「君の長所は、私を愛してることだよ」   作:ルシエド

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 人間は誰も、一人では完璧ではない。

 翼は一枚では空を飛べない。

 足は一本では歩いて行けない。

 でも、二つなら、完璧を超えられる。空も飛べる。困難な道を走り抜けられる。

 

 二人なら、完璧な神だって倒せる。雲の上にだって行ける。結界の外にも走っていける。

 子供の頃から、リュウと友奈はそう信じていた。

 

『トリニティ・トリリオン! 全員で、ぶっ放せッ!』

 

 一兆度(トリリオン)を、トリニティのその先へ、同化した全員でぶっ放す。

 燃える。

 燃える。

 燃える。

 それどころではなく、大爆発した怪物に巻き込まれ、他のバーテックスまで吹っ飛んだ。

 惑星を余裕で消滅させる規模の炎の群れを、天文学的規模の同時発射数と連射速度で撃ちまくるという超攻勢。

 一瞬でバーテックス達の群れが、六割は消し飛んでしまうほどの超火力であった。

 

 友奈の炎、若葉の炎、ゼットンの炎、パンドンの炎。

 仲間達の炎をリュウが纏めて、皆で撃つ。

 

『! おっと』

 

 天の神そのものが超威力の火球を撃ち放ってきて、リュウ達は大剣を振って粉砕する。

 間髪入れず天の神は、神の力を込めた地球よりも太いビームを天上より撃ち放った。

 防げるか? と疑いすらせず、リュウは皆と共に剣を振る。

 斬撃が、飛んだ。

 ビームを真っ二つに両断し、飛んだ斬撃はそのまま天の神の横を通り抜けすっ飛んで行き、空の彼方にある月を真っ二つにしてしまった。

 

『あっやべッ』

 

「主殿! どうしてそう、肝心なところで粗忽なのですか!」

 

 メフィラスが叱り、イーノ・エボル・グラシアスの念動力が月をくっつける。

 なんという無茶苦茶か。

 天の神とその使徒達が全力を注いでも、まだ押される程の圧倒的パワー。

 だが、それだけではない。

 負荷は私が引き受ける、主殿の体は私が維持する、赤嶺ちゃんと呼吸を合わせろ……それぞれの怪獣が個別に考え、個別の仕事をこなしている。

 そのためこれだけの力を使いながら、リュウの体への負荷は0に近い。

 

「怪獣さん達! 私、勇者だから!

 私の力を使って、私に負荷をかけて無理させてもいいよ! リュウくんよりは鍛えてるから!」

 

『おゥこら友奈テメェ』

 

 怪獣達は今、一体化してるから口など無いはずなのに。

 怪獣達がくすりと笑うのが、友奈にも伝わってきた。

 リュウがツッコミを入れた時の気持ちも伝わってきた。

 これが"超合体"なのだと、友奈は戦いながら理解する。

 

 天の神とバーテックスは、正確な連携を始める。

 怪獣と言うべき化物達の前に、天の神の鏡のような盾が展開され、怪物達が一直線に走ったり飛んだりしながら突っ込んで来た。

 それは盾。天の神の権能である反射盾。

 いかなる飛び道具も、この盾はそのまま跳ね返してしまう。

 

 ゼットンの視力でそれを見る。

 メフィラスの頭脳で分析する。

 バルタンの忍者としての記憶に、いい動きの技があった。

 リュウは友奈の方を見もせず短剣を投げ渡し、友奈はリュウの方を見もせずに投げられたことを理解し、投げられた短剣をノールックでキャッチする。

 

『友奈。剣を逆手に持ッて……そうだ』

 

「おっけー、行くよ。勇者パンチっ!」

 

 それは、宇宙忍者と勇者の技の融合。

 クナイを逆手に持って振る忍者のようで、拳を突き出す勇者そのものである動き。

 短剣を左手で逆手に握った友奈、大剣を左手で逆手に握った合体怪獣、そして皆が、左拳を思いっきり振るう。

 左拳と大剣に、炎を纏わせながら。

 瞬間、暗闇と、閃光。

 

 ごぱっ、と斬撃と炎が入り混じった一撃が、大気を飲み込んだ。

 

 それは光の炎と闇の炎の融合。

 剣を逆手に持った拳を、炎ごとぶち当てる単純な一撃。

 それがどうした、とバーテックスは構わず進む。

 

 まず、反射盾が砕けた。ただの紙のように砕けた。

 大気が砕けた。

 空間が砕けた。

 そして、バーテックス達も砕けて消えた。

 勇者パンチで放たれた炎はそれでも止まらず、地球の外側に突き抜けて……宇宙から見ると、地球に真っ赤なポニーテールが生えているかのようであった。

 

 その攻撃の通り過ぎた後にバーテックスの生き残りはなく、生き残っているのは天の神のみ。

 

「返すね、ありがと」

 

『おう』

 

 友奈がリュウの方を見もしないで短剣を投げる。

 リュウが友奈の方を見もしないで短剣をキャッチする。

 言葉での意思疎通もほとんどないのに、どこに剣を投げてるかすら分かりきっている、あまりにも異様な相互理解。

 今も感謝の言葉を言うつもりでなければ、おそらく言葉は要らなかっただろう。

 

 怪物達は必死だった。

 何故か?

 リュウと友奈の息が合いすぎていて、必死でついて行かないと完璧に合っている二人の息に合わせられないのである。

 自分達が合体の邪魔になりかねないという恐ろしさ。

 まるで純愛カップルの超高速バイクラブラブデートを、六体の怪物が徒歩で走って必死に追うような気分である。青春力が高すぎる。

 怪物達は苦しい思いをしていたが、それは嬉しい苦しみであった。

 

 何故、今日初めて共闘したはずの赤嶺友奈が、今日までずっと共闘してきたはずの怪物達よりもずっとリュウと息が合っているのか?

 "愛"ってことでいいか……と、怪獣達は納得した。

 

『オレも、テメェも、悪党だ。天の神』

 

 天体神たる天の神が黒い雷を落とし、リュウ達が大剣で切り払う。

 

『人を許せねえ奴が、最後に勝ってていいわけがねェ!』

 

 太陽のような光を込められた矢と針が構えられた。

 矢が飛び、針が突き出される。

 一つ一つが、まるで太陽の如き流星のよう。

 

 リュウは大剣を握り、トリニティ・トリリオンを周囲に展開。

 一兆度の火球をパンドン、ザラブ、Σズイグルに制御を任せ迎撃させる。

 集中。

 呼吸。

 凝視。

 全身全霊を懸け、最も信頼する三体の怪物と、赤嶺友奈と息を合わせて、瞬間移動で距離を詰めつつ巨大な大剣を振り下ろした。

 

 展開されるは不可視のバリア。

 世界一つに匹敵する不可視の障壁。

 樹海という一つの世界を作り上げる神樹よりも、天の神が遥かに格上であるがゆえに成立する、樹海一つよりも遥かに強大な壁が、大剣を受け流す。

 衝突の衝撃でプラズマが散って、バリアにヒビが入った。

 

『悪党が! 笑って終わっていいわけが! ねェんだよッ!!』

 

 割られる。

 そう判断してからの天の神の対応は早かった。

 世界一つに相当するバリアを自爆させ、その反動で距離を取りつつ、イーノ・エボル・グラシアスにダメージを与えて吹っ飛ばす。

 単純ながらも、エネルギー規模が規格外であるがゆえに有効な攻撃であり防御であった。

 

 吹っ飛ばされたリュウ達は、しかし四国を背後にして地面を踏み締め、そこに踏み留まる。

 最後に残った人の世界とそれを守る結界を背後にして、それを守るように立つ。

 大剣を振り回しその衝撃波で、天の神のバリアが弾けた爆発から、四国結界を守りきる大邪竜。

 その闇は、いかなる光にも負けはしない。

 

