも、一人で構えている気がしなかった。

 

「リュウはさ」

 

『なんだ』

 

「一年以上、メフィラスとかの姿で、私を助けてくれてたんだよね」

 

『大赦から指示されたお役目をしてただけだ』

 

「もー、恩を着せそうな発言だけは意地でも言わないんだから……どう思った?」

 

『何をだ』

 

「辛くなかったかな、って」

 

『また余計な心配しやがって……』

 

「余計なんかじゃないよ。絶対に余計なんかじゃない」

 

『……辛くなんてねえよ』

 

「本当に? リュウは今も辛さを隠してるって、私は思うよ。勘だけど」

 

『無視できる辛さだ。

 お前の誕生日にヘッタクソなでかいケーキ作った時も。

 バカみたいにお人好しなお前を焚き火から助けた時も。

 お前に犬のうんこ投げて泣かした同級生と喧嘩した時も。

 川に落としてなくしたお前のぬいぐるみ一晩中探してた時も。

 お前と喧嘩した時も。

 この日々も。

 ちったァ辛くはあッたが……ほら、あれだ、お前がいつも言ってるやつがあッたろ』

 

「何?」

 

『人のために何かして、笑顔でお礼言われると嬉しい気持ちになるッて。

 お前のために何かするのは、それだけで嬉しい気持ちになれた。お前が教えてくれたんだ』

 

「……ん」

 

『お前のおかげだ。お前のおかげでいつも、オレは幸せだ』

 

 そうして、リュウは、笑顔を見る。

 友奈の笑顔を。

 もうずっと見ていなかった、昔は毎日見ていた、友奈の心の底から幸せそうな笑み。

 

「私も」

 

 そうして、友奈は、笑顔を見る。

 リュウの笑顔を。

 もうずっと見ていなかった、昔は毎日見ていた、リュウの心の底から幸せそうな笑み。

 

 友奈の素敵なところを見る度、リュウは素敵な笑顔を浮かべる。

 リュウの素敵なところを見る度、友奈は素敵な笑顔を浮かべる。

 かつて、二人はこうだった。

 いつも、二人はこうだった。

 "この人が自分を笑顔にしてくれる"と互いに対して思うことに、確かな理由があった。

 

「いつも、私達が喧嘩した時、先に謝るのはリュウで、仲直りして、ずっとそれに感謝してた」

 

 最後の一撃を、二人が構える。

 最後の一瞬が近付いてくる。

 決着の一瞬は、きっと、瞬きの間に終わる。

 

「だから、今日は私が言うね。……全部私が悪かったと思う。ごめんね」

 

 オレか、大赦か、天の神が、お前に謝るべきで、お前が謝るなよ、と……悲しむ大邪竜が隻腕にて、強く強く巨大な大剣を握る。

 

『お前は悪くねェ。全ての悪はオレは引き受ける』

 

「させない。そんなこと、絶対に許さない」

 

 戦っているのに、二人の心は一つになっていた。

 互いへの想いが、一つになっていた。

 

 同時に、踏み込む。

 同時に、腕に力を入れた。

 同時に、叫んだ。

 

『友奈ぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』

 

「リュウッ――――――ッ!!!」

 

 光と闇がぶつかる。

 炎の拳と炎の剣が振るわれる。

 炎が闇を喰らう。

 闇が炎を喰らう。

 光が闇を照らし消す。

 闇が光を飲み込んだ。

 少女の恋が少年の恋を押していく。

 少年の恋が少女の恋を押し返す。

 一進一退、一瞬一瞬に拮抗し、勝敗の天秤が揺れ動く。

 

 もう、力の強さだけで勝てる領域ではない。

 これは愛の戦い。

 目の前の彼/彼女を、より愛する者がかつ戦い。

 

 そして、より愛した方が勝った。

 炎が炎を突き抜け、一撃が対敵の炎を粉砕する。

 愛が最後の一歩を後押しし、武器が愛する者の喉元で止められた。

 殺す意思はない。

 勝利する意志はある。

 ゆえに勝者は喉元で寸止めし、敗者は敗北を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オレの、勝ちだ』

 

「私の……負けだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空のような一閃だった。

 闇を固めた、ダークトリニティによる漆黒の大剣。

 それは闇の炎を纏いながら、光を飲み込む一閃で全てを薙ぎ払い、勝利した。

 

 この瞬間、世界の行く末は決まった。

 

 かに、見えた。

 

『神樹様。樹海化を解除してくれや。

 ぶった切られたくはねェだろ?