『っ、最後に笑うのは―――皆がその子の幸せを願うような―――そんな―――』

 

 リュウは叫び続ける。

 立ち続けて。

 剣を掲げて。

 自分が悪であることを認めながら、天の神が悪であることを叫ぶ。

 自分こそが、天の神という光の悪を討つ、闇の悪であることを叫び続ける。

 

 だがそんなリュウの後頭部を、赤嶺友奈がしれっと叩いた。

 

「ちぇい」

 

『うごっ』

 

「あーあー、自分に酔ってる空気のリュウカッコ悪い」

 

『おいこの野郎』

 

「"皆がその子の幸せを願うような"……って私のこと指してるのかな。

 まーリュウは入ってないよね。あーやだやだ、これだから斜に構えてる中学生は」

 

 ダウナーな様子で、やれやれと言わんばかりのポーズで、友奈はリュウの心を引き戻す。

 メフィラスが、一体化したまま二人に語りかけた。

 

「ええ、友奈殿が正しい。貴方がたは笑って終わっていいのです」

 

 空には、鏡のような太陽のような、禍々しくも神々しい天の神。

 

 天の神が落とし賜う千の太陽の流星を、リュウ達は千の斬撃を飛ばして切り潰す。

 

「悪党は笑って死ぬこともあるのです、主殿」

 

 悪は笑う。

 上機嫌に笑うのだ。

 その後、正義の味方に倒されることも多いけど。

 悪はいつだって、笑うことが楽しくて素敵なことだと知っている。

 自分達の正義を疑わない者達を、悪はちょっと下品なくらいに高笑いして、蹴っ飛ばす。

 

「笑って終わりなさい。神の笑顔を蹴り飛ばし、愛した人の未来を守れたことに笑いなさい」

 

 メフィラスが、天の神の能力を見切った。

 IQ一万の頭脳が、勝利へ繋がる道筋を読み切り、リュウと友奈に流し込む。

 無限に分岐する未来の分岐を、絆と頭脳で踏破せよ。悪らしく、不敵に笑いながら。

 イーノ・エボル・グラシアスが、燃える世界を駆け上る。

 そしてメフィラスは、悪の理屈を語り始めた。

 

「あそこで、己が当然のように光で在る神に!

 貴様のような醜い人間にこの私が! と叫ばせ!

 正しき我が貴様のような悪に負けるか! と叫ばせ!

 ふざけるな私は間違えていない! と叫ばせましょう!

 自分が正しいことを疑わず、否定もされない光の神を……蹴り飛ばすのです!」

 

『―――ああ!』

 

「行くよ、リュウくん!」

 

『……そういやオレも友奈ちゃんに戻した方がいいのか?』

 

「……お好きにどーぞ!」

 

 鋭い翼を羽ばたかせ、大邪竜は飛翔する。

 飛翔を仲間に任せられる。

 瞬間移動を仲間に任せられる。

 防御を仲間に任せられる。

 それの、なんと頼れることか。

 

 ゆえに、リュウと友奈は攻撃に集中できる。

 天の神への接近と攻撃を仲間に任せ、リュウと友奈は心を重ね、最後の一撃のために力を溜め、溜めに溜め、重ねた心で更なる力を引き出していく。

 

「もっと、息を合わせて、もっと先へ!」

 

『呼吸だけじゃなく、心臓の鼓動も、思考も全部合わせろ! オレ達ならできる!』

 

 力を、高めて、高めて―――闇の短剣が、ダークリングと分離する。

 片腕しか無いリュウでは、その両方は扱えない。

 でも、二人なら扱える。

 

「『 リュウ/友奈! 』」

 

 友奈がダークリングを掴む。

 リュウが闇の短剣を突き出し輪をくぐらせ、リードする。

 本来ならばカードだけをリードし力を発するダークリングが、途方も無い闇を凝縮して鍛え上げられた短剣に反応し、その内側に溜め込んだ闇の多くを吐き出した。

 リュウは友奈の持つダークリングを鞘とし、剣を抜き放つようにして、全身全霊、後に何も残さないくらいの意識で、前のめりに、横薙ぎに、魔剣を振るった。

 リュウと、イーノ・エボル・グラシアスの剣より、放たれるは究極の闇。

 

 空に輝く、天の神へ向けて、闇が伸びる。

 

 太陽の輝きの存在を許してしまう宇宙の暗黒よりなお昏い、最暗の闇が一直線に飛んでいき、天の神の光を全て喰らい尽くす勢いで、直撃した。

 

『テメェは神!

 自然を媒体にした自然神!

 本質的に死はねェ……だが!

 滅せなかろうが封印はできる!

 七十億年くらい出られねェようにしてやるから、出てくんじゃねェぞ!

 なんなら一生出てくンな! 別にテメェ居なくても地球生物困らねェからな!』

 

 これは、宇宙で最も力任せの"封印の儀"。

 

 なればこそ、七十億の怨念が、七十億年の封印という規格外を成す。

 

『七十億年後なら人類を裁こうがお好きにどうぞだ!

 その頃、人類はテメェみたいな時代遅れの神を置いて宇宙に旅立ってるだろうがなァ!』

 

 神がその力の全てを使い、抵抗する。

 リュウが短剣を握る左腕から、周囲の闇の全てを短剣に注ぎ込む。

 もうとっくに、リュウに注ぎ込めるような生命力の余力はない。

 仲間が、怨念が、貸してくれている闇の力を、全て注ぎ込むしか無い。

 短剣を全力で握って、叫んで己を鼓舞して、全ての力を注ぎ込む。

 

『人類が誰も居なくなった後の地球燃やして、自慰でもして一生過ごしてろ!』

 

「……リュウのえっち。いつそんな言葉覚えたの」

 

『そういやお前居たなあーあーあー! クソッ天の神め許さねェぞ!!』

 

 あまりにも息を合わせすぎて一瞬友奈の存在を忘れたがゆえの、失言であった。

 許すまじ天の神。

 隙あらば仲を見せつけてくるリュウと友奈だが、本人達は真剣だ。

 天の神もまた、真剣である。

 

 七十億の憎悪。

 七人の光の敵対者達。

 そして、地の神が生み出した天の神を呪う"天ノ逆手"をもつ赤嶺友奈。

 全てが一つとなったイーノ・エボル・グラシアスは、全並行宇宙を探しても同格の存在が見当たらないほどの、『天の神殺し』として完成していた。

 

 殺された七十億人は、天の神を許さない。

 光の敵対者は、光の側の天の神を許さない。

 友奈の腕に宿る天ノ逆手は、天の神を許さない。

 そして、鷲尾リュウもまた、世界をこんな風にした天の神を―――七十年を超え、乃木若葉という一人の人間を苦しめ続けた天の神を、許さない。

 

 七十数億の怨念は、七十数年ぶりに復讐の機会を与えてくれたリュウに感謝する。

 感謝し、その子供の未来を繋いでやろうとする。

 その想いがいっそう強烈に、絶対的な存在であったはずの天の神を追い詰める。

 

「『 だああああああああああっ!! 』」

 

 叫ぶ二人の声が重なる。

 リュウの手が震えてきた。

 短剣を持つ手を、友奈が両の手で支える。

 だが、それでもなおリュウの消耗が止まらない。

 

 天の神が先にやられるか?

 リュウが先に力尽きるか?

 ……メフィラスですら、予想がつかなかった。

 

「友奈殿! 主殿の手を強く握って、声をかけ続けてください!」

 

「そ、それでどうにかなるの!? メフィラスさん!」

 

「気休めです! ですが気休め以外に休める余裕はありません!

 主殿は貴方の声がかかっている間は意地でも死にません! ……多分!」

 

「う、うん! 頑張れ、頑張れ、リュウくーん!」

 

『うるせーなこいつら……死なねェよオレは……! こんな奴と相打ちになるか……!』

 

「頑張れ、頑張れ、主殿……友奈殿! 声が小さい! 冗談抜きで主殿が死にます!」

 

「う、うん! ふれー、ふれーっ!」

 

『うるせーッつッてんだろ! 心配しなくてもお前ら置いて先に死ンだりするか!』

 

 リュウと一体化している全員が支え、負担を奪い取り、延命に励んでいるのに。

 勝利が近付いてこない。

 神が勝つか、人が勝つか、引き分けか。

 天の神すらその予想がつかないほどに、ギリギリの領域の拮抗。

 

(クソ……視界がぼンやりして……前に死にかけた時みたいに幻覚がクソッ……!)

 

 リュウの感覚がどんどん薄れていく。

 これが死かと思うと同時に、心に湧き上がる恐怖を必死で抑え込む。

 色んな人が、頑張れと言ってくれた気がした。

 色んな人が、支えてくれた気がした。

 幻覚の言葉や感覚に飲まれて、リュウは現実かそうでないかが分からなくなっていく。

 

(感覚がぼやけて……何も……触覚も、聴覚も、視覚も……)

 

 姫百合の香りがした。

 紫羅欄花の香りがした。

 山桜の香りがした。

 彼岸花の香りがした。

 幻覚に惑わされる鼻を、リュウは忌々しく思う。

 

『……う……』

 

 広がる大地の香りがした。

 波立つ大海の香りがした。

 小さな女の子から、大きな大人、見るからに外国人な人まで、支えてくれた気がした。

 何が現実か、何が幻覚か、リュウには分からない。

 

『うおォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!』

 

 色んな人が居て、色んな想いがあって、その全てが、リュウの背中を押してくれていた。

 そんな、気がした。

 いつの間にか、幻覚は消えていた。

 薄れていた感覚が戻っていた。

 弱り切っていたはずの、何の力も残っていなかったはずの体に、いつの間にか最後の力が備わっていた。

 

 押し切る。

 押し切る。

 押し切る。

 急に湧いた力がリュウの力を更に増し、天の神の抵抗を押し切っていく。

 それは神には無い力。神が理解できない力。

 

 本当の意味で死を持たず、死が状態でしかなく、倒されてもいつの日かまた現れる、災害を擬神化した日本神話特有の神の特性のせいで、彼らには理解できない。

 生と死を越え、繋がるものがあることを、与えられる力があることを、知らない。

 寿命もなく、死も無い、それは長所であり弱点だ。

 人が備える"その強さ"を、神が備えることはない。

 

 そうして、天の神は。

 

 メフィラスの考える『理想の悪』の対極を―――選んだ。選んで、しまった。

 

「! 危ないっ!」

 

 その瞬間。

 時が止まったようだと、リュウは他人事のようにその瞬間を見ていた。

 

 友奈がリュウを突き飛ばす。

 ほとんど勘による行動だった。

 友奈が、リュウの居た場所に入れ替わるように残る。

 

 その瞬間に、光速を超えた光の針が放たれた。

 それは、命を奪う蠍の針。天に輝く蠍座の針。天体の殺法。

 光よりも速い速度で飛んだそれは、発射されてから回避することなど不可能で、『樹海に侵入するバーテックスと同じ力』で、内的宇宙(インナースペース)という異界に侵入。

 そのままの速度で飛翔し―――友奈の心臓を、貫いた。

 

 リュウの代わりに、友奈が針を受けた形。

 太陽神の権能を持った飛針は、光速を超え灼熱を超える。

 灼光は心臓を焼き尽くし、こぽっ、と、友奈の口から泡の混じった血が漏れた。

 

「……あ」

 

『友、奈?』

 

 愕然とし、意識の動きが止まるリュウ。

 何が起こっているのか分からなかった。

 目の前の現実が受け入れられなかった。

 なのに、体は咄嗟に動いていた。

 

 天の神の第二射、第三射、それ以降の針が迫り、リュウは友奈を突き飛ばす。

 彼らは同じ。

 同じ場面に行き逢えば、必ず同じ行動を取る。

 愛する人を突き飛ばして、庇って、救う。その代わりに、自分が死に至るとしても。

 

 友奈を庇ったリュウの体を、太陽の針が貫通していく。

 何本も、何本も。

 リュウは倒れ、けれども歯にヒビが入るほどに強く歯を食いしばり、立ち上がれないままに突き飛ばした友奈に手を伸ばす。

 誰がどう見ても死んでいる友奈に、命が尽きる寸前のリュウが息も絶え絶え手を伸ばすという、あまりにも痛ましく、血まみれな光景。

 

 その時、友奈の指が動いた。

 まだ生きている。

 生きていることがおかしいのに、まだ生きている。

 何故、とメフィラスは思ったが、天の神の針が友奈の心臓ではなく、その少し横を針が貫いていることに気が付いた。

 

 それは奇跡。

 本当に小さな奇跡。

 友奈はリュウを左手で突き飛ばそうとして、腕輪(レット)のように巻いていたリュウからのプレゼントに気付き、反射的に体の向きを変えて右腕で突き飛ばしたのだ。

 だから、針は心臓ではなく、少しズレたところを貫通していった。

 あの日リュウがこれをプレゼントしていなければ、友奈がリボンを左手首に巻いていなければ、プレゼントを無意識レベルで大事にしていなければ……確実に、即死だったはずだ。

 いや、リュウが追撃を防いでいなければ、その奇跡があっても確実に穴だらけの死体になっていただろう。

 

 されど致命傷には違いない。

 呻く余力もない友奈に、呻きながらリュウが手を伸ばす。

 

『ぐっ、うっ、がっ、くぅっ……! ゆ……う……ぁ……』

 

「主殿!」

 

 そして、天の神の封印は完了した。

 リュウの言う通り、七十億年は出てこれないほどに強固な封印だ。

 メフィラスが声を上げ、イーノ・エボル・グラシアスの操作権を握り、封印の中に飲まれていく天の神に毒を吐く。

 

「光も闇もない、負け惜しみのような醜い最後ですか……!

 ……そんなものを選ぶとは! 神としての矜持はないのかぁ! 天の神よっ!」

 

 メフィラスは熱くなりやすい。

 だから、丁寧語を思わず捨てて神を罵倒する。

 メフィラスは負けず嫌いだ。

 負けが嫌いだから、リュウと友奈が死ぬなどという『実質負け』を受け入れられない。

 彼は心が好きだ。

 神のような超越した心ではなく、間違えることもある心が、正解を選ぶのが好きだ。

 地球人に負け、地球人に負けたことを認め、敗北を受け入れてきたメフィラスが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()と、心の底から、強く思っていた。

 

「……いや、これが、主神としての最後の意地ですか……くっ、急がなければ!」

 

 大邪竜を操作し、メフィラスは急ぎ四国へ戻る。

 

 一刻も早く病院に連れて行かなければ、と思考する。

 

 だが。その頭脳は、もう二人の片方が手遅れであることに、気が付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またか、と若葉は呟いた。

 リュウ達が天の神を倒してくれたという話を聞いた喜びと、喪失の悲しみの両方が、一緒くたになってやって来ていた。

 血まみれのリュウが今にも止まりそうな呼吸で手当てをされていて、それを今にも泣きそうな友奈が見下ろしていて、そんな二人を若葉が見ている。

 

「ねえ」

 

 リュウは瀕死だ。

 

「なんで」

 

 だが、友奈はもう無傷。

 

「私は平気で生きてて、リュウくんは、こんなにも死にそうなの?」

 