 オレは勇者じゃねェから、あんたを斬れる。

 人間の一部を潰すだけだ。オレを樹海から出してくれりゃ……人類は続く』

 

 イーノ・エボルが隻腕で大剣を神樹に向けると、神樹が樹海化を解除した。

 ゼッパンドンの時に大赦の本拠は特定している。

 ようやく、七日七晩の戦いが終わる。

 リュウは感慨深そうに、夜空を仰ぎ見た。

 勝った。

 勝ったのだ。

 今度こそ完全に。

 ようやくリュウの願いは叶う。

 罪の量は跳ね上がり、彼は人類史最大の悪となるけれど、願いは叶う。

 赤嶺友奈に確実に未来をやれる。

 

 そんなイーノ・エボルを、街の人々が見つめていた。

 かつてのゼッパンドンに対する恐怖と憎悪の目とは明らかに違う。

 各々の視線に込められた感情は十人十色だが、間違いなく負の感情だけではない。

 いや、負の感情以外の方が多かった。

 

 受け入れるような表情があった。

 我慢するような表情があった。

 泣きそうな表情があった。

 怒りながらも同情する表情があった。

 構わない、やれ、と呟く男が居た。

 大丈夫、大丈夫だから、と子の手を握る母が居た。

 神様……と祈る少女が居た。

 我々全員が他人事で居られない時が来たんだ、と呟く老人が居た。

 

 歩き出そうとしたイーノ・エボルに、その時横からかかる声。

 

「リュウ、降りてこい」

 

『若葉さん……?』

 

「今さっき、大赦内で結論が出た。

 お前達を追い詰めていた元凶の者は自殺した。上層部は方針の変更を決定している」

 

『―――は?』

 

 声をかけたのは、乃木若葉。

 その声が、怪獣の体と心の動きを停止させる。

 リュウは慌てて超合体を解除し、竜胆と桔梗の着物を着た若葉に詰め寄った。

 

「どういうことッすか!?」

 

「私は大赦の上層部と接触していた。

 仮にもかつての勇者だ。

 コネはある程度あるからな。

 お前達をどうにかできないか、自分にできることをしていた」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

「気にするな」

 

「あの……その……火傷は」

 

「私に同じことを二度連続して言わせる気か?」

 

「……すンません。あと、ありがとうございます」

 

「ふっ。お前が感謝を二度言ってどうする」

 

 乃木若葉は、枯れた美花のように微笑む。その微笑みも、すぐに消えた。

 

「で、何があったンすか」

 

「お前がゼッパンドンで撒いた炎が、病院から外に出ていた元凶の男の子に当たった」

 

「―――は?」

 

「そして、治療虚しく、昨日死亡した」

 

「……それって」

 

「お前達の死を望み、子に薬を望んでいた男は、工作する理由がなくなったんだ。

 そして、何もかもを証拠付きで公開し、自殺した。

 生きる理由がなくなったんだ。

 大赦の上層部は身内の情報操作が発覚し、大混乱に陥った。

 だが結局は、身内の恥の償いも兼ねて、お前達にこれ以上の負担を強いることを止めた」

 

「……」

 

 リュウの脳裏に、一昨日の蓮華の言葉が蘇る。

 

―――負傷者は沢山。死者は0よ

―――は……え? 嘘だろ?

―――大赦が上手く対処したらしいわ。それと貴方、日頃の行いが良かったんじゃない?

 

 死者は0だった。昨日0ではなくなった。

 日頃の行いが悪かった者に、報いが落ちた。

 友奈もリュウも死なせてまで子供を生かしたかった親への報いは、その親が引き起こした戦いの余波で、子が火傷で地獄の苦しみを味わいながら死んでいくという結末だった。

 

「お前達の会話が……その、なんだ。

 色々とあって、大赦の者達に響いたのもある。

 元々、お前達二人を見て

 『これはあまりにも残酷だ』

 と思う人間はそこそこいたらしい。

 今は、上層部と全体の過半数がお前達の味方だ。

 ……元凶の人間をあまり恨まないでやってくれ。

 奴が、子供が死んで全てを明らかにしたのは。

 奴が、自殺したのは。

 お前達二人に対して……死んでしまいたいくらいの罪悪感と後悔があったからだろうから」

 

 若葉とリュウの会話を聞いていて、友奈は思い出す。

 

―――正直に言って、状況が分かりません。

―――何かがおかしいと思います。

―――あの炎の巨獣のせいで人が激減したのは分かります。

―――ですが上層部がそれで説明できないほど混乱している、というか。

―――神樹様の神託にも巫女が戸惑っています。

―――これまでにない、一貫性の無い神託に、神託に混じるノイズ……何が起こっているのか

 

 大赦の混乱。

 神樹の混乱。

 その全てに、納得のいく答えが提示されていた。

 

「は、はは、なんだそりゃ」

 

 リュウが、乾いた笑みを浮かべる。

 

「……結局、殺して壊す以外で、解決はできねェんだな、オレは……」

 

 誰がどう見ても、リュウは悲しんでいた。

 

 蓮華と共に戦闘で疲弊した友奈を助け起こしていた静が、首を傾げる。

 

「え、なんや、万事解決やん。もうちょっと喜んでもええんやないか」

 

「シズ先輩。リュウは、その人の息子さんにも生きてほしかったんですよ」

 

「……は?」

 

「本当はそうだったんです。

 ただ、他に道がなかったから、こうしただけで。

 心のどこかでは、父親の方にも報われてほしかったんだと思います。

 だって……『息子をちゃんと愛してる父親』だったから……憎みきれるわけがなかった」

 

「……なんやそら。絶対に、全員幸せな道なんてどこにも無かったやろ」

 

「罪のない子供に死んでほしいなんて思えないやつなんです。リュウは」

 

 友奈は疲弊した体で、力なく拳を握り締める。

 

「だから、苦しかったんです。だから……私が傍に居てあげないとって、思った」

 

 友奈はだから、皆が笑っていける結末を目指して、奇跡を積み上げようとしたのだ。

 

「弥勒が思うに、貴方達二人は、生き方が下手ね」

 

「……レンちも似たようなものだよ」

 

「あら、心外」

 

 ふふ、と蓮華が微笑み、リュウは手の中のダークリングを見つめて、先代ダークリング所有者の言葉の一部を思い出す。

 

―――いずれ心も怪物になる

―――怪物に待つのは滅びだけだ

 

 因果は応報する。

 悪は報いを受ける。

 "悪因悪果を招く"と言うように、それは宇宙の絶対の法則では無いものの、宇宙の生命が形作る大きな秩序の流れとして存在する。

 正義はその法則の履行者であり、悪はその法則への反逆者であると言えるだろう。

 

 子のために心を怪物にした親が居た。

 親はリュウと友奈を潰し合わせた。

 権力を守るために。子に薬をやるために必要な権力を守るために。

 その行き着く先が、怪獣に焼かれて苦しんだ息子という末路だ。

 親が下手なことをしなければ、もしかしたら……子はもう少し、長生きできたのだろうか?

 火傷で死ぬという地獄の極みではなく、安らかに死ねたのだろうか?

 

 分からない。

 だが、元凶の親は死ぬほど苦しんだに違いない。

 それが、"一線"を越えてしまい、心まで怪物にしてしまった者への報いだった。

 心を怪物にしなければ、世のため人のために戦い続けてきた友奈とリュウを同士討ちさせようと誘導するなどという外道行為ができなかった、そんな普通の人間への報いだった。

 "一線"を越えたがゆえの、因果応報。

 

 ―――ならば、鷲尾リュウは? 彼は"一線"を越えているのか?

 

『……悪いことはするもんじゃねェんだよ。お前らは、後悔したくないなら絶対にすんなよ』

 

 リュウは皆に、そう言った。

 彼らの会話を、遠巻きに人々が聞いている。

 何かが終わったことを、人々が感じている。

 

 戦いは終わったのに。

 何もかもが解決したのに。

 とてもとても、後味の悪い結末。

 虚無と悲嘆を纏うようなリュウの立ち姿が、民衆の目に焼き付いていた。

 力強い口調で、若葉は言い放つ。

 

「この結末は、お前達の戦いのおかげだ。

 お前達の戦いは決して無駄ではなかった。

 怪物が居た。

 怪物から人を守る勇者が居た。

 勇者が守ってくれる姿に、勇者を支持する声が増えた。

 全てが明らかにされたことで、大赦が身内の恥を雪ごうとした。

 お前達二人の会話を聞いて、人々が、大赦が、お前達が普通の子供であることを思い出した」

 