 何かがおかしい。

 友奈の傷の治りがおかしい。

 ほぼ致命傷だったはずの傷が、カチリとスイッチが入るように、一瞬で治りきっていた。

 リュウと友奈の周りの人達は、悲しみ、無力感、そして困惑に包まれている。

 

 その困惑が、頂点に達した時。

 友奈の体から、()()()()()()怪獣が飛び出してきた。

 リュウの通常等身規格と同様の2mほどで、トカゲにドレッドヘアのような角を生やし、岩石細工のような肌を貼り付けたらこういう姿になるだろう。

 ドレッドヘアのトカゲは、リュウと友奈の前で片膝を折って、頭を下げた。

 怪獣なのに、細やかな仕草が、とても女性らしかった。

 

「え?」

 

「あちきは、マスター鷲尾リュウ様の『七枚目』。サラマンドラでござりんす」

 

「七、枚目?」

 

「『即死でなければ傷を治せる』。それがあちきのカードとしての能力でありんす」

 

「傷を……治せる……?」

 

「あちきは人を治せる怪獣。

 怪我をする前に付けておけば、腹を貫かれても治しんしょう。

 そして、カードとはいえ、この身は女性でありんす。

 友奈様にマスターは気を使い、あちきに任せたのでござりんす。

 マスターの何よりも大事なものを任されたあちきは、それからずっとお主さんの傍に」

 

「私に……ずっとあなたが? い、いやそれよりも!」

 

 友奈は慌てて、自己紹介や細かい事情を聞くことすらすっ飛ばして、今にも死にそうなリュウを治してもらおうと、サラマンドラの手を引く。

 サラマンドラの悲しみの瞳を見て、若葉は何かを察し、諦めようと歯を食いしばった。

 若葉にとって諦めとは脱力ではなく、歯を食いしばるものだった。

 

「それなら急いでリュウくんを!」

 

「できんせん」

 

「え」

 

「マスターはもう、死ぬからでありんす」

 

「……え?」

 

「あちきにもう少し力があればと思えど……無力でござりんす」

 

 サラマンドラのカードは、傷を治すもの。

 しかし、今のリュウは対象外。

 治せる範囲の、明確に外側にあった。

 

「……よくやッてくれた、サラマンドラ」

 

「! リュウくん!」

 

 友奈が駆け寄り、優しく抱き留め、サラマンドラは女性らしい柔らかい所作で、リュウの前で片膝を折った姿勢を取る。

 サラマンドラは悲しみと謝罪を、ただ姿勢と態度で示し続けた。

 

「あちきは、マスターの期待に応えられたでありんすか?」

 

「ああ」

 

「……無力なあちきを、お許しを」

 

「何が無力だ。よくやってくれた。……友奈をよく、守りきってくれた」

 

「本当に、本当に……身に余るお言葉でありんす」

 

 ダークリングの能力は大まかに分けて三つ。

 一つ、カードの力を引き出し、混ぜ合わせ、自らを巨獣化させる力。

 一つ、カードの力をそのまま実体化させ、怪獣等を使役する力。

 そして最後に、カードから引き出した力を極大まで増幅し行使する力。

 

 光線を吸収する怪獣をリードしておけば、生身で光線銃を無力化し、強力な闇の巨人のカードを使えば、光の封印を粉砕する一撃を放つことができる。

 カードは『封印』にも応用することができ――天の神に使った封印はこれの応用――、普通のカード一枚でも、半永久的に封印を継続させることすら可能だ。

 使い手によって、効果の応用範囲と継続時間は相当に伸びていく。

 

 彼が友奈に使ったのは『サラマンドラ』のカード。

 弱点にさえ攻撃されなければ、細胞の一欠片からでも再生するという不死身の怪獣である。

 よって、これを使われた友奈は、即死しなければどんな傷も再生する。

 もちろん限度はある。

 でなければリュウはあそこまで神経質になっていない。

 リュウが巨大化して踏みつければ再生すらせず即死であるし、一兆度の火球がかすれば当然再生もせず、天の神の攻撃を複数受ければ当然生存は叶わない。

 怪獣相手に人間が備える再生能力としては、あまりにも心許ないものだった。

 

 しかし、即死さえしなければ大抵の傷は自然に治る。

 よほどのことがなければ、肌に傷も残らないだろう。

 リュウが戦いの中で"友奈を傷付けない意志"を一貫していれば、二重のセーフラインによって友奈の命が脅かされることは無いはずだったのだ。

 リュウが友奈の未来のためにかけられる保険としては、これ以上のものはなかった。

 

 けれど。

 それを知った時、赤嶺友奈の胸に湧き上がるものが、悲しみと怒り以外にあるだろうか?

 

「そんな……そんなことって!」

 

 友奈の脳裏に、あの時の大赦の人間との会話が脳裏に蘇る。

 

―――……神樹様は、神託によればそんな治癒の力は与えていないとのことですが

 

―――うん。この装備の力かな?

―――この装備手に入れた初日から発揮されてた力だった気がするから

 

 そんな強力な能力が0から生えてくるわけがない。

 友奈も戦いの中で様々な能力を目覚めさせてきたが、それは装備や神樹から引き出してきたものにすぎない。

 神が与えたわけでないなら、その能力は誰が与えたのか?

 決まっている。

 赤嶺友奈に死んでほしくない……いや、戦いの傷一つ残ってほしくないと願っている、鷲尾リュウ以外にありえない。

 

 元々リュウは初日で決着をつける、できなければ数日以内に、という基本思考で戦っていた。

 長期戦は友奈のリスクになる、と考えていたから。

 そして数日であれば、サラマンドラの効果は十分に維持できる。

 初日のリュウは十分な休養を定期的に取っていたため、十分なエネルギーをサラマンドラに込めることが可能で、二週間は余裕で保つように仕込むことができていた。

 

 リュウは、どんなに自分が追い詰められても、死にそうになっても、サラマンドラのカードを友奈から剥がして手元に戻さなかった。

 ゼッパンドンの時に堕ちに堕ちても、戻さなかった。

 

 それは、彼がどんなに変わり果てようとも―――赤嶺友奈が、誰よりも大事だったから。

 傷一つ無い友奈の体が、リュウの愛を証明している。

 けれど。

 友奈は。

 そんな愛の結末としてリュウが死ぬだなんてことは、受け入れられなかった。

 自分の死よりも、受け入れられなかった。

 

「バカ! バカバカバカ! リュウくんの……リュウのバカ!」

 

「あーあ……呼び方戻っちまッた。

 前の友奈みてーな感じで、懐かしかッたのに……

 つか、バカとか、やめろよ。分かるだろ。お前の体に一生残る傷でも出来たらどうすンだ」

 

「―――っ」

 

「いや、よかった、お前が怪我しなくて。

 治れば怪我して良いってもンじゃねェからな……」

 

 友奈が"この怪物を倒してまたリュウと一緒に過ごすんだ"と思い、怪物のリュウを叩きのめしている間、リュウはずっとそんなことを考えていた。

 そんなことを考える自分を、闇に堕ちる度に失い、忘れていき、それを友奈が取り戻してくれたから、友奈に深く感謝していた。

 友奈から見れば、本当は、感謝する側とされる側が逆だったのに。

 

「リュウが、自分で使ってれば……

 こんなにはならなかったのに……

 手遅れにはならなかったのに……」

 

「だ、な。分かる。

 でも、怖かったンだ。

 オレじゃなくて……お前が死ぬの、怖かったンだ」

 

「……自分が死ぬことだって、怖かったくせに!」

 

「何でも見抜くなよ……やり辛ェな……

 最初からずっと言ッてたろ。

 オレ、勇気、無かったんだ……お前に貰わねェと、勇気なんかねェンだ」

 

「それはっ……勇気が無いんじゃなくて……優しいんだよっ……!」

 