「……ん? オレ達の会話?」

 

「気にするな。お前達が常に頑張り続けたからこそ、この結果があったんだ」

 

「……はは、子供を焼いて得た結果ッすけどね」

 

「運が悪かった。それだけだ。

 ……罪なき子供が犠牲になった世界の因果は、私にも責任がある。

 忘れることはできまい。だが、共に背負おう。

 その罪はお前だけが背負うべきものではない。

 この因果を作った全員が背負うべきものだ。

 お前達の戦いが終わるよう暴露と情報操作を行い自殺した男が、一番にそう思っている」

 

「……」

 

「だから、お前達はこれから―――」

 

 優しい表情で諭すように言う若葉の言葉を、遮るように。

 

 友奈が変身に使っていた端末が、けたたましいアラートを慣らした。

 

「え、何、何!?」

 

「……警報」

 

 若葉が、先程までリュウ達に向けていた優しい表情を消し、冷たい戦士の表情へと変わる。

 それは警報。

 樹海化警報。

 勇者のみが持つ端末の機能であり、()()()()()()までバーテックスが接近していることを知らせる、悪夢の到来を教える報せ。

 

「バーテックスが、来る」

 

 若葉が戦慄と共に悪夢の名を呼ぶが、リュウがそれに食いついた。

 

「待った、オレがさっき目に見える範囲のは全部倒してきたばっかだぞ!?」

 

「何か仕込みがあったと見るべきだろうな。……おそらくは、これが本命の侵攻だ」

 

「本命……友奈は休んでろ。オレが行く」

 

「ちょっ、待っ、あうっ」

 

「押し切って勝った分、オレの方がちッとは余裕あンだろ」

 

 敗北し消耗した友奈がつまづいてこけた。

 リュウはちょっと微笑ましそうに笑って、ダークリングを握る。

 "主は自分が守る、安心しろ"と言わんばかりに、リュウの周囲にゼットン、バルタン、メフィラスの三枚のカードが浮かんでいた。

 

「オレは戦いに行く。後は頼む、若ちゃん」

 

「―――」

 

 それは友奈ほどではないが疲弊し、連日連夜の戦いで命の残量が尽きる寸前まで摩耗し、本当は意識がぼんやりし始めていたリュウが、何気なく言った言葉だった。

 無意識の、無自覚の言葉だった。

 それがリュウの知らない理由で、乃木若葉の胸を打った。

 

「―――ああ、任せておけ」

 

「任せる」

 

 リュウの掲げたダークリング、三つのカードが、再び一つの形を作る。

 

「行くぞ! 三つの闇の力、ここに集え! ダークトリニティ!」

 

 隻腕の大邪竜が引き抜くように大剣を振り、四国の外へと飛翔していく。

 

 その巨体を見上げる人々は、ある者は本能的に、ある者は理性的に、彼が自分達を守るために戦いに行ってくれるということを、理解できていた。

 

「頑張れ」

 

 街のどこかで誰かが呟く。

 

「……死ぬなよ」

 

 また、街のどこかで誰かが呟く。

 

 ヒーローの出撃を見送り、その無事を祈るテレビの中の人々のような気持ちが、四国の人々の胸の内に芽生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の神は、驚愕していた。

 何が起こったのか。

 何が"これ"を作ったのか。

 まるで理解ができなかった。

 

 僅かに、四国内部に不思議な力を感じていた。

 それがある日――花結装、超合体、巨大化が初めて戦った日――には、はっきり感じられたものの、脅威というほどの力は無かった。

 なのに、その力が毎日大きくなっていった。

 四国周辺のバーテックスを向かわせた時には、もう手遅れ。

 無数の星屑と無限のバーテックスで攻め立てても、一瞬で消し飛ばされるほどに、結界の中で強くなっていった力は"最強"に近付いていた。

 

 天の神は戦慄する。

 たった一週間。

 たった一週間で、ここまで強くなったのか?

 ありえない。

 どういう成長速度なのか?

 どういう進化速度なのか?