 友奈の握るリュウの手が、どんどん冷たくなっていく。

 熱のある血がもう巡っていない。

 命が血に通っていない。

 友奈の目が涙で潤む。

 

 彼の手の中には、常に多くの選択肢があった。

 友奈を見捨て、この力で支配者となり権力を手にする選択肢。

 友奈の強化を止め、友奈の怪我や死のリスクを飲み込み、力で押し切る選択肢。

 戦いの中で手加減することを止め、友奈の怪我は覚悟で大赦を潰し切る選択肢。

 本当に何もかもを壊しながら突き進む選択肢。

 いくつもの選択肢があった。

 だが、彼はどれも選ばなかった。

 

 彼が選んだ正しい選択も、間違った選択も、全ての理由は一つ。

 彼女が痛い思いをせず、苦しい思いをせず、辛い思いをせず、健やかで、幸せで、楽しい毎日を送り、いつまでも笑っていられれば、それでよかった。

 それ以外、求めるものなどなかったから。

 それだけは、必死に求め続けた。

 その結果がこれだ。

 友奈の胸は痛み、その心には苦しみが満ち、これ以上無いほどの辛い思いに引き裂かれ、どうしようもなく幸福が失われ、その表情からは笑顔が失われていた。

 この結末だけは嫌だったはずなのに。

 この顔だけはさせたくなかったはずなのに。

 上手くやれると、思っていたのに。

 

 天の神の最後の足掻きは、人類にとって最高の勝利こそ覆せなかったものの、リュウと友奈にとっての最悪の敗北をもたらしていた。

 

「リュウは、なんでそんなに私の心配ばっかり!」

 

「ガキの頃からよく転んでた、幼馴染が、心配だったからな……

 ったく、よく転ぶおッちょこちょいな奴が幼馴染だと辛いぜ……へへへ」

 

「なんなの……それ」

 

「お前が転ンだ時手当するのは俺の役目だからよ。しょうがねェ」

 

「しょうがなくなんかない!」

 

「良いンだよ。好きでやッてんだから、さ……」

 

「好きだからってやらないで! やらないで、ほしかったのに……!」

 

 リュウは友奈に笑ってほしいが、頭がまともに動かない。

 笑ってほしくて口を動かすが、笑ってもらうために頭が動かせない。

 思うまま、頭に浮かんだことを、そのまま口に出していく。

 それが普段のリュウが決して言わない事柄であると、リュウは自覚を持つこともできない。

 

「赤嶺のおばちゃんとか……お前の親にもお前のこと、頼まれてたしさ……」

 

 家族という、"理由"があった。

 

「お前との公園の約束……オレから破ったから……償いすべきだと思ッてたしよ……」

 

 約束を破ったという"理由"があった。

 

「ほら……今思い出したンだけど……お前風邪引いた時……

 お前が弱ッててさ……

 女の子だな、ッて思って……俺が守るんだって、心に、決めて……」

 

 思い出があった。

 

「悪かった……

 ごめん……

 喧嘩して……

 謝ってなくて……

 オレが、素直じゃなかった……」

 

 別れる前に、した喧嘩があった。

 

「幸せに、なれよ。

 誰でも、良い。

 ……いや、誰でも、良くはねェけど。

 お前を、大事にしてくれる、人が良い。

 大切な人を作って。

 その人を大切にして。

 それがお前を、幸せに……きっと……大事にして、大事にされろよ……」

 

 友奈が言葉を挟めないのは、それが彼の遺言であると思い始めているから。

 彼の言葉を少しでも多く聞こうとしているから。

 口は動かず、耳はリュウの言葉に傾けられ、瞳からは今にも涙が溢れ出そうになっている。

 

「お前が転校していく前の……

 オレと、お前が、通ってた学校で……

 田村はオレより優しかったし……

 犬吠埼は、オレよりかっこよかったし……

 加賀城はオレより、勉強、出来たし……

 ……お前を、幸せにする人を、探せば……

 ……ああ……でも……

 あいつらの誰よりも、オレの方が友奈のこと好きだな……何言ってんだオレ……?」

 

「……いいよ、もっと言って」

 

「……」

 

「……リュウ?」

 

「……ん、ああ、悪い、今ちょっと、疲れたから眠ってた……だけどもう少し……」

 

 別れの瞬間が来る。

 

 きっと、あと一分もせずに。

 

 おそらく、最大の後悔と悲しみを残す、別れの瞬間が来る。

 

「最後に、一つ、だけ。友奈」

 

「……なあに?」

 

 最後に残す一言は、リュウにとって何よりも大切な、絶対に言わないといけない一言。

 

 

 

「好きだ」

 

「遅いよ」

 

 

 

 今日までずっと言えなかったこと。

 一度も言われることのなかった、愛の告白。

 それを口にして、リュウの腕がだらりと下がった。

 命が、魂が、抜けていくような、死の瞬間を皆が感じていく。

 

 それは、祖父や祖母の心電図が止まる臨終の瞬間を看取るような、悲しみと死の数秒。

 

「バカじゃないの」

 

 友奈の瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 

「本当に、バカ」

 

 目を閉じて動かなくなったリュウの顔に、友奈の涙が落ちる。

 

 友奈が泣いているのに、その涙を止めに動かないという『鷲尾リュウ限定の異常事態』が、彼の状態を赤嶺友奈に知らしめる。

 

「……バカは、私か。

 『なんで』とか思ってるけど……

 本当は……理由なんて……ちゃんと分かってるのに……」

 

 誰のために?

 何のために?

 なんで?

 そんなことを今更聞くほど、友奈は鈍感でもないし、バカでもない。

 鷲尾リュウからの想いを理解できなければ、ここまで彼を好きにもならない。

 想い合うということは、理解し合うということだから。

 

 「好きだ」、という言葉を、二人は別れの言葉としてしか言えなかった。

 

 新しい何かを始める言葉として言えなかった。

 

 何かを変える言葉ではなく、何かが終わる瞬間を飾る言葉としてしか言えなかった。

 

 それは本当は、新しい関係を始めるための、愛の告白の言葉であるはずなのに。

 

「……リュウ」

 

 友奈はリュウの頬に、そっと手を添える。

 程なくして、最後の温度が消える。

 そうなった時、彼は本当に死を迎え、死体に至る。

 リュウの最後の体温をその手で覚えておこうとしたのは、愛か、乙女心か。

 

 友奈は悲しみをこらえて、リュウが好きだった微笑みを浮かべる。

 悲しみの顔よりも、笑顔の方をリュウが愛してくれたことを、覚えているから。

 無理をして笑う。

 でも、涙は止まらない。

 だから泣きながら笑う。

 悲しみながら、悲しんでいない自分を無理に見せようとする。

 悲しみが極まった友奈の作り笑顔が、崩れて、くしゃくしゃになって、濡れていって。

 そして、その時。

 

 リュウの体に、闇の弾丸を撃ち込む者がいた。

 

 

 

 

 

「そろそろ弥勒の出番かしら。主役が大活躍するクライマックスといったところね」

 

 

 

 

 

 メフィラスを従えた弥勒が、メフィラスから手渡されたダークリングを素振りし(意味は無いが気合いを入れている)、悲しみに暮れる皆の前に現れた。

 なんだこいつ、と遠巻きに見ていた人達が思った。

 「嘘やろ」と静が反射的に言っていた。

 メフィラスが眉間を揉んでいた。

 

「ごめんなさいね。ちょっと今さっきまでメフィラスと話し込んでいたから」

 

「あ……あかん!

 出かけてた涙が引っ込んでもうた!

 この先ロックがなんとかできてもできなくてもウチもう泣ける自信ない!」

 

「いいのよ、シズ先輩。ここから先に泣くシーンは無いわ。笑って終わりましょう」

 

 蓮華はリングの内側に指を引っ掛け、西部劇のガンマンが拳銃をそうするように、手の中でくるくると回す。

 

 これはリュウが蓮華にダークリングを譲り、蓮華がダークリングの扱いを練習していた時、休憩時間に練習していた動きだ。

 かっこいい以外に何の意味もない動き。

 しかし、その努力はリュウがダークリングを取り戻したことで無に帰した。

 無駄な努力と成り果てたのだ。

 だがその日の努力は、今の蓮華にかっこいい動きを可能とさせている。

 そう。

 あの日の努力は。

 この日のために。

 

「運命、というものは常に弥勒の味方をする。

 弥勒が願い望めば、最後には弥勒が望んだ形と成る。

 これもきっと運命ね。

 ここまでのめぐり合わせも、ぶつかり合った結果も。

 弥勒がこの世界でリュウに次いで二番目にダークリングを使った女であることも、きっと」

 

「レンち……何か、できるの……?」

 

 弱々しい声を漏らす友奈の涙をハンカチで拭い、蓮華はダークリングをくるくる回す。

 

「貴方達が起こした奇跡と偉業に比べれば、砂粒のようなものよ」

 

 蓮華が"少しだけ生命力を取り戻した"リュウを抱きかかえ運んでいる横で、メフィラスはサラマンドラに話しかけ、事情とこれからの展開を説明していく。

 

「ええええ!?

 マスターが直接技術を教えた人間でありんすか!?

 一部技能はマスターを超える!?

 そ、それなら、確かに何か手がある可能性も……というかなんでありんすかねこの女」

 

「サラマンドラは初対面でしたね……

 ですが今はそんなことを話している時間はありません」

 

「そ、その通り。マスターを助けていたしんしょう、弥勒様」

 

 蓮華は力強く頷く。

 

「ええ。弥勒に任せなさい」

 

 なんでこの御方はダークリングをずっと回してるんでありんすかね、とサラマンドラは思ったものの、あんまり気にせずスルーした。

 

「起きたらリュウに恨まれるかもしれないけど……

 それも構わないわ。友奈もリュウも、弥勒の前では涙の一滴も流させたくないもの」

 

 蓮華は五枚のカードをリードする。

 リードしながら、リュウをここまで支えるために、全てのカードにヒビが入っていることに気付き理解し、蓮華の胸は強く痛んだ。

 既に具現化しているメフィラスとサラマンドラに、ゼットンとバルタン、疑似復活したパンドンにザラブにΣズイグルと、全ての怪物が人間サイズで現れる。

 

「念の為確認するわ。

 貴方達の中で、リュウのための死が嫌な人は居る?

 居るなら弥勒は考慮するわ。そのカードだけは除外する」

 

 全個体が即答。

 

 リュウのために、彼らは己の終わりを選択した。

 

「……そう。ありがとう。

 メフィラス。

 さっきのカードの一部を生命力として飛ばしたアレ。

 アレをカード全体ですればいい……ということよね」

 

「ええ。今はサラマンドラがおります。

 人間から作られたカードもある。

 そして、カードではないリングの使い手の貴方がいる。

 再生。

 人間の素。

 そして、使い手。

 私の頭脳が術式を組み立てていけば、『核』さえあれば主殿を蘇らせられる」

 

 初代サラマンドラは、原理的には細胞一体化再生能力を持つ怪獣。

 初代のみ、と頭に付くが。細胞一つ一つに別々の命が融合することで、細胞それぞれに無限の再生能力を持たせる、という理屈を持たされた怪獣である。

 このサラマンドラはその初代の血縁にあたる存在をカード化した存在。

 その能力を使うということは、リュウの細胞にカードの命達が融合し、リュウの体に擬似的に不死身レベルの再生能力を与える……ということだ。

 

「ダークリングを通して強力な力を撃ち込むにはカードが必要、という話だったわね」

 

「その通りでございます。

 主殿の肉と命を蘇らせる力をカードに乗せ、撃ち込むこと七度。

 我らカードが主殿の肉に同化しつつ、その命をなんとしてでも繋いでみせましょう」

 

「……けれど、そうすることで」

 

「我らは消滅するでしょうな。

 復活することもありますまい。

 なにせ、一度死んだものの残滓から作ったカードですからねぇ。

 意志も魂も心も、何も残らないでしょう。

 そんなものを残せば主殿の復活の邪魔となる。これが我らの、最後の仕事です」

 

 メフィラスは敷かれたマットの上に移動させられたリュウを見下ろし、笑う。

 

「くくく」

 

 見下(みお)ろしはしていても、見下(みくだ)しはしていなかった。

 リュウは今、死の一歩手前にいる。

 比喩でなく、本当に。

 きっと子供が雑にパンチでも食らわせれば、それで死んでしまうだろう。

 まるで消える寸前のロウソクのように、弱く、儚く、誰かが守らなければ消えてしまいそうで……でも、今この瞬間も、生きている。

 

 メフィラスはリュウに語りかけるが、眠るリュウが応えることはない。

 

「主殿が眠っていて良かった。

 起きていたら、絶対に我らの献身を拒絶していたでしょうから。

 我らが魔王殿のそんな情けない姿など、見たくもない。

 光に勝利した我らが魔王。

 我らの主。

 我らの誇り。

 我らの生まれた意味を体現する男。

 その未来を繋げることの……なんと満足できることか。なんと心が震えることか」

 

 その言葉はリュウには届かない。

 けれど、リュウの周りの人達には届く。

 友奈にも、静にも、蓮華にも、若葉にも、遠巻きに見ている人々や大赦にも。

 鷲尾リュウに届かず、虚空に消えるはずだった言葉を、その人達は覚えている。

 

「主殿。

 実は私は子供の頃から嫌いな言葉がありましてね。

 何だと思いますか?

 ……『正義は必ず勝つ』、ですよ。

 あれがどうにも苦手だった。

 どうやら私は……子供の頃のささやかな願いを、貴方に重ねていたようだ」

 

 メフィラスが語りかけるリュウに、ずっと友奈に同化していたサラマンドラも寄って来る。

 サラマンドラは意志が無かった頃に友奈に付けられ、意志を得てもリュウの手元には戻って来ることなく、戻って来た頃にはリュウが瀕死だった。

 よって、その意志をリュウと疎通させたことがない。

 しかし。

 このカードは他のどのカードよりも、リュウの一番大事なものを任されていた。

 どのカードよりも強く願いを託されていた。

 

 ゼットン、バルタン、メフィラスが他のカードよりも強い想いをリュウに対して持ち、結果としてリュウに信頼されたカードであるならば。

 サラマンドラはその能力ゆえに、最も頼られ、想いを託された者である。

 最初がそうだった。

 そして、最後もそうなる。

 最初にリュウに想いを託され、赤嶺友奈の命を守り続け、最後に弥勒蓮華の手で、サラマンドラは希望を紡ぐのだ。

 

「にしし……

 マスターの傷をあちきが治すことはござりんせん。

 これまで、ただの一度も無かったでありんす。

 されど、マスターの一番大事なものを任されてござんした。

 それのなんと嬉しいことか。

 そんなあちきが最後にマスターを治す役目も担うなど、怪獣冥利に尽きるでありんす」

 

 女性のような上品な微笑み方をするサラマンドラに、涙を拭って、けれど泣き腫らした顔で、涙声のまま、友奈はこのままだと言えない言葉を告げる。

 そして、全力で頭を下げた。

 

「あの……今まで私を守ってくれてたんですよね? ありがとうございます!」

 

 微笑むサラマンドラ。

 サラマンドラが仕事できるのは、最後のみ。

 その性質上、ここまで他のカードのように活躍することは多くなかった。

 けれど、今日まで友奈のことを見守り続け、友奈という少女を知った。

 友奈に使われる前の一年、リュウを見守り続け、リュウから友奈への想いを受け止め続け、リュウの最も大事なものを託された。

 