 その進化速度は、無限に進化するバーテックスを凌駕している。

 進化速度の頂点(バーテックス)が取って代わられている。

 ゆえに、天の神は戦慄する。

 

 赤嶺友奈は、鷲尾リュウが居れば無限に強くなれる。

 鷲尾リュウは、赤嶺友奈が居れば無限に強くなれる。

 誰も予想していなかったのだ。

 二人だけの戦いの坩堝が、二人をどれほど強化していくのかを。

 

 だから、天の神は安堵する。

 今はまだ……鷲尾リュウとイーノ・エボルの力は、天の神とバーテックスの力を、凌駕するほどのものではなかったから。

 今日"これ"を倒せる幸運に、天の神は安堵した。

 

 

 

 

 

 イーノ・エボルが、地面に剣を突き立て、杖代わりにして膝をつく。

 

 四国が目と鼻の先である最終防衛戦で、イーノ・エボルを殺さんとするのは、怪物達。

 

『はぁ、はぁ、はぁ』

 

 イーノ・エボルを囲むのは、千を超える強豪怪獣。

 1200を超える黄道十二星座。

 一万を超える星屑だった。

 その全てが天の神の生み出した怪物……星屑と、星屑で作られた化物達。

 リュウのイーノ・エボルが強豪三体を掛け算にした、10の強さの怪物三体で1000の強さの怪物という馬鹿げた計算式の上にいる怪物であっても。

 10の強さが千体ならば、それだけでその戦力はイーノ・エボルの十倍である。

 

 メフィラスはリュウの代わりに戦術、立ち回り、最高最善の戦闘選択を考えつつ、あまりにも多い天の神の戦力への驚愕を隠さない。

 

「信じられませんな……

 しかし、宇宙神性ともなれば可能か。

 星屑を集めて、我々と同クラスの強力な怪獣達を、大量に生み出すとは……」

 

 友奈への恋と愛で無限に強くなる男を、無限の数で圧殺する。

 

 身も蓋もない、神の摂理の完全圧殺。

 

「集まり、進化し、常に勇者を凌駕する。

 なんとも恐ろしい。

 天の神の正義に沿った天使かもしれませんが、悪役そのものの特性ですな。

 人にとっての悪で、神にとっての正義の体現……話に聞く最終兵器ゾグの如き絶対性だ」

 

 燃える世界の中で、無限の怪物がイーノ・エボルを包囲している。

 その向こうで、輝く鏡のような太陽が輝いていた。

 神のような太陽、太陽のような神。

 それは化身であると同時に本体である、太陽神にして天体神。

 日本神話における最大最高位の輝ける光の神。

 

 天の神そのものが、怪物達の力を強化しながら、そこで燦々と輝いていた。

 

「これを越えて、あの天の神を倒さなければならないとは」

 

 リュウと友奈の進化は、あまりにも短期間で、あまりにも速かった。

 天の神が直々に消さなければならないと思ったほどに。

 神の領域に到達し、その傲慢に天の神が激しい怒りを覚えるほどに。

 リュウは内的宇宙(インナースペース)で、口から溢れた吐血を拭い、闇を纏い赤く輝くダークリングを胸の前に構えた。

 

『友奈には負けてやってもいいが―――テメェにだけは絶対負けねェ』

 

 天体の主体太陽神。光り輝く主神、その神が口にしたことが正義になる、人を神の正義で裁く……そんな光の体現との戦いに、ダークリングが強く震えて力を吐き出す。

 地球上過去最大と言い切れるほどの、光と闇が衝突する戦い。

 鷲尾リュウはその戦いを闇の勝利で終わらせるべく、最後の最後の賭けに出た。

 

 これが人生最後の賭けだとすら思いながら、賭けに出た。

 

『やるぞメフィラス。お前が見つけてくれた、天の神を倒す方法を』

 

「……できれば、使ってほしくなかったのですがね。

 あれは確実に命懸けになる。

 赤嶺友奈を主殿が手に入れた後、しばらく休養を挟んでから使いたかった」

 

『そんな余裕はもうねェ。友奈の明日が、今ここにかかッてンだ!』

 

「ですな。主殿の明日が、ここにかかっている!」

 

 リュウが、力強く隻腕でダークリングを握り、それを頭上に掲げ、呟く。

 

「悪かった。

 カードのお前らを、一年以上オレの我儘に突き合わせて悪かった。

 それと、あンがとな。

 意思が無い頃から、助けてくれて。

 意思が芽生えても、どのカードも一枚もオレから離れていかないでくれて。

 オレをずっと助け続けてくれたのは……お前らだ。

 最初に、一人ぼっちのオレを救ってくれたのは友奈だった。

 友奈が居なくなってまた一人ぼっちになったオレを救ってくれたのは、お前らだ」

 

 感謝の呟きには、万感の感謝を込める。

 

「本当にありがとう。勝っても負けても、生きても死んでも、感謝してる」

 

 リュウの言葉に応えるようにカードが震え、リュウがダークリングを起動した。

 

『ダークリング!