 そして先程友奈を、今リュウを、救う仕事を完遂しようとしている。

 最後に自分が果たすその役割が、サラマンドラには何よりも尊く思えるのだ。

 バッドエンドのはずだった。

 そんな運命のはずだった。

 それを、GE(グッドエンド)のED(エンディング)に反転させる、運命をひっくり返すことの、なんと痛快なことか。

 

「あちきが守っていたのが貴女でよかった。

 あちきのマスターが好きだったのが貴女でよかった。

 同化していたのは一週間程度でござんしたが、たとえようもない幸運でござんした」

 

 サラマンドラは、無力感からか友奈が自然に握り締めていた拳をほどく。

 戦うためにいつも握られている友奈の拳を開かせる。

 その手はもう、戦い以外のためにも使っていけると、信じてるから。

 

「もう、拳なんてものは握るもんではござりんせん」

 

 自分がマスターを救ったら、その手を握るのは友奈であってほしいと、そう思うのだ。

 

「ここだけの話でありんすが。あちきは多分……

 七枚のカードの中で一枚だけ、マスター以上に貴女の幸せを望んでいるでありんす。にしし」

 

「! ありがとうございます、サラマンドラさん」

 

「貴女も、マスターと同じくらいかわいそうで辛かったでありんしょう?

 よく頑張ったでありんす。

 貴女も報われて、ちゃんと幸せになっていきなんし。ゆーびきーり、げーんまーん」

 

「ゆ、ゆーびきーり、げーんまーん」

 

 サラマンドラが友奈に、「幸せになれ」と、「嘘ついたら針千本飲ます」と言って、先程針で刺されて死にかけサラマンドラに救われた友奈を苦笑させる。

 

 若葉もまた、礼儀作法に則り着物のまま地面に膝をつき、恭しく頭を下げた。

 それは人間が神に対し使う礼儀作法。

 怪物達は神ではない。

 若葉もそんなことは分かっている。

 だがこれこそが、乃木若葉の知る、どんな礼儀作法よりも丁寧な感謝の仕方であった。

 

「感謝する」

 

 ザラブが照れて頬を掻いた。

 Σズイグルが若葉に頭を上げさせる。

 パンドンが親に褒められた子供のように、嬉しそうに鳴く。

 ゼットンは若葉の着物の膝に付いた泥を、優しく払い落とす。

 

 バルタンは20億を守れないまま生涯を終え、70億が殺されたこの世界に辿り着き、70億の無念を晴らした結末の果て、憑き物が落ちたような乃木若葉を見て―――夜空を見上げる。

 天の神は倒された。

 結界は解除された。

 未来は取戻された。

 炎が消えた外の世界の、作り物ではない本物の、満天の夜空が広がっている。

 

 何かが終わった気がした。

 鷲尾リュウが、何かを終わらせてくれた気がした。

 乃木若葉への共感と、慈しみがあった。

 後悔は消えない。

 過去はなくならない。

 死んだ者は蘇らない。

 けれど、己の心の中で決着をつけることはできる。

 バルタンと乃木若葉の心の中で、後悔が少しずつ、別の想いに塗り潰されていく。

 

 「よかった」と、バルタンが心の底から思える結末が、ここにあった。

 

 

 

 

 

 弥勒蓮華は、一体一体の異形を軽んじない。

 だから全ての怪物が彼女を拒絶しない。

 リュウ以上の複数同時使役技能を容易く発現させてみせたのは、そこにも理由がある。

 一体ごとに、ちゃんと名前を呼んでいく。

 一体ごとに、ちゃんとその頑張りに感謝し、その労をねぎらっていく。

 

「今日までリュウと友奈をありがとう。お疲れ様、サラマンドラ」

 

 サラマンドラは友奈と握手し、リュウの服の乱れを整えてから「これでイケメンでありんす」と呟やいてカードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

「今日までリュウをありがとう。お疲れ様、パンドン」

 

 パンドンは眠るリュウの頭を何度も撫でてカードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

「今日までリュウをありがとう。お疲れ様、ザラブ」

 

 ザラブはリュウを抱きしめ、名残惜しそうにカードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

「今日までリュウをありがとう。お疲れ様、ズイグル」

 

 Σズイグルはリュウの腕に『友奈ラブ』と書きカードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

「今日までリュウをありがとう。お疲れ様、バルタン」

 

 バルタンは乃木若葉の前に行き、長く丁寧に頭を下げ、リュウの前にも行き、若葉よりも長く丁寧に頭を下げ、カードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

「今日までリュウをありがとう。お疲れ様、ゼットン」

 

 ゼットンは友奈とリュウを見て、その眼球から僅かに水分を滲ませ、その水分を腕で拭って、リュウの腹を優しくポンポンと叩いてカードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

「今日までリュウをありがとう。お疲れ様、メフィラス」

 

 メフィラスは何もせず。

 何も言わず。

 何も残さず。

 "私が何かを残す必要はない"と言うかのように。

 "もう彼は彼女達が居ればそれだけでいい"と言うかのように。

 リュウを見つめ、瞳を閉じてカードに戻り、ダークリングにリードされた。

 

 まず、サラマンドラが体の再生準備に入った。

 蓮華のダークリングの後押しを受けて、その再生の力の上に仲間達が力を乗せる。

 パンドンがまず、命を継ぎ足した。

 ザラブが生物らしく、傷や穴を塞ぎながら、肉と血を治していく。

 Σズイグルが機械らしく、骨を修理整形して、神経を繋いでいく。

 

 バルタンが、天の神が最後の力で刻んだ、灼光の大穴を塞ぐ。

 彼がまた、明日も健康な体で生きていけるように。

 ゼットンが、リュウの欠けた右腕の核となり、再生させる。

 彼がまた、力強い腕で、愛する人を抱きしめられるように。

 メフィラスが、リュウの片目を蘇らせる。

 鷲尾リュウがいつでも、どんな時でも、彼らしい道を見失わないように。

 

 

 

 

 

 リュウは、夢を見た。

 皆と別れる夢だ。

 支えてくれた異形達と離れる夢だ。

 リュウが「待て」と手を伸ばすと、彼らは本当に待ってくれて、踵を返し振り返る。

 けれど、その体がほどけ、きらきらと輝く闇になって、リュウの体に集まっていく。

 

 リュウは一度も泣かなかった。

 初日から今日に至るまで、一度も涙を流さなかった。

 絶対に泣かないと決めていた。

 涙で救えるものはないと思っていた。

 弱くない自分で居ようと、泣きそうになっても涙をこらえ続けた。

 

 泣いてはいけないと、自分に言い聞かせて、言い聞かせて、言い聞かせ続けて。

 

 頬を伝う雫があった。

 流れ落ちる透明な水滴があった。

 溢れ出た感情が、両の瞳から流れ続ける。

 己の手に涙が落ちるまで、リュウは自分が泣いていることにも気付いていなかった。

 

『生まれた星は違っていても』

 

 彼らは消えていく。

 

『共に創る未来は同じ』

 

 言葉を残して。

 

『永遠の絆はここに』

 

 想いを残して。

 

『我らは一つ』

 

 これは別れではない。

 

『想いは一つ』

 

 悲しみの別れではなく、喜びの終わりのために、彼らはそれを選んだ。

 

『魂はいつも共に』

 

 共に在る日々は、駆け抜けるような日々だった。

 共に在った時は長くても、心を通わせたのは数日だった。

 けれど、きっと忘れない。

 リュウはきっと、死ぬまで彼らのことを忘れない。

 

 怪物は謳うように、声を張り上げる。

 

『高らかに叫びましょう主殿。我ら、宇宙の悪と貴方の愛が、勝ったのだと!』

 

 そうして、リュウは目覚める。

 

 目覚めたその時にはカードもなくて、怪物も一体も居なかった。

 無かったはずの腕や目が戻っていた。

 結界も無く、世界は元の形を取り戻し。

 号泣していた友奈が、夢のせいで泣いていたリュウを思いっきり抱きしめていた。

 

 リュウは、自分が何時間眠っていたのかも分からない。

 けれども、友奈に支えられてベッドから移動し朝焼けを見て、今が朝であることを理解する。

 夜が終わった。

 七日七晩の戦いが終わった。

 短いようで長かったこの日々が終わったのだ。

 

 昇る朝日が、リュウの目に染みる。

 嬉しいはずなのに。

 達成感に満ちているはずなのに。

 願いが全て叶ったはずなのに。

 世界ですら救い終えたはずなのに。

 何故か、涙が止まらなかった。

 

 朝日が目に染みているせいだと、リュウは思うことにした。

 

 

 

 

 

 これまでも大変だったが、ここからも大変だ。

 戦いは戦いだけでは終わらない。

 得てして準備も長く、後始末も長いのだ。

 乃木若葉も老体で、これから先の世界を舵取りできる力はない。

 次代の世界は、今の世界を生きる者達が引っ張っていくことだろう。

 

 若葉はそんな"希望のある話"ができることを喜び、リュウと友奈に感謝する。

 

「まさか、私が生きている間に、世界を取り戻せるとはな。

 ありがとう、リュウ、友奈。

 お前達二人が勝って、世界を取り戻して、生きて帰って来てくれたこと。

 それが本当に、本当に、本当に……嬉しい。私にとっては何よりも嬉しいんだ」

 

「あー、まァ、オレの場合は好き勝手やッてただけなンで……」

 

「いいんだ。

 私にとっては、それが嬉しい。

 ずっと後悔があった。

 ずっと無念があった。

 死んでいった仲間に勝利を誓ったのに、負けてしまったことに。

 私の世代で終わらせることができず、次の世代に負債を押し付けることに。

 ……世界を救えないまま死んでいくものだと、ずっと思っていた。諦めていたんだ」

 

 若葉が感慨深そうに、結界の壁のない、果てのない世界を見渡す。

 それは、彼女が奪われ、見ることさえ許されていなかった、欠けていたはずの故郷の―――本当の人間の世界の風景。

 西暦から続くロスタイムは、ここに終わりを迎える。

 

「やはり、諦めることはよくないな。

 そんなことも忘れていたんだ、私は。

 色んなことを諦める癖が付いていた。

 鷲尾リュウ。お前を見ていると、大切なことを思い出すよ。諦めない者の格好良さ、などな」

 

 若葉は別れの言葉を告げて、二人に背を向け去って行く。

 

「お疲れさん。明日迎えに行くから、早めに寝て早めに起きるんやで?」

 

 静は軽い笑顔を浮かべて、手を振って軽やかな足取りで去って行く。

 

「リュウ、これは何だと思う?」

 

「ダークリングだな」

 

「もう戦う必要が無いから、必要ないと思わない?」

 

「まァ……そうだな」

 

「そーれっ」

 

「!? 土佐湾にダークリングが……レンお前! お前レン! 何してンだ!?」

 

「気持ちは分かるわ。要らないゴミとは言え、海への不法投棄は礼儀に反するものね」

 

「そういうこと言ってンじゃねェんだよ! オレのダークリング!」

 

「……? あれは貴方がくたばった後に弥勒が手に入れた、弥勒のものよ」

 

「お前の論法はどうしてそう無敵なンだ!」

 

「安心なさい。何かあったら、友奈か弥勒が貴方を守ってあげる」

 

「ダークリング投げ捨てたお前が言うならそりゃただのマッチポンプだろうが!」

 

「あれはリュウを変な道に引きずり込む悪魔よ。もう要らないわ」

 

「……ぬ」

 

「今回の事件を通して、つくづく思ったわ」

 

「?」

 

「弥勒は貴方と友奈を気に入っていて、貴方達二人にとって重要な存在で在りたいのよ」

 

「なんだお前二股かけてる恋愛漫画の主人公みてェなこと言いやがッて……」

 

「言い得て妙ね。できれば二人の中の一番か二番は欲しいもの。

 でもそんなこと言ってる貴方も、弥勒のことがとても好きでしょう?」

 

「……お前のそのクソ自信満々なとこ本当に腹立つわ」

 

「そこで否定できない素直さが可愛らしいわね」

 

「……テメェもう帰れ!」

 

 蓮華は華麗に、風に舞う花がどこかに飛んでいくかのような所作で、去って行く。

 

 最後に残ったのは、リュウと友奈のみ。

 

「あー、疲れた……

 いやなんだこれ……

 天の神との戦いよりレンに疲れさせられてンぞ……

 クソカスザコ天の神より弥勒蓮華の方がずっと強ェわ……」

 

「でも、楽しかったんじゃない? レンちとリュウは本当に楽しそうに話すよね」

 

「……まァな。友奈、これからどうなると思う?」

 

「さあ。

 明日のことは分かんないけど……

 ……リュウが居るなら大丈夫かなって」

 

「そうか」

 

 誰にも脅かされない、二人が心穏やかに迎えられる明日が来る。

 二人が悲しみと苦しみの中で頑張り続けた果てに掴んだ、希望の明日が。

 

「ね。リュウ。ちょっと聞いてくれる?」

 

「いいぞ」

 

 最後に残す一言は、友奈にとって何よりも大切な、絶対に言わないといけない一言。

 

 

 

「好きだよ」

 

「知ってる」

 

 

 

 今日までずっと言えなかったこと。

 一度も言われることのなかった、愛の告白。

 今度は死別の言葉ではない。新しい関係を始めるための愛の言葉だ。

 ここからまた何かが終わって、何かが始まる。

 

 けれども友奈は、リュウの"知ってる"にちょっと不満げな顔をしていた。

 

「……なんでリュウはそう素直じゃないかな。嬉しいくせに」

 

「友奈が言うか?」

 

「言いますぅー」

 

 これだからリュウは……と、友奈は"やれやれ"と身振りで呆れを示す。

 

 そして、唇が重なった。

 

 口づけをしたリュウが友奈から離れて、不意打ちされた友奈の思考と動きが止まる。

 

「まったく。初めてのキスッてやつは、恥ずかしいもンなんだな……」

 

 そして不意打ちで動きが止まっているのをいいことに、もう一度唇を重ねた。

 

 友奈の思考がショートする。

 段々と思考が動き始め、その顔が真っ赤に染まっていく。

 視線はあっちこっちにいき、口は喋れる状態ではなくなっていき、心は激しく狼狽える。

 

「あばばばばばばば……きゅう」

 

 そして友奈は、気絶した。

 

 気絶した友奈を、リュウが咄嗟に受け止める。

 

「……ッたく、これだから恋愛経験のねェ処女は。

 とは言っても、オレも恋愛経験ねェ童貞だけど……まあいいか」

 

 リュウは友奈を背負い、帰路につく。

 

 自分の家に帰って、ただいまと言うために。

 

 友奈をあの家に帰して、ただいまを言わせてやるために。

 

 家に帰って、寝て、起きて、また明日友奈や友と会うために。

 

 明日が来るかも分からない、終わりかけの世界を彼は終わらせた。

 

 また明日は来る。また朝日は昇る。終わらない悪夢はない。明けない夜はない。

 

 天の神(太陽)を倒し、彼らは夜明けを手に入れた。

 

 

 




七枚目はサラマンドラお姉さんでした

次回、エピローグ。話の終わり。そして最後のネタバラシ
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