 お前が闇の神器なら!

 ―――この光を消し去るだけの闇を! ここに紡いで見せろ!』

 

 ダークリングに闇が集まる。

 集まった闇が輪の中を通り、カードとして形成されていく。

 今日も使った、怨念、未練、残滓をカード化するダークリングの権能だ。

 この闇は、どこから湧いてきたのか?

 リュウはどこから、何を集めているのか?

 

 

 

『―――テメェに殺された()()()()()()()()だッ! 天の神ィ!!』

 

 

 

 そう。

 怨念を、未練を、残滓を、カードにできるなら。

 天の神に当時虐殺された七十億を超える人間の残したものも、カードにできるはず。

 世界は燃え尽き、されど理不尽に殺された人間達の怨念は残っている。

 まだ死にたくなかった人間達の未練が星の表面に渦巻いている。

 七十億の残滓がそこに在る。

 

 それらは人間の目には見えず、本来は他者に干渉する力も無い。

 当然だ。

 死んだ者の恨みがそんな力を持つなら、今頃星の上は力を持つ怨霊だらけになっている。

 だが、ダークリングなら。

 目には見えず、力を発することも出来ないそれを、力あるカードにできる。

 リュウの新たな力にできる。

 

 彼らは、無力だった。

 七十数億人も居たのに、総じて無力だった。

 あっという間に滅ぼされてしまうくらい、無力だった。

 ()()()()()()()()()()()から。神の使徒バーテックスを前にして、無力だった。

 生きている間も、死んでからも無力だった。

 そんな無力な者達の力を、リュウはここに束ねようとしている。

 

 しかし。それだけの大きな力をカード化するとなれば、当然ダークリングの所有者には相応の負担がかかる。

 瀕死の少年がそれをするなど、自殺行為だ。

 

『ぐっ……!』

 

「いかん、全員で支えろ!」

 

 メフィラスの号令で、リュウの手持ちのカード五枚がダークリングに纏わりつき、支えた。

 それでも足りない。

 負荷を抑えきれない。

 ダークリングを持つリュウの腕から血が吹き出し、カード達に小さなヒビが入った。

 

 なんとか解決策を、と最も知力が高い自覚があるメフィラスが考える。

 僕の力で、と最も力の強いゼットンが一番多く負荷を受け入れる。

 力の流れを調整すれば、とバルタンが忍術の要領で負荷を流す。

 これ以上無茶をせんでくだせえ、とザラブが必死に少しでも多く負荷を受け止める。

 Σズイグルは何も考えず、ただひたすらに、リュウが受ける負荷を自分の方に流していた。

 だが、足りない。

 まるで足りない。

 七十億以上という莫大な怨念をカードの形に押し込むには、全然足りていない。

 

『ぐっ……まだ……まだっ……男は、根性っ……!』

 

 ダークリングを持ったまま、命が体から離れ始めるような感覚を覚え、リュウは膝をつく。

 

 あと一歩、絶対的に一歩が足りない。

 

 そんな感覚があった。

 

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 

 そんな感覚に飲まれかけたリュウの左手を、少女の両手が包み込んだ。

 

『……え?』

 

「リュウくんには、私が居るから」

 

『友、奈』

 

「私は、リュウくんがいればどこまでも強くなれる。

 リュウくんは、私のためにどこまでも強くなってくれる。

 だからきっと……私とリュウくんが居れば、どんな敵にだって、絶対に負けないんだ!」

 

『……ああ!』

 

 赤嶺友奈が、そこに居た。

 

 神の力でイーノ・エボルの内側、内的宇宙(インナースペース)まで瞬間移動で飛び込むという無茶苦茶をやらかしてきた友奈に、リュウは思わず苦笑する。

 

 闇の嵐の中、怪物のカード達もまた"この無茶苦茶のせいでこいつに勝てなかったんだ……"と褒めるような、ビビッているような、そんな思考で思いを一つにしていた。

 

『お前、どうしてここに?』

 

「乃木若葉様に、生太刀の力の引き出し方を教えてもらってたんだ。

 神の刀一本分、元気になってきたってわけ。あ、そうそう、伝言があった」

 

『伝言』

 

「『お前達二人なら何でもできる』……だって」

 

『……かもな。若葉さんは良いことを言う』

 

 友奈の両手と、リュウの左手がダークリングを強く掴む。

 

 友奈が傍に居てくれることで。

 リュウが傍に居てくれることで。

 二人の力は、無限大に。

 無限大の力が、七十億という少なすぎる数字の力を、カードに束ねる。

 

「さあ、最後の一踏ん張り!」

 

『おうともッ!!』

 

 そうして、完成したそのカードを、友奈が掴み。

 

 リュウが構えたダークリングへと、リードした。

 

《 覚醒せよ 》

 

 ダークリングが静かに、九枚目のカードの力を解放する。

 

 解放されるは、七十億の闇。

 個別の意識は薄れ、天の神に殺された怨念や未練が純粋化され残り、七十年かけて朧気になっていった人間達の想いが、一つの方向性を持った闇となり、リュウを包み込む。

 リュウは一瞬恐れるが、自分の手を握っている友奈に気付き、友奈の勇気を貰う。

 闇と向き合い、受け入れる勇気を。

 七十年前の七十億の死者達の想いを受け入れた時、リュウの脳裏に、声が響いた。

 

 

 

『こんな子供が』

 

 

『私達と同じように』

 

 

『泣きながら、無念のまま、死んでいいわけがないな―――』

 

 

 

 神は鷲尾リュウを選ばなかった。

 彼に何の力も与えず、力を奪うこともあった。

 

 運命は鷲尾リュウを選ばなかった。

 彼は因子から何の力も得られず、何の力も持たないまま生まれてきた。

 

 ―――『人間』は、鷲尾リュウを選んだ。

 

 地球上全ての、七十億の闇が彼の下に集う。

 それは、天の神ですら立っていられないような闇の激流、闇の暴風。

 海底にあった神の如き闇の集積体ですら粉砕し、原型を全く留めないほどにすり潰し、人の闇に染めて流れていく。

 宇宙の闇すら巻き込んで、染め上げて、リュウの下へと集い来る。

 人の闇が大量の闇を巻き込んで、リュウに力を貸すという意志に統一されていく。

 私達のようにはなるな、の一言と共に。

 闇が、彼の手の中で力を成す。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 それは魔剣。

 闇纏う魔剣。

 ダークリングが変化し、イーノ・エボルの大剣を元にした魔剣だった。

 短剣にして魔剣であるそれが、リュウの手の中に握られている。

 

 リュウに使われた神刀は、リュウを拒絶し、見捨てた。

 神に選ばれていなかったから。

 だが、この魔剣がリュウを見捨てることはない。

 彼は、人に選ばれたから。

 

「行こうぜ、皆で」

 

 リュウが魔剣を掲げると、魔剣に変化したダークリングが、高らかに叫んだ。

 

《 デモニック・フュージョンアップ! 》

 

 七十年前に殺された。

 七十億の怨念を。

 七つの心で掌握し。

 七人御先の力を元に、ここに一つにまとめる。

 

 あの花畑で手に入れた"七つにして一つ"である勇者の力を、ここに使う。

 ゼットン。

 バルタン。

 メフィラス。

 パンドン。

 ザラブ。

 Σズイグル。

 そして、竜胆と彼岸花が描かれた最後の一枚を持つ、鷲尾リュウを入れて七人。

 

 彼らは、七人の御先。

 御先とは様々な意味を持つが、この場合は姫の先を行き、姫を無事に送り届ける者のこと。

 赤嶺友奈(愛する姫)を未来に送り届けたいリュウと、そのリュウの願いを叶えたい化物達。

 彼らは、七人合わせて一つの御先。

 

『究極超合体!』

 

 内的宇宙(インナースペース)のリュウと友奈の足元を、咲き誇る花々が包み込む。

 赤い彼岸花と、青紫の竜胆の花。

 花に囲まれて並び立つ二人の背後に、六体の怪獣が並び立つ。

 彼らは、そう。

 この二人を幸福な結末に送り届けるためだけに、戦ってきた。

 

 

 

《 イーノ・エボル・グラシアス! 》

 

 

 

 かくして。

 最強最大の魔竜が、燃え盛る地球へ現れた。

 その闇は地球で燃え盛る炎も、怪物を照らす太陽神の光も、一瞬で諸共に飲み込み、咀嚼し消滅させる。

 その姿に、天の神は―――『己の終わり』を、確信した。

 

 鷲尾リュウが短剣を握る。

 大邪竜が大剣を握る。

 

 鷲尾リュウが短剣を掲げる。

 大邪竜が大剣を掲げる。

 

 鷲尾リュウが短剣を振り下ろす。

 大邪竜が大剣を振り下ろす。

 

 因果は応報する。

 悪は報いを受ける。

 天の神は神の理の上では正義で、人の理の上では悪である。

 遠い昔、人々を殺し、乃木若葉を悲しみと絶望の底に落とし、善き人々を殺し尽くした天の神への―――人がもたらした因果応報。それが彼。

 この世全ての闇の想いの代行者として、彼は闇の魔剣を振るう。

 

「『 天の神 』」

 

 いつも一緒の二人だから。

 いつも高め合う二人だから。

 二人揃えば、いつでも最強。

 

『オレが』

「私が」

 

 互いに大事に想っているから。

 互いを守ろうとしているから。

 二人揃えば、いつでも無敵。

 

『オレ達が!』

「私達が!」

 

 リュウが倒れそうな時、その手を友奈が握れば。

 友奈が倒れそうな時、その手をリュウが握れば。

 いつでも、どんな時でも立ち上がれて、もっともっと強くなれる。

 握った手の中、愛が生まれる。

 この宇宙で最強なのは、人ではない。神でもない。

 善でもなければ悪でもなく、光でもなければ闇でもない。

 

 この宇宙で最強のものは、『愛』。

 

「『 大切な人の未来のために、お前を倒す! 』」

 

 愛なき者に、彼らの愛は負けたりはしない。

 

「『 見せてやる! 二人の勇気をッ!! 』」

 

 赤嶺友奈。

 鷲尾リュウ。

 愛の物語は最後の幕へ。

 

 運命を断つ究極の魔剣が、絶望に染まっていたはずの二人の未来を、切り開いた。

 

 

 




残り二話で完結

・『イーノ・エボル・グラシアス』

 メフィラスが見つけた"天の神すら倒す秘策"。
 イーノ・エボルの強化形態。
 太陽も容易に闇で塗り潰す、闇の暗黒大邪竜。
 デモニックフュージョン、フュージョンアップ、どちらとも違う奇形融合、デモニック・フュージョンアップによって七枚分のカードと融合することで到達した。
 七十億人の殺された地球人と、"天の神を倒す"という単純明快な意識で想いを重ねており、基礎出力値は天文学的な数値を叩き出している。

 「今を生きる者達のために戦おう」
 「皆の未来のために戦おう」
 「多数を生かすために少数を犠牲にするのは仕方ない」
 「世界のための生贄はしょうがない」
 といった『正しさ』への反抗者。正を反転させた悪逆。
 「死んでいった者達の復讐をしよう」
 「殺した神に報いを与えよう」
 「正しさなど知ったことじゃない」
 「愛のためなら全てを踏み躙ろう」
 という、正義の味方の対極を進むような悪道の大邪竜。

 グラシアスは『ありがとう』を意味する言葉。
 リュウの仲間や死者への感謝の言葉であり、それをその名に冠している。
 すなわちこの怪獣は、名前が悪を示すものであると同時に、愛する者への愛の告白と、支えてくれた仲間への感謝が込められているということになる。
 この名は、鷲尾リュウの本質そのもの。

 極悪、残虐、を意味する"アトロシアス"の対、ゆえにグラシアス。
 白の対となる黒。
 超人の対となる異形。
 自分のためだけに光を否定する悪も居れば、他人のためだけに光を否定する悪も在る。
 光と共に在れない闇が在り、この宇宙の光と闇のように、光と共存する闇も在る。

 三位一体を超えた七つの意志で御先(おんさき)へと進む究極の力。
 赤嶺友奈という姫を守る七つの御先(みさき)
 友奈が傍に居なければリュウには到底扱えない、闇を抱いて光となる究極の愛。
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